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モジゼン

2010年7月26日 (月)

だらだらいきましょう

猛暑だ。

クールビズ!って
どうなったのだろう?

毎年、夏になると、「今年は異常気象」と言いたくなる。
が、この季節涼しかったら涼しかったで
「異常気象」と言うのだろう。
いずれにしても、異常だと言いたい暑さである。

今日打ち合わせが3本続いた。
初対面の打ち合わせが昼に2本あったので
一応身なりは、きちんと、と思って、
上半身はジャケットを羽織ったのだが
移動の時の暑さは半端ではなかった。
世のサラリーマンの方は馴れてらっしゃるのだろうか?
普段着はTシャツに短パンにサンダルが基本なので
こんなに日中にジャケットが暑いと思わなかった。

一昨年シンガポールに行った時にふと思ったのだが
東南アジアの方のビジネスマンのファッションは
ちょっと涼しげであった。
麻のだぼっとしたシャツを着ていた。
ホテルのボーイさんも良く似たファッションであった。

温暖化の影響で湿度も気温も上がって
東南アジアなみの暑さになっているので
サラリーマンの方のファッションを
東南アジアファッションは
無理なんだろうか?と思った。

ただ、働くビジネスマン!ってイメージではなく
だらだらいきましょう!な感じになるが難点である

2010年7月25日 (日)

インプロ

今日、ショージさんのイベントを見に行った。
「即興芝居」
英語ではインプロウブ 
略してインプロと呼ばれるものである。

即興芝居の面白さのひとつに、
ルール設定がある。
今回の芝居のルールは、
3人のうち1人は2役しなければいけない。
もうひとつは、3人のうち1人、
始めは板付き(舞台上)からスタートしなければいけない。
この2つのルールで後は全部即興なのだ。

即興の面白いところは、
何が起こるかわからないハプニング性である。
ただ危険なのは、何も起こらないといった事もある。
そうなると何か起こそうとして
舞台ではみなさん必死になる。
それでも何も起こらないといった事もある。
練りに練った芝居は必ず何かが起こるのだが
即興では、何も起こらないのも
それもひとつの面白みなのだ。

また演者にとっては、演者の才能の資質と
日頃の意識が全面に出るもんだ。

漫才グランプリや
コントグランプリなどが開催されてるが
後残ってるのは、
即興(インプロ)グランプリである。

チームで対決になるが。。。

2010年7月24日 (土)

原因がわからない。

Ustream といった
自宅から生配信ビデオを
ほぼ毎週土曜日にやっている。
馴れてきたつもりなのだが、
録画がうまくいかなかったり
音響が割れててうまくいかない
といった事もしばしばある。

この原因がよくわからないのだ。

もちろんコンピューターだから
原因はあるのだろうが
詳しくないのでわからない。
一旦再起動をするとうまくいったりする。
なんだろう?これって?

いらいらしても始まらないので
みなさんに再起動しますって
お断りをしてからやっている。

まだまだ進化の途中なのだが、
毎週やっていて、本当に
このようなメデイアの進化にびっくりしている。

もっともっと進化するのだろうと思いながら
日々、これをもっと最大限に
活用する方法を探っている。

放送はココ

2010年7月23日 (金)

色んな角度

まだまだ風邪が治らずに
鼻がぐずぐずいい、咳き込み、
腸がゆんるい、体がだるい一日

(ぼろぼろやん)

ロボちゃんと新ネタ作りにN社へ。

9月に韓国でエンタメの発表会があって
そこで、披露するといった具合。
あまり詳しい中身は確定でない上
秘密なので書けないが
カスタマーセンターや受付などで
自動音声で対処してくれるシステムがよくあるが
そのシステムの解析をし
どのあたりで、いらっとするか?
またそのいらっとした時の対処方法として
笑いをのっけるといった実践的な事を
デモ作りするのである。

そこで重要なのはキャラである。
すべてはキャラと言っても過言ではない。

そもそも不真面目なキャラの方が
すっとんきょうな事を言うのが面白いのか

逆に真面目なキャラの方が
すっとんきょうな事を言うのが面白いのか

不真面目な方がすとんきょうな事を
言うとそのままではないか?

真面目な方がすっとんきょうな事を言うと面白いのだが
笑っていいのかどうかと戸惑うって問題点もでてくる。

色んな角度から見て行くと、
問題点がそれぞれいっぱい出てくる。
逆に言ったら、問題点のない事なんてない事に気づく。

どこかで決定しないといけないのだが
わいわいこのような事を話しながら決めていくのが楽しい。

2010年7月22日 (木)

西洋医学

今日も昨日に引き続き、 だるく、食欲もなかったので、
舞台の合間に 西洋医学の病院に行き、
ブドウ糖の注射を打っていただきに行った。
西洋医学は、数字を見る。
血液検査をして、10分のたたないうちに、
数値がでてくる。

Ca3a0053

東洋医学とは全然違うもんだ

西洋医学は体は数値。

昨日、東洋医学系の病院に行った事を告げると薬について聞かれた。
抗生物質と漢方が合うかあわないかと
言う事なんだろうか?
漢方はそんなにきつくないから、
薬を併用しても大丈夫と言う事だった。

先生に真夏の快眠のコツについて聞いたが
答えはあやふやであった。

クーラーは点けていいが、
直接体に風をあてるな!ってくらいで
温度設定やタイマーは自由と言う事であった。

お医者さんには、嘘はついてほしくはないが
ある程度の事は言い切っていただきたい。
なんせ、安心と言うのも手に入れにも、病院に行っている。

2010年7月21日 (水)

東洋医学

風邪を引いてしまった。
この夏流行のウイルス性の風邪である。
英語で言うと、summer cold(夏風邪)だ。

熱中症になるくらい気温は暑いのに
自分も熱いといった具合だから
気温が暑くてぼーっとするのか
体温が熱くてぼーっとするのか?

今年の流行の風邪は扁桃腺が腫れる。
喉がやられた。
酷くなる前に病院に行った。
今回は東洋医学系の病院に行った。

西洋医学は体の悪い部分を特定し、
悪い部分を取り除くまたは改善するが
東洋医学では、体全体を見つめ、
本来持っている自然治癒力を引き出し 
病気が発症する前にくい止めようという考え方である。

東洋系の病院に行って、針にツボ治療を行った。

本当に背中に針を刺して菌(ウイルス)を殺せるのか?
と思ったが、先生によると、僕は、デスクワークや
普段の姿勢が悪いそうだ。
そこから疲れがたまり免疫力がなくなるそうである。
だからそこを改善すると治りも早いとか。

薬も抗生物質といった薬ではなく
なにやら、漢方であった。

また、この時期の寝る時について聞いたが
ぬるめのお風呂に入り、上がったらクーラーはつけていいが、
温度は26度前後くらい。しかも、タイマーで1時間~2時間。
それより、頭を冷やせと言われた。
脳を騙すといったやり方である。

去年の夏に買った
アイスノンの首巻きを今年は使用しようと思う。

治ったのかどうか
半信半疑だったので
帰りにやっぱり即効性のある
西洋医学の病院に行こうかなと思ったが
時間がなかったのでやめた。

東洋の考え方はじっくりなのだが
せっかちな僕は西洋医学のほうがいいかもである。

2010年7月20日 (火)

22号

楽屋にマンガや雑誌が置いてある。
それをたまに無料読みさせていただいている。
回し読みといったものだ。
回し食いはないが回し読みはある。

そんな中
スペクテイターの22号。
この雑誌が面白かった。

特集 「 WORKING! 」
再考・就職しないで生きるには
といった特集であった。

楽して儲かるとかそういった類いの特集ではなく、

就職できない? 仕事がない? 
…だったら、いっそのこと自分で始めてみるか?! 
わずかな資本とヤル気とアイデアで
自ら仕事を作ってきた仕事人たちへのインタビュー集

と書かれてあったとおり
自立をして成功された方々のインタビューが載ってあった。
へ~こんな事が仕事になるんや。。とかの連続である。
内容も濃い濃いのだ。

日本人全員が、社長化計画の本であった。

表紙がなんともチャラいので
視覚的には、イメージはよくなかったが
手に取って読んでよかった。

過去の自分のイメージに騙されてはいけない。

その本をそのまま持って帰ったら
楽屋泥棒である。

帰りに本屋へより、購入した。

2010年7月19日 (月)

サイドとメイン

今芸人さんがよくサイドビジネスで成功されている。
もつ鍋屋さんやお好み焼き屋さんである。
僕はそんな才能がないのでやらないのだが
昔から師匠に「サイドビジネスはやったらいけない」と言われていた。
サイドでうまくいくはずがない。
メインのプロにはかなわないといったとこだろうか?

今日とある芸人さんに
お店をやる裏話を聞いたのだが
その方は名前を貸すといった形式だけなのだそうだが
そこでも大変みたいで、名前を貸した手前
味も気になるのだそうだ。
なので、料理開発にも参加をされてて
自宅で作ったりしておいしかったのを
値段と調整してレシピを考えたり
食べに行った先でおいしかったりすると
このレシピはなんだろう?
と思ったりするそうだ。
本業はおろそかにならないかと聞いたら
好きな事お互いやってるだけなんでとの答えであった。
俳優のIさんなんかは、お店を持って生活の基盤を整えてから
俳優をやりたい。なぜなら、
生活の為に俳優をやってもいい俳優には慣れない
食うためではなく、いい映画の為に役者をやりたい。
ので、食う分は別でやるといった具合で、先にお店を成功させてから
俳優でもきちんと成功をされたそうだ。

昔はプロでもなかなか食えなかった時代である。
今はホームレスが痛風の時代。
食うに困る事などない、ありがた〜い時代なのだ。
今は、芸能も飲食の仕事も生きる事自体、
趣味的要素の強い時代である。
ので、どっちがサイドでもない。両方やりたい事をやる。
それはお互い食うためにではない。食えるのだから。
じゃー何の為にか?楽しむ為にといった具合が強いのだろうか?

僕は、今までにも何回かサイドビジネスを誘われたのだが
お断りをしてきた。
師匠の言葉を守っている。
僕は、古いタイプの考えを楽しんで守っている。

2010年7月18日 (日)

怖い話

今日は、品川シアターで漫才。
ひさびさの新ネタであった。

前にも書いた通り、
アドリブ形式での新ネタをするのだ。
テーマは「怖い話」

楽屋では「怖い話な。言い合おか」
だけ言って、実際に舞台に出て行く。
舞台の上で即興半分の漫才である。

ユニットで漫才をさせてもらって、
はや2年である。
続けると言うのは、力になるものだ。
まず、2人の間での漫才の文法が出来ているので
即興も文法がしっかりしてるとはまるもんだ。

基本の文法の大切さが身にしみた。

鮮度と緊張感も伴って、
よりリアルなのだろうかウケがいい上に
我々もやってて、楽しい。

その後、楽屋で修正。
また次の舞台で足して行く。

僕は、きっちり決めてから望むタイプなのだが
ショージさんとの漫才はそうではない。
もっとラフなのだ。

僕にとっては怖い話とは別の
怖い怖い漫才であったが
僕は、本職ではない漫才。
継続といったものと
基本の文法が、ちょっとは、
力になってるのも、怖い話だ。

2010年7月17日 (土)

祝!

今日は後輩の種浦君が、ようやく御結婚!

祝!

品プリで結婚式と披露宴に二次会に
三次会と長〜いめでた〜い一日であった。

結婚式はホテルにある教会で
クリスチャンスタイルで行うのが今は普通みたいだ。
神父さんは外人さん。神様に愛を誓う。
本人の信仰は別でも、結婚はクリスチャンスタイルで儀式。
この融通の良さが日本的な面白みである。

また披露宴といった日本独特の結婚のスタイル。
もちろん外国にも披露宴みたいな
パーテイー形式の宴会はある。
宗教が基盤になって行われるのだが、
日本ではその辺りは、自由である。
日本の披露宴と言われるのは
色んな国の文化がミックスされて独特である。

結婚式場が考えたものなのか?自然とそうなったのか?
まずは、御祝儀。に、お仕事関係の席順
お色直し。またスピーチ。帰りは豪華な引き出物。

これが、THE 披露宴である。

ま、いずれにせよ、
種浦君も晴れて独身卒業。
お互い添い遂げる方が見つかったと言う訳である。
よかった。
よかった。

考えたら、僕はまだ独身である。
今まで他人の結婚式にどれくらい出ただろう。
祝いもどれくらい払っただろう。
最後は自分の番なのだが、僕には披露宴は荷が重い。
なぜなら、
誘ったのに断られてもうた。
お前の結婚式に出席したのに、俺の時は来ないんかえ!
席順はどうしよう?
あの方は呼んだ方がいいのか?
あの方には来てもらいたくないな〜。

もう頭の中がぐるんぐるんである。
こんな神経の細い細い僕が、披露宴など出来るはずがない。

その前に結婚出来るんやろか?
やる気満々やねんけどな(笑)

「ご縁」って言葉をそろそろ本気で信用しようと思っている。

2010年7月16日 (金)

Table Tennis

何年前のゲームだろう?
Xbox 360用の卓球ゲーム
Table Tennisを友人宅で初めてやった。

卓球と言うと日本ではダサイ暗いのイメージなのだが
このゲームは違う。

クールなのだ。
なにせ、あのロックスターゲーム制作なのだから。
ロックスターゲームの作るゲームソフトは、暴力ものばかりで
ギャングだの戦争だの撃ちまくり、殺しまくりのゲームが多い。

その会社が卓球のゲームなのだ。

僕はゲームをやらなくなってもうけっこうたつのだが
改めてやってみるとこんな面白い事になってるなんて。。

なんせ、卓球を中学校高校とやってた僕が
実際に卓球をやる感じで面白い。

卓球の面白いポイントはあの音。
ピンポンだけに、ピンポンの音が続いた時のあのトリップ感。

次は、卓球なのだけど、案外ダイナミックな技のやり合いの瞬間。
ボールを思いっきり相手が打込んで来ても返せた時のあの爽快感。

それが実現のゲームである。
ボタンひとつ操作なのだが、これがきちんと作られている。
ひょっとしたら、卓球選手もシュミレーションでやってるのでは?

暴力ソフトの会社が卓球ゲームソフト。

暴力と卓球

撃ち合いと打ち合い。

なにか関係してるのかな?

なんせ、面白い。

2010年7月15日 (木)

農業

農業を見学に山梨の山に行った。
具体的には家庭菜園と言うそうなんだが
行ってびっくり、大きな畑であった。
田舎暮らしは若い頃にと言うのがモットーの方で
僕より2歳年上で家族ごと山梨に住んでおられる。

お子様も小学生のお子様が2人いて、
奥様は農業に子育てにといった具合だ。
仕事は東京なのだが、中央自動車道なら
一本だから何の不便もないそうだが、
しかし、畑である。
見学って言っても、ま、うちによってくださいと
2年くらい前から言われてたので
寄ってお食事をちょこんといただき、
後、盆栽を見せていただくといった
ほぼおじいちゃんよりの趣味を堪能させていただいた。

ご夫婦は、年を取ったら、
都会がいいとおっしゃっていた。
なんせ、病院など行くにはちょっと
不便であるとおっしゃっていた。

また、トマトをおよばれしたのだが、
畑で収穫したものであった。
後は、いろんなものが栽培されていて、
米も別で作っておられて、
ほとんど自給自足だそうだ。
これはいつ収穫ですか?秋ですね。
スイカはいつですか?
来月です。
と気の遠い話である。

夫婦2人は旦那が大阪生まれ、
奥さんが渋谷生まれと都会育ちなので
田舎に来た時はいらいらしたそうだが、
田舎の基本はゆっくりじっくりコツコツとだそうだ。
朝起きたらまずは水やりなどをする。
草むしりに、掃除とコツコツ。

裏の家も自分たちで作るそうで、
今年中に出来たらいいかなとおっしゃっていた。
なんとのんびりですね。
と言ったら、それが普通だそうだ。

僕はここで住めるかな?とイメージしたが、
イラチの僕は到底無理である。

ちょっとショックだったのは、虫などがいたのだが、
まったく触る事が出来なくなっていた。
子供の頃は触れたのに。

2010年7月14日 (水)

江戸しぐさ

江戸しぐさと言うのをご存知だろうか?
江戸時代における江戸の生活哲学だそうだ。
別名、繁盛しぐさと言われている。

越川 禮子と言う方が江戸の頃の語りを元に
現代に書かれた本を読んだのだが、
江戸時代の江戸は世界でも有数の人数が
集まった大都市であったそうだ。

そんな江戸の町についてや、
江戸で生活を送るための
生活の知恵が書かれてあった。
江戸幕府は儒教を日本に取り入れ、
社会の交通整理を行ったそうだ。
なので、そこから派生した生活の知恵である。
初対面の方には、
位や名前や出身地を聞かないだとか、
足は踏まれたほうの方が謝るだとか、
細かい例まで書かれている。

あの司馬遼太郎さんは、
現代の日本は江戸時代が形成したと書かれていたが、
まさしくそうだと思う。
僕も東京でジムなどに行くと、
みなさん知らない方なのに丁寧だし、
名前も会社も知らないのに、きちんとマシンの指導していただける。
向こうも「ぜんじろう」と知らないと思う。
後、ロッカールームでもすれ違い様には「失礼します」と丁寧なのだ。
東京しぐさとでも言おうか。

今は別に政府が儒教を教えてるわけでもない。
なのに、みなさん「江戸しぐさ」なのだ。
そう思うと、大阪しぐさや、愛媛しぐさなど、地方にそんなのが
あるのかと調べたくなった。

2010年7月13日 (火)

ビーサン

ワールドカップが終わったと思ったら
全英オープンゴルフが間もなく始まる。
寝不足の2010である。

体育会系の売りではないらしい僕にとっては
めずらしいスポーツの日々である。

ただ、日本は今、飴。
いや、飴。また誤変換。
雨の季節である。

最近、僕は、ずーっと、ビーサンである。
ビーチ

昔なら、ビーサンなど楽屋に吐いていこうもんなら、
また誤変換。
履いて行こうもんなら、「ここはビーチか!」と
どやされた(注 怒られた)もんだが、もう42歳の師匠と言われても
おかしくない年齢である。(誰も言わないが)
誰にも怒られない。

雨の日には、ビーサンである。
一旦、ビーサンを博と
また誤変換
履くと、もう靴は、暑くて履けない。
気持ちがいい。

ビーチで履くには勿体ない。
シテイーサンダルと名前を変えてもらいたい気分だ。

また最近はビーサンが安い。
ここは、色も指定出来て、通販である。

ただ、鼻緒のところが痛いって言う方には
これをつけると、爽快である。

後輩が、靴などをを履いてると、
逆に言ってやろうかな?
「暑苦しいわ!ビーサンやろ!」


2010年7月12日 (月)

銀座チャイナ

銀座にちょこっと寄った。
買い物である。
といっても、そう高いのもではない。
ZARAがSaleをやっていて
銀座店の場合はビジネス街なのか
人が案外少ないので
スーツのSaleを狙いにいった。

最近、東京を闊歩してびっくりなのだが
中国からの観光客がやたら多い。
今日に至ってはZARA銀座店の店内が中国であった。

バブルの頃に米国のロスで
日本人観光客ばっかりになって
日本人観光客が記念写真撮るのを見て
「ビルを買収視察」なんて
皮肉られたのと同じ光景であった。

中国は日本で報道されてるより好景気だと思う。

ZARAの服を全部買う勢いの人数と買い物の数の具合に
ZARA乗っ取るんちゃうか?と、当時の米国人のような気持ちになった。

試着室の前で
ひとりの中国人の男性が
「すいません。日本語が出来ません」と言った後
「Can I try to wear them?(試着出来ますか?)」
と英語で話していた。
日本人とよく似た顔なので店員さんは
中国の方なのに、日本語で話すのだろう。
それを見越してか、
「すいません。日本語が出来ません」と
日本語で言っていた。
僕なら、いきなりCan you speak English?と
英語が話せるか英語で聞くのだが、
中国の方は「日本語が話せません」であった。

他国に行った時は、母国語で「話せません」と
答えるのは、かわいいなと思った。

中国の観光客が来て、
母国のマナーで散らかし放題するのを見ると
確かに、悲しいが、中国の若い方々は
国際感覚も勉強してるのか
マナーもきちんとしていたりするので
我々のイメージするオ下品な方々ではなかったりする。

これから先、このような観光客の多いのを見て
中国人=下品といったイメージが、ついた方々は
トラブルが多いだろうなと思った。

2010年7月11日 (日)

せんきょのきょ

今日は選挙であった。
若い頃は選挙に行かなかったが、
選挙権を得るための涙ぐましい歴史を
聞いて以来いくようにしている。

後自分の一票なんて何になるのか?
と思ってたのも、
一票の重みの過去の例を聞いてから
自分の一票もお金持ちの一票も
同じ重みのある一票だと思い、
投票するようにしている。

行くのだが、比例代表だの小選挙区だの
正直全部わかっていない。

説明を聞いた直後は、わかったつもりなのだが
日程がたてば、忘れている。

なので、
今から書くのもあやふやなのだが、
白紙投票と言うのをご存知だろうか?
何も記入しないで投票する。
えらそうに言ったら、「どこも支持出来ない票」
選挙にいかないのではない。
行って白紙で出す。
これが一位だったらどうなるのだろう?
もし反映されてなかったら
議席をひとつ白紙票が確保すべきだと思っている。
もし白紙が過半数を超えたら、全員落選。
新しい選挙をやり直す。
候補者は全然別で。。
ってな具合はいけないのだろうか?

今回白紙は何票はいったのだろう?
公表されたのか?

今回は、そんな白紙寸前の方が
多かったのではないかと結果が楽しみであった。

ワールドカップサッカーの前には
食い入るようにして選挙速報を見た。

みんなの党が議席を伸ばしていた。
自民や民主以外でどこにしよう?共産や社民や公明は絶対ない。
といった方が、みんなの党に流れたのが原因なのか?

結果は民主が敗退であった。
ただ、民主も前回の異様な勝ち方が変だったわけで
落ち着くとこに落ち着いたって感じである。
ただ、今回の民主の予想議席数にびっくりであった。
民主は国民の感情を、わかっていないな〜と思った。
僕の個人的な感想だが
本来の民主の実力の票は、あれでも多いのでは?と思った。

後、びっくりしたのは、
投票率が40%を下回ったのにもびっくりである。
60%以上の方が、政治は、人ごとなのだ。

ただ、その60%の方は
政治に何があろうと、文句は言えない。

こんなに日本が、ゆらいでいると連日報道されているのだが
国民の大半は、おかまいなしなのだ。

これを世も末とみるか?
政治なんかなくとも、なんとかやっていける国なんやと、みるか?

選挙の仕方も今風にちょこちょこグレードアップしていただきたいと思う。

2010年7月10日 (土)

東京全体が俺のジムだね

吉川晃司さんがテレビで
「東京全体が俺のジムだね」
といったのには、笑った。

ビートたけしさんと国分さんの
テレビのゲストでの発言だった。

そこでは「不便をうる商売」と言うのを特集していた。
便利すぎる世の中になりすぎると逆に感覚が失われる
だから今こそ不便を!
と言う事で、京都の山奥の旅館であるとか
東京の中野の自分で作る居酒屋とかが紹介されてた。

その達人といった形で
吉川さんが今回のゲストであった。
日々筋トレなどは、公演や神社や道などでやっているそうだ。
東京の道や町はややこしい。
が、それらを利用すると
もうそこはたちまちジムなのだそうだ。

不便と何の関係あるのかと思ったが
そこは吉川さんも、大人である。
大分番組の中身に、会わせて出演。
そこでこの一言。
「東京全体が俺のジムだね」
番組では風貌もあって、格好よく決まったこの台詞。

「世田谷公園は、俺の腹筋コーナー」
などと単語を限定すればもっと面白くなるのだが
ま、そこはお笑いじゃないので、仕方ない。

僕も最近は近所の公共施設によく出かける。
なんせ都民税を払ってる。
使わないと、もったいないと思うようになってきた。

後は、そもそも出不精の
僕は、近所の図書館を僕の書斎。
新宿中央公園を僕の中庭と思うようにしている。

そうも思わないと、なかなか表に出ないもんだ。

東京全部が、ジムと言う発想はなかった。

面白いな。
やってみよ。 

2010年7月 9日 (金)

おねしょ

夜に知り合いの誕生日だったので
シャンパンを飲んだ。
口当たりがいいので、すーっと飲める。

年のせいとお酒があまり強くないせいか
知らないうちに、
ガクンと酔っていて、尿がやたら近いのだ。

尿道がおかしくなったのかと自分でも思うくらいに
トイレに行った。

シャンパンは僕の普段飲んでるお酒の感じがしない
ジュースに近い感じの味である。
体に馴れないからなのか、体が拒否してるのか、
ぐわんって具合に酔った。

次に来たのは、眠気であった。
お店でちょっと寝てしまった。

帰る頃にはみんなに起こされた。

そして、家に帰ったのだが、尿がまた近い。

酔いは体調に左右される。
別にこれと言って、体調が悪くないのだが、
年齢的なものがあるのだろうか?

帰ったら、飲もうと思っていた冷蔵庫にある
冷やしていたビールを見た時、捨てたくなった。

このままだったら、寝てる時におねしょするのではないか?
と自分で怖かったくらいである。

みなさんが、よく口当たりがいいから気をつけないと
と言ってるのが体でわかった。



2010年7月 8日 (木)

無理と諦めた

日々、Twitterをやってるので
ここで、毎日書くのは
邪魔臭くなって来た感がある。
ここではコラム的な事を書いているので
毎日はやめようやめようと日々思っているが
根の真面目さは否めない。

ので今日も書く。 

今日戯曲の本を読んだ。

訳があって戯曲を頼まれた。
自分のやるコントや漫才や
映画の台本は書いた事はあるのだが
他人に頼まれたお芝居の戯曲を
書くのは初めてである。

書き方も何もわからないと言った状態なので
それを説明したら、「だからいいのだ」
とのせられ、引き受けたもんだから、
書かないと行けない。

何か例題になるようなものはないでしょうか?
と聞いたら、2冊戯曲集をいただいたので読んだ。

本谷有希子さんの「幸せ最高ありがとうマジで!」と
松尾スズキさんの「ファンキー」である。

役者として出演するお芝居を何度か経験してるので
戯曲には馴れてるつもりが、読むのに苦労した。

特に松尾スズキさんの戯曲は
台詞がわかっても、ト書きや役者の演出も込みで
見ないといけない。

戯曲が、立体的なのだ。

本谷さんのも立体的であったが、
一回読んで理解出来た。

単に馴れの問題なのだろうが、
この2つの戯曲を読んで、僕にはこういった
立体的な戯曲は無理と諦めた。

「だから、頼んだ」に、すがろうと思った。
自己流で書こうと決意。 

だから、ひょっとしたら、漫才の台本のような
戯曲になるかもしれない。

まずは、アイデアだけを5つ殴り書きした。 

後で見たら小学生の落書きのようであった。

2010年7月 7日 (水)

テロ雷雨

ゲリラ雷雨である。

なんだろうこの名前。

ゲリラって言葉は戦争用語ではないか?

ゲリラ作戦って言葉は、
選挙活動や宣伝活動にも使われる。
何の前振りもなく、
突然にって事の意味である。

そんな用語が天候にもついた。

ゲリラ雷雨。

そもそも天候には、前降れなどないもんだ。
全部がゲリラなはずだ。

集中的な奇襲攻撃をされてるような雨だから
ゲリラ雷雨と言う名前なのか。

戦争用語で言うとゲリラと言う名前が
昨今テロと言う名前に変わった。

テロとゲリラの違いは、
強者に対する弱者の戦法をゲリラと言い
一般市民を巻き込む犯罪的な行為をテロと呼んでいる。

それで行くと、ゲリラ雷雨は
天候が弱者になっている。
一般市民を巻き込む意味なら
テロ雷雨と言いたいとこだが、
犯罪の匂いはしないので、テロ雷雨とは言わないのか?

いずれにせよ、今この国では
ゲリラの言葉は天候につけられている。 

実は、僕は、テロ雷雨と言ったほうがいいんじゃないかなと思っている。
なんせ、天候を自由に人間の手で、意図的にいじるような国が隣国にある。
上海万博が関係していない事を祈りたい。

2010年7月 6日 (火)

人間の話す言葉の正解

NHKの番組で
慶応大学の教授が深夜に
音声認識の未来について
語っていたので興味深く見せていただいた。

モバイルやカーナビもタッチパネルと言って
手でタッチして動かしたりするのは当たり前になったが
口で言って動かしたりするのは
まだまだ広がっていない。

今、どんどん技術が進化して、
音声による認識が一気に広がると言っていた。

例えば、音声翻訳機能などは、
自分が機械に日本語で話すと
勝手に英語に訳して話してくれ
相手が英語で機械に話すと、
逆に日本語に訳してくれて
伝えてくれるといった具合。

出演者も欲しいと言っていた。 

僕が、音声認識に興味をもったのは
このテレビを見てからではなく
数年前にロボと漫才をし始めてからである。

ロボが僕のツッコミを認識して
次のネタに行くなどの機能に、

これはすごいと思った。

ただ、音声認識が難しいのは、
正確さである。
特に日本語は同音異義語が多い。
例えば
「今日、届け物があった」と言ったのに
「凶、トド 獣があった。」と
認識したらどうするのか?

「すいません」と言ったのに
「吸い魔戦」と認識したらどうするのか?

正確に使いたい時には
こういった誤変換は困る。
ワープロの変換でも同じような事は起こる。

でもそこは、簡単。
覚えさすといった事も出来る。

後は、間違いはありつつ、
そこそこの認識でええわ!
といった、アバウトな考え方。

間違ったら、あほな天然の認識。
ははは!で、いいのだ。

ただ、これが、大切な時に誤認識は困るが
間違いや笑いがあったほうが
おもろしろい時も日常ではある。
誤認識をあえてやったほうが
面白いといった状況である。

それでも、正確に使いたいのなら、
人間が機械の性質をわかって、
人間が機械を正解にして、
正確に話さないといけないのだ。 

なんせ、人間の話す言葉の正解なんて
人それぞれだから。 

なので正解のない人間の発言を
そこそこ認識してくれればよい!
その間違いは、笑えたらいい!くらいの考えである。

このような認識機能は、
真面目な場面から使わずに、
間違いでも許される遊びから使いたいと思った。

なので、音声認識といった堅い堅い言葉より
音声ほぼ認識機能と言うとこから始める。
いや、
音声わがまま認識ってのもいい。
お互い様、間違い認識って言葉でもいい。

機械にとって正解な言葉しか話を返さない
「キッチリ日本語君」なんてロボットなんかは、いかがだろう?
滑舌や敬語や助詞や文法もきっちり話せてないと
話して、くれないといった具合だ。

そんな遊び心で言葉の認識をとらえないと 
日本語は複雑すぎるのだ。

夜中にそんな事を思いながら見たのだ。

2010年7月 5日 (月)

オッス!といった世界

フジテレビのドキュメンタリーで
明治大学の中学部の応援団の
地獄の特訓のドキュメントを見た。

Twitterで今見て感動してるとの
つぶやきがあったので見た。

今はもう珍しい応援団である。

地獄のような合宿の風景をテレビで
追って行ってるのだが、
特訓も今では珍しいスパルタである。

先輩が後輩に激を飛ばす。
無意味に見えるあのしごきと言われる
あの練習もやりきった後の顔は
さやわかであった。

5日間の合宿なのだが、見ていて、
かわいくもあり、
青春だな~と、うらやましかった。

Twitterで、あのような特訓が
戦争を促すとの声が
何個かあったのにぎょっとした。

そんな見方をする方もいるのかと思った。

とある一人の出版社の方と思われる方が
先輩後輩のあの体育会の
絶対服従のやり方は、
ややもすれば選民思想を持ち、
軍国主義賛美になると言うのだ。

目にそんなウロコがついてる方がいるもんだ。

団塊の世代の方々や学生運動世代の方々や
左思想家世代の方々と話をすると、
そうとうのウロコで目が覆われている方がいる。 

我々世代は、第二次世界大戦目線のウロコはなく
先輩後輩の関係や縦社会や
日の丸や君が代も、そんな目線はなく
自ら楽しんで受け入れられる。 

もちろん戦争は嫌なのは同じだが
目線の違いでそう映るらしい。

包丁と同じで、包丁で人をさしたからといって
包丁自体は、凶器ではない。
使う方の心持ちである。
でもウロコに覆われている方は、
包丁と言ったら人殺しと連想になるのだ。

なので、学ランに先輩の激にオッス!といった世界は
ウロコのついた方には、戦争なのだ。

また今の時代、
応援団に入る自由。
やめる自由がある時点で、
あのしごきは強制ではない。
絶対服従の世界も選択肢がまずある。
嫌ならやめれる。
戦争時代の絶対服従ではない。
やるんだったら、楽しんで、やればいい。

ウロコのおばさまは、
何が何でも、戦争の始まりです!
の一点張りであった。

Twitterで空いた時間にそんなウロコがついた
出版社だと思われるおばさまと議論したのだが
応援団イコール戦争と言う見方には、びっくりである。

ただ、いいのは
若者がそんな事を書いたのではないのは何よりだ。
あの世代のおばさまであったのにまだほっとしている。

僕は最近、そんなウロコのついた
偏った大人のほうが
「それは戦争になる!やめなさい」
と絶対服従をさす本末転倒で、怖い。

なんせ、応援団は戦争です!と書いた方へ
平和的に望んだ議論は
論理的ではなく、暴力的でかつ
僕個人の嫌みも含んだ発言で傷ついた。

2010年7月 4日 (日)

ただ、ただやる続ける

朝型にやるサッカーの流れで
チャンネルをひねっていたら
日曜日の朝はアナーキーな番組がやっぱり多い事に気づく。

百歳のおじいちゃんおばあちゃんの番組だの
禅宗のお坊さんの番組だの、
テレビの画面では今まで見れなかった
面々がずらりと出ておられる。

その中でもNHK教育のお坊さんとの対話番組。

東大卒のお坊さん。

米国に座禅を教えにいったお話をされていたのだが
これが興味深かった。

何でも、論理的に過程と結果を求める米国人は
「どうやったら、座禅で悟りが開けるのか、教えてくれ、
 そしたら、全部やる」
と、真正面きって、言ってくるそうだ。
そう言う意味ではすごく西洋人は熱心なんだと言う。

これについて坊さんは、どう答えたのか?

禅の言う悟りは、言葉で答えれるもんではないと言うのを
言葉でやはり聞きたがるそうだ。

僕もその辺りでは米国人に近い。
出来るだけ、自分の知ってる
範囲内の言葉で教えていただきたい。

座禅をしたから、悟りが開けるとか、
何がどうなると言うもんではないらしい。

それを聞いて、な〜んだとやめていく方もいるらしい。
それはそれでいいそうだ。

座禅は、座禅をただ、する事に結果があるそうだ。
もっと結果を見いだしたいなら、
座禅を続けてする事に、もっと結果があるそうだ。
ただ、ただやる。
このやり続けると言う結果は、何がどうなるよりも
はるかにどうにかなってるそうだ(笑)

結局のとこは「悟り」
などと言う事は何か言わなかった。

多分、言ってる方もよくわかってないのだと思うのだが(笑)
いや失礼ですね(笑)すいません。

考えたらこんな番組が日曜日の朝である。

なんと浄土なアナーキーな朝。
テレビの明るい未来はこれであろう。

チャンネルをひねったら、
スペインがパラグアイに勝っていた。

2010年7月 3日 (土)

謝罪漫才

最近の漫才は
ネタがよりアドリブ性のものになってきた。
そこには、ショージさんが、
練習に飽きはったのか、
僕をちょっとは信用していただいたのか、
理由は明確ではないが
アドリブ型になってきた。

アドリブとはいいつつ、
そもそも頭の中にあったネタが
舞台で閃きと共に出てくるので
そもそも頭にないものは出てこない。
が、かといって机の上で出てくるものと
アドリブは違う。
舞台の上でしかでてこない
無意識に眠るネタ。
突発的な偶然は計算して作っても作りきれない
ものになるから面白いものだ。

ショージさんの無意識の
偶然のすごさには毎回圧倒される。

ショージさんのスベリ芸と言われるのも、
そもそも笑かすシステムが
まだまだ一般の方に浸透していない
時代からやっておられたのだ。

このすごさは、以前、ブログで、ある種、
千利休の世界と大げさにも書かせていただいた。
欠けた物こそよし!あえて欠けさすあの感じである。

で、漫才で最近やってるのが、謝る漫才である。
何がなくとも謝る。
何もないのに謝る。
ネタを言うたび謝る。
オチがなくとも謝る。

社会でも、
謝罪会見が多い今の日本であるが
悪い事してないのに、謝る。
すべってもないのに謝る。

謝罪漫才。

これも舞台から生まれた偶然のネタである。
偶然を拾うといった技術は
計算して構築するより難しい。

2010年7月 2日 (金)

電子ブック

電子ブックをちょこちょこ読んでいる。
まだまだ馴れない。

馴れない理由のひとつには、
ページをパラパラするのに、まだ馴れていない。
ページを折ったりするのに馴れていない。

要するに、アナログのあの手触りになれていない。

だが、それも時間の問題で、
馴れてくるだろうとは思うのだが違和感がある。

後、問題はまだまだ日本語の本が電子ブックになっていない。
米国ではダウンロード販売がされててお手軽にダウンロードをし
本を電子ブックで読むといった事が多くなってきたそうだ。

出版社がどうでるかだが、そのうち日本でも解禁になると
どっと電子ブックの流れはくるだろう。

そうなると、今までは本一冊作るのに、
まだまだお金がいっぱいかかる
のだが、自宅のパソコンで、書いたテキストが
もっと安く作れて、安くでみなさんの元に
お手軽にダウンロード販売なんて流通も
当たり前のような時代が一気にくるだろう。

僕はここ数年はネットで本を買う。
店頭には置かれていない本を買う事が多いからである。

本屋で本を買うのよりアマゾンなどで
本を買うのはざっと100倍だそうだ。

本屋におかれる本を目指すのもいいのだが
電子ブック向けの
なにがしかを真剣に考えてみようと思っている。

2010年7月 1日 (木)

目からウロココココ

W杯のサッカーを連日観てるせいか
その話題ばかりになる。

今日、50代の方と
日本代表の結果について話をした。

50代の方が今まで見てきた
ワールドカップはとうてい日本は
出場するだけでも奇跡なんだから
予選突破はありえないとの事えを思っていたそうだ。
デンマーク戦にいたっては
どうした?デンマーク?と思いながら見たそうだ。

だが、今回のパラグアイ戦の活躍を見て、
目からウロコだったそうだ。
今までの日本のサッカーではないと気づいたそうだ。

さ!この「目からウロコ」と言う言葉。

このウロコとは何なのか?
ウロコは魚の体についているもので半透明のものだ。
それが目についているかのようなものが、とれるといった具合。

その半透明なものは
どういったものかと言うと、過去の経験であったり
思い込みであったり、思想であったりである。

「色眼鏡で物を見る」といった具合の表現もする。
が、眼鏡はあえてかけるものだが、ウロコはどうにもこうにも
へばりついてしまっている感じである。
それが何かをきっかけにコロンととれるといった状態だ。

年々、目はウロコが知らない間にへばりつく。
何事も、過去の経験で物を見てしまう。
これは致し方ない。

だが、そうは論理的に物事は運ばないのが人生である。
以前やって駄目だった事をもう一度やったらうまくいったり
初対面の印象が悪かったのに、今ではすっかり仲良しだったり
ウロコがとれる事がいっぱいある。
また、目についたウロコが、はがれる瞬間も気持ちいいものだ。
僕も目にウロコがいっぱい張り付いている年齢にもなってきた。
そのウロコを落とすためにも、
一度やって諦めていた事など
もう一度やってみようかとも思っている。

最近、僕が、目からウロコだった事を書く。

朝型生活に変えて見た事(朝はいいね!)
母親との週一回のトーク(母といえど、女)
普通のすごさ!(普通って案外難しい)
厄年と言う年回り(厄は体の体質についてね。西洋にもある)

2010年6月30日 (水)

インタビューと言うプレー

W杯のサッカー
日本はパラグアイに負けた。
マスコミは商売だから騒ぐ。
僕もついのせられて観戦。
ベスト16に入ってなかったら、
マスコミは好き勝手叩くだろうし
今回勝ってたら、やっぱりと褒めたたえるだろう。

相撲もそうだ、
賭博の件でも、このような時には国技と騒ぎ
普段は、もう国技ではないと転けおろす。 

マスコミとはそんなもんだと
改めて思った。

そのような事は、差し引いて、今回もゲームを見た。
ゲームには勝ち負けあるのだから
負けるのも結果のひとつである。

僕が今回感激したのは
プレーもそうなのだが
終わってからのインタビューの返しである。
キャプテンの長谷部や本田の言葉にぐっと来た。
試合直後にインタビュアーの
「敗因は何ですか?」と聞く
品のなさは、見てて腹が立ったが、
長谷部選手にいたっては、
冷静にそんな質問を軽く受け流し、
日本のJリーグやサポーターにも気遣っておられた。

本田選手も「批判してくれた方にも感謝」と
言うコメントを言っておられた。

岡田監督に至っては、悔しさがあったのか
テレがあったのか、
「今後の日本の事まで考えられない」
と、マスコミの質問にむっとしてるように思えた。
正直な方なんだろうが、痛かった。

諸外国の監督や選手の方々のインタビューも
今回は日本のテレビで見れる。
見ていると、日本と海外の違いは
インタビューの中身は、もちろんなのだが
答えがエンターテイメントなのである。
もちろんスポーツなのでショウではないにせよ
インタビューもひとつのプレーなのだ。
だからいつ何時でもジェントルなのだ。 

長谷部選手と本田選手は
海外で活動をしておられるだけあって
インタビューの答え方もきちんと
グローバルな基準の発言をしていたのに
ぐっと来た。

日本の常識と世界の常識がまったく
ずれている今、このようなスポーツ界での発言や
記事を見ると、どのくらいずれているか分かるもんだ。

批判も大きな原動力のガソリン。
マスコミも商売のひとつ。
と、日本以外ではメデイアリテラシーが養われてるのかと思った。

そういった意味では日本の方々のほうが
マスコミにすべてを期待をしているのかと思った。 
そろそろ国際的な常識を持って今後も見たい。

2010年6月28日 (月)

なんぼのもんじゃー

大阪は、間の町だと改めて思った。

食事をしても、コンビニでも、
大阪の方は、やんわり話しかけてくれる。

こちらが話を返すとたんわり話返してくれる。
大阪に住んでるとわからないだろうが
一旦外へ出て、大阪が蒸発して戻ってみると
わかるものだ。

このやんわり感は
昨日初めて大阪に来た英国人にも分かったようである。

英国人はせっかちである。ユーモアもある。
そのユーモアは論理的な皮肉である。
大阪人もせっかちである。ユーモアもある。
が、そのユーモアは論理的ではないし皮肉でもない。
やはり「なんでやねん!」のツッコミで、
非論理な事は受け入れるのだ。
だから、会話のキャッチボールのうまさに
英国人も日本語がわからずとも、
思わず笑ってしまうのだ。

何か大阪弁を教えてほしいと言われたので
教えてあげた。

中でも気に入ったのが、
やはり「なんでやねん!」
これはこのブログで何度も考察をした不思議な言葉。
「なんでやねん」は
「なぜ?」ではなく
受け入れる言葉である。

後、気に入ったのが「なんぼのもんじゃ!」

この言葉の響きもさる事ながら
意味が、英語で言うと
Do you think yourself  to be expensive?
標準語の意味は「あなたはいくら?」ではなく、
「高価だと思ってるの?」って事だ。

「もったいない」が
世界語になったように
「なんぼのもんじゃ!」も
狂ってきた資本主義に対する
ちくりとした皮肉語として
世界に広がっていただきたい。

2010年6月27日 (日)

Let's go!go!go!

イギリス人ワールドカップサッカーの試合を見に
大阪心斎橋のブリテイッシュパブに夜に出かけた。

イギリスVSドイツ

常にジェントルマンであった
英国人もサッカーを見ると急変する。
「ファックオフ」だの
「サック」だの汚い言葉を連発する。

僕はドイツよりだったのだが
せっかく英国人と一緒にいるので
イギリスを応援した。

サッカーの内容の事は置いといて、
応援の言葉について書かせていただく。
我々が「行け!」って言うのを
西洋人は「カモーン!」「来い!」なのだ。

この「行く」と「来る」の違いは、セックスの時もそうで
西洋と日本では違う。

これをTwitterでつぶやいたら、
お腹が痛い時や目薬さした時には「来た」と言う。
じゃー西洋人は、お腹が痛い時は
「来た」と言うかと言うと言わない。
そういった表現は使わないのだ。

日本では快楽へは「行く」痛みは「来る」
西洋では「快楽」は「来る」

この考察であるが、
ここで書くと本当に長くなるのでやめるが
日本の快楽へ「行く」は、
どこかぼんやりとした場所に行く感じかな?
西洋の「来る」は、
はっきりとしたものが来るといった感じ。

この西洋の感覚は頭ではわかっても、
体ではやっぱり日本の行け!行く!の
感覚がしっくりくるといった感じな自分であった。

ので、「Let's go!go!go!」と応援した。

それにしても英国人の応援のあの急変ぶり。
サッカーよりも見応えがあった。

ただ負けた。。。

2010年6月26日 (土)

ハーフ

ニューハーフは英語ではなく
日本語だって事は、
もうみなさんも承知でしょう。
実はニューハーフって言葉は
サザンの桑田さんが、
ベテイーのマヨネーズのママを見て、
「ハーフなの?」と聞いて、
「ハーフはハーフでも男と女のハーフ」
って事からニューハーフになった
と言う由来だそうだ。

今回の大阪はベテイーさんには、
すごくお世話になった。

英国人にとってニューハーフの存在は
どう受け止めていいものなのかと戸惑いがあるらしい。
特に男性である。
これは宗教上の問題もある。
クリスチャンの国ではゲイは戒律としていけない事なのだ。
リベラル系なら大丈夫なのだが古い方は駄目である。
西洋では、ゲイパレードやゲイの人権抗議などがある。
これは、裏返せばそれだけ
あからさまの人権の侵害も多いと言う事である。
ならば結束し、闘う!といったのが、西洋人である。
日本の場合も僕には、わかならい苦労や苦難や侵害も多いのだろうが
あそこまでの闘いの姿勢をみせない。
えらそうな事は言えないが、
僕に至っては、頭もいいしええキャラやな〜と思う。
仏教では中性といって
男でもあり女でもあるといった言葉がある。
仏像などがそうであったりする。
この地盤の考え方もあるのだろうか?

だが、英国人女性は、大はしゃぎである。
女性のほうが、うけいれやすいのである。
女性の場合は思想的な部分でとらえない方が多い。
だから、寛容である。
何より生まれながらそうなのだから自然である。

ベテイーにいるみなさんにひさびさにお会いしたが、
みなさん若々しく何より力強く生きておられたのには
感激であった。

2010年6月25日 (金)

その辺りの叙情的なもの

日々ワールドカップと
ウインブルドンを見ているので
睡眠不足がちである。

あまり寝ずに、大阪に行った。

大阪に行くたびに、
自分の中の大阪が東京で
蒸発している事に気づかされる。

大阪のおばちゃんは、本当に愉快である。

いきなり話しかけてくる。

しかも「あんた!何やってんの最近は!」
なんて実家の母親さながらの勢いである。

また乗ったタクシーの運転手さんも
日本の社会情勢の未来は元より
世界の資本主義の終結そして
極めつけは、世界の真理を語りだした。
そんな方なのに、釣りの額を間違えるといった始末。

こんな光景に東京人のように
びっくりしてしまうのだ。

その瞬間、昔はここの土地を
不思議と思わなかった自分がいたのだと感心した。

昔過ごした町を訪れると
その時の体調や、今おかれた状況に
よって映り方が違うものだ。

その昔にスタンドバイミーの映画で
その辺りの叙情的なものが、丁寧に描かれていた。
大人になって戻った故郷は小さく思えた。
それは大人になった証拠なのだ。

今回はどんな事を思うのか楽しみである。


2010年6月24日 (木)

コクーン歌舞伎

シアターコクーンの歌舞伎を見に行った。

コクーン歌舞伎は
1994年より歌舞伎役者の中村勘三郎さん中村橋之助さんらが
古典歌舞伎の演目を、新たな演出で上演されている歌舞伎である。

今回の演目は「佐倉義民傳」と言う演目。

160年くらい前の演目らしい。
歌舞伎には珍 しい農民劇らしい。

農民の為に庄屋の木内宗吾が江戸へ出て
将軍に直訴するといったも物語。

今回はラップを取り入れられて
いとうせいこうさんの歌詞らしい。

最初から最後まで、劇場で泣きっぱなし。
最後は、涙が止まらなかった。。
劇場でこんなに止まらなかったのは、ひさしぶりだった。
また最後に自然とスタンデイングオベーションをやってしまう自分。

これこそ本当の世界に誇るエンターテイメント。

もはや、今年一番いいものだろうな~と思う。

2010年6月23日 (水)

なんとも丁寧

今日は、名古屋に行った。
N大学の教授にお話を聞きに行ったといった具合である。
この中身は研究段階なので詳しくは書けない。
が、なんとも丁寧にお話をしていただいた。

言葉に関するコンピューターの研究なのだが
ほとんどシステムを理解していない僕にデモを見せてくれ
説明していただいた。

僕は日本語って難しいんじゃにですか?
と聞くと、難しくはない。面白いんだと説明していただく。
何回も説明うけるが、正直、よくわからなかった。

何か書きたいのだが研究途中なので書けない。。。。

が、近い未来
コンピューターとフリートーク!
期待したい!

2010年6月22日 (火)

遊んでいただく

ひとりもんなんで
洗濯をこまめにやっている。

洗濯や掃除などの家事は嫌いではない。

最近ではアメリカの柔軟剤が
普通のスーパーでも売っている。
以前なら外資系のスーパーに
いかないと売っていなかった。
また高かった。
が最近では、外資系のスーパーにいかなくても
安く気軽に手に入る。

こんなに広がる前から
外国産の柔軟剤を使っていた。

日本ではちょっと
きついと言われる香りだが
僕は好きな香りである。

海外を体験した方は
海外の風土と思い出も相まってか
あの香りが好きである。

ここ最近では、米国の柔軟剤に対抗してなのか
日本に柔軟剤の香りもきつくなってきている。
僕にとっては嬉しい事だ。

さて、次に僕が欲しいのは、
遊びの入った歯ブラシに歯磨き粉である。
僕は両方海外産のを使っている。
日本では医薬品の部類なんだろうが、
医薬品だからといってミントが
医薬とイコールな訳ではない。
医薬よりなのはわかるが
香りやデザインは遊んで
いただけるものがあったらと願っている。

お隣韓国では日本より
多種多様の味がでている。
朝鮮人参の味と香りだの
竹の香りやジャスミンハーブなんてのも出ている。
日本のメーカーさんもちょっと遊んでいただけばと願う。

ちなみに歯磨き粉はアップルシナモンの味を使っている。

これをみなさんに言うと、
ゲーって言うが、いざ使うと、本当にいい感じなのだ。

2010年6月21日 (月)

複雑系

複雑系と言う言葉を
ご存知だろうか?

どうやら科学の
言葉みたいなのだ。

複雑系の本を
紹介されて読んだのだが
今ひとつ掴めなかった。 
別名カオス理論と言われるものだ。
カオスなんて言うのは
宗教用語かなと思ったら
科学に使われていた。

複雑系と言うのを簡単に
説明するといった言い回しも変なのだが
この世は、複雑で予想不可能な事だと言うのだ。

簡単に言うとよけいに不可解である。

ちょっと説明しよう。
偶然と言う言葉。
例えば今日僕がたまたま偶然、
高校の時の同級生と新宿で会ったとしよう。
なぜ?と、原因をたどるのはこれは複雑である。
これはノイローゼ覚悟の話。
なので、偶然と言う事にしてって具合なのだ。

コンピューターがそうで、
例えばある町にセールスマンが
巡回する時の効率のいいルートを
コンピューターにさせたら
セールスする会社が10個あったら
ルートの組み合わせは18万通りにもなる。
効率の良さを探るために、
何日もかかって結果効率が
悪くなるといったものもある。

これも複雑である。
そこには、「ま、とりあえず。。。」と
アバウトにやるしなかない。

ただ、コンピューターは
「ま、とりあえず」はやってくれない。

複雑系が前に進むには
「とりあえず」とアバウトになる事である。

科学からいきなり人間の話になってしまったが
僕も複雑な人間である。
複雑な僕に必要なのは
「とりあえず」と意欲を持ってやってみると
何がおこるかわからないと言った具合。。。。

これが掴めてないが
ぼんやりとした感想である。

複雑系男子、複雑系女子なんてもがモテたら
いかがなものか?

本来、人間は複雑なのだが。。。

2010年6月20日 (日)

ほらまた難しくなった

今日、大勢でお食事会をやった。
お花見以来のメンバーであった。

中にはこのブログを見てくれてる方がいて
「難しいこと書かれてますよね」と感想をいただいた。
顔が見える感想は有り難い。

考えてみるとこのブログでは、
難しい事を出来るだけ分かりやすく
という方針でやっているが
やっぱり僕の文才が足りないのか、難しいらしい。

とはいえ、若い頃は、難しい事こそ
かっこいいと思っていた。

ファッションや音楽や映画など
趣味も難しいものこそに憧れた。

僕の話もそうで
何でもかっこうつけて笑かしたり話したりしていた。

これは一旦頭を通して、自分がどう格好よくうつるか
と、こねくり回す作業をしたのちに、難しくなっていた。

だが、もう年齢も40を超えたくらいから
折り返そうと思った。

なぜなら、格好いいにこだわる事って
実は格好わるいって事に気づいた。
と同時に実際に格好つけても
どうしようもなく格好悪い年齢になってきた。

ほらまた難しくなった(笑)

簡単に言うと、諦めたって事だ。

なんとか簡単に面白く伝わらないかなと日々思っている。

賢者は難しい事を簡単に言い
愚者は簡単な事を難しく言う。

これを呪文のように日々となえてるのだが
まだまだである。 

2010年6月19日 (土)

笑い屋のおっさん

父の他界の日を境に母とは
よく電話をしている。

母は電話口でよく話す。

母と言えど、女性である。

いつだろうか?
男性は会話の結論を共有し
女性は会話の感覚を共有すると
教わった。

まさしくその通りで、
母からの電話で
「お医者さんがやな〜。
 ほんまにええかげんな事言うねん!」

「兄の娘姉妹が喧嘩したから怒ったったんや!」

で、僕はなんとかその悩みの解決をと
解決策のアイデアを論理的に話すのだが
それは母には御法度なのだ。

忠告通り、母も女性なのだ。

感覚を共有してあげる事だ。

「へ〜〜〜!」
「大変やな〜」
の返事をただ待っている。

リアクションをオーバー目にとると
母はすっごい元気になる。

もっと若い頃に知ってたらよかったなと思う。

母の前では今僕は笑い屋のおっさんである。

2010年6月17日 (木)

お腹ポッコリン

楽屋のもっぱらのお話は
ダイエットである。
30を超えた芸人の悩みは
お腹ポッコリンである。

お笑いブームの後
悩みはここである。

こんなガリガリであった僕も
30代後半からお腹が出てきた。
僕はブームは関係ない老化だ。

厳密に言うと、お腹だけ出てきた。
すいか泥棒のようだ。

ぜんじろうさんて体型変わらないですね。

って言われるが、お腹を見せれば、醜いもんだ。
醜いを通り越して、笑えるポッコリンお腹である。

30を超えてみんなそれなりに
ダイエットに励んだりしている。

昼食と夜は炭水化物を抜くとか
ビールを控えめに、焼酎にするとか
バスケットを始めたとか
それぞれである。

僕はそんなの関係なしである。
大黒様のようにメタボよろし派だ。

ガリガリだった時にはいらいらした。
何事もいらいら。

なのでネタ自体がイライラしたネタだった。

最近では、お腹ポッコリンになったので
そう小さな事でいらいらしなくなった。

体型も顔も笑いもこのまま
だらだら丸くなりたいと願っている。

2010年6月16日 (水)

エセ科学ファン

科学の本を読んだ。
といっても、科学に関する本である。
僕は、科学は好きである。
といっても名ばかりで、
科学といった名前の響きが好きなだけだ。

実際は理系なのか文系なのか
自分でもよくわからない。

実際に科学の本を手にすると、
ページを二三枚めくっただけで
チンプンカンプンである。

世間一般の方向けに
エンターテイメント化された科学は少ない。

そこをきちんとレポートされている本である。

中身も、UFOとは?とか、気とは?
と、言う中身である。

科学用語を使わずに、科学を説明されるのは
やはり難しそうに見えた。

読んでみると
気なんかも、結果はでていない。
UFOも結果は、でていない。
その結果がでていない事を
科学で証明するのだが
そこがまだ途中なのだ。
またこの途中の説明が
科学用語ヌキには難しいといった具合である。

この本は何より
書いた著者がおもしろかった。

2010年6月15日 (火)

最後のクレジット

The The Mighty BooshのDVDが
僕の手元にようやく入った。

このDVD僕にとっては思い入れが大きい。

なぜかと言うと英国に
お笑いを初めてやりに行った時
英国では絶大な人気のある
日本型の漫才コンビのような2人の
コント芝居に、度肝を抜かれたのだ。

ロンドンの会場に行った時には
1000人キャパの会場が超満員で
随時爆笑。
英語がわからなかったので
何を言ってるかわからなかったが
自分の中ではアフレコをして見た記憶がある。

そんな彼らがテレビ番組の
レギュラーを持ったと聞いた。
その番組を当時見る事は出来なかったのだが
ここに来てようやく手に入った。

肝心の中身であるが
ドラマ仕立てになっていた。
舞台劇ではなく、ドラマにしてあった。

Sit comと言われるものなのだが
珍しく笑い声が入っていない。
あのしらじらしい海外の
コメデイードラマの笑い声がないのだ。

これも最近の英国の特徴である。

あの当時に見てアフレコした中身とは
全然違う感じで
英国の若者向けのユーモアだった。
英国に住まないとわからない
国内向けのコメデイーだった。

ので、僕は、今回は期待はずれであった。

最近のイギリスのお笑い番組はお笑い芸人が
脚本と出演と音楽を兼ねるのだ。
中にはデイレクションや
プロデウースもする方もいる。

予算の事情もあるのだろうが
日本も近い将来こうなるだろう。

最後のクレジットが見れただけでもよかった。

2010年6月14日 (月)

ワールドカップ日本戦

ワールドカップ日本戦を夜に贅沢にも
ビールなど飲みながら一人で見た。

近所から普段聞こえない
「よっしゃー!」「あ~」など部屋に聞こえてきて
ぞっとした。
知り合いが家に来たときには
400人キャパの舞台の勢いで部屋で話をしている。
筒抜けの丸聞こえである事に気づいた。
申し訳ないな~と思った。

サッカーの中身もドキドキわくわくなのだが
アナウンサーと解説のやりとりに
僕はドキドキなのだ。

アナウンサーが解説者に
「さ!ここなんですけど、展開としては」
と話を振る。
解説者が
「え~中澤のバックでのあの動き。。」
と話してる最中に、相手側がシュートなど打とうもんなら
アナウンサーが解説者の話を、無視し
「おーっと!シュート危ない!」
と、解説を妨げ、実況をする。
で、その後が問題だ。

話が戻るときと戻らないときがある。

解説者も解説のプロだが、芸人ではないので
「話終わったんかいな!まだありまっせ!」
などと言うツッコミはない。
戻らず別の話をした時には
アナウンサーに
「前の話、聞いたりいな!」と思ってしまう。

アナウンサーの
試合終わり間際の
「さ!まだまだわかりません。」
勝利前の
「さ!この瞬間を待ちわびていました」
は、アナウンサー界では、ベタなんだろうか?

試合もはらはらドキドキなのだが
アナウンサーと解説者のやりとりもドキドキする
といった裏の見方でした。

2010年6月13日 (日)

パプニングの起こる彼の人生

今日は、こらあげんはいごうまんのライブに招待してもらった。 

日暮里の劇場である。

場数を踏んでるだけあっての
ドキュメンタリースタンダップは
力強いものがあった。

継続は力といったステージであった。

で、失礼ながらも
彼の打ち上げによんでいただいた。

他人のライブの打ち上げのふるまい

僕は苦手である。

主役の空気にするべく
自分の空気を消さないといけないのに
エゴの強い僕は消しても酒などが入ると
自分の話ばっかりになってしまって
その場が自分の空気になってしまう事が多々ある。

またそれは席順にもよる。

主役の空気になってない方の隣の席になろうもんなら
またやっかいである。

が、彼の打ち上げは、そんな心配事はない。

今回の主役は自分の空気など、はなからない主役なのだ。

主役とはいえ、スタッフ様の空気をいただき
生きている本当に世話のやける
やっかいな主役の男なのだ。

本来かわいいアイドルがそうなのだが、
かわいくもない了見の狭い
華もない40のおっさん芸人なのだ。

なので、彼の発する空気と言うより
それぞれがそれぞれの勝手な
空気で打ち上げに参加。

隣では、全体公演がどうのこうののお話。
僕の前には30代後半の
お手伝いさんのおっさんのマジトーク。

ガンジス川のようなすべての
カオスが入り交じった空気なのだから
僕はインド旅行に行った気分で
下痢だけしないように注意しながら
観光気分で打ち上げに、いてればいいのだ。

そんな矢先に居酒屋に火災報知器のサイレン。
長い長いサイレン。消防車まで出動。
火事ではないかと店内パニックになりかけた時、
店員のおばさんが「よくあるのよ」
と発言。

店内のお客さんが
一体になりずっこけた。

打ち上げの空気も
その空気に早変わり。

なんともパプニングの起こる彼の人生。

またこれも彼のキャラなのだ。

笑えてよし!

このインド旅行のような打ち上げに結局最後までいる事になった僕。スタッフもみんな帰る中最後までいた。もやは、僕もインドになじんでいる。

2010年6月12日 (土)

この季節がやってきた

家の外から夜に
「ウオー」と歓声が聞こえた。

ワールドカップの韓国戦。

家の裏の韓国料理屋さんに韓国の方が集まって
ワールドカップを応援されていて楽しそうだった。

4年に1度

この季節がやってきた。

世界の強豪の華麗なプレーが見れる季節なので
普段あまりサッカーを観戦しない、エセサッカーファンの僕。

本気のファンの方のご機嫌を損ねないように
ひっそりと自宅で楽しむ事にしている。

またニッポンに限らずに、ブラジルやイングランドやオランダ
などの戦術や選手も好きなのだが、この季節はそのような事を言うと
非国民になるのだから、自宅でひっそり観覧する事にしている。

今回はBSで偶然にもニッポンのサッカーの
歴史のドキュメンタリーを見、
今回出場するニッポンチームのドキュメンタリーも見たもんだから
愛情といったものをいただけたのだからありがたい。

こうなると話は別でニッポンのチームをまるで
彼氏のように見てしまうといった事が今回出来る。

怪我は、しないだろうか?

楽しんでやってね。

出来る事なら勝ってね!

何よゴール前でいじわるしてくるこのカメルーン!
死ねばいいのに!

ここまではいいのだが、

現地で遊んだら駄目よ。

サポーターの女の子に手はだしたらいかんよ!

こうなると、本妻の勢いになる。

この季節はエセサッカーファンの僕も熱くなる。

2010年6月11日 (金)

栄養素

若手達と昼食に行った。
世代が離れると会話の種類が違う。

小学生の頃の話題や中学、
高校などの頃に見たお笑いが全然違った。

彼らは、思春期に「元気が出るテレビ」や
「カトちゃんケンちゃん」や
「ダウンタウンさん」の笑いを見て衝撃をうけたそうだ。

いいものを思春期に見たなーと思う。

10代の頃に衝撃をうけたものは、その後の人生に大きく左右する。

特に17際くらいの頃に好きになったものって
未だに好きだと全員一致。

あの頃に得る脳の栄養素は一生、根ずくのかと思った。

これはお笑いに限った事ではない
音楽も美術もスポーツもそうなのだろう。。

そう思うと
今の10代の子達は何を見てるのだろう?

「笑い」だけで言えば、
短く早くわかりやすくな笑いに衝撃をうけてるのだろうか?

案外見てなかったりして。。

2010年6月10日 (木)

今後は

最近よくテレビを見る。
世間のテレビ離れとは逆行してよく見る。

深夜の番組に正月番組でお世話になった
お好み焼きの「どうとんぼり」さんが
出演されていたので見た。

この番組は、批評家とされる料理人3人の方が
レストランのメニューをレビューするといった企画である。

人気メニューがはたして批評家には何点か?
また批評家の選ぶメニューはどれなのか?
「人気と言われる多数決」 VS 「プロの評価」といった企画である。

この番組の醍醐味は、
人気のはずのメニューが批評家にはよくなかったり、
レストランの一押しのメニューが批評家には散々だったり、
逆に人気のないメニューが批評家には評判がよかったり
といったギャップの部分のリアクションが面白いのだが、
そうなると、レストラン側が意気込んでメニューをだしたり
人気があると大見栄をきったりといった
出場者のキャラクターが重視される。

批評家の批評を名一杯、僕は聞きたい。

もちろん批評をされるのだが、
批評家の方がキャラクターを重視をされて
いるのか、ぬるい。
もっとはっきり評価の目線を決めてやってもらうと
ぐっとくるのに。。。なんて思いながら見た。

そこはテレビ番組の演出なので、
そこを喜んでみてる方もいると思うのだが
お知り合いの方が出演していたのと、
批評といった事がエンターテイメントになるといった二段構えに
僕は熱くなり番組を食い入るようにみた。

批評の醍醐味は
なんと言っても褒めるときである。
けなす批評は、誰でもできるが
褒める批評は知識がないといけないし
それを伝える術もいる。

今後は、そこに注目して見ていきたい。

2010年6月 9日 (水)

ストレッチ

最近、朝起きたら
15分程度ストレッチをやっている。

寝起きは体がカッチコチなのだ。

ほんとうはヨガみたいな事をしたい。
インドのアーユルベーダのみたいなものをやりたい。

若い頃は、あのポーズが怪しく怖かった。

今となっては、節度をわきまえて
やれば怪しくもないし、怖くもない。
単にビジュアルにおびえていただけである。

ヨガの見た目の怪しさはなくなったが、
何もあそこまでやる必要はないと思い
簡単なストレッチをやっている。

場所は畳み半畳もあれば出来る。

簡単なストレッチとはいえ
柔軟運動は頭も柔らかくなる感じである。
時間が経つのが早い日と遅い日がある。

呼吸の問題だと教わった。
はやり、呼吸が大切である。

呼吸と言っても、そう大層な事ではなく
ゆったり息を吐き、ゆったり吸う。
始めは、きちんと意識しながらやる。

この簡単な事が案外出来ないと
ストレッチがしんどいって事だ。 

改めて呼吸の大切さを
ストレッチをやる事で認識した。

そういや、芸も客との呼吸が大切だな〜
なんて思った。 

2010年6月 8日 (火)

フット猿

ワールドカップも近い事もあってか
ひさびさにフットサルに誘われたので
フットサルをした。

慣れてないせいか、
流れと自分の役割がわかってない。

ずっと、ボールを追っかけてしまい、
ぜえぜえ言った。

気づくとたった一分の出来事だ。

自分の役割と流れがわかれば
もう少し楽になるのだが
あの運動量は実際しんどい。

プロのサッカー選手は、
こんなあまっちょろいもんではない。
のべつ幕無し全力ダッシュを45分やっているのかと思うと
ぞっとした。

お話は変わって
ワールドカップのサッカーだが、
この前BSで日本の選手のドキュメントをやっていた。

選手の思想にポイントを絞ったドキュメントであった。
華々しく外見は見えても
内面はそれぞれの選手にそれぞれの苦悩はある。

あのようなドキュメントは、僕のような
あまりサッカーの知識のない人間にとってはありがたい。

その苦悩をどう今回乗り越えるのだろうか?
などの思い入れが入る。

買った負けたも面白いが
選手の心のうちはどうだったのか?

試合には勝ったが心では負けていた。
試合には負けたが乗り越えれ勝ったなど
点数には出ないものが見れて面白いな〜と思った。

2010年6月 7日 (月)

後輩の悩み

後輩の悩みを食事しながら聞かされた。

人の悩みを聞いて解決してあげられる器を
僕は持っていない。

が、本人にとっては、
僕でもなくて誰でもよくて
単に言いたいのであろうかもしれない。

なので、聞くだけは最低出来ると思い、
先輩として黙って聞いてあげた。

悩みの根元は、すべては「期待する」とこから始まる。
自分が勝手に期待をし、期待どおりにいかない事にへこむ。

これは仕事に限った事ではなく恋愛も何もかもそうである。

相手や社会や会社に期待するくらいなら、
自分を、しつける事をしたほうがいいと思った。

自分はこんなけやってるのだからこれくらいは
返ってきてもと自分を買いかぶるから返ってきたものが
少なかったらへこむのだ。

喜びは、突如思いがけずにいっぱい来るからこそ
喜びであるなーと改めて思った。

喜びの期待値を低く設定する事である。

誰の言葉であろうか?
人は不幸の時か1を10のように思い
幸せの時は、当たり前のようにそれに馴れて10を1のように思う。

昔からの格言はすごいもんだ。

2010年6月 6日 (日)

矢沢さんのMoney論

U streamで,矢沢永吉さんと糸井重里さんが
トークをしていたのを食い入ってみた。

お題は「Money」について。
一番生々しいテーマである。

若かりし日、金持ちになると公言された矢沢さん。
有言実行。金持ちになった。だが、幸せはそこにはなかった。
と、年齢を重ねる事に気づいたと。

そんな矢沢さんに現代のお金事情について
生々しくトークをされていた。

僕が矢沢さんを大好きなのは、奇麗事を言わない。
かといって、汚い、僻んだ事も言わない。

糸井さんの疑問は
現代の経済は、個人と社会の寸法があってないそうだ。
かたや、会社で株式の何百億円損害だとか言っておきながら
個人では十円単位のお金が高い安いに翻弄されている。

貧乏から這い上がってきた矢沢さんいかがですか?
と聞かれていた。

矢沢さんは、非常に分かりやすく答えておられた。

「自分のケツは自分でフケ」

矢沢さんは、始めっから個人経営だそうだ。
経費にかかるボールペン一本の値段も
会社とはいえ、自分の財布から出てるお金だそうだ。

なので、矢沢さんの社員の方が会社のお金だからと
喜楽に使われる方によく注意するそうだ。

「自分のがま口からお金を使ったらと考えて使いなよ」

こういった事をさらっと矢沢節で気を使いながら語られる。

国民一人一人が経営者。一人一人が社長になれと言ったとこだろう。

よく会社のお金と言った事を聞く。
僕もこの辺りがよくわからなかったが
そういったお金に甘えさえていただいた事もある。

会社の儲けは誰の儲けだろう?
社員の儲けなのか?取締役の為の儲けなのか?
株主の儲けなのか?

会社の借金は誰の借金なのだろう?
社員の借金なのか?株主の借金なのか?

資本主義の構造の寸法が、個人のレベルと会社のレベル
またニュースで見る単位のレベル。
このあたりの開きがおかしくなってきた。。

この構造がどうなっていくのか?
具体的な解決策の答えは話されなかったが

こういった事が生で映像で見れるのは
スポンサー様々で消費をさす地上波のテレビでは
御法度なテーマである。

スポンサーもついていない
U stream ならではのテーマであり
また、2時間ワンテーマでじっくり語るといった
新しいメデイアの使い方なんだなと改めて
自分が向かってる方向も確認出来た日であった。

2010年6月 4日 (金)

しかし今回も辞任は早かった

政治方面にはまったく興味のない僕。

鳩山首相が辞任された。
小沢さんも辞任である。

国会の仕組みというのが、いまひとつわからない。
辞任するしないは議員さんの独断で決めれるのか?

評判が悪くなると
世間からのプレッシャーが高まり、
とてもやっていられなくなり、責任をとって辞任。

時期選挙にむけての民主党の戦略なのか?

勝手に解釈しているが、どうなんだろう?

しかし今回も辞任は早かった。 

責任って、辞める事で果たせる事なんだろうか?
辞任をする時、罰金制度もたいなものはないものか?

あったとしたら
選んだは、期待したは、短い期間で結果を求められ
後は叩かれ、その上、辞任で罰金といったら
まともな人間は首相には、ならないのではないか?

次は管さんである。
支持率が60%以上と発表された。

国民やマスコミの報道や野党の蹴落とす言動など
何か根本的な事を変えない限り
また急落下も時間の問題な感じがする。

僕は、そもそも支持などはしていなかったのだが
ころころと、こんなに変わる首相の変な国っぷりも
そろそろ国際的に信用されなさそうな雰囲気である。 

政治に期待をするなら
我々国民がもう一度自覚えを持って選び
協力をし、見守るといった事をしなければいけない。

政治家の方のマニフェストも選挙に勝つためだけの
出来もしないような事に踊らされてはいけない。

もっと言うと
何事も、踊らされてはいけない。

今回の辞任にも。

2010年6月 3日 (木)

5歳は老けた感じ

今日はひさびさに昔一緒だった放送作家のMと
夜にサウナ&韓国料理。

彼は放送作家のかたわら
英会話の会社も小さいながら営んでいる。

その苦労話を韓国料理を食べながら聞いたのだが
儲かるシステムは作ったものの
放送作家との二足のわらじは難しいらしい。
また、サイドビジネスを
続けて行く事の難しさを聞いた。

経営の根底にはその職業が「好き」がないと
やっぱりいけないそうだ。

根底に「儲かる」の土台だけでは、困難があった時に
もろいとの事。

成功した大会社の経営哲学などを見ると
だいたい心に関する事が書かれてある。

今年の正月、
引退した師匠がしきりに言っていた。
副業で飲食店やその他の事などは避けたほうがいいとの事。
やっても、お芝居だったり、本を書いたりやな。。
と。。。

副業を成功されてる方はそれだけの才能があられての事なのだろう。

M氏の苦労話を聞いたら
到底僕には難しい話だと思った。

ま、僕にそんな才能もないし
はなからやろうとも思ってない話だが、
聞いて年が5歳は老けた感じだった。

世の中の経営者の方ってすごいな〜

2010年6月 2日 (水)

案外、自分って。。。。

今やお笑い芸人も落ちこぼれ
ばかりが入ってくる世界ではない。
二世芸人や大会社の社長の息子や
高学歴と言った若手もいる。

そんな話を喫煙所で
とある若手芸人としていた。

その芸人は二世でもなけりゃ〜
社長の息子でも高学歴でもない。
「彼らはいいよな〜」とうらやましがっていた。

他人から見れば僕なんぞも
うらやましがられない人間なので
同じように、うらやましいと思う
気持ちもわからんでもない。

が、二世や社長の息子や
高学歴だって悩みは違えど
同じ量の悩みを抱えている事は知っている。

我々からしたら「そんな事で悩んでみたいわ!」と
妬みたっぷりになる
気持ちもわからんでもない。

が、持って生まれた才能はそれぞれだ。
何もないように見える才能も
才能のひとつである。

その才能を活かす自由は平等なのだ。 

ひょっとしたら、妬んでる彼の事を
誰かうまらましがってるかもしれない。
全員状況は違う。
金持ちの子もいれば貧乏の子もいる。
そのまま、金持ちのままの奴もいるし
貧乏のまま終わるのもいる。

結果は違うが、それぞれの濃さのドラマがあるもんだ。
それは平等である。

だが、人は人の芝がよく見え、
僻む。妬む。嫉む。

こんな僕ですら、
このようなブログに
妬み嫉みを書かれ、僻まれる事がある。

この世を地獄にして生きている方だろう。
かわいそうである。

「あいついいよな〜」を
「案外、自分っていいよな〜」って言ってこそ、
地獄が天国になるのに。。

その若手に「お前いい感じやで」と言うと
「よくないですよ!」と即答。

だめだこりゃ!

いかりや長介さんに怒ってもらおう!

2010年6月 1日 (火)

世界卓球

世界卓球を見た。

僕は中学高校と卓球部であった。

昔は卓球と言うと、暗い地味といわれてきて
人気のないスポーツの代表であった。
テレビで放送されるなんて夢の夢のようであった。

その頃に比べたら、愛ちゃんの出現や後、
四方さんでしたっけ?
の美女の出現で人気が出たのにはなによりと思う。

テレビでの卓球は実況が難しい。
なぜなら、ラリーの早さがあるので、
実況がしきれないのでは?
と思ったが、テレビ東京のアナウンサーの方の
実況は気持ちよかった。

後、スマッシュなどを打った後の
雄叫びの国の違いも見物だ。
日本は「よし!」と言う。
ロシアや韓国や中国やデンマークなどなど諸外国の方も
「ロウ」とか「ゴー」など、短い言葉を言うのだ。

何よりラリーが長く続いたときには見てる側もハラハラする。

卓球をかじった方ならわかるが
ラリーが長く続くと、無になれる。

なので温泉でも、卓球は出来るだけうまい方と
試合より長くラリーをすると瞑想のような
トランスのような感じになり気持ちいい。

「長くラリー続けよっか!」とやる卓球を
この年になってまたやってみたいと思った。

2010年5月31日 (月)

justice

このような授業が映像で見れるようになった。

ここ

ハーバード大学の人気の授業
「justice(正義、公平)」と言ったものだ。

どこの国でも哲学は難しいとされている。
番組の冒頭で教授が視聴者に向かって
「難しいなんて言わないで」と
前振りをされてるのだから、
哲学のイメージが難しいのは、日本だけではない。

また授業の冒頭で、
哲学はごくあたり前の出来事を別の角度から見るから
今までと違う目線に見えるといった危険性もあるから
本当に、授業を聞いていんですね?
との警告をして授業に望むところも面白い。

僕が気に入ったところはソクラテスの師匠が
ソクラテスに言った言葉を分かりやすく教授は言った。

「哲学はしかるべき時に節度を持って
 哲学にふれるとおもちゃになるが度を過ぎると毒になる」

まさしくその通りだ。
哲学に限らずにおもちゃ自体もそうである。
何事も度を超すとよくない。

でもこんなに僕が面白いと感じたのは
教授がユーモラスな部分である。
笑いをがっつんがっつんとっている。

米国ではようやくこのようなのが
エンターテイメント化されてきた。

日本でも最近役に立つ授業のようなテレビ番組があるが
どれもこれも正解がある。

が、この番組には正解がない。
このような答えのない授業の
エンターテイメント化はすごいなと思った。

日本流のエンターテイメント化されるのも近しと願う。

2010年5月30日 (日)

トークイベント

今日はトークイベントの日だった。

実は、お客さんの中には
60歳の男性の方がおられた。

番組を見てファンになっていただいたとの事だ。

60歳と聞くとそうとう年齢が
いかれてるイメージなのだが
それは一概にはいえない。

60歳といえど様々だ。

その方は我々を子供のように思っていただいてるのか? 
親戚の甥っこのように思っていただいているのか?

なかなか年配の男性の方で客席で
大声で笑う方をあまり見た事がない。
どちらかと言うとおばさまのほうがげらげら笑う。 

僕も、職業柄笑かす仕事なのだが
他人のを見てなかなか笑わないといった
世のおっさんと同じ可能性100%である。

そろそろ僕も立派なおばさんを
目指さないとと思ってる。

2010年5月29日 (土)

I pad発売

i padが発売になった。

今欲しいものの一つである。

子供が使うものとしては少々値段が高い。

僕の子供の頃には
大人がやる遊びで奇妙なものがいっぱいあった。
囲碁、麻雀、盆栽、エロ、などなど

特にテレビで11PMは奇妙であった。

大橋巨泉さんが、大人の遊びをテレビ放送したのだ。

今のテレビ界はそのような事は、深夜でも、許されない。

と同時に、大人の遊びが子供の遊びと一緒である。
Wii しかりである。

I padには、
携帯では小さいPCでは仰々しい
ちょうどいい大きさでの
バーチャルな世界を
自由自在に持ち運べる
大人の世界の中身を期待したい。

となると、なんだろう?  

いずれにせよ、
はやく購入したい。

2010年5月28日 (金)

キャピタリズム

キャピタリズムを見た。
マイケルムーア監督の作品である。
キャピタリズムは資本主義と言う意味である。
今回の題材は資本主義である。

マイケルムーア監督は興業になりにくいドキュメンタリー映画を
エンターテイメントにした監督だ。

ムーア監督の最近のドキュメントは、政治色が強い。
あまりにも強すぎる。
いわゆる政治ジョークな目線でユーモラスに映画を構成するのだ。

僕が米国人なら、ぐっときたかもしれないが
米国人ではない僕は頭をいっぱい使わないとぐっとこない。

本来、皮肉といった言葉は
骨身にまでしみたらいけない。
なのでちくり程度である。
ブスッっといってはいけないそうだ。

マイケルムーア監督のこの作品は
米国の資本主義に対して皮肉を言ってるのだが
米国の資本主義にはちくり程度なのだろうか?

あれがちくりなら、米国の資本主義は
そうとう面の皮が分厚い。

日本はそういった意味では
資本主義の面の皮は薄いな〜と思った。

あのようなドキュメンタリーを日本人が撮ったら
骨身にしみるどころか、大骨折だと思う。 

2010年5月27日 (木)

考察中

今日はトークナンバーワンの日。
考察ネタをやった。
体験談と考察ネタは違うとは
このブログですり切れる程書いてきた。

体験談は自分が体験してきた事を元に話す。
考察は体験なくても自分の考えを話すといった事だ。

関西弁の「なんでやねん」の考察と
漫才のノリツッコミの考察。

「なんでやねん」は不思議な言葉だ。
英語に訳すとWhy?と疑問系である。
ので理由を求める。
が、なんでやねんは、疑問ではない。
ので理由はいらない。
「なんでやねん!」と受け入れる。
といったお話。

ノリツッコミと言う漫才の技法も不思議である。
「お前あほやろ!」など、マイナスのような事を言われて
「そうそう世界一のあほ!」と乗ってから、相手に「なんでやねん!」
とツッコム技法なのだが、このなんでやねんは、相手に対して言うのと
思わず乗ってしまった自分にもなんでやねん!なのだ。
こうなると、言われたマイナスの事がゼロになるから不思議なのだ、

といったお話。

こういったお話をどうしても出来るだけ若い世代に
おもしろがっていただきたいと願ったが、
まだまだその日は遠い。

2010年5月26日 (水)

今のとこまだ観察中

マンガ家のTさんから紹介してもらった
水草が面白いと言うのを聞いてさっそく
水槽屋さんに向かった。

水草はそもそも魚の住む為の水槽のインテリアなのだが、
それをレイアウトしてるだけのがあるのだ。

日本だけでなく世界にもそういった大会もあるそうで
世の中にはそんなマニアックな社会が存在する。

知らなかったが、水槽の中の水って
もう今や、テクノロジーの進化で
一生変えなくてもいいポンプみたいなのが出来てたりしている。

テクノロジーの進化はこんなとこまで来ている。

僕は今のとこまだ観察中だ。

水草の観察もそうだが、
自分がこれを育てて飽きないか?
と自分の飽き心も観察。

2010年5月25日 (火)

人生ついでにでに生きていたい

「人生ついでにでに生きていたい」を読んだ。

生前の古今亭志ん朝さんが1980年代に対談されてる本だ。 
人に紹介されて読んだ。
紹介してもらった理由は僕と
同じ年くらいの時に対談されているから参考にとの事。

古今亭志ん生さんの息子さんである。
あの天才と言われた古今亭志ん生さん。
僕は生で見た事がない。逸話を聞いて
すごい方がいたんだな~なんて思うくらい。
「貧乏自慢」だとか、そういった類いで有名な方だ。

天才を親にもつ苦労の話。
また親の事についての破天荒ぶり以外の真面目な部分の話。
古今亭志ん生さんのお話などが書いてあり面白かった。

古今亭志ん生さんは亡くなる寸前まで、
自分の落語の出来具合でもがいていたとか。。。

あんな天才と言われた方がもがいていたと書いてあって
ほっとした。

やっぱ、もがくのだ(笑)
逆に言うと、他人からみてもがく感じに見えるけど
本人は気持ちいいって事ではないかと思った。

「人間が芸になる」といった言葉が書かれてあったが

僕に重くのしかかった。

2010年5月24日 (月)

おばちゃん目線

今回の韓国は短かった。
他の英国人コメデイアンはもう3日ほど
休暇をとって色々観光するらしい。

英国人だ。

余裕なのだ。

貧乏性の僕はそんな事をしたら罰があたるのでは
と不安になるタイプである。
ので、そそくさと帰ってきた。

とはいいつつ、短いながら
十分堪能出来た。
お笑いも見に行ったし、食事もおいしかったし
マッサージもサウナもいったし、
昨日の夜なんかは
コーデイネーターに「寂しくない?」と聞かれ、
ピンと来た。女の子どう?ってな具合だったのだろう。
僕は「大丈夫です」と答えた(笑)
ま、独身だからいいのだが。。

海外へ行くときは出来るだけ
おばちゃん目線でいくベキだとつくづくに思う。

特に男子の僕なんぞは
どうしても政治目線、思想目線がはいって
近隣国と敵対意識を持つのは男の本能なのだが、
もうそんな事を言うと寒い年齢にも成ってきた。

そろそろおっさん。いや、おばちゃんになっていきたい!
おっさんではなく。おばちゃん。

おばちゃんになったほうが楽しい事がわかった。

食べるものも「わ〜〜!おいそそうやわ!!!」
お土産も「わ!!やっすいやん!!!」
時に、「あ〜〜しんど」
お世辞を言われたら、あほ程喜び、
イケメンを見てうっとり。。
夜は屁をこいて寝る。

おばちゃん目線はお気楽なのだ。

仏陀の誕生日と重なった2010年今回の韓国。
仏陀のあの微笑みは何を意味していたのだろう?
お気楽にいきや。。
なのか?
お前あほやななのか?

僕は、今後、あの仏陀を爆笑させたい。
日本から韓国に光よ届けと思った!

Very! Happy ! Buddha Birthday!

2010年5月23日 (日)

テクノロジーの進化

今回の韓国。

夜の出番の15分以外は基本的にフリーである。

英国人は酒が大好きである。
また韓国は食べ物が安いしうまい。
彼らはよく食い、よく呑み、よく喋る。

初日は明け方までつき合ったのだが、体がもたない。

ので、一昨日は夜は、そそくさとホテルに帰って読書をした。

そして昨日は部屋に備え付けの
パソコンからUstream で zenjiro show 生配信を試みた。

すると日本で自宅でいるのとなんら変わりなく配信が出来た。

なんといい時代になったのだろう。。。
僕が米国の活動に情熱を持って行っていたときには
このような事は無理であった。

そう思うと、テクノロジーの進化って
すごいなーと思ったと同時に

なんだろう?

あの時にこんなもがあったら、、
と思ったら、若かりしあの日の思い出は 
僕の記憶の中にしかないのか〜〜。
そう思ってなんかノスタルジックになった。

逆に言ったら、昔みたく、海外にいかなくても
PCの中から海外の情報があほほど手に入れれるし
自宅にいながら世界に発信も出来るのだ。

プラマイゼロだが。。。

ドメステイクなアメリカのNYのド!真ん中のほうが
案外情報が遅いかもしれない。

そういった意味では日本は島国だからどんどん
海外の文化を簡単にうけいれた歴史もある。

韓国で感じたのは、
韓国は米国、日本経由から文化などをうけいれているが
ヨーロッパなないな〜なんて事も今回思った。

このような環境が整った今
これからが本当の世界を相手にする
まずは意識の問題だと思った。

2010年5月22日 (土)

最近の韓国のお笑い事情 part2

今日も昼間に時間があったので、
別のギャグコンサートを見に行った。
そこでも満員のお客さんであった。
今回は笑いの中身について書かせていただく。

韓国の若い笑いのスタイルは
コントかスタンダップ(漫談)である。

漫才はない。日本独特の文化だと思った。

そんな中、最初に出てきた司会者みたいな方の
漫談(スタンダップ)の方に目を引いた。

コーデイネーターのリさんに
ちょくちょく訳していただきながら見た。 

びっくりしたのが、スタンダップのスタイルは
リズム感と笑いの取り方も西洋風なのだ。

西洋風と言ってもみなさんわからないだろうが
一人でマイク一本でお話でリズミカルに笑いをとる。
ネタの中身は考え落ちといった頭の体操なのだ。

僕も夜は西洋人相手にこのスタイルで
やっているだけに興味深かった。

日本語で日本人相手にこの手のテンポと中身の笑いは難しい。
頭の体操って感じの笑いは、日本では「へ〜〜」や「あ〜〜」なんて
感じになる。

これは、英語と日本語の文法の問題かなと思っていたが
見事に崩された。韓国と日本は文法は同じである。
よって、文法ではない。

なんだろう?
今後の課題だ。

ただ韓国でも頭の体操な感じの
ひとりでやるスタンダップの笑いは男子がよく笑う。
団体コントは女子が多く笑っていた。
女子のお客さんにうけるには、
頭の体操のような考え落ちは不向きである。

女子は、ビジュアルとリズムが重視なのかなと思った。

コントなんぞは日本となんら変わらなかった。
日本で夜に若手のコントを見てるようであった。
なので、頭の中で日本語のアフレコしながら見た。

その変わり、お客さんが見終わった後には
西洋風のヒュー!の声援を韓国は、するのだ。

日本にはそれがない。

拍手を名一杯する感じか、女の子の声援である。

そう思うと、笑いの見方も韓国のほうが
米国文化をダイレクトに入れていると思った。 
ヒューの声援は出演者にとってはありがたい。

気持ちをあげさせてくれる。

アイドルの声援なんぞは、
日本韓国中国どこも一緒で
同じふりをする喜び組のような感じになっている。

お笑いのお客さんは今後どうなるだろう?

米国直輸入型のヒューの韓国みたいに日本がなるか
キャーと黄色い声援の飛ぶ日本みたいに韓国がなるか?

さ、どうなるだろう?

ネタの種類だが
韓国のお笑いは下ねたはなかった。

夜の我々のスタンダップ。
英国人コメデイアンのネタは
ほとんど下ねたか誰かの悪口。

僕も混じって、下ねたを。。

笑いはその国を映し出す。

調子にのりすぎた。

2010年5月21日 (金)

最近の韓国のお笑い事情 part1

韓国の最近のお笑い事情に興味があり
リサーチをしてもらい見に行った。

若手の笑いのほうがいいだろう。
しかもライブのほうが空気も伝わっていいだろう。

大学路と言う街に劇場が密集していると案内された。
また街のあちらこちらでチケット売りが
チラシを配っていた。

大学路はNYのソーホー?東京の下北沢?といった感じだろうか?

韓国ではお笑い芸人をギャグマンと言う。

ギャグコンサートと言う呼び方で
お笑いライブがヨシモトのように連日行われている。

何個も劇場があって興業をうっていた。

ほとんどが、昼の3時~5時~7時~9時~と四回公演。
約1時間半のショウである。

で、中身は、日本みたいに
各コンビの芸人が持ち時間10分のネタを
次々やっていくと言ったスタイルではなく
「はねるのとびら」みたくチームで
合同コントを何本もやっていくスタイルなのだ。

そもそも韓国はテレビ局自体が
エージェントを持ってたりするのだが
個人事務所も最近は多いらしい。

ニッポンの芸能の裏事情とはちょっと違う事も聞いた。

韓国は十年前くらいから同世代同士で
笑いを提供するようになった。

裕福の象徴だ。

このあたりは日本と同じなのだが
違うのは日本のように
お客さんに女子が多いわけではない。

韓国はカップルで見に行くのである。

また女子は芸人を見てキャーキャーは言わない。
お笑いをアイドルには見ていない。 

日本から韓国を差し引くと、
日本にしかないものが残る。

日本にしかないのは「女子と子供」への笑いだ。

今のニッポンは、やはり女子向けの笑いなのだ。
しかも、若い女子向けへの発信。
それが日本のお笑いを動かすといった
図式だと、くっきりわかった。

これもお笑いの経済事情。
お金の動きに笑いもあわさっている。

韓国のお笑いの方々の経済事情も知りたかったが
失礼なので聞くのをやめた。

でも最近では日本みたいに
テレビでも人気タレントなのはギャグマン出身らしい。
この先もっと儲かるためには、日本みたく
「女子と子供」をもっとターゲットにするのだろうか?

見終わった後、僕は、Stand upをやりにいった。
場所は、マリオットホテル。
外国人向けのパブ風な場所であった。

西洋人の笑いの客は大人である。
男女混合の30代以上だった。

アジアと西洋の違いをひしひし感じた。

2010年5月20日 (木)

なにもそこまで書かかんでも

韓国では今日は休日であった。

なぜなら仏陀の誕生日だからだそうだ。

日本はこの日は休みではない。
知らない方もいるのでは?

最近の韓国はキリスト教の方が多いと聞いた。
また、韓国は仏教より儒教
(これは宗教ではない、道徳っぽいもの)
を、重んじたので、仏教が浸透しなかったらしい。

でも、韓国が仏陀の誕生日を休日にしてると聞いて
どんなものなのか?
初日の空いてる昼間にお寺に行く事にした。

びっくりだったのは、黒山の人だかりであった。

ただ日本みたいに若い人はあまり見かけなかった。
やはりお年寄りが多かった。

またお寺でみなさん椅子に座って
本堂のほうを見て、わいわいしていた。

あまり仏教界の歴史などは詳しくないが
お隣の韓国のお寺は日本に比べて派手やかであった。
また仏像やその飾り付けも断然韓国のほうが派手であった。
かといって、タイのようなきんきらきんではない。
中国にやや近い感じ。
いっちゃ悪いが、どことなく安っぽく感じた。

新しく色あでやかに塗られると
安く感じてしまうのは、なぜだろう?

いや、逆にいったら日本のお寺の
あの渋さと古さが高級感と感じると言った僕のほうが
普通じゃないのかもしれない。

ジーンズでいったら
デッドストック(古着屋)といった価値観なのか。。

ってな事を思っていたが、
韓国の仏教にも悲しい歴史が多いらしい。

その昔、宮廷からの攻め撃ちがあったり、
秀吉が韓国のお寺を焼き討ちなんかもあったそうだ。

あまり考察に、政治は、いれたくはないが
ここは、やはり仕方がないなーとも思った。

なんでもかんでもお笑い目線で見る僕。

今回寺で発見したのは
でーっかい仏像の後ろの絵である。
マトリックスのようにずんら~んとメンバーがいる。
しかも絵で書いている。
なにもそこまで書かかんでもと言いたくなるくらい書いている。

その顔がみんな微笑なのだ。
爆笑ではない。苦笑でもない。ここは日本と同じであった。

甘茶を30分も並んでいただた。 

並んでたおばさんが横取りした。
どこの国もおばさんは横取りしよる。

夜は英国の芸人と合流。
晩ご飯とパブ。
明け方まではしゃいだが、英語についていけず、

疲れた。。。

2010年5月19日 (水)

楽しみである

さて、明日から韓国!

食べ物三昧!

と、洒落込みたいが、

そんな心に余裕は無い。

ひさびさStand-upをやりに行くのだ。

韓国語で!といきたいとこだが
英語で在韓の米英の方々向けに
英国人の芸人さんと入り交じってやりにいくのだ。

ま、それはそれでいいのだが、
興味があるのは韓国のお笑い事情である。

今の韓国の若い人はどんな笑いをやってるのか?
空いてる時間に今回は見に行こうと思っている。

以前に韓国に行った際には
ニセモノをニセモノと言って売る韓国の方と
本物のようにニセモノを買う日本人
さ!どっちがお下品?

全部食べないとお百姓さんに失礼の日本!と
全部食べたら作った方に失礼の韓国!
さ!どっちが礼儀なのか?

などの考察をやったが、
今回は、我が職業、お笑いの考察だ。

楽しみである。

2010年5月18日 (火)

おしゃべり病

今日、こらあげんはいごうまんと言う
旧友と昼間にひさびさトーク。
彼と僕の共通点は
友達が少ないといった
わがままな性格難なところである。

またおしゃべりが止まらない病の病人2人である。

彼はいっぱしにも、
友達が欲しいと悩みをぶちまけてきた。

40を超えた男が友達が欲しいって。。。
僕もそういや、友達は少ないほうだ。

何を持って友達と言うかであるが
彼も僕もけっこう重い関係を求める
友達を友と呼ぶのだから、少なくて当たり前である。
まっとうな人生を歩んでいない2人のトークは
およそ、おしゃべり病の病人であったろう。

5時間ぶっつづけで話した。

何をそこまで話す事があるの?と問われそうだが

中身はお互いのわがままを
言いたいだけ言って相手の話を聞いていない
こんな二人だ。

それで5時間もトークできるのは
やっぱりふたりとも、あほなのだ。

2010年5月17日 (月)

男子のための人生のルール

今日、「男子のための人生のルール」
と言う本を読んだ。

玉袋筋太郎君の本である。

玉ちゃんとは同じ年の同期の人間である。
それだけに愛情もあって面白く読めた。

だが、愛情を差し引いてもおもしろい。
中身は玉ちゃんが中学生向けに書いた人生の教訓。
実際玉ちゃんには中学生の子供が
いるからリアルなのだが
中学生向けとはいえ、
大人の僕にもぐさっと突き刺さる
体験談を交えた教訓なのだ。

また文が語り口調で書いてあるのだ。
その口調の子気味の良さといったら
作家一本の方では無理だと思った。
客前で鍛えた口調の文体。
そこには客間の感覚のリズムがある。
笑いがある。
客前で培った愛がたっぷりあるのだ。

あまりにも感動して、今日朝から勢いで電話をかけてしまった。
僕からの突如の電話にびっくり
「感動したわ!」
と一言言って、失礼にも、切ったのだが
多分、気持ち悪がってただろうな。

本当は「こんな才能のある方と知り合えてよかった。これからも友人としてよろしく」と言いたかったが照れた。。。

ごめんね。玉ちゃん。

2010年5月16日 (日)

これから本腰加入

劇場に出る楽しみのひとつに楽屋で
芸人の仲間との会話がある。

喫煙所で30代半ばの
既婚芸人がトーク。

トークの中身は保険のお話をしている。
「そろそろがん保険にはいらな。。。」
などと話している。

嫁と子供がいるのでもしも自分に何かあったら
残された嫁や子供は、、と思う時期だそうだ。

「まだまだ生きないかんで。平均寿命80を超えるもんな」
「70超えても漫才やっていけるかな?」

考えたら今や30代後半で
新人の芸人も当たり前である。
40代でも新人って言うのも
そろそろでてきている。

この先50代新人なんてのも出てくるだろう。
そうなると60代で
中堅なんてものおかしくないだろう。
70代でそろそろ本格派の
芸人なんてのもおかしくないだろう。

世界からみると平和で裕福な
この国は精神年齢を20歳引いた数なんてのは
前にもこのブログに書いてきた。 

ただ問題は
笑かすターゲットが10代女性が今のお笑いを
支えてるって言うのが問題である。
精神年齢で言うところの19歳は
20を引くとー1歳なわけである。
早く40代にマーケットを
変えないとな~なんて話もした。
精神年齢は20代である。

いずれにしても生命保険加入より
これから本腰加入をしたほうがよさそうだ。 

 

2010年5月15日 (土)

すぐ野心が出る

先週に引き続き、ゴルフの練習に行った。

別に近々ゴルフにはいかないが
気候のよさに誘われて練習にいった。

いつもは次の日のゴルフの為に
自分のフォームの確認に練習場に行くのだが
今回は目的は確認ではない。

ので、玉も多めに出し、アイアンをとことん練習した。

気持いい。

ただ、すぐ野心が出て頭で考えフォームが崩れる。
何も考えないでスコンと力が抜けたときにうまくいく。

野心は頭だなと思った。

少し力の抜き方が見えた。

このような機会をどんどん作ろうと思う。

気持ちいいのはいい事だ。

2010年5月14日 (金)

ラジコ

本当に嬉しいサービスがネットで始まった。
ネッ トで聴くラジオ、
ラジコと言うものだ。 
携帯の電話の端末からも聞けるそうで
大変人気だそうだ。

本来ラジオがカセットデッキのラジオで聞く。
このラジコはチューニングをあわせたり
また雑音は入ってきたりはしない。

非常にクリアーに聞けるのだ。

ラジオ世代の僕には大変嬉しい。

PC内ではポッドキャストといったものがあったが
ラジオがPCで生で聞けるのは嬉しい。

いっそ、ポッドキャストも生放送もすべて
選択できるようにしてもらいたい。

ただ、問題がある。

最近のラジオはやたら、喋る。
FMも喋りが多い。しかも団体で。
FM系のうだ話は聞いててうんざりする。 

それならいっそ一人語りを期待したい。 

いずれにせよ
ラジコって言葉が
普通の日本語になったらいいな~

2010年5月13日 (木)

国際化と英語

今日Twitterでこんな事を教わった。
楽天が社内で全面英語になるそうだ。

三木谷社長が
「サービス会社で世界で
 成功した会社があまりないのは、
 英語が話せないことが問題ではないか。
 コミュニケーションを英語に
 することで本社を国際化する」
との事。

他人の会社のする事にいちゃもんをつけても
ほっとけといった話なので楽天の会社の方針に
とやかくいうつもりはない。

国際化イコール英語と言う考えについて、
実は自分もそう思ってた過去について書く。

僕も以前は国際化は英語と思っていたが
おっとどっこい違っていた。

世界の人口的に見ると圧倒的にスペイン語圏が多い。
次には北京語である。次に英語らしい。

英語は世界の公用語だとおっしゃる方がいるが
確かにどこにいっても便利な言葉である。
ただそれだけである。
裏返せばどこでも不便でもある。
なぜなら、もっと奥深くいきたいのに
言葉が便利すぎ、いわば簡単すぎだからである。

英語は語学として非常に簡単なシステムの言葉である。
Have take giveの動詞でほとんど話せるのだ。
またI やyouの主語もはっきり話すので分かりやすい。

それに比べて日本語は主語も述語も言わない。
相手の言いたい事を察知しながら聞く。
またわずらわしい事は濁すといった非常に高度な言葉で
なおかつカタカナ、ひらがな、
漢字に音読み訓読みとややこしい。

そんな言葉を操る我々にとっては英語を使うのは屁のカッパなのだ。
逆にいったら味気ない。

確かに、社会において情緒ある
日本語は不便利なのかもしれない。
だからと言って国際化が
英語だと思っていたが違ってた。
まずは、日本語の整理化だと気づいた。
ただし、これも屁のカッパなのだ。
日本人以外の相手に合わすだけ。
日本人以外の方に日本人のような事を期待しない。
まずは、この事を頭に置く。
なので、日本語で論理的に話す練習だけである。

これだけだとわかったのだ。

ちょっと楽天さんの事を言わせていただくなら
楽天さんは、自分の会社として、
英語圏のように西洋的自我も与えるのだろうか?
「個人があって会社がある」
といった考えだから、会社批判もありなのだ
その道具にiやYouを使うのだが、
そうなると、三木谷さんは
自分で自分の首を絞めないだろうか?
自分の批判も反対意見もうけとめる覚悟はあるのだろうか?

日本のように「会社があって個人はない」
といった考えのまま、
英語でIやYouを使わしても同じだと思うのだが。。

僕は英語圏で生活した時、
英語に訳せない日本語を発見した。
それが真の国際化であると思った。
それらはすべてそもそもは
仏教用語だったのにはびっくりである。
例えば、

利益なんて言葉も「神仏から授かる」意味のことだ。
開発や覚悟や相続や出世や以心伝心なんて
がっちり経済用語は実は仏教用語だったりする。
そもそも経済なんて言葉も
お経で救済の済と書いて経済と書く。

真の国際化は自分たちにしかないものを見極める事こそ
国際化だと僕も気づいた。

仏教と言うと貧乏で、清貧なんて
感じで経営とは真逆の感じであるが
案外、真逆で、奇麗な経営の根本ではないかなと思うのだ。

単に、英語はツールであって
話せるからと言って国際化ではないと
米国に行ってから気づいた。 

2010年5月12日 (水)

願いたい

やわらちゃんが出馬するらしい。
競馬で馬を走らすわけじゃない。

国会を背負い投げするらしい。

しかも民主党からである。

今のこのご時世に民主党から出馬である。

今まで築き上げてきたものが一気に出馬で
人気や信用が崩れてるらしい。

人気投票で政治家になってから「勉強します」
なんて言ってる方がいるが、
やわらちゃんもそうならないでいただきたい。

国民に投票する資格をテストしてから
資格を与えてとの声があるが、
その前に政治家になる方には
試験のようなものはないのだろうか?

立候補足切りテストなるものだ。

政治にいよいよ期待してはいけない。

また改めて思ったのは
自分は政治に振り舞わされなないで
衣食住あれば十分と
自分だけはきっちりと地に足付け
生きて行こうと誓った。

国会を背負い投げはいいのだが
普天間基地と米兵を
背負い投げして米国に返してほしい。

僕はやわらちゃんの出馬は
やわらちゃんの馬が競馬に出走と願いたい。

2010年5月11日 (火)

第九地区

品川出番の帰り
第九地区が夜の9時半から上映されてたので観た。
夜の部は料金がちょっと安かった。

ニール・ブロムカンプの初の長編映画である。

視覚効果、映像技術、小道具に圧倒される。

それにも増して脚本がいいのだ。。

アバターもそうであったがSFものは今や
勧善懲悪の世界ではない。

ましてや宇宙人といった存在が
人間になりたいわけでも、人間を遅いに来てるわけでもない。
逆に戦争や軍といった人間の欲望。
暴力の存在を悪とみなす。といった一瞬複雑な物語設定なのだが
感動すべきところは、人間の心や情や愛なのだ。

悪と思ってる中に実は善があるといった複雑なものが
世界的に興行収入がいいと聞いて嬉しい。

2010年5月10日 (月)

ギョルフ!

ゴルフに出かけた。
ひさびさである。

種浦君につんく君の事務所のおぐ君。

旧友である。

今回は3人で回ったのだ。

世間は普天間問題や総選挙の事などを
話題にしてるのだろうか?

我々はゴルフでまったくそんな話は出なかった。

天候にも恵まれて、大人の遊び。

一に天候
二にメンバー
三にコース
四に握り
五にスコアー

上岡プロのゴルフの格言である。

まさしくこの通りのゴルフであった。

2010年5月 9日 (日)

世間の反応

明日のゴルフに備え
今週の為の自宅のド!作業を切り上げ
夜にゴルフの練習場へ。。。

横浜の港北のHillTop練習場に行っている。
スタッフの方の対応も良くて
施設もきれくて大好きな場所である。

次の日が朝早いので、早く帰れば良かったのだが、
練習場を出たところにスーパー銭湯がある。
入ったら帰るのが遅くなると思ったが、、

入った。

そこのサウナは広くて
テレビがついてる。

サウナでみなさんテレビを観てるのだが
バラエテイー番組を観ながら個人個人笑っている。

わー。。。みんな面白いんや。。。

言っちゃ悪いが
僕にとっては、なんちゃないシーンも
みなさん個々に笑っているのだ。

テレビの世間の反応は自宅では無理だが
サウナは伺う事が出来た。

行ってよかった。

2010年5月 8日 (土)

可能になった

投げ銭の機能が可能になった。

しかもネット内で!

僕は今、実験的に自宅から生配信をしている。

ここ!

このサイトで投げ銭がpaypalで可能になった。

Paypalはこれだ。

このサイトを運営してる方は多分無償で
このサービス提供している。

普通なら30%なり搾取してもいいのだろうが
それはやっていない。

そんないい方もいるもんだ。

演芸もその昔
基本は投げ銭であった。

そのうち木戸銭って言って、
まえもってお金を払うシステムになった。

メデイアができスポンサー制なんてのも表れた。

後はシステムの問題だろうが
どれもそのうちに可能になるだろう。

カード決算が心配とおっしゃる方もいるが
Paypal は信頼性が高い。

後は、こういった事を個人でやる場合の責任感である。

やはりいきつくとこはここだ。

そう思うと
改めて企業はすごいな~と実感である。

録画をされたのを見る事ができるが

もし見た方は投げ銭よろしく!

まだまだ始まったばかりです

2010年5月 7日 (金)

auさん!見てないですか?

I pad が発売される。

僕の友人はアメリカで購入して持っている。
みせてもらったのだが、今一番欲しい代物だ。

日本ではソフトバンクさんが契約獲得に成功した。

NTTドコモさんも強い意欲を示していたらしいが、
携帯電話端末「iPhone(アイフォーン)」販売で
アップルとの関係もあってかソフトバンクが契約獲得に成功。

僕はそんな仲
AUを携帯電話で使っている。

Auは契約どうだったんだろう?

Auさんがもしこのブログを見てたらお願いしたい。

Auさん!

ウオークマンからI podになったみたいに
電話って概念をとっぱらって
Au自体の名前が概念になるようなこう何か画期的な 
わくわくするものを作ってください!

いっそ携帯電話をロボにしてしまってください!

電話で話すではなく電話が話すって広告で。

マネージメント機能がついている
勝手に話してくれる「aubot」なんていかがでしょうか?

Auさん見てたらいいなー。

作って~~

2010年5月 5日 (水)

美しい議論

Youtubeで、勝間さんと
ひろゆきさんの対談番組を拝聴した。

対談といった形式であった。
しかも一対一。
僕が好きな対談の形式である。

さて議論である。

人の議論はみなさんは好きでしょうか?

議論のテレビ番組と言えば朝まで生テレビ。

対談する側が3人以上の複数になると
会話がぐしゃぐしゃになる可能性がある。
なので司会者対パネラーといった
一対一として進行する形が好きである。

この場合のパネラーは司会者にある程度の
権限を感じてしまう
といった意識になるのが不思議である。

ただ司会者は基本視聴者の目線にたち
パネラーとの間に入る役目なのだが
田原さんはある時から視聴者目線では無くなった。
ので、最近は見ててしんどいのが僕の印象だ。

さ、今回は勝間さんとひろゆきさん。
一対一の対話である。

話していて論理的な思考は
ひろゆきさんのほうが断然上であった。

勝間さんが何より緊張されてた感じであった。
女性に多いのだが話していると、論理より
感情が勝ってしまうケースがある。
すると、どうしても論理的な思考が壊れてしまい
論理が壊れて、会話が汚くなる。

対話の上での奇麗な議論は
相手の話を理解しそれを
うけた上で話すのが基本である。

そうする事によってそもそもの話が
変化をするから見てる側も
その変化具合が面白くなるのだ。

だが今回の対話は
変化をしなかった。

なぜなら、お互い別の答えを断固と持ってきている。
その答えの押しつけと押しつけられたほうが
押しつけの言葉のあやの探ると言った具合になったので
会話が汚くなったので、見てて会話が汚かった。

本来ホスト役の勝間さんが視聴者目線でなければいけない
が、その役がひろゆきさん側に
なったのだからややこしくなっていた。

あの場に視聴者目線の司会者が一人真ん中にいたら
もっと、お互いの話が変化をしていって
面白くなったのかな?と思った。

今回のような感情が入り半分喧嘩のような議論を
面白いと取る方もいるが
ここでは、感情と感情の喧嘩にも至らなかった。

本当の事を言うと
僕は見ていてちょっと気持ち悪かった。

それは先ほど書いた対話の汚さと、、

根本的な何かがあるように思う。

あの気持ち悪さの根本は
お互いがお互い愛情もないと言った
温度差なのではないかと思う。
後、見てる僕も愛情なく見ているのもあるが。

後は最大の理由はテレビに気持ちよく出演されたのか?
って事ではないかと思う。

特にひろゆきさんがあの場に
気持ちよく出演されてないのではないか?
勝間さんも楽しますって事より
自分の意見の正しさを強調されていたのが原因ではないか?

しかし、あの番組はひろゆきさんや勝間さんに
何を期待したのだろう? 

僕も何かもっとお互い独自の理屈を持ってる
面白い方々かなと思ったが、違った。 

もっと、
一般の方にインタビューして
その方が浮き彫りになるような
たわいもない質問をしたほうがいいのにとも思った。
お金の使い道。親の反応。恋人は?
最近むかついた事。などなど。

勝間さんには逆に悩みを聞いてみたい。

議論の奇麗なのに
荘子の知魚楽と言う有名な会話がある。
ここ

これは美しい議論である。

松尾貴史さんのTwitterの情報より
文字で書きおこされている。
ここ 

ああいったテレビはまず心構えとしてもっと
気持ちよく出演する事が
先決だと思う。

その一歩はまずホスト側は相手への愛情だと改めて思った。

2010年5月 4日 (火)

モンパイ師匠

またまたモンパイについて書く日がやってきた。
月に一回はCoco壱カレーか、天下一品ラーメンのように月一食べたくなる感じで、書きたくなる。 

モンパイがYoutubeで公式チャネルを開始した。コント映像を奇麗な画面で無料で大量に公開を始めた。

他の方のブログの情報だがAmazonのDVD購入 メニューにリンクを貼ったところ。売上げが大幅に増加だそうだ。 

また自己紹介のところの文も皮肉たっぷりで洒落ている。 

(英文を日本語訳)
過去3年間、あなた達Youtubeユーザーは我々の作品を盗み続けてきたわけだ。我々のビデオを無断でコピーしYoutubeにアップしてきた わけだ。今、我々がその立場を翻す時がきた。これからは我々が、自らの手で自らの映像を自ら投稿する。あなた達がどこの誰かわかっている。どこに住んでるかも知ってるし、どこまでも追いかけて死ぬほどビビらせることもできる。しかし、我々は度を超した 寛容な精神の持ち主である。もっといい方法を考え出した。我々はモンティ・パイソン・チャンネルをYoutube上に開設することにした。君らが投稿していたクソみたいな品質の動画のことは忘れたまえ。代わりに、我々が本物を提供する。コレクションの中から高品質な動画を直接お届けする。そして、人気のある動画をどんどん新しい高品質バージョンに置き換えていく。もちろんすべて無料で提供する。どうだ!
しかし我々はそれに対しての見返りを要求したい。内容のない、心ないコメントが欲しいのではない。我々はリンクをクリックしてもらいたいのだ。そして、われわれの映画やTV番組を買って欲しいの だ。そして我々の作品を長年盗み続けた事によって受けた苦痛や不快感を少しでも軽減して欲しい。

モンパイはこれからは英国の師匠と勝手に呼ぶ事にする!

Coco壱番カレーを食いたくなった。

2010年5月 3日 (月)

基本は呼吸

憲法記念日に4年ぶりの
ひさびさ拳法の練習に行った。
拳法と言っても名ばかりで
4年前に座禅に興味を持って
座禅をやったが無などには
到底なれなくあっさり諦めた。

ボクシングは無心になれると聞いたのだが
この年から顔面を殴り合うのは怖いので

一番安全な拳法。

しかも通信教育と
行きたかったのだが、
なかったので
ちょっと怪しかったが
中国拳法の道場を見学させていただいた。

目的はメデイテーションである。
瞑想とでも言うか、精神のほうであった。

が僕の勝手な妄想であった。
来てる方はおばさまがほとんど。
(すいません)
がっつりおばさまが5、6人。

呼吸法をやったり、ゆったり動いたり、
そもそも動機が不純な僕は
自然といかなくなったのだが
たまたまそこの館長と街中でばったり合い
「来なよ」と言っていただいたので行ってきた。

若い方もいっぱいいて
人も増えていてびっくりであった。

またこの日は、ちょこっと呼吸法をやった。
呼吸を整えるって案外しんどい作業である。

それだけで疲れた。

呼吸は吐くのが始めで吸うのが後。

人間の基本は呼吸であると実感。

2010年5月 2日 (日)

エッセイが好き

出かける夕方まで時間が空いてたので
いい気候を利用し
今年初めてベランダの窓を全快し
狭いベランダに椅子を置き
昼間から読書にビールだ。

この年になってよく本を読む。

若い頃は本を読むなんて事はなかったのだが

最近よく読む。

本の種類はなんでもオッケイなのだが
エッセイが好きだ。

書かれた方とトークをしてるみたいで。

今日は木村裕昭と言う医学博士の半分説教みたいな本を読んだ。
マラソンは体に良くないと書かれてあった。

健康法は猿になれと書かれてあった。

もうこの時点でこの本はお笑い本である。

歩くのがいいそうだ。
ご飯もお腹がすいてから食えとの事。
基本はつまみ食いがいいとの事。
なので、10食でもいいそうだ。

最後に書かれてたのは
健康の事など考えない事が健康と載っていたが
この本を読んだ僕には
どんでん返しのような落ちであった。

2010年5月 1日 (土)

夜の建物

今日打ち合わせが
ファミレスであったのだが
昼間の晴天のこんないい日に
もったいないと言う事で
打ち合わせをしに公園に行く。

気持ちのいい気候。

公園にいったとたんに
お笑いの話なんぞふっとんだ。

お笑いは気持ちのいい外の気候とはあわない。

お笑いは夜の建物が似合う。

あた夜にと言う事で一旦帰宅。

夜に再会して建物の中で行ったのだがやっぱり捗った。

お笑いは都会の人間が無理矢理作り出すものだと実感した。

2010年4月30日 (金)

エンターテイメントの底力の国

先日、劇場の合間に
「ハートロッカー」を見てきた。

本年度のアカデミーを
獲得した作品である。

物語に入り込めなかったら途中で抜けよ。。
と思っていたら、映画が始まって
10分で気分はイラクに行っていた。

感情移入しながら見ていたら残り10分
時間が無くなりあえなく退席。

肝心のラスト10分が見れなかった。

Twitterで結末はこっそり教えていただいたのだが
もう一度と思い、日曜日の映画館へ。
だが、混んでいたのでやめた。

第九地区だったろうか?
これも見たい作品のひとつだったが
時間があわなかったのでやめた。

プレシャスも見たかったが
そこではやっていなかった。
まだ公開されてないのかな?

アメリカの映画が最近
低迷かな~なんて思ってたけど
そんな事はない。
エンターテイメントの底力の国だ。

2010年4月29日 (木)

公園で読書

ゴールデンウイーク晴天だ。

あまりにもベタである(笑)

風はきつかったが
晴れていたので
公園のベンチで本を読んだ。

大好きな梅原猛さんの本2冊。

「空海と最澄」の残り少しと
「葬られた王朝―古代出雲の謎を解く―」
この2冊を一気に読んだ。

どちらもエッセイ風で
私の推測するに。。とある種の妄想が書かれてあるので面白い。

何より梅原猛さんの好きなのは
もうお年が80歳を超えているのに勢力的な部分である。

分厚い本をみるだけで、笑ってしまう。

葬られた王朝―古代出雲の謎を解く―
は、色々異論はあるだろうが
神社のガイドブックになります。

ちょっと日に焼けた。。

2010年4月28日 (水)

経済と持病

楽屋の会話も年々変わってきている。

若い頃なら女性のお話でもちきりであったが
最近は女性の話なんて絶対しない。

若手と話しても女性の話はあまりしてこない。
それよりは
自分の子供事情についてのお話などだ。

これは微笑ましいが
もろもろの持病についてのお話が若手なのにやっている。

しかも、痛風や尿酸値のお話。

それだけお笑い芸人が裕福になったと言う証である。

会社別に持病調査なんてやったら面白いかも。

経済と持病。。

どの会社が持病が多いのかな?

2010年4月27日 (火)

お腹ポッコリン

夏服を出す時期に入ってきたが

まだ寒いので気が乗らないが
洋服ダンスから出してきた。

準備をしてびっくりなのだが
去年買ったズボンのお腹が入らない。
地味に太ってるのだ。
しかもお腹回りだけ。

お腹ポッコリンだ。

これはやっかいだ。
見た目もアニメのキャラ化してきたと
薄々感じてきたのだが
物理的に今までのズボンが
入らないのはいけない。

人生で初のダイエットをしようか?と思った。

色々調べたら邪魔臭そうな事ばかり書いてある。

が、世の中の方々がダイエットをやる
気持ちと苦労がわかっていいかなと。。

といっても、簡単な、すべて8割ダイエット。
2割分残す事に決定!

これって腹八分目って事ですね。 

2010年4月26日 (月)

自炊

最近はまた自炊に凝っている。
ちょっと前までは弁当や外食が多かったのだが
近所にいい感じのスーパーを発見して以来
スーパーに行くのが楽になったせいもあって自炊。

食材を買ってくると
朝からウキウキなのだ。
これを読んでる主婦の方には
「私ら毎日の事やから、気が向いたときに
 作るのそら楽しいやろ!」
と叱られそうだが。。

今日は豆乳鍋を作った。
料理とは言わないくらい簡単である。

キャベツに豚肉にニンニクにかぼちゃにサツマイモ
を入れて、豆乳入れておわり。
コンソメの素もちょっと入れる。
で、ポン酢につけて食べる。

ポン酢って魔法ですね。
大阪の旭ポン酢を気に入って使っています。

作ったのひとり(笑)
食べるのもひとり(笑)
片付けもひとり(笑)

よし!

2010年4月25日 (日)

0,2秒

今日はここ数日の採算を
合わすようにいい気候の晴天であった。
どこか自然にふれあいたいな〜
と思うも、自宅でド!作業。

もったいないな〜と
思いつつ一人トークの映像編集。
1時間話したものを
3〜5分の作品を4つくらい作るのだが
ひとりトークは話す中身は
もちろんの事リズム感も大切なのだ。

なので一気呵成に話して面白い部分。
例えば
「母親がトイレから出てきた」
と一気に言わないといけないのに
「母親が、、えー、、とトイレから出てきた」

「、、、えー、、と」が笑いの邪魔をしていて
そこの部分をカットすると面白いのだ。
そのカットが0,2秒だったりする。
0,2秒を縮めるだけで
面白くなる作業を生のトークでやるのは
もう口なじますしかない。
練習である。
もうそんな反省が
山積みになりながら編集してるので、
精神的には疲れた。

そんなのだったので、
作業の合間は、晴天である外に散歩に出かけた。

「歌は語るように台詞は歌うように」
三木のり平さんの名文句を思い出した。

2010年4月24日 (土)

欲が出る

今日も夜にインターネットのサイトの
Ustreamで自宅から生放送をやった。

告知はまたTwitterのみ。

二回目なのでセテイングなどは
ちょっと慣れて手際よく出来た。
慣れというのは怖いもんで、欲が出るのだ。
どのような欲かと言うと
もっとこう便利にならないのか?
といった欲である。

その欲のひとつに
画面にテロップを出せたらいいな〜。
後、VTRどうぞ!って言って
事前に収録したVTRが流せれる。
こんな事も近々出来る事になるだろう。

後、やりながら
見てる方とチャットで会話が出来るのだが、
これが一人で見て話すのが大変である。

本当はスタッフが
別の場所でチャットの中身をチェックし
これはトークが広がりそうだなと思った事だけを
繋いだり問題のあるコメントは繋げないといった事を
やってくれるのだが
それも全部、同時進行でやらないといけない。

また番組の流れなどまったく
関係なく書き込んでくる方もおられて。
(それで普通なのだが)

もちろんありがたいのである。

書き込みを頼りに番組をやっているので
目についた書き込みがトークの進む方向に
変化をもたらす。

改めて思ったのだが、
見てる方は本当に多種多様。十人十色である。

このあたりの処理も 慣れていかないといけないのだが
欲を言うなら、
事前にチェック機能で
採用したいコメントだけ画面に映せたり
ってのはないのかな?
など夢は膨らむ。

後は技術の進歩待ちなのだが
トークの中身は、僕は
相変わらず、進歩はない。

これは僕に限った事ではなく
人間の中身は実は
何千年や何万年単位で変化はないのかなとも思った。

それはそれですごい事だ。

2010年4月23日 (金)

ブログの記事を見ていただいて

この前書いたブログの記事を見ていただいて

ここ

「ダーリンは外国人」の作家の小栗さんから
ご丁寧なメールをいただきびっくりである。

詳しい中身は書けないが
大変、やさしい、暖かいメールで
怒られてなかったのでほっとさせていただいた。

よかった〜。

と、僕の思いは、ま、いいのだが

めっちゃ律儀な方だとびっくりだ。

この律儀さが才能であると改めて思った。

小栗さん「ダーリンは外国人」ヒットおめでとうございます。

2010年4月22日 (木)

エゴの文はここ!

Twitterで140文字以内で
つぶやいただけでは
物足りない事をココで書くには
エゴの強い僕としては
持ってこいのブログである。

ここでは、文字数は関係ない
思う存分主張出来るのだ。

もうその主張でもエゴは
だだ漏れである。

ので、実は、最近、Twitterや
このブログ以外に空いてる時間を見つけては

こんなエゴの文を書いております。

ここ

前に人工知能の博士に
「瞬発力でなく経験力でいきなさい」
の言葉に後押しされて
こんな事を記憶の新しいうちに
ちょろちょろ書きためている。

「アメリカの笑いとニッポンの笑いの違い」

書いててふと思うのだが
こんな事を書いてなんになるねん(笑)

そんな事を思ったとき励みになるのが
梅原猛さんの「笑いの構造」といった
30年前に書かれた本だ。

分厚い本でしかも中身が難解である。
はっきり言ってきちんと読んでいない。
何より誰もチャレンジしていない
笑いの構造について書かれた時点で
もう90点は行っている。

で、この本の結論が僕は好きなのだ。

結論は「まとまらなかった」
って事が書かれてある。

大爆笑本である。

挫折しそうになると
この本を眺め、パワーをいただく。

何かになるのが分かってるものもいいのだが
わからないのは別の言い方をすると
自分が予想できていないって事でもある。

予想出来ないくらいすごい事になると思えば
にんまりである。

ま、暇つぶしに書いてるので
覗いてみてください。

2010年4月21日 (水)

ま、ありえないか。。。

鳩山首相の支持率が下がってきたそうだ。

僕は始めから支持をしていなかったので
そもそもあんなに支持率があったのにびっくりであった。

世論調査では
またもや支持率が低下。

またか!との思いだ。

がっかりだ。

このがっかりは
あの時、民主党に支持した
有権者の方々にがっかりなのである。

ひとつの例をあげると
マニフェストが高速道路無料化
なんてどーうもうさんくさかった。

あそこまでのマニフェスト掲げなくても
勝てたのにと思っていたのだ。

すると今になってどうだろう。
無茶なマニフェストを餌に国民を選挙の時に
つっておいて、高速料金が上がるのはごめんだ。

でも実際無料になどしたら大変な事になるんだろう
高速料金も上げないと実際は国の予算が足りないのだろう。
でもそんな事を言ったら選挙では支持されない。
なので、大きな事を言う。人気を高める。
その大きな餌にまんまとはまる。
嘘がばれる。
で、次は、叩く。

信用などしなかったらいいのだが。

いよいよ民主主義とは何か?
考える時期に来た。 

前にも書いたが、
政治家に「世の中を良くしてほしい」と 願う前に
世の中を作ってる我々有権者ひとりひとりが
良くならなくてはいけない時期に本当に突入だと思った。

これが民主主義の基本である。

政治が、良くなるから我々の生活は
良くなるのではなく
国民が良いと思う行いを ただやってれば
結果、政治もいい方向へ向かうと思っている。

これ言うと、
もう支持するところがない
と言う方もいる。

次回の選挙に
「選ぶに値せず票」は、ないのだろうか?

ちょっと偉そうになってしまった。

言い直すと、
「どこの党もしっくりこずに選べなくて票」 

世界初の首相が、仮の首相か無の首相

ま、ありえないか。。。 

2010年4月20日 (火)

鮮度

今日出番の合間に5時〜6時まで
ワンコインライブと言うのがあって
時間が空いていたので拝見させてもらった。

中身は2年目までの新人が芸を
2分くらい披露していくと言ったものだった。

最近の演芸を見ていなかったので
わくわくしながら見た。

若手と言うと十把一からげで見てしまってたが
きちんと見ると、多種多様であって
面白かった。

最近の新人のお笑いは
よくネタが出来ている上
身体的演技も抜群で
はっきり言って漫才もうまい。
その上、新鮮である。

僕は芸の養殖化と言っている。

演芸場がそもそもあって、
2分限定の舞台がきちんとあり
お客さんが入ってる状態
しかも2分のボケとツッコミのシステムのネタを見ます
って事が望まれてる自体で
もう90点からのスタート出来るのだ。

本来はネタが出来ても場所が無い。
お客さんが入らない。
ので笑いのシステムなれていないお客さんに
わかってもらう為にレベルが下げないといけない。
その下げたのに慣れてしまい
普遍的になってしまって鮮度を失う。

今の新人はそんな客や場所の心配はいらない。
限られた中ですくすく芸にだけ集中してればいいのだ。
お笑いビジネスに感謝である。

ただ、マイナス面えを言うと
養殖は安く売られるのと
大海に出ると
行きられないといった事がある。

決して経済状況が悪くなり
大海にだされても無くならないでいただきたい。
なくなるようであれば
今のうちに出来るだけ大海に出て
今の鮮度のままやっていただきたい。
と思った。

この鮮度は芸能の世界には重要で
鮮度があるのは
新人だからなのか?
年月を重ねても心持ちなのか?
はたまたやってる中身なのか?
鮮度について改めて考えさせられた。

自分に課題が出来てうれしくなった。

見てよかった。

2010年4月19日 (月)

どうぞ

以前ここで考察ブームがきたらいいのにな〜
と書いた。

考察ブームについて考察中なのだ。

この前に書いたのは
どんなのか例がなかったので
編集したものをご覧ください

 

★携帯からこのページを見てる方から
 画面が見れないとのクレームがありました。すいません。

見れない方はここ
をクリックして見てください。

2010年4月17日 (土)

初体験

とうとうこの時代がやってきた!
今日、USTREAMって言うPCのサイトで
「自宅から生放送」を実験的にやった。

ビンラデインに変装し
「そんな事アルカイダ!」と言う番組名でやった。

告知はTwitterのみだ。

パソコン一台で、自宅から映像配信が
できるようになったテクノロジーの進化に感激だ。 
ネット配信とテレビの違いだが、自分ひとりで、

撮影をし、映像を切り替え、チャットを見るといった

色んな作業をこなさないといけないので
慣れないのが現状であった。

実際に映るモニター映像と配信される映像には
時間的な誤差があって慣れるのに時間がかかった。

後、映像の下に見てる数のアカウントが
出るので減っていったりすると如実にわかる。
増える分にはいいのだが、減る分にはちょっと寂しい。
デジタルの良さでもあり悪さでもある。

ま、初めての試みなので、色々わかってくるのが楽しい。

本当に最近は、ネットまわりの技術進歩がすごくて
本当の意味で革命だなと感じる。

また僕が、服装をビンラデイン風にしたのは
テロ的な意味もギャグで込めていた。

別に政治的なテロではなく、
地上波といった国の免許事業の電波に対抗してなのだ。
と書くとなんか大げさな反抗的にも思えるが
そうではなく「Love なんだ!LOVE」
マイケルジャクソンの心境である。

僕のような屁みたいな個人の存在が
今後どういった影響を与えるか?

ま、何を持って勝つか?と言う話ではあるが、
マスといった世間に向けて放送するマスメデイアに対して
パーソナル(個人)が
パーソナル(個人)に向けて発信する良さは何か?

また発信と配信の違いは何か?

ひょっとしたら
マスに向けて発信する地上波のすごさも
もっと逆にわかって面白いかなと。。

とりあえず、
最近の中でもっともわくわくした出来事であった。

2010年4月16日 (金)

インテリと誇り

今日楽屋でガッシャンこと
東野博昭さんとお会いした。
ガッシャンはその昔
MBSヤングタウンでお世話になり
大変尊敬する作家の中のひとりである。

ガッシャンは今、
モンテイーパイソンの吹き替えを大阪弁で
といったイベントを東京でやられている。
行きたいなと思いながら
なかないけなくて残念である。

モンテイーパイソンについては
たびたび僕のブログに出てくる。
お笑いをやる上で
モンテイーパイソンは大きな存在である。

今一度モンテイーパイソンを説明しよう。
モンテイーパイソンとは
イギリスのBBCで1970年代に放送された
伝説のテレビシリーズの名前だ。
メンバーがコメデイアン以外に
映画監督やアニメーション作家も
テレビに出演するといった
画期的なコメデイーの番組だ。

ネタは差別ネタから下ネタから
政治ネタからナンセンスネタまで多種多様。

2010年の今
改めて見ても新鮮である。
またメンバーが全員
オックスフォード大学出身
といった集団なのだ。
ネタもエログロナンセンスなのだが
下地には、インテリがきちんと存在する。

ガッシャン曰く「BBCがすごいな〜」との事。
「日本でも出来そうやけどな。。」とニンマリ笑われた。
僕もそうあって欲しいと願う。

実は、僕は海外でモンテイーパイソンの一員の方と
シカゴコメデイーフェステイバルで
同じショーに出演させていただいたと言う
嘘のような出来事があった。

舞台の袖から客席と舞台を眺め
その時、はっきりわかったのだが、
あのようなエログロナンセンスを
インテリな笑いで包んで出すのを
お客さんが好んで食べているのである。

あのような笑いの
需要がそこにはあるのだ。
ネタをやるほうもインテリだが
お客さんもインテリなのだ。

日本でも実は1970年代に
日本のインテリの文化人が
モンテイーパイソンの映像を輸入をし
吹き替えをして日本で放送し
実は失敗をしていたのだ。

イギリスのインテリな笑いは、
日本の田舎までには届かなかった。。

そらそうだ。
笑いは日常の中にある。
日本に英国の日常はない。
ましてや日本の田舎では
英国の笑いなど必要ない。

時はバブルへと向かい
漫才ブームの風に乗って
テレビもバラエテイー化していき
お笑いがアイドル化するなど
お笑いも多種多様になり
笑いにインテリやサブカルも存在してきた。 
お客さんが笑いも多種多様を求めだしたのだ。

だが、、である。

バブルは弾けた。

お金のバブルが弾けたと共に
インテリジェンスも弾けたのだ。

これは男子が弾けたのだ。

お金にやられたのだ。

そこからどんどん
笑いがインテリげと向かわず
アイドル化つまりは女子と子供に
消費してもらうものになったのである。

実際、女子や子供に消費してもらうほうが
経済効果の即効性があるから
やる方は、仕方がなく合わせるしかない。

今や、この国のインテリジェンスは
どこにいったのやら?

日本の男性はどこにいったやら?

実はイギリスのモンテイーパイソンは
英国が大不況の時に生まれているのである。
お金は、なけれど、インテリを持てば裕福と
英国人は誇りを持っている。

日本の誇りは何だろう?
お金なのか?
お金なのだが、お金だけではないだろう!

僕も含めた日本男子に言いたい!

インテリを持とう!
誇りを持とう!

女子や子供に消費さすのもいいが
大人の男子が大人の男子に向けてやっていこうではないか!

特に国立大学出身の男子!
税金使って大学いったんやから、
がつんとインテリかましてもらって
インテリの笑いを作り
インテリの方もその笑いを見てもらいたい。

男が男向けにガツンと笑わし、笑う。

がんばれ日本男子!

立ち上がろう!日本!

なんか新政党の名前になってしまった。

厳密に言うと立ち上がろう!

日本!男子!なのだが。。。。

立ててもらうのは女子にではなく
男子自ら立って行こう!

話は横道にそれたが
モンテイーパイソン大阪弁バージョンは
是非見に行きたい!

2010年4月14日 (水)

i pad

i padの発売が遅れるそうだ。

テレビ局の方は米国でいち早く買い持っていたので
見せてもらった。

自分の中のイメージと実際とでは大きく違ってたので
面白かった。

中でも電子ブックといったものを見た。

この出現によって出版業界が危ないと言われている。

音楽業界がデジタルの発達で衰退したので
その二の前は踏みたくないと今戦略をねられているらしい。

今後は実際の紙媒体の本みたいに
赤線や折り目などや落書きなどは出来ないので味気ない
と思う反面、電子ブックならではの仕掛けに期待する。 
落書き機能に飛ばし読み機能に折り目機能。
また斜め読み機能や挿絵が動いたり文字も動いたり。。

僕はブックといったものが今まで以上に
見直されて紙媒体もデジタルも相乗効果があると思うのだが

電子ブックは楽しみだ。

後、
僕がIpad でもっとも興味を持ったのが
I pad が顔の大きさくらいなのだ。

I padに顔と声を録画したものを映し
顔に面のように貼付けて漫談が出来ると思った。

体が自分で顔は実物大の画面の中の顔。

はやくやりたい!

また前衛に行き、いち早くやろうと思った。

楽しみだ。

2010年4月12日 (月)

誰が読んでるねん

今日は雨であったので合間に
ひっそり図書館に行き本を読んだ。

図書館は本を読むのにいい。
みんな黙って読んでいる。
今,個人的に言葉の起源に興味があって
色々見ている。

なぜなら時代はどんどん短い言葉で
コミュニケーションをやっていっている。

そのうちワンフレーズになって
もっとすすめば言葉以前に音で
あったりといった感覚的なもので
コミュニケーションしたら面白いかな
なんて思うのだ。

そんな中でも「あいうえおの起源」を読んだ。
書かれてる方が精神分析の教授なのだ。

多分何かの学会の研究発表の一冊なんだろうが

面白くて買いたくなった。

幼児語のPAやMAの言葉は
不快から快に変える。

Aの言葉は心地いい。

など書かれてあるがこんなもの僕の他に
誰が読んでるねんと思えば思うほど
この本がおかしくなってきた。

またこんな本読んで僕も何になるんだろう?

にんまりである。

夜は、河崎監督のBarでまたビデオを
見ながら監督作品の説明飲み会。

21時から始まって気づいたら2時くらい。

楽しくてひさびさに酔っぱらった。

2010年4月11日 (日)

マスターズ

マスターズを朝見ている。

米国での出来事を生中継しているので
早朝に起きて見ている。

タイガーウッズが復帰したのもあって
また盛り上がりを見せている。

タイガーは一連のスキャンダルなど気にしない様子で
プレーをやっている。

その上また上位で戦っていたのには
ぐっと来た。

ミケルソンが優勝した。
家族の為に戦った〜なんてアナウンスにぐっときた。

欧米諸国でスポーツの生中継があるたびに
生活のリズムが狂う。

いや、そもそも狂ってたので
本調子だ。

すっかり生活が朝型になってしまった。

2010年4月10日 (土)

Botってご存知?

Botってご存知だろうか?
ボットである。

国語辞典から参照すると元はロボットの略称である。
「コンピューターで、人の代わりに自動的に
 実行するプログラムの総称。コンピューターウイルスの一種で
 外部から自由に実行できるようにするプログラム。
 サー チエンジンのデータベースを作成する専用ソフトウエアである。」
とある。

僕はこの言葉をTwitterから知った。
Twitterの中で色んなタレントのボットがいる。

コンピューターでタレントの代わりに自動的にTwitterで
つぶやくって事をしてるアカウントがある。
またそれは誰がやってるかわからない。

自分のBOTも誰かが勝手に作っていたのでびっくりした。

僕の代わりにコンピューターで自動的に
僕が今まで書いたテキストを拾ってきて
Twitterでつぶやいているのである。

それか、誰かが作為的にやっているのか?
わからないが作為的にやっているのならご苦労さんである。

僕にとっては何も害もないのでいいのであるが。

自己愛が強いのかなんなのか
僕はその自分のBOTを見て
なかなかいい事言うやん!てな事を
たまに思うのだ。

ま、この辺りの話はいいとして、

このボットと言う言葉は実は日本語なのだ。
しかも辞書にまで載っている。
ロボといった言い方やロボテイックといった言い方もあるのだが
ボットといった言い方が国語辞典にまで載るのは
面白い言葉の広がりである。

僕はロボと言う言い方を押しているが
今のとこボットって名前がTwitterでは流行している。

こういった流行は
ファッション業界のように
仕組まれた流行ではないので
うれしく思う。

2010年4月 9日 (金)

たちあがれ!日本!

たちあがれ!日本が結成された。
自由民主党を離党した与謝野馨様
平沼赳夫様らによって結成された政党である.

この政党の名前には色んなツッコミの声がある。

「たち切れ」だの
「あんたらが立ち上がれ」だの
「杖いりまっせ」だの
僕なんかも、「こけてたんかいな!」の
ツッコミをまず入れたうちの一人である。

メデイアや評論家の方々も
冷ややかであるが

実は僕は内心は
すごいな〜と思っている。

なぜなら70前後の方々が
日本をなんとかしないと
と、立ち上がってるこの行動力は
なんともすごいなと思う。

もう引退し隠居生活を
されてもいいのであるが
このままでは日本はいけないと
思われたのであろうか?

行動にうつされたのは
微笑ましいな~と思う。

そこへ持ってきて、
メデイアの方々や同じ政治家の方々や
評論家の方々は批判的な上に叩くのだ。

僕は「もう老人が何をやってるんだ」と
批判に対してげんなりするのである。

中には「まだ税金で食っていきたいんだろ!」
なんて事も書いてあったが、
そんな低次元な事を思う一般の方がいると
思うとぞっとする。 

我々国民は全員20歳を
超えたら全員有権者になる。

こんなあほな僕でも一票である。
そして投票の数で政治家は決まる。

なので、選ばれた政治家の方々は
有権者の鏡だと思っている。

逆に言うなら政治家の顔ぶれを見れば
国民がどうなのかわかる。

選んでおいて、おまかせし
その後、みんなで叩き
すぐに支持率が下がり
最後は、捨てる。
また探す。おかませしてまた捨てる。
この繰り返し。

それが今はサイクルが早い。

これが今の現状我々の
国民性なのだ。

あの年齢で立ち上がられた
もう70歳前後の方々には
出来れば、もう安心させて
上げたい世代の方々だ。 

若い我々がそう思わせて
申し訳ないとの自己反省の声は
聞こえないのが残念だ。

それでも
「あんな方々に任せられない」や
「古い」なんて言われてる方に問いたいのは

今まで政治にあなたの人生の
何を任せていたのか?

また古いとおっしゃる方に問いたいのは
年だから古いのか?
若いから政治が新しいのか?と問いたい。

僕は生活自体に古いも新しいなどもないと思っている。

そもそも政治は人の作った観念にすぎない。

政治家に「世の中を良くしてほしい」と
願う前に
世の中を作ってる我々有権者ひとりひとりが
良くならなくてはいけない。

政治が、良くなるから我々の生活は
良くなるのではなく
国民が良いと思う行いを
ただやってれば
結果、政治もいい方向へ向かうと思っている。

あの方々に思う事は
すべて自分の上に向いて
唾を吐いた意見だと思っている。 

2010年4月 8日 (木)

中学生といえども大人の答え

最近はテレビを録画しなるだけ見るようにしている。
なぜなら最近の俳優さんや女優さんなどの
名前が一切わからないと言った
おっさんになってしまったからである。

テレビをつけたときに映る顔がまるで
アジア旅行に行った先のホテルで見る
海外のテレビみたくなるからである。

そんな中、ノーベル物理学賞だったか
益川さんと中学生との交流のドキュメンタリーが面白かった。

益川さんはしきりに中学生に
「議論をしろ」とおっしゃっていて
議論を実践させていた。

「受験に恋愛は必要か?」などをグループを作って議論させ
報告さすと言ったものである。

そんな中「科学の進歩は必要か?」の議題であった。

びっくりしたのは
中学生といえども大人の答えであった。

議論の中身がカメラを意識したものや
先生によく映ろうといった
小細工もする生徒がいたのにはびっくりだ。
なので反対派は
「科学は武器になるからいらない」
「昔の方は、なかったのでもう別にいい」
賛成派は
「科学は生活の便利な為に今後もいるよ」

大人もここらに着地する答えである。

もっと飛んでる意見が出てきてもよかったのに。
「どこが科学のゴールなの?」
とか
「やりたかったらやったら?」
なんて意見はなかった。

中でも面白かったのは
「そもそも科学って何?」の質問であった。
益川さんは「自然を知るための法則やそういったもの。。」
と、ふいに突かれた根源の問いに
ちょっとうろたえ答えていた。

そもそも科学とは?の根源の質問には
どっぷり浸かっている方は
案外あっけにとられていたようだ。

科学も包丁と一緒で使う人によって武器にもなる。
扱う側の人間性なので、科学は悪くない。
逆に生活の便利な為に必要といった答えは
いい答えの反面、人間が駄目になって行く懸念もある。

僕が中学生ならこんな立派な事は
答えなかっただろうが
40を過ぎた僕は見ながら、
科学者には、是非、
そんな意味などなく
好奇心のみで
科学をもっと進歩させてもらいたいと思った。

便利にならなくても
自然の法則をもっと知りたいと言う
人間の好奇心や欲望に数百億のお金が
必要なのかと言う問題だが
その余裕こそ、国の裕福の象徴だと思う。
そこの進歩を追いかける事こそが
国としての真理だと思っている。

事業仕分けで値踏みされているようだが
蓮舫の金銭感覚で裕福にするつもりが
実は貧困になっていかざるを
得ない国になるのが悲しい。

またもや
おっさんの見方をしてしまった(笑)

2010年4月 7日 (水)

どんどん安くなって行く

今日もサウナに行った。

朝目が覚め近所を散歩した後
銭湯で朝風呂とサウナだ。
サウナは癖になる。

発汗作用と水で血行を一気にコントロール出来る。

即席に気持ちよくなれるので癖になる。
ちょっと気候が寒かったので気持ちがよかった。

昼から品川花月へ。

昼食を取ってから
行こうと思ったが
時間がなくなっていたので
品川駅近くの吉野家に行った。

ひさびさの吉野家であった。

びっくりしたが一杯が270円だった。

なんだろうこの価格の安さ。 

経済の事はよくわかってないのだが
どんどん安くなっていって大丈夫なんだろうか? 

自分の事は棚にあげたくなるくらい
心配だ。

この安さは余裕のサービスの為なのか
より儲けようといった案での事か?

食べながらいらん心配をした。

どんどん安くなっていって最後は
破裂して無くなるのか?

ま、そもそも経済といった言葉は
お経の経に救済の済と書くのだが
救済の意味あっての安さなのだろうか?

経済の発展の行き先は文字のように空になるのか?

いい方向か悪い方向かどうなんだろう?

今すべてがどんどん安くなって行ている。

2010年4月 6日 (火)

ショーケンといった妖怪

今日夜に友人から以前に借りていた
DVDザノンフィクションを見た。
これは数年前の作品だろうか?
萩原健一さんを追った
ドキュメンタリー「ショーケンと言う孤独」といったテレビであった。

恐喝未遂事件から5年間は執行猶予だったそうで
5年間もメデイアからも離れておられたそうだ。
その間を記録されたものであった。
タイトル通り「孤独」といった視点で
苦しんでるショーケンといった感じで編集されている。

こういった編集の仕方をテレビは好む。

カメラに映るショーケンは
朝の3時から20KM毎日歩き、お寺にいかれる。
自炊もされてて、まさかこんなシーンは
映してはいけないだろうといった
スーパーでも買い物のシーンも映されてた。
しかも僕が以前よく行って
イカの塩辛を買っていた目黒のスーパーであった。

スターはスーパーに行ってはいけない。
生姜の値段を見てはいけない。

レジで4065円だったら65円の端数を
小銭入れから出しては行けない。

ナイロン袋に持ったとき崩れないように
大きいものを下になんて入れてはいけない。

でもショーケンがスターなのは
スーパー行くのにも
ばしっとスーツなのだ(笑)
しかも真っ白の(笑)

いいぞ!カリスマ!

萩原健一さんは我々の世代にはカリスマなのだ。

蜷川幸雄さんがインタビューで言っておられたが
屈折した愛の表現が出来る日本で初めての役者さんだとか。
先駆者だけに辛いだろうとおっしゃっておられた。
なぜなら先駆者は、孤立の運命にあるそうだ。

僕は番組の意図としてるショーケンの苦悩とは反して
ショーケンがすごく楽しそうに見えた。

またもや妖怪が人間界に
紛れ込んでるのだと爆笑した。

萩原さんは、ショーケンといった妖怪。
あのような生き物なのだ。

妖怪が紛れ込んだといった目線で番組を作っていただくと
もっと笑えるし最後はジーンとくるかもしれない。

ま、その生き物も、もう60歳を超えた。
でもその生き物はまだまだ子供っぽかった。

たぶんショーケンがやって来た星では今やっと20歳を超えた
青春期であろうと思った。

あまりに面白かったので
2回も見た。

2010年4月 5日 (月)

考察ブーム

今日は自宅で映像を整理した。

ひとり噺と言って3年間まったくのひとりで
月一回考察の話をやった。

途中で何度もやめよっかな〜と思ったが
たんなる趣味趣味!と自分で言い聞かせ続けた。

30回分の一時間のテープなので
ざっと見るだけでも30時間はかかる。
15時間くらいかけて飛ばし飛ばし見た。

記憶になるものとないものとあった。

自分大好きな僕も後押しされてか
考察って面白いなーと思った。

体験談は体験した出来事を語るのであるが、
考察は違う。
「もったいないって何?」
と、頭で考えた事を発表するのである。

同じ話でも似てるので同じように見えるが違う。

違いは、考察の場合は自宅で動かず出来るといった
怠け者には持ってこいの作業である。

いわゆる理屈っぽいと毛嫌いされる方もいるが
「うまい事言うな!」と言う理屈は面白い。

怠け者の生きる知恵である。

石の上にも三年との諺があるが
テープの中に三年詰まっている。

昨日、余力でちょっと編集した。
字幕を入れるかどうか悩んだが
わかりやすいように入れた。
時間がかかった。

今の時代はありがたい事に
動画配信サービスがある。
ちょこちょこ流す予定だ。

考察ブームが来たら面白いのに
なんてちょっと期待もしている。

2010年4月 4日 (日)

桜色の桜

今日後輩に誘われ新井薬師の公園に
花見に行ってきた。

この時期になると日本にこれだけの
桜の気があるんだと実感する。

桜は桜色である。
桜に桜色とはいわないか。
桜以外に桜色といった比喩表現が正しいのか。

なんにしても色で言うと桜色は人気である。
例えば、ほっぺたにしても桜色はいい。
乳房も桜色がいいなんて方もいる。
春らしく初々しいからであろうか?

とりあえず
今日の天気は、どんより曇り、外は寒かった。

寒くて曇りなのに大賑わいであった。

人ごみの色と曇り空が入り交じったのか

桜の花びらが曇り空と同じ色であった。

桜のピンクは晴れの時に桜だけを見に行ったほうがよさそうだ。

我々の集まった人数は20名以上。

幹事は、前日から公園に場所を
確保する為に寝袋持参で捕ったと言う。
そうしないと場所が確保できないそうだ。

公園で宴会をするみなさんは
桜を見ると言うより
酒とおつまみでトーク。
桜のお花はセットといった感じで
これなら桜の季節でじゃなくても
いいんじゃないかって感じもする。

またトイレが混雑していた。
寒い上お酒も入るとトイレが近くなる。
公園や近所のコンビニにトイレは行列だったので
僕は駅近くまで歩いてトイレに行った。

用事があって先に帰ったのだが
帰りに花見を思い出したら、
桜のイメージがまったくなく
賑わいのイメージに残った。

今年は花見ってより春の楽しい宴会であった。

2010年4月 3日 (土)

65%

AUの携帯のトップ画面に
60歳以上独身男性が
孤独死不安65%と載っていた。

AUのトップ画面も何を載すねん!(笑)

ま、どうやって調べたのか怪しいが
孤独死が不安だと60歳以上の方は答えたらしい。

死自体が不安なのか
孤独の死が不安なのか曖昧であるが、
不安は不安なんだと答えた方が
65%が不安らしい。
もうひとつびっくりするのが
100%ではないって事だ。
残りの35%は「全然平気でっせー!」なのか
「縁起でもない事聞きなはんな!答えるか!」
と言ったのかよくわからないのだが、
過半数以上は不安であるといっった結果である。

最近「孤独死」といった事をよく聞く。

この言葉はっきり言ってどうも聞こえが悪い(笑)

死自体で聞こえが悪いのに
孤独がプラスされた事で気持ち悪さは増す(笑)

この「孤独」といった言葉。

これをよしとするか
駄目とするかで大きく分かれる。

「一人で生まれ一人で亡くなって行くもんです」
なんて坊さんの説教などで聞いた事がある。
「一人で生まれ一人で亡くなるその間が一人で何が寂しい!」
なんて言葉も癒し系の本に
嫌といったくらいに書かれてある。

確かにそうだ。
が、
が、
ど〜うも聞こえが悪い。(笑)

僕も独身である。
このまま行ったら人ごとではなくなる。
とくに都会では隣近所の付き合いもない。
ってなると、
孤独死もなくはない。

さ!これを不安に思うかである。

前も書いたが、僕が結婚しようが
何しようが、生きてる限り
いつ何時、大なり小なり不安は抱えたままである。

これを消そうとするから、辛くなる。
ので、VIVAをつけて肯定し楽しもう!
VIVA不安!
これは前に書いた通りだ。

そら家族に親戚に見守られながら
亡くなっていくって言うのは幸せである。
じゃ〜孤独でひっそり亡くなるって言うのが
いけないのか?って話である。
それをかわいそう。。
なんて他人が思うほうが
かわいそうではないかと思う。

今の時代は孤独死も十分幸せであると思う。

なので、まずは
ネガテイブな言葉から変えたら!と思った。

孤独死といった言葉をやめ
自由死なり選択死なり孤高死なり
なんだろう?パーソナル死略してパソ死!
といった、プラスの言葉にしようと。。。

ま、親鸞さんも読みかじりであるが
自分の葬式はなしでよし!
なんて言ってたらしい(笑)

孤独といった実は自由な言葉は
今のとこネガテイブワードなのだ。

2010年4月 2日 (金)

天才・勝新太郎

今日「天才・勝新太郎」という本を読んでいて
ふと昔のことを思い出した。

大谷亮介さんといった役者の方が
勝新さんが最後の公演をご一緒に回られた時

「役者の仕事は遊ぶ事だ」
と、おっしゃっていたのを思い出した。

遊ぶって口すると簡単だが
大人になった今案外難しいもんだ。 

まずこの年になると遊び相手が減る。

また遊びには年々お金がいる。

無料の遊びにはセンスがいるもんだ。

じゃー勝新太郎さんは
どんな遊びをしてたのかと言うと考察らしい。

エレベーターの中で倒れたふりしては
一般の方を脅かし
「見たか。。今の表情。。あれがびっくりした時の顔なんだ
 演技に役立つから覚えとけ」
と、こんな事をやられてたらしい。

天才は遊びが面白い。

僕は天才ではないので
天才の真似をすると、とんでもなくなるので
僕は僕なりに地道にやっていこうと思う。

この世界で数々の天才の方々をみるたびに
別の星からこの星にやってこられ
遊んでいるな~といった気がする。

一気に本を読み終えた。

2010年4月 1日 (木)

嵐と言えば

今日は嵐であった。

嵐と言えばジャニーズの嵐を思い出すだろうか?

僕の世代は、嵐と言えば
東海テレビ制作の昼ドラマの
愛の嵐、華の嵐、夏の嵐シリーズである。

「愛の嵐」は『嵐が丘』
英国のエミリー・ブロンテの長編小説が原作だった。

渡辺裕之さんは全部出ておられた。

愛の嵐の時の田中美佐子さんはよかった。
娘役の小川範子ちゃんは今では立派な主婦。

華の嵐、夏の嵐の
高木美保さんもよかった。
実際お会いした時には感動して声がでなかった。

渡辺裕之さんとは、ドラマでお会いした時に
いっぱい裏話を聞かせていただいた。

嵐が来るたびに、
僕は昼ドラを思い出す。

今の昼ドラはどんなんだろう?

またもや、どろどろしたドラマなのだろうか?

嵐シリーズは数字も嵐のようによかったみたいだ。 

あれからもう20年は経つのにびっくりだ。

また新たな嵐シリーズを見てみたいと思った。

2010年3月31日 (水)

ボブデイラン

ボブデイランがZEPPでコンサートをやっていたらしい。

しまった!いきそびれた!!!!

かといって、それほどくやしくもない。

なぜなら、僕はデイラン世代ではない。
のでがっつりファンでもないのは事実である。
デイランは聞くとこによると
もう69歳になられている方である。

10年程前米国のシカゴで。
デイランのコンサートを見に行った。
当日つき合ってた彼女の父が大ファンだったので。
連れて行ってもらって
いいのか悪いのかわからないまま長い長い曲を聞いた。
英語がよくわからないのもあったのも後を押した。
その時、ステージのデイランを見て。
えらいおじいちゃんだと思った。

ロックをやられてる方はデイランを尊敬する。
素人の僕は聞いていて
フォークみたいだがデイランはロックだそうだ。

そんな中でも「Blowin' In The Wind 風に吹かれて」の曲が好きだ。
歌詞に「答えは風の中にある」といった部分が好きだ。

今回のデイランは大丈夫なのだろうか?

体が大丈夫なのか心配である。

落語の古今亭志ん生の晩年のように
舞台に出るだけで丸丸オッケイの域に。
達した方なんだろうか?

後、大阪と名古屋に回られる。
69歳なのにお元気であるなーと思い出した。

行きそびれた
ちょっとの悔しさもあって、
ギターつながりであるさだまさしさんの
年末の国技館のコンサートのフジテレビの取材のビデオを
今日ようやくゆっくりと見た。

インタビューで生きていくのに必要なのは?
笑いだと言っておられた。
何で笑うか?何で笑ってるかをみると
その国がわかると言っておられた。

僕もおこがましくも同じ意見なのだ。 

日本のデイラン(違うやろ!と怒られそうだが)
は、「答えは笑いの中」だと言っておられた。

2010年3月30日 (火)

都会の魔力

今日約束してた親戚と東京でお食事会をした。
彼ときちんとお話しするのは何年ぶりだろう?

小さい時からだからもう25年ぶりくらいだろうか?

こうやって問面で膝を突き合わせて。
お話するのは初めてかもしれない。
彼ももう36歳になっていると言う。

もうお互いいいおっさんである。

小さい頃の6歳の差は大きいが
この年になるとそうも変わらないから不思議である。
ので、いきなりタイムスリップしたみたいな感じで
お話しする中身も彼は地質学をやってるだけに
中国の経済事情のお話を。
経験談を交えてやってもらったり
空海が記した四国88カ所には。
金銀銅が産出する場であったと教わったり
誰だろう?この前の方は?。
と思うくらいに成長していた。

東京で会うひさびさの親戚は。
田舎が蒸発した感じで頼もしかった。
親戚は田舎で会うのと都会で会うのと全然違う。

都会の魔力かな〜と思った。

韓国料理屋の「まっこり」がおいしかった。
彼も酒を飲んでいたのには
これまたびっくりである。

脳の中では、うっすら。
まだ小学校2年生なのだった。。
この感じは脳にこびりついててとれない

2010年3月29日 (月)

外付けハードデイスクが故障

今日パソコンの外付けハードデイスクが故障した。

LaceiのHDDが故障。

電源点けてもまったく動かない。

ありゃ〜。

Twitterでみなさんに聞いたらPCに詳しい方から教えていただいた。
おそるべしTwitter。

びっくりしたのは、PCが故障って言うのを
「死んだ」と言う言い方をする。
また急に動かないって言い方は
「急死」といった言い方。

確かに何の警告もなく急に止まった。

機械には故障はつきもんだ。
はっきりいって消耗品である。
人間と同じく老化もする。

復旧なのだが、その道のプロに頼むと
時間と費用があほほどする。

データの保存に買った外付けハードなのだが
その保存が故障。

今や保存する為の保存が必要な時代。

マニアックである。

人間にはデータ復旧などは、ない。

一日この作業に追われこっちが即死状態

2010年3月28日 (日)

冗談なお話

私はけっこうおしゃべりなほうである、

冗談なお話が大好きである。
冗談って言う言葉の語源は
仏教用語らしい。

仏の話に関係のない無駄口の事を冗談と言うそうだ。

仏目線でいったら現代のみなさんの話は
ほとんど無駄口で冗談話である。

現代の冗談の意味の捉え方は昔とは
大分違ってきている。

僕は冗談の話の中でも笑える冗談の話が大好きである。
無駄中の無駄な話。

人はたいてい自分事に関する話をする。
今日会社でどうとか、これからのあたしは、、なんて話である。
これは自分にっては大切でも他人には無駄なお話である。
お互いが自分にとって無駄なお話がまず基本のお話の会話が好きである。
しかも笑いがあったらなお楽しい。

僕は実は、人生それが本質だと思っている。

そんな本質を売って職業にしているのが芸人だ。

その芸人の楽屋では、最近は案外みんな静かなのだ。

僕にいたっては沈黙状態である。

これはおとなしいといった事や暗いといった事ではない。
みなさんもそうで
本質を知った自分事を話す愚劣さを
知っての事かもしれない。

今日も浅草花月で大勢いたのだが
みなさんおとなしくしておられた。

なんと気持ちのいい空間であるか。
本質以外口にしないって空間はなんtも気持ちがいい。

そういった意味での無駄口はしんどい。

2010年3月27日 (土)

所作

今日は漫才だった。

最近はネタあわせはせずに
飛び込みで舞台に立っている。

舞台では日常の声の音量ではなく
声を張って話す。
ので練習やイメージトレーニングで
うまくいっても舞台では
うまくいかない場合が多い。

100回の練習より
一回の舞台のほうが身に付く。

また今日は山崎邦正君が落語をやっていた。
月亭方正といった名前でやっていた。
月亭八方さんに正式に弟子入りしたそうだ。

落語をやるに付随して
日本舞踊も習いにいってると言う。

なぜなら落語の動きの所作が
全部日本舞踊に入っているからだそうだ。

所作とは体にしみ込む事だ。

PCの前でこういった事をちまちま書いていく
所作はあるのだろうか?

近い未来にPC前の決まった所作ってもの
出来上がるかもしれない。

考えたら人生にはリハはない。
本番ばっかりである。

2010年3月25日 (木)

静寂こそまずの気持ちよさ

どこに出かけてBGMは鳴っっている。
これについては思い出したようにここに書いている。
今日もドラッグストアーに行ったら
夏でもないのに 大音量でチューブの歌が流れてた。
後、ジムなんかも音楽が大音量で流れてた。
またそのBGMによって案外行動が左右されてしまう事もある。
ヒップホップの時には筋肉をつけたくなったりする。
時にレゲエの時もあってその時はストレッチ中心になったりする。
その日の店員の気分によるものだろうか?
エアロビ教室にあわせてのものだろうか?
室内ならともかく
キャンプ場やスキー場や海水浴場にまで
BGMがかかっている事がある。
外なら自然の音を聞きたいのにと思う事もしばしばだ。
またテレビの箱の中もそうである。
番組などは BGMに笑い声に歓声といった
SEが継ぎ足され にぎやかな装いにする。
はたしてみなさんは邪魔になっていないのだろうか?
効果はどうなんだろう?
僕は何の音もないといった
静寂こそまずの気持ちよさであると思っている。

余談だがつるべ噺を見に行ったとき
青山円形劇場の中客入れの音楽もなし
登場の音楽もなし すっと出てきて
すっとお話をされたのに は、素敵であった。 
何事もつけたせばいいと
思ってるかもしれないが 多分、静寂が怖くて心配なのだろう。。
案外人も同じで
これからは足し算より引き算の時代かもと常々思っている。

しかしなぜチューブだったのだったのか?

2010年3月24日 (水)

投げ銭

個人宅から映像を簡単に
流せる時代がいよいよやってきた。

無料で登録し無料で発信し
無料で見れるといったものだ。

さ、どこがも儲けているのかの問題だが、
この試験サイトは今のところ儲かっていないであろう。
将来儲かっていけると見越しての事なのだろう。

じゃー発信する側と見る側の
お金の問題なのだが
こんなサイトが試験的にできてきたのである。

投げ銭サイトなのだ。

ここ

投げ銭は見てから各自が値段を
自分で決めてお支払いするといったシステムである。

その昔ダウンタウンの松本さんが
武道館で投げ銭ライブを試験的にやられた。

見た方の中身は0円なんて方もいたそうだ。
また逆に1万円て方もいられたそうだ。

マスコミは上がりの数字を見て
批判した事にうんざりだったと読んだ事がある。

僕もライブで何度かやったことがあるのだが
やってるほうは緊張感があって面白い。
見てる方々はこういった状況に慣れていないのか
やはり回りの反応が気になっていたようだ。

ま、慣れの問題だとは思うのであるが
本来芸能などは投げ銭であったのだから
技術は進歩すれど、投げ銭方式とやってる事は昔に戻った感じである。

が、こういった実験的な試みは本当に面白いなと思う。

僕もまもなくやる予定である。

2010年3月23日 (火)

どんなんかおせえてえな

「な!親鸞さんの本読んで、どんなんかおせえてえな!」

先日オトンが他界し父方がお世話になってる
浄土真宗のお寺からの後の帰りにCD屋さんで
お経のCDを買いながら言われた台詞である。

「このCDお父さんの前でかけといたらええやろ!」

とオカンはオトンの慰霊の前のCDデッキにお経をかけて
お寺からいただいた本を見ながら
CDから流れるお経とは
まったく別のページを眺めていた。

また親鸞さんを「どんなんか教えて!」
と言われても困ったものだった。

親鸞さんは近所のスーパーの店長ではない。
もう亡くなった方なのだ。

知る方法は本から得るかお坊さんに聞くしかない。

ま、親孝行のひとつと思って
姫路駅の本屋に東京までの帰りの途中に
寄ったところ、本屋のトップにドン!
と大きく並べてあった。

五木寛之著「親鸞上、下」や「私訳 歎異抄」と
「歎異抄の謎」が置いてあった。

「売れてます!」と書いてあった。

へ〜そんなに売れてるのだと思った。

僕の周りでは「読んだ?親鸞?めっちゃええな~」
などとの会話は聞いた事がない。 

とりあえず、4冊買い込んだ。

歎異抄は司馬遼太郎さんは
若い頃戦場に持っていって読んでいたとか。

僕は喫茶店や寝室で読んだのだが
「私訳 歎異抄」と「歎異抄の謎」を
時間はかかったけど読み終えた。

細かい本の感想は別のブログで書いたので
興味のある方は見てください。

その道のプロの方が聞けば
怒られるかもしれないが
尊敬の念を払って言うなれば

僕の感想は
読む順番を間違えた。

親鸞上下から読まんと!と思った。

中身はめっちゃ難しかった。
ある程度の知識が必要である。

一回読んだだけでは僕には相当難しかった。

こんな僕にもかすかながらわかったのは、
「信じさせすればその瞬間も救われる」
と、説いたのはあの時代には革命やったやろな〜と思った。

語弊はあるが、ある種のキリスト教に限りなく近いと思った。

オカンに電話をした。

オカンは僕に言った事を半分忘れたと言うか
そう重くも考えてなかったのにはまず笑った。

あまりオカンに難しい事を言っても仕方ない。

「読んだわ!」

と言うとオカンは、開口一番

「えらい人やろ!」

当たり前やちゅうねん!

オカンは面白い。

オカンのほうが読んでもないのに
的を得た感想かもしれない。

2010年3月21日 (日)

S-1の大会について思った事

S-1の年間大会の結果が発表された。

去年一年間僕も映像を送り続けた。

何度か予選を突破し対戦に望んだものの
投票結果は惨敗であった。

この大会でみなさん口にするのが、
1億円と言った賞金である。

僕もそこに興味がある一人である。

ソフトバンクさんは 
通常のTVスポットの宣伝費よりは安いとの事なのか?
この大会を開催する事でユーザーが増えるとの展開なのか?
スポンサーサイドが個人的にファンなのか?

スポンサー側から「お笑い」は
そのくらいの価値があると
思っていただけてるのには有り難い。

心配なのは
お笑いの大会がそのくらいの価値を動かせているか?
世間はお笑いの大会が
そのくらいの価値があると思っているのか?

この2つは僕の心配する事ではないのだが
頭によぎったりする。

世間の方々はそんなお金があるんなら安くしろとか
ユーザーに還元せえよと言われてる方もいるが
ユーザーに投票してもらった方々に
賞金などといった還元もあったりするが

世間の思うお笑いの大会は
一億円の価値には、まだまだ届いてないのが現状のようだ。

人間の価値はお金の単位や人の評価では
きまらない事はみなさんも承知である。

人間は生きている事自体で価値なのだ。

なぜならお金や評価が
この世の絶対の価値だと思ってる方も
それは何故?と答えるために
生きている事が基本だからである。

つまるところ芸人もそうである。
芸人をしている事
そして笑かしている事
「笑い」といった事自体で価値なのだ。

そんな事は、十分理解した上で
人の評価で価値を決められる
といった大会に出場したのだ。

非常に生々しい大会であっただけに
僕は、冷ややかに生きてる分だけあって面白かった。

1携帯の端末で見る笑い
2面白いか面白くないかだけで見る「笑い」
3S-1におけるお笑いの現状

僕が得意とする笑いとここでの需要のある笑いとは
大きくズレがあるが、そこ補正しながら
映像を3分以内でしかも携帯向けに
また面白いか面白くないか?だけで見るお客さん向けに
作る笑いも僕の中のひとつのチャレンジとしては面白い。

これらの答えが、なんとなくわっかっただけでも
僕にとってはよかった大会であった。

これとはまったくの真逆の事も面白いと改めて思ったのも
この大会のおかげさまである。

2010年3月20日 (土)

ゼロミリグラム

今日品川プリンス劇場の出番終わりに
ショージさんのお弟子さんと食事に行った。
お笑い学校などが大流行りのご時世に弟子である。 

たまに思い出したようにここに書くが
お笑い学校では売れる為のノウハウを勉強する
それに対して弟子は芸人の生き方を勉強する。

学校の場合はお金を払ってるだけあって
笑かすためのカリキュラムがあるそうだ。

弟子にはそんなカリキュラムはない。

本来カリキュラムは一人一人違うのである
その人に似合ったものがあるはずなのだ。
それは自分でやっていくうちに
自分で作っていくものである。
カリキュラムとはあくまで今までの方法論にしかすぎない。

この世に絶対のカリキュラムなどない。

新しいものが作りたいなら
今までの方法論は古いのである。

じゃー弟子はと言うと

師匠からネタをいただけるのか?
とか売り込んでもらえるのか?
など思ってる方がいるだろうが
そんな母親のような存在ではない。

伝統芸ならともかく
伝統芸ではない
今における芸の世界。 形は自分で作っていく。
その前にやる事と言えば見よう見まねでやるしかない。

日々師匠にいちいち駄目だしをされ
「やめてまえ!」と怒鳴られる毎日。

これが修行なのだ。

これのどこが生き方の勉強になるのか? 

「お前みたいなもんやめてまえ!」と
師匠の前ではゼロにさせられるのだ。

近代的自我が大流行り。
自分探しが大流行りの
このご時世に「お前なんぞ0点」と
自分などを探すところか、自分を消されるのである
こういったゼロにさせられる事は、今なかなかない。

ゼロなのだからどこから見てもどう解釈してもゼロである。
今後、売れようが売れまいが、ゼロなのだ。 

ゼロはカリキュラムとは違って「絶対の真理」なのだ。

そんなゼロ君と20数年前にゼロにさせられた僕と
ゼロとゼロのお食事。

会話はもちろん脳みそゼロミリグラムの中身のもの。

夜に携帯電話の留守電に
「勉強になりました。ありがとうございました」

ならへんちゅうねん(笑)

2010年3月19日 (金)

この謎の解明

「リアルを体験したいなら見に行きませんか?」

とSさんから目黒のちゃんこ屋「時津風」で言われ
大日本プロレスに誘っていただき見てきた。

プロレスを見に行くのはどのくらいぶりだろう?
高校の時に新日本プロレスに友人と行って以来である。

当時は好きだったのだが
リアルファイトの出現でプロレスは疎遠になった。
なんせ中身がショーだとわかった時がっかりしたうちの一人。
プロレスファンからすると私は非難されるあほの一員である。

何事も「ほんま」か「うそか」など
二元論では、つまらない事は頭でわかっている。

例えばお笑いでも
「ほんまか」「うそか」
「おもろいか」「おもろないか」
この二元論に私はつねずね疑問を感じている。

おもしろトークでも「おばちゃんが5Mは吹っ飛んでん!」
と、ちょこんと移動したのを5Mも吹っ飛んだ!と
誇張さすから面白いのだ。
ここには「ウソ」か「ほんまか」などと言うのは
どうでもいい事である。 

だが、世間は「ほんま」をほしがるのだ。
本当の話だと言い切らないと喜んでくれない。

格闘技の世界も同じで
「勝った」「負けた」「強い」「弱い」
「悪役」「ヒーロー」など二元論で見てしまいがちである。 

大日本プロレスはこの二元論以外だと聞いて
うきうきわくわくしながら見させていただいた。

蛍光灯デスマッチにガラスデスマッチなど
「勝った」「負けた」「強い」「弱い」を超えて
すごいのだ。

選手全員傷だらけに血まみれなのだ。
その上試合の後は血まみれ傷まみれのまま
グッズ販売に写真撮影。

聞いてびっくりなのが
あそこまで体を張って食えてない選手がいるらしい。

普通は食えないとやめる。
経済が回っていかないと経営陣も手を引く。
選手も諦める。

でもやり続けている。
しかも危険な技や仕掛けを!

なぜにあそこまでやるのか?
血まみれになって傷をおってまで 
やりたい事をやる。
夢の中で生きている。

ジーザスキリスト様ではないか!

給料が少ないとか現物支給がたりない
やりたい事があるけど才能があるか不安
などで悩んでる方々は是非行っていただきたい。

ただ僕はまだまだ初心者だろう。
血まみれと蛍光灯デスマッチにガラスデスマッチに
ぎょっとしたなんてのは序の口みたいだ。

実は普通の試合も何試合かあって
悪役に見えてヒーローだったり
格好いいがちょっとおちゃらけであったり
あの中にも超越したものがあるのだろう。

Sさんに一回見ただけでは
まだまだ大日本の良さをわかってほしくないと言われた。

でも、なぜ、なぜ、こんなに
すごい事がな現代では、リアルを消すのか?

Sさんには理屈ではないと言われたが
僕はその言葉ではない感動を
理屈できちんとわかり伝えたいと思った。

この謎の解明はまだまだ続く。。。 

みなさん是非!

2010年3月17日 (水)

改めて

Tsutayaを利用している。
郵送してくれるサービスなんてのがあるが
僕は店に足を運び選んでいる。

100円レンタルと言って
昔の名作のサービスを実施している。

100円レンタルに並ぶ映画はだいたい昔に一度見たものなので
テンションはあがらない。

しかし手に取って物語を浮かべても思い出せない。

おおよそはわかってもはっきり思い出せない。

多分、僕の脳のハードがもういっぱいで
新しい事を一個覚えたら
古い記憶が一個無くなっていってるのだと思う。

ひとつためしに手にとりレンタル

自宅に戻り見たら、
まるっきりオープニングから忘れている。

大好物で何回も見てるのなら思いだせるが
一回見てよかったな~なんて
思ったものはほとんど忘れている。

また見て新たに面白かったなーと思った。

今後は、昔見たものを見直すといった楽しみがひとつ増えた。

見たものは
「セックスと嘘とビデオテープ」であった。

改めて見ておもしろかった。

2010年3月16日 (火)

ひさびさのしゃっくり

今日しゃっくりが出た。
ひさびさのしゃっくりである。
子供の頃は多くしゃっくりが出てた記憶だが
大人になってからあまりしゃっくりはでなくなった。

鼻血もそうだ。
子供の頃、何かあったら鼻血が出ていたが
大人になってからはそう出ない。

しゃっくりは面白い。
自分の意思とは反してひっくひっく出る。
次にいつでるかわからない。
もう終わったと思ったら「ひっく!」

止める方法は多々あるらしい。
Twitterでみなさんに教えてもらった。
息を止める。
牛乳を飲む。
コップに水を入れ向こう側から口をつけ飲む。
などなど教えていただいたが、
しばらくそのまま
ひっくひっくしてた。

気づいたら止まっていたが
止まる前と止まる瞬間がいつなのか、わからない。

子供の頃はこのしゃっくりが止まらず
死ぬんじゃないかとびびった事もあった
そんな事を思い出した。

2010年3月15日 (月)

紙の上の漫談

僕の大好きな作家
池田晶子さんの
「人生の本当」と言う本を読んだ。

この本まずタイトルが怪しい。

表紙の絵がろうそくから火が放たれる感じの挿絵。
これも怪しい。

怪しげながら中身を開くと
「処世訓より大切な事」と書かれてある。
これまた怪しい。

テーマも常識、社会、魂、宗教といった類いである。
怪しさ満載なのだ。

が、読んでいくと
こうも怪しくしてる意味がわかった。

そもそもなぜこういった類いの文字が
怪しく思えるのか?
そういった事もこの本には書かれてある。

この本を読んで「人生の本当の何か」を
この一冊で知りたいなんて思って
軽く読んだ方は
水をぶっかけられる勢いの本なのだ。

著者が生前にコミュニテイーカレッジで
講演を行ったものに
手を加えて読み物にされていたのだが

この手の本は哲学の部類に入るのだろう
僕にとっては、紙の上の漫談だと思い
ツッコミを入れながら笑いながら一気に
読見終えた。

 

2010年3月14日 (日)

とうとう観てしまった

とうとう観てしまった。

魔が差したと言うか。

「アンヴィル〜夢を諦めきれない男たち〜」
というドキュメンタリー映画のDVDを観てしまった。

このドキュメンタリー映画は
カナダのヘビーメタルバンド「アンヴィル」が
80年代に「ボンジョビ」
などのグループと一緒に出てきたが
彼らだけ売れずに置いてけぼり
今や世間から忘れ去られたが
夢をあきらめずに
50歳になった今も
地元でロックスターを目指して
バンド活動を続ける姿を追った
音楽ドキュメンタリーである。

去年日本に輸入された映画だが、
劇場で観るのは怖かった。

なんせ、自分に一番近い境遇なのだ。
そんな映画は
僕にとってはのるかそるかである。
観た後、胸が痛くなりどんよりしてしまう。。。
なんて事もなきにしもあらずだ。

春の陽気な風に誘われ魔が指して観てしまった。

映画が始まった10分後には
そんな心配はご無用であった。

僕は爆笑をしていた。

音楽業界では勝ち負けを
売れる売れないで事すまされる世界である。
もちろんそこからの目線では
アンヴィルは大負けなのだが、
このドキュメンタリー目線で見ると
彼らが失敗し不幸であればあるほど
失礼ながらも、見ててはらはらどきどき
爆笑もある上、涙も出てくる。
目線が違えば彼らは圧勝である。
売れてるボンジョビがつまらん平坦な
人生にさえ思えてくる。

後、個人的に爆笑だったのは、
アンヴィルボーカルが
僕と一緒にユニットで漫才をやってた
スシブラザーズの
マイケルにそっくりであった。
顔も性格も。
同じユダヤ系って事もあるだろう。
神のいたずらや運のせいには決してしない。
あくまで自分たちのせいだから
自分たちで切り開くといった
不屈の精神で進むのである。

「これ以上は悪くならない。
 なったとしても、後悔はしない。
 チャレンジあるのみ」

よくマイケルも言ってた台詞である。
ユダヤの方はそうだと言っていた。

そんなマイケルは
今スシブラザーズの活動を一旦やめて
米国に戻って 
2人の子供と妻と抱えながら
ロスでオーデイション三昧。
ハリウッドスターを目指して。
年は50歳。まったくアンヴィルと同じである。

日本語のサブタイトルが
「夢を諦めきれない男たち」と
あるが「夢の中で生きている」と
言った方が正解であろう。
諦めなどといった言葉は彼らの中にない。
完璧に別次元から
人間界にやってきた妖怪なのだ。

途中から彼らえを妖怪だと思ってみたら
もう爆笑しっぱなしであった。

見終わった後に思った。

売れてもたら、おもろないで!

2010年3月13日 (土)

日々Twitter

今や日々Twitterである。

気が向けばTwitterだ。

「今どうしてる?」の欄に
140文字以内で書き込む。

流行で終わるやり!
なんて思ってたのだが
おっとどっこい
他のどのサイトにも
Twitterのバナーがどこにもはられてて
連動するようになっている。
どうも終わりそうにない。
と言うよりTwiterが基本になってきた。
逆にこういった
ブログのほうが終わりそうな勢いだ。

Twitterでは、ここで書くような
長い長いこねくりまわしたような事は書かない。
と言うより140文字なので書けない。

ブログはじっくり読むのもいいのだが、
最新とはいえ、過去のものだ。
Twitterは「今」がポイントなのだ。

なので、必然的に
「今、自宅。くしゃみして
 机の前のもんが吹っ飛んだ。なう!」
こんな事を書いている。

何が面白いの?
と言われたら答えにくい事は前に書いたが
未だに何が面白いか伝えられない。
なのにどんどんTwittしたくなり
コメントも多い。

この先「未来何してると思う?」なんて
時間が飛び越えるのが出るのかもなんておもいつつ

このようなブログでは今日何があったか?
事実だけを書くのは意味がなく
その時どう思ってそれはなぜなのか?
140文字以上のこねくりまわした事になるだろう。

ま、僕の場合は始めっからこねくりまましていたが。

2010年3月12日 (金)

ばたばた

今日は、何かと、ばたばたしていた。 
打ち合わせを一日に
3本もいれたもんだから
へなへなになった。

打ち合わせをやっていて、
頼まれた事を受け入れ
前へ進むときは簡単なのだが
断る時って案外難しい。

相手を傷つけないように、
またこれで一生、断絶ってな
具合にならないようにしないとといった
欲もあったりなので、
断るって言うのは非常に難しいのだ。

これは、仕事だけに限った事ではなく
日常でもそうだ。

食事の誘い、遊びの誘いなど、
断るときが難しい。

物理的に時間がないなら解決は簡単なんだが、
時間は空いてるが、
どうも乗る気がしなかったりって事がある。

気分によるものって
言葉にすると相手を傷つけかねない。

そんな時は、軽ーく嘘をつけばいいのだが、 
先に時間を聞かれて「空いてるよ」
と答えた後に「遊びにいこう」なんて言われたら
断る物理的な理由はなくなるのである。

そんな、か細い神経なので
自分の気分なんてのは極力無視する事にしている。

全部うけいれるってな具合である。

今日昼の打ち合わせで
夜の10時からカラオケに誘われていた。

3時までへべれけになって歌っていた。

自分のその時の気分なんて
信用すてはいけないとつくづく思った。

2010年3月11日 (木)

社会からの疎外感

あれ?オレ何してんねやろ?
と思う事がたまにある。
ひょっとしたらこんな事やってんおオレだけかな?
と社会からの疎外感を感じる事。

今日民族博物館を見学に行った。
最近はもっぱら縄文時代をむさぼっている。
その関係で真昼間から行ったせいか
人も少なかった。
その時、あれ?オレ何してんねやろ?

館内には、
老夫婦が2組ぽつんといた。
僕と同じ年くらいのサラリーマンがいた。
当然目はサラリーマンに行く。
何してるんだろう?
あのサラリーマン。
いやむこうも思ってたに違いない。
何してんねやろ?
あのおっさん。

まさか、およそ縄文時代に興味のある
お笑い芸人とは思わなかっただろう。

大げさだが、どこかに
タイムスリップしたかのような感覚にもなる。

社会からの疎外感と書けば
どことなく寂しげであるが
タイムスリップをしたかのようなと
書けば夢があるように思う。

このブログを読む方も
そんな事を思うのだろうか?

ひょっとしたらオレだけ?
アタシだけ?

そう思ってもらってにんまりしてもらったら本望である。

2010年3月10日 (水)

誰かと間違えてるんちゃうん?

以前ここで夢日記も
書いていこう!
なんて書いたが
あっさりやめた。
なぜなら見る夢が
巨大の蟹が大暴れしたりの
非現実の夢ばかりだったら
面白いのだが
最近は本物そっくりの夢を
見る時期に入ってきた。
不思議なもんだ。
本物そっくりの夢は
びっくりである。
だいたいドジを踏んでいる。
遅刻しただの
コンビニで財布を忘れただの
夢判断でもされたなら
「普段気になってる事じゃないですか?」
なんてばっさり言われそうな夢である。
話は変わって
現実の世界で、昼に知人と会った。
ひさびさに会った。
一年ぶりかな?半年ぶりかな?
「あれ?鼻が赤くない。
 あれ?目をしょぼしょぼさせてない」
いろいろ質問したが、
相手は「いいや。誰かと間違えてるんちゃうん?」
でも、どう考えても彼なのだ。
過去の記憶って後から
勝手にこっちが脳で付け足すもんだなーと
改めて実感した。
今日は非現実的な夢を見たい。

2010年3月 9日 (火)

新語

造語。

俗語とも言う。新語とも言う。

今それらの数々を作ってる真っ最中である。

若者が若者の間で使い合う言葉だ。
僕の若い頃なら
「OUT OG 眼中」
「ABC」「NGワード」「翔んでる女」
古う〜。

まだまだあるかな?
もはやこれらは死語である。

「日本語の乱れ問題」はちょっと置いといて
誰の指示もなく世間で口コミで広まりやがて蒸発していく言葉。

今なら
「リア友」本当の友達
「オケる」カラオケに行く
「魂アゲ」テンションが高くなること
「ワンコミ」自己満足している人。
なんてのがあるみたいだ。

僕が好きな造語は本来ネガテイブな意味なのに
楽しくなるような言葉が好きなのだ。

ワンコミなんて言うのは、
ワンコミュニケーション、自己満足の人の事をワンコミと言う。
自己満足って言うと、なんか嫌な感じなのだが
ワンコミだけでどうもかわいくなる。
これだけで、自己満足とマイナスがプラスのキャラになる。 

そんなネガテイブな言葉の数々が
造語によって案外楽しくなる言葉に変化さす。

最近の僕のお気に入りは、
なんでも、ネガテイブな言葉の頭にビバ!をつける。
ビバ!不安!ビバ!失敗!
イタリア語でビバは、活き活きとといった意味。
これで不安や失敗も活き活きとしてくるので不思議だ。

そういや、昔テレビのツボなんて言葉の「ツボ」
これは未だに死なずにいろいろな場所で見かける。
落語家で言うところの、4番弟子くらいなのだろうか?

ま、どこかでまとめて発表しようと思っている。

2010年3月 7日 (日)

宙ぶらりんなイベント

今日は不定期で行っているトークライブの日。

このトークライブは
エンターテイメントの要素がまったくない。

どちらかと言うとお勉強会に近い。
かといってお勉強会にしてはふざけてる。
お笑いにしてはお固いといった
宙ぶらりんなイベントである。

テーマは「○○の行方」でお話をした。
インターネット、死生感、
教育などの行方をお話した。 

通常はこういったお話は
大学の先生であったりが学会での発表で
クローズな場所で行ったりしている。

こういった話は一人で講義なのだが
対話をしながら笑いを交えながら
お話する事はあまりない。

が、司馬さんなどの対話集などを
読むと笑い満載な事がたまにある。

最近では西洋でも
この手法を導入してるそうだ。

僕はこういった本が何より漫才である。

エンターテイメントではないこういった分野が
将来エンターテイメントになるように願っている。
だから将来の為にこういったイベントを行っている。

2010年3月 6日 (土)

四十九日

今回はちょっと難しい事を難しい書き方を
させていただきますので
理解できなかった方は、
無視していただく事をおすすめします(笑)

それでも興味がある方は
何度も読むか
質問もうけつけています。

今日で
父親が他界して四十九日がたった。
四十九日とは、死者が
あの世へ旅立つ期間の事らしい。
仏教では「中陰」と言われてるらしい。
中陰とは、今世と来世との
中間的な存在である事らしい。

「らしい」ばかりで申し訳ない。

小学館の辞書に載ってた事である。

実際に僕が亡くなって
見てきたわけではない。

すべては受けうりなのだ。
だから「らしい」とい書いたのだ。

うちの家系は「親父が今中陰らしい」と信じて
先祖代々からお世話になってるお寺で
四十九日の法要を行っていただいた。

さ!ここでの疑問は、
亡くなった父は今「こうらしい」とは言ってるが、本当なのか?
って事である。

お釈迦様はお経で
「すべては空で、すべては無」だと
語っておられる。
ない!ない!づくしなのだ。
「あれではない」
「これでもない」
「ない」「ない」。

もっといったら「死すらない」と言っておられる。
これを聞いた時は、しっちゃかめっちゃか!
もう理解不能であった。

で、改めて思うのは
「ない」を徹底するのなら、
いっそうの事「浄土や涅槃などもない」と言ったほうが?
と、考えたくもない事を考えてしまうのである。

これはお釈迦さんに実際はどうなのか聞いてみたい。

ただ、お釈迦様は輪廻や死語について
聞かれても一切答えなかったそうだ。
こういった事も「言わない」って事が
基本のスタンスであったそうだ。

じゃ〜浄土だの極楽だのがあるなんて事を
誰が何の為に言い出したのか?って事である。

「そんなん無い」でいいやん!って事なのだが、
実際、この絶対の「無い」
これを「在る」側に説明し、実感さすのは、
実際に存在するこの世の我々には
実は難しい事と思う。

実際に「無」や「空」も
こうやって、文字で書いての事で
理解したかのような気持ちになってるだけである。

人間は悲しいかな、言葉で考える以外に
やりようのない動物である。

だから「無い」を「在る」以外で
理解し体感させるなんてこの世では難しい。

「一心にお願いすると、救ってくれる」といった言葉や
「浄土はここにあるよ!」「そこは、無の境地!」と、
「在る」を用いて「無い」を証明してもらったほうが
僕みたいな凡人には、実感しやすいと思っている。

だからこそのお坊さん!
その方々が 言葉や絵や造形物や物語を
使ってくれて
「空や無」を証明していただいていると思っている。

「そんなん嘘!嘘!ない!ない!うっさんくっさい!」
と、若い頃なら、いきがって思っていた。

身内の他界で身につまされたのだが
こういった行事事がきちんと
あって本当によかったと思っている。
本当か嘘かなど問題ではない。

残された我々家族も喜び、
母も「やれやれや」と言っていた。
僕も大変ありがたいと思い、
僕も一心に手を合わせお願いをしてきた。

これで、家族も救われてると思っているし、
僕も思ったのだからこれでいいのだと思った。

余談であるが、

宗教の自由を利用し、
相手の弱みにつけこんだような宗教は、大嫌いである。

とくに教祖が大金持ちであると言った
団体は本来の考えからすると本末転倒であると思っている。

歴史に置いて流罪に弾圧に焼き討ちなどにあい、
人の心の弱みにつけこむような事をせずとも、
救われたいと願う人々の気持ちが集まり、時を経て、
今なお存在する「空や無」の教え。
願われたから存在しているものと、

「空や無」などといった事を無理矢理押し付け、
営業し存在するもの(宗教)とは、
遥かに違うものであると思っている。

僕は今回こんな事を書いたが、
明治時代に哲学と整理するために
無理矢理作られた言葉
「宗教」といった言葉を用いるなら

僕は「無宗教」といった立場である。

2010年3月 5日 (金)

コメントにコメント

Q
今回の講演みたいなことに
でられる予定はありますか?
一般のひとでも参加できるものがあれば、
ぜひ教えてください。おねがいします。

A
僕はホームページに情報をのせています。
そちらを見て是非来てください。

Q
『行間を読む』に対して、『空気を読む』は会話の流れや
雰囲気を感じとれって事だとは思うのです が、
『空気を読め』と言ったかたちでの使われ方が多く、
多数派が少数派もしくは1人を責める
言葉として使われる事が一般的なように感じます。
言ってる人も 言われてる人もどっちもどっちで、
どちらも人の感情を読んでるようには思えないですね。

A
僕が講演で言ったのは「空気を読む」って言葉は
あくまで個人的な話であって
人間中心の社会の場に置いて、
これを使うとあまりにも
漠然としてしまうって事です。

社会において空気って言われてるのは
「その場の状況」であったり、
「誰かの意識」であったり
「立場」であったりです。

これらをまとめて「空気を読む」って言う
言葉のフォルダにひとつにまとめて言ってると思っています。

犯罪などでも、社会の空気と言った事をいいますが
それは、人の意識であると思っています。

ので、社会は人間が中心の場です。
空気といった単語で
本質がぼやけてしまうのはおかしいと思っています。

個人においては空気っていうのは、
雰囲気であったり、無意識であったりだと思っています。
個人においては、この空気って言う
よくわからないフォルダにまとめた
単語は僕にとっては最高の言葉です。

僕は、よくわかならい、
人間以外のお天道様の雰囲気や
人間の無意識といった答えのないよくわからない事を
大切にしたいと思っています。
特に芸術や愛などは空気を読むって事を大切にしたいな〜
と思っています。

Q
「空気を読め」という言葉は、世間体ばかりを気にして
生きている日本人らしい考え方の言葉ですね。
子供には「空気を読むな」と教えるべきだと思います。

A
コウさんは子供はいますか?
僕はいませんが、もしいたらと考えると、
「空気を読むな」なんてのは、言えないかもです。
コウさんは、空気を読むって行為が何かわかってるから、
「空気をあえて、読まない」って行為もまた出来るのでしょうね。

僕は今の世の中は外的な
空気(雰囲気や自然)を大切にしない
人間中心の社会なので
空気なんて読めなくて当然だと思っています。

ので、上にも書いたように、
社会では「空気を読む」といった漠然な言い方より
状況であったり、意識であったり立場といった
言葉を使いたいと思っています。
でも、これではな〜んか固いですね。
これらをまとめて「空気を読む」って言葉のフォルダに
ひとつにまとめてると思っています。

後、「世間体」って言葉です。
僕は、「世間体を気にする」って言葉が大好きです。

でも、気にする、気にしないもの中途半端だから
今は、気持ち悪いんでしょうね。

僕は、世間体をもっともっともっと
自分がなくなるくらいまで
気にして生きていくほうで生きていきたいんです。

気にしないならまったく気にしない。
きにするならめっちゃ気にする。
中途半端はいけませね。

これは自分に言る事ですので、気にしないでください。

Q
ぜんじろうさんは、ひとを愛したことはありますか?

A
はい。
人並みにあります。

理屈を、こねるなら
愛って言うのがなんなのか?は、はっきりとは、わかっていません。

ひょっとしたら亡くなるまでわからないかもしれんません。
逆に言うとわかったら面白くないかもしれません。

体験してわかった事のひとつに
愛したり愛されたりするって
楽しい反面、辛い事も同じだけ味わうのは
体験してわかった事です。

頭で考えるより実践しかないと思っています。

僕は人間の根本はここにつきると思っています。

そうやって生きてる間に「愛とは?」と真剣に考えた方のみが
亡くなったときに「これか!」と答えあわせが出来ると思っています。

Q
ぜんじろうさんの「経験」、とても聞きたいです
外国行ってお笑いやってたって凄い事だと思うんです。
単純に英語の勉強はどうやって?
とか、会社の人の反応は?とか、
金髪の彼女はいたのかしら?等々、疑問が尽きません!
ホントに、ぜんじろうさんの話を世間に聞かせないと、
もったいないと思ってます

A
ありがとうございます。
僕もそろそろ自分の言葉で
この辺りを何かで表現したいと思っています。
待っていてください。

2010年3月 4日 (木)

頭の中に住み着いている

昨日からずっと頭の中に昨日お会いした
86歳になられる人工知能のF名誉教授が
頭の中に住み着いている。

みなさんも経験おありだと思う。
頭の中に一日誰かが住み着いて
帰っていこうとしないって事。

その教授に実は個人的に
いろいろ質問させていただいた。
なんせ人生の大先輩である上、
知能を研究され60年といった方との会話はなかなかない。
失礼ながらも一杯質問させていただいた。

質問の中身は至って欲深い事である。

先生の今一番の楽しみは何?
愛って何?
お金って何?
死って何?
神様はいますか?
今日の僕を見てアドバイスを
してくだくとありがたいです。
などなどである。

明確に端的に一言で答えられるにのにも圧巻であった。
なんとも真剣にお話していただいたのにはうれしかった。

答えの数々を書かせていただくと

Q
今の一番の楽しみは何?
A
夜一人でやるちょっとした晩酌。

Q
愛って何ですか?
A
愛?するって事だね〜。
(なるほど、愛は名詞ではないって事か、、動詞であるって事)

Q
お金とは?
A
何かの為に必要なもの。個人だったらそういらないよ。。

Q
死って何?
A
生きてる延長。自然な事だ。

Q
神様はいると思いますか?
A
あなたがどう思ってるかしらないが
みんなが言ってる、人みたいな神様はいないよ。
でも人間を超越した理解できない何かは、あると思ってる。
いい事だ。

Q
今日僕を見られたのですが、僕にアドバイスいただけますか?
A
あなたは、これからだね。
今日のような事をもっと世間に発表しなさい。

自分事なのですごく、食いついた。

「どう言う事ですか?なぜ、僕は、これからなんですか?」

氏曰く、
僕の話で面白かったのは「僕の経験」だそうだ。
また僕の話のうまみは「失敗」が下地なんだそうだ。
それらをどんどん発表したほうがいいとおっしゃられた。

そういやスポーツ選手は経験の発表などは必要ない。
笑いもそうで、一瞬の笑いのネタだけは、
経験の下地がネタにはならない。
それらは、瞬発力と体力が必要、
いわば、若さが重要である。

単純に言うと、
若い人が人生を語っても若いくせにって思われるのだが
年寄りが人生を語った方がそれだけで説得力があるって感じだ。

「42歳ならそろそろやったら?」なんて言われた。
自信はないが、そろそろ覚悟して
あらゆる媒体で僕の経験を
発表して行こうと思っている。

また氏曰く
人生60歳70歳とどんどん人生は面白くなるとの事。

「え?逆じゃないんですか?どんな部分がですか?」
と聞くと、
「いろんな物事が、考えると、わかってくるようになる」

その快感はたまらないとの事。

これは年いくのが、楽しみである。

そんな教授が今日一日頭に住み着いてた。

この文を書いた事で、帰っていかれた。。。。

僕の頭の中からだが。。。

2010年3月 3日 (水)

「空気読む」より「空する」でしょ!

今日名古屋で「空気を読む」に
ついての考察発表があった。
参加される方々は
工学系の大学の教授の方々であった。

あまりうかつな事は言えないと
お話をいただいてから
ここ一ヶ月はずーっと頭の中で
「空気。。」「空気。。」とつぶやき
考察をした。
当日のギリッギリまで
「空気を読む」についての
お笑いからの見解の結論が
まとまらなかった。

こんな時は粘るのも大切であるが
諦めも肝心である。
アホな頭で無理強いをしても
相手に迷惑である。
会場のそれこそ空気で
その時に結論を出そうとの事だ。
最悪「結論まとまりませんでしたといった結論」
でもいいかなくらいの気持ちで
望ませていただいた。

こられてる方々が
いい方ばかりだったせいか、
僕のしどろもどろの考察にも
きちんと耳を傾き理解していただけた。


「空気を読む」について
どういった結論を選んだかというと
「空気を読む」といった日本語は、
日本語としておかしい日本語だ。
「読む」がおかしい。
「空気」は見えないのに
「読む」ってどういった事か?
これって、よくわからない文である。
それなら「空気を読む」って文より
もっとわからん感じの文
「空する」ってのは、いかがですか?
般若心経的である。
「空する」
空気を読むロボットって言うより
「空するロボット」と言うように
したいと言わせていただいた。
これは、エコカーと同じで
本当のエコカーは車を持たない事である。
本当の空するロボットは
ロボットを作らない!持たない!って事なのだ。
こんな全否定な事を言って、笑いが起きた。
相手のセンスに脱帽だ。
多分ここ以外ではドン!すべりだと思う。
ここは、人工知能といった
人類の進歩にチャレンジされてる方々なのだ。
自分の身の程を知って
もっと始めっから胸を借りてやってればと思った。

いずれにせよ
「空気を読む」って事は「空になる」
いわば、「空気になる」って事なので、
単純に言ったら、自分の意見や存在を消して、
他人に合わすって事であると自分で発見した。 

2010年3月 2日 (火)

何か大切な事を
やらなければいけない時に限って
全然別世界の事を考えてしまう。

明日に向けてネタを
繰らないといけないのに
頭の中はフィギアスケート
いや、フィギュアスケート
(これってよく間違う)
を誰がやったらおもろいか?
を考えてしまう。

安岡力也さんとか
浜幸さんあたりにあの服着させて
くるくるくるくる。。。
自分で妄想してくすっと笑って。。
結局やらなければいけない事ははかどらない。

これは今にはじまった事ではない。
小学校の頃からテストの前日になると
頭の中でウルトラマンと仮面ライダーの闘いが
妄想で始まるわけだ。

頭をぶるんってふって没頭するが、
また、妄想が始まる。。。

なんだろう?これって?
しんどいシチュエーションになればなるほど、
頭は別世界に行こうとする。
多分、脳内逃避だろう。。。。

「空気を読む」についての考察が
行き詰まってるのだろう。。。

今日頭の中でお笑い脳内オリンピック
金メダルは、えびすよしかずさんの
フィギュアスケートであった。

2010年3月 1日 (月)

コメントにコメント

Q
90才代の女性の方に「自然に死ぬにはどうしたらいいの?」って聞かれました。
私はなにも言えませんでした。
ぜんじろうさんだったら、なんてこたえますか。

A
お仕事で聞かれてると思いますので
上司の方に聞かれてはいかがでしょうか?

僕でしたら、、と答えたいのですが、
状況を細かく知らないので、うかつな事は言えません。

Q 
自分のできる精一杯のことをして負けてしまうほうが、
スポーツマンらしい姿に思えるのですが、
守って負けてしまう選手に、ぜんじろうさんが愛情を感じるのはなぜですか?

A
負けても勝っても、スッポーツをやられてる方は
全員平等にスポーツマンらしいです。

守って負けてしまうのに愛情を感じるのは
僕みたいだからです。
僕はよく守って守って、負ける事があります。
案外、スポーツでもそんな方も多いはずです。
スポーツ界ではそんな方は失格です。

でも、そこに光をあてるのは、文化だと思っています。

Q
私が一番おもしろいと思った方は、点数が低かったりして、
個人的には残念でした。

A
残念ではありません。
あなたが一番面白いと思ったのが面白いのです。
お笑いなどの文化で優劣などなく、
本当は人それぞれなんです。

あの大会にとってはあの順番なんです。
あの大会においてあの順番はおかしいなどと言う方が
いますが、まったく間違いです。
だったらその方が大会を開いて審査をすればいいのです。

いつか、あなたが大会を開いてください(笑)
出場します。

Q
毒舌と悪口の違いについて、今まで考えたことがありませんでした。
悪口は、他人のこころを深く傷つけるもの。
毒舌は、言葉はきつくても、情がこもっているもの。かなぁ…

A
まったくその通りです。

Q
トーク番組でも自然と出てくるその人を感じておうえんしています

A
自然と出すって事に至までが大変なんです。
なんせ、あの大勢でカメラを向けられる時点で不自然なんで。。。
でも励みになりました。
これからは迷わず言い切っていきます(笑)

2010年2月27日 (土)

日本映画の懐の広さ

今日
「いかレスラー」「ヅラ刑事」
「日本以外全部沈没」「ギララの逆襲」などの映画で
おなじみの河崎実監督のお誘いで
お酒をご一緒に飲ませていただいた。

監督の事務所がBar風の洒落た場所であった。

河崎監督とはその昔、
実はお仕事をさせていただいていて
どうやらその時は東京大阪の往復で
スケジュールもむちゃくちゃで
遅刻してたらしく
むかつかれてたとお聞きした。
時が経った今、丁寧に謝らせていただいた。
遅刻の事はすっかり忘れていたが
河崎監督の事は覚えていて
デビュー間もない山田まりあちゃんに
丁寧にご指導をされていて
陰ながら尊敬させていただいていた。

で、自宅で特撮のテレビやギララの映像を
見ながら、一旦停止などを押しながら
監督に解説会をしていただいた。
やっていただいた事も感激なのだが
その解説がなんとも面白い上に
才能溢れる解説だった。

あの頃は
16ミリフィルムで撮影し
時間がかかったのだと解説していただいた。
だからこそ出るアナログ感のある動きに
ぐっとくるのだと
自らポーズをとりながら
動きながら解説していただいた。

監督の撮られる映画は
特撮映画へのこだわりの下地があったからこそ
「ヅラ刑事」などは、
お笑いといったジャンルにくくられそうな
枠を飛び出したエンターテイメントに
なるんだなと思った。

河崎監督の作品は我々を
少年時代の頃の青春へ
連れていってくれる魔法のような作品を
作りあげる方である。

今やアナログの感覚とは逆の
3Dの時代である。
3Dの技術は今や何でも可能である。
あの頃に見た感覚を超えるまで3Dは
描く事ができるのであろうか?

監督には最新の技術で
アバターとは真逆の感覚の脳に連れて行ってくれる
作品を作ったらどうなるだろうと妄想した。

今後の日本映画の懐の広さを
世界から問われるなら
文学作品を多く作る事でも
ハリウッドに進出を多々狙う事でも
サムライ映画を作る事でもなく

河崎監督のような
コメデイー映画が日本で普通に売れ
大女優などがこぞって
出演したりする事だと思った。

そのために
みなさん是非
見ていただきたい。
河崎映画を!

2010年2月26日 (金)

自分の内から

自分のDVDなどを見るのが好きだ。
自分大好きすぎ!と言われても仕方ないのだが
見ながら
「あ~もっとオレおもろくなりたいな~」の反省50%。
「ええやん!オレ」の肯定50%

自分大好きってより
自分がかわいい100%なのだ。

今日も自分のをちょこっと見ていた。
見る前に期待値が低かったせいか、
不思議と反省はなかった。

過去の自分からパワーをもらう事もある。

外からパワーをもらう事もあるが
自分の内からもらう事もあるな~なんて思った。

今の自分を励ましてくれるのは過去の自分。
なら未来の自分を励ますのは、今の自分って事になる。



 

2010年2月25日 (木)

Twitterって何?

最近Twitterをよくやっている。

だがちょっとやっかいな事もおきている。

Twitterって何?って聞かれると
なんとも答えにくいのだ。

普通は「これ何?」と聞かれて答えにくいものは
流行らないとされるのだが、Twitterは違う。

新しいから例え用がないからなのか
答えにくいが流行っている。

MIxiとどう違うんですか?
これも良く聞かれる質問だ。

これも明確な答えはない。
あるとすれば、Mixiは日記で
Twitterは日記ではなく
「今、思う事をメモ的に書く」なのだ。

伝わりにくいな。。。

なので、
あまりにも聞かれるので
僕は、「ブログとチャットの間」
などと言った答えをしている。

その上、Twitterのどこが面白いの?って聞かれると
これまた答えにくい。

本当の事を言うと僕もよくわかっていないのだ。

僕の使い方は明確で、宣伝媒体のひとつとして
地上派のテレビに出演する時と同じ気持ちでやっている。
それは僕がこんな職業だからである。

が、一般の方は何が面白いんだろう?

Twitterの中で「何が楽しいですか?」と、
いろいろ聞いてみたところ

とある方は有名人に
返事してもらうのがうれしいと答えた。
有名人からの返事は嬉しいのはわかる。

とある方は適当に文字で
会話できるのでうれしいと答えた。
とある方はそこから情報を
えれるのでうれしいと答えた。

こういった方ばかりではなく
Twitterを始めたけどすぐやめた。

なんて方も多い。

ただひとつわかったのは、
やってる年代が40代くらい
しかも男性の方に多かった。

僕と同世代なのだ。

若い人や女子にはあまり人気がない。

すると
今の僕の考察は
40代になると、友達も減る。
考え方も、固まってくる。
自分が正しいと思う。
その正しいは職場では立場上、言えない。

また
新しい出会いなんてのは
所詮、もろい事は知っている。
なら始めっから、
友情なんてもろくてもいいといった感じで
適当に話せて自己主張できるこういった
「オレ様が正しい」と思う事を
書くのがTwitter。

ま、芸能人は「オレ様が正しい」から
スタートする職業なのだが。。

ここから何か生まれるかは、
まだ未定。

反論や自分の考察をコメントに書いてください

2010年2月24日 (水)

肩書き

今日恒例のT-1グランプリが下北沢であった。
トークの大会である。
この大会には、日頃聞き慣れない
肩書きの方が出場する。

今回もこんなラインナップであった。
映画キ○ガイ俳優代表、金儲け固執者代表、前立腺調教師代表 

こんな肩書きはタウンページにはない。
もちろんこの肩書きの方々の収入源は別にある。
ある種、サブの肩書きなのだ。

みなさんも普段はそれぞれ
肩書きをもたれてると思う。

最近では会社にも
よくわからないメインの肩書きの方もいる。
リードトレーナーだとかアソシエイトやアーキテクトなど
何をやってるのかさっぱり知らない。

そのさっぱりとは真逆のさっぱりわからない肩書きなのだが
はっきりいて怪しい。
本人も承知の上なのだ。
ある種仕事以外の趣味の部分の肩書きなのだ。
例えば夜のヒットスタジオをずーっと見てた方がいたとしよう
その方は「夜のヒットスタジオ研究家」と言い切った時点から
その方の立派な肩書きになる。

誰にだって趣味はある。
が、会社ではそんな話は御法度である。
自宅に帰り私服に着替えた瞬間から
個の自由と言うのは憲法で保障されているのだこの国は。
AVダウンロードのみ研究家だろうが、
ベランダから眺める風景研究かだろうが
他人からとやかく言われる事はない。

誰かに自己主張したい!
すごい!と言われたい!
へ〜と関心されたい!
正しい!と言われたい!
そんな方が舞台に上がり10分の間
自己主張する場である。

そんな肩書きのプロにトークを生業にする僕は毎回完敗する。

ここにくるとトークは技術ではなく
意気込みと覚悟だな〜と思う。

2010年2月23日 (火)

もっぱら夜中はオリンピック

もっぱら夜中はオリンピックだ。
テレビモニターが白い画面になり
まだまだ冬を実感さす。

米国の選手は
冬期オリンピックでも闘い方が面白い。

金のみを狙って闘いに挑む姿勢なのだ。
銀や銅はいらないといった姿勢である。

なので、大胆な演技をしたりして
失敗も大失敗をし
惜しくも最下位なんて選手もいる。
無難に銀くらいを狙うなどはしない。

勝負には勝ち負けがある。
勝つほうがうれしいに決まっている。
だが、ベストをつくして
負けるのも嫌いではないとの事を
米国のアスリートは言っていた。

勝負が自体が好きなのだと。

なるほどと思った。

また勝ち負けに
勝ち方、負け方にきちんとこだわるのは
勝負として思想がはいってくるので、
もっと面白いところだ。

負け方も守って負けたのではなく、
金を狙いにいって攻めにいって
大負けしたとなる人種なのだ。

守って大負けをした。。
なんて選手の告白を聞いてみたい(笑)

それも立派な負け方なのだ。
僕はそう言った選手に共感し愛情を感じる。

日本の選手にいてもらいたい(笑)

2010年2月22日 (月)

ヒュー

R-1の敗者復活戦がTVで放映された。
知り合いの家で大笑いしながらで拝聴した。

お笑いの闘いはスポーツと決定的に違うのは
「お客さんの笑い声」が審査の大半を占める。
オリンピックの競技に誰が
一番客席を盛り上げたかなどはない。
ので、R-1はお客さんの質も
込みになってくる闘いである。

僕の拝聴する時の癖なのだが
「このネタは海外でうけるかな?」
なんて頭の中を外国に変換して、見る癖がある。

で、海外のお客さんと
日本のお客さんの決定的な違いは
「ヒュー!ヒュー!」である。

海外ではネタなどが終わったとき
拍手またそれ以上によかったら
「ヒュー」と声をだす!

みなさんもアカデミーの受賞式とかで一度は
見た事があるだろう、外人の「ヒュー」

海外のお笑いの世界でも
お客さんは、「ヒュー」をよく言う。
お笑いとはいえ、芸人が最後に
「Good breth you Thank you I love U」
日本語に訳すと
「神のご加護がありますように。
 ありがとう。愛してます」だ。
この直後に「ヒュー!」
さすがに日本のお笑いで
こういった事を最後に言うと、
寒い。

ここまでいかなくても、
最後は考え落ちで静かに終わったり
ネタ終わりに挨拶もなしでふっと帰ったり
などのちょっとクールな演出をしたとしよう。
海外ではその演出が、ぐっときたら
「ヒュー」とお客さんが言う。

「ヒュー」でそのクールだったものが、
ホットに変わるといった具合になる時がある。
日本にはあの「ヒュー」がない。
「ヒュー」の習慣がない。

ので、ネタが終わったと見せかけない、
終わりの演出をしたり
考え落ちなどで終わった場合、
シーンとさし考えさせて終わる
となると、微妙な空気になる。

日本の場合はその微妙な空気をさけるために
「ありがとうござました」と頭を下げたり
終わったとわかりやすいオチを言い
笑いを誘う。

僕の個人的な意見だが
ナオユキさんのスタンダップはまさしく
ふらっと出てきて、きちんと整理された
論理で笑かし終わり方も
礼もなく、ふんわり帰っていくといった
西洋輸入型の演出であった。

西洋なら「ヒュー」と客席から来てるだろう。
だがネタが終わった後一瞬微妙な空気が流れた。
「え〜?」の声が出ていた。
この「え〜?」の疑問こそが
演出の面白さの妙なのだ
「え〜?」と思ったら、脳を通過させ「ヒュー」って言う。

これが「ヒュー」のシステムなのだ。

なので、あの後に「ヒュー」の声があったら
後味も変わってたと思うな〜などと
頭の中で変換しながら見ていた。

日本の演芸のお客さんの中心は女子である。
若い女子、いやそう若くもない。
西洋に比べ、
日本は、笑いをはしゃぎながら見るのが好きである。

そういった方々が対象ならあのようなクールな
演出は一生「え〜?」と微妙な空気になる悲しさがある。

お笑いのこういった審査ものは
客席を演出するのも重要だなと

イベントのひとつなのにまじめに思った(笑)

2010年2月21日 (日)

むしゃくしゃして

おっさんになったひとつとして
ニュースをじっくりよく見るようになった。

見てていつも思うのだが、
最近本当に嫌~な犯罪が多い。

ニュースはそういった事を
多く取り上げるからだろう
目によくつく。

また「むしゃくしゃして」といった理由で
犯罪行為に走るケースが多い。

僕もたまにむしゃくしゃはする。
だが、次に犯罪といったシステムにはいかない。

軽くぼやいておわりだ。

だがニュースでは
たいがいの犯罪は
「訳のわかない行動」として取りあるが
訳はわかっている。

「むしゃくしゃして」なのだ。

本当にわけのわからない事だったら
「M78星雲からやってきた宇宙人らしき物体が覆いかぶさって
 来て,二人場織りになってきたので、ラーメンを人にぶっかけた。」
なら、訳がわからない。

が「むしゃくしゃ」といった理由で犯罪。

これは、訳はわかっている。

単に犯罪者が
わがままが、まかり通る
通らなければ、暴力で!といった具合なのだ。
そんなわがまま野郎は、自決を望む。

ニュースでも、
春の訪れです。
といった時、ラッコが動物園で水ぴたぴたといった、
犯罪履歴ではない
何もおこらなかった事をニュースする
そんなニュースを見たいと
いつもニュースを見て思う。

2010年2月20日 (土)

毒舌について

北野誠さんが復帰された。
謹慎をされてた経過は
あまりよく知らないので
その事について書くのではない。

毒舌って事を記者に聞かれてたので
毒舌って何だろう?
についてかかせていただく。

僕もたまに毒舌なんて言われる事がある。
みなさんの周りに毒舌な方もいるだろう。

毒って何なのかを今日考えた。

毒はそのもの本体だけでは毒ではない。
毒は人間の体に回って効果が出たとき、
始めて毒が毒としての働きがある。

毒舌ってじゃ~なんだろう?
薬物ならまだしも、言葉の毒って何なのだろう?
言葉が脳に伝わり、
体に回って作用のある言葉。

その昔ビートたけしさんが
「赤信号みんなでわたれば怖くない」
とのギャグで毒舌なんて言われた。
考えたら「その通り」の事である。
ただ、言われて日本人として痛い。
その通りの事を言う、言われて痛い。
うまい事いうな〜と笑わないとしゃあーないのだ。
これが毒舌の毒って事なのだ。

よく悪口を言う方を毒舌などと言うが、
言われた側が「その通り」ではない事は、
毒ではないのではないだろうか?
また笑えない上に怒りすら覚える。

これは毒ではなく単に悪口である。

そういった意味では、
笑いに悪口はいらないと僕は思う。

言われて痛いが笑えるくらいの「その通り」が毒舌である。 

北野誠さんの自粛の件を
言論の自由が侵害されると
ネットなので書き込みがあったそうだ。

僕は自由とはそういった事ではないと思う。

自由などといった「何でもあり」がはびこった今、
自由の代償としての制裁はいる。
特に芸能界といった
自由表現が権威になった世界では
ぴりっとして大歓迎である。 

北野誠さんのいきさつは知らないが
いさぎよく自決され、
自粛と謹慎をなさった。

でも、他力のお助けがあって
また復帰されると聞いて
よかったとほっとした。

2010年2月19日 (金)

ひさびさアップ!

ブイゼンのムービーひさびさにアップ!

見てね!

これ!

 

僕にとっては大切な記憶の一つ

藤田まこと先生が亡くなられた。

藤田まこと先生は僕にとっては師匠であった。

とは言っても
お会いさせていただいた事もないし
会話も交わさせていただいた事もないが
師匠である。

僕はそんな方がいっぱいいる。
各方面、趣味や飲み仲間にも師匠はいる。

年下にだって師匠はいる。
女子にだって師匠はいる。

藤田まこと師匠は僕にとって
どのあたりが師匠かと言うと
あの方の芸能界の生き方と境遇である。

とあるインタビューでまこと師匠が
手なもんや三度笠の後は40すぎまで不遇だったと
必殺仕事人のお仕事から人気復活されたそうだが、
仕事人の主役はそもそも別の方だったそうだ。
その方が蹴った仕事をハイエナのように引き受け
代役で出演されたところ人気が出たそうだ。
やってみないとわからない事ってあるとの事だそうだ。

この「やってみないとわからない」にズキュンと来た。
ズキュンと来て失礼にも心の師匠にさせていただいた。
その日以来、僕は来た仕事は断らずやると決めた。

また師匠は
不遇時代の自分を振り返り
この世界は売れないと「石ころ」扱いだと評される。
この辺りの師匠の発言と僕の思想は違うが
師匠の言う事にNoは御法度だ。
まずはすべて受け入れ自分なりに消化しないといけない。

そうなんだ、自分は石ころ以下だと、
儒教のように戒めてくれるのだ。

師匠は絶対ではない。
その後はそれを乗り越えるって作業が必要である。

乗り越えなければ失礼である。

後、うちの親父と同じ年であったとこも、
親近感があった。

また偶然にも同じ年になくなられた。

会ってもいないのに
不思議とお会いさせていただいて
お話をしていただいた記憶が
失礼にもあるのは不思議である。

ホテルのバーのカウンターでなのだ。
これは安物のオカルトインチキな
話のように取ってはいただきたくない。
あくまで僕の妄想の記憶である。
ただその妄想の記憶も
僕にとっては大切な記憶の一つなのだ。

昭和と平成を駆け抜けていかれた
大阪が生んだ宝の喜劇俳優が
また西の空を真っ赤に染めておられる。

僕の心の記憶の中で
「やってみんとなんでもわからんぞ」
と太陽のように燦々と輝いてらっしゃる。

藤田まこと師匠、先生

お疲れさまでした。

ご冥福をお祈りいたします。

2010年2月18日 (木)

BGM

どこにいってもBGMがかかっている。
喫茶店、洋服店、ファミリーレストラン、スポーツジム。

屋内ならまだしも外でもかかっている事がある。
スキー場や海水浴場。

音楽カフェと銘打ってるところなら別なのだが
言い方は悪いが耳障りである。

文字にするとすごいきつい言い方になった。

音楽なのに雑音なのだ。

洋服店はひどい。
購買力をあげる作戦だろうか?
僕はあの音楽があるせいで
一歩でも早くでようと思ってしまう。

レストランもBGMが大きいところがある。
僕は、音楽はなしか歌詞のないBGMレベルの音がいい。
食事の時は、何も音楽のない
静かなほうがしっくりくる。
特に外などのスキー場などではシーンといった無音こそ
自然の音を楽しめるのにJ-popはきょうざめだ。

なぜだろう?
人は音を足さないと何か
もの足りなく、洗脳させらているのか?
テレビなども、過剰なBGMや笑い声が
逆に僕は冷めてしまう。

話は変わるが、
母親の胎内の中はラジオのザーと言う音
みたいなのが流れてると聞いた。
あの本気の雑音は、実は、安眠できるそうである。

不思議である。

本当の雑音が安心できて
人が加工した人を楽しますはずの音楽が安心できないなんて。

実は僕は寝るときは僕はラジオからの
本当の雑音を流して寝ている。

2010年2月17日 (水)

非国民

先日オリンピックについて
熱く偏ったメッセージを書いたせいか、
個人的にメールが何通か来た。

肯定派と否定派はいなく、心配派だ(笑)
僕の事を心配されてか僕のキャラではないと(笑)

確かに「日の丸」「日本男児」「大和魂」「愛国心」
などと書くと、およそ、戦争と、直結しがちなのだが、
愛国心と言っただけで「戦争反対です!」
君が代を歌う事が「お国の強制です!」と
言ってる方がいるが、
言ってる方のほうが、戦争といった
概念を引きずっていて、
その方と「だから!!」と
小さな戦争のようになる事がある(笑)

僕の事なら
心配ご無用!

愛国心の中にも
郷土愛や国家愛や文化愛や人間愛などが、あるので
そこらをごっちゃにする方のほうが怖いかなと。
僕の愛国心は、郷土愛と人間愛や文化愛なんです。
戦争目線だけで
愛国心と言う言葉を見ないでいただければと思います。
本来「愛」って言葉はやさしいものですからね。

で、オリンピックです。
僕は、オリンピックは
郷土愛もあってか、
日本の方がんばれ~!と思うと同時に

ロシアの選手のスケートはなんともすごいな~
フランスの女子の選手はええよな~。
なんてほうに興味がいく。

失礼は話日本のチームのプレーには
まったく興味がなかったりする。

また日本を応援しないといけないあの風潮がちょっと気持ち悪い。
メデイアが日本の選手ばかりをおっかけ、
しかも地味な選手やおっさん選手、
ぶさいくな選手さんは無視。

また國母氏ばかりを
いじめまがいのように報道するってな具合も
オリンピックを利用した
単なる数字かせぎには、うんざりなのだ。

(書いてる途中に國母選手の結果が
 発表された8位であった。
 個人的には1位を取っていただいて
 結果をだせばなんでもよし派と
 結果も過程のひとつ派との議論がよかったのだが)

スポーツチャンネルでも単純に
スイスや韓国の選手のプレーが
華麗であったりでもあまり取り上げない。
日本やった~~!初の予選突破!
誰ひとり
「日本は世界的にはまだまだ
 この種目の実力はないですよ」
なんて言うジャーナリストの方は出演出来ない。

日本の選手の「結果」ばかりを取り上げ、ん〜残念などといった報道にまったく興味がない。

僕はその点では、非国民である。

弱いものは弱い報道されてよし!

弱いが、その過程のドラマは世界一濃い!と
一方、文化が、作品にし勲章をあげれればと願う。

2010年2月16日 (火)

前悔

今日は以前番組で
ご一緒させていただいたヨッシー
旧正月の新年会(とは言いつつ遅めの新年会)。
月島でしっぶめの酒場で男二人酒。

気心知れた方との男二人酒は
酒がうまい。
が、ちょっぴり危険である。
酒が進んで後で次の日後悔なんて事は今まで経験済みだ。
後悔は後からするもんだ。
当たり前である。
先に後悔などっと言った事はするのだろうか?

そんな言葉あるのか?

「前悔」?

前悔を先にしとこうと思い
そこそこに済ませた。

話の中身も前悔をし
そこそこでって事にしたが、

案の定、8時すぎに会って
一軒目は、店の中が、客が引いて、がらがらになるまで
いさせていただいた。
その後、一軒行き、
その後は、ぐっと我慢して
11時30分くらいに電車で帰った。
電車でひっさびさ、こっくり寝ていた。

2010年2月15日 (月)

不言実行

そもそもが出不精の私は
用がなければほとんど家を出ないので
以前ここで近所を僕の家の持ち物だと思い
出かける事にしたと書いた。
とはいいつつ用がないと
なかなかご近所だから逆に
いつでもいけると思って
なかなかいかない。

僕の近所にしっぶい
お団子屋さんがある。
この地区で80年は
生きてそうな、しっぶいおばあさんが
切り盛りされてやられている。

前から入りたいと思っていたので
今日は、よし!と思い入ってみた。

外から見る感じと
中にはいった団子屋さんの感じは
まったく違っていた。
めっちゃ暗〜かった。

Always3丁目の夕日のあの懐かしさなんて
なめとんか!と言いたくなる程の
イスのがたつき、愛想の悪さ、終戦後の香りがする。
逆 Ayways。何丁目だろう?

僕の中でこのおばあさんは、
遠い親戚のおばあさんと言う事にして
思いきって話しかけてみた。

「おばさん!ここには、
 昔からいたはるんですか?」

軽く無視された(笑)
この時点で親戚のおばあさんから、
別の領土の国の方くらいの距離まで遠くなった。

黙って団子を食べてる最中
暖かいお茶を持ってきてくれた。

「あ、すんません。おいしいですね。」

また無視(笑)

このおばさんが現世の方ではなくなったくらい
うっすら透明人間になった。

食べ終わったら黙って団子をひとつサービスしてくれた。
透明からくっきりおばあさんになり
どことなく自分のおばあちゃんっぽくみえた。

「ありがとう。また来ます」

「はい」

とだけお返事。

返事くらいせえや!と思った私があほだった。
考えたら、ミッキーマウスが話すか?

あのおばあさんをのミッキーならぬ、
実写の三木〜のおばあさんと思う事にした。

不言実行を実写版のミッキーならぬ、
三木〜!おばさんから教わったと思う事にした。

2010年2月14日 (日)

お金に関するうんぬんかんぬん

今、納税のうんぬんかんぬんをやっている。
毎年この季節がやって来るたびに、頭が痛い。

節税で頭が痛いのではない。
その逆で収入の少なさにも頭が痛いのではない。

単にお金に関する事にどっぷり関わるのが頭が痛い。
我々の職業は安定がない。収入はもちろん不安定である。
なので、お金はあればあるだけいいと思っている。
なんなら、欲しい。目一杯欲しい。
じゃーどれくらい?
って提示しろって言われたとたんに頭が痛くなる。

ここである。
きっちりいくらかを提示する時期だ。
これは法律で決まっているからやっている。

いっぱい儲けた方で脱税をする方がいるが
その方の意味がわからない。
何のためにさらにお金がいるのだろう?

考えたら
弟子の頃はまったく収入がないに等しかった。
レギュラーを持ってた時期もありそこそこ収入もあった
レギュラーがなくなった時期には収入があまりなくなった。

ただ、僕の考える事は何ひとつ変わっていない。
目の前の方を喜ばそうと必死な事は変わっていない。

この時期が来るたびに、
お金って何のためにもうけるのか?
趣味に使うためなら、趣味が仕事ならお金は何なのか?

お金より大事な事はあるって言うが、
それは本当か?
それがわかるために一度お金が有り余るくらい
もうけなければいけないのか?
その儲かったお金は何のためか?
と、一回転ぐるんってする。

が、お金は何のためなのか?も
税金の額と同じくらいきっちり提示される。

ここに頭が痛くなる。

でも年に一回くらい、確認の意味では、いい時期である。

領収書が家に散乱している。

2010年2月13日 (土)

この国のかたち

あまりブログではニュースの
出来事をひっぱりだして思想を
語る事を避けてきたのだが
これを皮切りに
そろそろ書こうかなと思っている

冬季オリンピック五輪の
國母選手の服装の乱れについて
問題になった件について書かせていただく。

見ていて悲しくなった。
悲しくなったので殴り書きさせていただく。 

服装の乱れだが、
問題になって当然である。

日本国に選ばれ行かせていただいてる
世界のスポーツの祭典なのだ。
民間が主催のプロ選手権なら、
かぶり物をやろうが、
鼻にタンポンつめていこうが 
キャラなのだろう、どんな
ファッションをやってもいいが
今回のは、国家の予算
しいては税金も使っての事なのだ。
まずは、日本の国の規定に
従わなければいけない。

オリンピックとは
そういった国家を背負ったもんだ。

東海大学の監督は何をやっているのだろうか?
あの大学は教育をきちんとやってる場なのだろうか?

また注意された時点で
素直に謝らせなければいけないのに
舌打ちをし、
「反省してま~す」との対応は
この国のけじめとして
国家としての毅然とした注意をやっていただきたかった。
お偉いさんには、許していただきたくない。
今までの経費を返金の上、罰金である。

世界にこの国のけじめをニュース報道するべきだ。

ああいったファッションをやりたいんなら、
彼が、主催をしヒッポホップスノーボード大会みたいなのを開けばいい。
そこの場で服装の乱れなどと言ってる世間は間違いだ。
自由である。 

出来るなら、日本に召還しこんな大事になるのだと
日本の国をなめきった若者に忠告してもらいたい。

僕はオリンピックは、国の品格や道徳も守った上で、
さらに勝たなければいけないといった、
「どんなけハードル高いねん」といった祭典だと思っている。

そんな大会嫌や!というなら出なければいい。 
税金の無駄使いである。

ここからは、僕の偏った意見だが、
あの反抗は本当に格好悪い。属に言う「痛い、痛い、」
ドレッドヘアーにパンツをずりおろす!
ジャマイカンを真似たファッションなんだろうが、
ジャマイカンの方へも失礼である。
髪型は百歩譲っていいのだが、制服はきちんと着ないと。
制服だから。
本物のドレッドヘアーのジャマイカン方なら
公のセレモニーの場では制服はきちんとするだろう。
ジャマイカンの方まで悪く思われると難儀である。

もっと偏った僕の意見をかかせていただくなら、
その昔、日本男児の侍(サムライ)は
自問自答し、自分の過ちは、自決したもんだと聞いた。
腹を黙って自分で切ったと聞いた。
なんとも美しい世界である。

ならば、

自腹で帰っていただきたい。

自分でHISで格安チケットとって。 

2010年2月12日 (金)

ロボットよりロボ

今日半蔵門まで
今後のデジタルの方向についての
インタビューをうけてきた。

漫才ロボでお世話になってる
NECのOさんとご一緒にいかせていただいた。
Oさんが隣にいていただいたので
好き勝手に散らかし放題のトークが出来た。

話していくうちに、整理される事もあってか
「ロボットって今後はどうなる?」
の大きなテーマに
僕は「ロボットよりロボなんです」と。
あくまでロボと言わせていただいた。
ロボットって言うとお堅い
男子の理工系の香りがぷんぷんするが
ロボと言うとどことなくやんわりする。
また、新たにロボをつくるより、
今ある電化製品同士やら何やら、全部、しゃべったり
ギャグやったり、ロボ化してもらいたい
など好き放題言わせていただいた。

インタビュアーの方の
話しやすい雰囲気もあって
約3時間みっちりお話をさせていただいた。

0さんとも終わってからお話したが、
まとめるのが大変そうだが、
こういったのをまとめたのを
後で見るのも楽しみだ。

2010年2月11日 (木)

芸術

文化庁のメデイア芸術祭を見に行ってきた。

文化庁と名前がつき、
また芸術と名前がついてるものあって
敷居が高いかな~と思ったが、
行くとそうでもなく、
お笑いの僕でも楽しめる
芸術祭であった。

このような芸術と名のつくものを
見に行くといつも思うのだが、
とにかく、こじゃれている。

田舎もんの劣等感を感じてしまう。
「お前にはわからんやろ感」を
放ってるのだろうか?
僕の単なるひがみなのだろうか? 
はたまた、やってる側が
芸術って何なのか、
わかってないのだからだろうか?
どこかのお国のまねごとなんだろうか?

失礼。。

でも今回のこの芸術祭は、
劣等感はあまり感じなかった。
作品の数々が面白かったからである。

今後もっともっと作品が面白くなって
文化庁がどう扱っていいものか
わからないくらいの
ぐっとくる生々しい面白いものが見たい。

芸術って言葉が芸術の進化を止める事もあるな~
なんて思いながら拝見した。 

よくわからない芸術といった
こじゃれた敷居がなくなったらいいのになんて願った。

2010年2月10日 (水)

内向的

川花月の合間にM-1で優勝した
パンクブーブー君と
喫煙所でトークをした。 

M-1優勝前と後では状況が
どう変わったのか?聞くと
いままでと同じ景色が
違って見えるそうだ。
スケジュールから収入から
何から何まで違うらしい。
威力のある大会だと改めて思った。

さてここからである。
若手の頃はネタを10分間と言う時間の中
2人でやってればよかったが
メデイアに呼ばれて出演するとなると
2人だけではない。
またお笑いの世界から芸能界の世界になる。
今はお笑いの方が
多く芸能界にいるので
あまり遠くもない世界だが
まったくの常識が違うのだ。

芸能界独特の社交性を求められる。
この社交性はネタをやる作業とはまりで違う。
お笑いのネタを作る方には、
内向的な方向が必要である。

今のメデイアは社交性を求められる。

のでメデイアに一旦出れば
四苦八苦の始まり、
出続けないと「終わった」なんて言われる
のは、僕も経験済みなのだ。

本来、お笑いは、
社交性が欠けた方がクレイジーな事を
夜中に一人悶々と考え光る世界なのだ。

そこの世界で億万長者になれればいいが、
まだ人々はそこまで
求めていないのが現状だ。

彼らとは、内面的なトークをした。
「九州の女性を考察する」といったテーマで。
これがまた、面白い。
このようなお話はどこでも出来ない。
AMラジオでって事になりがちだが
今はラジオでも内向的な話はできない。

現状、内面的な面白い事は本などの
活字媒体でしか見れないが、

I pad や新しいハードの出現では
内向的な方の内面的なお笑いで輝ける世界を
今後は期待したい。

2010年2月 9日 (火)

コメントにコメント

コメントにコメント

Q お笑いブームが長く続いていたと思いますが、
エンタの神様が終わることは、ひとつの区切りになるのでしょうか。

A お笑いブームと言う世間の捉え方ですが、
ブームと名のついたものは近く流れていくものです。
僕は今の「お笑い」は、ひとつのブームなどではなく、
今の状態で普通だと思っています。

願わくば、お笑い芸人だけではなく、
食や建築や音楽などあらゆる芸術に、
ユーモアが含まれたらな~と思っています。

ただ、芸人がふざけて
お客さんが笑うって事だけが「お笑い」とするなら
ブームでもいいと思っています。

エンタの神様はブログで書いた通りです。
お笑い界にとってひとつの区切りになるかどうか?ですが
ならないと思います。

あの番組のスタッフならびに出演者にとっては
ひとつの区切りじゃないでしょうか。

Q YouTubeでややうけちょいうけの動画見ました! 

A はい。
村上ショージさんとの漫才ユニットです。

この名前ですが、村上ショージさんの
ひとり会でお客さんと一緒に名付けましたが
村上ショージさんは、名前をたまに忘れます。

またどっちがややうけでどっちが
ちょいうけも決まっていません。

「名前変えよか」とよく本番前に言っています。

それくらいゆるいところで楽しさ余って
やらせていただいています。
同じネタをお客さんと遊びながらやる
と言う事の大切さがわかる舞台です。

Q Sー1ってほとんど知らないのですが、
そのために作った動画を集めて
DVDを発売するのですか?

A S-1とはソフトバンク主催の
3分以内の映像版のM-1みたいなコンペです。
そのために作ったのですが、
面白くなってきてそのためを超えて
100本以上にもなりました。
ほとんど落っこちました。
落っことされたとはいえ、
僕にとっては大切な化身です。
DVDにするのか、本と一緒にくっつけるのか?
出来るだけ多くの方の手元に届き、
見ていただく事を考えています。
これを僕は洒落で成仏と言っています。
今一番みなさんの手元に届きやすい
成仏の仕方を思案中です。

Q 今月24日に行われる、トークナンバーワン決定戦に、
出演されるというのは、本当ですか?

Aはい、
今のところ出演予定です。

このイベントは、なべやかん君が
主催するトークイベントです。

タウンページにも載っていない
肩書きの方が10分といった枠の中で
好きさ余ってお話するトーク好きのイベントです。

ここでは僕はお笑い的なオチは
出来るだけ排除してお話しています。
「お笑い心理学」「お漏らしデビュー」など
聞いてて少しためになるような
お話をチョイスしお話しています。

本当は何もためにならんお話で
面白い話が出来たらいんですが、
そこの技術にまだ至っていません。

2010年2月 8日 (月)

空気読む

来月の頭に「空気を読む」についての
考察発表もお呼ばれしている。
「空気を読む」って事を
人前でお話するといった具合である。

このような考察会は、なぜおこなわれるか?

将来コンピューターが空気を読むように
といった研究をされてて
何か一石を投じてもらえないかとの事だ。

これについて日々考察なのだ。

そもそも空気を読むだのKYだの言うが
この正解は何だろう?

空気といった言葉を使うと
絶対的な威力を発してしまう。

この化け物のような日本語を
きちんと論理立て整理中なのだ。

会社の会議で社員が
議論し決まりかけた事柄を
偉いさんが急に入ってきて
最後に一言、真逆の意見を言った
「さ!何か意見のある方」
と言われて、みんなだんまり。。。
結果、偉いさんの意見に決まる!
「なぜあそこで反論できなかったのか?」
と聞かれ
「とても言える空気ではなかった。」
って事になる場合がある。

この場合「空気」のせいにする事があるが
細かく言うと
「とてもあの偉いさんには怖くて逆らえない
 なぜならあの偉いさんは
 自分の意見にNOと言う事を
 単に嫌うあほである。
 自分がNOと言おうもんなら
 首になるのが嫌だから言えなかった」
である。
これを「とても言える空気ではない」と
空気のせいにすると変に納得しまってる場合がある。

こういった事は空気で片付けるのはちょっと違うと思う。

じゃー本来「空気を読む」といった
行為は何なのか?

山本七平と言う方が
「空気の研究」と言う本をだされてて
なぜか僕の手元にある。

再読しているが難しくて何度も読み
納得した部分と疑問点を今書き出してる最中である。 

2010年2月 7日 (日)

カメムシ

ルミネ劇場の合間の時間は
本を読む事にしている。
本当はトークしたいのであるが
ふと楽屋を見渡せば後輩ばかり
最近は若い芸人さんの数が多いとあっては
親しくなる確率が低くなる。
ので自然と本が話し相手といった
地味な事になる。

ちょっとした合間に立ち寄る本屋さん。
図鑑のコーナーに行く。
昆虫図鑑をぱらぱらめくってて
声を出して笑いそうになった。

「カメムシ」だけでも実は200種類以上あって
その中に載っていたコラムみたいなのがあって
メスが、産んだ卵を守るなんともかわいいなんて
真剣に書いている。 

カメムシが200種類以上もあるなんて
この図鑑を見ないと知らなかった。

外に出向き発見する事が多かったが
このように今まで一種類だと思ってた事が
実は何種類もあって多種多様だと思わされる。

外に行くのではなく、今まで通過してきた
たいした事ないな〜なんて思ってた事など
きちんと見たら多種類あるんだろうな〜と思った。

2010年2月 6日 (土)

神々

エンタの神様が3月いっぱいで
終わると聞いたのもあってか
今更ながら番組を見た。

この番組のすごいところは名前につきる。
名前に神様がついている。
こんな大それた名前が
ついていたとは、
始まった当初から思っていたが
改めてすごいと思った。

エンタの神様から世に知れていった芸人さんは
仲間内では「エンタ芸人」と言われていた。
これは半分区別をされたような言われ方で
かわいそうだなと思っていた。
でも、「神様芸人」とは誰も言われていなかった。

で、結局、
エンターテイメントや神様って一体何だったんだろうと思った

見てる方の中には、
エンターテイメントの神様は
お笑いが絶対で、
笑えないものはクズと見なす方もいる
いわば、お笑い一神教。
また、笑えないものは
攻撃するといったお笑い原理主義の方もいる。
この他、特定の芸人原理主義の方もいる。
原理主義は何にせよ視野が狭いのでやっかいだ。

多神教のこの国ではエンターテイメントの神様は
多種多様でお笑いだけではないという考え方もある。

ま、そこまでの深い意味の番組名ではないのだろうが
あえて深く考えてみた。
考えてみると、
えらい名前の番組だったなーと思った。

どういった経緯で番組が終わるかは知らないが、
テレビ番組は
たいがいは、視聴率や予算の問題なのだ。
番組にとっての神様は、視聴率なのだろうか?
スポンサー様なのだろうか? 

「エンタの一神教の神様」ではなく
「エンタの多神教の神々様」として
お笑いも含め、それ以外のエンターテイメントなものが
多々出演する別に笑い声などなくとも
心にぐっとくるような出し物が見てみたい。

というより
そもそもエンターテイメントって輸入された言葉自体
一体何なのか、はっきりもさせたかったが。。。

2010年2月 5日 (金)

とうとう来たか

気づいたら去年S-1用に編集した動画が
100本以上になっていた。

ちりも積もればなんとやらである。

3日に1本は動画を作ってた事になる。

それをどうしようかと、
Fさんと食事しながらの話し合い。

まだ、時間的に作った時の
苦労の思い出が抜けていない。
時間かけて作ったのは、
どうしてもかわいく思えて仕方がない。
が、他人はそんなものは、関係ない話である。
その僕の念みたいなのは、時間が経たないと抜けない話だが。
デイレクターに抜いてもらってばっさり切り落として
いただくのも手だ。
その他、アメリカ時代に自分撮影した
なんちゃってドキュメント映像なども
作品にしましょうかなんてお話を。。。

ただテレビのように
視聴率なんて曖昧な話ではない。
DVDを出すならお客さんに売る
といった生々しい作業も含めて
ゴールまでの道のりをお話した。

僕にとってこの道は
今後は避けては通れないが
望んでだ道でもある。
とうとう来たかと
いった感じの夜であった。

2010年2月 4日 (木)

公と個

T-1グランプリの審査で
お世話になってるSさんと
PlayersのWさんとのいつものチーム会食。

目黒の時津洋と言うちゃんこ料理屋さんへ。

この店は全日本女子プロレスの
元リングアナの今井さんが店長だ。

店員に元プロレスラーで
今はお笑いの脇澤美穂さん!
後、ミゼットプロレスの
ブッタマンさんがいた。

父が有名なミゼットプロレスの方で
ドリフにも出演されていたらしい。
父と同様プロレスをやられている。

今はうるさくてメデイアには
出演させていただけないとおっしゃっていた。
本人はメデイアに出演しツッコまれ
笑われ笑かしたいらしい。

米国ではお笑いの映画などには
ミゼットの方は登場し思いっきりギャグをやる。

「そんな事をしていじめにあったら」
と、この国では他人事の心配を持ち出して抗議する方がいるらしい。
で、メデイアもややこしいから
やーめとこ!ってな具合が本当にあると聞いて驚いた。 

確かに子供は真似するだろうから
無料の地上派のテレビでは規制があってもとは思うが
お金を払って大人が見るものにも抗議があるとは思わなかった。
この国はパブリック(公)と
個人がぐっちゃになっていると改めて思った。

店長の今井さんとブッタさんの言葉の掛け合いは
僕には、まだまだ強烈であった。
僕が同じ言葉でやり合ってもまだ笑えない。

そこには、信頼関係や愛があるか、ないかの問題である。

突っ込んでください!と頼まれたが、
僕は、もうちょっと知って時間経ってから
つっこませてくださいと言った。

才能のある場所にくると
ブログでは書ききれない出来事が山のようにおこる。
面白かった。

あ、味もおいしかった!

2010年2月 3日 (水)

節分

節分だ。

節分を説明しろと言われると難しい。

立春の前の日と言う意味だが、
立春の説明が難しい。

なんせまだ寒い。
というか今が絶頂の冬の気温だからである。

立春は、旧暦で言うところの春になった最初の日らしい。

旧暦の説明が、これまた難しい。
旧暦は月の満ち欠けをもとに作られていたらしい。
いまは太陽の満ち欠けで日を数えるらしい。

「鬼は外!福は内!」も地方によって違うらしい。
なぜ、違うかは知らない。
豆まきや恵方巻きもきちんと説明できない。

が、豆や巻き寿司は一応買ってきた。

見よう見まねで食べたり豆を炙ったりした。
今はネットがあるから情報は入りやすい。

大人になったのに、きちんと説明できない。

まだまだ子供だ。

2010年2月 2日 (火)

会食

今日新宿のパークハイアットで会食があった。

年末の特番でご一緒させていただいた
「道とん堀様」の方々と会食であった。

番組終わりにお名刺をいただいたので
お礼のメールを書かせていただいたら
ご丁寧に会食をご一緒にと誘っていただいた。

番組ではお好み焼きの試食を
させていただいたのだが
おいしかったので
プライベートで食べに
いきたくなりご連絡をとらせて
いただいたら誘っていただいた。
恐縮である。

わざわざ個室をとっていただいて
豪華懐石料理であった。

個室なので個人的なお話が出来た。
暴露みたいになるといけないのと
営業秘密なので
あまり詳しい中身をかけないのだが
全国に店舗をかまえておられる中
味も接客もほぼ同じなのに
お客さんがすごく入る都市と
まったく入らない都市があるらしい
民俗学者の頭の知識で
あの県はどう!などといった事も好きだが
今現在のお客さんの入りなどから
県民性についてお話するのは
すごいリアルだ。

また、フランチアイズを展開される企業の方は
ここまでもいろいろな事を
整理して展開されているのには
頭が下がった。

お支払いもわからないうちに
済ませていただいて
またまた頭が下がった。

一流のサービス業の方々は
個人にむけてのサービスも一流であった。

2010年2月 1日 (月)

今日、東京が雪になった。

天気には予報がある。
朝予報を見たら夜に雪だと書いてあった。
朝は晴れていた。

な!あほな!なのだが、午後から曇り雨になり案の定
雪になった。 

テレビでしきりに首都圏は雪だと警告があった。
東京は災害に弱い。
田舎では雪は災害のうちにはいらないだろうが
東京では雪はプチ災害になる。
交通機関が麻痺する。

案の定、町に人も少なかった。
友人と夜食事をしたのだが
帰りに友人が雪道でつるんと転けた。 

なかなか東京では雪を見ない。
なので、僕も子供のように友人とはしゃいだ。
真っ黒の泥まじりの雪だるまを作ろうと思ったが
あまりにもの寒さと雨まじりの雪に
さっさと家に帰った。

雪やこんこんあられやこんこん
降っては降ってはまだ降り止まぬ。
犬は喜び庭駆け回り猫はこたつで丸くなる。

といった歌があるが
近所の犬はぶるぶる震えていた。

人間も犬も都会では自然にもろい。

2010年1月31日 (日)

ロボマネ

I padなるものが発売された。

I podといい、I padといい
アップルの製品である。

僕のI padの興味は
電子ブックといったものが見れるらしい。

どんどんデジタル化し持ち運びが
便利になり個人向けになり
その中で生活が出来ていく。

悲観的な展開もあるが
今回は角度を変えて
楽観的な展開を書かせていただく。

なんともすっきりしたものが出来上がった!

これは作り手側からしても画期的だと思う。
まず、倉庫がいらない。
ので、自宅で本が作れ
みなさんにダウンロードしてもらって
チャリン!なんて時代はもうすぐ目の前だ。

形も文庫本くらいの大きさの
I padもそのうち出来るのだろうか

出来たらいいのにと思う。

何よりすごいのは、
I padと言った言葉自体が世界共通語になる
これがすごい事だと思う。

さて今後は電話に関する問題である。
最近は、家の電話がほとんど物体。
携帯電話で済ますようになったのだ。

Skypeなんてのが出来てからは
特定の人間とは無料でしかもカメラ付きでしかも
海外の方と会話が出来る。

もうそろそろ
携帯電話なんて言葉も
死語になる日があるんだろうなーと思う。

僕は何年も前からロボを推薦している。
キャッチコピーは
「電話で話す」のではなく「電話が話す!」
電話自体が、なんでも用件を話してくれる。
スケジュール管理、もうある種、
マネージャー。

ロボマネ!

これが携帯で持てたらいいのになー。

日本からウオークマンのように
世界共通語になる
とんでもないものがまた出来たらいいのに!

ロボマネいたらな〜。

2010年1月30日 (土)

結局「生」

デイズニーの
カールおじさんの空飛ぶ家を観てきた。
3Dの眼鏡をかけて観た。
アバターも3Dだった。
3Dと言えばディズニーランドで観た
マイケル・ジャクソンの映画だった。
その後梅田のポルノ館で
3Dの実験ポルノを見に行った。
これは、何も3Dにしなくてもと思った。
考えたらこの現実がすでに3Dだ。
ファッションマッサージにいったほうが3Dだったと思う。
これからは3Dに映画がなるそうだが
お笑いの3Dは、結局「生」と言う事になると思う。

あ、そうそう。

S-1の2月出場者発表とR-12回戦の発表があった。

見事!落選!

これはこれでよし!

人が判断する世界で判断されたのが、この結果。
真摯に受け止めるが、後悔はなし。

僕の中では、なかなかいけていたのだから。
こういったのは現象である。
日々流転するのだ。

僕の好きな言葉だが
「ドン底だと思ったらもっと掘れ!」

足下をまだまだ掘る!
現象がおきるまでコツコツと

以上!

あ、そうそう。。
今日僕の誕生日だった〜〜〜。

Happy birthday to me(矢沢風)

おめでとう俺!

バカボンのパパよりひとつ年上になったのだーーーー!
これでいいのだー!

2010年1月29日 (金)

フィルター

みなさまからの励ましの
コメントありがとうございました。

ブログってプラーベートな事を書く場なんですが
考えたら本当のプライベートな事は書いてないですね。

例えば女性関係についてや
時事問題について物思う事などは
どこか自分の中でフィルターを
かけてしまっていますね。

そのフィルターって
何かな〜なんて思ったりしてね。

僕の場合は書いた事で
他人様が迷惑になるような事は
ちょっと避けたいな〜と思ってね。
とは言っても、誰かに迷惑は
多少かかるもんです。
これは仕方ないのですがね。

暴露的なお話や悪口は
書いたら喜ぶ方もいるのでしょうが
極力それは避けたいなと。。。

少ないですが、ここにたどり着いた方が
僕のブログ読んで
ちょっとでも気が休まれば御の字だと思い、
コツコツ書きますね。

今回も親父の件で色んな方々から
個人的にメールいただいてね。
前につきあってた音信不通の彼女からも
こそっとメールいただいて
「乗り越えてください」なんてね。

みなさん本当にご心配をおかけいたしました。

みなさんの励ましの期待を裏切らないように
またご恩をお返し出来るように活動させていただきます。

みなさまもくれぐれもお体は大切になさってください!

2010年1月28日 (木)

Sayonara Arigatou Final

22日に僕の父が亡くなった。

このような事をブログで書くのは戸惑った。

なぜならブログでは日々の記録を書くのが
プラーベートな事を書くブログとはいえ、
書ける範囲のプライベートな事を選び書いている。
なので出来るだけ楽しんでいただけるような事を書いているつもりなので
悲しい出来事を書いて、みなさんを悲しませるのは
どうかな〜と思ったからである。

後、覚悟はしてたものの
実はまだ半分は
受け入れられていない気持ちは正直ある。
だが、みなさんも生きている限り
必ず体験する事である。
そのような気持ちをみなさんも抱え
強く生きてらっしゃるので
悲しいのは特別僕だけではない。
なので大げさにも書きたくない気持ちもある。

また父の遺言で自分の死で他人様に
迷惑をかけたくなく内密にしてもらえたら
って事も書いてあった。
いろんな理由があって書くのを戸惑った。

後、話はややこしくなるのだが、
僕もこういった事を書いた事で
悲しまれ同情されるのは気がひける。

なんなら多いに笑っていただくほうが
僕にとってうれしいが
正直、そうなるまでには
僕にもう少し時間が必要だ。

だが、こういったブログやTwitterといった
今何をやって、どう思ってるか?を
自由に書き込む時代なのだ。

昔なら黙ってたら報道されない限りバレない。

が、今は違う。

このあたりの時代の流れなど
整理もついてないまま
Twitterにはお通夜や葬式の時の心境をささやいた。

Twitterを見た方がブログのコメントに
書いていただいて
少ないが心配もしていただいて本当に恐縮である。

まだ もろもろ整理がついてない状態なので、
笑かしたいんやら、悲しみたいんやら
ようわからん文になっている(笑)
みなさんに少しでも楽しんで
読んでいただけたらとの思いで書いているが
読み返すと、めっちゃ重い感じになったりしている。
これこそが僕のありのままのややこしい自然の僕なのだ(笑)

生意気な発言ですが、僕への心配は大丈夫です。
お気を使っていただいてありがとうございます(笑)

これを読まれた方は心で少し父ににこやかに
微笑んでいただくと、父も喜んでるかなと思います。

亡くなる報告をうけてから、今日までを
東京に戻った今PC前で綴りました。
22日から順番にお読みください。

ここからです。

2010年1月27日 (水)

Sayonara Arigatou part6

今日は、母親と2人ずーっと一緒。

朝早く起き、線香をあげて手を合わす。
親父は生前と同じく写真でもきっぱりと起きていた。

不思議と僕は親父の写真に向かって話しかけている。
父が生きていた頃より父に多く
話している自分にびっくりである。
父は「お前!嫌われるなよ!」と
僕の心の中で儒教の説教のように言ってる。
生前なら「わかってる」と反抗して言ってたのだが、
今は「もう気にせんでええで。ゆっくりしてな」と話しかけた。

昼は姫路市のスリースリーと言う
洋食屋さんでハンバーグ定食を母と食べた
「ハンバーグってあたしゃ子供か!」
なんて言っていた母親だったが
ぺろりと食べていた。
どないやねん!

母親がここ数日気が張っていたのが慣れていたせいか、
まだそわそわしていて、気が立っていた。
何かしてないと不安なのか、
母親が僕が3歳まで住んでいた
親父の父親の家に行こうとプチ旅行。

つるべさんの家族に乾杯のようんな2人ロケ。

母親が道を知らずに迷いに迷いやっと探しだした。
僕はまったく3歳までの記憶はなかった。

夜は近所のイタリアンレストランで食事。

夜、母親が寝た後

親父の写真の前に正座をしてまた親父と会話。

まだまだこれが100%現実なのかと
疑いも実はあった。
親父が「はよ寝えや!」と扉を開け
どこかにいそうなのだ。

とはいいつつ、
時間が経つに連れ 
                                       現実が寂しさとなってにじみでてくる。
反面寂しさを取り除きたいとも思う。
その反面取り除くと父を忘れるので
寂しいままでいたいとも思う。

この相反する気持ちは誰もが
黙ってじっと抱えながら生きていく。
またその辛さを乗り越えてこそ大人である。
と聞いた覚えがある
この言葉が何より心にしみる。

「親父はいなくなったが、
 逆に僕の心にしっかり生きている。
 悲しいがうれしい事でもある。
 今日から私の心の中に
    しっかり生きるのだら」
上岡師匠のお父様が、亡くなられた時、言っておられた言葉。 

「今は僕の心で生きている」
何度も何度も自分に言い聞かせた。

何かあってこの世に生んでいただいた自分の命。
親父の写真に向かって
「まだまだこの世で親父みたいにがんばるわ。」
と、強く心に誓う。

本当にこの親父の子供でよかったと思った。
また親父は幸せな人生だったと思った。

その後、生前「お前にやるわ!」と言っていた
形見のロレックスの時計を腕にはめた。

が、早速、次の日、
僕は、ちょっと遅刻した。。。。

やっちゃった。。。。

親父ごめん。。。。

2010年1月26日 (火)

Sayonara Arigatou part5

お葬式から開けた翌日。
晴れ。
親戚にお礼を言いに行った。
この後の儀式の段取りを組むため
段取り込みの食事会を親戚同士でやった。
ここで一番若いのは僕だけである。
母親の兄弟や父の兄弟達が、会話している会話は
「あの〜なんやったかな?」
「あの!ほれ!」
脳の回転が遅くなっていたが
母親の兄弟との会話を聞いていると
昔はこんなのだったのかと 
タイムスリップして覗き見した気分になった。
母親は兄弟の中では、ツッコミであった。

昼から母親と駅前をぶーらぶら。
買い物があるからつきあってくれと言われた。

こんな事をするのも、何年ぶりであろう?
中学校の時以来かもしれない。

生前の父の最後の言葉で
「わしが出来なかったから母親を楽にさせたげてくれ」
と、言われた言葉が重くのしかかる。

母親の兄弟の方々に相談すると
「ま、電話をたまにしたげて!」
との事だったが 心配なので、明日も母と、家にいようと決意。

「おかん!心配やから明日もおるわ!」と言うと、
「心配なんはこっちやわ!お母さんあんたには負けてへんで!
  あんたは何がほんまで何が嘘かわからんような人生やからな。」

母親はお好み焼きを食べながら
コテを僕のほうにむけながらド!説教をかましてきた。

気は強いが、小さくなった母親。
咳き込む母親。

いつかはこの母親とも別れがくるのかと思ったら
めっちゃ泣きたい泣きたい心境であった。 

2010年1月25日 (月)

Sayonara Arigatou part4

ひさびさの家族だけの宿泊は
僕が小学校3年生以来だったので
おっさんになった僕、年老いた母、おっさんの兄貴
何か感覚は子供のままで
おっさんのぬいぐるみを着て話しているみたいな気がした。

また何より式場の方々の手際の良さとお仕事ぶりには
感動である。

親戚も集まり、家族葬と言ったお葬式が始まった。
お坊さんが、ぎりっぎりに到着。
兄が「遅刻ちゃうの?」などと言って僕を和ませてくれた。

そして棺に花を添え、出棺前に
最後の言葉を号泣しながらかけた。
何ひとつ親父に対して生きてる間にやって
あげれなかった事が多かった事を悔やんだ。

喪主の兄がハンカチをそっと渡してくれた。
母親が悲しんだら父が行けないからと僕に助言。
僕は母親の言葉で体の心棒が太くなり
感謝を込め
「お疲れさまでした。今までありがとう。お父さんの子供でよかった」
と見送った。

一通りの儀式を終え納骨まで待合室で待った。
親戚の方々や家族の方と団欒。
ここでも子供達の笑顔に僕は救われた。

納骨を終え帰宅。

兄は仕事を再会。

僕は母親と何年ぶりだろう
夜の食事に出かけて
父との生前の思い出や闘病の思い出を聞いた。
恋愛の話の時には、こっ恥ずかしかった。
看護師さんに「薬のかわりに焼酎を点滴にいれてくれ」と
病院で本気で言ってたと聞いて、
まじめであったが、そんな事を言う親父に爆笑した。

2010年1月24日 (日)

Sayonara Arigatou part3

朝仕事から帰ってきて寝ずに
お通夜の式場に東京から実家の姫路市に出向いた。

駅には兄が迎えにきてくれた。
兄は車の中で明るく
「ま、仕方ないな」と勇気づけてくれた。

が、まだ父の顔を見るまでは現実味はなかった。

式場に着いた。

母が部屋にいた。父が寝ていた。
父の顔には白い布がかけられていた。
僕は、顔を見るのは正直怖かった。

母が父の顔の白い布をめくった。
僕は言葉がでてこなかった。
あまりにもリアルで
現実なのかどうかなんて事も考えれなかった。

母親が父の顔をなでながら
「ぜんちゃん来たで!」と話しかけた。
兄が「触ってみ!固なってるわ」と足を触った。
母も兄も強いなと思った。

18歳からもう一人暮らしをしてる僕は
母や兄より圧倒的に
父と接した時間は短かっかったので
父のこの姿は僕の脳には刺激が強すぎた。

また、僕は「死」といった事より
「生」にだけ目を向けてきたので
これを現実としてうけとめる心のキャパシテイーを超えていた。

親父はハンチングの帽子をかぶり
眼鏡をし、お洒落をしていた。

家族でひさびさ昼ご飯を
父が横になってるところで食べた。

遺言の書かれた本を見たりした。
父は2年前にすでに遺言を細かく書いていた。

残された我々が揉めないように迷惑かからないように
財産やお墓や葬儀の仕方や
今後の儀式などきっちり書かれてあった。

2年前にもう覚悟を決めていたのだ。
何度も何度も読んだ。

癖のある字なので母親に通訳してもらいながら読んだ。
難しい漢字が読めなかったので母親に聞いたら
勉強せい!と久々怒られた。

こんなとこで怒らんでも(笑)

親戚が久々に集まった。
終止、和やかに会話をし、手伝っていただいた。
やはり身内の空気には支えられる。
兄の子供と叔母のお孫さんも来た。
赤ちゃんや子供が、あの空間にいるだけで
何よりものエネルギーとカンフル剤になると思った。

親戚のおじさんやおばさんは、
もう何年もお会いしていなく
ひさびさにお会いしたので
42歳になろうとしてる僕は
まだまだ小学生扱いで、弁当を食べている時
「お醤油こぼしなや!」と、
もう年で手をふるわしながら言われたのだが
「いや、おじさんこそ。。。」なんて言ったりして
笑いあった。

僕のイメージしたしんみりした
お通夜ではないな〜なんて感じたりした。

年いかれた方はなんと強いのかと思った。
またしんみりも長い時間はもたないな〜
その中に笑いはあるもんだと思った。

夜は久々、家族4人で式場にて泊まった。
まだまだ父の死を受け入れるどころか
これが夢であってくれと願っていた。

2010年1月23日 (土)

Sayonara Arigatou part2

父の死の宣告から一夜明けた。

僕はまだ東京だ。

母親からの電話で
今日は、友引とかでお通夜と
お葬式は避けたほうがいいとの事と
葬儀場がいっぱいだったそうで
明日お通夜と葬式といった段取りであった。

今日の夜、東京で仕事だった。
もし今日お通夜だったら
仕事の関係でお通夜にはいけていなかったが、
偶然にも仕事が終わってから
実家に帰れるとの事。

父の遺言で、葬儀は、家族葬になった。
母親は盛大にやってあげたいと望んだが
故人の意見を尊重するとの事で
家族葬にする事にした。

上岡師匠に報告の電話をすると
「気を落とさないように
 出来る事あったら何でも言ってくれ。
 しっかりお見送りしたげや」
と、力強い言葉をいただいた。

昼は、東京の家で
父との生前の思いにふけった。

実は昨日虫の知らせのような事があって
ファミレスで打ち合わせしてる時に
なぜか急に声がでなくなって、なぜか外に行きたくなって
自分の歩く姿が親父そっくりやん!
なんて思ってた矢先に母親から電話が鳴ったのだった。
あまりこのような事を書くと
インチキオカルトみたいになって嫌なのだが
科学的な根拠はないが
ひそかに、親父が知らしてくれたと言う事にして
僕の気持ちを落ち着かせている。

そうこうしてるうちに時間はたちお仕事だ。
気が落ちるとも言ってられない。
みなさん経験する事である。
僕だけが特別悲しいのではない。
ましてや僕は笑いを商売にしている。
が、まだ笑いに変えてお話が出来るまでの時間ではない。

何事もなかったかのようにお仕事に出かけた。
とはいいつつ
まだ父の死が本当か嘘か現実味はなく
実はこの時点では
父の死をうけいれるまで至っていなかった。

2010年1月22日 (金)

Sayonara Arigatou part1

今日の夕方、僕の父が亡くなった。

個人的な事をこのような公にむけ
ブログで書くのは戸惑った。
覚悟はしてたが、
まだ気持ちの整理がついていないからである。

実は4年前に父は癌が見つかった事を
母から聞いた。
よく生きて半年から一年と宣告されたと聞いた。
僕はその現実を受け入れられなかった反面
まだまだ先の事であろうと自分に言い聞かせ
現実を避けていた。

ただその日を境に人間の死や別れなど
諸行無常感を意識するようになった。
それと共に医学や科学に反して
奇跡はおこらないのか?との事も願い
奇跡に関する事を調べるようになった。

このブログを昔から読んでもらってる方なら
お気づきだったと思うが
哲学的な借り物のうっさんくさい事の
日記が増えたのもそのせいだった。

とはいいつつ、
死を宣告され、病気と闘うと決めた父や家族、
それでも死が迫ってくる現実など
僕の中では受け入れられらなかったので
父について書くのをやめていた。

宗教的な事はさておき
哲学的(といっても簡単な考え方です)には
父が近々亡くなると言う事を
頭では完璧に整理できたと思ったが
今日とうとう現実になった。

具体的には
母親がもう父は危ないと思ったのか
病室から電話をかけてきて
話している最中の出来事であった。

僕の体から力が抜けた。
頭の中がパニくった。

頭の中の覚悟なんてなんてもろいのかと思った。

気が動転しファミレスにいた僕は表に抜け出したまま
うろうろした。

気を鎮め深呼吸をし兄に電話をした。

父の跡継ぎをしている兄は仕事の最中であった。
兄は知っていた。兄も気が動転してると思いきや
しっかりしたものだった。
僕の仕事を何より優先するように明るく振る舞ってくれた。

兄が僕の仕事へのアドバイスは
「お前!芸能界では、ねずみ男をめざせ!」
なんのこっちゃ!

親父の事わえ!!!!!!!(笑)

母親からの指示を今日は東京で待った。

2010年1月21日 (木)

魔女の一突

舞台の合間にいつもの
高円寺にある「このみ整骨院」に行った。

マッサージ代わりに伺わせていただいてるが、
医院の方は治療のひとつとして行ってくれている。

僕のまわりでぎっくり腰になる方が多くて
大半は腹筋と背筋のバランスが均等でないと
ある瞬間にぎっくりなるらしい。
ぎっくりと言った表現
ドイツでは「魔女の一突」と言われてるらしい。

なんで魔女やねん。。。

腰あたりを揉んでいただいてて
「悪いですか?」
なんて聞いたら
「いいえ!」
なんて言われて一安心なんだが
「ここ凝ってますね~」
なんて言われたほうが心地がいいのだが
実際に凝ってたらそうも思ってられない。

肘の部分のツボを押していただくのだが
不思議と夜は肩が軽くなる。

隣のベッドには
お相撲さんが治療されているので
僕みたいなんは、なんちゃって治療。

でも気持ちいい。

2010年1月20日 (水)

整理と掃除

あ~の~はさみどこやったっけ?
あ~の~レゲエの音楽のビデオどこやった?
なんて部屋を探しまわる時間がうっとしいせいか、
部屋の整理をするように心がけている。
ついでに掃除もするのだが、整理には時間がかかる。

掃除と整理は違うと教わった。
掃除は物理的に奇麗にするものだが
整理は頭の中を奇麗にするといった事だそうだ。

僕の好きな養老先生は頭の良さとは
整理が出来てる人だそうだ。

これが下手なのだ。整理するには物が多い。
なぜなら、僕は貧乏性なので物が捨てられない。
特に読み物。ちょっとした雑誌なんてのも
多分二度と読まないのだから捨てたらいいのだが
「あの名店の記事はふっとした時に必要」なんて
そんなふっとした時を想像で作ってしまう癖がある。
そんなふっとした時のものが山のようにある。
たまってどこに何があるかわからんってな具合なので
僕は整理する時に捨てるといった行為が必要だ。

段ボールの中の雑誌類を整理中
4年くらい前に買った依頼全然読んでいない
B級グルメ店の紹介の雑誌があった。
捨てる候補ナンバーワンだが、
この寸評がおもしろくて読破。

買った後に読まなかったのは
整理中に読む事が多い。

これからは時に整理をしよう。

2010年1月19日 (火)

記憶って曖昧

BIGIN20周年の特別番組のちょっとした
コメント撮りがあった。

BIGINとはヤングタウン日曜日で
ご一緒させていただいた仲であった。

思い出や今後BEGINに期待する事を話してくださいと言われて
資料を見たのだが、年代や事柄が記憶の
中でごっちゃになってて、
「これ本当にこの年ですか?」
と聞いたり
「こんな事やったんですねー」
なんて聞いたり
過去の記憶って曖昧なもんだな〜と思った。

思い出話をいっぱいお話したが、
ほとんどが酒の失敗や本番の失敗談。
失敗プラス時間は笑いとはよくいったもんだ。

いっぱい話したが、
だいたい3分の尺に編集していただくそうだ。
多分、BEGINのお三人様も
「そんな事言ったっけ?」
なんて曖昧な感じだと思う。

こんなコメント撮りをするたびに
僕もがんばらないとな〜なんてつくづく思う。

関西だけの放送だそうだ。
2月の1日の深夜放送みたいだ。

2010年1月18日 (月)

東洋のナポリ

急にショージさんから電話があって
熱海の温泉に行ってきた。

別にロケでもなくプライベートの二人旅。

熱海の駅前の観光案内のお姉さんに問い合わせ
「予算は?」の質問に「30円」とボケる。
まるでロケのような旅。

商店街に大きく書いてあった
東洋のナポリ!!

そうやったんや!

多分ナポリは欧州の熱海ではないと思う(笑)

部屋食で露店風呂付きの豪華なお部屋。
日本酒を熱燗でいただいた。
この季節にはもってこいだ。
うまい日本s

また展望風呂から見る星と熱海は絶景だった。

若干寂れ感のある町であるが
十分、癒された。

露店風呂においしい食事に日本酒
この3つは何よりもの
リフレッシュの特効薬である。

2010年1月17日 (日)

ホームなのにアウエー

今日はルミネ舞台出番。
出番が今をときめくはんにゃ君達。
お客さんからは黄色い声援をもらっている。
僕にとっては、めっちゃアウエーな感じであるが
最近のお客さんはお目当て以外の方で席を立つなんてのはない
ありがたいお客さんである。

ホームなのにアウエー!
ま、芸能生活ではあまりホームの経験はない(笑)

般若ではなくひらがなのはんにゃ。

漢字の般若は調べると、智慧だそうだ。
「智」は真理を知ること
「慧」は体達すること
と書いてあった。
真理を知り伝達することが般若である。
ひらがなのはんにゃ君も将来漢字のようになていくのか?

般若の次にくるのは心経である。
心経の意味は心の働きである。

しかし演芸場でのはんにゃの次は、このわいであった。
心の働きなど意味しなく
アウエー感が残りドキドキした心は
こっちが働いた。

はんにゃがでてきたら、
どこかでしんぎょうといった芸人がでてこないかな?  

2010年1月16日 (土)

0円探検

今日は浅草花月である。
浅草が好きなひとつに浅草寺があると以前書いた。
浅草七福神巡りコースと言うのがあったので
出番の合間に巡って来た。

東京は江戸の頃
家康が使ったとされた風水などといった
東洋思想が現在もいっぱい残っている。
東洋思想といった名前はちょっとお固くなるのだが
パワースポットといった名前に変えただけで
女子には人気だ。

キャッチコピーの力である。

町のあちこちにあるのだから
地図を見ながらあそこかな?
なんてやってると女子2人組が同じく地図を見ながら
歩いていた。

巡ってると思ったら
案の定巡っておられたので怪しくも
ベテラン刑事の追跡のように後尾からついていき
ナビがわりにした。

時間の都合上、3つしか巡れなかったが
大人のジャングル探検ならぬ、
七福神町中探検。

しかも0円遊びであった。

2010年1月15日 (金)

あほほど

S-1バトルのショートムービーの編集を仕上げて
深夜ぎりぎりに提出。

今月もあほほど提出。

この大会は提出は一本とは決まっていない。

優柔不断な性格と欲の深い性格の僕にとっては
一本にしぼるなんて事はできない。

志の輔さんの創作落語の枕で
宝くじの日本と西洋の買い方の違いをお話されていたのを思いだした。
西洋は宝くじは一個だけ買うそうである。ラッキーはひとつ
神様からいただく考えである。
日本は多数買う。なぜなら確率が高いからといった考えであるとの事。
逆かと思っていたが、そういや多神教といった考えも
ここから来てるのだろうか?

S-1は宝くじではないが、
笑かす相手が見えない
ここは数撃ちゃあたるの精神である。

1月分はあほほど出して全部落とされたが(笑)

今月も時間の許す限り作ったってわけである。

何個もあたったらええのにと願う。

2010年1月14日 (木)

大寒は間もなく

家には葛根湯を常備している。

風邪予防である。
一昨年は風邪を幾度とひいた。

年をとると一晩寝ただけでは治らない。

今日は朝から品川に用事があったので
出かけようと思った矢先に
どうも体がおかしい。
鼻水が、、、

そう思うと風邪や。。風邪や。。。
風邪の妖精が集まると信じてる乙女なので
葛根湯を飲んだ。
葛根湯が何に効くのかわかっていない。
ので説明書を見たら飲み合わせに
注意、胃腸の弱い方には進めません。
なんて書かれてあった。
胃腸は弱い僕なのだ。
いらないものを読まないほうがよかったかな?

そんな気弱な事を思いながら
家えを出たら、先方さんから
「早く来い」とのメールが、
待ち合わせ時間を間違えていた。

もう気は遅刻や。。と風邪の妖精にもかまってあげれず
風邪はどこかに行った。

いずれにせよ、病は気からとはよく言ったもんだ。

大寒は間もなくだ。
みなさん暖かくしてお出かけを。

2010年1月13日 (水)

ハイチと心

ハイチで地震があった。
死者が一万人なんて言われている。

地震のニュースを見るたびに明日は我が身と思う。

国によって災害の質がずいぶん違うがなんとも聞き苦しい数字だ。
写真を見るとコンクリート造りの家が崩壊して瓦礫の下に生き埋めになっている。
ぐらっと来たらすぐ崩れやすい造りなのだろうか?
阪神大震災の時の日本は木造が多かったせいか、火災までくっついてきた。

またハイチは、独裁時代が続いていたらしく
社会のインフラの整備が遅れたせいで、
なんでも独裁は偏った社会を生み
もっとも、自然に弱くなるらしい。

日本は地震国だ。地震対策はあれこれ考えてるのだろうが
東京の町並みを見るたびに、
阪神大震災を経験した僕は全滅だろうなと思う。
地震対策が必要である。

そのとっかかりは、地震国の日本が
まずハイチをどこよりも支援する事だと思う。

ハイチの方々は今怒りをどこに向けていいのか戸惑っていると思う。

なんせ怒りの矛先は自然だからだ。

阪神大震災の時の経験では怒りが
当時の社会党政権の政府に向かったが、
自然に怒って元に戻せと、言っても
仕方がないと心のどこかでわかっていた。

ので当時の政府に向かったのだ。政府の力は、ああいった時にはっきりする。
言っちゃ悪いが、村山さんは本当に男気なくどんくさかった。

男気があったのは山口組の方々であった。
任侠の方々は心をきちんとわかっていらっしゃった。
ご近所様に物資を配られた。
「がんばって!」の言葉もありがたいが、
「はい!お水!」「はい!お風呂」と物理をいただくと
「心よりお礼を申し上げます」となる。

あの時に心とは何かが、はっきりわかった。

自然界はどうにもならないが、物理は人間の力でどうにかなる。

今こそ地震国家の日本が物理といった心を見せたほうがいいと思う。

僕も小さい心をと思っている。

僕みたいな一個人に出来る事は、募金と祈るくらいしか出来ないが。。

後、明日は我が身と思いながら、しっかり現実を見て受け入れる事も大切だと思っている

http://blogs.denverpost.com/captured/2010/01/13/earthquake-in-haiti/

2010年1月12日 (火)

R-1一回戦

村上ショージさんから年末に
「お前もR-1にでえや!」とお誘いをうけた。

一昨年前、ロボと出場し一回戦で敗退した時
自分が進んで行く方向とは違った大会だな~と
肌で感じたので去年も出場をやめていた。

が、先輩からのお誘いもあってか、
二つ返事で「はい!出場します」とエントリーした。

出場するからには、何か得ないと
せっかく出場するのだから勿体ない。

R-1は一人で笑かすならなんでもオッケイ。
時間は2分。話の前振りだけで
15分は軽くいく、僕にとって(長っ)は、
この大会は、瞬間芸なのだ。

冒頭で僕の行く方向とは違うと書いたのだが、
それは僕にとっての細かいこだわりであって、
大きく観ればR-1も僕も同じく
人を楽します方向なので人から観れば同じなのだ。
違いは、対象の相手と、結果が若干違うだけである。
ただその若干の違いが、こだわりの激しい僕には大きい。

僕が自信を持って作ったネタは、
世間と大きくずれている可能性がある。
なんせ、僕の好きな笑いは、
笑かすシステムのない笑いである。
下手したら、笑いがなかったほうが、よかったりする笑い(笑)
こんな偏ったのは
今の現状はうけいれられるはずがない事くらい僕にもわかる。

ので、対象相手が求める事を探る事から始めた。
いろいろリサーチすると
「論理的なものは好まない。
 動きのないものは好まない。頭を使うものは好まない」
といった、やっぱり僕の趣味とは違った結果であった。
「目で見て笑える。リズム感がある。動きがある。頭を使わない笑い」
といった事だと判明。

では、僕がこのような笑いが嫌いかと言うと、そうではない。
好きなのだ。
が、苦手である。
ので、自分にあったのは
論理的かつ頭を使った笑いなので
自然と趣味がそっちに偏ったといった具合である。

苦手などとはいってられぬ。
苦手な中作らないといけない。
ビジュアル的な動きのある笑い。

これには体力がいるのだ。

年がいった僕にはたして、
体力を求められるネタの体力はあるのか?
頭を使わせないといったネタを頭で作れるだろうか?
バカにされに行くような
非論理的なネタを論理的に作れるだろうか?

最近は、なんせ、ロボと漫才なんて、
ロボに、たよりっきりになっていて
ロボが進化する事に自分は面白くなくなる。
なんせ、僕をどんどん怠けさせてくれるのだから。

こんな事を考えていくと、R-1に出場するのが
すごく楽しみになってきた。
こんな事を頭で整理できただけでも収穫はある。

ではどんなネタをやったのか?
もう動きが鈍い僕なので、
おじいちゃんの格好になって
動けないといった動きのネタをやってきた。
これなら、動けないのを逆手にと思ったが
思った以上に、動けないといった動きは難しかった(笑)

面白いもんだ(笑)

でも自分が想像したより、
コントは、後味の悪い感じかな~と
思ったが後味がよかった。

今後はコントも
ちょくちょくやってみてもいいかなと思った。

結果はなんとか二回戦にすすませていただいた。

さ!二回戦だ。
またまた頭を使って、
頭使わないで笑えるものを作ろうと思う。
できるだけ動きのあるように
見えるものをあまり動かずに
できるだけ簡単な事を深く考えてみようと思う。

二回戦が楽しみだ。

2010年1月11日 (月)

コメントにコメント

「マスからパーソナルへ」ってどういう意味ですか? 
投稿: りりさん
 もしかしたら、これが『マスからパーソナルへ』の第一歩?
 あの「Twitter」とかいうのも、関係するのん? 
投稿: Yumi☆さん

具体的に書いたら、めっちゃくちゃ長くなるのですが、短めに、、
マスコミュニケーションのマスは社会集団や大衆や大量といった意味です。
テレビなどはマスですね。一方的に大衆に向け放送する。
パーソナルコンピューターのパーソナルは個人のといった意味です。
個人と個人のコミュニケーションが出来たらいいな〜と言う意味と
個人がしっかり責任を持つといった意味もあります。
また難しくいえば、個人と言っても一筋縄ではいきません。
複雑な性格が絡み合って出来た一人の人間なんでね。
そのあたりも興味あるところです。

ただパソコンは無料が当たり前なんで
そのあたりをどうしようかなって今模索中です。

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 テントさんは、元気にしてはるのかなぁ
 師匠と呼べるお方がいてはるちゅうのは、 
投稿: Yumi☆さん

テントさんは元気でした。今年還暦じゃなかったかな?
師匠とよべる方は若い頃は上岡だけと決めていましたが、
多神教のこの国で一人と決めるのはいかがなものかと
今僕の中で勝手に師匠と呼んでる方が大勢います。
もちろん年下や異性もいます。

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 セカンドライフって虚構の世界ですか?
 さびしくならないですか?わからないので、見当違いでしたら、ごめんなさい。
投稿: りりさん

はい。虚構といっても、まだまだゲームの中みたいな世界です。
映画の世界みたいに脳と直結してるわけではありません。
10年前を見るとこんなものはなかったはずですので
10年後はどうなるか楽しみです。
思った以上にセカンドライフは盛り上がりを見せてないのが現状です。
それはPCの中では死なない上土地が無限にあるので。。。
これらをクリアーにしたら面白いかもです。
なんにせよ必ずこのような世界が
我々みたいなPC世代が老人になり体が動かなくなったときには
PCの中の世界が、実生活にすごく精神的にも約立つと思います。

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 朝から蜂蜜入りゆず茶とは、しゃれてますねー。
 誰か作ってくれる人がいるのでしょうか?
 昔、中国に行ったぜんじろうさんに、頼んで、菊茶(目にいいということで)を
 お土産に買ってきてもらったのを思い出しました。
投稿:久美子さん

まったく一人で作っています(笑)
香港ですね。菊茶ですね。
当時つきあってた彼女と香港いったのですが
やせるといった石けんをめっちゃ買い込んで
肌かぶれてストレスで逆に太っていました(笑)
人生考えた通りにならんのがおもろいですね(笑)

2010年1月10日 (日)

最近はもっぱら

最近はもっぱら映像は、PCでYou tubeを観ている。
名前を検索しボタンひとつで好きな動画が出てくる。
しかも時間を縛られる事なく観られる。
You tubeには、あなたへのおすすめ動画って言うのがあって
検索ワードや関連ワードで類似した映像が表示されるので、
ありがたい。

自分大好きな僕なので自分へのおすすめが自分の映像といった
頭がおいかしい事になってるのだが、
さまあ~ずの映像をよく観ている。

以前もここで書いたが、彼らは、コンビにしては仲がいい。
従来コンビはプライベートは別で、
お互い趣味も違うもの同士が
本番でぶつかり合うのが面白いとされていたが、
さまあ~ずはぶつかり合うより
じゃれあうって感じなのだ。
本来じゃれあいは、つまらなくなるのだが、彼らは面白い。

「嫁とハワイに行ったんだけど、ハワイでお前と会って、結局一緒にいたよな」
なんて会話は本当に、ほんわかする。

この笑いは作為的ではでない笑いである。

彼らと僕は同じ年なのもあってか、
あるある的な事が多いのもすきな理由のひとつである。

世代的にも、我々は自宅世代のハシリだし、
そうお金にがっつく世代でもない。
生きる事が趣味みたいな、ある種、大人になりきれない
子供っぽい世代なのだ。
40を過ぎたおっさんの子供のような行動に話は
なぜか落ち着く。

本人達は、多分、必死なのだろうが、
年齢のせいか、若い頃のようにがんばらない事が気持ちいい。

2010年1月 9日 (土)

アバター

パソコン上のセカンドライフ内しかもアバターの自分が話す放送といった
新しい試みの番組での出来事。

収録する前に技術トラブルがあった。

新しい試みで厄介なのは、トラブルである。
プロのスタッフでも原因がわからないのだから
僕にわかるはずはない。

ロボ関係でもトラブルは当たり前である。
トラブルがあっても「やっぱりな」と暗黙の了解で許される。

自分が使うパソコンでもたまに不良がある。
再起動したら動いたなんて事もある。

相性が悪かった、、
なんて思うようにしてるが必ず原因はある。

調べようとは思わない。ま、いいかである。

が、放送は、「ま、いいか」ってわけにいかない。
今回は原因不明のまま、別の方法で画像を取り込み収録をした。

トラブルのないのはいい事であるが
トラブルがあるって言うのは逆に新しい事をやっているって事である。

ま、なんにせよ、セカンドライフ内の放送は、
新しいだけあって、トラブルがあって当然であるが、
まだまだ浸透は難しい。

パソコンの中のアバターの僕はトラブルなんて関係ない。

映画のアバターのように映像の中身と生身がリンクするなんてのはまだまだ先の先である。

好奇心がどんどん色んなものを進化さしてるのは本当に素晴らしいがトラブルがあるたびに「は〜」とため息は出る。

2010年1月 8日 (金)

ゆず湯

最近また寝起きのゆず湯が復活している。
あ、これは、自分の生活の中での話。
それも寝起きの話。

朝起きて、お水を一杯飲んだ後、お湯を沸かし、
ゆず湯の中に蜂蜜を入れ、暖かめにしてからをゆっくりと飲む。
年々寝起きは、しかっとしない。けだるい。 
ゆず湯が口に入り喉を通った瞬間に体と頭がほぐれていく。

ホットコーヒーでもいいのだが、ホットコーヒーは、一気に目覚める。
そうすると体が少々慌てて立ち上がってしまう感じになる。
HEY! Wake up!なんてガイジンに手を叩かれて起きる感じである。

蜂蜜入りのゆず茶だと
やさしいおばさんが、まあまあゆっくりしなはれと、
という具合に目覚めさせてくれる。 

コーヒーブレイクのブレイクは
前の日の二日酔いを壊すといった意味から
ブレイクだそうだ。
ゆず茶ブレイクとは言わない。

韓国でゆず入りの缶が売っていて
露店の陽気なおばさんにノリで買わされ飲んだら
案外、懐かしさと言う味がほんのりしてからはまった。

今、蜂蜜入りゆず湯といった寝起きに飲む一杯で
快適感を味わっている。

2010年1月 7日 (木)

静寂

帰りは大阪時代の友人と
おっさん3人で温泉へと向かう。

友人が一度は言ってみたかったと言う
大人のデイズニーランド 高野山の宿坊へ。

僕は仏像の映像をちょこっと
撮りになんて思ってたのだが、雪であった。

大人のデイズニーは雪でホワイトチョコ状態。

あまり動けずにすぐに宿坊へ。
宿坊と言っても、立派な温泉宿である。

そこから何もせず、だら~ん。

写経のコーナーがあったのでやった。
世間は写経ブームである。
OLがいやされるなんて言ってるのだから
間違いないと思ってやったが、
多分、これが最後になると思う(笑)
もっと、体をうごかしつつの
写経なんてのは、ないのであろうか?(笑)

後、座禅も体験。 

やっぱり無には、なれない。
何かしら考えてしまう。
足もしびれて、立ったとき、
案の定、いたたたた。。。。

精進料理もおいしくいただき、
それでも時間があまる。

なんて時間の換金率の高い町なんだろうと思った。

雪はしんしんと降る。
このしんしんが聞こえてくるぐらい静寂なのだ。
この静寂も都会ではありえない贅沢な空間であった。



2010年1月 6日 (水)

上岡一門新年会

今日は上岡一門新年会。
大阪の「桂」に集合。
しゃぶしゃぶ料理。

男ばっかりの
しかも僕が一番若いといったド!おっさんの会であった。

師匠はもう引退されてるので
会うのはゴルフか正月になる。

久々にお会いした師匠は
上機嫌で無邪気な中学生のようになっておられた。

年も、もう67歳である。
70歳になると子供に戻ると言うが、今の師匠は、
中学生くらいに戻られていた。

とはいいつつ、いつまでたっても
僕は師匠と会うと緊張は抜けないのが不思議である。

いつもお会いすると、
25年先の人生が生々しく聞ける。
また話がうまいから、面白く聞ける。

今わからなくても、その年齢になり
「あ!あの時言ってた事はこういう事やったんか!」
と、謎解きのように思えるので、
年上の方の難しい難解なお話は大好きなのだ。

今回も耳に留まった言葉の数々を書く。

美人ほど整形を多くする。

人間は自然が一番。枯れていくのが自然。
なので病気になったら、ラッキー!自然だと思え。

こうやって、言葉を抜きだすとよくわからないのだが
話の前後にきっちりとネタふりがあるので
言葉のイリュージョンをかけてくれる。
違う言葉で言うなら、「屁理屈」であるが、、

この日もまたまた酔っぱらった。

まだまだ正月気分は抜けない。

いや、年中、正月気分でもいいかなと思う。

2010年1月 5日 (火)

姫路おでん試食

今日帰郷。
姫路おでんを盛り上げるメンバーの方々
前川さん、ホリホリさん、Kさん、Mさんと
姫路の南インド料理のお店、インダストリアルさんに。。

みなさん姫路おでんをご存知でしょうか?
生姜醤油におでんをつけて食べるといった姫路名物。

みなさんの売り込みもあって、
B級グルメ大会にも兵庫県代表で出場するといった今や全国区の人気なのだ。

これからの戦略を練りに行ったのだ。
コラボをするといった化学反応を起こしに
インド料理とおでんをミックスするといった試作を食べにいった。

名前も味も何も決まっていない。
インド料理のママが試作を作ってくれて

立川談志さんの言葉で
「人間が創造したものくらい人間が乗り越えられる」
料理も何もかも、すべてこの世のものは、進化をしていっている。

今日、インド料理とおでん鍋をミックスしたもの。

味は2種類。

名前もその場でみんなで出し合った。

マハラジャおでん
マサラおでん

Twitterに書き込んだらすぐんびみんなからお返事が来たりした。

僕はインドのバラモン教が仏教に混じって密教になったみたいに、
「おでんマンダラ」と思いついた。

ま、そこのメンバーは、好き放題言っていた。

さ、どんな名前になったのか?
4月くらいには、メニューにのってると思う。

姫路おでんもまだまだ進化するだろう。

PS
     その後行ったワインのお店VanVanさん。
  マスターにええ言葉とワインをいただいた。
  よいしょ抜きで、ここのお店のワインと料理はおすすめです。

    あ、その後いったラウンジ。
 カウンターの中の女性陣3人組とトーク。

 ひっさびさに酔っぱらって
 家の近所の窓に映る
 千鳥足のおっさんやと思ったら
 このわたしだった!

2010年1月 4日 (月)

コメントにコメント

「生きている限り、純粋な安寧な気持ちは得られないのではないかとも思いました。
(中略)だからつらい、つらいと思いながらも、努力していきます。」

りりさんへ

お釈迦はんも言ってたらしいですね。生きていく事は苦であると。
えらい事言いはったもんですね(笑)ネガテイブととらえる方がいますが
僕は真逆で苦と覚悟したから楽があるめっちゃポジテイブだと思っていますんで
つらいつらいともあえて思わないようにしようと思ってます。苦で当たり前ですからね。
努力もやろうとあえて思わないようにと思っています。努力して当たり前と。。。 
そう思うといい事だらけかなと。。。
後は何がおきても笑っときゃいいかな〜とね。楽にお互いいきましょうね〜!

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「S1バトルでスタンダップコメディで外国人相手に爆笑をかっさらってるのを今さら見させて頂きました
 テレビで見ないけどあ、そんなカッコええことしてたんや。と思いました。帰宅部の歌ものすごい共感しました
 ぜんじろうさんに時代が追い付くのを楽しみに待ってます」

松山良太さんへ

僕の事はさておき、テレビに出ない方でもすばらしい芸をもたれた方や教授、ジャーナリストはたくさんいます。
もっともっと杉山さんがテレビ以外でも、日本や外国を問わずに、すばらしいものを発見して、紹介し、
みなさんに届けてあげてくださいね!

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「うそつきで、こずるい『ぜんじろう』の君臨!待ってまっせ~!!」
Yumiさんへ。。

うそつきでこずるい(笑)
昔お世話になりっぱなしの方には、ごまかせません。
最近、年とともに、がっつり背負うものがあったので
肩の荷が下りました。
ありがとうさまです。

この感謝もうそっぷ!(笑)げへへ。。。

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「ぜんじろうさんの目標ってどんな事ですか?志がとても高いことですか?」

りりさんへ

あまり実はないんです。
瞬間瞬間を周りの状況をみながら生きてきたので、
自分で目標を高くもって,
がっつりたてると、周りに迷惑がかかる上
それが自分に跳ね返り結果しんどくなり挫折感を味わう
と言った反省点の経験があります。

なので、修正のきくぼんやりとした方向を決め、
目標は、めっちゃ小さい、達成感のあるものにしています。
今日、風呂に20分はいるとか、コンビニまで小走りでいくとか(笑)

で、方向は、
「マスからパーソナルへ!」と思っています。
なんのこっちゃでしょ(笑)
今後の動き見といてください(笑)

あ、、、志は高くもっています(笑)
志は高く、目標は低く、腰も低くってなったらいんでしょうがね〜。

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「私、20才前後くらいまでは、努力をすればなんでも必ず叶うって本当に信じていました。

 でも社会にでて、挫折を経験して、精一杯努力してもだめなことがあるんだってわかりました。
 それでもまだ、理想は持っていて、現実との間にたたずんでいます。
 人生の自分の目標をあきらめてしまうのは、なんか違う気持ちがするんです。」

りりさんへ

僕も同じです。
えらい方々もそうらしいです。
努力すれば、何でも叶うわけでは本当にないですね。
後、一度にふたついい事はないですね。
逆に言うと、一度にふたつ嫌な事もないですね。
人生の目標と理想は別ものだと思っています。
理想も目標も理想も現実も、もっとぼんやり持ちはったらいかがですか?
僕はそのようにしてますよ。
逆に言うと、努力しなくても叶う事もありますよ。
そこを努力してくださいね(笑)
えらそうにいっちゃったわん!

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「オーストリアでは、クリスマスツリーは、今日あたりから飾るのが普通なんです。我が家は明日24日の昼ごろ出す予定。
 でもって、1月下旬まで、そのままクリスマスツリーが、家の中で偉そうに居座るんです。
 クリスマス終わったら、さっさと片付けて、正月迎える準備をしたい日本人の私にとっては、たまったものじゃありません。
 仕方ないので、我が家は、和洋折衷です、素敵なクリスマスになるといいですね。」

久美子さんへ

藤岡さ〜ん!
メリましてクリおめです!
和洋折衷!いい人生ですね〜!
藤岡さんの人生、めっちゃ楽しんでくださいね!
これは、辛い事がいっぱいあったほうがおもろいでしょうね〜(笑)
文化の違いの衝突を、ボヤキ、メモリまくってくださいね!

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「ぜんじろうさん!お久しぶりです!

 16年前にヤンタンでお世話になった なお です!女子高生三人組で歌わせてもらってました。
 お礼も言わすに終わってしまいすいませんでした。覚えてますか? 」

なおさんへ

写真などあったら貼付けてください! 

2010年1月 3日 (日)

携帯のメールと年賀状 

今年は年賀状を出すのが全般的に少ないそうだ。

僕も年賀状をだしそこねた。
今から書こうと思っている。

僕も家にはあまり届いていないが
律儀に年賀状を出してくれた方もいる。
申し訳ないなーと思うと同時に

そのかわりメールでのおめでとうがやたら多かった。
去年一回も会わなかった方からメールがきたりした。

多分一斉送信なんだろうけどこか味気ない気がする。

神社にお参りもネット上でできるサイトもあったりする。
おみくじもそこでクリックすると大吉なんてでたりする。

メールやパソコンはつくづく頭の中だけの
軽んるい世界だと思った。

でも時代って言うもので、
これからはそういった事が当たり前になるのだろうか?

こういった事も将来古いとなって
もっとシステム化された便利なものができるであろう。
これは便利になるのが嫌って思ってるわけではない。
ややこしい話だが、ある一方では
もっともっと通信が便利にもなってもらいたい。

僕が言いたいのは、いろんな事が
システム化されて、簡単かつスムーズはありがたいが
それでは味気ない世界がくっきりある。
そういった便利が発達する反面、
不便で味のある世界も逆に自分の中で
育てていかないといけないと思った。

なんせ、メールで来た年賀状には
「心からありがとう」と書くのはちょっとおかしい。

紙と筆には「心からありがとう」と書きたくなる。

2010年1月 2日 (土)

カツカツが基本

今日は、歌舞伎を見て
ついでに浅草の浅草寺に初詣に出かけた。

帰りは六本木のラフィエスタと言うメキシカン料理店へ。
モンテネグロと言うビールをおみやげにいただいて帰宅。

今回は歌舞伎について書こうと思ったが
深夜のNHKの番組の
「旧友再会~梅宮辰夫と立花隆を見て
歌舞伎の感想がふっとんだ。

まずこのおふたりが旧友だって事にびっくりした。

のと

後半に
梅宮さんが、お金の心配がなかったら
早くリタイアしたいとの事。
せきを切ったかのように立花隆さんが
いつも年末に支払いなどでカツカツだとの事。
特に今年は大変だったそうだ。

え~!!!

正月からえらい事を聞いたのだ。
あの方々でもお金の問題はあるのかと思った。
十分余裕なのだと思っていたらそうでもないらしい。
生活のレベルはあるにせよカツカツなのだそうだ。

年が行くと体の心配が増えて
お金の心配はそうしなくていいと
思っていたがそうでもないらしい。 

あの方々でも心配をされてると聞いて
なんだか、ホッとした。
人からどう見えるにせよ、
体やお金など心配事は消えないのである。
安心なんて形のないものを求めるから
心配が倍増するのだと思った。

人間生きていく上ではいくつになっても
みなさん平等にカツカツが基本だと思った。 

2010年1月 1日 (金)

それぞれの形

おめでとー!
昼過ぎに目覚めおせちとお神酒を用意し食べる。

昼過ぎにジョンとヨーコのドキュメンタリーがテレビで流れてて
食い入るように視聴。

新年からは濃い番組であったが、
若かった頃はジョンとヨーコのあの活動は、怖かったイメージしかなかった。
気持ちわる〜〜なんて思ってたが、今回改めて見てぐっと来た。
ジョンとヨーコは活動家でもあった。
国外追放までされかけて反戦運動をやっていた。
しかも自腹で(笑)
もし今ジョンが生きてたら何をやってるだろう?と考えながらみた。

今この国は、訳ありだが、平和である。
反戦運動より平和運動。戦争がなくなっただけでは平和とは言い切れない。
平和の正しい生き方は、勤勉に勤労に芸術にスポーツ。
お互い違いを認めた中での平等の中で一人一人楽しく生きていく事だと思う。
そんな事を思いながら見た。

夜になりキャメロン監督のアバターをレイトショーを見てきた。
なんとも映像技術がすごく、こっちが別の惑星に連れていってもらった感じであった。

3Dの眼鏡の跡形も残ったし、あのエンターテインメントの精神も心に残り
銭湯に出かけ、露天風呂で満月の月を眺めクールダウン。

今年もみなさんにとってそれぞれの形でいい年でありますように!

今年もこんな私ですが、おつきあいお願いいたします。




 

2009年12月31日 (木)

みなさんにもいい事ありますように

前日にマネージャーから連絡があった。
明日27時入りですと。。。
年末のスケジュール時間である。
日本は24時間なのに27時入り。

仕事に呼んでいただくのはうれしい限りである。

NTVの特番であった。
屋台からの中継にちょこっと出演であるが、
何にせよ,
よんでいただくのはうれしい。

年末の番組は基本、大勢なのだ。
つくづく大人数での参加はきょろきょろしてしまう.
大人数は苦手である(笑)

若手のみなさんは、
昔に比べて空気の作り方がうまい。
誰が仕切る訳でもなく、指示もないのに
笑いの空気をみんなで作る。
この感じは教わって身に付くものではない。
なぜにもこんなに協調性のある現場なんだろう?

ここは興味深いところである。
今は年齢も関係ないといったいい感じの現場だと実感。
とはいいつつ、玉袋君やレッド君といった
同じ世代の芸人と楽屋で厄年トーク。
「なんかあった?」なんて話す。
「いや〜ありすぎだよ」なんて話を共有でき
がっつり話せるのは、大人数の良さでもある。

月食であったそうだが、番組が終わったのは
朝の5時半。

帰りに近所の熊野神社に参拝。

みなさんにもいい事ありますように!

2009年12月30日 (水)

クローズ

昼から来年の準備と大掃除である。
大掃除と言っても、普段掃除しない窓や冊子を掃除し
部屋を整理。
整理はなんとも気持ちがいい。
ついでに頭も整理した。

夜はこっそりセカンドライフ内でFilm試写会
Sちゃん仕切りの招待客のみといったクローズのパソコンの中の会。
普通ならライブハウスだのでこういった会なのだが
自宅のパソコンでできる時代なのだから
自宅系の僕にはもってこいである。

内容は、S-1用に撮影し
選考会に漏れた作品を見ていただき
みなさんに成仏ぢてもらった。
なんせ選考会に漏れたのだが
魂はまだ浮遊してるのだから。

クローズとかっこうよく言ったが
オープンにしてもクローズな感じであるので
クローズと洒落こんで言ってみた。

2009年12月29日 (火)

日本だな〜

おせちを注文したのを碑文谷のダイエーに取りにいく。

年々、日本の風土に体が親しんでくる自分がいる。
よいお年を!なんて店員さんに言われると
日本だな〜とぐっとくる。

若い頃は年末年始は、ばたばた忙しいなんてのがうれしかった。
深く言うと年末年始は忙しくしたる!
と,ゆったり過ごす世間に反発の意味もあったのか?

若い頃は何にでも反発していた。

最近も反発精神はかわってないのであるが、
外に向いて反発ではなく内に向いて反発なのだ。
なので忙しくしていた自分に反発。
ややこしいが、静かに過ごすといった反発である。

一年を振り返えるといつも目標を達成できなかった自分がいる。
また来年もそうだろうが、ま、仕方ない。笑うしかない。

こんな事を繰り返す自分にも慣れている(笑)

日本の年末年始をおせち食って酒飲んで寝転んで
のんびり楽しもうと思っている。

 

2009年12月28日 (月)

来年は2010年

考えたらもう年の瀬。
早いな〜
一年。

間もなく年明けなのだ。

正月に向けての用意も苦にならない年齢になってきた。

正月飾りが近所のスーパー前に売っていたので購入。

最近は車のナンバーに正月飾りをつけるなんて習慣は少なくなってきた。
つけてもいいかな~なんて思い購入。

正月はハワイとゲーノー人したいとこだが
今年はド!日本。
そんな時は初詣に行くのがいい。

ご利益大国日本だ。

初詣の僕の個人的な楽しみは
なんといっても人の絵馬見物が好きなのだ。

「おっぱいがめっちゃ巨乳になりますように」
だとか、ひどいのになると
「V6の岡田君が私のとこに表れて結婚できますように」
なんて本気で書かれている。

あの絵馬を見たら世相がわかる

エマワングランプリなんてないのだろうか?

みんな好き勝手神様にお願いする。

神様も「香取君と結婚できますように」なんて
願いを聞いてくれるのだろうか?

もう考えたら来年は、2010年である。

2009年12月27日 (日)

いい時代

最近は日々ちょくちょくTwitterをやっている。

Twitterでは短くメモ程度に日常を報告。
Blogではふと思った事をがっつり書くといった
使い分けがようやくできてきた。

Twitterをどういったものか説明するのは
相手のPCに対する知識を知らないと容易ではない。

だが知ってる方にとってはTwitterはこれほど便利なものはない。

Twitterが今後の日常に
どう影響があるか書かれた本まででている。

インターネットが普及した時にも
メデイアとの関係についてインテリの方々がいろいろと書かれてきた。
悲観的な意見はメデイアが潰れる。
楽観的な意見はメデイアの援護をするだろうと。

Twitterの出現はインターネットが
普及した時のようなインパクトがあるらしい。

今何が起こってるか?が
ジャーナリストが取材にいって書き記し
印刷し、販売するより早いのである。
その反面、信用できないガセネタもあるが
何を信用し何を信用しないかっていうのも鍛えられていい。

僕はTwitterやネットの未来には
悲観と楽観が同居するのである。
大きく言えばこんなに
ありがたいツールはないと思っている。

Twitterを始めネットの中では
あらゆるものが、自由にコミュニケートしている。

来年からは世間は悲観的なメデイアは
僕にとっては楽観的になるように
ネットの中から映像で自宅から生放送など
大手企業が灯台下暗しになってる活動をしようかと思っている。

いい時代になってきた。

2009年12月26日 (土)

髭ブーム

韓国と言えば
目上の方の前ではタバコをすわない。
お酒も手で隠すといった具合のマナーがある。
これは、シバリョー(司馬遼太郎)情報では
儒教の影響だといってるので
間違いない。

僕は以前より儒学について興味があったので
最近調べている。

簡単に儒教を言うと年上を敬うとか
出身地がどうだ!などについてとか老子が書かれた
社会のルールブックである。
しかも年上にとって有利なので
おっさんの私には都合の非常にいいルールである。

日本も江戸時代は儒学が基本だったそうだ。
徳川家は儒学ルール採用だったそうだ。シバリョー情報だ。

お笑い芸人も先輩後輩だののルールは儒教文化の名残りだろう。

中国には道教なんてのもあって、
これは中国のご利益のある神社みたいな感じだろうか、、

仏教、儒教、道教。
なんや、ややこしいが、なにやらありがたい匂いはぷんぷんする。

梅原猛さんウメタケ情報なのだが
個人に役立つのは道教。社会では儒教。
それを調和するのは仏教なんて書いてらっしゃった。

なんだろう?

なんとなくわかった気がしたくらいでよし!

なんにしても、
老子や荘子やの昔のえらい方々は、みな髭が長い。

老人になったらのーばそっと!

2009年12月25日 (金)

人生ビフォアーアフター

韓国の若者と日本の若者の区別が
つかないおっさんになってきた。
「最近はファッション雑誌の流通の影響で特にわからない!」
なんて書こうと思ったが
30年ほどまえの司馬遼太郎さん略してシバリョーさんの対談に
最近では韓国の若者も日本の若者も同じ感じで区別がつかない。。。
なんて書かれてあったのだから、
最近の事情ではない。
たんに僕がおっさんになったのだ。

だが微妙な違いは、なんなのか?

考察である。

まず韓国の若者は兵役の義務があるせいか、
30歳くらいから、顔が一気におっさんになる。
兵役前と後で一気にかわる。

人生のビフォアーアフターである。

日本では人生ビフォアーアフターは何なのか?
結婚なのか?就職なのか?
厄年なのか?なんなのか?  

僕はまだ人生ビフォアーだ。

2009年12月24日 (木)

草食系と理数系は違う

韓国のロボ。

ロボットというよりロボである。

ロボットとロボ。
呼び方が違うだけで見方も大きく変わる。

ロボットと聞くと理工系の眼鏡おじさまの集まりで
機械ガッシャンガッシャンのイメージ。
およそ女子にモテルとは思えないイメージであるが
ロボと聞くと何か親しみもあろ遊び心いっぱいといった具合に
聞こえるから不思議である。

日本で僕が漫才をやっているパペじろう君は
ロボである。

韓国のそういったロボ事情を探索。

韓国のロボ周りも男子ばかり、
眼鏡度数は高い上、
兵役義務からはほど遠い男子ばかり。
だが、アシスタントにはかわいい女子もいた。
今後はああいった方々を草食系男子なんていわずに、
理数系男子といってもらいたい。
理数系男子のロボモテは案外高かった。
このモテ度数が高ければ高いほどロボも
もっと活性化するだろうななんて思った。

韓国にはまだロボとお笑いをするなんて方はいなかった。

あ、世界どこにもいないけど、、、、

2009年12月23日 (水)

クリスマスハムニダ

今日から韓国である。
韓国でクリスマスハムニダ。

日本でクリスマスツリーを買ったばかりなのに
韓国でクリスマスなのダ。

羽田から韓国に2時間ほどでいけるのはありがたい。 

韓国では雪が降っていた。

ホワイトクリスマスと言えばお洒落なのだが
実際には路面がつるんつるん。歩くのも怖い上
鬼寒う〜なのでプラマイゼロではある。

クリスマスな雰囲気には
目がいかずに
日本語の誤字脱字看板
「うどどん」「ラーソン」「スン」だの
キムチチゲ鍋のへんてこりんストラップだのに目がいく。

この私。

お笑いの私としては満点の目線だ。

クリスマスパーテイーに招かれ
「ジングルベル」を日本語で歌ってといわれ
「チンコのけ〜」と替え歌を歌ってきた。

大学のえらいさんも替え歌とはいざしらず
「チンコのけ〜」と笑顔で歌ってた。

お笑いの私としては満点の目線

西洋のクリスマスのふりには
のるだけのろう!

メリークリスマス!

2009年12月22日 (火)

クリスマスにノリツッコミ

クリスマスツリーを買った。

買うかどうか実は去年のクリスマス前から1年悩んでいた。

長っ!

金銭的な事やクリスマスが去った後の置き場より
クリスマスの過ごし方として、子供でもいてりゃ〜
子供の為に買うのであるが
独身のこの私がクリスマスツリーを買って12月24日25日と
飾って過ごすのはいかがなものか?
年をとるにつれ日本的な事にぐっとくるこの私は
酉の市だの正月に全力を傾けたほうがいいのでは?
と思ったが、買った。
なぜなら、忘れていた。
ノリツッコミを。。。

クリスマスにノリツッコミ。

ノリツッコミとは「あほか」と言われたら
「そうそうわしゃ、世界一のあほでんねん」と
相手の会話に乗って
「だれがやねん!」とツッコム。

醍醐味は乗るとき、アホにめっちゃなりきる事だ。
こうやると、アホと言われた事が
蒸発してぱっと気持ちよくなる。

僕はこれぞ、世界に誇る日本人の技だと思っている。
「もったいない」が世界の共通語なら
「ノリツッコミ」は世界共通語の技。

クリスチャンの祝日、キリスト様の誕生日クリスマス。
クリスチャンでもない僕なのだが、
今年から、思いっきり、ノリます!
そして、26日に「なんでやねん!正月じゃい」
と、つっこんでいきたいとこだ。

メリー!クリスマス!

ホーリーナイト!

2009年12月21日 (月)

コメントにコメント

「話し変わりますがぜんじろうさんはパチンコなどのギャンブルはされますか?
 僕は毎日のようにパチンコしてます…はい。儲かるわけありません…。
 よく趣味にギャンブルとか言う人いますが
 ギャンブルなんてそもそも趣味にははいりませんよねー」

僕はギャンブルと言う言葉は嫌いで、ギャンブルはしません。
番組をやった場合は仕方ないですが、
これも仕事の為にパチンコをやるので、
ギャンブルとは違います。

恋愛も仕事もギャンブル的な行為にはでない慎重派です。

ギャンブルの時にでるアドレナリン的なものは他で出してドキドキしています。

ギャンブルにも勝るアドレナリン的なものを出せるような作品を作っていきたいと思っています。

「やはり、出来たらメディアに出ないと駄目ですよ。」

ご指摘ありがとうございます。
その通りです。

「テレビの視聴率の低下」なんて言われてる昨今ですが、
まだまだ大きなメデイアです。
ちょっとでも出演したなら、反響が、早く、大きいです。

僕の一存だけではどうにもなりません。
やはり使っていただかないといけませんが、
指をくわえて待ってるわけではありません。
僕の目標は多くのみなさまに喜んでいただく事です。

このようなブログも、インターネットも僕の中では大切な
ひとつのメデイアだと思ってやっています。

お願いがあります。
僕が地上派のメデイアにでれるように、
テレビ局に「ぜんじろう見たい」と投書や電話をかけてください(笑)

テレビ局は国の免許事業です。

2009年12月20日 (日)

ただただ

9年も続いたCSの「ぜんタネ」が終了を迎えた。
同郷の種浦君とトークのみの2時間の深夜番組であった。

始まった当初はCSの世界も

この9年は You tubeなどのインターネットの進化。
不況に突入。地上派のテレビも危ないなど様々な変化があった。

ある種、低予算、で、カメラマンもいない、
スイッチャーは出演者といった作りは
今やインターネット放送では当たり前である。

時代を先取りした番組であった。

今後、まもなく地デジ化なんて言われてるが、
未だに僕は、それがどう中身に影響されるかなどは、わかっていない。

またこの番組は
お互いが前を向いて話す漫才スタイルである。
掛け合い的要素もあった。
が、座って話すのだから、
漫才のように身体を動かし
短く早くオチがあるわけではない。

肝心の中身の変化としては
2時間もフリーで話すとなると、
トークの中身も自然とゆったり長くなる。
9年前の当初の軽いトークからより深くなった。

深くなった原因はというと、

我々がおっさんになったと言う事が大きい。

理想を高く掲げてる僕と種浦は、
「もっと自分の理想の形で売れたい」と
いった苦悩を抱えていた。
通常の番組では言わないし、見せれないのだが
見せるといった事もこの番組ではやっていた。

またすべてのトークに「なぜ?」といった疑問を
トークで解決していく。半分、心理学のようになり
研究発表のようにもなる。
こういったメデイアは今はCSといえどない。

終わるのは非常にもったいない。

そもそもなかったものが、なくなっただけであるが
寂しい話である。
あまり今後の期待をするとまた外れたときに苦しくなるので
大きくは期待しないが、冷めてしまう程のあきらめでも暗くなる。

ただただ喜んでいただく為に
今まで通りやり続けるしかない。

2009年12月19日 (土)

本能むき出し

シーグラフin横浜パシフィコ、最終日。

3Dの映像の世界や新しいインタラクテイブな映像の試作品が展示。
商売をしてる生々しいブースと大学の研究の為の実験のブースがあるが、
実験のブースのほうが面白い。
実際にじゃー買うのか?となるとわからない。

今年のロボの目玉は、
S会社のアンドロイドロボ「HRP-4C」であった。
かわいい女の子の
開発者の方とお話ができた。
多分、ああいった人間みたいなのロボットを作ると
「怖~」などと言ったネガテイブな事を言ってこられるのだろうか。

ロボットに知能や魂なんかが宿るなんて事はない!と言っておられた。
すべてはシステムなんだ!と。。。

僕も実は「こわ〜」や「エロ〜」と思う側である。
が、あの女の子ロボには、非常に、エロい印象を持った。

開発者はエロい為にやってるなんて事は言えないだうが、
ぜひ、やっていただきたい。
話す口と言葉がリンクする説明をやられていたが、
胸の感触の良さや喘ぎ声の顔と声のいい部分。
なんなら、性器の部分にも凝っていただきたい。

僕もロボットに魂が宿るなんてまったく肯定はしないが、
魂が宿ると感じる人間の脳の不思議には興味がある。
結局は、人間側がそういった事を感じる部分にだ。

太古の昔から人類は人の形したあらゆるものに、
魂がやどるといった事に翻弄されてきた。
が、翻弄されて助けられる部分もある。

ロボ会には、
魂よりももっと何かを宿してやろうと本能むき出しの部分を
全面出せないもどかしさを感じた。

いっそ開発者の方には「最高の彼女を作ってます」
と、神懸かり的なおごりの部分も持っていただきたい。

その本能の暴走を見張るのは、道徳や理性や宗教といった論理なのだ。

本能と理性は夫婦みたいなもんだが、
こういったロボット学会や3D学会などは、理性が幅を効かせているな~と思った。

本能むき出しの会も見てみたい。

2009年12月17日 (木)

シーグラフ in アジア

シーグラフ in アジアと言って
デジタルコンテンツのイベントにパペじろう君と漫才のデモに行った。

3Dの映像のイベントであるが、ロボットのブースもあり
そこで、多分、にぎやかしとして呼んでいただいた。

いつも思うのだが、パペじろう君はロボットにしては身軽である。
現状、ロボットにショウをさすとなると、大層に技術者などが数人必要で
故障も多い中、パペじろうは、身軽に運べ、身軽にセッテイング、身軽に漫才といった
便利屋なのだ。あまりロボット業界からは賛美をうけない。
批評家の方がんばっていただきたい。
いつもながらすごいな〜と思う。

後は音響、マイクの問題であるが、
NECの0さんも音響システムのエキスパートにいつしかなって
いつなんどきも、悪条件の中、大勢の方を盛り上げれる。

芸人が強くなるのは悪条件の営業などいった際に
手をかえしなをかえ盛り上げようとする。
技術が向上する場である。

我々も今回は立ち見といった
お笑いでは悪条件の中、楽しんでやらせてもらっている。

なんせ半分お客さんが外国人といった形
立ち見。音もうるさい。お笑いを見に来たのではない。
この5重苦にもなる壁は乗り越え甲斐のあるイベントである。

2009年12月16日 (水)

年賀状

年賀状を書く季節がやってきた。
がいつものごとくまだ書いていない。
どこか頭の片隅にメールでいいかな?
と言うのがあるからだろうか
でもメールではちょっと軽いな〜と言うのもある。 

去年はインターネット上で神社にお参りした。
日本は八百万(やおよろ ず)の神の国だから
ネットにも神様は宿るって事にしてオウチャクをして参拝。 

でもなんか、ちょっと軽い気がして
本当の神社にお参りに行った。

紙に手書きの年賀状って言うのは、何かが違うのだろうか?
アナログの強みなのか?

いつものごとく書くのは来年にならないように
今年中に心込めて年賀状を書きたい。

2009年12月14日 (月)

神様を喜ばす

S-1に映像を提出した
提出する前にいつもやってる事がある
新宿のヨシモトの本社の横の花園神社に「後は神頼み」しにいっている。
神頼みする時いつも思う事がある。
神様も頼まれて大変だなと。。。。
頼むばかりでは失礼ではないかと思い喜んでいただけるように
いい報告をするようにしている。
S-1では上位に食い込んだ事もないのであるが、
これもまた僕の人生の物語の大切なネタふりです。
ありがとうございます。
なんてご報告をさせていただいている。
まもなく正月であるが、
欲を持った方ばかりが、神社にはくるのだろうが、
去年の報告で神様も喜ばすといった事もいるのだろうな〜なんていつも思う。

来月は優勝しますように!

2009年12月13日 (日)

実は難しい

おすすめベスト5をイベントでやった。
東京の中野にあるBarでお酒を
飲みながらお食事も食べながら見るイベントだ。

このイベントはもう17回も続いている。

今の自分のお薦め事のベスト5を
紹介するといったもの。
僕は幸せになる方法ベスト5をやった。
さ!ここで問題まのは幸せって何なのか?である。
僕も普段から幸せになりたいと願う子羊なのだ。
幸せは形がない。ないので形にするのは難しい。

年を召された方に聞くと健康でいる事が
幸せなんだよ!と言われる。
言われても実感がない。なんせ健康なのだから。

じゃ~幸せを実感する為に
不健康になってみるのもどうかしたもんだ。
なので厳密に言うとより幸せを
実感する方法ベスト5を紹介させていただいた。

5位はサウナの入り方
4位は簡単にできるヨガ(呼吸)
3位はおすすめのおつまみと焼酎
2位はおすすめのネットのサイト
1位は仏教
といった具合なのだ。
一位の仏教は宗教の視点からではなく
お笑いとしての目線で紹介させていただいた。
こんなイベントができるもの、実は幸せなのだろう。
が、幸せを体感するのは実は難しい事だと思う。
そんな事をできるだけ考えない事が一番なんだろう。

まじめな話
逆に言うと不幸を体感する
なんてのも実は難しい事だと思うのだ。

2009年12月12日 (土)

気温まで西洋化

今日は浅草で演芸。
浅草は昼から暖かかった。

この劇場に向かうときにはいつも浅草寺の中を通りながら行く。

冬なのにタンクトップの外人軍団がいた。
肌がどんなけ強いねん!

外国にいった時不思議に思うのは
町にはセーターの方がいたり、
革ジャンの方がいたり、タンクトップの方がいたりするので
僕もまわりに惑わされ、
暑さ寒さがよくわからず風邪を引く場合がある。

昼と夜の温度差の違いがあったり
肌の体感温度の違いがあったりする。

日本では、温度差がそうなかったのだが、
最近秋も短く、冬に急になったり
人間が西洋化する中
気温まで西洋化せんでもええやん!
なんて、
西洋化していない浅草寺で思った。 

2009年12月11日 (金)

Twitter

Twitterを日々やっている。
ようやく使い方も慣れてきた。
Twitterが社会にどういった影響があるのかは知らない。
僕の中では多少影響があった。
よくモバイルを見るようになった。
本やビデオをみる時間がtwitterを見る時間になっている。
140文字といった案外短い文章で書き込むのだから
普段から話や文章が長い僕にとっては新たな道なのだ。
短くするって事は、自分のこだわりを大分削らないといけない。
僕は今まで相手の事を思うがゆえに、話が長くなって、要点が伝わらなかった事があり
結局相手の事を考えてないといった本末転倒な事になっていたが、
相手の事を考える最大の事は、短く!ってのもひとつかな?
と思った。
後は、最新って言うのも、Twitterの特徴。
僕の中でどう影響があり、また社会でどう影響ふぁあるのか、
今後も楽しみである。
この楽しみが増えたって事も影響のひとつである。

2009年12月10日 (木)

思いたい

飲み屋でおもろい事について
語ると止まらなくなる。

おもしろいをテーマに話すと生き方にまで発展する。

ロックをやってる方はロックかどうか?
芸術をやってる方はそれが芸術かどうか?

興味のない方にとってはうんざりのお話である。

お笑い芸人もみなさんお笑いのほうに目がいきがちであるが
地味なほうの芸人に気を配っていただきたい。

芸人は気質がいるとよくいったもんだ。
昔弟子についてた時、車移動の際に
師匠が風邪気味であった。
「お風邪大丈夫ですか?」
といったところ、
半分切れ気味に「芸人は風邪ひかへん」
とおっしゃった。
自分への戒めもあったのだろか?
気質なのだ。

飲み屋で後輩と朝までそんなどうでもいい事を話あって飲んだ。

二日酔いになるだろうが、
芸人は二日酔いはない。

と思いたい。

2009年12月 8日 (火)

僕のはちょっと変わってて

M-1の決勝8組が選出された。

自分も参加し
3回戦負けといった失態であったのに
リアルな感じがしないのはなぜだろう?

最近のお笑いは、あまり見ていない。

厳密に言うと、見ないようにしている。

なぜ見ないのか?
面白いなーと思ったら自然と真似てしまうので、
極力引いてみようと思ったり
あ、これは昔のパターンやな~なんて
引いた先に冷めた感じで見てしまったり。

これはプロの方ならよくあるのだが、
僕のはちょっと変わってて
「この漫才って英語に訳したら外国人にもうけるかな?」
なんて頭で言葉や感覚を変換しながら見ている自分がいる。

これは海外でお笑いをやっていた時の癖がまだ抜けていない。

外国でいつも思ってたのは、
ダウンタウンさんのあの実に感覚的な笑いや
不条理漫画と言われるのが、
西洋人にわかるのかな?と思いながら海外で
勝手に英語に訳して外人に説明しがてら
英語を勉強していた時期があった。

戦後の日本の漫画、アニメ、お笑い、などを
きっちり知った上じゃないと、
笑えないのはそうなのだが、

西洋人には、説明できないおもろポイントを見るたびに、
僕は、うれしくなるのである。

最近笑かす、時間が短く、早く、
論理的にシステマチックになってきた中、
おもしろいシステムが解析不可能な笑いにうきうきする。
そういうのって、万人ウケしないのだが
万人を巻き込むメジャー感を持ってる方のを見るのも
そんなもんを持っていない僕は見て興奮するのだ。 

2009年12月 7日 (月)

溺愛

今日は夏終わりあたりに撮影があった
「僕達のプレイボール」って
映画(来年公開)の試写会があった。
僕は野球の監督役で出演させていただいた。
試写室に入ると試写室は超満員。
席を案内されたら
原日出子さん夫妻の隣に座らせていただいた。
ひさびさ渡辺裕之さんとおもお会いした。

映画が始まり、自分のシーンになるとおかしなもんだ。
自信がないのか、こっぱずかしい。
目をよりめにしたりして
極力自分のシーンは観ないようにした。

打ち上げに参加した。

「僕の演技どうでした?」なんて聞く程若くもない。

ほめられたいが為に、また自分の不安を解消する為に
若い頃はよく誘い水として「どうでした?」聞いていた。

こう言うのを、溺愛っていって、四苦八苦のひとつなのだそうだ。
この年になると、見返りを求めずただやる!
反省は自分でやるべし!なのだ。

黙って黙々と食事をとっていたら、みなさんから
「よかったよ!ぜんちゃんの演技」
なんて言ってもらえた。

ここで調子に乗ってはいけない。
「所詮、自分は素人」と念じた。

2次会 に誘われ、六本木まで、行った。
人の歌を「イエーイ」なんて盛り上げた。

これが僕の本職だ。

途中抜けしたが、夜中の3時。

後のメンバーは朝6時までコースだったそうだ。

公開が楽しみである。

2009年12月 6日 (日)

ちょっとは成仏されたかな?

Shoot FES masinima 2009 と言う
3D映像の作品のアワードを決めるイベントがあった。
厳密に言うと、シンガポールで行われていた。

今の時代はネットでライブカメラで会場の模様を同時中継で観れる
といった時代なのだ。

僕は実はこのイベントに
Sちゃんと一緒に作った作品を実は応募してたのだ。

最終選考に実は、僕とSちゃんの作品が2作品も選ばれていた。

世界各国から選ばれた3D映像が何作品かホームページ上に上がっていた。

観たら、おもわず、笑ってしまった。

他の方々は、本気である。

誰がそこまで本気で言うたんやといった作品だ。

我々のは、唯一、お笑い作品。
選ばれた理由は多分、
イベントの箸休めとして、イベントのクッション、いや、イベントのお茶濁しだと思った。

箸休めに選ばれるポジションは僕は嫌いではない。
むしろ、どこでも、なんでもい、それくらいでいいのである。

結果は案の定、
米国人の作品がアワードを獲得。

超ド!本気の作品であった。

S-1グランプリで選考漏れした作品が選ばれたので
ちょっとは成仏できたかなと思う。

ここで観れる。

2009年12月 5日 (土)

びっくりする

匂いが消えた

今日、朝起きたら、匂いがしない。
鼻が言う事を聞かない。
風邪なのか?
のどは痛くない。
冷蔵庫に行ってオレンジジュースを飲む。

1時間もしたら、匂いが戻ってきた。
風邪の兆候なのか?
匂いって生活にはかかせない。
当たり前の事がなくなるとびっくりする。

そういや、今日「ぜんタネ」で香道と言って、
茶道や花道と同じく、香りを楽しむ会のお話があった。

香道においては香を「聞く」と表現するらしい。
鼻を利かすとは言うが聞かすとはいわない。
匂うではなく、聞く。このあたりの言葉の決めが、面白い。

そういや、臭い(におい)と臭い(くさい)は同じ漢字である。

香りを聞く。
耳を澄ます。

この日本語自体が美しい。

夜には、鼻も元気になって、香りがめっちゃ聞こえている。

風邪には注意。

2009年12月 4日 (金)

減り度が一定じゃない

肌水が残りわずかである。
でも買いにいくほどの減り方ではない。

トイレットペーパーものこりわずか。
これは買いにいったほうがいい。

サプリのブルーベリーも残りわずか。。

日用雑貨や薬やサプリなど消えものの減り度が一定じゃない。

気づいたら減っている。

昨日まで思わなかったのに、今日ふと肌水が減っていると思った。

夜中に天使が肌水塗っているのだろうか?

携帯が普及したのだから、
商品に全部タグがついていて買ったら登録をすると
減り具合や、賞味期限などを知らせてくれる機能ってあったらええのにな~。

なんて思いつつ、
まとめ買いをした。

サクセス(育毛剤)を買ったのだが、
お風呂場の棚の上に一個残っていた。

携帯で管理してくれたらな〜。

2009年12月 3日 (木)

音楽。。

今日は体がちょっとなまってたので
夕方ちょこっとマッサージに行った。
そこの店で
「ザ クリスマスソング」といった曲が流れていた。
心地よかった。

夜はIさんに誘っていただいた
ペギースーと言うデビュー記念のバンドのライブを。

北島三郎さんの息子さんのマコトさんがプロデユースされている。
UKサウンドの音楽。

中野で打ち上げに参加させていただく。
ラウンジミュージックが店内に流れている。

帰りのタクシーの中から
ワムの「ラストクリスマス」
この曲は去年彼女と別れの詩の歌なのに日本では定番。

詩をしったらげんなりする。

帰りに「カスピ海のヨーグルト」と「ハニーナッチクランチ」
を買いに24時間スーパーに立ち寄ったら

WA!!!!!!
Brooklyn Funk Essentialsの
「The Creator Has a Master Plan」が流れてた。。。

思わず踊りたくなった。

耳を澄ませば町には音楽が溢れている。

何気なく流れているのだが、
一瞬にしてその音楽の状況になる。

もっと、もっと、
いっぱい、音楽がこの世に溢れてほしい!!!!

今日流れていた曲のPVです。

 

クリスマスソングで僕はこれが一番好きです。

 

前向きにいきや!

いいね〜〜!

2009年12月 1日 (火)

Twitterを本格的に始めました

いきなりですが、Twitterを本格的に始めました。 

ここでのブログは
コラム的なものとして長い文章を書いてますが
このTwitterはつぶやきと言うか、ボヤキを、だいたい一言くらいで書いてます。

しかも一日に何回もアップしています。

フォロワーとかまだまだ理解できない事が多いですが
そのうち、慣れるだろう。

あまり先を考えないで
興味に身を任せて、今やっています。

URLは

http://twitter.com/zenzenjiro

フォローしてね!

2009年11月30日 (月)

いよいよPCの中に

先週からCSで始まった
セカンドライフぜんタネの録画DVDを見た。

この番組はどういった番組かと言うと
セカンドライフ(知らない方にはまったくわからない)といった
パソコンの3Dの仮想空間で自分のアバターが出演したものを
テレビ画面から流れるといったまったく画期的な番組なのだ。

セカンドライフと聞いて、
第二の人生 、定年退職後の“シニアライフ”と思った方は
ちょっと理解しがたい番組だ。

ここでのアバターでは空も飛べる海も潜れるのだが
我々は何をやってるか?

トークをやっている。

見てる方はパソコンの中で自分のアバターが
客席に座ってるといった感じ。
チャットで質問や意見が言える。

と、ここまで書いたけど、
良さを文字で伝えるのは難しい。

この番組は、見るというより、観覧しに行く!
しかもパソコンの中にといった具合。

いよいよPCの中に生活が全部詰まってきたな~
とつくづく感じる。

興味ある方はここにログイン!

http://secondlife.com/?v=1

無料です。

2009年11月29日 (日)

You tubeの映像は見れますか?

楽屋でへびいちご島川君が
ノートPCを前にヘッドホンをしながら画面を真剣に眺めていた。

のぞくと、You tubeにアップされている
夜のヒットスタジオでの松田聖子さんのデビューからの映像を見ていた。

「兄さん!かわいかったですよね。聖子ちゃんこの頃」

確かに!

You tubeにアップされている映像は、時間を超える。
25年前の映像が検索一つで出てくる。

「兄さん、松田聖子ちゃんの歌ってる
 後ろの西城秀樹の衣装変なんですよね」

「実は、この頃、聖子ちゃんは2カメさんが好きで
 アップでニコッってするんですよね」
と昇平君が解説。

みんなそれぞれマニアックな見方のツボを話す。

you tubeのコメントの欄に「01:20の顔!」なんてコメントがあったりで
見てみると、そこが面白かったり、僕もよく見て細かい細かいとこを
「ここ!ここ!」なんて思ってるタイプなんで、みなさんに紹介したいな〜。

みなさん!このブログに画像を貼付けたら、
携帯なんかで、You tubeの映像は見れますか?

見れるのだったら、貼付けよっと!

2009年11月28日 (土)

「すぎる」

国際ロボット展覧会に行ってきた。
といってこれは何か仕事に
かこつけての公式参拝ではなくて
昼食でちょっとビール!そんな個人的な
趣味の行事込みの私的参拝。

東京ビッグサイト内の
日比谷マツトモローのビッグプレートBはうまかった。

産業用のロボが中心なのだが
来乗客は、いっぱいであった。

こんなにも世の中にロボに興味があるとは驚いた。

来場者は工場で即採用といったビジネスマンの方。
技術開発を見に来た方。
僕みたいな笑いの方面、よく言えば芸術方面目線で来た方。
様々なのだが、受付で、目的によって
首からぶらさげる名刺みたいなのを色でわけられる。

中は、日本の産業用ロボ関連のが百を超える店舗か集って、
企業が新ロボを展示しての即売PR会。
知能ロボットコーナーや
産業用ロボコーナーなんて分かれていて面白い。
産業用ロボは製品を運んだり介護用といった
人間の生活を便利にするのが目的のロボだ。

僕はもちろん中をエンターテイメント会場に見立て
デイズニーC的な感じで見て回った。
でかい段ボールを素早く右から左へ運ぶバカでかいロボなのだが
あまりにも大きいすぎる。

なんでも、「すぎる」と言うのは芸術だと改めて思った。

そのうえずーっと、運んでいる。
「何やっとんねん!」とツッコミをいれると面白い。

何回かに一回休憩がはいったらおもろいな〜とか思ったり
そういう雑踏を歩きながら、この世界独特な雰囲気が、
何とも SFのエンターテイメントショウの現場目線で
真剣に商談をする方の横で、お気楽に楽しんだ。 

Ca3a0010

アンドロイド型ロボ。

0、5秒くらい本物だと思った。

これは不謹慎だが、エロ方面でいい!

Ca3a0012_3

笑いで免疫力を向上?

その横がうつ病の早期発見システム?

Toccoちゃん!

Ca3a0013

Toccoちゃんが鬱気味。

すいません。こんなオチで。。。

2009年11月27日 (金)

色んなの

ひさびさに紀伊国屋の本屋さんに行った。
ふらっと寄った。
最近PCで本を買うので本屋さんにはいかなくなった。
本屋さんにひさびさ行くと、
おしっこがしたくなる癖はなおっていない。
本屋さんに並んでる本を
一個一個見ていくと色んなのがいっぱいある。
「キノコの百選」みたいな写真集がでてたり
ペットもになんて、「ペットの言葉聞こえますか?」だったかな?
動物の通訳の体験記なんかもあったり、
人が空いてる哲学宗教のコーナーでは
カント—世界の限界を経験することは
可能かなんて本ふがどうどうと置いてある。
ちらっと見たが、チンプンカンプン。
書いた方がいるのだからすごい。

もうこのあたりで膀胱満タンになってきたので表へ出た。

本屋はまたには行こう

2009年11月26日 (木)

僕の心に焼き付けたい

楽屋で訃報を聞いてびっくりした。
同じ事務所の亀山房代さんが亡くなられた。

亀ちゃんとは、ほぼ同期で年は僕よりひとつ上なので
「ぜんじろう君」といつも明るくお声をかけてくれていた。

ここ何年かお会いしていなかったのだが、訃報が飛び込んできてびっきりした。

まだまだ人生これからと言うときに
亡くなられた。

あまりにも早すぎる。

生きていく上で
亡くなった方の知らせを聞くたびに
なんとも切なく辛いのだ。

辛い反面、生きている事が
奇跡のようであるとも認識させてくれる。

立派な大人になると言うのは死を日々受け入れていく事である。

人の人生はそれぞれである。

亀ちゃんの人生は短かったが笑顔が記憶に残る
すばらしい芸人であったとして僕の心に焼き付けたい。

ご冥福をお祈りいたします。

2009年11月25日 (水)

運が何なのか

今日はM-1三回戦の日。

昼はルミネでスペシャルコント。

夜は同じ場所でM-1の三回戦の予選が行われた。

結果は敗退。。

これについての思いを書くのは難しい。

審査に不服ととられるのも嫌だし
敗退した言い訳ととられるのも嫌なのだ。
なら、自己反省的な事を書いてもいいのだが
この大会に関わらず毎回反省はしてるので
ここで今回あえて書かなくてもと思っている。

勝敗をはっきり決める大会は
結果は結果として真摯にうけとめる事が
出場者としての基本である。

審査の結果や他人様の
批判的にならないように配慮しながら
ちょこっと書かせていただく。

ショージさんと出番を終えた後の楽屋で
ショージさんが「後は運やな」とおっしゃった。

審査結果をマネージャーから聞いた後
ショージさんから電話がかかってきた。

「あかんかったな、ま、しゃーないしゃーない。またやろや!」

決して、運のせいにはされなかったが、仕方ないとの事。

さて、僕は、この運とは何なのか? 
ここに前から興味があるのだ。

志の輔さんの落語で
「死神」の枕で
運について話をされてて
西洋と東洋では運の捉え方が違うとの事
西洋は神様からひとつラッキーをいただくと考えるのだが
日本では運は確率ととらえるとの事。
なので宝くじでもいっぱい日本では買う方がいる。
運はこの国には、いっぱいあるのである。

ここまで書いて運が何なのかは、はっきりいえない。
わからない。でも運というのは
何かはっきり言えないが、あるようなのだ。

運と言う言葉は、よかったときに使うと輝く。

悪かったときに人は使いたがるが、
「俺、運が悪かった」と、使うと、言い訳で醜い。
他人様に「あなたは、運が悪かったのよ」と言ってもらうとよし!

今回の結果も物語の重要なひとつだと思っている。

あまり気にせず、ただただ面白いと思う事をやって
いっぱいある運に助けられてやっていきたい。

2009年11月24日 (火)

腕時計を5分早めている

24時間、腕時計をつけている。
厳密に言うとお風呂とジム以外はつけている。

しかも腕時計を5分早めている。

遅刻病の僕は時計を早めるといった
トリックを自分にしかけている。

なんでも5分引く癖がついたので
良し悪しである。

そんな腕時計が打ち合わせの最中に止まった。
時計が止まっただけで日常は動いている。
当たり前である。

実はちょこっと
打ち合わせが、東大であった。

東大の試験は難しいけど、門の出入りは無試験。

びっくりしたのが、一般人も入れ、
レストランなども充実。
東大グッズも売っている。 
時計コーナーもあって修理もあった。
ので電池交換をした。

東大でやった。
東大の飯を食って、電池いれて、
生協で東大の便箋を買った。

頭よくなるかな?

この行動自体、頭わるい(笑)

2009年11月23日 (月)

季節までデジタル

今日は晴天。

晴れてるのに日中から自宅作業の編集。

新しいパソコンを購入したので、
新しくインストールとか
新しいOSのバージョンがどう
とかいちいち不具合に対応。

コピーされてなかったり
前のPCで使ってたソフトでは今回のPCでは
無理だったり。。。。

自分の中でプチパニック!

やっと映像編集のソフトが立ち上がり
自宅で地味に編集。

パソコン前の作業ってじっとしながら
映像の中は派手な動きを編集したりなので
体訛る感じだ。

あまりにもいい天気だったので
近くの公園で弁当買って食う。

外は寒かった。

最近、秋がない。
夏があっていきなり冬
昨日まで半袖と思ってたら
今日からいきなりジャンバーな感じ。

季節までデジタルになってきた。

家の長袖のシャツが、アナログ機器のように
タンスに眠っている。

2009年11月22日 (日)

ぼろぼろの方が気が休まる

今日久し振りに衣類を買った。

ダイエーで。。。

ぼくは家で着るものは、
いつもそうとうなボロ着である。

ぼろぼろの方が気が休まる。

すり切れて、穴が開いて、もう捨てる寸前、
というものが、いちばん気が休まる。

かといって、外に出るときは、一応気をつけている。
ぐだぐだのファッションでは許されるぐらいのタレントではない。
おしゃれさんには届かないがおしゃれしようとするのは好きだ。

ダイエーの生活雑貨コーナーをぶらついた後
家で着るボロい感じのジャージというか、
肌ざわりのいいボロはないかと思っていた矢先に
若者が履くだぶだぶな感じの綿パン発見!
しかも、膝のところをふくらませてあって
ゆるゆる。。。履き心地はじつにいい。
値段も安い。

そこから火がついて、冬用の下着や肌着やいろいろ買った。
これらは、老人用のを買った。
保温度120%なんて書いてあって
肘のところが盛り上がっていて、心地良い。
また見た目も昔の老人のステテコ風ではなく、
若者のゆるゆるのズボンみたくお洒落になっている。

老人と若者の服が混同したダイエーの紳士服売り場はいい!

2009年11月21日 (土)

添い遂げる

松井のドキュメンタリーを見た。

イチローと違って外見は
冷静に見えるが内面はイチローと同じく
蠢く葛藤を抱えた方だとわかった。

人は見た目ではわからない。

松井選手はただいまFAである。

日本でもフリーエージェントって言葉が普通になった。
自由契約者って意味だ。

昔は同じ球団で添い遂げてこそ美学であったが、
雇う側も雇われる側も
能力を伸ばせるところに行くといったほうが
合理的であるので、昔のような美学に縛られていない。

確かにひとつの場所で始まり終わるといった
添い遂げは、美しい。

が、結果重視の社会では
結婚における幸せみたいな数字のでない世界ではない
ので、添い遂げるなんて言葉は死語も同然。

かといって、ぽんぽん気に入らないから
職を点々とするといったのは良くない。
また雇う側も、ばんばん足切りをするのもよくない。
このあたりが、ややこしい。

話が散漫になってきたが、
「添い遂げる」
この言葉は、
今の時代は、前より美しいものとなって輝いている。

できれば、僕も色んな事を、添い遂げたいが、

そうもうまくいかない。

松井選手はどこにいくのであろう?

2009年11月20日 (金)

聴衆の熱心さ

今日、後楽園の中央大学にて
共生ロボットの愛着のデザインのシンポジウムで
講演をしてきた。

大学内には久し振りに行った。
今は学生がお洒落なのには驚いた。
学食で食事をしたのだが、
量が多く、油ものが多く、
スタミナ定食と若い食べ物を食べた。

半分残したが。。。

シンポジウムの
コーディネータはいつもお世話になってるNECのOさん。

最近、ロボット界も、ようやく工学系から
愛とは?など文科系も導入。

はこだて未来大学のM先生は
「役に立つロボットではなく愛されるロボット」を講演。 
作家のSさんは「ヒトとロボットの未来はどうなる?」を講演。
僕も、「ロボットと漫才の真実」と題して、
生意気にも講演をさせていただいた。

聴衆の熱心さというのは、話の内容をずいぶん左右する。 
熱心さに空気も熱くなり
みなさん話もうまいとあって
僕も、なんとか、暖かい空気の中で講演ができた。

論理的に「愛着」と言った非論理的な事を
教授の方からアカデミックな話が聞けて
もやもやしてたのが、ちょっと晴れた。

人間に一番必要な「愛」

ロボットを通じて考えるときが来た。

なんとも皮肉だが、これは、面白い!

2009年11月19日 (木)

ふつうの出来事

F出版のGさんと、
出版の打ち合わせ込みのランチ。
中華料理屋へ。
店員さんが日本語が下手で
デザート頼んでいない杏仁豆腐が届く。

肝心の打ち合わせの中身であるが、
「普通に読める本がいいですね」と言われたのだが、
この普通って言葉は、僕にとって最近テーマにしていた言葉だったので
身にしみた。
何ごともふつうになるようにと、それを目ざしてやっているのだが、
そう簡単にふつうにはならない。
ふつうはダサイと思っていた。
ので、若いころはむしろふつうにならないようにと思っていた。
異常とか過激という言葉の魅力に引きずられていたが、
世の中にそれらが、あふれてくると
それには、飽きた。

なので、最近はなんでも
「ふつうで、、、」
散髪でも「ふつうにお願いします」
服も「ふつうの」
ネタも「ふつうのお笑い」 

ふつうにならないようにならないように
やってきたのに、なんとも矛盾。

僕だけでなく、
人はこの矛盾を抱えて前に進んで生きていく。

2009年11月18日 (水)

どこに消えたのか

新しいPCがようやく自宅に届いた。

PCがない生活が一週間であった。

その間に気づいたが、PCなしでは、一日がどうも落ち着かない
というより、PC中心の生活であった事に気づいた。

PCに、もはや、僕自身が、占領されているのでしょうがない。

家の中もPCが大威張りの生活なのだ。
なので、米軍の基地移転ならぬ、PCを部屋の中で移転した。
前より生活の中心にならないように部屋の端っこに置いた。

が、場所は関係なく、PCは必要なのだ。

新しいPCを使って、気づいた事があった。

ショックな出来事

メールなどのデーターを外付けハードデイスクにコピーしたつもりが、
されてななかった。

一気に目の前が暗くなった。
2004年からの情報がまったくなくなっていた。

2004年からの5年間のメール情報はどこに消えたのか?

パソコンの中身の情報はちょっとした事でデータが飛んでしまったりする。

仕方ない。

般若心経でも声にだして言いたくなった。

そもそも実体など、無かったもんだと。。。

2009年11月17日 (火)

ごもっともです

ブログの更新をしていなかった。
携帯でやったらいかが?とコメントをいただいた。

ごもっともです。

期待していただいた方には
ここ何日か、申しわけなかったです。

僕は家でブログを書いている。

しかもPCでだ。

Twitterで携帯からつぶやく時代に、
がっつり家から大声で理屈を書いている。

だが、
このブログをみてる方は携帯からの方が多い。

携帯はいつでもどこからでも手軽にがいい!
なので中身も軽やかになるだろう。

じゃーPCの前で書くとなると、
どうしても、
どっしり理屈をこねるような重い中身になってくる。

軽くも重くも両方実験的にやってみよう!

2009年11月12日 (木)

新しいMac

今使ってるMacを返却!

14日(土)から隔週で、セカンドライフ内で番組をするといった事なので返却。

新しいiMacを注文。
カスタマイズもお願いって事にしたら、
届くのが、10日後くらいって事でした。

なので、届くまで
このブログの更新は、基本お休みさせていただきます。

では〜!

2009年11月11日 (水)

ひとりぼっちは寂しい季節!

朝から雨。

雨で寒い。

こうなると、寂しいもんだ。

独身での冬は、人恋しくなる。

もうそんな生活は23年ほどやってるのに、
慣れない。

ひとりぼっちって言うのも、友達や恋人がきちんと居た中で
たまにだったらいんだけど、いないとなると、
当然、ひとりぼっちは寂しいのだ。

東京などにいると、街に人が多く、華やかなせいか、
ジェラシーも混じり、ひとりぼっち感が増す。

逃れる方法は、2つ!

逃れる為にがんばる!

諦める。
で、寂しさと、うまくつき合う。

若い頃はがんばり努力したが、
もう、この年になると、
諦めた。
さみしんぼ君と、
うまくつき合おう!

寂聴さんが言っていた、
「人間はひとりで生まれ、一人で亡くなる。
 その間にひとりで何が寂しいもんですか!」
もう、ひとぼっちは、いずれ亡くなる
予行演習だと思い、
NHK教育の「ひとりでできるもん!」ならぬ、
ひとりでできる事に夢中になりやるしかない。

実は東京は華やかに見えて、
東京こそ、孤独の巣窟なので、
僕だけが寂しいのではないと思うと、
ホッとするのだ!!!!!

2009年11月10日 (火)

入れ歯デビュー

今日、いつもお世話になってる歯医者さんに行き、
奥歯を抜いた。

歯が奇麗ですねー。

なんて言われるが、実は、ぼろぼろで、ほとんど、差し歯。

奥歯もかぶせる土台の部分がやられて

「ここは、入れ歯ですねー」

なんて言われた(笑)

入れ歯デビューだ。

まさか自分が入れ歯を勧められる年になったのか!!!!! 

かなりショック!

その反面

 

入れ歯がどんな事になるのか興味津々。

せんべいとかお茶につけて食ってみる年齢。

明日の朝はひさびさ、
食パンを焼いて、バター塗って、
紅茶に付けて食おうと、帰りの東急ストアーで食パンを買って帰った。

2009年11月 9日 (月)

見ない派

Players TVさんに、雑談&打ち合わせ。

あまり詳しい事は書けないのだが、
Sさんに連れられて
Players TVさんへ。

お話のうまい面白い社長さんに、
頭の回転のいいWさんと話が盛り上がり
5時までのところ、8時まで居させていただいた。

夜もう一本打ち合わせ
1時間遅れて登場。

こちらもDVD制作会社。
これもあまり詳しい事は書けないのだが、
映像とネットの行方的なお話に。。。

携帯で映像を見るのか?
って話になり、見る派と見ない派にわかれる。
見ない派の方より見る派の方のお話が面白かった。

そう言う僕は見ない派。

なので、その席ではつまんない派。

新大久保で韓国料理を多ベながらお話であったが、
マッコリの見すぎて、
後半は、Dさんが、仮面の忍者赤影に出て来た
鼻が真っ赤な傘の妖怪のおっさんに思えた。

夜中解散。

2009年11月 8日 (日)

保留

今日は書い溜めしてたり
録画溜めしてた本やビデオを見る。

本「雨の中のらくだ」
本「赤めだか」

立川志らくさんと立川談春さんのエッセイ。
師匠について書かれてて、面白かった。
両方ぐっときた。

DVD「テディベアのルドヴィック ギフトBOX」は、かわいかったな~。
カナダのアニメーション作家の作品。
アナログのアニメってやっぱぐっときます。

テレビの録画、
養老孟司さんのインタビューみたいなの。。

これが感銘うけたな~~!

さすが、70を超えた脳学者の方の意見は、やはり、ぐっと来た。

養老氏曰く、
人間は考えないといけない。
そこには、体力がいるそうだ。
なぜなら、人生には、絶対の答えなどなく、
人生で、ぶちあたった、疑問は
保留しなければいけないうそうな!

その保留は針のようなもんで、刺さったまま、何年も経って
ある瞬間に「あ!あれは!」とわかる瞬間、針がすっと抜けて、
が、気持ちいいそうだ。

僕達は、学校病で、答え合わせに慣らされてしまっている。
しかも、すぐ答えが見れて、安心した感じになれるが、
人生に答えなどない。
あるとすれば、「答えは、それぞれ」といった答えなのだ。

疑問や、悩みは、保留する体力と、
そこから根気よく、考える為に、
保留といった事が必要だそうだ。 

目からウロコである。
僕も悩んだら、すぐに答えをだそうとし、
しんどくなる事がある。
何かに悩んだら、
呪文のように、
「保留」
すると言った選択肢があると言う事だそうだ。

脳学者で言うと、
茂木健一郎さんそういや、
申告漏れ。。。

ありゃりゃ。。。

お金は人間の決めた単なる価値ですから。。。

なんて言ってながら、多額の申告漏れ。

まだ、尿が漏れたほうがかわいいのに。

やっぱあの方は、うさんくさかった!

2009年11月 7日 (土)

M-1 二回戦

今日、M-1の二回戦が原宿であった。

平日のお昼、料金も2千円だと言うのに、お客さんは、ほぼ満員
若いお客さんが多かった。

一回戦のお客さんは、出場者の身内の方が多かったが、
二回戦あたりから、M-1の常連の方なのか、お笑いが好きな方なのか、
芸人さんの固定ファンの方なのか、そういった方々が増えた感じである。

一組のネタの持ち時間も3分と一回戦より1分多くなる。

村上ショージさんと僕の漫才は、通常ステージでは、15分を基本としている。
M-1目線で見たら、中距離の時間である。
ので3分といった我々にとっての短距離走の笑い
しかも若い方々の脳を刺激する刺激物の強い笑いを求められる。
救いは、審査員が、我々と同様、立派なおっさんなのだ(笑)
刺激物はもう胃がもたれる年齢の方々が審査されるとあって、
この大会は嬉しい。
でも、何百組の刺激物の漫才を試食するのは気の毒だな〜と思ったり。

短距離走の笑いは、勢いと体力がいる。
が、もろいのは、すべてが、短い。すぐ飽きられる上
やってる側も飽きたり冷める傾向にある。

ショージさんは、その辺りを感覚で分かられてて、
短距離の刺激物の多い笑いを求められる中、
刺激物がない刺激を出す。
あえて、ゆったり、ゆるく、望まれる。
芸歴32年のベテランで、物怖じしなく、楽しんで望まれる。 
3分とはいえ、アドリブが何カ所か入り、普段色んなところで
やってるネタなのだが、
M-1の予選でも新鮮なのだ。
隣にいる僕が飽きないのには、圧巻させていただいている。

結果は、二回戦突破。

三回戦は、よりM-1の刺激物を求めにこられる方々が多い中、
刺激をあえて緩めた刺激を分かっていただけたらありがたい。

刺激物を強くしすぎて、
世間の方が、M-1を「今年、誰が勝った?」「あ!そう!」
と、勝った負けたのチェックだけが目的のようにならない事を願いたい。

2009年11月 6日 (金)

想像老眼

今、自宅で使ってるマックを諸事情で返却する時期なのだ。

ネットで買物をするのだが量が多すぎて優柔不断の僕は
なかなか決められない。
ただでさえ、ショッピングが苦手な僕が選ぶとなると、
もうグズグズなのだ。

それもこれも貧乏性の優柔不断の僕の性格に加え、
見栄っ張りで欲深いとくれば、もうハチャメチャ。

そんな中、ネットの最中にめまいなのかなんなのか、
一瞬字がぼんやりする時がある。

同級生が、老眼になったばかりである。
彼曰く、それは老眼!なんだそうだ。

病院に行くと、老眼ではなかった。

想像老眼であった。

単に、貧乏症の僕がPC一個買うのに、
欲がからんで、PCをずーっと見て、
目の疲れが出ただけなのだ。

でも、もう数年したら、老眼になるだろう。

同級生曰く、
もう老眼君は家の近所くらいまで来てるよ!との事。

こわ~~!

2009年11月 5日 (木)

たま〜に見てるだけだが、面白い

TVが最近予算の関係で元気がないらしい。

僕は、そんなことは、なんのその、
たま〜に見てるだけだが、面白い。

TVをそう見ないが、つけると、ずーっと見てしまい
「ようできてるな~」と、いつも、感動する。

スポーツも案外良く見る。
なんでも見る。

ゴルフに野球に格闘技。

人の勝負は面白い。

勝った側も奇麗だが、
僕は負けた側の顔がなんとも美しく見える。

特に深夜の格闘技の番組。
年末の番組への宣伝番組なんだろうが
選手の内面にインタビューをし
敗者にスポットを当て、美しさに磨きがかかる。

あの血まみれの中、
タオルで血を拭きながら
目を輝かせ前向きに語る人間にぐっとくる。

僕なんぞのお仕事は、
ぼこぼこにされ血まみれになるなんて事はない
だけに、人のそういった行為にぐっとくる。

ここに僕の話なんて、おこがましいが
勝負の世界を見るたびに、
心が、血まみれになっても、
前向きに行ける人間になりたいといつも思う。

2009年11月 4日 (水)

コメントにコメント

ぜんいちろうさんのコメント
緊張の時のここぞ!とゆーときに自分を励ます何か秘策について。

僕は宗教家でないので、
「祈りなさい!とか仏壇を買いなさい!
 なら国家試験に受かります」などは言えません。
自己啓発セミナーの塾長でもないので
「自分を信じるのです。あくまでポジテイブに!」なども言えません。

僕なりの解答ですが、えらそうに言うのもなんなので、
僕の経験談と僕がやってる秘策を書かせていただきます。

僕の経験上「緊張の時のここぞ失敗しない方法」
と言う秘策の本などを読み実践しましたが、
僕は役に立った事がありません。
いつどんな時にも、慣れていない状況の時、
緊張は絶対します。

緊張を楽しめ!なんてよく言いますよね。
実践しましたが、僕には無理でした。

僕は、緊張が多く出てくる時は
絶対はずせないとか、
自分よりよく見せようと思う時に出てきます。

秘策はその人にあった自分なりの答えを持つ事なのでしょうが

普段通りの平常心を保つ為に音楽を聞くとか
ゆったりと、深呼吸も善いと言われています。

それでも僕は緊張はします。

これはしゃーないですね。

あきらめるしかないです。

その上で僕がやる、秘策です。

ぜんじろう流の秘策は、

「最悪駄目でも逆にそれがオモロいねん」と
まず思う事にしています。

「さ!うまくいかんといたろ!」くらいの気持ちで望む事にしています。

えらそうにもアドバイスは

何度落ちても、またうけに行く!一人の30過ぎの人間が、
落ちても落ちて、国家に試験を逆に試すくらいの気持ちで、望んでください。

どうぞ!
笑顔で気持ちよく、国家試験に落っこちてみてください。
とはいいつつ、国家試験に受かってください。

枚方バンダムさんへ

S→1の作品に一般。参加者とか入れたりはしないのですか?

ないみたいです。
事務所に所属した方の参加です。

ヘレンさんへ

ドラマ出演の件ですが、
地上波テレビでも見ることが出来ます。
12月中旬じゃにでしょうか?TX系とBS放送みたいです。
詳しい情報はまたブログに書かせていただきます。

 

2009年11月 3日 (火)

改めてびっくり

外は晴天なのに
自宅で朝から不健康にパソコンを前にS-1のビデオ編集だ。

自宅でアフレコや編集が出来る時代になったのには
改めてびっくりである。

自宅が組織と並ぶ時代はもうすぐそこに来ている。

毎月ソフトバンクの携帯の中でバトルが繰り返されている。
あまりこの大会は評判があまり良くない。

ので、今回は、この大会の良さを書かせていただく。

携帯で面白い動画を見る。

しかもTVでもなけりゃ~DVDでもない映像。
公共の電波ではポイ捨てされそうな映像。
よもや、ぐだぐだの映像がぐっときたりもする。

見る側の方々がTVの見方や映画の見方に加えて
大きな器を持ってみていただければ、ありがたい。

お笑いのプロが個人的に撮影に挑む。

少ない予算で撮影し
小さな画面で見る大きな笑い。

未来には個人と組織の差があまりなくなる瞬間。

えらそうな事を書いて
毎月参戦させてもらってるけど一度も勝利していない。

「それはお前がおもんないからやんけ」と
自分ツッコミをいれ
「だから逆に人生オモロいねん!」と
自分に魔法をかけて、
携帯ならではの映像をと、
面白しろ映像を撮影し
バトルに参加して、楽しんでいる。

2009年11月 2日 (月)

しゃ~ない

今日から急激に冷え込んだ。

風邪に注意である。

数年前から風邪をひくと治りにくい体になっている。
おっさんである。

予防であるが、英語で風邪はCatch a coldなので
暖かくと思い、電気毛布やヒーターを出陣。
夏前に邪魔臭くて押し入れの前に置いていたものを動かしただけ。
「もう冬か。。。早いな~」
と月日の過ぎるのが早いと感じる。

おっさんである。

これで持病の自慢が始まったら立派なおっさん完成なのだ。

まだ持病はない。

いや。。

あった!

まだまだ若い!
と、思い込んでる脳こそ
わかりにくい持病なのだ。

ま、これはしゃ~ない。

2009年11月 1日 (日)

かっこわる〜

品川花月の楽屋で若手が
「かっこいい」といったテーマで話してた。
盗み聞きさせていただいた。

盗み聞きと言うと、聞こえが悪いが、
彼らにとって、僕は単なる物体の先輩。
いや、彼らには、僕は、見えてないのかもしれない。

なので、隣で大声で話してるのが耳に飛び込んで来た。

「かっこいい」「かっこ悪い」 
男には重要なポイントである。

ただややこしいのであるが、
これには正解がない。

かっこつけてた事が逆にかっこ悪くなったり、
かっこ悪く見せた事でかっこいい!なんて言われたり
男子にはかっこいいのだが、女子には気持悪いなんて言われたり

どうよ?

このかっこいいかっこ悪いは
他人が決める事である。

そんな他人の決めた価値観より
自分の価値観をオリジナルに作るって事
それが、しんどいから他人の価値観で生きる。

僕は、それがしんどい人間の一人である。
が、他人の価値観で生きて来たが、そろそろそれ自体もしんどくなってきた!

かっこ悪かろうが、かっこよかろうが、
楽に生きよう!と思っている。

これから先、僕はかっこいいなんてありえない。
かっこ悪くて当然。

なんて思ってたら、タバコの灰を思いっきり手の甲に落とし、
「あつ!」と叫んでしまった。。。

かっこわる~~。

後は女子に「かわいい」と救ってもらおう!

2009年10月31日 (土)

ウオシュレット

僕のおしりはどうも最近
ウオシュレットなくては駄目になっている。

ウオシュレットに何の意味があるの?
単なるけつの穴に?
なんて海外で言われた事があった。
英語圏では「Ass holl けつの穴」は
人を侮辱する時に使う言葉である。
そんな事もあって、海外では滅多に
ウオシュレットなんてない。

僕は腸がゆるい。
いつもゆるい。
なぜゆるいか?
いつも緊張している。
ビビリなので、神経が細い。
その結果腸に負担が来る。

だから、いつどんな場所に行っても
マラソンの選手みたく、給水所の場所をチェックするように
トイレの場所をチェックする。
しかも、ウオシュレットかどうかが、ポイントになる。

食べ物屋さんでもなんでも、
トイレがウオシュレットかどうか
食べログとかグルナビに書いていただきたい。

今日も劇場出番であったが、
トイレしたくなると、楽屋のトイレではなく
客席のトイレに行くようにしている。

僕のAss holl事情のAss hollな話でした。
食事中の方すいません。

2009年10月30日 (金)

コメントにコメント

ぜんいちろうさんのコメントに
「ブログって何の為につけてるんですか?」
とあったので、
ちょうど心構えを確認するいい機会なので
答えせてもらいます。

単に書きたいから。。

だけでは、つまんないので、理屈こねて書かせていただきますね。

昔も実はとある社長に
「なんで無料で儲かんないのに
 あんなブログみたいのつけてんの?」
なんて言われてね。

「自分の中では宣伝です!」とか、
「将来アーカイブまとめて本にします」とか
言ってたんですが、
その社長から「ブログやって客増えてるの?」
「本になった?」なんて言われましてね。
経営目線でみたら、「全然、結果出てねーじゃん!」って事を
ばっつんと言われましてね。

当たってるだけに心痛くてね。

じゃ~やんぴ~!って事になってもよかったんですがね。

経営目線でみたら、僕のは、
はっきり言って駄目駄目ブログ。

理由は、まず、
文が長い!しかも、日記でもない。
しかも、中身も自問自答系。

僕の感じたコラム的なものが多い。
内容もぐっだぐだ。
また更新も遅れてたりね。

そんな、
ド!あほの自問自答系は、うけないのは当然(笑)

じゃ~うけるように、短い文章で面白く、更新も多めに
やったらいいやないか!なんですがね。
それは、しんどいし、能力もいる。

って考えていくと

流行らそうとか、コメント数増やそうとか、
客増やそうとか、経営目線の目標はなく、

しいていえば、自己満足。

文章力鍛えられたらいいな~とか
日々のネタ作りって事なので、経営まで意識は
考えたら行ってませんね。

ま、マスメデイアへの露出が少ない分、
ちょっとは、宣伝にもなったらいいな~
とか、本になったらいいな~なんては思ってますが
それも、ちょこっとなだけでね。

だれでも出来るネットとはいえ、
大きなメデイアだと思ったら
そろそろ経営目線も入れていってもいい時期かな~なんてね。

だったら、まずやる事は、
書いてる時間の労力があったら
大きなメデイアにまずでるって事かな(笑)
それじゃー本末転倒。

ま、当分は、書きたい事書きたいだけ書きます。
経営気にしないで(笑)

2009年10月29日 (木)

アップハンドル

最近はもっぱら自転車に乗っている。
近くなら自転車自転車の日々である。

年齢的にも身体をきちんと整える時期にきた。
ここでサボると衰えが早い、
かといってジムでがっつりはしんどい。
そこへ持って来て自転車はいい!

東京は自転車に乗って思ったが
坂が多い。

そういや
地名も権野助坂だの中野坂上だの坂のつく名前が多い。

ただ、自転車で車道を走るのは怖い。
かといって歩道は人がいて走りにくい。

英国に滞在してた時は、
英国は歩道での自転車は禁止 
車道に自転車用の線がひかれている。
ので、その上を歩行者が歩いてたら
自転車乗ってる方から大声で
「そこは、自転車用!」なんて怒鳴られた。

英国では法律が強いのだ。

中国では車道に自転車と車が入り組んでて
優先は自転車かと思いきや自動車も歩行者もがんがん突入。

「勇気のある方が優先」なんて言われる。

じゃ!東京では、歩行者か自転車か車どれが優先なのか?

「いかついのが優先」なのだ。

チリンチリン音を流しながら
いかつくこいでるおばさんしかりおっさん。

ので、僕は、高校のときみたく
いかつさの象徴のアップハンドルにして乗っている。

ただ、今どきは、アップハンドルは、いかつくない。

なんであのアップハンドルがいかつかったのか?

僕の中では、未だにいかつい象徴である。

2009年10月28日 (水)

台湾料理

近所の台湾料理「山珍居」ってレストランに始めていった。
前から行きたかったレストランであるが、
どうもひとりじゃいきづらく、
Hさんって言うタレントさんを強引に誘い行った。

中華料理ではなく、台湾料理と大きく看板に書いてある。

政治的な事を差し引いての台湾料理の看板なのか?

台湾料理ってあまりなじみがなかった。

台湾には何度かいった事があり食事はおいしかった記憶があった。

食と民族は密接な関係があると言う。
マレー系の土地に中華系がはいりまた日本が統治してたのもあって
日本人の舌に味はあうようにもなっているとか。。

と小難しい事を書いたが、
何がいいたいかと言うと

うまかったって事です。(笑)

豚のあんかけがかかってる料理めっちゃなんておいしくてね。

台湾料理ってあえて掲げてる
お店には今後是非いこうかなと!

2009年10月27日 (火)

京都観光

京都で撮影が終わり
ちょこっと京都観光。

あまり大層な場所にはいけないので
京都駅近くの好きなお寺のひとつ東寺に行った。

東寺に行き、立体曼荼羅の仏像を見ると
いつも体育会系だな~と思う。

特に不動明王のコーナーは
いかついヤクザさん!

お寺内の博物館で曼荼羅展なるものをやっていた。

曼荼羅は両界曼荼羅といって
金剛曼荼羅と大悲胎蔵生曼荼羅に分けられている。
細かい解釈はよくわからないが、
絵として細かく見ると描かれている人物の動きが
なんともキュートなのだ。

昔「人間マンダラ」と言う番組に
出演させていただいた事があるが、
考えたら、番組名がまず壮大で
あったなーと改めて思った。

2009年10月26日 (月)

秋の虫

今日も京都で撮影。
京都市内のホテルに宿泊。

夜はゆったりお部屋で普段見ない
テレビ鑑賞。

ドキュメンタリー番組を見て号泣。

しかも、始めっから見て泣いたわけではなく
後半から見て中身よくわかってないのに
号泣。

ここんとこよく泣く。

「男泣き」なんていい言葉ではない。

単なる泣き虫。

男らしさの特徴は涙をこらえてこそなのだが
それは、社会での話であって
一歩家に戻れば、男らしさなんてなんのその
泣き虫の虫になる。

秋の虫になった日であった。

2009年10月25日 (日)

京都

京都にドラマの撮影に行く。

小出楢重と言う昭和初期の画家の再現ドラマ。

僕はその小出楢重役をさせていただいた。

びっくりしたのは、顔がちょっと似ている。

また台詞で
「画家言うもんは、自分が散々楽しんだ後のカスを
 買うてもらって食べて行くんやさかい、そない豊に出来る分けないがな
 お金のないのを怖がる事あれへん!のんびりやりやないか!」

僕も通常よく思う事である。

役作りをあまりしないで望めた。

そのぶん台詞が僕の普段使ってる言葉とごっちゃになった。

2009年10月24日 (土)

もったいないと笑い

ルミネで漫才。
ルミネ劇場は年中無休三回ステージを行っている。

見に来きて笑っていただける
お客さんも毎回受け具合は違う。
多く笑うお客さんもいれば
少ない笑いの時もある。

昨今「もったいない」が世界共通語になった。

笑いに「もったいない」はないのだろうか?

きちんと笑わんと「もったいない」

日本は、資源の少ない国だから「物体が少ない」が縮まって
「もったいない」になったそうだ。

芸人の数が増えて、芸人の物体は多い。
ので、「もったいない」とは思えない。

が、生活していく上でそう笑いが
起こるシチュエーションは少ないと思えば
演芸場で笑わないともったいない。

我々は限られた時間の中
笑かさないと「もったいない」と思い笑いを作っている。

もったいないが文化にも注入されるのだろうか?

2009年10月23日 (金)

そろそろ

今日もデジタルコンテンツEXPO2009が
未来科学館で行われた。

ステージにて「漫才の科学ロボットの笑い」と言う演目で
お笑いを解析したものとロボちゃんと今日も漫才をさせていただいた。

3時からのステージでは、HRP-4Cと言うアンドロイド型(人間そっくり)のロボットを
YTRのサムさんが動きを演出するとあって、是非見たいと思い、楽屋に残ってたら
スタッフの計らいで、楽屋に案内していただき
丁寧親切にお話をしていただいた。

何よりもの感動は、
ようやくロボに文化の人間が導入されてきた。
今までロボは工学系の方々
いわゆる理系の方で~工業大学出身とかであったが、
サムさんはダンスの演出も手がける

工学系の方々が本気で取り組んだように
文化の人間がロボの動きやお話を本気で取り組み
ロボに魂を吹き込んでいく時代がやってきた!

企業もそろそろそこに本気の予算を
つぎ込んでいただきたい。

2009年10月22日 (木)

滅多にない東京ならではのイベント

お台場の未来科学館で行われているのだが、
未来のデジタルコンテンツいわば、
3Dやらインタラクテイブなもの
製品発売してるものや、
実験段階のものが展示されている。

これから、ゲームはインタラクテイブな方向になるだろうと見た。
中でも気に入ったのは幾つかあって、
The 禅といった、インタラクテイブなブース。
はこだて未来大学の研究チームのブースである。
松原先生の教え子のチーム。
僕も以前パペロでお世話になった方々であったので
喜びもいっそうました。

The 禅は、手にとある装置を装着し、
耳には、ヘッドセットをして、畳の上で座禅を組む。
ヘッドセットからは、いろんな雑音が流れてくる。
とあるシステムによって、無になる事が出来ると成功といった
インタラクテイブな座禅の装置。

やってみたが、笑ってしまった。

未来を体験したい方は日曜日までやっているそうだ。

また無料である。

未来のデジタルが詰まった世界でも
滅多にない東京ならではのイベントである。

みなさんぜし!

GO!

2009年10月21日 (水)

コメントにコメント

10月10日 (土)のブログで「最近更新遅れるな~」

なんて書いたら、コメントを少ないですが、
みなさんから頂いて感謝です。。

ひっそり書きたい事をこれからも、書きますね!!!
ありがとうございます!

結婚してるんですか?
のコメントに解答です!

独身っす!

これからちょくちょく
コメントにコメントさせていただきますね!

2009年10月20日 (火)

光り輝くのが相方

のりおさんとコントでルミネ。
お昼にはまた食事にいかせていただき、トークと中華。

若いうちは、悩みが多いのだが、
年をとっても同じだけ悩みの種類が違うだけ、
悩みはなくならない。

先輩のご意見は道しるべなのだ。

じゃ~悩み的なものをどうすればいいのか?

もうここは、悩みはなくならないんだから仕方ないと言う覚悟がいります。

では、覚悟とは何か?

読んで字のごとく、悟りに目覚めるって事。

これは、もう悩みと、きちんと
相方のようにつき合っていなかくてはいけません。

長年漫才をやられてる方は、他人様の
相方との付き合いに慣れています。

避ける事もなく、かといって立ち向かう事もない。
うまくやっていってこそ、光り輝くのが相方。

もうここは、どうせ、最後は亡くなるんだからと言う
ポジテイブなツッコミをいれ、
それでも楽しく生きていこうと言う
覚悟でいくしかないのだと思った。

2009年10月19日 (月)

個人的な楽しみの代償

今日、Sさんと一緒に
とあるPと言うネットTVに売り込みに行った。

僕は日々ネットで時間を費やす事が多くなって来た。
以前はTVであったが、その時間は今はネット。

その中でもYou tube で費やす時間が大きい。
が、You tubeは投稿サイトなのだ。

投稿する側は無料。
見る方も無料。

お金払ってまでは見たくない
と言う気持ちがある。

今まで見ていたTVも無料である。

無料なのに、すごく面白い。
でも、最近つまんないなんて言われている。

僕は、まだまだめっちゃ面白いと思っているのだが、
世間の方はつまらないそうである。

考えてみたら、
今までがミラクルで、
面白くないのは、当然と言えば当然なのだ。
無料なのだから。

欲しいものはお金を払って得るといった感覚が
TV的なものには、なくなっている。

また、因果な事に、無料のTVが一番苦情があるらしい。

お金を払った映画がつまらなくても苦情はない。

貧困は文句を言うといった因果応報なのか?

文句を言うなら、ならみなけりゃいいのだが、
公共の電波と言う事で公共に欠けるものは
当然、よくない。
ので、おもろないを加速する。

だったら、テレビ的な
バラエテイーをお金を払ってまで見るかというと
見ないのだ。

僕は、TVでもなけりゃ~映画でもない。
ましてやDVDにする程大層でもない。

でも、ちょこっと、面白いもの。

それはネットで見るしかない。 

ただしお金を払って見ていただけるかが問題なのだ。

ネットTV。

公共でないTV。

あくまでパーソナルなパソコン上のTV。

個人的な楽しみをお金を払って得る。

ユーザーはそういった楽しみを持つ時代になってきている。

2009年10月18日 (日)

休日は休日といった感じ

今日は休日。
休日といった日が大好きだ。

僕のお仕事は不定期に休みがある。

ので平日も休日なのだが、
休日は何故か休日の感じが漂うのだ。

特に東京の僕の住む新宿の端っこは
ビジネスマンがいなくなり、がらっがらになる
が、近所の公園は人で賑わう。

平日もビジネスマンで賑わうのだが、
ビジネスマンの方々が、
今日みたいな感じの空気が漂ったらいいのに
なんて散歩しながら思った。

休日っていいな!

2009年10月17日 (土)

みんな平等!

今日、映画で知り合わせていただいた
映画製作PのIさんとお食事会が、赤坂の中華屋であった。

そこに、脚本家のIさん、弁護士秘書のMさんもこられて
中華三昧とトーク三昧。

Mさんは帰国子女なので
海外目線からの日本って事で盛り上がった。

日本に帰ってきてびっくりしたのは、
変わった事した時に、
「あんた普通じゃないよ!」って、集団で言われた時、
ありゃりゃ。。と思ったとか。

僕は帰国子女じゃないので、
そんな浦島太郎的な事はないが、
集団から「お前おかしいで!」と言われ慣れ、
行き着いた先が、ぜんじろうといったキャラなのだ。

確かに「あんた普通じゃないよ!」

真面目ちゃんが、大声でわめく台詞。

それが集団心理になる光景をよく見る。

醜い。

集団心理が、輝くのは、各個人の自己責任と
道徳的な事が個人の中に植え付けられている時、
誰が指示した訳でもなく、各個人が、個人を捨て
「みんな」って事を考えたときに輝くもんであって、
この良さは、逆の方向に向かう危険性もあるからややこしい。
弱い立場にむけての集団心理は、醜いいじめにもなりかねない。

どうも、我々は、学校でクセをつけられてしまった。

「みんな平等」。

この世に平等があるとすれば、
人はそれぞれ違うって事を認める事が平等である。

この国も心は米国のような、他民族国家ならぬ、他個性国家なのだ。

肌の色は同じだが、よくみたら、全員違うのだ!

生きる事に学校のような答え、一個の正解はない。

ので、みんな一緒の答えもない。

探してあったのが、「普通」って言葉。
そんなのは、現象としての数であるので、
次の日になると、また変わっているものだ。

いっそ、「人は、それぞれでよし!」と違いを認め、
正解など、ないと、あきらめ、楽ち〜んに暮らそう思っている。

これは、米国に行ったから発見できたのではない。

外国などいかなくても、自分の家の中で
脳の中で、もっと自分を引いてみるこそが、帰国子女。

 

脳内留学お奨めです!

2009年10月16日 (金)

あの世目線

仏教好きだというOLの女子と
隣の席になりトーク
何が好きかと聞いたら、おったまげた。

仏教は前世のなんちゃらとか、
ご利益とか

占いとごっちゃになっているのにはおったまげた。

僕は、無宗教のたんなる仏教ファンなのだが、
浅い知識しかない僕でも知ってる事は、
仏教は、そんな事はさらさら言っていない。

「そもそもは実態など無い!」と言ってる。

仏教をお金生んでくれるマネージャーのように扱う方がいるが、
自分の欲ボケのツッコミとして相方のように持つべきだと思っている。

何か悩んだら、
「お前ごときが、アホか!死んだらおわりでっせ!」
「お前ごときが、そんなにえらいんか!」
と。。。

生きているものはあの世目線から見たら、
みな欲のある天然ボケなので
あの世目線の仏教は、
生きてる我々は、ツッコミとして相方のようなモン。

そんなこんなで、僕は、仏教の大ファンにせてもらっている!

仏教はあの世目線からの自分へのツッコミだととらえている。

2009年10月15日 (木)

0円!!!ぜし!

今日は来週に行われる
Japan internatiomnal contents festival デジタルコンテンツEXPO2009
と言う未来科学館で行われるロボットと漫才の為のネタ合わせ
とはいいつつ、

技術者の方と打ち合わせ。

日時:2009年10月22日(木)23日(金)のお昼の1時くらいから出演。

お値段は、無料

0円!!!

笑いの解析の説明も、ちょっとします!

お時間のある方はぜし!

2009年10月14日 (水)

光るボデイー

今日なべやかん君とS-1用のネタを撮影した。
ゴキブリ神経衰弱といったネタで
ゴキブリの腹に数字を書いて、
数字を揃わしたほうが勝ちといったネタを撮影。

佐々木孫悟空と言って虫フードファイターといった
虫をなんでも食べる芸人。。
こう書くと、え〜〜〜〜!きもい〜〜!
って感じなのだが
実際に会ってみると、やっぱきもい!

でもそこは、エンターテイメントを志す芸人だけあって、
うまそうに食う。

また虫って実は 世界各国では
あらゆるところで食べられている。

今、彼はドキュメンタリー映像を撮っていて、
大学の学者の方も入って食用なのかどうなのか?
などインテリな事もプラスされたエンターテイメントに仕上げるそうだ。

とはいいつつ、
ゴキちゃんは気持悪かった。
ボデイーが怖い
光るボデイー。

下北で撮影したが、
黒いヘルメットのバイクの兄ちゃんの
あの光沢のツルっとしたのも怖くみえた。

12月分用にエントリーである。

2009年10月13日 (火)

余裕のあるオス

最近は婚活。
トンカツではない。
こんかつ!
結婚活動中!
とはいいつつ、寂しいので
飲み会に婚活と言う事にして飲み会に参加している。 

僕はオスなのでメスの気持ちがわかならい。
40年の経験上、メスの嗅覚はすごくて
がつがつしたオスやセコいオスやセックスが目的だけのオスを
メスは嗅覚でやましいオスを判断できる生き物である。

余裕のあるオスはモテる。
お金はもちろん、
下半身の余裕のあるオスもモテる。
これはどういった事かと言うと、
単に、下半身が大きいといった意味ではない。
セックスすぐしたがらないオスである。

そういったオスは
結局、ハンサムでメスに不自由していないオス。
それか、きちんと彼女がいたり嫁のいるオスなのだ。

年のせいか、僕は、疲れで、下半身にも余裕がでてきた。

後は、お財布に余裕である!

2009年10月12日 (月)

ハイテンションギャグ

マネージャーから
「ハイテンションギャグのオーデイションが
 あるんですがどうされなすか?」とメールがあった。

二つ返事で「行く」と返事した。

二つ返事をした理由だが、
僕の中で様々な理由が折り重なり、
即座に「行く」と返事をした。

さて、今回のオウデイションにあたり
僕にとってはいっぱいの思いを抱く事になった。

まず、若手の中に混じりオウデイションに行くといった行為。

プライドの高い僕にとってははっきりいって、
こっ恥ずかしいのである。
プライドは誇りであって見栄ではない。
つまらんプライドは若い時だけにあるものである。
最近は「お前みたいなもんが、どんなけええもんやねん!」と
自分ツッコミをいれれる、おっさんになりつつあるので、
お気楽に若手と一緒のぎゅーぎゅーの楽屋でひっそりいた。

ここまでは、僕の心の弱い問題なのだが、

それにも勝る僕にとって、興味深い出来事は、
ハイテンションギャグなるもの。

論理的なトークを主とする僕にとって
非論理的な身体を使ったギャグなるものは
僕は大の苦手なのだ。

苦手なまま、避けててもいいのであるが、
「自分は何故苦手なのか?」
また「この非論理的なギャグのすごさを今後は論理的に言いたい」
との事もあって興味津々で望ませていただいた。

作る段階として頭の中でまずイメージをしたのだが、
論理的ではない為、考えようがない。
ので、実際に動いてみたほうが懸命だと思い、動くが、
自分の口から出てくるリズム感のなさと
身体のキレのない動きに自分でげんなりした。

前日の夜に、次の日オーデイションに行く気がうせたのだが、
「おじいちゃんの格好で英語の本を持って授業中に狂う」って事だけをテーマに置き、
考えれば考えるほど、自分の頭の範囲内のこじんまりとしたギャグになると思ったので
オーデイション本番で一気にやって見て、自分が一体どうなるのか?
どんな醜態をさらけだすのか?
との自分に、興味津々で望む事にした。

さ!当日である。
デイレクター1名にADが3名ほどの日テレのリハ室で
「どうぞ」をきっかけにハイテンションギャグをやる。

頭の中は真っ白になり
頭の線を3本ほどブチっと、きり
ハイテンションギャグをやった。

すると、なんと、普段やりなれないせいか、
動いた拍子に、背中がつった!!

痛ったたた!!!

背中の痛みが頭に残り、気づいたら終わっていた。

自分が何をやったか覚えていない(笑)

デイレクターの方が丁寧に「ありがとうございました」と言われた。

多分、老体に鞭打って出てこられて大変でんな~的な愛あるご挨拶。

思わず口から「場違いでした。すいません」と出た。

帰りに、もろもろ今回の事を考察をした。 

ハイテンションギャグは、
単にテンションを上げただけで大声張り上げただけではつまらない。
かといって、論理的なネタの運びでもない。
非論理な中に論理をいれていくといった
僕のネタの作り方とはまったく逆なのを要求される。

座禅などするより無にすぐなれたのにはびっくりした。

また、ギャグには、これといった正解もないので、
普段からちょこちょここういったギャグ的な動きをして
ご機嫌を伺ってないと出来ない事なのだ。

楽屋には今までのハイテンションに出場された方々のVTRが流れていた。

今まで出場されたみなさんが、オリンピック選手に見えた。

今後はギャグの才能のない僕が
これで勝負などできっこないが
非論理的なギャグが、何故面白いか?
これは今後の人生で、きっちり論理的に語っていく価値が大になった。
「そんなんわかってたらお前がやってみい!」と
ツッコまれる事、前程で 
「ギャグなんてつまんね~よ!」なんて思ってる方に
おもろいな~と思ってもらえるように、語っていけたらいいな~と思った。

 

2009年10月11日 (日)

何よりもかえがたい

浅草花月の日。
普段のルミネとお客さんの層も違って
大先輩の方々とご一緒になれるので嬉しい。

今回ご一緒させていただいたのは
中田カウスボタン師匠。

カウス師匠に今回大変感激させていただいた。

中田カウス師匠が、こんな僕に時間をわざわざ裂いていただいて
個人的に大変いいアドバイスをいただき、感激であった。

中身は僕にそっと言っていただいた事なので
ここで書くと失礼になるので、ひかえさせていただくが、
天にも代わる助言、
芸人としての重要な光り輝く美しい格言とアドバイスをいただいた。

実は僕が20代前半にラジオを
カウス師匠とご一緒させていただいた事があった。

ラジオの本番中や本番後に
いろんなお話をしていただいていた。
あの頃は若かったせいか、
生意気な事も後押しして、
わからなかった言葉の数々であったが、
心のノートに書き溜めていた言葉集が
大人になるにつれ、序所に「あ、そうだったのか」
とか「あの時きちんと返せなかったな~」なんて思うようになった。

人生の先輩カウス師匠からの重要なお言葉は何よりもかえがたい僕にとって
補給にならせていただいた。

カウス師匠感謝です。


2009年10月10日 (土)

どうも最近ブログの更新が日々遅れる

どうも最近ブログの更新が日々遅れる。
話題沸騰の人気ブロガーなら
「どうしちゃったんですか?」
なんてコメントがあるのだが、
な〜んにもなし(笑)
しかも、このブログ誰からも強制されていないので
別に飛び飛びに更新してもいいのであるが、
一回飛び飛びにすると、
もういいか〜ってなって、
書かない気がして、まとめて日々書くようにしているものの遅れる。
ひょっとしたら、もう身体がブログじゃないのかな?
Twitterみたいなのが出て来たんだしね!
こそっとやってるんやけどね(笑)
ま、ブログは、 
そんなに誰も見てない中、
見ていただいてる貴重な方向けに
ひっそりこれからも、
気の向くまま、僕の意見が
一人でも何か力になりますようにと願いながら
まだちょこっと続けますね!!!

2009年10月 9日 (金)

M-1の一回戦

M-1の一回戦があった。

去年同様、村上ショージさんと出場させていただいた。

ロボちゃんとの漫才は2年前に
すでに出場禁止なのでお預け。

なので、ショージさん一本に絞らせていただいて
エントリーさせていただいている。

一回戦は新ネタでご機嫌をうかがわせていただいた。

今年もこんな季節がやって来た。

2分間といった短い時間で漫才をし判定。

世に出るための手段とし
これがすべての芸人さん達が多い中、

ショージさんはこれもひとつの手段とし
活動のひとつとしてチャレンジする姿勢に
あやからせていただいている。

結果発表で落選すると、
存在を否定されたかのように思うのだが
そもそも自分などと言う存在など
とっくに消されているビッグなショージさん

「今回は最大2回戦はいきたいな!」と
洒落っ気たっぷりで挑ませていただいた。

一回戦突破。
もう夢は叶ったのだ。

後はもう夢の中の出来事のように
漫才をさせていただく。


2009年10月 8日 (木)

考えたら今、厄年

考えたら今、厄年の真っ最中である。
同学年のスタッフと厄になにかあったか?
なんて話をした。

僕は、特に信心はないのだが、
一応周りの方の為に厄払い的なものにはいった。
それが効いてるのか、
これといって何もない。

40代の厄を超えると、
神様は「ま、後は、好きにしいな!」
と、大学生になった時みたいに
親が小言をいわなくなるのかと思いきや、
60代の始めにも厄は、あるではないか!!!!!!

60代は男性と女性が平等にある。
この厄年は、近年、最近の年寄りは若いなーなんて言われてた近年の
追徴課税的なもんだろうか?

調子にのってたらあきまへんで!
と、ばかりに60代にもう一回ある!!

調子に乗りやすい僕には
厄年やで!気をつけや!といわれたくらいのほうが、
しっくりくる。

みなさんの今の調子でいったら
神様は、50代の始めにももう一個作られそうだ。





2009年10月 7日 (水)

記憶のメモリ

最近年のせいか自分の
脳の記憶のメモリーがいっぱいなのだ。
パソコンなら増量可能なのだが、人間なので無理である。
まず、人の名前が覚えられない。
山本と言う名前なら
山本山の海苔をくわえた脳内映像と山本さんを
一緒に覚えないと
一回聞いただけでは無理なのだ。

携帯電話の赤外線で通信しあった後
名字がなんなのかわからなく
結局、電話をかけずじまいで
そのまま放置って事がいっぱいある。

これを読んで僕と赤外線をして
電話かかってこないな~なんて思ってる方
僕に連絡をください。

今日の文は、なんか人探しのようになった。

2009年10月 6日 (火)

ワンセットのトーク

昼すぎに
なべやかん君と雑談以上打ち合わせ未満の会議。

やかん君のトークの幅は広い。

僕のようなじめじめした話にもきっちりつき合って
くれ〜る。

お互い、ピン芸人だし弟子出身だしトーク好きだし
後、やかん君とは、話してて、人柄もいいので
ホットさせていただく。

俺がホモなら確実にやかん君をやっている。

男の付き合いは下半身がついてこないから長く続く。

昼の2時〜夕方5時まで
僕にとっては、だいたいワンセットのトーク。

最近は5時で暗くなるので、なんとな〜く
5時で夜になっちゃったな〜って感じに。。。

S−1の映像一緒に撮ろっか!
なんてお話。

多分12月分から参戦する予定。

2009年10月 4日 (日)

正夢じゃん!

ちょこっと温泉に。。。

「ぜんタネ」終わりで朝に帰宅し
昼すぎから、ちょこっと強羅温泉に。。

温泉にはいりつつ、
部屋でビール飲みつつ、
本を何冊か持っていき
読みつつ、うたた寝。

よだれが出た〜〜と思ったら
寝てて、夢であった。

と思い起きたらよだれ。。

正夢じゃん!
なんて思ったついでの
ビールと
露天風呂に。。。

温泉に癒しにいったのに、
帰ってきたら疲れている。

何のための休息なのか?

親がよく
旅行にいったら
家が一番落ち着くわ〜
と言っていたあの言葉
「何しに来たんや!」
と、子供の頃思っていたが
今はがっつりわかる気がする。

2009年10月 3日 (土)

ひとまず

映画の打ち上げが
南青山であった。

厳密に言うと
編集とかもまだ監督さんは終わってないので
ひとまずの打ち上げ。

パーテイーなので、みなさん私服。
現場のファッションとはみなさん違う
かわいいファッションであったり。

お笑い畑からの僕は、
自らビンゴゲームの司会を買って出た。

考えたら今までビンゴの司会は何回やっただろう?

来年の春に公開予定。

打ち上げは、ヒットしてからのパーテイーが
本当に盛り上がるのだろうが、
とりあえずの打ち上げの日であった。

2009年10月 2日 (金)

体力がいる

村上ショージさんと
赤坂でM-1(漫才グランプリ)用のネタ合わせ。

雑談はそうなくネタに集中。

体育会系である。

僕なんぞのネタ合わせはほとんど雑談。
打ち合わせ2分といった
帰宅部系である。

M-1の予選2分といった短距離走のネタ。

数年前から長距離走の走り方のように
自分のお笑いを長くゆったりやるように切り替えた
僕がまたまた短距離の走法の笑いに切り替えて練習なのだ。

帰宅部系の僕はしのごの言わずやるしかない。

漫才といえど、
体力がいると改めて思った。

2009年10月 1日 (木)

勝負

以前お知り合いにさせていただいた
騎手の方とメールでやりとりさせていただいた。

落馬がきっかけで骨折をされて休養だったのだが
先日復帰。
いかがでしたか?とメールを送ると、
不安だらけであったそうだ。

騎手の方って馬主からオファーあっての事。
また勝たないと意味がないといった勝負の世界だそうだ。

プロのスポーツ選手とお話させていただくと
本当に尊敬させていただくのだ。
なんせ日々が勝負なのだから負けの確立は50%である。

話はずれるが、
座禅だのなんだので無になろうとするより
身体貼った勝負が無になるには一番なのだ。

失礼ながら、僕も人から聞いて
ほっとした言葉。
不安の時こそ、タステイックをつけて
ファンタステイックって思え!らしいですよ。
失礼ながら送らせていただくと

逆境も見方につけて楽しんでですね。
と、飲み込みも早いのには勝負の世界の人間なんだと

僕も勝ち負けの間で生きるなんて
うさんくさい事いわないで
また勝負をしにいっても
いいかな〜と思った。

ただ、僕らの場合は自己採点である。

2009年9月30日 (水)

そうとうの覚悟

今日はトークナンバーワンの日。

出場者は、なべやかん(漫談家代表),
グレート義太夫(糖尿病代表),種浦マサオ(おしゃべりミュージシャン代表),
河崎 実(バカ映画監督代表),天野ミチヒロ(プロ野球・非公式記録員代表),
住倉カオス(オカルトサイト&フォトグラファー代表) 

優勝はグレート義太夫さん。
糖尿病代表といった肩書きで出場されて
糖尿についてのお話をやんわり面白くされた。
明るい病気のお話は義太夫さんのような
生きるセンスがいるな〜。

「イカレスラー」「日本以外全部沈没」を撮られた
監督の河崎監督とお話を。。。

河崎実監督とは実は
むか〜し山田まりあちゃんと
レギュラーTVをやってた頃に知り合っていて
カメラの横でまりあちゃんの
テンションを一生懸命あげてた方だった。

「イカレスラー」「日本以外全部沈没」
バカ映画と言うジャンルだそうだ。
バカ映画とひとくくりでいっても大変で
資金集め方面や運営が大変で
何より普段はスーツのおっさん軍団から
バカにされるそうだ。

それを聞いて、バカ映画をバカにするような奴を
バカに今後はしていきたいと誓う。

バカにされにいって輝いてる方に
憧れる方もいるが、陰の部分も背負う覚悟もいる。

バカになるにも、そうとうの覚悟が必要と思った。

2009年9月29日 (火)

T-1グランプリ

明日はT-1グランプリといった
個性的なメンバーのトーク対決の日である。

出演者の肩書きに注目していただきたい。
グレート義太夫さんなんかは、糖尿病代表として出場。
他ならタレントとしての肩書きなのだが、
糖尿病代表なのだ。
天野ミチヒロさんに至ってはプロ野球・非公式記録員代表なのだ。
そんな肩書きはイエローページにも載っていない。
そう自分で作った肩書きなのである。
みなさんも人よりはちょっと長けてるジャンルってあるでしょう。
それがどうでもいいジャンルであればある程輝くといった
ギネスブックのどうでもいい記録ような肩書きを
無理くり作り舞台で10分主張する。

そうこのイベントは見ると
安心し、出ると案外ヒーローやヒロインになれる闘いの場である。

明日である。

『T-1GRANDPRIX =トークナンバーワン決定戦15=』
日 時:9月30日(水)
開 場:18時30分 開演:19時
会 場:しもきた空間リバティ TEL.03-3413-8420
   (東京都世田谷区北沢2-11-3 イサミヤビル4F)
料 金:1,000円[当日券のみ]
出 演:なべやかん(漫談家代表),
    グレート義太夫(糖尿病代表),種浦マサオ(おしゃべりミュージシャン代表),
    河崎 実(バカ映画監督代表),天野ミチヒロ(プロ野球・非公式記録員代表),
    住倉カオス(オカルトサイト&フォトグラファー代表),
    ぜんじろう(stand up comedian代表)
※出演者に変更が出る場合があります。あらかじめご了承下さい。
お問い合わせ:オフィス北野 03-3588-8135  

2009年9月28日 (月)

今日は何事も完璧

スケジュールが送られてきた。

終盤を迎えた映画ロケに
朝から向かうとマネージャーの
スケジュールの手違いで今日はロケなかった。

と言うより、先日のロケでオールアップだったらしい。

むかついても仕方ないので
ぽっかり空いた時間を有効利用。

空いた時間は、
最寄り駅近辺を「ひとり探検隊」気分でぶーらぶら。

歩き疲れた時にいい感じのマッサージ屋があったので入った。

「凝ってますね~」と愛想を言ってこられ、気持ちよくなる。

考えたら、僕は肩こりもないので、
多分、凝ってなんかないが、言われればほっとしただけの事。
あちらもサービスである!

世にある占いもよく似たところがあって
手相や姓名判断も「いや~00 ですね~」
なんて言われると、心凝ってるような感じなのだ。 

帰りの電車の中のテレビモニターで星座占いがあった。
僕の星座は、「今日は何事も完璧」であった。

え????

いいふうにとる!
占いとはマッサージと一緒で
そんなもんだと思った。

2009年9月27日 (日)

活字にすると

今日は自宅でもろもろ作業
食事とか以外は基本家にいた。

最近は家の近所のもろもろの店などを
自分の家だと思う事にしている。

近所の都庁は離れだと思い
新宿公園は庭だと思う事にした。
そう思うとゴーストタウン気味の
この町がちょっとはスキになっている。

今日も離れの先の入った事のない定食屋にはいった。

「お茶はそこ!セルフサービスだよ!」
愛想の悪い定食屋のおばあさんが始めての客の僕に怒り気味。
赤の他人ならかちんと来る台詞も
離れにいるお手伝いだと思えば許せる。

ようは、考え方でオモロくなるんや~的な
事を書きたかったのだが
活字にするとノイローゼ気味であ~る(笑)

2009年9月26日 (土)

病みの世代

ここではあまり飲み会だのコンパだのの
あまりお色気事情を書かない。

日記とはいえ、見らえてもいい日記だからである。

また、この日記を見られる方は
僕と接した直後に見られる方がいて、
一度「あの書いた記事は私の事ですね。
   あんな風に思ってたんですね。ショックでした」
などと言われた事があった事もある。

ここを日常のはけ口にするつもりはまったくない。
が、はけ口と思われても仕方ないコメントも
書いているのは事実だ。

なので個人についてどう思ったのか?まで
書くのは極力さけている。

が、今回も一緒だった方が
あまり悲しまない程度に書かせていただく。

今日、同級生と飲み方があった。
厳密に言うと映画でご一緒させていただいてる俳優人の方々と
セッテイングしていただいた女性陣。

みなさん30オーバーで中には、僕の同じ年の女性がいた。
みなさん独身であった。バツがついてる方もおられた。
同じ年の女性とは隣の席になり、同い年トークに華が咲いた。

都会で働く40オーバーの女性しかもシングルの女性は
男勝りと言うより確実に男子に勝っていて圧勝なのだ。 
一個圧勝なら満足やんと思うが、
欲は人間深いもので
「結婚をして幸せになりたい」とも願う。
その反面、普通のおばはんにはなりたくないとの願いもあるが、
実際、身体にガタがくる頃なのだ。

じゃー特別な結婚と望むがおっとどっこい
仕事の出来る女性は、はっきりいって一般男性にはモテない。
雑誌に書いてあるような女を磨け的なのは
広告であって、あんな風に磨いた女性は、怖いのだ。

本来男と言う生き物は弱いのだ。
特に日本では、年上や年下といった
儒教文化が社会には残ってるので
いつも先輩にへいこら。。。
最近では資本主義!実力主義なので、
若い実力のある奴にもへいこら。。
いつでも、誰にでも
へいこらしないといけないシステムなのだ。

その上,女性に家庭でも負けを体験するのかと思うと
ぞっとする。
だから、普通の男性は、一瞬健気に見えるロリにいくのである。

僕らの世代は、小さい頃は貧乏、若い頃にバブルを経験
その後は崩壊世代、
大きな大きなピーターパンシンドロームの病みの世代なのだ。 

僕も含め
「お前がなんぼのもんやねん!
 そんなにお前がええもんか?」と自分に
さんまさんクラスからのツッコミを自分で
入れて治療してそれでも楽しいかもしれない人生を歩むしかない。



2009年9月25日 (金)

システムこそが まず面白い

今日もルミネ劇場。
合間に芸人さんとのトークが何よりもの大好物なのだ。

とある若手芸人のS君と
キングオブコントについて
お話させていただいた。
S君はキングオブコントの準決勝まで行き、
スタジオでボタンを押す出演者だったそうだ。

数々あるお笑いの賞レース。
M-1,R-1,S-1,キング オブ コント。
僕はネタももちろん興味あるのであるが、
採点の方法に多大な興味がある。

M-1に至っては、紳助さんが自ら電話をし
審査をしてもらいたい方々に
審査をお願いしているとお聞きした。
また、採点も本人の前の電光掲示板にはっきり表れる。
審査側もリスクのある採点方法にぐっとくる。

S-1はこれとは真逆の観客賞なのだ。
しかも審査員は素人で無記名。
子供だろうが、プロだろうが、一人一票。
よくある審査方法だ。
こうなりゃ組織表も
主催者側からしたらビジネス的には
オッケイなのだろう。
宗教団体のトップが応募したら優勝間違いなし!
ってな事もありうるが、政治じゃないので
ま、いいか。

さてキングオブコントである。
去年の審査方法には度肝を抜かれた。
「芸人性善説の境地」のような審査方法。
芸人がまず自分で自分を採点し、
準決勝で負けた芸人達が
名前を明かして採点する。
これは、そうとうの覚悟が必要であるが、
松本さんは、以前
「芸人は出場者は本当は勝ち負けがわかる」とおっしゃっていた。
なんと正直な方なんだと大変感動させていただいたが、
実際芸人は松本さんのような性善説の方々ばかりではない。
僕もあそこにいたら、採点には困ると思う。

今年はルールが変更され、
無記名で準決勝の芸人が投票するといった
新しい採点方法。

無記名となると、どう思うか?
そのS君は、自分の採点がばれない反面、
逆によからぬ事も思うそうだ。
「後輩にはとらしたくない。
 いや、、あの先輩が勝ってほしい。。
 いやでも、、、
 自分は吉本だけど同じ事務所には、とらせたくない。
 いや、やっぱ単純に面白い方に点数いれよう。」

テレビでは、クールに見えた審査にあたった準決勝の方々。
頭の中は、ぐるんぐるんに考えるそうだ。
いや~そんな事を考えつつやってたんだと思った。

結果もM-1やS-1と違ったものが選ばれる
結果となって、面白い。

一番を決めたりするのには、
何事にもルールがあっての事。

僕はそれを決定するシステムこそが
まず面白いと思っている。

2009年9月24日 (木)

地味なほうの部分

劇場出番の日。

考えたら村上ショージさんとの漫才コンビの名前は
「ややウケちょいウケ」だ。
だが、我々はコンビ名を舞台で言わない。
ひょっとしたら、ショージさんは忘れてるかもしれない。 

この名前は考えたら
ライブでお客さんと一緒に 
アンケートの結果つけた名前である。

僕はこの名前が大好きだ。
特に、「やや」と「ちょい」の地味なほうの部分が好きである。

爆笑問題さんの名前が我々の真逆だがいい名前だと思う。
派手な、爆笑に目がいきがちだが、「問題」のほう、
地味なほうの言葉が好きであろ、この「問題」にぐっとくる。

ぜんじろうの名前もそうである。
芸名なのだが、本名であもある。
子供の頃はすごいおっさんくさいと馬鹿にされた。
大人になった今
「ろう」のほうより「ぜんじ」といきなり地味に響く
仏教的な名前。家は別に禅宗でもない。
この「ぜんじ」に今はぐっとくる。

親はどういった意味で付けたのか?
善い行いをするためなのだろうか?
善い行いなどは名前に反して、していないが、
それとなく、僕は今「ぜんじろう」なのだ。

人は、派手はほうに目を奪われがちであるが
案外地味に見える事を人は忘れがちなのだ。
僕の好きな言葉「無意味」も
「意味」のほうではなく
「無」のほうにぐっとくる。

ややウケちょいウケの名前も
う「やや」や「ちょい」といった地味に見える言葉にぐっときている。

2009年9月23日 (水)

年相応

今日も映画の撮影。
撮影の合間に共演している主役の球児達がはしゃいでいる。
僕がお笑いだと言う事もあって、
ネタを見せてくれる。
といっても、芸人の物真似のネタ。
今は、はんにゃの「ずくだんぶんぐん」のネタである。
「おじさんもなんか面白い事やって!」
彼らは僕を知らない。
その上スナックのねえちゃんに言われたら、論理的にキレてる
言葉も子供ならオッケイだ。
球児の父と同じくらいの独身のおじさんの私。
論理的な漫談は御法度ぐらいは、この私にもわかる。
ずくだんぶんぐんみたいなはっちゃけたギャグを
老体に鞭を打ってやる。
身体がついてこない。
「何がおじさんしたいの?ははっは」
屈託なく笑う球児達。
つられて、僕も愛想笑い。
「お前何がしたいねん!」
さんまさんに言われたなら2年はへこむ。
子供達ならへらへら笑ってられる。
また子供達もさんまさんレベルのツッコミをいれれるくらいの
僕のおっさんギャグ(笑)
子供につっこみを成長させたったぜい!(笑)
今のお笑いのメデイアは
この子達にうけてなんぼなのだ。
がっつりこの子達を笑かせるか?
僕は到底無理なのだ。

年相応に生きていきていくのであ〜る!!!!
えへへ!!!

2009年9月22日 (火)

共有

今回の映画のミムラ監督、脚本家、共演者のチング君達と
撮影現場の最寄りの駅前の居酒屋でガッツリのませていただいた。

監督は米国に39歳から20年間映画監督をしておられる方である。
PP兄弟の時のセガール剣太郎君とロスで
彼を飯食わせたりした時期があったなんてご縁もあって
世の中どこかで繋がってるもんだ。

話の中心は、
「米国生活と日本生活の常識の狭間」
僕も未だに抜けない米国の常識なのだ。
米国では日本の常識がいいと思い
日本では米国の常識がいいと思う。

結局無いものねだりが未だに抜けない。

欲を言うといいところをお互い融合〜!
なんて期待もあるから、しんどいと話は盛り上がる。

米国人はよく「俺が!俺が」なんて言わないといけないのは
実は、「俺は!」なんて言わなくてもいい、本当は
資源豊富でゆったりした無我なんじゃないか?
日本人が無我や和を持って!なんて言ってるのは
逆に、自我が強く、和なんてないから言うのでは?
と、深〜いお話になった。

こんなお話がガッツリできたのも
少し同じ経験を共有できたから
本当に楽しかった夜だった。

2009年9月21日 (月)

エーちゃん教トーク宗派

この前夜中にやってた
矢沢さん(以下エーちゃん)が
若者の悩みを聞く
といったテレビをやってたので
録画をしたのを夜中に見た。

16歳の時に「成り上がり」を読んで
エーちゃん教に入信して依頼、僕はエーちゃん大好きっこである。
歌ではなく、語りの部分が好きな、
エーちゃん教トーク宗派の派閥である。

20代を前にしたエーちゃんは
えらそうぶる事もなく説教じみる事もない。
自分も同じ悩みを抱えた上でハッピーにいこうよ!といった
教えの化身として同じ目線で話される。

しかも、矢沢は。。と自分を赤の他人のように話すところは
矢沢のぬいぐるみを着たまんま人形のような心境なんだろう。
中の矢沢は暑いだろうな〜とぐっとくる。

「結局矢沢はビビリなんだよね。だから先に手をうつんだよ」
こんな弱さが言えるえーちゃん。
もうこれは法話の粋である。

エーちゃん教のトーク宗派で説法を説いていただいた。

寂聴法話もぐっとくるが、
エーちゃんのトークを集めた法話集のCDが出たら、
間違いなく僕は買う。

2009年9月20日 (日)

ピーヒャラピーヒャラ

ロケがなかったのでS-1に
提出する為のオモロ映像の編集作業。

パソコン前に編集をやってると
外からピーヒャラピーヒャラ。

祭りである。

地元の祭り。

晴天であったので、編集作業は後にして
表に出る。

この年になると、秋の晴天は
何よりも代え難い代物だと思えるようになった。

天気や季節は自分では作れない。
映像の世界では多少天気はいじれるが、
体感はできない。
また、天気は、お金では買えない。

2時間ほどぷらぷら。。

子供がエアガンで打ち合いをしながら
「てめ~!
今時の子供はこんな事言ってるのかと思いほくそ笑んだ。
「言ってやろ!言ってやろ!~~~!」
とその後、昔ながらのリズムで言ってたのには

お金では買えないとえらそうに格好つけて書いたが
お金で買いたいのはまだまだ山程ある。

ので、編集に戻って、がっつり編集。

気づいたら夜中。

2009年9月19日 (土)

ただ何となく

映画の撮影が予定より早まったので
早く帰れる事になった。
駅までワゴン車で送っていただいて後は自由。

この後のスケジュールは、帰るだけ。
帰って、ビール飲んでその後はだらだらもいいのだが、
せっかく空いた時間にふらっとどっかに寄る。
理由は、、ただ何となく。
最近はこのただ何となくの理由で
そう大層でない場所に入ってみるのが好きである。

ラーメン屋でもよし!
美術館でもよし!サッカー場でもよし!
映画でもよし!神社仏閣もよし!

今日は調布方面だったので
帰り道に青梅で下車。
「赤塚不二夫記念館」に立ち寄った。

ときわ荘を再現した部屋や
いままでの手書きの原稿などを見ると
ぐっときた。

すべてを肯定し「これでいいのだ!」
とおっしゃたらしい赤塚さん。

僕の脳の何パーセントかは、
赤塚さんの栄養素の笑いです。

2009年9月18日 (金)

普通ではない

今日も映画の撮影。
役者の方々とトーク。

男が複数集まるとエロ話が始まる。
平和で良い。

まっ昼間からのエロ話は
普通のお仕事されてる方では
無理であるが
我々は昼にエロ話。夜はド!真面目な話になる。

最近の傾向なのか
男子にロリコンが多い。

僕も以前はメイド的な女子
いわばロリコンが好きなのだったが
ある瞬間を境にがっつり熟女になった。

ある瞬間はここではとうてい書けない
瞬間なのだが、熟女解禁をしている僕なのだ。

読みかじりの知識なのだが、
男性は動物学上、若い女性に
遺伝子を残そうとする生き物だそうだ。
ここからは僕の推測で世間の波に揉まれ
やいのやいの言われる自信のなさが
何も言わなさそうなロリにどんどんなっていく。
ロリの子はおっさんなんて大嫌い!
おっさんの悪循環なのだが、
僕もいっぱしのおっさん!
気持ちはめっちゃわかる!

世の熟女達。
菩薩化して、病んだ男をすくってあげてください。
ロリには菩薩化は無理である。

朝の11時からこんな話。
普通ではない。

2009年9月17日 (木)

アドリブ

村上ショージさんと漫才の日。
今年もM-1に向けて
ただいまネタを調整中である。 
今回はアドリブについて書かせていただく。

アドリブとは台本にない
即興で舞台上で芸人が発する台詞である。

ショージさんとの漫才では
前半の3分と後半の1分くらいは
ショージさんが、アドリブを言って
僕もアドリブでツッコムといった具合なのだ。

アドリブと言えど無意識に脳の中で
蓄積されたネタを舞台上で練習なしに言う
と言った具合なのだが
ショージさんの場合は
脳の中に蓄積されないネタを言う場合がある。

今日も後半の1分のところで
台本にない会話がはじまった。
「え~!この前の覚えてないけど
 あのオモロかった話やけどな」
「は?覚えてない?」
「いや、、だから、、、オモロかったんや!」
「覚えてないんでしょ!」
「ヒントくれや!」
このアドリブには舞台上で転げて笑った。

まさか、話の始めに
「覚えてないけどあの話」なんて入り方は
前代未聞のボケ。
長年芸人をやってきて
腐るほどいろんな方のボケを聞いたが、
「覚えてないけど、、あの話。。ヒントくれや!」のネタは、
ボケとしては、コロンブスの卵である。

時間の制限が来たので
「ほなやめとくわ』で終わったが、
続きのネタ作ろか!となった。

アドリブから新ネタが出来ていく。
いい流れである。

もし、このネタを耳にしたら、
ここから始まったと思ってください。
このネタの広がりが楽しみである。

2009年9月16日 (水)

こんな女子はしんどい

映画撮影の日。
朝からバスに揺られて江戸川の野球場へ。

映画のお仕事は、バラエテイーと違って、
自分の出番のシーン以外は、
ただ待っている。

その間に、台本を読むものもいれば、
撮影を見るものもいたりトークするものもいる。 

慣れていない僕はただ待つって事が苦痛なのだ。
喋っていなければ、どうも仕事した気にならない。
貧乏性の僕なのだ。

そんな中待合室で盛り上がっている会話が
「こんな女子はしんどい」

例えば、
自慢の料理を作って来て「おいしくなかったら正直言って」
と聞いて来て、「う~~ん」なんてリアクションすると
すねる女子。
わ~~しんど~~!

などと盛り上がっている。

もう待ち時間が多くて
今や、普遍的な話ではなくなって
体験談からくる話になっている。

まだまだ撮影は続く。。

2009年9月15日 (火)

41歳児

ロケ休日。

映画撮影で一緒の後輩のチングと言う漫才師の計らいで
新大久保の「生まっこり」のお店で食事会。

競馬の騎手のSさん方と調教師の方Mさんと
チング君が出演すてる番組を一緒にしている女の子3人組とお食事会。

競馬界のお話にみんな興味津々。

生マッコリの口当たりのいいせいで、
僕も酔っぱらう。

病み上がりなので無理しないようにと思ったが
2次会のカラオケ屋さんを出たときには、朝4時である。

よくもそこまで話す事があるもんだと
自分でも呆れた。

病み上がりなのに。。。

自分の中のおかんが「あんたええかげんにしいや!」
と怒っていた。
41歳児の僕である。

2009年9月14日 (月)

魔力

お腹の調子が薬のおかげさまで
なんとかよくなってきた。
90%はもうオッケイ!

今日は映画撮影の初日。
早朝から新宿集合。
江戸川の野球グランドへ。。。

今回の僕はリトルリーグの監督の役。

空き時間にちょっとグランドでキャッチボールをひさびさにやった。
年のせいか、動体視力が落ちている。
が、脳の記憶は小学校の時のリトルリーグのまま。
お子様の運動会でお父様方が怪我をするのはこの事かと実感。

世界のスーパースター新庄選手にもお会いした。
役者の子供達は野球経験のある子達で
新庄選手が合間に教える野球に釘付け。
ちょっと教えただけで素人の僕にもわかるくらいの上達をしていく。
また子供達の目がキラキラしていた。

「憧れ」は何にも勝る魔力を持つものだと実感した。

2009年9月13日 (日)

身の丈に会ったあほ~な話

今日まだちょっとお腹がゆるく、
あまり食欲が無い。。。

そんな中、浅草花月出番。

休憩中に浅草寺へ

老若男女国籍問わず賑わう浅草。

神社の陰に座ってスポーツドリンク飲みがてら
メールなどうってたら、同じように座って話してるおっさん2人組を発見。

昼から酒をかっくらっているホームレス未満のおっさん。

話す中身は「日本が核を持つべきか?」「民主党ではいかん!」
「中国人は、どうのこうの」
といった、どこぞの週刊誌から
洗脳されたお話をワンカップ片手に激論させていた。

ヒートアップして最後には口論に(笑)
話す中身はでっかい酔っぱらいだ(笑)
「日本が核を持つか持たないか」の前に
「あんたらもう少しお金を持ちはったら?」と
みんな思っただろう。

男子はたまにこういった会話を酒を飲んでやる。

政治や歴史問題は、時に熱くなり思想をぶつけ合い、
最後は口論になるなんて事もある。
この手のお話は「自分は強い」と主張のかわりになりやすい。
のであげくの果は、自分は正しいと言いたいのだ。
笑いは兎角入りにくい。

僕は今後このような激論は、プライベートでは
絶対やめようと思った。

みっともない。

本来時間も将来もある学生がやるべきなのだが、
50を超えたホームレス未満のおっさんは
日常で誰からも正しいも言ってもらえないので
そんなもん同士がぶつかり合って喧嘩未満の激論。。

僕も40を超えて、
居酒屋「WATAMI」みたいな場所で
何が、今後の日本は!!!なのだ。
俺はそんなに偉いもんなのか?

今後は、身の丈に会ったあほ~な話くらいですまそうと思った。

2009年9月12日 (土)

いつもの考察

先日行って来た
韓国についての考察を書く。

韓国って年代によって
捉え方が違うもんだ。

最近は文化の影響でイメージもいいが、
我々の世代は、まだまだ政治色も強く、
閉ざされた外交もあって韓国のイメージは
今とは違う。

文化は政治を飛び越える。
いいもんだ。

韓国でふと思ったのは、
ハングル語がまったくイメージがつかない。
ピンクの看板にハサミの挿絵にハングルの文字。
美容室かと思いきや、豚の焼き肉屋さんであったりもするので
想像しながら、自分クイズをしながら歩いた。

空いてる時間にホテルの前のお寺に行ったのだが
日本とは違って色艶やか。だが、インドや中国よりは地味。
コーヒーで言うところの、コーヒーメーカーのフィルターの出口みたいな朝鮮半島。
この半島からぽたぽたと日本に仏教も濾過されたのかと思った。
平安時代には唐から直接運ばれた原液に近い味が密教なのかとも思った。

ロボットの会でも
日本で通用する冗談でもお隣韓国では通用しないということがあるわけで、
そういう視点の変化も、また新鮮で面白いものである。

お隣韓国でも
今、どんどん笑いがコンパクト化ギャグ化されてるそうだ。
論理の崩壊。語りを聞かなくなっているらしい。

この辺りは興味深い。今後の課題。

2009年9月11日 (金)

衣装合わせ

今日は映画の衣装合わせと本読みに学芸大学に。。。

感じのいいスタッフの方々と初顔合わせ.

監督さんも感じがいい方でしかもノリもいい方で
かわいがっていただいて。。。

まだ身体がしんどい。。。。 

ブログがっつりいつものように書きたいが
しんどいのでご勘弁を、、、

ブログをがっつり書くもの、まずは体力がいる!

2009年9月10日 (木)

病院へ

熱は引いたものの
食欲なしの、まだ気持悪く、お腹もゆるんゆるん。。

村上ショージさんと漫才3ステージの前に
朝から病院へ。。。。

検査を受けたが異常なし。

単なる食あたり。。

点滴打って、便を調べておしまい。。

まだな〜んか力でず。。

2009年9月 9日 (水)

下痢と嘔吐

ロボちゃんとの漫才でアジア方面に行って来ました。

もろもろアジアで考察してきて
書きたい事はいっぱいあるのですが、、、

最終日にちび〜っと食中毒になっちゃいました。。。。

ブログちょっと。。。
書くのもしんどい感じ。。。

下痢と嘔吐が激しくて、、
食欲もない。。。。

明日、速攻医者へいこう!

2009年9月 2日 (水)

簡単だという利点もあるが欠点もある

一通の相談メールが
お笑いを志したいと僕のホームページのContact mailに

高校生であった。

ふと自分の高校三年生の時を思い出した。

僕の高校時代にはまだまだメールなんてものはなく、
遠い相手に大切な事を伝えるときには、
手紙か会いにいくしかなかった。

弟子入りにいたっては、
旧OBCラジオの前で師匠に目を血走らせ
相談にいった。

師匠は僕のあまりにもの形相に
さされるとおもったらしい(笑)

でも今は
指先ひとつで、簡単にメール送信できる。

メールは簡単だという利点もあるが欠点もある。
欠点は、身体がついてこないので
喜びも悲しみも感動も少ない。

僕は、メールを無視してもよかったが、
一人の同じお笑いといった概念の化身になる男を
ムゲにはしたくなく、簡単にメールで返信してあげた。
中身は簡単とは真逆の重いメールをきっちり書いて
簡単に返信した。感動が少ないメールだからこそ
できるだけ痛い中身にしてあげた。
が、届けた僕はもう送信ボタンを押した後は、
なんせ相手が誰なのか?呼吸すら伝わってこない相手で
ひょっとしたらいたずらかもしれない。

我々の世界だけでなく、
リストラや別れ
また採用や告白など、
今後どんどんシステマチックに
簡単に便利に伝達される事であろうが、
僕は身体をもっと使ってしんどい思いを
くぐり抜けないと感動しない事ばかりをやっていきたいと今回思った。

2009年9月 1日 (火)

まずは身体から

じっくり台本を読む

今日は先日届いた日米合作の台本をじっくり読んだ。

詳しい中身は書かないでおくのだが、
僕の役柄はリトルリーグの監督の役である。

そういったものを求められる年齢になった。

小学校のときリトルリーグをやっていたが
監督のイメージはド!おっさんであった。

あまりイメージを固めすぎるのもよくないが
与えられた役柄をまっとうできるように
自分の中で役作りはきっちりやっていこうと思っている。

気持ちの部分は後からで
まずは身体から。

ジムで直行サウナを返上し
マシンをし、見た目の自宅系な感じをなくそう。

2009年8月31日 (月)

今んとこは、仕方なし

政治が大きく変わろうとしてるが、
我が身の生活はそう大きくも変わらずやっている。

今日S-19月分の発表があった。
結果から言うと
今月は全滅であった。

名前聞いたら「え〜?」って言われるような映像のプロの方々と
コラボしたのだが、惜しくも今月は敗退。

お詫びのメールを何通かした。

この結果には、いろいろ言いたい事はあるけど
ここは呑んで、今んとこは、仕方なし。

月並みな言い方であるが、
この結果を前向きにとらえるようにしよう。

今日舞い降りてきたのだが
どこかで作品の数々をみなさんの目に触れさせていただき
成仏するようにしたいと思った。

提出した作品の数々はまだ荒魂のままである。

2009年8月30日 (日)

偶然の一致で今日東京は台風

選挙って言う仕組みが今だにわかっていない。
総選挙の理由付けに始まり、
比例代表繰り上げ当選だの
当選も票が負けてるのに当選確実とかあった。
しかも当選確実に至っては
何でわかるのであろう?

選挙があるたびに、
僕もまだまだ子供やな〜と実感。

そんなあほな子供の僕にも、
自民がこんなに負けたのにはびっくりだ。

しかも戦後このような敗退は始めてらしい

が、こんなに票が集まり
民主党に期待していいのであろうか?

自民党に痺れきらせて民主党に票をいれたのか?
民主党の公約に賛同して票が集まったのか?

どっちなのだろう?

また結果を焦り
急に民主党が一気に不支持ってな具合になると
思うとぞっとする。。

僕はこの機会にきちんと民主主義って
言うのを考えるべきだと思っている。

この国は自ら望んで民主主義になったのではない。
戦後民主主義の先輩米国の押しつけで民主主義になった。
この際本当にそれがいいのか?その事を、民主的に考えるべきだと思っている。

本当に誰でも一人一票でいいのか?とか
無記名でいいのか?
組織票はいかがなもんか?とか 

民主に風が吹いたと言ってるが、
僕はめっちゃめちゃ突風が吹いた感じがする。

世間は今突風気味である。

偶然の一致で今日東京は台風である。

2009年8月29日 (土)

20分の辛抱

最近、朝起きると、マラソンをよくやっている。
マラソンと言ってもただゆったり走っている。
20分程辛抱してゆったり走ってると、ふんわり状態になる(笑)

0円でふんわりするのがなんともいい!

走るときにIpodで落語を聞いている。
人情話よりナンセンスな落語がマラソンにはいい。
今日は、桂枝雀師匠の「愛宕山」と
志の輔師匠の現代落語「ガラガラ」を聞きながら走った。
落語の山場にさしかかったところで
走ってると、ふんわりして来て、枝雀師匠の落語がトランスになる!

始めの20分の辛抱が、実に、しんどい。。。

2009年8月28日 (金)

啓蒙活動

NECさんへ
実は9月上旬からアジアへ。。

去年はヨーロッパ方面に啓蒙活動であったが、
今回は、アジア方面にロボット学会へ公演と講演をしにいく。

そのネタ合わせと手直しをしに行った。

アジアは日本のパクりのロボが多いと聞いた。

パクり具合が楽しみである。

写真をいっぱい撮ってこよう!

2009年8月27日 (木)

日米合作

マネージャーからドラマのお話。

かと思いきや映画の話であった。

日米合作映画。

野球のお話。

昼ドラかと思ってわくわくしてたのに。。。

やってみたい
昼ドラで
嫁姑に囲まれ不倫などしてノイローゼになる役を(笑)

台本が届いた。

役柄も中身も監督もPもまだ内緒。

9月の中旬から日本で収録。

またここで報告します。

2009年8月26日 (水)

環境と形

ショージさんのゴルフコンペに 
千葉へ

今アクアラインが安くなっていると聞いて
前日にETCをつけに行ったが
カード会社にカード申し込みを
しないといけないと言われカード待ちなので
現金払い。

通常料金であった。

考えたら民主党が選挙で勝ったら

高速料金無料じゃん!

ETC買ったばっかりやのに。。。

ヤングタウンD
ガダルカナルタカさん
キングコングの梶原君
ラーメン 兄弟
ケツメイシさんと

みなさん体育会系のノリで。。
僕だけ帰宅部系のノリ。。

自宅系の僕は始めの5ホール目でだるんだるん。。。

休憩所のレストランでトークしたいなんて事は御法度。

今日は僕もきっちり体育会系になりきった。

1ラウンドハーフ回る。

スコアも案外良かった!

人間
環境と形から入る事は大切である!

2009年8月25日 (火)

もっと大きな尺度

マネージャーからの報告でS-1の決勝には残らなかった。

残念であった。

8月はありがたい事に
事務局に2本選ばれたのだ。
しかも両方海外のTVで放映された
ひとつは「スタンダップ(漫談)」
もうひとつは、外人と英語と日本語ミックスの漫才。
「新感覚の漫才」って載せていただいて恐縮なのだが
5年前に収録したものであった(笑)
5年前日本人にはどんな感覚で見ていただけてた
のだろうと思うと、
5年前見ていただいた方に申し訳なくなった。

マネージャーに
ユーザー様の寸評は?と聞くと
五分五分だったそうだ。
「全部英語じゃん!すごいな!」との意見とは逆に
「なんで海外のをこういったところで流す意味ねえじゃん!」
「アメリカンジョークって笑えねーな」
なんて声もあったとか。

ちなみにアメリカンジョークって言うのは日本でしか言わないのでご注意を。。

考えたら英語もからっきしだった僕が
よくも英語でネタをよくやろうなんて思ったもんだ。
若気の至りである。今考えたらぞっとする(笑)

「英語でお笑いすごい!」って意見も恐縮である。
英語圏では英語は当たり前。
面白いとは言われていないので
これを言われると痛し痒しなのだ。

日本ではまだまだ国際的なネタは
みなさんのツボに届かない。

海外も日本も笑いのツボは多少違えど
同じ人間
人間は笑う事が好きである。

やればやるほど言葉を超える言葉が持つ笑いがあり
もっと大きな尺度でみたら海外も日本も笑いは一緒なのだ。

日本の笑いは確かにレベルは高い
日本語が多種多様な裕福な言語だから。

でも受け取り側はいかがなもんか?
なんで海外のをこういったところで流す意味ねえじゃん!
アメリカンジョークって笑えねーな
なんて言ってる閉じた感じの方々には
もっと開いてもらいたい。

あ、問題発言かな?

そのほうがもっと人生楽しくなるのに。。。

笑いの神様は見ていると思いながら
神様を微笑ますようにと、
「だからおもろいねん!」の魔法をかけてすすむしかない。

2009年8月24日 (月)

ややこしいブーム

楽屋での会話はエロにつきる。
無思想なので無害。
平和である。

ただ、エロ出発のエロ到着もいいのだが、
最後は民俗学や心理学といったエロが学問に
途中で変身してこそ
エロ話は成立するものだと思っている。

COWCOW君 テンダラー君 羽田昭司君といった
一筋縄ではいかない芸人のエロ事情には笑った。
「S?M?あたしド!M」なんて簡単に自分の事を簡単に決めつける
昨今なのであるが
お笑い芸人は、十人十色にややこしいのである。
「僕はMでありSですね」
「僕はMと言ってる時点で実はこそっとSなんです。上からMって言いますから!」
なんて会話。
「え?どう言う事なん?」
と呪文をかけると
その後の答えは、心理学にまで発展する!

みんなコンドームを装着するのがびしっと決まった事が無いとの事。
また興奮のツボもそれぞれ違う。

これらを聞くには、時間がいる。
僕はどんな時間を裂いても
こんなあっほあほ話は、聞きたいのである!

僕は、この辺りの細かいややこしい話が大好きだ。
と言うより、もっと言うとややこしい人間が大好きなのだ。

「わ!ややこしいな!」を
合い言葉にみんな自分のややこしい事情をエロから始め
最後は心理学まで到達する。いい流れである。

ややこしいな!ブーム来てくれないかな?

2009年8月23日 (日)

文化から

AKASAKA活性化計画Vol1にご招待していただいた。

岡山,福井と番組にお呼ばれしていただいたYossyプロデユース。

赤坂とあって韓国の方々が多い町である。

韓国の方々と在日韓国の方々に日本人が集い
高級韓国クラブがクラブになり、盛り上がる。

僕もちょいとNYに居た頃には
アジアンコミュニテイーパーテイーなどがよくあった。
韓国、中国、ベトナム、マレーシア、タイ、日本などの
どこにこんな方々おんねん!と思ったくらいの人。
ミックスされた空間。
単一民族な我が国ではあまりわからないが
他民族都市ならではの繋がりを文化でカジュアルにやる大切さが
ひしひしわかった。

今回も、音楽の鳴り響く中、
ひそかに考察をさせていただいた。

職業柄どうしても頭で物思う事が多くて
ここでは書ききれない出会いや発見や逆に改心などがあった。

そこで会った方々の事について
書きたいが、一冊の本が書けるくらい物思わせていただいた。

またこれからも続いていくらしい。
ご発展を心よりお祈りしたい。

このような活性化の発展は政治からではなく
文化からだと改めて思った。

打ち上げにもお呼ばれして
ひさびさ朝5時まで飲んでカラオケ歌って
始発で酔っぱらって帰った。

(この日飲んだお酒)

会場でビール3杯
会場近くの韓国料理屋さんでビール1杯と焼酎一杯
六本木のお店でビール一杯とジントニック!
お店の担々麺うまかった〜〜〜!




2009年8月22日 (土)

しみ込み

今日は漫才2本をこなしてきた。

村上ショージさんとM-1へむけての調整込みの舞台である。
ショージさんと漫才をさせてもらって1年が経つ。
お互い芸歴はもう長い。
ショージさんは芸歴は30年を超えておられる。
僕も20年を超えている。

今日の漫才は練習なしのいきなり本番

身体になじんだタイマーと勘で約10分の漫才。
10分の前半はショージさんのアドリブトーク
後半はネタを思い出しながらの以前の漫才
時間は不思議と10分なのだ。

上岡師匠がその昔
「漫才師は台本の台詞を何度も練習するのも大切だが
 いきなり本番で会ってネタもあわさんのにネタをして笑いをとるのも大切」
と、昔おっしゃっていた。
今、なんとな~くわかった気がした。

即興に近い本番は
ネタ作りと練習と本番がミックスされてる
最高の試練の場だ。
そこは、身体にしみ込んだ経験が物を言う。 

なぜ、ネタあわせしなかったのか?
ショージさんが朝ゴルフショップによってたから

これもまた良しなのだ!

2009年8月21日 (金)

そんな事を話す時期に突入

夜の9時に宮内と新宿のサウナ前で自転車集合。
サウナ&ちりとり鍋コース。

彼は放送作家で、彼とはデビューの頃から海外渡航など一緒である。

この時期になると、イギリスのコメデイー夏フェスが身体が記憶して
センチになる。

そんな思い出話に病気自慢のお話。

とうとう我々もそんな事を話す時期に突入である。

彼はもう老眼鏡を買ったそうだ。
脳内天国であるひとりセックスも3ヶ月に一回。

いつも会ってもちよるアダルト情報もな~んもなし。

ビール2本とマッコリでTHE END

話しながら
まさか。。。寝てしまった。

もう彼はおっさん卒業
おじいさんだ。

 

2009年8月20日 (木)

親父からダンボール

親父からダンボール

ピンポーンと家のインターフォンがなるとドキッとする。
また宗教の勧誘かと思えば、宅配便であった。

最近はネットなどで買物をしたことはないので
半信半疑であったが、実家からまたダンボールであった。

今回は親父セレクションであった。
おかんセレクションの時には、
つくだにだのこんぶだの、ひじきだの
寝るとき用の半ズボンなどと一緒に
「オカン」といった愛情の妖気もはいってて
泣きそうになる反面
俺っていつまで子供やねん!とブルーにもなる。

さ!今回の親父セレクション。
おかんのセレクションとはまったく中身が違う。
おつまみにビールに焼酎といったもの。
「オヤジ」といった妖気には「がんばれよ」といった
オカンの母性とは違った
男性の厳しい妖気がはいっていた気がした。

2009年8月19日 (水)

また一歩

奥歯の詰め物がぐらんぐらんだったので
自由が丘の歯医者に行った。

だましだまし
ぐらんぐらんなままの生活は
ご飯の時いつも取れは
しないかと、どきどき感があったのだが

奥歯の詰め物をとられた。
支えになってる歯がもう
ぼろっぼろだそうだ。

先生が「もうこの歯は根っこも終わりです」と
告げられた。

そして入れ歯を勧められた。

とうとう人生初の入れ歯突入である。

詰め物は外されて今そこの歯がない。

空気が通り抜けてす〜かすか。。。
口の奥への風通しはいい!

また一歩
おじいちゃんである。

2009年8月18日 (火)

東京での生き方

かけるソースは何にしますか?
ゴマと和風とフレンチがございますが。。。

え~。。。和風。

日常で決断を迫られる事が多い。

今日とある方からランチを誘われた。
このとある方は半年に一回くらいしか会わない方だが
かれこれ8年くらいのおつきあいだ。
この方がまた変わっていて、
生粋の東京人で親が大金持ちなのだが
親のすねもかじらずに若くして
親元を離れ独立し、幾度と事業を失敗するが
今は成功。だが、本人はあまりお金に執着がない。

僕がランチのソース選択や
アイスコーヒーのガムシロップの選択
これについて
「もうどっちでもいんですがね」
なんて言ってると
「ぜんちゃん!東京はそういった事を一個一個
 素早く決めていかないといけねーよ。
 東京はそういったとこだよ」
と教えられた。

僕は店の決めた事には文句言わない
大げさだが、御天道様信仰って言うのがあって
どうも自力で決めるのは何事も優柔不断なのだ。

人間の手で作ったこの都会では
人間が一個一個判断していくといった事が求められるのだが
欲の深い僕は自分で決めて失敗した時はどうするか?
ここが心配なのだ。

武士は食わねど高楊枝
ならぬ、東京人は食わねど満腹顔って顔をする。
だってNさん
サラダ一口食べて
後は、ほとんど残していた。

2009年8月17日 (月)

おしゃべり

先日、『お笑い放送禁止劇場』という雑誌のインタビューをうけてきた。
新宿の西武って喫茶店にて何時間もおしゃべりした。

中身は「昔のテレビと今のテレビ」
「弟子について」など様々な事をお話しをした。

よく言われているが、
テレビはスポンサーのお金の力が大きい。
不況なので、スポンサーさんは余ったお金で番組ご自由に!
ってな事はなくなるわけだ。
なので、視聴率も、ま~ま~ってな具合ではいけない。

インターネットも出現し価値が多様化した上
デジタルはきっちり数字がでる。
はっきりする時代が来きたって事もある。

このテレビの視聴率
これは「開けてはいけない」仏教でいうところの
本尊の秘仏みたいなとこで、
はっきりささないとこに良さがある。
「ま~ま~」が、なくなってきた。
論理的には今のほうが正しい世界であるが、どうも味けない。
今のテレビがどうのこうのより
昔のテレビを取り巻く環境が良すぎたのである。

お笑いがマスコミを通じてマス(不特定多数)にむけて
スポンサーがついた上で好き勝手するのは過去のお話になりそうだ。 
マーケット重視、お伺い重視、即結果を求められる事になってるが
これは、文化とは真逆の作業なので、悪循環になるだろう。

僕もそういったマスから意識を解脱をしたいと願っている。
その先には相手が誰なのか、わかった上で個人に向けてやりたいし
またもっといったら別の次元にいたいと願う。
大きく言うと宇宙空間(笑)もっと将来は宇宙的になっていきたい

ま、食っていけたらのお話であるし、
そんな宇宙的な芸を持ち合わせてもいない(笑)

でも、こうやって将来の願いを書くと、ほとんど病気である。

2009年8月16日 (日)

そろそろ覚悟?

昨日靖国神社に参拝してきた。
僕の祖父が戦没者である。

またこの事について書く日だ。

平和憲法についてだ。

メデイアでも今年は核問題について多く取り上げやっていた。
北朝鮮の核実験があったせいもあるのであろう
核を自国が持つべきか?持たぬべきか?
この議論すら以前はメデイアでもやってはいけない風潮だったが
最近はよくやっている。 
持つべき派も持たぬべき派も
お互い平和がいいと思っているが方法論が違う。

だが、「持たぬべき」とお答えになる方々に昔から疑問がある。
「持ったら使う」との答えが多いが、包丁も使い方によっては武器になる。
持ったら使うと思ってるほうが、使う気満々だと思う。

また、本来、非暴力で平和なんていうのは
俺の頭を真っ先に撃てと言う覚悟の元に成り立つと思っている。

僕にはそんな勇気はない。
かといって核を持って周りの国からやいのやいの言われて
戦う勇気もない。
現状は僕もグレーなのである。

この日本のグレーは日本の知恵とも言える。
現状はいつでも持てるが、持っていないって事と僕はうけとっている。

戦争の話も忘れてはいけないが、
日本を世界に誇る理想の平和国家とするならば、
終戦記念日に理想の平和の国家のモデルになる行いをしてるのか?
と言うのも疑問である。
世界にうらやましがられるような行いである。
平和とは名ばかりで、
各種犯罪、殺人、自殺、戦争で亡くなれた人数より多いらしい。

平和や幸せって言うのは僕は実態のない地平線みたいなもんで
いけどいけど捕まらない。。
それでもあきらめずにおっかける行為自体が、
立体的に平和なのかもしれない。

芸術にスポーツに学問に勤労に愛に笑いと神様が与えてくれた人間の英知。
ひたすらこれらに打ち込んでさえすればいいのであるが
そんな奇麗ごとはいってられないのが現状

やっぱそこには、それで死んでもいいと死の覚悟ですね。

そんな覚悟なんか、頭ではわかってても、僕にまだまだ無理やな~。

2009年8月15日 (土)

自分ツアー

実家に一泊して
実家に戻ると最近は
自分ツアーを決行する

なんでしょう?この意味不明のツアー。

昔の自分の足跡を自分で辿って考察し
センチメンタルな気持ちになる自分ひとりのツアー。

地味な上にあほである。

2年前に一回行ったがあまりにもセンチメンタルになりすぎて
後半めっちゃ疲れたが、
今回は2回目とあってか、冷静に昔の自分の考察が出来た。

僕はこの土地では恋愛は一回もした事がない。
告白された事も告白した事もない。
中学校のとき一回だけ告白じみた事をされたが、
意味がわからず、その子と会うのが照れて、肩身が狭くなった。

でも好きな女の子は、いっちょまえに毎年、いた。
高校時代はモテようと必死になりすぎ、逆に変人扱いされた。

駅から学校までの道を自転車で女の子と共にしたかった。
あの夢はもう戻らない。

今回駅から学校までの道を歩くと
41歳のおっさんにはあまりにも遠く
ぜいぜいいった。

女子に好かれようと努力した結果
女子より一部の男子に圧倒的な人気が出た高校時代の俺。

そんな事を思い出し、ぷっと笑いそうになった。

41歳になった僕。
東京と言う土地で誰とかといった限定なく漠然と
素敵な女子に好かれる為に努力をしようと決意。

また、高校のときのように逆に嫌われ、
一部の男子をつかみ、がはは!!笑うといった人生もまたよし。。。

まだまだ、僕は高校23年生のノイローゼなのかもしれない(笑)

2009年8月14日 (金)

お墓参り

今日は墓参りの為に実家の姫路市へ。。。

墓参りが年々好きになってきた。
生まれる前と亡くなってからの自分をこの日は教えてくれる。
今、生きてる事が奇跡のようだ。
生きてる事が嬉しくなる瞬間だ。

実家の僕の部屋は
おかんのミシンやマッサージ機
冬物の服で埋め尽くされていて足の踏み場もない。

そこに「卓球上達」といった僕が中学時代に
購入した本があるくらい。

反抗期もなく、グレもせず、優等生でもなく、劣等生でもなく
クラスの人気ものでもなかった僕。

日々こつこつ共働きをし
何不自由なく育ててくれたド!真面目な両親を見るたびに
ほっとし、こんなド!真面目な家庭から芸人になったか~~。
と、ちょっとぷっと笑ってしまう。

また今年も墓参りの帰りに
赤ベコといった焼き肉屋で
親父が「金儲け!金儲け!みなさんに嫌われんようにしいや!」
と、こげこげの肉を僕の皿にポンっと置いてくれた。

親父の言葉も肉も苦かった。。

2009年8月13日 (木)

今年も熱くなりそう

朝また早くにショージさんからお電話があった。
朝早くに誰かから電話があるとどきっとする。
誰か、、、亡くなったのか??

はたまた以前にショージさんから
「00子です。昨日はごちそうさま。またあたしを抱いてください」
といった洒落の電話か?

今回のトーンは真面目な口調だったのでドキッとした。
「M-1また出よか!」

去年M-1といった漫才コンテストにショージさんからお誘いがあって
漫才をさせていただく事になった。
子供の頃からショージマニアであった僕は即「はい。がんばります」との返事。

さんまファミリーといった肉食系お笑いは頭で考える前に
とりあえず動け!理屈を言うな!言い訳するな!難しく考えるな!と、
武道のようなお笑いのご指導を去年はやっていただいた。

3回戦で敗退だったが、結果は人間の判断なので
どういう結果もすべていいのであるが、
僕は41歳にして村上ショージさんと漫才をやれる事と
今まで頭でネタを作ってきた僕にとっては
新たな挑戦に僕は何より興味深い事なのだ。

そして、50を超えて別にそんな闘いに出んでも
いいのに、出場する村上ショージさん
本当にお笑いが好きなんだろうなとぐっとくる。

また今年も熱くなりそうだ。


2009年8月12日 (水)

嫌いな方との接し方

「昼いこか!」とのりおさんからお食事のお誘い。

コントの合間にのりおさんとお食事にいくのが
月一回の楽しみである。

新宿のあかしやといったロールキャベツ屋で
クリームコロッケ定食をごちそうになった。

のりおさんは
政治から身近なお話を真剣にしてくださる。

「嫌いな方との接し方」を教わった。
人生生きてて、好き嫌いが出来るのは仕方のないもんだ。
また好きなのに嫌われたり。それが元で嫌いになったり
好きなのはいいのであるが、
嫌いであったり、嫌われてると感じたときには、
逆にいないところで「好きだ!」と言えとの事。
またそんな関係の方とは、
面と向き合って、笑顔で挨拶しろ!との事。
笑顔の呪文をかけろとの事。
相手も褒められて嫌な気はしない。
また笑顔を嫌いになるはずもない。

ただ、僕から嫌いな方はぶっちゃけてそういない。
嫌われてるかな~と言うセンサーも僕は鈍い(笑)
でも、笑顔ですね。。。

のりおさんありがとう

2009年8月11日 (火)

ミッキーと言えば

ミッキーといえばみなさんは誰だろうか?

ミッキーマウスをイメージされただろうか?

僕はミッキー安川だ。
あの顔と図体の大きさは一回見たら忘れない。
また国際的な雰囲気をかもしだす態度もおまけにでかい
何をされてるかわからん感じのあの風格。
絶倫度の高そうな男。

今回はそっちのミッキーではなく
ミッキーロークのミッキーである。
「ザレスラー」
渋谷の映画館に誘われて観に行って来た。

あらすじをちょこっと。。。

かつては、人気No.1レスラーとして活躍するも、
50代となった今も、アルバイトをしながら
何とかリングに上がり続けているが
妻には捨てられ、娘にも暴言をはかれ。
かつての栄光が消え失せる中、がんばってはみるが
心臓発作で倒れてしまい、、、

といった
僕は見とかんといかんでしょ(笑)

いろんな意味で痛々しい映画ではあったが(笑)
僕にとってはぐっと来た映画であった。
やっぱぐっとくるっものって痛々しい。

ミッキーがインタビューで
自分にも当てはまってる節があったので
この役を引き受けたとの事。
これでまたハリウッドのメジャーから
声がかかるとの質問に
「そんな事に浮かれず
 マイペースでやっていきます」との事。

10歳年上のミッキー。
僕のアイドルミッキーと言えば
今後はミッキーロークにしよう。

2009年8月10日 (月)

あいちゃっく!

今日ロボちゃんと9月に韓国でのデモの為
10月の東京での科学館やらでの打ち合わせ。

今年のロボのテーマは「愛着」

機械のロボちゃんに
どうやったら愛着をもってもらうのか?

さ、この愛着って言葉だが、
どっぷり日本語独特の表現なのだ。

本質は、外国語には訳せないといった
これまたオモロい事になっている。

英語では愛着は、attachment。
これは、幼児期までの子と母の間の関係に生まれる事なのだ。

日本でもこの意味もあるらしいが

聞いたら、日本ではもう一つ意味があって、
物欲の愛着(悪い意味)のもあるとか。。

現在日本では、西洋と同じく
愛情的な意味合いで「愛着」の意味でうけとってるのだが
物に執着するな!なんて相反する意味もあったりするから
日本語は面白い。 

この相反するものをどう同一化するか、
今から楽しみである。

2009年8月 9日 (日)

諸行無常

インドとまではいかなかった
今回のリトルインド。

真面目に真剣にぼーっとしに行った。

脳学者養老孟司さんの本には
日々人は変化していると書かれてあったとおり
旅に出る前と出た後では自分は
まったくの別人に変わってるのだそうだ。

人生は諸行無常である。

僕も若い頃は、自分を変えたくないと
かたくなに現在や過去にしがみついたりもしたが、
わいももう40を超えている、
ええおっさんだ。
どんどん変化していってよし!
ちょこっとでも楽しんでもらえたら、
すべてよしなのだ。

天候悪かったとはいえ
身体も顔もド!真っ黒になって帰ってきた。

成田のお茶漬け屋さんが大好きなので
一杯食って
さ!またゆったり日本で地道にやっていこう

2009年8月 8日 (土)

エンタの神様

チャイナタウンはどこにでもあり
中国語を大声で話すかのように
大阪人はどこにでもいるしどこに行っても大阪人だ。

ペナンの中心部の土産物屋さん
そう日本人は見かけなかったが
大阪のかわいい女子大生?3人組がいた。
大阪弁を大声で話していたので大阪人だ。

ナイトエネルギーといった怪しい合法のドリンク。
飲めばエッチになるドリンクを見て
「わ!これめっちゃエッチになるんやて!
 ネタになんで!買おか!」
そこには挿絵が書いてある。
飲む前と飲んだ後の挿絵
「ほんまや!飲んだ後、めっちゃエロなんてるやん!」
「みんな爆笑すんで」
「今日、夜飲んだろかな」
「あんたそんなんせんでもエロいゆうーねん!」
「ぎゃははっは!」
「わ!高〜〜〜!」
「いちゃん安いん買ったらええやん。値段はがしたらばれへんて」

大阪人が好きな一つに
物事をおもろいとおもろないで判断する。
そこには多少うそもオッケイ!
エンターテイメントの血が流れているところである。

ようく見たら、5つくらい買っていた。

最低5つは人に見せるのだろうか?
出来れば、
ひとつは自分で使って
ひちつは見せて
ひとつは予備用
ひとつは保存用が望ましい。

エンタの神様は微笑んでいる

2009年8月 7日 (金)

ぼろぼろのパンツ

旅も終盤にさしかかると
洗濯物がかさむ
パンツに靴下

僕は貧乏性なので日本で履く
穴空きのパンツを旅行に持っていって
捨てる作戦を試みる。
荷物も軽くなし、貧乏性の僕にはもってこい!
なんて事を考えるが
ド!がつく程の貧乏性
最低、穴が2つは空いてないと捨てられない。

僕はパンツは誰かと会うときや仕事の時は
奇麗な見せてもいいのいをはく。
なぜなら、いつ何時、脱ぐかもしれない。
その時「わ!パンツ汚~」や「穴空いてる」
なんて言われたのでは、おチンチン掘り出した事より
話題になられては、おチンチン様に申し訳ない。

ま、そんなおチンチンを突如見せるなんて事は
芸能生活20余年一回もないが。。。

でも、頭の片隅にはいつも「もし脱いだとき」
の為にいいパンツを履く。

が、普段はぼろっぼろになるまで
履くといった見栄をはりたいが、貧乏性といった
相反するものをかかえた分裂症な僕なのだ。

今回も穴空きが一個ほどのパンツだったので
捨てれなかった。

ま、ええか!!!

2009年8月 6日 (木)

金ぴか

今日もどんより曇り。
リゾート地で晴れてないのは、
な~んか損をした気分になる。

ので、部屋のガイドブックおすすめの大きな寺院と
そっくりさんショーに行った。 
そっくりさんショーは夜なので昼はお寺。
イスラムとヒンドウーと仏教が共存するマレーシア。
お寺にいくと日本の地味~なお寺とは違って、
金ぴかの色鮮やかなのだ。

そもそもインドが発祥の仏教。
そこから中国や韓国と濾過されて日本に入ってきた時は
蒸留酒のような味わいである。
と司馬遼太郎さんがどこかで書いていた。
それを今パクって書いている。

僕の好きなのは不動明王である。
いかに厳つく作るか!がポイントである。
顔もいいのだが、足下を見たら、何かを踏んずけておられる。
邪気を踏んずけておられると思うのだが
日本では狛犬みたいなものが踏まれているが、
マレー寺院ではおっさんの像がふまれていた。

おっさん何したんや???

夜はそっくりさんショー。
マイケルのそっくりさん
まるで生き返ったかのようなと言いたいが
太っていた。
なんせプレスリーなんかも兼ねて物真似するので。

でも帰りに彼のDVDを購入。

帰ってみてまた笑おう!

2009年8月 5日 (水)

ぼーっとするって難しい

今回の休暇で真面目にしようと思った事は、
ぼーっとする事。

本来、ぼーっとするって言葉は
ぼーっとすな!と上司などから言われる言葉に使われるケースが多いが
僕のような貧乏性の貪しい欲のある男には
ぼーっとする事をしないと、いざ集中する時に
脳が働かないらしい。

ので、真剣にぼーっとする事にした。

ぼーっとするには、余分なものはいらない。
ので、行った場所は、昔囚人が運ばれたと言う小さな島。
リトルインドから船で10分くらいの小さな島。
リゾート開発された場所といっても、がらんがらん。
そこには、小さなホテルだけしかない島で宿泊をした。

リトルインドは2時間もあれば全部回れ、
3時間もいようもんなら、6周はぐるぐるして
逆にこっちが、怪しまれるくらいなので
ホテルっちゅうか、民宿のような小さい島でぼーっとしていた。
あいにくの雨とあって、プールにもいけなけりゃ~
浜も水びたし!
部屋では、ネットもしなけりゃ、テレビもなし
部屋から、雨の空を見てボーっとする。

これが、なんとも、退屈でしんどいのだ。

まず、時間が経つのが遅い。
屋根から落ちる雨の雫を見てたらいらいら。。

あ~!え~い!
雨の中、海で強引に泳いだれ!!!
と思って飛び込んだら、
でっかい白いのが!!!!

ホテルマンらしき?人が
顔色を変えて、
ジェリーフィッシュ!!!!と叫んでいる。
くらげの大群がいて危険なんだそうだ。。

僕はまるで自分がくらげかのようにてろんてろんになり
悲鳴を上げ、雨の浜でホテルマンらしき人に
しがみつき、助けてもらい、あげくのはてには
怒られるといった始末。

それから、またぼーっと。。。。

僕にとって、本当に真面目にしなければいけない
しんどい事は、ぼーっとする事なのだ。

貧乏性の僕にとっては
いやいやこれが難しい。。。

2009年8月 4日 (火)

リトルの旅

とうとうインドへなんて勢いよく書いたが
考えたら僕の家に
インドのガイドブック5冊はある。

一冊は20年前に買い、
15年前10年前5年前と5
周年に一回はインドが俺を呼び、
ガイドブックを買っては挫折してきた。

だって、こわいもん。
インドに関して
聞く話は、暑い、下痢する。人生変わる。
そんな話を聞くと、
ビビってしまって尻込みする。。

実は、今回もそうだった。

でも、いくのヤンピーなんて根性もない(笑)

どないやねん!の僕なのだ。

ので、小心者の僕にふさわしく
マレーシアのペナンの「リトルインド」に決定した。

行くのはリトルインドだが、
思い出話はビッグインドの勢いで話してやろうと思っている(笑)

暑さはインドは45度となるのだが、ペナンは26度くらいで快適。
ガンジス川なんてのはなく奇麗なビーチと青い空。
牛が町にうようよ。ホームレスがたかってきて
水は汚い。。
なんてまったくなく
道は舗装され奇麗な町並みで4ブロックくらいの小さなインド。
人々もみなさん親切丁寧。

ヒンドウーの寺院に行ったら
知らないインド人が親切に案内してくださって、
阿修羅観音みたいな美人のサラスバテイー(弁天様)
が、手8本くらい上げて、足をオッピロげて、中央に立っておられた。
ガイドさんに「これ何?」って聞いたら
芸能の神様。しかも、お金の神様らしい。
日本と一緒でえらい現金な神様だ。
何か唱える呪文みたいなのってあるんですか?
って聞いたら呪文を教えてくれた。それを3回唱えた。
その矢先に
隣に来た本格派のヒンドウーの方が僕の唱えたのとは
違った呪文を唱えていた。

「あ!呪文間違えた!」と大笑いされた。

この辺りはまさしくビッグインド体験が出来たと満足だった。

それでも僕はホテルで口をつぶりシャワーの水が口に入らないように
といったどこまでビビリやねん!な感じの振る舞い!

まだまだ大人ではない僕。

でも大真面目なのだ。

2009年8月 3日 (月)

仕事は楽しく遊びは真面目に

さてさて、今日からささやかな夏休み。
といっても、そんな休みとるほどぜーんぜん忙しくない。
気分的に休もうと思うのだが
普段から気分を休めた上で芸人ぜんじろうをやっている。

ので日々休暇の延長気分でだから、
僕は、いまさら休暇などいらないと言えばいらない。

理屈っぽくなる夏の休暇だ(笑)

ので、逆に真剣になにかしようと決意!

「仕事は楽しく遊びは真面目に」と
いつも呪文のうように唱えている僕。

この休暇は
お仕事以上に何かに真面目に取り組もうと誓った。

ので、いろいろ考えた結果
念願の
いや、
とうとう「インド」へと向かってこようかなと。。。

インドへは生半可な気持ちではいってはいけない。
そうとうの覚悟が必要である。

釈迦が目覚めたインド
ジョンレノンもはまったインド

よし!俺もはまる覚悟で
真面目にインドへ!

ナマステ!!!!!

2009年8月 2日 (日)

夏休み

一週間の夏休みです!
次回は10日に更新です。

2009年7月30日 (木)

パンチラ

無論、パンチラっていえば、
パンツチラッだが、
僕はパンチラと聞いたらパンチライン
このパンチラインとは
日本でいうところのお笑い用語「オチ」なのだ。

S-1の8月分の当選者の発表があった。
結果から言うと僕のは2作品選ばれた。

スタンダップコメデイーin 海外と
タクシー in NYといった作品。

両方海外で撮影されたものだ。

なので、撮影した時のお客さんは外国人。
ネタも英語なのだ。
そこで、パンチラを言って
笑いをとっている。

日本の方にこのパンチラが
どう映るのか?

字幕入りだからわかると思うのだが。。。

オチとパンチラの違いは、
長くなるので、
また次回に書く予定。

今月末が楽しみだ。

2009年7月28日 (火)

お出迎え

今日は成田にお出迎え。

西(スペイン)からやって来られた
イサムサラジャン夫妻。

誰やねん

実はこの方は
僕が海外時代にネタ作りをしてもらった方なのだ。

「ZEN comic」って言うお笑いマンガ本を書いていて
西洋人から見た東洋の禅のユーモアを書いた本なのだ。

当時ネタはないかと探していた僕は
ぜんじろうとZEN。名前が似ている。
よしZENでネタ作れ!と安易な発想でご依頼すると
気安く、断ってきて(笑)
忘れてた頃に「ええよ!ネタ作っても」とメールが
僕も気安く断って(笑)
の矢先にカナダのComedy Fesで偶然にもまた一緒になって
ようやく作っていただいたって感じのご縁だった。

日本ではやはり禅寺に行くのかと思いきや、
秋葉原に原宿。

なんやそれ!

明日は禅の文化交流に
アイヌと高野山の密教に興味あるみたいで、
色々回っていくとか。。。

サラジャンが秋葉原で加湿器買おうとしたら
嫁にめっちゃ怒られてたのには、笑った。

浅草のすき焼きを
最後食べてバイバイ!!

2009年7月27日 (月)

奥の奥

S-1の7月分のベスト4の
結果発表があった。

結果から言うと
今月も残らなかった。

今回のはちょっと結果が楽しみだった。

なぜなら、僕が提出した作品の中でも
今回選ばれたのは異質な作品だったからである。

僕は2手に分けて作品を作ってる。

ひとつは、S-1の傾向をリサーチをして
頭で考えて作る作品。

と、もうひとつは気の赴くまま、
自分の中の面白いものを作る。
自分の感覚の奥の奥で作る。

今回選ばれたのは後者で
よく選んでいただけたと思った作品だった。

観音様のフルCGの作品なのだが、
物語もオチもない
ただ ただ、あほあほナンセンスな作品であった。

ネットでの視聴者のレビューを色々と見たが
「何が面白いかさっぱりわからん」
「ただ、観音様が何かやってるだけじゃん!」
「アートっぽかった」
なんて意見があった。

物語やオチや笑い声といった記号的なものに
呪縛されていると、決して笑えない作品であった。

そう思われるかな?と思っていたが
やっぱりそう思われた。

とはいいつつ、
呪縛されている方に届いてなんぼ
そんな方々に笑っていただいてなんぼのS-1なのだ。

僕の感覚の中の笑いと
S-1の視聴者の方々の感覚の中の笑いは、
まったく違う事は確かである

この「感覚の中の笑い」をどこが面白いか説明しろって
言われたら非常に難しいのだ。

より面白い事を求め僕と体験を共有するしか方法がない

世間の方々はそんなに暇ではないし
僕ごときと体験しなくてもいいし
より面白い事を求めなくても満足なのだ。

なのでこの場では
僕がもっともっとあの場をリサーチをし
頭を使って、論理的に作らないといけない。

話はややこしくなるのだが、
欲を言えば、
僕も世間も感覚の奥の奥はきっと同じ笑いに違いない。
実はここに興味はあるのだ。

リサーチして頭で作って笑っていただくのもいいのだが
感覚の奥の奥にいきオモロさを共有できないか実は実験中である。

ただ、事務局側の方が、あのような作品を選んでくれたのは
感覚を共有できたと、嬉しい限りである。

来月も両方の作品で!

2009年7月25日 (土)

王将ばんざい

無性に月に一回くらい食べたくなるものがある。

王将の餃子である。

ここは安くてうまい

高校の時、姫路の市川橋支店でバイトをしていた。
厨房の業務がよく出来たので店長候補であった(笑)

あの頃から月に一回は餃子の王将を食べている。

住むときひそかに王将の店が近くにあるところ
なんて

国道沿いにあるおおきな店が好きなのだが、
東京では駅前のカウンターのみの席になったりする。

新宿の喜井町の王将に行き、
天津飯と餃子を食べた。

いつも一口目には高校時代に
一瞬だけ口からタイムスリップする。

帰りにはお持ち帰りの餃子を
6人前頼んだ。

王将ばんざい!

2009年7月24日 (金)

一方通行の自己完結

構成作家のF君からぱったりメールがない。

電話料金の問題かな?
ひょっとしたら、とんだ??

と、思いきや
やっとメールがあった。

中身は、仕事を辞退したいとの内容。

もろもろの作業を共同でやってたのだが、
先が見えなかったのか?

「辞退させていただきます!」
と、悲しいメールが。

以前なら、会って目と目を向かい合わせて
報告するか、手紙を出すのか、
電話で会話をしたが、
こんな大事な事を軽~くメールで(笑)

しかも、一方通行の自己完結。 

メールは
ワンクリックで
送信すれば完了。
傷つくといった感情もろ過される。 

こんな出来事は、
僕に限らず、最近会社なんかでも
多いんやろな~と思った。

自己責任の先にこそ
社会のが成り立つのであるが、

逃げても、
「それでも、食ってける」
この国。

ここは相手のせいにしても
始まらない。

ここはあえて、自己反省。

社会はお金で繋げる事も本当に大事である。

そう思うと
お金の繋がりなんてないのに
友情や夢で繋がってる事の大切さも
身にしみた。

こんな事になったのに、
夜はお誘いの
「初台の鳥よし」で酒と食事
で、どんちゃん騒ぎ!

うまかった!

ま、これもまたよし!

またいい事があるはずだ。

2009年7月23日 (木)

真逆

マンガ家の
タナカカツキ師匠とファミレストーク
今日は4時間ほど。

新しいDVDを出されたそうだ。
SUGA GRAPHといったCG作品のドキュメントDVD.

一枚いただく。

制作を全部個人でするといったDVD.

今や自宅で DVDが出来る時代なのだ。

「今後、本やDVDなどは個人から個人発注になる」
と予測をしておられた。

と、カツキ師匠と実は遊びで
大人の絵本作りを共同でやっていて
ここのブログで書いてるような
「後輩からの駄目だしをされた日」
なんて細かい心の動きとそこをどう切り抜けるか?
のある種の心のHOW TOな本を作ろうかと。。。

この手の話は文字が多くて難しくなるのだが
簡単にPOPに仕上げられたらと料理方法を模索。

あ、発売の予定はまったくなし(笑)
まずは作るって感じなのだ。

僕の今までやってきた作業とは真逆だ。

Tuitter を勧められた。
やろうと思ってた矢先の出来事

8月からやろう!!

2009年7月22日 (水)

ゴリラ

上野動物園に撮影。

撮影というと大層だ。
単にデジカメでムービー回すって感じであった。

動物をず~っと眺めてると
決してテレビでは流さない
というよりカットになる
仕草をいっぱいやっていたのには驚いた。

ゴリラって鼻くそをほじっては食べて
ほじっては食べて。

キリンなんかは口から
よだれをたら~んと流して
一気に吸い上げると
いった神業をやっていた。 

そんな動物番組ってないな~。

帰り
上野大勝軒でつけ麺食って帰って来た。
もりチャーシューいい感じ。

2009年7月21日 (火)

事なかれ主義

毎月送っていただいてる
「たる出版」の雑誌を正座して読む。

談志師匠の「酔って候」のコラムが
好きだったのだが、急に連載打ち切り。

理由は、雑誌に自分の過去の事が
間違えて載せてあった。
といった事から激怒し
「こんな雑誌に載せてられっか!」
と悪態をついておられた。

それについて反論をした文も載っていたのだ。

最近の風潮だが、
事を荒立てないように、
ないように、事なかれ主義のはびこる中

もう死を直前に迎えた方々が暴れている。

なんか、ぴりっとしていいなー。

思わず、笑った。

ええ格好書いたが僕も事なかれ主義に属する。

2009年7月20日 (月)

ホラー

昨日はぐっすり寝たので今日はすっきり。

群馬の尾瀬にいくはずがキャンセル。

仕方ないので自宅で昼間っから
カーテン閉め切ってホラー映画を見るといった
怖い事をした。

見た映画はアジアンホラー2本

タイ映画の『心霊写真』
韓国映画の「箪笥<たんす>」

西洋とのホラーの作りの違いは
血がドッパーなど現物支給な怖さではなく、
精神的にゆっくりと
追い詰めてくるものが非常に多い。

タイも韓国もそうであった。
今度じっくり日本との違いを考察してみようっと。

今日見た映画は
どちらもハリウッドがリメークするらしい。 

米国も精神化してきたのか?

僕は米国には
血がドッパーな大雑把な
あほあほホラーを作り続けてほしいと願う。

2009年7月19日 (日)

課題

Live stand 09に
ちょこっとロボちゃんとネタを。

NECからOさんBさんも来ていただいて、
楽屋も大勢の方々でごった返す中、
博士に着替えてもらって。

ぶっつけ本番でロボちゃん登場。

司会のトータル君が
ロボちゃんとトーク。

ロボちゃん「間が悪いですね!」なんて
ツッコミを連発され(笑)

僕が「すいません。ロボは
 まだ空気読めないんです」とホロー。。

で、いざ本番。

台本通り、
ロボちゃんが2分ネタをきっちりタイマーセット。
僕が喋りすぎて、のこり15秒で
2分のネタを巻きでやるといった
ネタだった。

ロボの巻きの早口は尋常じゃないくらい
と~んでもない早口なのだ。

早口すぎて僕がついていけない
といったネタ。

来てた女の子達や芸人さんは「笑い」のみを見に来ている。

ロボの懇親会ならば
ロボに関心を持ってくれ面白がってくれるが
「お笑い」だけに興味のある方は
そうロボちゃんに興味なさそう。

大きくぬけてた。。
僕にも(笑)

めちゃくちゃアウエイの場所だった。

興味のない方に興味をひかすには?
このあたりを今後どうするか?
課題である。

2009年7月18日 (土)

涼グッズ

暑いので涼グッズをもろもろ購入した。
もともとクーラーはあまり好きではない。
身体がだんるくなるので
「もう暑さ限界」って時まで
クーラーは辛抱している。

まずは、風鈴ちりんちん。
耳から涼しくなろうといった
日本独特の感覚的なクーラー。
そんな感覚的クーラーは僕には持ち合わせていない。

通用せず暑い。

今日以前買った
サーキュレーターが届いた。
つけたら、威力がありすぎて
机の上のものがふっとんだ。

首には、アイスノンを巻き、 
お昼には、流しそうめんのおもちゃのを
取り出し、食べる。

でも、暑い。

自分の中でつぶやいた。

「クーラーつけたらええがな」

2009年7月17日 (金)

どうなる事やら

ロボちゃんと日曜日にLive stand 09で漫才の為
ネタ合わせに品川のNECさんへ。

今回のネタはいつものように
ネタ10分間お好きなように~
ってな具合ではない。

インタビューや司会者からの
アドリブの質問がある。
またネタは
いつもは僕がツッコミなのに
僕もボケをやるといった
向こうの企画に会わせるといった初の試み。

いろんな事を想定し
一応リハを。。

OさんやBさんに迷惑かけっぱなしで。。。

どうなる事やら。。

2009年7月14日 (火)

サウナー

ユシュランってご存知だろうか?

知らないはず、自分でそう名乗って
ミシュランのパロデイーで
ひっそりいろんな
銭湯をまわって点数をつけている。

また僕はサウナが大好きな
サウナーである。

今日は仙川(調布)の湯けむりの里に行って来た。
最近いった中ではかなり高得点のスーパー銭湯であった。

高得点の理由は数々あるが 
サウナーのこだわりは
やはりサウナ。

ここのサウナはよかった!

僕のサウナのポイントは低温と高温サウナがあり
欲をいえば休憩所があれば高得点。

僕はサウナ入り方として
低温サウナに10分程度。
その後、水風呂に3分程度。
その後、5〜10分休憩。
4回ほど繰り返して終わり!

ってな具合である。

他にも細かい細かい得点方法あるのだがそれはおいおい。。

ユシュラン情報また書きますね!

2009年7月13日 (月)

表面上。。

今日朝起きたら
ショージさんから留守電に
「○○子です。
 この前はごちそうさま」
と、飲み会に行ったとき、
ゲームで送るはめになった女の子の物真似で
からかいの電話があった。

目が一気に覚めた。

送った女の子からメールが会った。
「ぜんじろうさんっていい人ですね」

僕っていい人なんだそうだ。

今世の中、「いい人」って言葉が飛び交い、
確かに「いい人」が多い。

いやこれは、表面上でのお話である。

でも裏をかえせば
悪い人でごったがえしている。

僕もそうだ。
相手にとって都合が悪い行動をすれば
一気に悪い人になる。

社会では、会社の為に お金の為に
みんないい人なのだ。
表面的には。

この文章は日記ではあるけれど、
人に読んでもらうための日記なので、
やはり表面なので
ぼくもいい人に
見られるように表面は努力している。

が、無記名をいい事に
ばれないだろうと
単なる悪口を書いてくる方がいる。
これは卑怯もついてくる。

ネットってそういうもんだ。
名前を明かさない限り表がない。

重い天罰下るであろう!

おっと悪い人になっってしまったかな?
表面上でも

 

2009年7月12日 (日)

読んでない本

今日は夕方から
Doppling宇宙Vol16のイベント。

不定期で中野のBarで限定15名様で行っている。

ここではいつも
自分達の興味のある事を興味あるだけお話する
といった濃~い会である。

今回は「人生を動かした本ベスト5」がテーマであった。

興味のある事を話すイベントなのに
僕はあまり本を読まない。

だが、本は好きなのだ。

読むのが苦手。
本を読んだ方のトークを聞くのが大好きである。

こんな本をあまり読まない僕が
選んだ本5冊。

中には「読んでない本」についても紹介させて
いただいた。

みなさんは、買ったけど
読まなくてずっと本棚にある本ってないだろうか?

僕はいっぱいあるのだ。

僕はその本を手に取るたびに、
心が休まる。

けど読むと難しい。

僕もよく話が難しいなんて
言われるから、心のお守りとして
本棚に置いてあるのである。

一緒にやった種浦君は
子供の頃から智恵子抄などを読破していた
本好きなので、
今回は胸を借りさせてもらった。

2009年7月11日 (土)

マンオンワイヤー

今日昼すぎに「マンオンワイヤー」
と言うドキュメンタリー映画を観に行った。

ストーリーは単純。
フランスの大道芸人フィリップ・プティが
NYのツインタワーを綱渡りで渡るのを
ドキュメントで追った作品だ。

彼は数々の危険な場所での綱渡りをし
無論捕まっている。

世界一のビルNYのツインタワーでの綱渡りは
「史上、もっとも美しい犯罪」と言われた。

作り方は、イギリス制作お得意の
その当時関わった方々の
インタビューでつないでいく。
トークばかり。

僕の感動したのは
「なぜ?このような事をしたのか?」
のインタビュアーの問いに
「意味などない。
 意味などない事を命をかけてやるからこそ美しい」
と言っていた。

見終わった後、
つくづく芸術は身体であり
命をはってこそ輝くものだと思った。

僕なんぞは
ペラペラ話すだけ(笑)
命など、これっぽっちも、はっていない。

僕のは芸術ではないし、美しくない。

ま、ええわ(笑)

2009年7月10日 (金)

暑い

暑い
とにかく暑い。

7月なのだから暑いのは当たり前。
梅雨も重なってジメジメ。

日本が亜熱帯化してきたなーとつくづく思う。

今日は映像チェックに
渋谷や多摩川やお台場あちこちに移動。

で、夜は飲み会!

暑い時期は
サラリーマンの方々のスーツって大変だなーと思う。
いつも思うが、なぜにスーツなのか?

日本が亜熱帯化してきたなら
東南アジアのビジネスマンの方々みたいな
麻で出来たシャツっぽいものって駄目なのだろうかと思う。

もっといったら、
風土に合わすのは日本のお家芸。
夏の時期は、ぼーっと
だら〜んと過ごすって事は無理なのだろうか?

経済がた落ちなんて声もでそうだが

2009年7月 9日 (木)

何かパンツ一丁

幼なじみのきよし君が
東京に来たので
落ち合った。

夕方から歌舞伎を見て
銀座プチブラ。
焼き肉に最後は新宿のサウナと
おっさんのゴールデンコースを満喫。

幼なじみの仲って面白いものである。
決してビジネス、、
お金で繋がっていない。
小さいときに同じ土地で
知り合い続いてる仲なのだ。
大きくいうなら運命なのだ。

だが話す中身は
お金のお話。子育てのお話。
宗教のお話。

仕事場でもそのたぐいの話は多いが
幼なじみとは何かパンツ一丁な感じなのだ。

後10年もすると、
病気のお話になるのだろう。。。

2009年7月 8日 (水)

さわやかに攻撃的

今日も家で一日映像編集。

自宅作業ばかりの
唯一の楽しみは家でのお風呂。

正月の飲みかけのお神酒?が残っていたので
お風呂に入れ日本酒風呂を。。。

気持ちよし!

最近は作業を夜型から
朝型に切り替えている。

どうも夜に作業すると、
作風が過激なる。
否定のように
書いてて申し訳ないが、
本当は過激でいいのである。

朝はさすがにお日様の影響や
外の雑音の影響もあって
過激にならないのだが
さわやかに過激にしてやろうと
朝型にしている。

さわやかに過激と書いてみたものの
まだ成果はでていない。

2009年7月 7日 (火)

七夕

今日はもろもろ3件ほど打ち合わせ。
主にLive stand 09に関する打ち合わせ。

ロボちゃんと漫才の予定。

いつもはロボちゃんがボケなのに
今回は僕がボケを担当する。

見る側にとっては、どうでもいい細かい事なのだが
やる側にとっては大きな大きな出来事。。。

SMプレイで言うところの逆をやるようなもん

詳しい中身は書けないが、
今から準備にとりかかる。

今日は七夕。

梅雨なのに星空。

駐車してた近所のスーパーに短冊があったので
僕も書いて短冊に。。。

人の短冊を見たが
「100億円儲かりますように」
なんて書いてあった。

お星様の逆鱗にふれませんように。。。

2009年7月 6日 (月)

最近の若い奴は!

以前舞台でお世話になった
O谷さんと舞台監督のHさんと吉祥寺の
ホルモン焼き屋さん
「たるたるホルモン」でお食事会。

Oさんは僕より15歳も上なのだ。
舞台監督のHさんはほぼ20歳も年上。

話題にあがったのが、
いつくらいから「最近の若い奴は!!」
なんて思うのだろう?といった話。

30代くらいから年下に年々思うそうだ。
僕もそうなのだ。
OさんやHさんから見ると
もちろん我々40代もはいっている。

我々の世代をどう思うのか?
と、お聞きすると
「礼儀がなっていない」「頼りない」
と、我々40代が20代に思うのと一緒の事を思っている。

思わず笑ってしまった!

でだ。
それらを差し引いて
「最近の若い奴は!」
と思う以前には、なかった
まったく新しいものとは何か?

「~っぱなし」だとおっしゃっていた。

やりっぱなし、言いぱなし、いわゆる自己責任の欠如。

裕福世代の甘え息子世代なのでその代償だそう。。。

そう思うとおっさん連中は若者に余裕に負けない!

最後は0さんが熱弁。

ホルモン以上に熱々のお話。

おっさん連中は元気だ!

2009年7月 5日 (日)

40代のアンサンブル

今日は「ぜんタネ」でご一緒の種浦君と
新堂あつし君のライブ。

高井戸だと思っていたら下高井戸のライブハウス。

以前行ったことがあるライブハウスなのに
もう忘れてる。。。

おっさんを実感。

遅刻入場。

ライブを見るときに頭半分は
いろんな事を考える脳になっている。

このライブがメデイアに映る
ミュージシャンとどう違うのか?
など。。。

この世界の性である。

アップテンポなアンサンブルって
本当に気持ちがいい。

このようなアップテンポな
ノリは30代までなのかと思っていたが
幼稚世代の先人の我々は功を奏して
40代にこそこのようなアップテンポな気持ちのいい
アンサンブルが熟すライブだな~と思った。

あんまり言葉では良さは伝わらないですね。。。

彼らも、もう40代。
デビュー当時のむか~しからの戦友といった仲らしい。

この気持ちよさがお金や集客といった数字で
汚れ潰される事が多いなか
潰されないよう、汚れないように
また逆にお金や集客といった数字が増えて
追い風になるようにと願った。

2009年7月 4日 (土)

晴れ晴れとした気持ち

お食事中の方は今読まないようにしてくださいね!

尾籠な話で申しわけないが

今日生まれてはじめてちびっちゃった。

無論..

大のほうだ。

細かい事書かないでおきますね。

とうとうこの時がやってきた。
いろんな先輩方がこの話をされてて
他人事のように聞いていたが
自分事になって初めてあせった。

家だったからいいものの
外だったらと思うと。。。

ぞーっとした。

とうとう初老の仲間入り。

もう。。
もう。。
これは人生謙虚にならざるをえない。

そう思うと、晴れ晴れとした気持ちになった。

もうカッコウなんてつけなくていいんだ。

だって、漏らしたんだから。。。

2009年7月 3日 (金)

愕然とする

楽屋でショウショウと言う芸人が
物真似をやっていた。

こっそり僕の物真似をやって。。
なんて言うと
やってくれたが、愕然とした。

よく物真似されたタレントさんが
自分であんな風だったのか?
と、落ち込んだ風景を見た事あるが、
まさしくそれである!

僕は自分では
しゅっとした感じだと思っていたが
おっとどっこい
どうも下品な股間をまさぐる
感じの兄ちゃんなのだ。

お決まりの台詞
「え?俺ってそんなん?」

自分というものは
自分が思った自分ではなく
他人の中に存在するものである。

それは多種多様。十人十色。

自分が思うような自分を
他人に映したい場合は
他人に変えさせるのではなく
自分が変えなければいけない。

でも、やってもらった物真似は
嫌いではなかった。

2009年7月 2日 (木)

損か得か?

また今日も雨。
梅雨なのだ。

ロケを予定してたのに雨。

厳密に言うと雨が降りそうで降らない。
天気予報は確実に雨なのに。。

今回の梅雨の雨は、 
もう少し考えて、計画して、
降ったらええのになんて思う。

さ!家を出ようか。
なんて思ったらちょろっと雨。

どないやねん!

一緒に撮るスタッフも
半ばやめましょうよ~なんてメールが来て
どうも逃げ腰。。

ロケの中身も
若手スタッフの書いた台本で
どうもあやふや。。。
もう少し考えたらええのになんて思ってた。

ので、結局中止にした。

そうした直後から
最後まで一滴も降らなかった。

は~1日損をした。

いや。。得をしたのか?

この辺はよくわからない。

得をしたって事にしとこう!!

2009年7月 1日 (水)

好きさ余って

今日はルミネ劇場にて
のりおのスペシャルコント。

コント終わり
新宿にて大阪から来た
ぜんタネのお客さんと待ちあわせで
楽しいお食事を。。。

なんて思って
大塚家具前に二回行ったけど
表れず。。。

そそくさと帰っていってる
途中で若手芸人に会った。
長渕剛さんの大ファンだそうで
昼食中ひっきりなしに
長渕さんの魅力を力説。。。

僕も長渕さんは大好きなのだ。

だが、あそこまでの好きさには負ける。。。

でも好きさ余って話す話にはなんとも
やんわりオカシミがあり微笑ましい。

僕にはそういったものがない。

が、
好きさ余って話す話はなにより好きである

2009年6月30日 (火)

え?これが選ばれた?と聞いて にんやり!

え?これが選ばれた?と聞いて

にんやり!

この話題が多くなって申し訳ない。

S-1バトルの7月のエントリーが発表された。

いい結果には至って居ないが、
ありがたい事に
一応3月から毎月僕は
エントリー作品の中に選んでもらっている。

今月の作品は
何作品か提出した中でも
僕が選んでもらって世間の反応が見たいな〜と
思っていた自分の中で、だ〜い好きな作品が選ばれた。

とかく、僕がぐっとくるような事は
世間の反応が薄い。
特に芸術などに関してはそうなのだ。
他の方のもそうである。
世間とのずれをひしひしと感じながら
細々、生きていってるさなか
このような事になるのは嬉しい反面
ちょっとこっ恥ずかしい。

選ばれたのは
SL(セカンドライフ)でがんばってくれている
Sちゃんとのコラボのアニメーションである。

どういった作品かと言うと
物語もなけりゃ〜オチもない。
設定もなけりゃ〜笑かしてる感じもない。
ないないづくしの単にナンセンス脳みそ0KGのばかばか作品。

なので真面目ちゃんにははっきりいって
何がオモロいのかさっぱりわから〜んってな具合の
ばかばか作品。

しかも観音様といったタイトルで
ド!仏教な作品。

般若心経の最後のフレーズ通り
ギャーテーギャーテーハラギャーテー
ハラソーギャーテー ボージーソワカーと
そこだけ訳されてないフレーズ通り
ナンセンスで気持ちよくなるフレーズな感じな
作品に仕上げた。

Sちゃんと2人で作って
「ぎゃはは!!さいこー!」
なんて、出口もなく、
やりとりしてて

応募した時
これであかんかったら、
みんなあほやな〜なんて思っといたらええねん!!!


半ばあきらめてた作品が選ばれたので
ちょっと嬉しくなった。

さ、ここからは世間様がどう判断してくれるか?

これは見る価値がありやすぞい!!!

反応がみたいなーと思った。


2009年6月29日 (月)

発展

国会の仕組みというのが、
いまひとつわからない。

解散するしないは首相の権限だというが、
解散をなかなかしない。

普通は評判が悪くなると
世間からのプレッシャーが高まり、
とてもやっていられなくなり、
やむなく解散だが、
今回は違う。

自由民主党をなんとか次期選挙で
維持する為に奮闘してるのだろうか?

勝手な解釈であるが
わからないところである。

番組の終焉もよくわからない。 
西川のりおさんの番組が本日終了した。

この時期終了は珍しい。

番組でのりおさんも言っていたが
不適切な発言をしたからとかではない。
このご時世予算の問題なのだろうか?

政治と違ってすぱっと解散。

だが、普通の番組と違うのは
番組のPのSさんは男気のある方で
「これは終わりではなく発展です」
と言っておられ、
僕も10月からの新しい動きの方向の
お話もしていただいた。

終わるとなると寂しいもんだが
言い換えれば発展である。

政治に関する番組がそういった考えなのに
政治は発展の為に解散で
より発展という意識なのだろうか?

あまりマイナスばかりを考えても
仕方ないので、そう思う事にした。

2009年6月28日 (日)

中間結果

ソフトバンク主催の
携帯電話上でのS-1グランプリの
中間結果が発表された。

毎月自分のやったテストの結果を
知らされてるみたいな感じで
ドキドキして面白い。

今月の作品は
ぜんタネの公開放送の時
お客さんに協力していただき
構成作家のS君に歌詞を書いてもらい
一緒にやってる種浦君に歌を担当してもらい
僕が出演と編集。

一位とったら
お客さんもみんなで温泉!!!
なんて言っていた。

結果は残念。

ベスト4には残らなかった。

残った4組の方々は
若者に絶大なる人気の方々である。

この投票されてる一般のユーザーの方の
笑いのツボは残った四組の映像の中にある。

S社員に
残るコツを聞いたら

「人気だす事ですかね~?」
なんて言っていた。

このS-1から人気はでないものだろうか?

どこか違うところで人気をださなければ
ここでは、駄目なのだろうか?どこだろう?(笑)

このバトルの世間様に
人気のない私はとうてい勝てっこない(笑)

でも,投票とはそういったものである。

こんな時はいつもの魔法のかけどころ。
「だから逆にオモロいねん!」
もしや選ばれたらなんて思いつつ
S-1のユーザーの世間様にがつんと見せよう!

2009年6月27日 (土)

ナマイ話

S社の部屋でN沢さんと対談した。

N沢さんとは久し振りだ。
N沢さんは野球好きなので
野球のお話が中心だった。

野球は野球でも
どこが勝った負けたではなく
野球選手のお話だった。

しかも以前は活躍してたのに、
今は二軍やらで契約ぎりぎりで
再起狙ってがんばってる野球選手のお話。

自分にも似たところがあって、
猛烈に面白かった。

リアルな事はいつも面白い。
野球など肉体が資本の勝負の世界は
我々とはちょっと違って打率や
勝敗の数字を残さないと首を切られる。

だから選手の方も
生き残りが勝負であり
そこは包みかくさず話すらしい。

スポーツマンである。

帰りに深夜のテレビでのインタビュー集の
DVDをいただいた。

風呂上がりにビールを飲みながら見た。

なんともナマイ話だが、
勝負の世界とはこういったものかと感動した。

2009年6月26日 (金)

若い

マイケルジャクソン様が
お亡くなりになられた。

50歳である。

若い。

英雄は死ぬのが若ければ若いほど
英雄度が増す。

プレスリーは42歳であった。
日本でいうところの厄年である。

「マイケルジャクソンは
 将来教科書には白人として紹介されるだろうね!」
なんて本場の英語の
アメリカンジョークで笑えるようになった時
自分でもヤングアメリカンになった気がした。

高校のときにムーンウオークを真似て
足がつった思い出もある。

マイケル様をテレビなどで見るたびに
米国のエンターテイメントのすごさにぐっときて
エンターテイナーは
ああいった生き物なんだ!
いや、生き物にならないと
いけないと思わせてくれた。

僕みたいなもんは足下いや地べたにも及ばないが
芸能人は人間を超越し
生き物になるべき!と、思わせてくれる。

自分なりのけじめとして
マイケル様のビデオをさんざん見て
ひさしぶりにムーンウオーク。
40を超えるとなぜか横っ腹がいたくなった。

2009年6月25日 (木)

カラオケ

今日は夜知人に誘われ
夜遅くから飲みと
カラオケに誘われた。

カラオケ。。

全然行ってなかった。
で、歌う歌はと言うと
昔の曲ばかり。。。

桑田さんのなんちゃって物真似でその場のお茶を濁す。

知人の歌はうまい!

僕は過去CDなるものを2枚ほど
出すといった失態を犯している。

歌ったとき自分の声がスピーカーから聞こえて
きてもげんなりする。

カラオケのコツは
自己陶酔とバカになる事。

カラオケの分厚い本を食い入ってみてる僕。

「お経」とかないの?
なんて聞くと、呆れられた。

2009年6月24日 (水)

Twitter

Twitterって言うサイトをご存知だろうか?

ブログよりも軽~い
今、何やってるかって事を書き込むだけのサイト。

以前から知人に紹介されてて
気が進まなかったけど、やってみようかと。。。

僕はブログで日々コラム的な事を書いている。
日々書いてもう4年目くらいだろうか?

本にでもしようかと思って
日々書き、編集者にプレゼンかけたけど返事無ーし!
ってな具合だった。

そうとうのタレント力がないと
日々ばらんばらんの思想的な日記は、
あんまり意味が無かった。

Twitterはそこへもってきて、
今何してるか?だけを書く。一日何回でもかけるし
そう大層でもなさそう。

メデイアを賑やかすようなタレントなら、
隠す部分も必要であるが、
メデイアを賑やかしてないそもそも隠れてるような
僕みたいなタレントは
あらゆるメデイアでオープンにしていかないとな〜なんて思った。

とはいいつつ
何がオモロいんやろ?

やってみないとわからないので、 
ぼちぼちやってみようかな~なんて思っている。

2009年6月23日 (火)

今日の唯一の楽しみ

今日は朝から夜中まで
自宅で映像編集。

一歩も表に出ず。

映像で「乳首」って言ってる
部分だけを何回もつなぎ
一人で爆笑。

晴れてた日に部屋で作業。

お日様が、もったい~と思う。

こんな日は自炊が唯一の楽しみ。

お茶漬けをひさびさんに作って食べる。

2009年6月22日 (月)

原宿に

今日は夕方
久々に原宿にお買い物。

普段めったに買わない洋服を買いに。

H&Mとフォーエバー21へ。
若者でごったがえす。

足四回くらい踏まれる。

多分、おっさんの私は
若者にとっては、透明人間なのだ。

海外で人気の安売りの
OLD NAVY も日本にくるのかな?

帰りにひさびさに
PIZZAのシェーキーズに。。。

うまかった!

2009年6月21日 (日)

日曜の朝はテレビのゴールデンタイム

日曜の朝は
僕にとってはテレビのゴールデンタイムである。

その中でも「ボクらの時代」が大好きである。

なんとゆったりした中身のある番組なのだろう。

今回は高橋英樹さんと奥様と娘さん。

僕にはまったくわからない
芸能一家のお話。
しかも一人娘と来たら異次元の話。

だが、家族愛のお話や恋愛にたいするお話。
またお仕事などの普遍的な話は
僕にも理解できる話である。

高橋英樹さんの恋愛やお仕事に対するお話。
娘さんへの伝言はなんとも上品でやんわり伝えておられ
ぐっと来た。

娘さんの恋愛に対する考え方に
お父さんの苦言は
「誰もお前の事を、そこまで見ていないし
 理屈で考えてもうまくいく事ない」

これを笑顔でさらっと言うのである。

お父さんがバラエテイーに出演されて
賛否両論の意見があると言った時
「どんな事やっても賛否両論はある。
 自分が考えて格好いい仕事をしたと
 思ってても、悪くいう奴はいる。また逆もある。
 だから与えられたどんな仕事でも
 ただただ一生懸命するべし」
との事。

気持ちのいいのを見るのは

なんと気持ちのいい事だろう!

僕はああいったお父さんには絶対なれない(笑)
ぐずぐず理屈言って最後には
「話長いよ!おとうさん!」と
あきれられる親父であろう。

2009年6月20日 (土)

御法度

楽屋での話は軽いほうがいい。

「今後どうすればいいんでしょうね」
なんて後輩からの相談は楽屋では重い。

なのでエロ話はもってこいなのだ。

その中でも
別れ話に関するお話を先輩から聞いた。

そうである、
つきあう方法だのセックスへの持ち込み方だのは
本などにマニュアルは書かれてたりするのであるが、

別れる方法やセックスの後すんなり帰ってこらう方法
など書かれたマニュアルはないな~となった。

そんなお話の中

先輩のTさんが
「別れるときは、びしっと冷たくいかんかえ!
 そのほうが、相手がこっちに未練が残らんから」

と、肉食系な意見が。

僕はまったく真逆だった。

ただ、「へ~!さっすが!」

ここから先に深く行くお話は楽屋では御法度である。

そこから先のお話は
このようなブログで書くようにしている。

2009年6月19日 (金)

キャリアの力

今日からのりおスペシャルコントpart 3

練習も前日の夜中に通し稽古をやったのみ。

不安が残るまま本番へ。。。

今回は出てるメンバーがキャリア15年以上の
芸人さんと一緒であった。

キャリアとはすごいもので
魔法をかけたかのように
不安な舞台がしっくり出来上がっていく。

経験やキャリアのすごさって
こう言うものかと感動であった。

「勢い」といった若さも気持ちいいのであるが
「底力」といったキャリアの力。
自分達でネタを作り、自分たちで改善し
自分たちでチャレンジし、いろんな悪条件を克服し
体にしみ込んだキャリアのすごさを
まじまじと体感させてもらった
舞台であった。

2009年6月18日 (木)

習う

MacでONE TO ONEと言う
サービスをうけにいっている。

一対一で一時間
Macのソフトについて
習うのである。

習うのであるが、
何を聞きたいかを自分で
整理し過剰書きしとかないといけない。

ま、当たり前なのだが、
大失敗であった。

何も聞く事もなく、
さ!教えて。。。
だけを言いにいって

赤っ恥をかいた。

何を聞きたいか
聞かれ、
何を聞きたいんでしょう?
と答え、

むかつかれながら
ソフトの説明をうけて終わった。

申し訳なかった。

パソコンはシステムである。

頭の中も
ある程度システム化をし
何を聞きたいのか?
整理しないとと思った。

2009年6月17日 (水)

仏像が若い女子に人気

最近仏像が若い女子に人気だそうだ。

ここで書いたが、先日阿修羅展を観に行ったが
大入り満員であった。

これは、ファッションなのかどうなのか?

読みかじりの知識であるが
仏教が日本に伝来して来たときも
始めは芸術的な部分に感動し
その後中身に関心を持ったそうである。

僕も仏教のファンである。

単にファンであって無宗教。

確実にファッションである。 

特に不動明王様のあの番長な顔つきに
ぐっと来る。
完璧に、フィギアを好きな方と一緒のノリである。

いつの日だろう?
坊さんの団体が寺の境内をさっそうと歩く姿が
かっこ良かったその日から
単にファンになった。

若い女の子も単に仏像の芸術性から次は
中身にいくのだろうか?

菩薩化していく若い女子を連想すると
なんともいい流れだな~
とつくづく思う。

2009年6月16日 (火)

立派なおっさん

今日、人からいただいた
若手お笑いDVDの数々を視聴。

今のご時世どこからどこまでを若手と
いっていいのやら

ハイキングウオーキング君達は
35歳なのである。

僕も若かったら
このようなDVDを敵対視して見ただろうが
もう僕もおっさんなのだ。
お気楽に見れるもんだ。

登場したときのキャーといった黄色い声援を
聞くたびに
「時代をぴっぱるのはいつの世も若い世代」と
つくづく思う。
この思いが、まだちょこと若さに未練のある僕に
ちくちく痛む。

さて!
どっぷり見た目も中身もおっさんになってきた
今日この頃。

DVDを見ながら
違う脳で
「今後はじゃーどうやっていくのか?
 このわいは?」
てな事を会議するわけだ。

会議の結果
カッコウつけようもんなら
逆に、ダサくなるのは否めない。

よし!
決まった!

「あんなおっさんみたいには、絶対なるん嫌や!」
と、あきれられる立派なおっさんを
目指すしかないと心に誓った。

 

2009年6月15日 (月)

わがまま

最近の雨の振り方は
どうもわがままである。

夜ゴルフのうちっぱなしに行こうと思っていたが
雨なのでやんぴー!

梅雨だ。
考えてみたら
ずるずるともう6月である。
気分は、まだまだ4月くらい
でももう6月。

仕方なく部屋でパターの練習。
インパルスの堤下君に
楽屋の廊下でゴルフレッスンをやってもらった時
買ったパター。
買ってそのまま、ぜんぜんやっていない。 

今日初めて買ったパターを手にした。

レッスンの中身を忘れた。。

人間いい加減なもんである。

速攻辞めて、ビール。

酔っぱらいつつの
「ルパンVSクローン人間」

カリオストロの城とは違った面白さであった。

2009年6月14日 (日)

喜ばしい不思議

品川花月出番。

品川に花月が出来た。
しかも、大入り満員なのだ。

なんとも不思議だ。
いやこれは喜ばしい不思議である。

東京にお笑いの劇場が、新宿、品川、神保町、浅草と4つもある。

どこも満員なのだ。

普通なら地方にも劇場ができて、
「お笑いみようか!」なんて習慣があったらいいのであるが、
地方にはない。

厳密に言うと、昔は吉本も各都市に作ったそうであるが、
地方ではお客さんが笑いを観に行くといった習慣がなかったそうだ。

米国などでは各都市に5つは最低COMEDY CLUBと言われるところがある。
笑いを観に行くのである。

笑いを観に行くのではないのであろうか?

なんだろう?

東京に、4つも集中している。
地方の方々が見に来るのだろうか?

それにしても、喜ばしい不思議である。

2009年6月13日 (土)

傘から思った。

今日は今月から始まる
のりおスペシャルコント新作のリハの為
大阪へ。。

最近の天気はやっぱりおかしい。
暖かいのは有難いが、ちょっと何だか張合いがない。

ひさびさに傘を買った。
傘は家に何本かある
透明なビニール傘はかさばるので折り畳み傘。 
それが525円。 
とても525円とは思えない。 
どうしてこんなに安いのか。
中国製だ。 

それにしても安い。
最近の安い物は全部中国製だ。
安かろう悪かろうかと思うと、
そんなことはない。

最近、お笑いも全部吉本だ。
厳密にいうと芸能界もである。
しかも、昔に比べたら安い?し、数も多い。
こっちも安かろう悪かろうかと思うと、
そんなことはない。面白い。

お互いどうなるのであろう?

傘からそんな事を思った。

あほである。

結局雨は降らなかった。
リハは夜中までやった。

 

2009年6月12日 (金)

最近どうもブログの更新が遅れる。

実のところ毎日書いてきたのにちょっと飽きた。
飽きたら、毎日更新をやめようと思っている

と、思ったら、書く気がしてきた。

「俄」(にわか)と言う司馬遼太郎さんの小説をご存知だろうか?

聞くところによると、さんまさんが、
すごい気にいられてる作品と聞いて読んだ。

単純に分厚い本である。

司馬遼太郎さんがあとがきに書かれてたが
江戸末期から明治にかけて大阪に実在した
やくざ稼業の方の物語なのだが、
任侠でもなけりゃ~かっこうよくもない。
なんとも可笑しみのある人物として描かれている。

俄とは「にわか」と言って
江戸時代では、俄芝居といって、
即興でやる喜劇の事を俄といっていたそうだ。

この方の人生は一生が俄芝居のようだと言うところから
「俄」といったタイトルである。

一生が即興喜劇のようなもの。。

なんともいい言葉である。

そう思うと、オチはまだまだ先で今はネタ振りだと
思える気がしたら嬉しくなってきた。

2009年6月11日 (木)

下北

年に一回のやかん君のライブへ下北沢に。

小気味のいい漫談をやるやかん君。

打ち上げに参加したかったが、
夜10時から稽古がはいってたので泣く泣く退席。

下北沢から電車で新宿へ。

同じ車両に
芸人2人。
役者3人と出会う。

以前も下北沢からの車両で芸人や役者とあった。

下北沢からの

しかも端っこの車両は芸人と会う確立
高し!

2009年6月10日 (水)

かるーい話

急に漫才でルミネ。

ひっさびさに雨上がり決死隊と楽屋付近で会う。

軽~いトーク。

まだまだ、
お子様やな~なんて話。

どうも僕の場合
話が重くなるので、
軽~い世間話をするように心がけている。

目玉焼きの黄身の皮を少しだけ
破って醤油を1滴垂らしてほじって食べる

カステラにバターを塗る 

ハッピーターンがやめられない。

ヨーグルトを食べるとき
ふたを舐める。。

以上のことを止めないかぎり、

永遠に大人とは呼ばれない

こんなお話は楽しい!

2009年6月 9日 (火)

だんまり

S社S木Rさんと打ち合わせ未満のお食事会での事。

A紙SさんライターUさん作家Hさん
偶然にもみ~んな同じ年といった
珍しい組み合わせであった。

韓国鍋をつつきながら
気がついたら打ち合わせはそっちのけ
「ベストテン」や「ヤンヤン歌うスタジオ」の話になったり
『僕笑っちゃいます』の話や「にゃんにゃん事件」の話や
インベーダーゲームをICでやった話など
大盛り上がり。

途中で所持金1000円のA紙の後輩が遅れて登場。

会話についていけず質問攻め。

もちろん席は別に放り出してやった。

その後彼はだんまり。。。

ま、仕方ない。 

2009年6月 8日 (月)

楽しい!楽しい! 民主制

S-1バトルとは毎月行われてる
携帯電話上でのお笑いバトルである。
審査方法がM-1やR-1や
キングオブコントとは違って、
ソフトバンクの契約者なら
申し込めば、
日々映像が携帯電話に
送られてきて
その方が
幼稚園児であろうが
リドリースコット監督だろうが、
アラブの大富豪だろうが
高田文夫先生だろうが
鬱の患者だろうが
誰でも一人一票!!!

一人一票!
こちら側は多く票を集めたもん勝ち
といった楽しい!楽しい!
民主制の人気大会だ。

応募総数や選ぶ基準は、
公表はされてないが、
応募の中から50組が
事務局に選ばれエントリーされる。

僕は、3月4月5月となんとか選ばれ、
エントリーさせていただいた。
結果は無惨にも敗退。
どう言い訳しようが負けは負けである(笑)

だいたい審査がどこの馬の骨か
わからん笑いのわの字も
わかってないド!素人のあほばかりである!
あほにどれだけ支持されるか?
なんて事を、言うのは、間違いであほである。
真摯に結果は、うけとめさせていただいている。
負けは負けであり、そこにお集りの方々には、
僕の作品は面白くないのであろう。

さ!ここからが、
「だからこそこの企画は面白いねん」と
魔法のかけどころ!
実は、僕は面白いってものは
各個人の自由であり 
いろんな意見があって
それぞれでいいと思っている。

僕が、もしここで優勝したからって、
自分が永遠に一番面白いとも思わないし、
エントリーにも選ばれなかった
他人の映像の中にも
めっちゃ面白いものはあると思っている。

幼稚園の方には幼稚園の方の楽しみ方。
おじいちゃんにはおじいちゃんの楽しみ方がある。

が、そんな真面目ちゃんな
意見はみなさん百も承知だ。

それをわかった上で
一応ルールを作り、闘い、一位を決める
といった企画なのだ。

なので、選ばれても
その時だけの産物ある。
逆に落とされた時は
その月だけの落選であると
僕は、案外割り切って楽しんでやっている。

僕個人の考えであるが、
僕がもし審査員なら
笑いの中に美と知と想
この3つが
はいっていないと
いけないと思っている。

ので、僕が応募する作品の中の半分は
美と知と想をいれさせていただいている。
残り半分は今の人気を調べさていただいた上で
美と知と想なんていれずに
流行を入れ、わかりやすーく作らせていただいている。

実は僕は毎月いろんな方々とのコラボも含め
ざっと毎月10本は作品を提出をしている。
アニメ、ドラマ、ドキュメンタリー、歌、ネタと
ジャンルはばらばら。

が、選ばれるのは、悲しいかな一本だけなのだ。

しかも僕の中でいれたであろう
美と知と想のはいった作品は、あっさり却下。
美も知も想も入れずに
今の流行な感じを調べて作った
わかりやすーい感じの作品が
エントリーされた。

S-1は今のとこ、
僕の思う、笑いに美と知と想なんぞは
求められていない。

でも、僕は、それらが、はいってこそ
笑いの真理があると思っている。

じゃー!やんぴー!でもいいのであるが、
いやいや、だから面白くやっている。

ちょっと回りくどいお話を。
お釈迦さんのお話。
あの方はあくまで山の上だけにこもらずに、
雑多な場所に身を置かれたそうである。
えらそうに、待ってても仕方ない
離れてもよってはこない。
なら雑多なところで活動したそうである。

そのお話を聞いて、
大変感動した。

僕も同じものを求める方が
こういった雑多な中にいると信じている。

まだまだその作品が、
事務局止まりであるが
事務局がどんなのかよくわかっていないが、
その事務局の中にも、魂のある方がいて
そこからまた新たな事が生まれると思っている。

なので、
そんなすごい新たなものは
すぐ生まれてたまるものか!
ドラマチックな結果はもっと先でよい!
波瀾万丈の二転三転、脱落してこそ
波を乗り越えて辿り着いてこそ
「だから面白い」のであると
自分に言い聞かせやっている。

格好つけてみたのであるが、
実のところは、
ほら、わいも、人間だもの(笑)
ちい~とは、へこむわさ!!!(笑)

この「だから面白い」の魔法をかけつつ
今日も空いた時間に
知と美と想をいれる作品を作ってる。

今日は「イメージマジック」といった
あなたの脳の中で妄想するマジックのネタを編集した

2009年6月 7日 (日)

自分は普通と思うか?

今日は昼から晴れていたので、
青空の見えるカフェに。
カフェ飯を食いに。。。

メイクさんや技術さんと雑談。

そこで、「自分は普通と思うか?」
って話になった。

30を超えた方ばかりなので
このようなお堅い話も
青空には気持ちがいい。

誰もが「自分は普通」だと
いう基準で生きている。

じゃー何を持って普通なのだろう?

そのひとつに、一般常識を持っているか?
って話になった。

みんながそれぞれ
一般常識だと思うクイズを考え
出し合いみんな絶句。

クイズ自体の問題に常識のない方々ばかりであった。

ある方は
「北方四島を答えよ」
ある方は
「そんなの知らないよ!!」
僕は
「え〜!日本人として常識でしょ!」

「じゃーぜんじろうさん答えて!」

「えーっと。国後、択捉、色丹、。。。」

「知らんやん!!!」

さて、この私の常識だと思う問題。。。

お笑いの問題ばかりをしてしまう。。。

自分は普通だと思ってる普通ではない
人が一番たちが悪い。。

私だ!

帰りには、一般常識の本を速攻買いに行った!

2009年6月 6日 (土)

「上から目線なんだよ!」なんて言う方に限って

お昼はルミネ出演。
ショージさんと漫才。

それ終わりで
「ぜんタネ」まで空いていたのでお食事会。

FTV関係のスタッフの方々と
世田谷のふぐ屋さんへ。

「上から目線なんだよなー」なんて
よく耳にする事について盛り上がった。

「上から目線なんだよ!」なんて言う方は
「上から目線」って事を上から言うと
言った滑稽な事になる。
「自分より下からの目線で接してくれ」といった
傲慢で矛盾した姿にも映る。

目線はあくまで目線であって
パッケージの問題で
その中身はどうなのか?
上からとか、下からとか、
どこの目線であれ、
話の中身を把握すべきであるとの話になった。

また、何か意見を言うときには、
「上から目線」になってしまう事は
ある程度、仕方ない。

ので、意見を自分が言う時も相手にとっては
上から目線になっているはずである。 
フィフテイーフィフテイーなのに
「上から目線で何いってんだよ!」なんて言う方は
自分を客観視できない我の強い傲慢な方である。

とはいいつつ、
僕は何かにコメントをする機会が多い上
気の弱~いへたれちゃんなので、
「上から目線なんだよな!」の
うわっつらな事で切り捨てられない
ように工夫は、頻繁に心がけている。

が、あくまで、工夫は、言い方のお話であって
中身は、理路整然と
ガツンと言う事にしている。

後、逆に
相手に上から言われたって思ったときも
うわっつらの態度にごまかされないように
中身をきちんと吟味するようにしている。

上から目線なんだよ!
なんて言ってる方は
目線の低い、自信のない、傲慢な方が多い。

そんなお話になった。

とはいいつつ
僕もよく言っていた口なのだ(笑)

言うとったんかえ!(笑)

これからは、そんなうわっつらな事は、
言わないようにして
きちんと中身を把握するように心がけようと思った。

2009年6月 5日 (金)

ダニー!ボイル!

原宿にていい感じのカフェで昼食。
出版関係のFさんとSさんと
打ち合わせ未満の雑談会。

「後輩からの駄目だしされ、考えた日」
なんて事のリアルな生~い本はいかがですか?
線は細っそいけど~。

なんてお話を

一人噺をやってる会場の
アップリンクさん繋がりで
あったので
アップリンクさんと絡めて
今後、何か出来そうな予感。

それ終わりで
「スラムドッグミリオネア」を観に行く。

さっすが!
ダニーボイル監督!

今年見た中ではダントツ一位!

ぜんタネで種浦君が
日本の宣伝が悪いとの事。

恋愛映画だと思ってなかった
みたいなので、彼にとっては
期待っぱずれだったとか。。

僕は恋愛映画と
そもそも知ってたので
面白かった!!!

よかった!ホラー映画なんて入れ知恵されて
期待を持って観に行ってはずれ~なんて
ならなくて。

日本だったら
あのミリオネアの司会者役は
みのもんたさん以外はおかしい。

2009年6月 4日 (木)

五右衛門ロック

今日
招待券をいただいたので
五右衛門ロックと言う
劇団新幹線の主催する
ゲキシネを観に新宿のバルト9に行った。

ゲキシネとは
演劇の舞台を収録したものを
映画館で見るといったシネマの事らしい。

映画館で初めて見た方には
舞台の興奮込みでくっきりド!アップで見れ
また生で舞台を見た方なら別の楽しみ方が
できるといった味わいがあるだろうなと思った。
特に生の舞台で起こった笑い声と
映画館の笑い声と違うときにゲキシネの面白さ
がひしひしと伝わった。

感想であるが、
こんな僕は言うのもおこがましいが、

感激の連続であった。

なんて褒めたらいいのであろう?
この感動を誰かと共有したい。
ん~
本当にいいものを褒めには
知識とセンスがいるもんだ。

なので
観に行っていただくのが早いのだ。

なんて言えばいいのだろう?
センスないながらも書かせていただくと

僕が今高校生なら間違いなく
劇団新幹線に入団希望するだろう。

40を超えた僕。
もう一通りの刺激的な体験は終わり
いろんな若い子が喜ぶ、刺激物のものには
「あ!あのパターンね」なんて事になっていた
僕ががっつり別次元に連れていっていただき、
何より僕より年上の方々の舞台上で見せてくれる
アクションや演技は圧巻される。

テレビではプロの私生活を見せる場所なのだとつくづく思った。
そこに求められるのは
親しみやすさであったりなのだが
舞台はプロの本気の芸を見せてくれる

言葉にはしにくいのであるが
親しみさすさなんて生温いものではない。

なんて言えばいいのであろう?

是非、観に行って
大音量の音響で
ハードロックの鳴り響くゲキシネを観に行って
異次元を体験していただきたい。

2009年6月 3日 (水)

シュールですね

今日頼まれてたムービーの編集を終え
メールで送信した。

ショートムービーがメールで送れる
っていうのも当たり前になったが
すごい事である。

で、
相手のリアクションは「シュールでした」との事。

さ!このリアクションをどううけとめるかである。

僕はよく「シュールですね」
なんて言われる。

結論から言うと僕はこのリアクションをいただいた時は
完敗だと思っている。

相手は褒め言葉で
気を使っていってくれてるのだろうが
僕としては痛し痒しの言葉なのだ。

シュールって言葉
語源は、20世紀の初頭に
前衛芸術のシュールレアリズムからであろう。
ネットで調べてみてください。
非日常なものを表現した時使われていた。
のだが、西洋ではあまりこの言葉は現在使わない。

が、日本ではシュールって言葉を多発する。
お笑いで使う時は、
ちょっとうっすら暗〜いコントなどをした時に
「シュールですね」なんて言われる。
これは「腹から笑えないですね」と僕はとっている。

シュールですね。
傷つけないように言っていただいて
申し訳ないのですが、
僕としては
「頭おかしんちゃいますか!!」
なんて言われたほうが嬉しい。

2009年6月 2日 (火)

S問題

今日は二件の飲み会が。

一件目は若手の面々との飲み会。

二件目は重鎮の先輩俳優Sさんとの飲み会。

温度差は違う。
違えどそこに居た女子からは、
「ぜんじろうさんてSですか?Mですか?」
なんて聞かれる。

なんでしょう?
この質問。
いつの頃からこの質問をよくされるようになった。

いまだかつて、答えにしっくりいった事がない。

「SとMのふたつだけで人間は、はかれない!
 両方共存するものである」
なんて、お堅〜い答えは禁物である。
過去の経験でお堅い答えを論理的にかまし
ドン引きさせてしまった

かといって
「Lです」なんてボケても
たいしたツッコミももらえず、
ドン引きさせてしまった事も。

そんな様々なSですか?Mですか?の答えの
経験をいかし辿り着いたところは、
「Sですか?」なんて言われたら
言われたままに「はい」なんて
肯定するようにしている。

すると、
「いや!そういう人に限ってMかもですよ。」
なんて言い返されたりする。

で、その先の会話はうやむや。。。

やっぱどうもしっくりきた事がない。

今日もまさしく
「ド!Sですね」
なんて言われて
「はい」っていったら
言っときながら
「両方持ってるもんですよ」
って諭された。

ようやく世間も
この話題に決着がつきそうだ。

2009年6月 1日 (月)

あれ??

吉本興業は人事異動の季節。

マネージャーが変わった。

昼過ぎに電話があり
電波の届かないとこに居たので
留守電に
「ぜんじろうさんの携帯でしょうか?
 今日から担当にならせていただく嶋です」

その後の留守電には
インド系米国人のビナイさんから
「今日日本に戻ってきました。
 お返事おくれてすいません」

この2つが僕の頭でごっちゃになり
折り返し電話をインド人のビナイさんに

「これからスケジュールよろしく!」
と返事し、

ビナイさんも
「はい」
と返事。

その後、マネージャーからまた電話があり
「ぜんじろうさんよろしくです」と言われ
「今電話したやん」
「は???」

この時点で間違いに気づく。

ビナイさんは、
「これからもスケジュールよろしくね!」
って僕に言われて
どうするつもりだろう?

来週会ったときに
スケジュールをビナイさんに聞こうと思う。

いや、ひょっとしたら
あのビナイさんとの電話実は妄想?

あれ???

ビナイさんの顔も思い出せなくなってきた。。。

寝よ。。

2009年5月31日 (日)

和食

今日考えたら
三食食べたのだが
お肉を食べていない。

別にダイエットしてるわけではない。

昔は何かあったらお肉をほしがっていた。
ステーキなんて聞いたら微笑んでいたが
年のせいもあるのだろう。
今日、夜は和食屋さんでお魚であった。

食は考え方に影響するのだろうか?

お肉の好きだった若い頃は
なんでもかんでも二元論の
論理重視の勝ち負けで判断していた。

が、おっさんになり
和食になってからというものの
論理と論理の間にある微妙な世界
どうもわりきれない世界が好きになった。

とはいいつつ、
明日は夜
焼き肉の約束なのだ。

どないやねん。

2009年5月30日 (土)

呪文

最近自分によく呪文の言葉をかけるようにしている。
といっても
「テクマクコン」の呪文とはちょっと違った
論理的な魔法の言葉である。

と言うのも、ちょっとお仕事で
合点いかない事があった。
そんな時、借りて来たDVDがはずれ!
テーブルの紅茶をこぼし、
書類が、びったびた!

ふ〜〜〜

へこんでみてもいいのであるが
いやいや
へこむのは若い頃さんざんへこんだので
もう飽きた。

そんな時には呪文である。
魔法の言葉。
「そこが逆におもろいねんけどな!」
と自分に言い聞かせている。

何があっても、
この魔法の言葉でマイナスが一気にプラスになる。

これは若い頃、
否定に否定してきた性格の僕が辿り着いた否定。

否定を否定すると、肯定になる。

ので、
「そこが逆におもろいねんけどな!」

これを読んで
「そんな事あるか!
 調子いい事言うなぜんじろう!」
とお思いのお方。

僕は逆にそこがおもろいんですけどね。

2009年5月29日 (金)

阿修羅

今日Yossyと上野でランチ。
男トークは時間が足らなかった。

その後、一緒に阿修羅展を
観に行こうってなっていたが、
長蛇の待ち。
ので、Yossyが仕事の為、早退。

せっかく来たのだから
と、僕は一人で見たのだが、
あまりにもの人の多さに絶句。

こんなに混雑したところに来たのは
何年ぶりだろう。。

混雑が好きな人がいる。
流行ってるって事が好きな人。

また混雑にはびくともしない世代の方々
我れ先に世代の方々は頑丈であった。

僕は真逆の人間なので
阿修羅よりおばさま方の後頭部を見て帰った。

阿修羅展は、おばさま方には
イケメンだから人気だそうだ。

確かに、阿修羅は闘いを挑むだけあって
男前である。

菩薩展でかわいい女子ばかりのをやったら
世のおじさまはいくだろうか?
それだったら、フィギア展にいくだろうか?

いずれにせよ
阿修羅は人気であった。

2009年5月28日 (木)

メデイアリテラシー

散髪をしてもらいながら定員さんが言った。

また、大陸から新しいのがやってきた。
新しいのは大陸から来る。

SARSや鳥インフルエンザなんかもどんどん飛んできた。

今回は豚であった。

こうなると、とにかく、
テレビ画面ではマスクの姿が一気に映し出され、
テレビ自体がマスクをしたみたいになっている。

が、ここんとこ、
一気にマスクが映されない。

もう収まったのか?
マスクを報道するの飽きたのか?

何かと群がり騒ぎ立て
その後すぐに一気に引いていく
のはテレビのお家芸。

メデイアリテラシー(メデイアを読み取る力)
ってご存知だろうか?
言葉は英語だから米国発信である。
米国では1900年代から言われてる言葉である。
日本では最近言われだした。

案外、今、日本のメデイアが騒いでる事って
テレビ局に迷惑のかからない
保守的な安全圏な事だと僕は思っている。

 

2009年5月27日 (水)

合間のサウナ

今日もルミネ劇場3回公演。

劇場の合間に凝ってる事は
整骨院と、もうひとつはサウナである。

今日は、
新宿のグリーンプラザのサウナに行った。

夕方なのでお客さんは少なめ。

ここのサウナはいたってシンプルである。
サウナの中にテレビも何もない。
だだっぴろいサウナ室。

いつもサウナに入ってて思うのだが、
扉に鍵があるところでは、
外から扉を閉められたらどうしよう?
このまま、蒸されて
蒸しサーモンみたいになるのかなー?

人間蒸し。。

なんて思いつつ

サウナ6分
水風呂2分

これを3セットして
さっぱりして
三回目のルミネ公演へ。。

サウナ終わりでビール飲めないのが残念だが
気持ちのいい時間。

2009年5月26日 (火)

タイムスリップ

ルミネ劇場3回公演の合間に
高円寺の駅前の、このみ整骨院へ。。

芸人のどくろ団君につれていってもらった整骨院。

電気を体に当て、マッサージ機で体をほぐした後
治療が始まる。

およそ20分くらいの治療なのだ。

これといって体が悪いわけでもないが、
最近自宅のPC前で編集をしてるせいか、
姿勢の悪さから血行がよくない。
ので、首と肩をほぐしていただいている。

電気を当ててる間に
寝てしまってうっつら夢を見た。

アグネスチャンが治療室で片言であばれていた。
いつ日本語うまくなるなんてほっとけよ!
アホンダラ!

こわ~!

電気が終わってるのに、
よだれをたらし、寝ているのを起こされ
ほっとした。

なんであんな夢を見たんだろう???

帰りに
ドクロ団君
ニブンノゴ君と
ミスタードーナッツへ。

フレンチクルーラーを食べて
高校生の時にタイムスリップ!

2009年5月25日 (月)

自己陶酔

今日は村上ショージ班の打ち上げがあった。
新宿の鉄板鍋の店へ。

周りを見渡して気づいたのだが、
集まった芸人の中で二番目に年長なのだ。

最近僕は後輩によくいじられる。

いじられるとは、
「なんかやってみなはれ!」
「あそこ滑ってましたな!」
なんて言われている。

はっきりいって、
「なめられている」

「笑いの取れない売れてない先輩」扱いなのだ。
これは後輩に直接聞いたわけではない。
僕が勝手に思っているので、
僕の中に存在する思いなのだ。

この日もなめられまくった。
今回の公演で一番滑ってってたのは?
「ぜんじろうさんでしょ!」

鍋のようにみんなにつつかれた。
僕はへらへら笑っているだけ。

若いときならへこんだり、怒ったりしたもんだが、
今やへっちゃらである。

確かに、笑いも取れてないし、売れてもない。
が、僕は日々なんとか前に向かってやっている??
いや、そう自分では信じてるので、
ここからは、自己陶酔あるのみなのだ。

いわゆる「勘違い」のみでいい!

なので、みんなにいじられた時
「みんな俺の事好きやねんな〜!
 へへへ!!!」なんて
自己陶酔している。

ビール2杯
麦焼酎3杯

帰りには、締めのラーメンを
平和亭で食って帰った。。。

お腹パンパン!

2009年5月24日 (日)

トイレットペーパー事情

今日、家で用を足していてふと思った。

トイレットペーパーをいつ買ってくるか?

トイレの中の棚にはトイレットペーパーが
常にあるにも関わらず
ちょっと減ってくると、
「買いにいかないと。。。」
なんて事が頭をよぎる。

ちょっとでも棚から減ろうもんなら、
安心して用も足せない。

棚の奥のほうのトイレットペーパー
は、いつも奥にいるままなのである。

いつものようにトイレットペーパーを買い
棚に付け足すと、「わしらを使えよ!」と声がするような気がした。

いや、声が聞こえた(笑)
そもそもトイレットペーパーは紙で
紙は木からできている。
木は生きている。
生きてる呪いである。

今日はめずらしく奥のを使った。
新しいのは保留をした。

2009年5月23日 (土)

大相撲

今日は、以前、嘉門達夫さんの結婚式の時に知り合った
元力士の押尾川親方に誘っていただき、
大相撲を観覧させていただいた。

初めての出来事であった。

会場に入ってびっくりであった。

両国国技館がぎっしり満員。
力士のぶつかる音。
観客の声援。

テレビではあの空気感は映っていない。

またテレビで見ると
どうもテンポが遅いな~と思うのだが、
実際に会場に行くと、ポンポン試合をやるので
あの間がちょうど間トークが出来ていいのである。

外国人のお客さん
外国人力士が多いのにはびっくりしたが、
高見盛のあの顔パチパチ叩く仕草や
朝青龍のまわしを叩く仕草。
相撲を知らなくても会場の声援で一気に気持ちがぐっときた。

おっさんになった今
楽しみがひとつまた増えた。

2009年5月22日 (金)

性善説

今日は後輩の友野君が結婚したので
奥さんの桜庭さんとお食事会を。。。。

友野君とは何年ぶりだろう?

同じ姫路市出身の同じピン芸人の
同じ痩せ形の
内に向いてる感じの
僕の大好きな芸人だ。

奥さんは、直木賞作家の肩書きを持ち、
実力才能満点の奥さんだ。
その上、かわいい。またその上におもしろいのである。
こうくれば、本当に、文句なしのパートナーである。

友野君よかったな~~!よかった!

新大久保のどんきの前で待ち合わせ。

僕がちゃりんこで登場したら、
奥さんが「ちゃりんこて。。!」とつぶやいたのには笑った。

作家の松沢さんおすすめの韓国料理店「宗家 カムジャタン」へ。

トークの中で
直木賞とかの審査についてのお話になり
奥さんは昔、選出をした事があるそうな。

「自分より面白い作品を、こっそり落とそうと思わないのか?」
の質問をよくされるそうだ。
奥さん曰く、
「そんな事をしたら、文学の賞を傷つける事になる」
との事。
文学に対してなんと敬礼な方だろう。
こんな品格のある方だから才能あるのだと思った。

こんなお話をきくたび、こんな方と会うたびに、
自分の中の性善説が活き活きとしてくる。

また文学の賞の審査の先生方は選ばれたら首をかけて望むそうである。
文学の世界には、まだまだこういったロマンが存在しているなと思った。

友野君は、さんま御殿の前説をずーっとやっている。
さんまさんによく
「見栄を張って生きいよ!」と言われるそうだ。
またそれを聞くたびに涙がでそうになるそうだ。
見栄っ張りは一般ではマイナスの言葉であるが、
我々の世界は見栄を張る事がお仕事なのだ。

とにかく、おめでとう。

あ、奥さんに本にサインをしていただくのを忘れた。。。

2009年5月21日 (木)

駄目だしに駄目だし

今日は、家でじっくりムービーの編集の日。

先日「駄目だしに駄目だし」といったムービーを撮った。

僕のライブを後輩が駄目だしをし、
その駄目だしに僕が駄目だしを
隠しカメラで撮影するといった様である。

どのような駄目だしをするかは、
見ていただいたほうが早いのだが、

僕のライブの批評をしてくれと頼む。

間違えがちなのは、
批評と悪口がごっちゃになる事が多い。

悪口とは、
悪意がこもっていて、
単なる個人の意見が幅を効かす中身になる。

例えば「面白いか、面白くないか?」を
批評せえと言われて、
「俺は好きじゃない」
なんて答えは、答えになっていなく
とんちんかんの単なる悪口になる。

さ!批評についてだが、
悪口との大きな違いは、
批評はいい事を言うのも
含まれる。
後、主観と客観の両方必要なのだ。
また評する中身がきちんと
常識をふまえての事なのか?
ここには知識やセンスや
論理的思考もきちんと伴って出来る事。

そこを、がつんと駄目だしをした。

その上、人を批判などする時、
その人の頭に存在する事なので、
案外、自分に言っているケースが多い。

なので、僕を見て例えば暗いと思うのは
その人が暗いと普段から自分が気になってるから
僕の暗い部分が目につくといった具合なのだ。

なので、いろいろマイナス面を言われたが、
そっくりそのまま、自分に言ってるパターンが多い。

一番
難しい批評は賞賛する事なのだ。

さ!それをふまえて批評しろといったら。。。

えらい言葉が帰ってきた!!!

中身は、ムービーを見てのお楽しみ!

2009年5月20日 (水)

割り勘

今日は「ルミネ the ヨシモト」ショージ班 ドタバタコメデイー
千秋楽.

客席にマスクちらほら!

マスコミも騒ぎ過ぎのせいか、大分敏感になっている。

終わりで、Gっつあんとその知り合いのHさんとお食事を
新宿の中華へ。

支払いの時の出来事。

全員で8千円ちょっとであった。

3人で食いにいった。

会計を、さ!どうするかである。

東京では、割り勘が妥当である。

しかも、一円までのきっちり割り勘はしんどい。

大雑把な約3千円づつといったところで、
釣りはお任せ式で
先輩の我々が多めに払う。

が、後輩のH君が我々に千円づつ返してきてから大騒動。

支払いの美しいおさめ方の論議にはいった。

資本主義の兄貴である米国はチップ制である。

ので、自分の食った分は自分で払う。しかもちょっと多めに、
その多めの額は、チップ感覚。

チップ感覚は我々日本人には理解できない。

なんせ奴隷に支払う感じがするからである。

じゃー割り勘なのだが、ここで、問題なのは、
多めの食ったり飲んだりした人はラッキーとなるが、
そんな方々は、自己申告をするのが、品ってもの。

なんてお話を会計をすました後にしたもんだから
最後までいた始末。

この文章を読んで、そんな細かい話、どうでもええやん
とおっしゃる才能ない方に言いたい。

でも、ここの細かい話にこそ、面白みといった
コラーゲンなものがいっぱい詰っているのだ。

2009年5月19日 (火)

師匠と弟子

今日は「ルミネ the ヨシモト」ショージ班 ドタバタコメデイー

村上ショージさんに新しいお弟子さんが入って来た。
山形出身の34歳の方だ。
34歳で弟子入りも珍しいのだが、
弟子に入るというのも
伝統芸能でもない我々の芸能の世界では珍しい。
特に最近、ヨシモトには芸能学院があるのだが、
あえて弟子を選ぶのも珍しい。

23年前に僕も弟子を選んだ。

弟子ってどんな事をするのですか?
給料は?

などとよく聞かれるが、
給料などもなけりゃ~
明確にやる事も決まっていない。
弟子は師匠の理不尽に耐える日々なのだ。

売れるためだけにこの世界に入ってきたのなら
意味のないあほらしい事の連続である。

師匠も師匠で弟子をとると、
弟子の理不尽な行動に耐えなければいけない。

まず、「弟子にしてくれ」と
押し付けてくる事すら、理不尽なのだ。

他人様の子供なのに、
小遣いは、いるは、
あれこれ教えないといけない。
その上
「売ってくれ」
なんて事を望むような
欲深いあほの事を
ある程度面倒見ないといけない。

が、そのような事を望むのは、弟子として
はなはだ間違いで
無料であれこれ教わった時点で
もう十分なのだ。

また師匠から教わる事は「売れる」なんて
事の HOW TO ではなく、
自分で盗んでいくものなので
学校教育のように正解もなけりゃ~卒業もない。

こうやって書いてみると、弟子は、
ええ事なしの連続なのだが、
いい事も実は、同じ分だけある。

いつ何時、師匠の前にいくと
18歳の弟子入りしたあの日にタイムスリップする。
ゼロにしてくれる。
いくつになっても修行なんだと思わしてくれる。

日々、年をくっていき、物理の世界で
がんじおがらめになる中、
師匠がいるって事で
ゼロになれるなんてのは、なかなかない。

「お前!はよせえ!」
ショージさんに怒られてるお弟子さんを見て
じーんときた。

この関係は世界でも類を見ない
関係である。

師匠と弟子。

この事自体が、
素晴らしい世界だ。 

2009年5月18日 (月)

酔っぱらい具合

今日は、夜、なべやかん君主催のトークナンバーワン(T-1)大会

この大会は、タウンページに載っていないような職業の方々が
トークで出演する大会。

なので僕も気合いをいれないとといつも緊張する。

今回は「お笑い般若心経」といったトークを。。。

僕流の般若心経の解釈を思いきってトーク。

結果は、元ボクシングチャンピオンが優勝。
優勝ポイントは、酔っぱらい具合。

全員、転ける。。。

終わってから打ち上げにて、
審査員であった松沢呉一さんに、
You tubeの行方とネットといったお話をしていただき
大変勉強になる。。。。

日頃、口にはださねど、
頭で一人で話してるような方は
この会は必見です。

2009年5月17日 (日)

思案中

昨日明け方までロケやってたので
今日は昼まで寝てた。。。

風と雨がきつかったので
家でじっくり買ったけど、
封を開けていない
本やビデオを見る。。。

池田晶子さんの簡単な哲学書「人生は愉快だ!」を読む。。

この池田晶子さんは、最近、
若くして、40代で亡くなられた哲学者。

「私は、ぬくぬくしたこの世に水をぶっかける!」
と言うだけあって、この本も冷たい水詰まった本であった。

生きるために食べるのか?
食べるために生きるのか?
さ!あなたはどっち?

もちろん正解なんて書いていない。

自分で考えろ!と書いてある。
自分で考える行為自体が哲学だそうだ。

僕は今考えてるのは、
なんで上の2つを選ばんといかんのか?って事。

他の例は、ないか思案中。

夜は単なる酔っぱらい。
酔っぱらいながら
英国映画「BOY-A」を見る。

少年犯罪が服役を終え出所してからの悲劇を描いた
物語。

見終わった後、酔いが一気に覚める。。。

2009年5月16日 (土)

祟りや〜〜

午後から、
「千の風になって」のパロデイーソング
「ちゃんと墓におって」の撮影。

お墓でロケ。

バチが当たらないように
お墓にお花を添えさせていただく。

撮影を助けてくれたS君の右の目もとがお岩さんみたいに
バコーンって腫れる。

祟りや〜〜!

と思ったら、蚊に刺されていただけ。

僕も何カ所か蚊にさされる。

ロケ終わりで、いい感じのイタリアンで食事。

夜は、生放送の「ぜんタネ」まで、
今日撮ったのを、自宅で即編集。
鉄は熱いうちに打て!

ぜんタネ終了後、

夜中4時〜

残りの撮影。。。

終わったのは、朝6時。

爆睡。

夢をみたが、編集する夢。

最近は、現実的な夢が多い。

2009年5月15日 (金)

この日って何をやってたんだろう

4日まとめて書いてるブログ。

この日って何をやってたんだろう?

あ!思い出した!
去年撮ったクレイアニメ
「パラダイスパラダイス」をとったチームと
夕方から打ち合わせ。

次回の映像作品について。。。

ほとんど、T氏の彼女との事情のお話。

彼女と揉める瞬間の細かい話。

かぶせる僕。

揉める原因は、
結果、我々が幼稚で子供で責任感のない
ダメ男って事が判明。

打ち合わせでえらい事が判明した。

2009年5月14日 (木)

ロケハン

今日は朝からひとりでロケハン。

墓地を何軒も見てまわった。

近々、墓地でロケの予定。

仏教ファンとして「千の風になって」の曲の
アンチソング「ちゃんと墓におって」と言う曲の撮影なのだ。

千の風になっては、
「お墓の前で泣かないでください。
 そこに私はいません~」
なのだが、
我々は
「いや、いや、いや、お墓にきっちりいまっせ!」的に
歌詞を変えて
メロデイーも著作にひっかからないように
微妙に変えてもらっている。

仏教ファンの僕として
仏教の応援ソングのPVを
ロケにいくつもりなのだ。

もちろんあの曲に喧嘩売る
つもりなんてまったくな~し!

どちらかと言うとあの曲にめっさあやかった感じの
めっさパロデイーなのである。

二カ所ロケハンに行ったのだが
びっくりしたのだが、
青山霊園
都会のど真ん中にあんなでっかい霊園があるなんて。

また多摩霊園もこれまたでかし!

気候もちょうどいい感じ。

I podでアンチソングの「ちゃんと墓におって」
を聞きながらゆったり歩く。

お釈迦様がラップでアンサーソングな部分もはいってて
なんちゃってミュージカルにするつもり。

楽しみなのだが、予定日が、雨の予定だ。

雨なら延期である。

天候はコントロールできない。。。。

2009年5月13日 (水)

6時間が経っていた

今日は昨日ライブの後に
撮影したロケの編集。

さて!取りかかろうと思った矢先
読みかけの書籍および書類への飛散。

ここからの僕の行動と心の動き。

雑巾による清掃。

濡れた書籍および書類の移動および乾燥。

その途中に偶然発掘された重要書類の熟読。

精神的ダメージによる放心。

回復にともなう突然の空腹。
それに続く遅めの昼食。

やさぐれの音楽鑑賞に計4時間を費やし
日が暮れる。

編集に取りかかったのは
思い立った時からもうすでに6時間が経っていた。

2009年5月12日 (火)

なるほど〜!

今日は、ほぼ月一回やってるひとりトークライブ。
テーマは西洋スタイルの「stand up comedy」

もうこのブログで何回も何回も書いた事だが
西洋と東洋の笑いの違いについて。

どちらも経験して気づいたのだが
西洋の笑いは論理の構成が非常に大切なので
なぞなぞな感じの頭の体操みたいな感じ。

日本で育った僕は西洋のオチ的な事を言われても
「なるほど~!」と関心し、笑うまでいかない。

一方。。日本は論理より
思いっきりあほな事を
雰囲気とテンションとリズム感を
持って言う的な事が大事なのだ。
(もちろん「もしも」的な発想の部分も大きいのだが)

そこへ持って来て、
今回のライブ。

お客さんの数もうっすら少なく
爆笑を誘う雰囲気ではない感じなのだ。

西洋スタイルのお笑いはめっちゃ危険である。

来ていただいた前に座ってた女子3人組のおひとりが
ひとっつもくすりともしない。

あの手この手を使い、最後は、お笑い御法度の
「客いじり」をやったとて、仏頂面。

これは人種を超えて、彼女の問題である。

ま、僕が声を出して笑うって事を期待してたので
期待はずれにがっかりなのだろうか?
いや、僕が単につまんないだけなのか

テンションと雰囲気が横行する今、
論理を構築した西洋なトークで
腹から笑っていただきたかった。

子供の頃
授業中におならをした時に笑った笑い。
あの笑いを超えるお腹にまで降りていく
笑いを論理的なトークで
成し遂げたいといつもいつも思ってる。

むしろ僕にはテンションと雰囲気が足りないのかもしれないが。。

2009年5月11日 (月)

ムルワカ!

今日は「西川のりおの自由時間」
のネタ生放送収録。

この番組では社会派のお笑いの
ネタをさせていただいている。

今日のビッグニュースだが、
小沢さんが辞退された!!

ゲゲゲッッ!!!

今日のネタの中で
「首相が小沢さんになったらどうなるか?」
とあったので、あまりにもの
シンクロニシテイーっぷりにびっくり。。。

番組は当然そのお話でもちっきりであったが
頭の中では偶然の一致にびっくりしっぱなし。

楽屋でメイクさんに
鈴木宗男さんの秘書の名前を聞かれ。。
うろ覚え。。。

結局出てこず、

今わかった。
「ムルアカ」

思い出すまで6時間。。。

2009年5月10日 (日)

ビリケンさん

今日は、ムービーの撮影に練馬に。
編集で実際に
漫才の掛け合いをしてるシーンを撮った。
なので、相方は、無!の状態で僕が空気に
ツッコミだけをいれる部分を撮影。

端から見てたら
あのあほ!とうとう、ここまで来たか!って感じ。

撮ってたスタッフが
「ある意味、このほうがオモロいですよ。」
との事。

なんぼなんでも、
無の相方に何にもないのに
つっこむまでは、達観はしてない僕。

撮影終わりで
現場近くのええ感じの洋食ハンバーグ屋さんでお食事
の後、ええ感じのカントリーBarに。。。

S山君がお店の弾き語りのギターで
得意の歌を披露。

ボブデイランを物真似で歌ったのだが、     
むしろ大阪の「ビリケンさん」に似ていたため、全員即死。

ひさびさに飲んだ。
ウイスキーのソーダ割り。。。

ギター演奏には、ウイスキーが合った。

2009年5月 9日 (土)

スカパー寄席

今日は、スカパー収録のイベントでスカパー寄席。
今、ちまたでは、落語がブームだそうだ。

実際に落語家さんにお聞きしたら、
「僕には風は吹いてないですが、
 周りはびゅんびゅん吹いてるらしいですよ」
との事。

ひさびさに相方のロボットのパペじろう君と漫才のネタと
後、一人で落語を初披露の予定。

NECのOさんも博士役で出演してくださり、
Bさんも裏でマネージメントの作業の為、2時より来ていただいて。

僕のネタの部分は20分間だったが、
始めの一人トークが長過ぎて
ロボ落語ができなくなった。

ロボの落語はお預けである。

がお客さんのノリもよく、気持ちよくステージできた。

浅草キッドの玉袋君と久々合って、トーク。
笑瓶さんとも楽しくトーク。

打ち上げを10分で切り上げ帰るつもりが、
楽しかったので
3時間もいて、結局SLに遅刻。。。

楽しかった一日

2009年5月 8日 (金)

うらな〜い

某サイトによる今週の水瓶座の運勢。

「全ての良いことには終わりがあります……悪いことも同様です。
 でも、悪いことが起こっているように見えても、
 その実は良いことが終わりを告げているだけに過ぎないかもしれません! 
 そうしたら良いことが悪いことにすり替わる恐れはありません。」

で、結局どやねん!!!

考えたらこのサイトの占いの作家は僕の友人である(笑)

彼との会話でよく「結局どやねん!」とツッコム事がある。

そんな優柔不断な彼が占いのサイトの作家。

占い ばんざーい!(笑)

2009年5月 7日 (木)

横道にそれ

来週火曜日は、またまた、ほぼ月一回やってるひとりトーク。

最近ネタは公園で散歩しながら考える事にしている。

以前は、ドトールなんかで、おっさんの間に挟まれて、集中できたが、

散歩は0円の上、気候もよいので気持ちいい。

次回のネタは、前からずーっとやりたかった、
西洋スタイルのスタンダップ コメデイー!

漫談でもなけりゃ~。
トークでもない。
論理的な皮肉ジョーク連発するつもり。

その後、お決まりの、ジムのサウナでネタをイメージ練習。

約10分ひとネタで、4回入る。

が、どうも西洋スタイルのネタは、こっ恥ずかしい。

その冷や汗も出る。

水風呂に入り、その後、

湯船で、10分づつ、2回で約1時間のネタ。ひとつ、10分のネタ6個。

なのだが、いっつも、横道にそれ、違うネタになり、時間が押す。

妖精の仕業と言う事で。。。。。

お時間ある方は是非!!!!

「ぜんじろうの一人噺 Vol 31 ~ stand up comedy~」
日時:2009年5月12日(火)+ 今回は火曜日です。
開場19:00開演19:30( 約1時間 )
料金:2,000円(1ドリンクとぜんじろうオリジナルプレゼント付 )
出演: ぜんじろう
ゲスト:ワンドロップ(漫才師)
場所:渋谷アップリンクファクトリ~
問い合わせ:uplink factory 03-6825-5502

2009年5月 6日 (水)

針うつど!

今日は、脳がオーバーヒート。

そんな矢先に
以前、ユニット組んでた
米国に帰っていった
すしぶらざーずのマイケルが日本に。
彼から飯の誘い。

カナダのVさんと
イギリスのNさんと下北沢の沖縄料理屋。

ロス在住のはずなのに高円寺や和太鼓の話しかしないので、
実は日本に潜伏している疑惑発生。

48歳、ハリウッドスター目指して、奮闘中。

日本によったからには、針うつど!(ハリウッドの洒落)。こんな洒落で井の頭?

と、デイブスペクター並みのおちゃらけを。。。。

ハリウッドスター目指したのが、47歳!

開拓民族!あほあほアメリカ人だ。

2009年5月 5日 (火)

お詫びメール

去年のうちに依頼されて
余裕をぶちかましていた某仕事。

急に尻に火をつけないといけない状態。

机の前でアイデア出し。

そんな矢先に
「先程お送りしたメール・マガジンにてお客様のお宛名の
 〝様〟が抜けておりました」
というお詫びメール。

足跡をたどると、
某百貨店から呼び捨てのメールがおとついあった。

そういや、
おとついには、何かのプレイかと思ったが、
間違いであった。

いいアイデアがでず。。。。

お風呂でちょこっとワイン。

こぼしてワイン風呂になった。

締め切りは、来週。。。

ま、ゆったりやろう!

2009年5月 4日 (月)

新大久保でムービーの撮影。

インド人の方と絡む。

インドの方は陽気と決めつけていた僕。

ちょっと陰気なインドの方と絡む。

「機嫌悪いんですか?」
って何度も聞く。

その事自体に機嫌が悪いと言われる(笑)

撮影終わりで
先日行った韓国料理屋へ。。。

味が辛くなっていた。

厨房の方が違うのか?
僕の体調が違うのか?

で、帰っていきなり撮ったムービーの編集。

調子にのって編集し
気づいたら明け方。

夜が明けるのが、早いこの季節。

おかんに「あんたはよ寝えや」なんて言われてる感じ。

日本はサマータイムは、ない。

2009年5月 3日 (日)

散髪

散髪。

以前に通っていた原宿のお店へ。

髪の毛を切られながら
頭を土地に見立てて頭の上でハサミで説明されつつ
髪の毛を切られ

「髪型が道順みたいに変になりませんように」

と願う。

切られながら読む雑誌

店員?アシスタント?の方が
お客様に合った雑誌をご用意していただけるのだが、
「ま、いっかの一枚が親父になる」
とか
「健康を考えよう」
なんて、おっさんの本を3冊ほど、おかれ、絶句。

若人の読むのが読みたかった。

  

2009年5月 2日 (土)

根本要さん

今日の「ぜんタネ」のゲストに根本要さん。

以前、嘉門達夫さんの結婚式でお会いさせていただいて
ファンだった事をお告げさせていただき、
何度もゲストアプローチさせていただきようやく実現。

思っていた通り、トークの達人。

トーク番組だけあって、ふっか〜い事が話せるのがこの番組のよさ。

要さんは、自分の曲を後で聞くのが嫌なんだそうだ。

「だって、反省点ばかりだから」との事。

人間には二つのタイプに分けるとするなら、
「自分が好き」なタイプと
「自分が嫌い」なタイプ。

要さんは、日々反省の毎日なんだそうだ。
それは、理想が高いからそこに到着できない
自分に日々反省なんだそうだ。

僕は逆で自分が好きと公言している。
実際結果好きなのだが、

要さんの言われた日々反省の気持ちもある。

せっかくなんで、ややこしい事を書くと
僕も自分の才能は棚に上げて、理想が高い男なのだ。
なので、要さんと同じく 到着できない
自分に日々反省。反省点と後悔とへこみの連続なのだが
そんながんばってる自分が好きなのだ(笑)

そこまで話す時間がなかったのだが、

「また来たいな」とおっしゃっていただいたのには
嬉しかった。

高校時代からずーっと好きで
こうやってブログ書いてる今も
CDを聞いている。

2009年5月 1日 (金)

深緑の窓口

大阪から帰京。

緑の窓口で「到着が一番早いの空いてますか?」

と聞くと

「次の便でしたら、余裕あります」

と、おねえさん。

「隣に誰もいない席よろしくお願いします」と、お頼みした。

「今のとこ隣いない席ですが、今後乗ってこられたらすいません」
と、おねえさん。

実際に乗ると僕の号車は誰も乗っていない。

回送車かと不安になる。

東京まで誰ひとり乗ってこず。。。

よりによって、こんな幽霊列車みたいなのを紹介して。。

あの緑の窓口は腹の黒い深緑の窓口であった。

なので、名古屋から東京まで熟睡

夢の中で老人Xからの面白ろ〜俳句を告げられたのに

起きたら、忘れた。。。

2009年4月30日 (木)

大阪の演芸場のロビー

今日は大阪。

京橋花月で村上ショージさんと漫才ある。

梅田花月がなくなり京橋花月が去年出来て
初めて出演させていただいた。

大阪での演芸場の出番は本当に久しぶりである。

その昔、ド!新人の時、
林庄ノ助会長が生きておられた頃
会長の鶴の一声でNGKに出演させていただいた。

大阪の劇場は東京と違って
先輩芸人の方々がおられ、
ロビーがあるのでそこに座りみなさんと雑談できる。

雑談の良さは先輩や後輩がいて
雑多な話が何よりいい。

後輩の笑い飯の西田君と
般若心経の話になった。
というのも、西田君は最近
「えてこでも分かる般若心経」
といった本をだされた。

般若心経は思想が詰まった教典である。
その中に真言。。
呪文といったものも含まれる。

僕は、子供の頃に
レインボーマンが変身するとき
「アミャクタラ サンビャク サンボーダイ」と
般若心経のひとフレーズ。
この呪文を唱えると
ヤマトタケルからレインボーマンになる。
この呪文が好きで
お寺によくその部分を聞きに行っていき
なんとなく全部お経が耳になじんだ。

大人になった今は、
最後のほうの
ギャーテーギャーテーの部分に
ぐっとくるようになった。

実は、
この「ギャーテー」の部分だけは
元々のサンスクリット語で
訳されてもない
原語そのままなのだ。

ここをどう解釈するかで
般若心経の捉え方が変わってくる。

西田君はギャーテーが
「がんばってー。がんばってー」と
聞こえん事はないとの事から
ギャーテーを「がんばろう」と訳したそうである。

僕の受け取り方はちょっと違ってて、
あの部分は、ナンセンスワードととっている。
「アメマー」などといった、一発ギャグだと思っている。
しかも、そのフレーズを言っただけで
気持ちが高揚し思わず笑えるナンセンスなフレーズの言葉。
一発ギャグも訳せないし意味などない。

まさか、演芸場のロビーで般若心経の話になるなんて
大阪の演芸場のよさである。

2009年4月29日 (水)

新しい菌

大陸で新しい菌が発生。

大陸から、いろんなものがやってくる。
黄砂が西の大陸から飛んで来る。

また新たな菌が飛んで来た。
その菌は、
豚インフルエンザ。

これは初めて聞いた菌の名前である。
みなさんもあっちこっちで
豚にあるんやったら、次、馬やろ。
熊は?キリンは?なんて言ってる方もいた。

テレビで連日報道されて、
海外の映像がニュースで映っているが、
海外のマスクの色にびっくり。
青や緑と手術色よりの色。

お隣、韓国でも疑いの患者がでたとか。。。
日本も疑いの患者はあると報道。

今日は東京のコリアンタウン新大久保で撮影。

スタッフがマスクを早々としていた。
インフルエンザではなく花粉症対策との事。

昼食を韓国料理屋にて。。
豚はやめときましょう。。。
との事。

とにかくこのところ、
テレビの映像が、菌だらけになったみたいだ。

豚はちょっとの間、食べようと思わない人増えるかな?
ダイエットの人には、いいかもしれない。

ぼくはダイエットの必要はないが、
そうはいってもこのところ豚をそう食べていなかった。

鳥の参鶏湯を注文し体力をつけ
夜9時まで撮影した。

2009年4月28日 (火)

ほっぺたをたたく日々

最近見る夢がちょっと前と変わって来た。

ちょっと前は非現実的なシュールなのが多かったのだが、
ここ最近は超現実的な夢なのだ。

しかも、寝てる現在進行形の夢。

寝てるとき、
玄関で、靴が荒らされている。。。

わ!泥棒が入りよった!!!!
あれ?部屋に誰かおる!!!

こわ〜〜〜。。。

と思ったら

それは夢。

別の日、
起きようと思っても
目覚まし時計を止めても
鳴り止まない。
いくら停止ボタンを押しても止まらない。

それは、夢である。

で、おしっこに行ったとき
ふと思った。

これ夢やったら、おねしょやん。。。

よかった。
現実であった。

この年になっておねしょしてる場合ではない。

マンガみたいであるが、
いったん寝て、
おsっこがしたくなって、
トイレにいった時には、
自分のほっぺをたたいている。

2009年4月27日 (月)

猫と縄張り

自宅の横の空き地で
よく猫ちゃんが喧嘩をする。

「ギャー」
「ギャー」

と、鳴いているのか、なんなのか?

その猫ちゃんによく話しかけてるおじさんがいる。
「こら!いかんよ」
はじめて聞いたとき、孫に怒ってるのかと思ったら
猫に話しかけていたのだ。

近所にジュースを買いにいくとき
そのおじさんに話しかけられた。

「猫みなかった?」

僕は「いえ。。。飼ってはるんですか?」

「いや。。。。喧嘩してどっかいたんじゃ」

猫同士だろうか?
おじさんとだろうか?

「よく喧嘩されていますよね」

僕も曖昧な質問。

「そうじゃ。縄張りがあってな」

猫同士の解答であった。

そして部屋へ。。。

また夜おじさんの声が聞こえた。。。

「戻ってきたんか!ここは、わしの座るとこじゃ!」

おじさんとの縄張りの解答であった。。。。

2009年4月26日 (日)

夕食の為に

おいしいもんを食べる為だけに
1時間もかけて遠出する。

若い頃なら考えられなかった出来事だ。

お酒を呑むので
小田急線に乗りでかける。

夜に新宿から郊外方面の電車に乗ると
窓から見える風景に
住宅街が増えるのを見ると
自分がまるで2児の子を持つ
サラリーマンになったような気分で
不思議な気分。

目的の新百合ケ丘駅の
七輪で焼く、焼き肉屋さん
「あむあむ」へ。

ここは安くてうまい。
ここのチョリソーとおじやが食べたくて
旧友とやって来た。

煙まみれの中
焼き肉とおじやとビールに焼酎と
おっさん2人の中学生のようなトーク。

大きなテーマは
昔は百恵派か淳子派か?

ちなみに僕は淳子派であった。

帰りは新宿方面なので、
日曜日の夜の電車は空いている。
酔ったせいか電車の席で寝る。

夜に新宿のサウナへ。。

汗を流した後、
パブ的な一本いくらって感じの店で 
またちょこっとビールを呑む。

千鳥足で帰宅。

いい一日であった。

2009年4月25日 (土)

ゴミの出る日々

日々ゴミが出る。
当たり前である。

今日もゴミ出し。

僕の住んでるところは
生ゴミと燃えるゴミの出す日が違う上
ゴミに非常に厳しいのである。

以前住んでいたところは、
ゴミの収集の係の方が日々清掃にこられて
奇麗であった。
その上ゴミの中身まで
きちんと清掃の方が分別するといった
仏のような方であった。

その甘えのつけが来た。

今のところは、
やいのやいの言われる上、ゴミを突っ返されるのだ。

はじめはカチンと来たが、考えたら、こっちが、悪いのだ。

いつも微妙なゴミの分別を自宅で細かくやっている。
なので、
いつも頭にぼんやりゴミの事がある。

買物にいっても、
「これ。。。燃えるかな?」
なんて考えながら買っている。

考えたら、
なんでもゴミはつきものである。
ゴミを考えながら行動する。

いい事なのか?
悪い事なのか?

当たり前の事かもしれない。

2009年4月24日 (金)

妖精

今日は、下北沢で知り合いの
山田太一さんが主催する
ベリーメリーゴーランドって言う
お芝居を観に行く。

車で品川から向かったのだが
東京の道は混むのだ。
品川から下北沢まで
2時間半もかかった。

また下北沢の辺りの道は
アホほど狭い。
Uターンできない。
駐車場がない。

遅刻である。

東京の日常は
電車のほうがいいなー。

芝居終わりで
車を家に戻しその後
新宿にてN先生と食事会。
生徒が妖精を見たことがある話をしてきた。
「自分も見たことがある」という人が続出。
Y田さんは「幼稚園のころ耳かきをしていたら
耳の中から小さなクリスマスツリーが出てきて、
『これはぜったい妖精のツリーだ!』と思っていたら、
妖精もあとから出てきた」との事。

みんな妖精の持ちネタ続出。。。

笑い転げて。。帰宅。。。

妖精
家におらんかな〜〜?

2009年4月23日 (木)

2015年

今日新しいソフトに
ムービーを取り込み、編集。

なんと、
この前買った新しいソフトには
録画した時の
生年月日が出てくるのである。

すごい!!!

と思っていた矢先、
とあるムービーをPCに取り込んだら
「2015年15月15日」と表示された。

宇宙人の仕業?

未来の映像?

中に映ってたのは、
僕がビンラデインの格好で街であほな事をする映像であった。

それにしても、15月って。。。。

2009年4月22日 (水)

中学生の笑い

ルミネの劇場の最終は
中学生のお客さんでいっぱいであった。

最近の中学生の
修学旅行はお笑いを見に行くのだ。
いい時代である。

我々の中学校の頃の修学旅行は
九州の太宰府とかお寺とかであった。
そんなおっさんが好んで行くような場所に
当時、興味なんてまったくなく
覚えているのは夜中に回された
裏のビニ本大会であった。

さて最近の中学生なのだが、
演芸場では、大人の方と
笑うところが案外同じなのである。

もちろん中学生の知らない
知識の中身のネタは
笑わないが、タイミング的なところは
同じなのだ。

考えてもみたら
14歳くらいから
笑うところは
あまり変わっていないのである。

大人は大人のタイミングの
笑いがあっても
よさそうであるがそうではない。

思い返せば、僕の14歳くらいの頃に
MANZAIブームが来た。
あの頃笑っていたのと今と同じなのか?
と思い返すと、案外同じなのだ。
タイミングもネタも。。。

僕もおっさんになり、
あの頃に笑えなかったが
今笑える事を考えた。

人生経験が多いほど、
あらゆる事を共有し
笑いとばせる事が多くなるのであるが、
日々演芸場に発つたびに、
若い人のほうが笑うのである。

僕も笑かす側の立場であるが
年がいくにつれ
多いに笑っていきたいと思った。

2009年4月21日 (火)

プロレスです

我々は、よく楽屋で
「プロレスですから」言ういい方をよくする。
この意味は「ふりをする」といった意味である。

とある芸人が太田総理に出演した。

本番で敵同士ガツンと言い合うのであるが
楽屋では和気あいあいなのだそうだ。
それを見て
「なーんだプロレスか」と思ったそうだ。

プロレスとガチンコの違いはリアルである。
プロレスを本当か嘘かの
視点で見る方はアホである。
プロレスの見方は、
本当か嘘かのその間の物語に感情を移入させ
技を見たり展開を見たりしないといけないので
センスがいる。

逆にガチンコの見方は物語などはいらない
はらはらドキドキのリアルだけを楽しめばいい。

ただ、政治や現実の世界はプロレスではない。
リアルなのだ。が、平和で裕福な日本では
ある種プロレス的要素が大きい。

これは悪くいってるのではない。

世界各国と比べるとどうもリアルさが
足りないが、リアルなほうが
面白いとはいいつつ
リアルになってしまうと
この国もハラハラドキドキ
危ない!!って証拠になる。

ので、この国のすべては
プロレスな感じで
僕はありがたいなーと思っているが、
じゃーどんなプロレスがいいのか?
技や物語が面白く
華麗であって欲しいと願う。。。。
せめて熱く熱く夢ある感じに
ふるまっていただきたいと願う。

人はそんな事より、リアルを欲してるなら
危ないのを望んでる。

それ自体が僕は危ないと思う。

2009年4月20日 (月)

おくりびと

今日「おくりびと」を今更ながら見た。

納棺師の方の物語である。

自分事なのだが、以前僕の主演させていただいた
「PP兄弟」と言う映画も葬儀屋さんのお話で
しかも漫才師といった
死と笑いと愛がテーマであったので
やらんでもいい事であるが
敵対視して見た。

敵対視するのもつかの間、
面白かったので
ずっぽり映画の中にのめり込んだ。

やはり主演のモックンに感情移入できた。
女性は広末涼子に
感情移入するのかな?と思いつつ見た。

アカデミー外国映画賞だったか?
獲得したって事で「いい映画」
って事になってるが、
そもそもが「いい映画」だったから
アカデミーを獲得したと
思ってる方は何人いるのであろう。

ちょっと、ややこしい事を言う。

外国のアカデミーが選ぶだけあって
物語も撮影も「奇麗」であった。 
変な言い方であるが、
観光案内な感じなのだ。

のでガイドマップに
載っていない的なのが
好きな方は
ちょっと味気ないのかな〜と思った。

また、
あの配役が全然別だったら、
また米国にリメイクされた時の俳優さんは?
と、思ったりして見た。

米国のアカデミーを
ミーハーだと嫌う方がいるが
裏でのコネが
まだまだそんなに目立たないので
僕は大好きである。

外国を意識して作られたのか
どうなのかその辺りを聞いてみたいなーと思った。

2009年4月19日 (日)

だめだこりゃ

ホテルで目が覚めると
正午前。。

身支度を急いでやった時
鍵がどこにいったのか??

最近はおっさんの仲間入りと自覚するのは、
物忘れやら忘れ物が多い。

結果はバッグに、はいっていたのだが、
僕の鍵は今何個もついていて、
家に帰るたび、車に乗るたび、
自転車に乗るたび、
てんやわんやになる。

なんとか、ならんのだろうか?
この俺!!!

「てくまくまやこん!てくまくまやこん!」
「開けーごま!」
なんて呪文を唱えたら鍵が開く未来は
来ないもんだろうか?

でもその呪文を忘れたら大変だなーと思った。

フロントから電話が鳴った。

「いつチェックアウトしますか?」

「すいません」

急いで出た時、また、今度は
フロントに返すホテルの部屋の鍵を部屋に忘れた。。。

だめだこりゃ!!!!

2009年4月18日 (土)

ボヤキ

実家に帰ると、
親父が怒っていた。

時間守れから始まり、
お前はがんばってんのか?儲けてんか?

最近病気な事もあってか
あのド!真面目な父親が
テレビオタクのようにテレビを見ている。

でいっちょまえにも
「最近のテレビは」
なんてテレビ論を語る親父。

何が嫌だったかって
ボヤキの視点が、自分と似ていた事である。

親父も落ちまで長かった。

僕の話が長いのはDNAである。

夜は大阪でお仕事の前に
村上ショージさんの居酒屋さんの
村上食堂で視聴者の方々とお食事会だった。

2009年4月17日 (金)

孤高の方

年々和なものに
興味がいきつつあるこの年頃、
京都を訪れたついでに比叡山に行って来た。
祈りを捧げにとかっこうよくいきたいところだが、
無宗教の僕。
ムービーのちょこっとした撮影が目的であった。

比叡山といえば、
永平寺である。
天台宗だ。最澄さん。
今でいうところの寂聴さん。

昔、法話を聞きにいったが
笑いの量が芸人さん以上であった。

今回は阿弥陀堂ってところの
阿弥陀如来を初めてみた。
あの光り具合にぐっとき
お堂の香りにぐっときて、
なによりあの如来様の涼しい顔にぐっとくる。

本来、拝むもの!観賞用ではない!
と怒られそうであるが、
芸術的要素が高いなーと思った。

撮りたかった絵もばっちし撮れた!
これも失礼であるが。。。

最澄さんについて書かれた本を購入し、
電車でじっくり読みながら帰った。

なんとも、孤高の方であった。

その足で実家に帰った。

ここうの

2009年4月14日 (火)

怒る事を決めつけられる

パソコンの新しいソフトを買って
いろいろいじくってたが、
にっちもさっちもいかなかったので、
カスタマーズセンターにお電話。

シリアル番号を言い、
名前を確認し、
さて。。質問といこうとしたら
質問の前に言わなければ
いけない事があると言うのだ。

「技術的なサポートは、料金がかかりますので」
これを言わないと、
だいたいその時カスタマーは怒るからだそうだ。

あのサポートの方々は大変だと思った。

日々、パソコンを前に
問題を抱える方々に対応しないといけない。
パソコンはキーボードのひとつ操作が
わからなかったり間違うと動かない。

脳にストレスをためやすい。

そのストレスを抱えたまま、
電話をかけてきて質疑応答なので
そうとうストレスを
ぶちまけて怒る方々がいるのであろう。

その一員に私もいれられ、
予防接種のように
「はじめに断っておきます。
 断らないと、のちに怒るからです」

怒る事を決めつけられ、
決めつけられた事に怒ろうと思ったが

笑けてきた。

「のちに怒る」って事に怒ってたら
なんていってたんだろう?

パソコンのどこから
どこままでが、技術でなのか
また素人にとっては
専門用語は外来語と一緒。

サポートされる方は
マニュアルで対応されてるだろうが
僕の今日当たった方は
そうとう僕の前の電話の相手が悪かったのか
ストレスを吸い込んでああなったのか、
マニュアル対応に感情の入った対応であった。

ひょっとしたら、
あの受け答えのイヤーな感じは計算だったりして。。。。

だって、二度と電話したくなくなった。

これはやさしさととろう!

2009年4月13日 (月)

心とは

「心ないよな〜」「心あるよね〜」
などよく耳にするが
具体的に心って何かと言われれば、よくわからない。

心の本を読んでも、
分厚い分厚い精神論みたいなものが多くて
実体はよくわからないのが現状だ。

今日、知り合いのお母さんが
肝臓を移植されて約一年がたつと聞いた。

体調は良好みたいだが、
手術前と後では性格が
ほんのちょっと変わったそうである。
以前にもましてパワフルになったとか。。。

そんなあほな!
気のせいやろ!
なんで肝臓に性格があんねん。。。
との見方もあるが、

医学的には、きちんとこういった事は、
あるらしいのである。

昔、知識として
本からこの事を知ったときは
目からウロコであった。

人間の性格は脳が、
ぜ〜んぶワンマンで指令してると思ってた僕。

そうではなかった。

脳は、会社で言うところの編成部や
経理部や管理部なのだそうだ。

じゃー誰がワンマンで指令してるのか?
そんな社長は、体にはいないそうである。

なので、知り合いのお母さんは
前の方の肝臓の性格が入って来て、
脳の編成部が、その肝臓中心になっているのを
認めていると言った具合なのだそうだ。

ここで確信した。

心と頭は別。

心がうっすら見えて来た。

心は会社でいうところの
制作部であったり営業部なのだ。

心は、心臓の心であるが、臓器なのだ。
という事は、健康は心であり
体を動かすのって事が、心なのだ。

編成部が「もっと儲けれたらな〜」とか
経理部が「もっと、こんなんやったら儲かるのに」
と、脳で思ってるだけ、動きもしない。

これを「心ない」と言うのかと思った。

体を動かしてこその、心であると思った。

あくまで僕が、思っただけであるが。。。

2009年4月12日 (日)

デジタルと仕事

東京にて午前中から
S-1用のムービー撮影を江古田にて。。。

携帯サイトで
最近動画をよく見るようにしている。

パケ放題なので、
料金が、かさむといった心配はない。

まだまだ携帯で画像を
楽しむ事にまだまだ慣れない僕。

気づいたのは、
以前にもここで書いたが、
こっちが意志を持って
ボタン操作しないといけない。

やっぱり決断の連続なのだ。

そんなのにもってこいなのは、
リアルな決断の鑑賞である。
格闘技は見やすい。
どっちが勝つか?
早く勝負がつきしかも派手なのがいい。
プロレスのように
物語が主体のじっくりみないといけないものまで
鑑賞しようとまで、いかない。

決断してくれてるのを、決断して見る。
なんともややこしい状態である。

デジタルはボタン押す決断の連続なので
やっぱり仕事っぽくなるのである。

いずれにせよ、

S−1用にちょこっと加入させて
いただいてS-1について改めて思ったのは、
日々送られてくる
映像を、どっちが面白いか
選択する方々は
こっち側からすると
見る側にデジタルで仕事をさせているのである。
仕事のような作業をするゼロ円仕事の審査員の方々。
大変な事しはる方々。どんな方々だろう?
まだまだ顔は見えない。。

でも、ほんまに、ご苦労様です。。

と、思った。

2009年4月11日 (土)

合理化

今日は大阪。

大阪の大阪産業創造館ってところで
7周年「イーコマース事業協会」のイベントにお呼ばれした。

シャ乱Qのはたけ君とトーク。
「ネット通販に必要な、仮想空間を使ったバイラルマーケティング!!」

難しいテーマにおよばれいただいたが、
箸休めの目的もあってか、トーク内容は自由。

それでもなんとかこられた方々に
何か為になっていただきたいと思ったが、
「そんな事、あなたに期待は、してません。。。」
との声に、思わず、笑ってしまった。

この会はネットビジネスの方々の為の
勉強会みたいな会である。

世の中いろんな事がある。

事前にホームページで
いろいろ下調べをしていったが、
ネットビジネスをやっていないのもあって、
チンプンカンプンである。

はたけ君は、ネットで
ファンクラブ用などに
ビジネスをやっているので、
理解力も早い。
ので
もろもろはたけ君に
通訳していただき、なんとか理解できた。

この僕が理解不能だったのは、
システム的な事である。
パソコンの機能のシステムもそうなのだが、
ビジネスの機能的なシステムも理解できていなかった。

いろいろ噛み砕いて聞くと
大きくは「合理化」って事を
とうけとった。

僕は非合理化で生きてる人間である。

笑かすときでも、
ちょっとでもシステムを相手にわからせまいと
日々、非システム的にならないように心がけているが、
僕みたいなのばかりだと社会はめちゃくちゃになる。

合理化の最先端な方々の中
非合理化した僕。

同じ空間にいるのは、面白かった。

バーチャルの中を合理化される方のプロに
喜んでいただけるように、
僕なんぞは、理解不能な非合理化を
もっとして生きていこうと改めて思った。

2009年4月10日 (金)

黒い服

季節の変わり目の時期は服を間違える、

今日は
ぽかぽか陽気につつまれた。

寒がりで心配性の僕は
夜になったら寒くなると思い、
セーターに革ジャンであったが、
案の定、熱い。。

町には、半袖の方々もいた。

服の模様替えのシーズンだ。

家にある服を改めてみたが、
最近は、色物の服が多い。

昔は、黒い色の服をよく好んで着た。
黒は、汚れも目立たない上に、
あほみたいな発言だが、かしこく見えると思ってた、

よくデザイナーがファッションショーの挨拶で
ステージにちょこっと出るときに
真っ黒けっけのファッションで登場する。

黒はそういったクリエイテイブな色だと思ってた。

夜が好きだったのもそうかもしれない。
夜イコールクリエイテイブだと思っていて
夜にネタなどは作り
はかどっていた。

が、最近は、原色まではいかないまでも、明る〜い色の服。

以前ハワイに行った時に気づいたのだが、
日本人の着る服は淡い色が多かった。
現地の方々はショッピングピンクなどといった色が多い。

これは、町並みの色合いせいもあるのだろうかと思った。
なんせ、日本では料理でも
一に季節。二に新鮮さなのである。

なので、服も一に季節とあって、
日本の風土にあわせた色なのか?

そういや、東京といえど、町によってファッションが違う。

新宿は高層ビルが多いせいか、グレーよりの服が目立つ。

そんな中、最近は明るめの色の服を着ている。
町の色合いに似合わない感じなのだが、
明るい感じの場所を僕が求めてるのだろうか?

着る服でそんな事を思った。

衣替えの時期だ。

2009年4月 9日 (木)

素人

今日、家の近くでこんな事を聞かれた。
「このあたりにKSビルってございますか?」

僕は素になった。
この素になるって言うのは、素人の素である。

よく「素人」「玄人」と言ういい方をする。

新宿に引っ越して来てから1年ちょっとたつのだが、
自分の家まわりの事情をあまり知らない。
まだまだ、この辺りの素人なのだ。

長く住んでいれば意識しなくても玄人になるもんだが
このあたりを詳しくしってやろうと
言う意志もないもんだから
素になったので、素人である。

「すいません。。このあたりあまり知らないんで」
とお返事させていただいたが、自分の中で
「なんで住んでて知らんねん。。。素人か。」
と思ったので、家の帰り道、
いつもと違うルートを歩いてみると
ええ感じのイタリアンレストランはあるわ、
味のある酒屋はあるわの
この町じゃないみたいな気がした。

まだまだこのあたりの素人であった。
素人に毛の生えたと言う言葉があるが
玄人とまではいかなくても
そこには行きたいな〜と思った。


2009年4月 8日 (水)

小さく載ってた宇宙の記事

人間には周期がある。

遠藤周作さんのコメントを
以前読んで、
「ほんまかいな。
 インチキ占い師みたいに。。。」
と 思っていた。

今日、晴れていたので、
近所の公園で、桜を見ながら
弁当を買って食べながら新聞を読んでると、
小さく載ってた宇宙の記事に、驚いた。

新しく発見されたブラックホール
じつはその周りを、
もう一つの巨大ブラックホールが
回っているという記事である。

ブラックホールは黒いとはいえ
星であるらしい。

ブラックホールは、
周りに土星の輪みたいな
ガスの輪を従えているらしい。

で、新しく発見された
回っている方のブラックホールは、
ガスの輪に突っ込んで向う側に出て、
また突っ込んでこちら側に戻ってくる。
そのたびに発する衝突の光は、
我々地球も含む
銀河全体の光に匹敵するという。

でっかすぎて、すごいのか すごくないのか?

地球から35億光年の距離にあって、
12年周期で2回だけ明るく輝く
不思議な天体らしい。

12年の周期の間に2回光る、
というだけのことが、面白い。

1回とは違う。
2回という不思議。

それが規則正しくないらしいが
12年に2回だそうだ。

はるかかなたで、
しかも双方とも超黒い星。
実体が見えない、というところが
オモシロい。

話は戻って、
人間は、8年周期とも9年周期とも、
12年周期とも言うらしい。

が、この説では、12年に2回の明るく輝く光が
自分の中のブラックホールのような
心に見えない暗いもの同士が
衝突したときに、12年に2回。

光が輝き生まれると思うと、
なんだか、嬉しくなった。

2009年4月 7日 (火)

批評は難しい

先週作った
「お笑いから見た政治家のユーモア ワースト5」
のネタをしに収録に行った。

作ってたネタの時間より
リハーサルで僕の計算間違いで長くなり
コメントをカットしなければいけなかった。

そうなると、ある程度、
コメントが大雑把になる。
そうなると、大雑把な相手への批評は、
悪口と紙一重になる。

そのあたりが怖くて、
僕はいつも話が長くなる。
批評は、したいほうなのだが、
悪く思われたくないといった
矛盾人間だからである。

批評で難しいテクニックは「褒める」と言った作業である。
批評はどうも批判的になる。
そっちのほうが実は簡単なのだ。
その行く先には「死ね」なんて
一言で片付けてしまう
下品で低能な事になりうる。

そんなこんなで
今日のネタはちょっと悪口よりに
なったかもしれないが、ウケは良かった。

が、あまり調子にのらないようにしようと思う。

2009年4月 6日 (月)

世間と自分

今日、ライブがあった。

今日は、一人噺のライブの日。

ワンドロップって言う新人の
芸人がゲストであった。

以前にこのブログで書いた
彼らのネタの作り方は
企業の開発部のような作り方。
目標を決め、それを分析し、会議。
その後、台本を作り、
練習をし、ネタを体にしみ込ませる。

僕の作り方は、真逆。
まず自分の体にしみ込んだものをまず探る。
気の赴くままネタを作る。
その後に、提出する相手を分析し、
目標にあったネタを自分の脳の
在庫からだしてきて微調整。

これをまとめていうなら、
10人いたら10人が面白いって事を
見つけるのが才能なのか?

それとも10人いたら
1人の才能あるのがわかって
後は、わからんって事をする事が才能なのか?

さ、どっちが、いいのであろう?

この結果をみっちりライブで話した。

結果から言うと、両方 実は同じくらい
至難の業である。

10人いたら10人に認めてもらおうとしたのに
結果一人しか認めてもらわなかったり。

才能のある一人に認めてもらおうとしてやった事が
誰からもわかられなかったり。

上に書いたような事が出来る事自体ですごいのである。

時に人は10人いたら10人が
面白い事を見つけたのを
すごくないと言うが
人って十人十色の中、
共通項を見つけるのは
すごい事である。

また両方を頭で計算して
できたらなおさらすごいのだ。

じゃーどうするか?

この両方実は
「世間を探る」「自分を探る」
っていう
「探る」作業が必要なのだ。

世間と自分。

この関係性は切れる事は
無いと改めて思った。

2009年4月 5日 (日)

不具合

使ってるビデオカメラに不具合が起きた。

前からちょくちょく気にはなっていたが、
画面によくわからない文字がでて
ピン!と言う音をたてて録画できない。

これは確実に故障である。

通常みなさんは、AV機器は
何年で新機種購入をしているのだろう?

売る側は、やれ、新機能搭載だのといって、
一年に一回は、もっと機能をよくし
新機種をおすすめしてくる。

新しいのを買えばいいのであるが、
貧乏性の僕はもう寿命のカメラを幾度となく
修理にだしては使っている。

そうすると、何故か物にも愛着もわいてくる。

まだまだAV機器には、「もったいない」
「侘び寂び」といった日本人の持ってる美なのか
なんなのか、そこまでいかない。
新しいAV機に心が踊るし、機能もいい。

僕が欲しい機能は、このビデオカメラに関して言えば
身軽に持ち運びができて簡単に撮れたらいいのである。
なので、この機種で何も問題はない。

なので愛着優先なのだ。

そんなこんなでまた修理にだそうと思っている。
出来上がったとき、身内が
入院してて退院した時みたいな事に
なったらいいのにな。

2009年4月 4日 (土)

俺!帰宅部!

今日新しいおもしろ曲の編集を試みた。
「オッス!俺!帰宅部。。の歌」といったふざけた歌である。

歌詞の中身は、

「体育会系と文科系
 この2つにわかれてるけど
 ひとつだけ忘れてる事がある。。。
 それは、帰宅部。。。」

 外にでたらすぐ家に帰りたくなる。。。

 みんなでやろか!って決められたら、
 なーんか、いやになる。

 つうか、みんなで決めた事
「ええなー」って口では、いいながら、
 心では「そんなんええか?」って思ってる。」

などといった、協調性に乏しい駄目人間の歌なのだ。

この歌の声を、ロボ声ソフトでいろいろいじってみた。
初音ミクといったソフト。
まさしく「萌え」といった感情が浮き出てくる声に
おっさんの声を変換してくれる。

そして、この「帰宅部」の歌が、
なんとも哀愁のある女の子の嘆きの
きゅんとする歌に変身するのである。

びっくりした。

女の子のロボ声自体のもってる魅力もあるのだが、
協調性に乏しい駄目人間の面白さは、
ええ年こいたおっさんだから面白いのであって
思春期の女の子は、協調性に乏しい
自我との葛藤は、かわいいのである。

じゃー逆に女の子のロボ声で
協調性があるおっさんの前向きな歌を歌わせたら
これが、お前人生そこまで生きてないのに!
と、うとおしいのである。

キャラってあるもんだ。

なので、ソフトで変換するのをやめ、
もうおっさんの僕は等身大で
歌入れをし、PV撮影する事に決定した。

2009年4月 3日 (金)

僕は知っている

来週に行う
「日本の政治家の方々のユーモア度チェック」
というネタをこしらえていた。

みなさんは日本の政治家の方々は
ユーモアのセンスがあると思いますか?

みなさんはユーモアのセンスあると思いますか?

僕はユーモアを生業に
22年ほどプロとして飯を食わせていただいている。

この世界にはいった時には
自分はユーモアのセンスがめっちゃあると
思ってたが、日に日にユーモアのセンスの小ささを
実感する。
それはユーモアの存在の
偉大さを身にしみて実感する日々なのだ。

先日、政府高官が北朝鮮の
「ミサイルが飛んでいるのが見えたら
『ファー
(打球の飛ぶ方向にいるプレーヤーや観客に警告するかけ声)』
といったユーモアに
世間から不謹慎との声があった。

ユーモアは時と状況によって、
不謹慎な発言ととられたりする。
また受け手側の気分によっても
相手を傷つけたりするものだ。

ユーモアを言っても、理解されないと
不謹慎であったり気分悪くさせたりする。
なので、ユーモアを受け取る側も
ユーモアのセンスがなければいけない。

我々が選んだ日本の政治家の方々に
ユーモアを言え!と言う前に
我々もセンスを理解しようという姿勢を
整える事も我々国民の指名だと思っている。

ここには、自分にはユーモアのセンスは
あまりないんだと気づく事が
ユーモアのセンスの始まりで
その次は他人のユーモアを笑う事が次のステップ。
最後に自分もユーモアを考えてユーモアを言ってみる。

自分にはユーモアのセンスがある。
他人はつまんないと言う。
自分と自分の認めたお笑い芸人が一番面白い。
これを基準に置いている方。
こんな方が、一番ユーモアのセンスのない方だと言う事を
僕は知っている。

2009年4月 2日 (木)

さ、どっちが、いいのであろう

今日、夜
ワンドロップって言う新人の
芸人のネタを見せてもらった。

以前僕の主催するZ-1グランプリに
出場しZ-1賞をあげた方々である。

カラオケボックスの
パーテイールームで3分のネタ2つ。
なぜならば、
次回の僕の一人噺のゲストで
ネタを披露する為のリハなのだ。

ネタを見たが、お門違いのネタを見せられた。
「エンタの神様用に作ったネタなんですが〜」

僕はエンタの神様ではない。
僕のライブの先にエンタを見据えてなのか?
ま、若いのでエンタ一神教になっているのは
ま、いいだろう。

彼らは慶応大学出身である。
そんなエリートな彼らのネタの作り方は、
企業の開発部のような作り方をする。
まず、目標を決め、分析し、相談。
その後、台本を作り、練習をし、体にしみ込ませる。

僕の作り方とは、まったく逆なのだ。
僕は、まず自分の体にしみ込んだものを探る。
気の赴くままネタを作る。
その後に、提出する箇所のポイントを分析し、
目標にあったネタを脳の在庫からだしてきて微調整する。

ので、僕のは、分析や調整をおざなりにしてるので、
世間とのずれが多い。
が、僕と感覚が同じ方とは何より馬が会う。

彼らは、自分の感覚をおざなりにしてるので
自分で面白いと思う事と現在やってる面白い事に、ずれがでてくる。
そこは、世間の多数決を集め、多くなければいけない。
少ないと困るだろう。

これをまとめていうなら、
10人いたら10人が面白いって事を
見つけるのが才能なのか?
それとも10人いたら1人がわかって
後は、わからんって事をする事が、才能なのか?
ま、後者のほうは、
その1人がすごい方なら素晴らしい。

さ、どっちが、いいのであろう?

この結果は、
次回のライブでみっちり
この辺りのお話を話そうと思っている。

興味ある方は(おるんかいな(笑))

ぜし!

「ぜんじろうの一人噺 Vol,30 〜軽い妄想〜」

日時:2009年4月6日(月)+今回は月曜日です。
開場19:00/開演19:30( 約1時間 )
★開場の一時間前より受付にて整理券の配付開始
出演: ぜんじろう 
料金:2000円(ワンドリンクとオリジナルDVD付き)
ゲスト ワンドロップ(若手漫才師)
場所 渋谷アップリンクファクトリ〜
問い合わせ:uplink factory03-6825-5502

 

2009年4月 1日 (水)

無邪気に

最近あまり腹の立つ事が減って来た。
年のせいなのか、
はたまた、
そういった腹の立つ事を経て
もうそんな失敗は二度としないと学んだのか、
はたまた
僕の周りが成熟したのか。。。

まとめて「年をくった!」って事である。

以前の僕の原動力は
なにかにつけ「腹の立つ」って事であった。

特にネタなどは「あの!あほ!」と始まっていた。

芸人さんの中には面白い事を見つける前に
まず腹立ててみるといった方も大勢いる。

が、最近では、そういった思考を変えて生きている。 

みなさんが成熟したとすれば、
僕の「怒り」を原動力としたネタは、
はなはだ、みっともなく映るらしい。

成熟した方へお送りする為の
僕の原動力は、なんだろう?

立川談志さんは、芸術である。
とおっしゃっていたが、
現実は、はしゃがないと庶民は気がすまねんだ。
庶民は、バカだからね。
と、おっしゃっていた。

最近の僕のネタはちょっとした
考える方向のネタが多い。

このブログでもそうだ。
「ふか〜いよね〜」なんて
浅〜く片付けられるたぐいのネタが多い。

いわゆる「考察ネタ」である。

この原動力になるのが、
怒りではなく、
もっと、小学生が虫を触るように
「無邪気な好奇心」からスタートしたらいいなーと思うが、
なかなか、そこまで無邪気にはなれない。
どこか「怒り」や「儲かる」や「認めてもらおう」。。。
なんて邪気が、まだまだとれていない。

ただ、これらが今後なくなるかと、言うと
なくなったらなくなったで、あんぽんたんになるので
これらは、無邪気の後回しにしないといけない。

なんて思い
今日は、最近、世間が、何気なく遣う言葉
「あたし好きかも〜!」の半疑問形の言葉とか
「深いよね〜」「ありえないんだけど」などについて
無邪気に考察してみた。

この結果は、また後日。

2009年3月30日 (月)

時計に助けられる

今日も撮影。
千葉にやって来た。

午後すぎに撮影を終え、ふと駅の前を見ると
サウナ50%オフと書いてあった。

僕はサウナが大好きである。

立派なおっさんだ。

速攻サウナに入店。

サウナに入ると、よくわかならい時計がある。
普通の時計と数字の表示が違う。
未だにこの時計の見方がわからない。

僕は極度のへたれんちょなのだ。
サウナに入ったら入ったで、「熱ー」
と言ってはすぐ外に出て
水風呂に入ったら入ったで、「寒ー」
と言ってはすぐ外に出る。
これではいかんと、周りを見ると
一緒に入ってる方々が、
とりあえず、針一周したら
水風呂にいってたので
僕もそれ以来、ちょっとがまんして
針が一周したら出る事にしている。

今やそれでちょうどいい感じになってきた。

僕はよくここで「感覚」について書く。
感覚は数字や論理で失われると。。

でも感覚が数字や論理で助けられる事もある。

サウナに入ると僕は感覚がへたれんちょなのが
よくわかる。

時計を見ないと、すぐ、頭がくらくらして
ものの2分くらいで、
「あかん、、焼けて死ぬ。。」なんて思い
脱出するが、実は、時計を見ながら入った
時の三分の一ほどの時間だったりする。

そんな時は数字なのだ。時計の数字を見てれば
見ないときのおよそ3倍は普通にいられ
結果気持ちいいのである。

感覚と数字や論理。
相反するが、助け合うものである。

サウナではいつも数字に
感覚を助けられている。

2009年3月29日 (日)

贅沢な午後

今日は朝から撮影ででかけ
昼の3時には家に帰ってきた。

春の陽気だったので部屋の窓全開。
太陽が燦々と部屋に入ってくる。

あまりにも気持ちいいので、
白ワインを持って来て呑みながら
椅子を窓側に持って来て
部屋の窓全開から見える景色を眺め、
AMラジオを聞いた。

椅子とワインと春の陽気とトーク
他には何もいらない。

なんとも贅沢な時間だ。

「日曜日のそれ」
笑福亭鶴瓶さんが日曜日にやられてる
ニッポン放送のラジオである。
僕はこのラジオが大好きである。

まず鶴瓶さんがマイクの前で
ひとりで語るといったスタイル。
地上波のテレビみたいに、
のべつ幕無し、はしゃがない。
ので、内容もふか〜いところまで聞ける。
ゲストもたまに来る。
気に入ったゲストとふか〜いトーク。
今回はタレントの見栄春さんであった。

テーマは
「最近テレビにでませんねーって言われる事」
について。

よく我々タレントは素人の方から
普通に悪気なく言われるのだが、
我々には、きつ〜い一言である。
「最近、どうしてはるんですか?」

見栄春さんは全然気にならないそうである。
鶴瓶さんは最近ちょくちょく言われるそうだ。
だが、本人は出てるのである。
「俺は、どこまで出たらえんや」
との事。

タレントにとってはこれは避けられない
四苦八苦である。
デビューした時点で、実は
人生と同じく、四苦八苦のはじまりなのだ。

僕も腐るほど言われてきた。
始めはすごく嫌で人と会うのも
嫌になってた時期があったが、
そこは考え方である。
そんな避けられない四苦八苦に
しょげててどうすんねんと思うようになり
違う角度から自分を見て、
それを楽しみ、味わい、
そして力にする技を覚えた。

鶴瓶さんはもう30年ほど
僕にとっては大スターである。
そんなスターも同じような事を思うのかと思うと
またそのスターが輝きをました。

いつまでも、背伸びや自分を飾らない
リアルに生き、リアルを話す。。

だから鶴瓶さんは大好きなのだ。

春の風を感じながら
太陽の光線を浴び
ちょっと酔った。

贅沢な午後であった。

2009年3月28日 (土)

プロのお仕事

家の隣のマンションが
いつの間にか新築した。
この前に工事が
始まったと思ったら、
あっという間に工事も終わり
マンションが建った。

この工事と言うのが圧巻だった。

朝の10時くらいに工事は始まり
昼12時になるとぴたりと
作業は終わりお昼の休憩。
1時間ほど休憩をして
3時にまた20分程休憩。
その後5時までやって終わる。

工事は騒音がやかましいはずなのに
苦にはならないのが不思議である。

ドリルのギリギリギリと
言う音ですら気にならない。
なんなら働いていると
いった気持ちよさが伝わる。

夕方作業が終わった後も
ビニールで覆い外からは
見えないようにしてある。

でいつの間にか完成。

これがプロの仕事かと思った。
手際よく同じリズムで
不快なくやる。

僕の仕事も人の粗を見つけては
ネタにする。
時に不快に思われるのだが、
そこはプロのお仕事。

苦にさせない何かが必要である。

手際よくリズムで話す事かな〜なんて
新築のマンションを眺めながら思った。

2009年3月27日 (金)

伝言

今日、いつも行く家の近所の
うまうまパン屋さんでのパプニング。

パンやらを1320円分購入。
レジに。
万札しかなかったので万札で支払う。
会計しやすいように
1万と320円を差し出す。
そして会計。おつりの支払い。
「お確かめください」と丁寧な対応。

「いちに〜さんし〜ごー(中略)はち〜!」
8枚の千円のお札をうけとり
レジを後にした時、気づいた。

「あれ?はち?あれ?おつり少なくないか?」

よしレジに戻ろうと思ったが、混んでいた。
また、レジの方の名字がまた
皮肉にも「神」と言う方であった。

他のお客さんに邪魔になってはいけないので、
奥に行き、空いてる定員さんに確認。

「すいません。おつりが足りなかったんですが」
「どこのレジですか?」
「あのー。神様(かみさま)のところです」
「神様(かみさま)のとこですね。少々お待ちください」

「神さん」って言えばいいのに
「神さま」とお互い言った。
日頃の癖で「かみさま」。

こちらのほうを
疑う事なく素早い対応をしていただいた。

僕の性格なのか、
レジの奴がちびちびああやって千円づつ
ちょろまかしてないか〜?
いやいやそんなせっこい事は、
まさか神さまはしないであろう
いや、逆に。。

なんてセコい自分が思う。

結果レジの方のかる〜いミスであった。
レジの神様は笑顔で丁寧に
僕に謝罪をしていただいた。

神様もうっかりミスはするものだ。
そりゃそうだ、このレジの神様は人間なのだから。

が「僕も確認ちょんとせーよ」といった
神様からの伝言を
いただいたようなパプニングであった。

2009年3月26日 (木)

なじむ

先日買った
ムービー編集ソフトで
ストレスをためつつ
なんとか写真をつないで
ムービーの編集が完成した。

中身は昔にタイに旅行で行った際に
遊びで撮った
「タイの街になじもう!」
といったものである。
これは、タイ人っぽい服装を着て
タイ人っぽい髪型にし
いろんなところに出没し
その場面に同化するといった
カメレオンのようなものである。

そういや、先日WBCでの
イチローや城島や松坂などは
アメリカでプレーをしてるだけあって、
顔がどことなくメジャーリーガーの顔であった。
明らかに、原監督がお上りさんに見えた。

今日もBSで見たヤンキースの松井。
彼の顔もメジャーの顔になっていた。

僕のムービーは
無理矢理ギャグでその土地に
なじむといったものであるが
やはり環境から自然となじみ
顔つきが変わるといった
事もあるだろうなーと思った。

僕はようやく新宿になじんで来た。
新宿の顔なのだろうか?

どんな顔や。

2009年3月25日 (水)

今のご時世の厄年

考えたら僕は今
厄年である。

25歳に一回
厄を経験してるみたいだが
知らずに通り過ぎた。

知らぬが仏であった。

が、今回で終わりではない。
60歳にもう一回あるみたいである。

あまり詳しい事は知らないが、
体の構造が変わるみたいである。

おっさん宣告の年齢なので、
「体気いつけや〜」
との事らしい。

同じ年の友人に会うと
「何か悪い事あった?」
なんてお話がでるが
みんな「なーんにもない」との事。

いまのご時世だから、
厄年も幼稚化してるのかなと思った。

国際的に見て20歳のニッポンの若者は、
二掛けで、国際的な基準の
精神年齢としての年齢は
10歳くらいのものだといわれてる。

それが若者だけでなく
社会全体に及んでいて、
何事も倍くらいの時間をかけてやってくる。 

ので、僕も41歳なのだが、
精神年齢は20歳なのかもである。
そう思うと50歳で
25歳の時の厄がくるとなる。
40歳の厄は80歳で来て
60歳の厄は120歳で来るとこうなる。

今日も春なのに寒い。
桜がちらほら咲いているのに寒い。
季節も幼稚化して実際の日程より暖かさは
昔に比べ倍ほど、遅れてくるのかなとも思った。

2009年3月24日 (火)

ニッポン!

普段はそう野球を見ないのに
WBCベースボールの
試合を食い入って見た。

プレーヤーの方々は
僕よりはるかに年下なのに
少年時代に野球を
見てた事もあってか
野球を見る自分が
小学校5年生くらいの脳になり
僕よりお兄さん達がプレーを
してるように思う。

韓国との闘いであった。

お隣である。
顔も体系もよく似ている。
政治的な事もある。
歴史的な事もある。

でも「いけ!ニッポン!」と思う。

これは、郷土愛だろう。
愛国精神を愛国心と郷土愛を一緒にすると
政治的な事がはいってきて
おかしな事になる。

郷土愛は、
高校野球なら僕の出身の兵庫県を応援してしまう。

ので、ここは郷土愛の
「日の丸!ニッポン!」なのだ。

実はこの試合を韓国料理屋さんで見た。

愛国心と郷土愛を一緒に
しながら見てた韓国の方もいて
面白かった。

結果はニッポンが勝った。

思わず、「よっしゃー!」と
声が出てガッツポーズをとった。

と、かきつつ
熱くなると僕も
そこらをごっちゃになる。

僕もベタな男の子だなーと思った。

米国から輸入されたベイスボール。
日本では「野球」と日本語に訳される。
韓国でも独自の言葉がある。
元祖のお国より強いのには
パワーではない何かがあるのだろう。

嬉しい思いだ。

次は、サッカーだ!
日本語では「蹴球(しゅうきゅう)」
あまりこの言葉メジャーではないが、
がんばっていただきたい。

にわかスポーツファンの
勝手なえらそうな願いでした。

2009年3月23日 (月)

携帯から

最近このブログの
更新の頻度が遅れる。

まとめて3日分を
書いたりしてる。

今日飯食った!
とかのご自分の情報ではなく
どちらかと言うとコラムに
近い感じを書いている。

ので、がっつり
PCの前で約一時間ほど
時間を費やして書いている。

時間のない時や
他の事で頭がいっぱいの時や
書く事のない時は、
後回しなのだ。

読んでる方は
携帯が多いと聞いた。

僕はPC中心の生活なのだが
世間の方々は携帯中心の生活が多いと聞いた。

メールが出始めた頃、
電話じゃ軽い
手紙じゃ重い
メールはその間の便利なツールだと思った。

さて携帯とPCの違いである。

携帯は、
どこでもどこからでもなので、
PCよりもっと手早く軽く。

ので、今回は
携帯で書いてみた。

携帯電話のキーボードに
慣れてない僕は
この文を書くのに
えっと
25分もかかっている。

 

今後は、
気が向いたら携帯から書いて見る事を
試してみようと思う。

どんな発見があるか。
自分でも楽しみである。

2009年3月22日 (日)

東京国際マラソン

朝から近所で騒がしい。

東京国際マラソンだ。

これはちょっと覗いてみようと
野次馬根性で観に行った。

自宅から30秒くらいの場所である。

人人人。

僕のイメージしてた
東京国際マラソンとは大きく違った。
もっとスポーツ色が大きいと
思ったのだが、そうでもなかった。
そこにはマラソンを
やろうと参加してる方もいれば
おふざけで衣装に凝って参加してる方もいる。

国際マラソンと言う名のお祭りなのだ。

お祭りムードに飲み込まれて楽しくなった。

おふざけで観に行った甲斐があった。

じゃー走ろうかと思う気になったかといえば
微妙である。
僕は実はフルマラソンにはトラウマがあった。

過去3回走っているのであるが、
全部、お仕事。
しかも途中でやめる事は許されない
速く走ってなんぼのポジションだったので
ただただつらいだけであった。

「走っていいタイムがでたから嬉しいのではなく
 嬉しいから走るのです。
 だから、走ってる間はずっと楽しい」

上岡師匠の哲学である。

師匠のように言いたいが、
僕は、嬉しいから走ろうとはまだ正直思えない。

嬉しいからマラソンとはいかんまでも
来年は、嬉しいからこの大会に
参加をしてみても面白いかもと思った。

その先に走ってみよう!と思えたら走ろう
と思った。

見に来てよかった。

2009年3月21日 (土)

老いからくるへこみ

年に一回か二回
僕に突如あらわれるえらい事がある。

とある事がきっかけでテンションが一気に下がる。。。

それが本番中に訪れた。
しかも生放送でだ。

ぜんタネという番組は
2時間のトーク番組しかも生放送だ。

自由に言いたい事を生で
トークで主義主張できる
ありがたーい番組である。

我の強い僕には
持ってこいの番組である。

番組では地上波のトーク番組のように
軽く、早く、明るくは
出来るだけ避けようと思っている。
なぜなら、CSの深夜の番組だからである。
地上波が「長い」「暗い」「重い」
と切り落とすが、めっちゃ面白い事。
ある種、ホルモンのような面白さを味わって
癖になっていただければと思ってやっている。

だが、こうやって書いたが、
そんなネタ作りは、実は、難しいのである。

それが、人におもしろさが、伝わらないと、
人にとっては
「押しつけ」「気難しい」「理屈っぽい」と、
不快になる危険性が大きい。

さて、今回、一通のお便りが来た。
それについてコメントである。

サイキック青年団が告知なしに
終わったといった話題であった。

単純にお金の問題か?
内部の揉めの問題なのか?

僕は世間と違って,
内部の揉めを出し合って
ワイドショー的な事で盛り上がるのは
避けたいと思っている。

人にとってはどうでもいい
僕の小さなプライドである。

僕は、ヒット番組が一時代を築き、終わりを迎える様
の諸行無常的な事に興味がある
お話で盛り上がりたいと思った。

ワイドショー的な
内部の揉めの問題に話がいこうとし
「僕、実は、真相知ってますねん。本番では言えませんけど」
とスタッフが言った。
「後で聞こう!」と言う方向になった。
人はそういった事が好きだ。
僕も実は、ちょっと好きなのだ。
そんな事を好きな自分が嫌いでもあるので
極端に拒絶してしまうのだ。

僕は、「なんでそんな言われへん事を楽しんで言うねん」
と、悔い下がったが、
「ま、ええやん。そんな事にこだわらなくて」

若い頃なら、「俺にとっては!」
と食い下がるのだが

心が折れた。

これは体が折れたのだ。

ちょっと、
後から説明しよう。

後からスタッフに聞いたが、「内部の揉めて的な感じ」
で、盛り上げようと言ったのではないから
こっちの思い込みの部分も大きい。

人にとっては、受け流したらいい
どうでもいい事であるが、
僕にとってはこだわりの部分であったりする。

そんな時の本番の対処であるが、
紳助さんから昔
「トークの最中、思想があわない事や
 むっとしたら次に乗り換えろ。
 そうしているうちに前の事は自然と忘れる」
と教わった事がある。
ひとつの事に執着し、
ぐずぐず止まって考えてしまう
僕にとっては、大変勉強になる
アドバイスをいただいた。

次の話題にいこうと呪文のように思っても、
体が、どうも、ついてこない。
これが、よく言う
「心折れる」といった事かと思った。

なので本番で、
一気に顔が曇るといった醜態をさらしだした。

顔が曇るのが面白いならこれから
もっと曇ってみせるのだが、
面白くないらしい(笑)

ここで、
今後曇る事もある。
迷惑をかけない為に
なぜこのようになったのか
また今後どうするのかを反省してみた。

若い頃なら、「俺にとっては!」
と食い下がるのだが、そんな体力はない。
だが、頭の中では、
「俺にとっては」と残ってるのだ。

頭は冴えているのだから、
執着しようとする。
頭では「乗り換えて」とわかっているのだが
体がなかななかついてこない。

頭も衰えると「ま、ええか、、」と、なり
我をすてれるのだが、頭は冴えている!

まとめて言うと 
頭は若いが、体は衰えてきた。

談志さんが言っていた
「これはつらいよ」といったのは、
これか!と思った。

反省としては、お仕事には、
まず、体調を整えて向かうといった事が必要だ。

後、今後も多かれ少なかれ
僕の小さなプライドが崩れる出来事は
出てくるだろう。

その時には、
やっぱ頭だ。
頭が冴えているのなら、
やっぱここは、考え方で
衰えてきた体を操るしかない。

そこは紳助さんの言われた
「はよ捨てて、次にいけ。」
なのだ。

昔は、この捨てるって言っていただいた事が
わからなかったが、
紳助さんがおっしゃられてた年齢になり
実感できた。
あの時言っていただけてありがたかった。

この事があった事も
忘れたいが、なかなか忘れられない。

よし、反省はした。

これ以上考えると
一周して自分の肯定になってくる。
こうなると、
結局、我がまま肯定である。

言われたとおり、次にいこう。

2009年3月20日 (金)

悪戦苦闘

映像編集用の新しいPCのソフトを購入。

簡単が売りのソフトなのに、
PCの前で悪戦苦闘である。

四角形ひとつ描き方がわからない。

説明書のどの部分にそれがのってるかもわからない。

けど、どこかに正解はある。

紙に鉛筆で四角形を描くのは簡単だが
PC操作一つができないので描けない。

しかも体はひとつも動かさずに
椅子に座り、指先でちょろちょろやる
何時間もかかってできない。

逆上がりなどできなくて悪戦苦闘は
体を動かすといった事なので
あきらめがつきにくい。
また出来たら体が「やったー!」と喜ぶ
この瞬間がたまらない。

僕の興味は、頭で悪戦苦闘した事は
やったー!と嬉しいかと思うかである。

出来た。

それが結果は
頭では
「なーんや。。これか。。」
と、そう喜びがこないのだ。

これがよく言うストレスかと思った。

PCのお仕事をされてる方は
椅子の前で脳ばかりを遣うので
大変だなーと思った。

なので
体で簡単に出来る事をやろうと思い
いいところで切り上げ、
ゴルフの打ちっぱなしと思ったが
ゴルフの醍醐味は「思うようにいかない」
といったM的要素の強いスポーツ。
体からもストレスをためてる場合ではないと思い
ここは目的のないジムでプール。

気持ちよかった。

頭を遣われる方は
出来るだけ外に出て、
目標のない
体を遣う事をおすすめしたい。

2009年3月19日 (木)

心配

僕は、常になにかを心配している。

例えば人にあった後
別れたとたんに、
何か失礼な事は言ったかな?
自分を大きく見せるために
大ボラふかなかったかな?
なんて心配がはしる。

道を歩いてても
今吸い込んだこの空気の中に何かの花粉症
の引き金になる成分があって急に花粉症に
なったりしないかと不安なのだ。

もっといくと、
さしずめ不安な事がないと
何だが自分が落ちつかずに
心配にってない事に心配になるといった
マニアックな心配をしてみたりする。

心配は心を配ると書いて
心配なのだ。

心配性は世間では嫌われるのだが
サービス業は心配性のほうが逆に
いいのかもとふと思った。

今日の心配は
今これを書いたこの文。
何を言いたかったか伝わったのかどうか
心配だ。

2009年3月18日 (水)

ぐだぐだ落語

昼から渋谷で
来月行われる落語のイベントの打ち合わせ。

最近落語がブームだそうだ。
おすすめの落語ベスト3を聞かれた。

僕の好きな落語ベスト3は
第三位
「粗忽長屋」
これは自分が死んだ事に気づかない自分が、
自分の死体運ぶといった不条理落語。
自己の欲の強い人間への皮肉も込められた名作。

第二位
「あくび指南」
これはあくびの稽古場に行くナンセンス落語。
人間あくびやおならなどは生理ででるもの。
それを稽古しようと言うナンセンスさが大好きなのだ。

第一位
「こんにゃく問答」
これはあるお寺に問答を仕掛けて来た坊さん。
それに対応するのは
ひょんな事からこんにゃく屋が引き受ける。
わけがわからず、対応するのだが
うまくいくといった
「生きてるだけで丸儲け」がベースとなった
落語ならではの落語。

「で、当日落語をなさいますか?」と聞かれた。
「やらせた後に、ささんかったらよかったと思いますよ」と答えた。
「そんなにひどいの逆に見たいです」といってきたので
「じゃー!やります」と答えた。
「演目は?」と聞いて来たので
「ぐだぐだ落語」と答えた。

実は、何〜んにも考えてないのである。

今からぐだぐだ落語のネタを考えよう。。。

夜はYossyと赤坂でお食事会
大阪の親方やプロダクションの方と初対面
明日早いので途中抜け。。

歳ですね。

2009年3月17日 (火)

打ち合わせ

今日は短編映画「家族と生きては見たけれど」で
エフェクトを頼んだヨシマルシン君と
打ち合わせ。

彼は映像作家、イラストレーター、
デザイナーといろんな肩書きを持っている。
僕はそういったマルチな活動をする方が大好きだ。

が、マルチな活動をするのは
合理主義の世間からは
一個の肩書きのほうが
都合がよく、
マルチは名前が売れていないと
風当たりがきついそうである。

僕も先日、飲み会で
「何やられてるんですか?」
と聞かれてタレントとしては
知名度ない程みっともないもんはない。

そう聞かれた時には
必ず芸人として職業的にぼける事にしている。
「嘘ついて生きてる」
だの
「ロボと地味に交信」
だの。
「どんな仕事なんですかー!ちゃんと答えてくださいよ」

僕にとってはあながち間違いではない。

こんな腐抜けた事を言うお仕事なのだ。

そんな話を彼と映像の為打ち合わせといいつつ
本題はそっちのけのほとんどがフリートーク。

ここが盛り上がるのが何より本題が実はうまくいくのだ。

フリートーク5時間
本題10分

うまくいく事間違いなし!

2009年3月16日 (月)

なんでやねん

やっぱ大阪人は変である。

今日お昼はぽっかぽかの天気だったので
大阪から出て来ていたデイレクターに会った。

あうなり
「お前色黒なったな。肝臓悪いんか?」
いきなりの土足である。

「やせたんちゃう?癌か?」
土足にドロもつけてくるのだ。

また、
「お前いくつになったん?」
「えーっと、41ですね。」
「うっそ!俺お前の頃は45やったわ。」

なんでしょう?
この会話。
でも関西出身の僕には
なんとなくこの意味がわかる。

もう会話の語尾には
「なんでやねん」の連続なのだ。

梅原猛さんが
奈良時代に神道しかなかったこの國で
他国から仏教がはいってきてうけいれた。
神仏習合なんてのも関西発信ですよ。
「なんでやねん信仰」です。
と書いていた。

まさしく
なんでやねんは、
英語のWHYではない。
WHYの問いには答えがいるからだ。
標準語の「なんで」も違う。
これにも答えがいる。
「なんでやねん」は、答えを求めていない。
受け入れた上で、
笑いながら言う言葉である。

デイレクターがしきりに
「お前先輩たてろ!たてろ!」
といっていたが、会計はきっちり請求してきた。
これも「なんでやねん」
僕も「なんでやねん返し」をしてやった。
「おごってくださいよ。先輩たてますよ。。。」
向こうも、
「なんでやねん。調子ええときだけ後輩になりよんなー
 今度、10倍にして返してもらお!」
僕も思わず
「なんでやねんな」

「なんでやねん」
これは「もったいない」
に続く、世界の平和にする為の
言葉だと思った。

2009年3月15日 (日)

キャンセル

「今日、この後
 中川家の単独ライブに
 さんまさんがシークレットで
 ゲストでこられますよ」

今日もルミネ出番であった。

出番が終わり帰ろうとした時に支配人から
言われた台詞なのだ。

中川家から直接
ネタ合わせの様子を礼二がやるさんまさんの
物まねつきで贅沢にも聞けた。

ゲスト出演を洒落でお願いしたら
洒落で引き受けていただけたそうだ。
極秘なら出るで。
後、DVD収録とかは嫌や
と、あくまで洒落が中心にあって引き受けるといった
なんとも品格のある粋な方だ。

しかもネタもさんまさんが
考えるといった豪華得点付きだったそうだ。
その上ネタ合わせまでやっていただいたそうだ。

ネタ合わせの様子は
聞いてるだけではらはらドキドキであった。

始めに流れをいってから口伝えでアドリブでやっていく。
「ここで、お前が悪く言う。。」
と急にふられ
「え。。。」
って言うと
「なかったら、ええわ。ほんでやな。」
とバッサリ切り捨てられ
緊張の度合いがピークになるそうだ。
「川柳3つ当日までに考えといてや」
と宿題をだされる。

煙草を一服吸ってから
「もう一回練習しよか。。」
あんなに真剣なさんまさんを見たのは中川家は初めてなそうだ。
テレビ出演と漫才出演の取り組み方が全然違うと言うのだ。
ネタ合わせが終わったら
「本番、急にネタ変えるかもしれんで」
といわれ、またもやドッキドキ。

お兄ちゃんなんか、呪文のように
「川柳3つや。。川柳3つ」
とつぶやいていた。

思わず僕も「川柳か。。」
と呪いにかかり、
この後、後輩に誘われた飲み会なんぞはあっさりキャンセル。

単独ライブをスタッフ席から見せていただいた。

で、後半にゲストのさんまさんが登場!
裏でいってた感じのネタをやられてた。
それが見事にパプニングぽく見え
掛け合う感じになっていた。

お兄ちゃんの川柳もうまい具合にきまった。

さすがは笑いの化身さんまさん。

僕はスタッフ席で
あせびっちょりでぐったり安堵感につつまれた。

2009年3月14日 (土)

洗脳されたネタ

今日はルミネ劇場出番。
ひさびさ西洋風の
スタンダップコメデイーをやった。
出番表には「漫談」と書かれていたが、
僕は、あえてスタンダップなのだ。

出番が終わり
楽屋でジャリズムの山下君が
「兄さん何やりましたん?」
「スタンダップ」
って言うと「ひとり喋りってうけます?」との事。

去年山下君はR-1に喋りで出場したそうだ。
結果は一回戦負け。
今年は心折れて出場しなかったそうな。
R-1に出場し負けまでの
心の描写を話してくれたのが
なんとも面白かった。

結果発表を家のパソコンで
見たとき名前がのってなく
思わず「わー!!」と口に出した。

結果を他人から聞かれたら
「落ちたがな!」と
ちょっと切れ気味、
かといってえらそうにならずに言う。

など、人間の業と
照れの部分が入り交じった
大人の心理的あるあるなのだ。

「来年その話でいったら?」
と失礼にも、言ったら
「こんなんネタってとってくれないでしょ。
 ネタをせんと。。。」

ネタか。。。。

僕にとっては山下君のお話も
十分面白いリアルなネタなのだ。

しらじらしい話やしらじらしいキャラや
システムに、
はまったボケツッコミをネタっていうなら、
これも遥かにリアルで面白い。

人々はあまりにも、落ちなどのある
「ネタ」といった事に洗脳されているのである。

笑かすシステムにはまらない
落ちもない。
なんらな笑い声もないのに
それでも、面白い。
この面白さをどう説明のつけようか。。。

そこが新しい笑いだと思うのだ。

いつか近い将来
そんな話が花盛りになるだろう。

それを僕はスタンダップとよんでいる。
日本語では単なる「立ち話」って意味なのだ。

そもそも漫才も小太鼓に小拍子の「万歳」
から2人のなんなる立ち話といわれた「漫才」
にしたのは、エンタツアチャコさんだ。


2009年3月13日 (金)

リアルアラフォー

今日、リアルアラフォーの
女性軍と飲み会があった。
ちょこと参加させていただいた。
僕自身アラフォーなのだが、
なかなかこのような飲み会はない。

バツイチふたりにシングルひとり。
よく喋りよく飲む。
話の中身はボヤキ、愚痴、
下ねたこの3部構成なのだ。

中でも下方面のお話だが
僕に何をやってもいいと言うなら何をしたい?
と言うと、腕を組み、即答。
一人は「顔ふんずけたい!」
もう一人は「縛って放置させたい」
もう一人は「女装をさせていたぶりたい」

嫌いか?と聞くと、
嫌いだったらしない
それが快楽なんだそうだ。
「どこが気持ちええねん!」と
思わず男性軍はつっこんだが
女性の意見は全部一致で、
僕は理屈でくるから
そこを上からふんずけて
いじめて快感をえたいそうである。

ドラマで見るような
アラフォーはぬるい。

社会が悪い、男が悪い
日本が悪いなんてニュースで主張する
オーバーフォーテイーの女性
あんなのはもう古いのだ。

今、都会で生き抜くシングルの
リアルアラフォーは
歴史上なかった生き方をする
新種の女性の姿だと思った。

我々が若い頃言われた「新人類」は
今からあてはまる言葉である。


2009年3月12日 (木)

まじっすか??

「ゴルフしますよ」と
師匠からお電話をいただいて
夜中から車を飛ばして
滋賀県のゴルフ場まで行った。

「最近上岡さんって何されてるんですか?」
と年がら年中聞かれる僕。

リタイア人生を謳歌されているのだが、
最近のもっぱらの口癖は
「いつ死んでもええわ。
 ただし痛いのと苦しむのは嫌」

ゴルフの合間の昼食でも
ヘルシー弁当を食べながら
「いつ死んでもええわ!」と
健康に気を使う師匠。

パットが、うまくはいらず
「いつ死んでもええわ!」と
慎重にゴルフをする師匠。

ウーロン茶を賭け
「いつ死んでもええわ」と
僕から大人げなく
山のようなウーロン茶を
せしめる師匠。

「そんな方に限って長生きするんですよ。」

って言うと、「嫌、嫌や。。」
といいながら、次のゴルフの日程を決める。

ゴルフの帰り
僕がとんぼ返りで東京に車で帰ると言うと
「名神で居眠りして事故しなや。痛いで〜」と
笑いながらブラックな笑いで帰っていく。

僕はまだまだ若いのでそのギャグには笑えない。。。

たまに師匠に会うと
40の僕も18歳の頃の
ういういしかった弟子に戻れる。。

2009年3月11日 (水)

まいった!

本を読んだ

僕は本を読み終わってひさびさに
「まいった!」と叫んだ。

「一人の男が飛行機から飛び降りる」
バリー ユアグローの短編小説集である。

家には知人から
いただいても
時間の関係などで
読んでない本がゴロゴロしている。

部屋の片付けがきっかけで
再会したこの本。

夢のカタログである。
本来夢でしか成立しない事を
こちらの世界に持ち帰り
文章化する事に成功した貴重な本だ。

「私は父親を瓶の中に入れて飼っている」

「賭けをした男が牛の体内にもぐりこむ」
と言う書き出し。。。

少ないビーフジャーキーを
もったいなくちびちにかじるように
読んだ。。

バリー ユアグローさんとは会った事ないが、
会えば、合う方だと思う。

第二次世界大戦と宗教関係のお話以外はだが。。。

今一番酒を飲んでアホ話を一番したい方である。

2009年3月10日 (火)

冗談にも

ジムで初めて
走らないペダルをこぐだけのをやった。

自転車にはテレビがついていて、
ヘッドホンをしながら見れ、
トレーニングできる。

前のモニターのテレビで、
東京駅で乗り降りする人々の
振動をエネルギー利用する研究が進んでいる
というような真面目なニュースをやっていた。
まるでコントのシチュエーションのような研究である。
ちらっと見ただけだからよくわからないが、
その研究は「そんなあほな」とツッコミをいれられてるだろう。

冗談は、いつの日か現実になる。
テレビモニターの中に映る自分と
漫才を始めたときもそう思ったし、
ロボットとコントをやったときにもそう思った。
自分は意味あって面白がってるけど
世の中的には、あまりにも無意味。
でもそれが現実になってしまうと、
冗談はどこに消えたのかと思うのである。
漫画の世界などでも
もしもの世界があったりする。
SF小説の中にも
芸人のコントの設定の中にもあったりする。

でもそのボケのような研究が一つ
現実の中に溶けて消えていくのかもしれないと思った。

僕の走らない自転車をこいでるエネルギーも
どこかに溜まって
なーんか有効利用なってたらと冗談にも思った。

2009年3月 9日 (月)

どっちが面白い?

「S-1バトル」というのをご存知だろうか?
ソフトバンクとよしもとが主催で
行っている携帯電話上の
おもしろ映像バトルである。

M-1やR-1やキングオブコントに次いで
携帯電話上の映像版のお笑いの大会なのだ。

僕も今月実はエントリーさせていただいている。

この大会の面白いところは、
その1
毎月一位になったら一千万円貰え
年間の一位には一億円といった
破格の賞金が貰えるといったところ。
その2
3分以内の映像といったところ。
その3
審査員がお客さんのみで
「どっちが面白い」の形式であるといったところ。
大きくは、この3つの面白みがある。

一億円とは、またえらい額である。
「こんなのが一億円かよ」と、
単に額の多さに妬む人間が出る事だろう。
他人が獲得したら自分も思うと思うと嫌だ。

3分以内の映像といったところ。
これは僕にとっては、なんともありがたい。
舞台での生のお笑いは、笑いの体力がいる。
特に瞬発力だ。これには若さがいる。
が、映像の場合は、持久力と頭もいる
ある種の総合力なのだ。
年がいくにつれ瞬発力が
足りなくなっていく僕には、
編集といった技で補えるのでありがたい。

さ、肝心の審査であるが、
「どっちが面白かったか」といった
二者選択のボタンの数で決めるそうだ。
見る側に判断をすべてまかすといった観客賞形式。
その前に応募した中から
事務局が40組選ぶそうである。
人に言わせると
まずここがいろんな意味で難関らしいが

僕も携帯で映像を見た。
携帯の画面で面白映像の闘い。
2本送られてきて
「どっちが面白いか?」と、ボタンを押す。
M-1なら客席の空気や笑い声もあって
判断もしやすいが、
見る側はまったくの個人。
見る空気作りは見る側にまかせる。
笑い声もなく、
まったく個人で
携帯の画面で2本見て
どっちが面白い?
「どっちもつまんねーよ」の
気分になる要素が大きい。
この中でどれが面白いか?
ではなくどっちが面白い?
二者選択なのだ。
「どっちが面白い?」と見る行為が
なんともお仕事っぽくなるのである。
面白い面白くないの判断は感覚的である。
それを頭で瞬時に結果をだして
二者選択は大変だろうなーと思う。
なんせ、仕事でもなんでも決断の連続の中
お笑いを見るのにも、決断を迫られる。

ソフトバンク側は
ビジネスが成り立ってこそのS-1だろうから、
パケ放題なり加入者がこれで増えて儲かる事を
見越してなのかなんなのか.
そりゃそうだろう。

商売見え見えです!

そんな賞金貰うの反対です!

ルールが不透明です!
の声も上がってるらしいが、
このあたりは、
ま、いいか。。。

楽しんでやろう。

これは見てる方々に
ご苦労をかけるだろうと思う。

ご苦労様です。

 

2009年3月 8日 (日)

ストレスって?

朝起きて体調チェック。
まだ体がだる〜い。

若い頃なら一日寝たら治ったのだが
40にもなるとそうはいかない。

これは、ちょっとストレスも
あるのかなと思った。

体調を崩したりしたとき
ストレスと言ったよくわからない事が少しわかる。
でも健康な時には、なかなかわからない。

僕は何事も大真面目に考え過ぎて、
仕事や人間関係で本当に疲れるタイプである。

ストレスなのかどうかはわからないが、
とにかく神経的には疲れるのだ。

 歳をとると多少図々しくなるのか、
あるいは鈍くなるのか、あまり大真面目には考えないようになる
経験からか、とにかく目の前の事さえやっていれば何とかなる、
ならなければしょうがないか。。。
と思うようにしているのだが。

病気とか体調不良の多くは
ストレスが原因らしい。
もちろん伝染病とか、
中毒といったはっきり原因のあるものは別だが、
それにしてもストレスのあるなしで、
その病気にかかったりかからなかったりする。

今回の僕の体調不良は、
目の前に迫ったとある仕事の
イライラから来たのかな?
と思った。

病は気からいうのは実感するが、
何とかなる、
ならなければしょうがないか。。。

まずは、体の病を直そう。

2009年3月 7日 (土)

ヒヨワな自分

今日、朝起きたら
風邪なのか、なんなのか、体が、おかしい。

熱とむかむかなのだ。

普段から平熱が低い僕は
37℃を超えただけでおおごとになる。
おそらく昨日の夜更かしが
引き金にはなっているのだろう。
が、実は、その前の楽屋で
薄着でいたのがそもそもの引き金なのか?
3日前に雪が降ったときの
薄着と行動がそもそもの引き金なのか?
引き金のそもそもの原因は
考えれば考えるほど浮かんでくる。

おそらくいろんな事が重なって
発情した熱なのだ。

社会でもいろんな病的な現象がある。
不登校やニートやPTSDなんてのも、
何が引き金になったのか?
原因はひとつではないだろう。
が、おおまかに言うと、
公より個のほうが大事になると、
甘えもでてきて個人のわがままが横行する。

そう思うと、
個の行動をよくとってる
僕はニートや不登校の自己主張ならぬ
「ヒヨワな自分」が
自分の体の中で
すぐに馴れ馴れしく幅を利かしてきての熱。

2009年3月 6日 (金)

往生際が悪い

今日は一人噺の会。
そこに後輩芸人が見学に来たいと言うのだ。

その後輩芸人とは
Z-1といって僕の主催したお笑いの賞レースで
Z-1賞を獲得した芸人なのだ。

このZ-1と言うのは観客賞と
Z-1賞という2つの賞を設けている。

Z-1賞を選ぶのは、僕。
選ぶ基準は、
世間の方からは無視されても
ぜんじろうさんならわかっていただけるかな?
といった匂いのぷんぷんした芸人に贈る事にしている。

選んだ通り
「ネタができました。見てください」
とメールをいただき、
本番の一時間前に会場の隣の喫茶店で
このネタは〜と話が長い。
僕の公演が一時間後にあるのに。。。
このあたりの空気の読めてなさも
僕と似通った奴らなのだ。

彼らは若いだけあって
自分が自分がの。
人一倍認めてほしい側の人間なのだ。

よし、もうこうなったら
僕のライブでお客さんにネタを見ていただくしかない。

僕の本番考えていたネタはおいといて
ネタを披露させてあげた。

結果は、
「Z-1返して。。。」

「兄さん。。。違うんです。。。」

また、言い訳を
夜、聞くはめになった。

Z-1賞はこんな往生際の悪い僕のような
奴が獲得する賞なのだ。

2009年3月 4日 (水)

俄って知ってるか?

楽屋にて桂楽珍さんが真剣に本を読んでいた。
風俗の雑誌ではなく、俄(にわか)と言う
司馬遼太郎さんの書かれた本である。

「兄さん。何読んでますの?」

って聞くと

「俄(にわか)って本知ってる?
 さんま兄さんが、なんかあったら愛読されてる本やねんて
 今下巻を読んでるけど、おもろいねん。
 さんま兄さんが将来映画にしたいって言うてはる
 作品みたいやで」

早速、紀伊国屋に行き
本を買い楽屋や喫茶店そして家で読みふける。

物語の主人公の名前が、明石万吉といった男である。
時代は、江戸末期から幕末維新。
播州藩にたのまれ
西大坂を警備する侍大将を引き受ける。
おのれの勘と才覚を頼りに
たくましく生き抜いた男の浮沈を描いた作品。
と、裏表紙の説明をまるまる写し書きさせてもらったが、
主人公の名前の明石といいさんまさんとは
シンクロニシテイーな作品だけに
今頭の中で映像がよぎりながら本を読んでいる。。

タイトルの俄(にわか)とは、
江戸時代から明治時代にかけて、
宴席や路上などで行われた即興の芝居の事。
「にわか」に始まるとこから語源はあるらしい。

司馬さんの本をひさびさに読んだ。

痛快である。

2009年3月 3日 (火)

季節の遅刻

今日、舞台と舞台の合間に
高円寺の整骨院に行った。
肩と腰を見ていただいた。
仰向けになり
先生に手でぐりんぐりんしていただいた。

目を半目に上を向いていた。
そこで先生が常連の患者さんと
会話をされていた。

「今日、雪だね。
 最近季節がどうも遅刻してくるね。 一ヶ月ほど」

なるほど、季節が、遅刻か。。

季節の遅刻。

弟子時代に「芸人は遅刻した時こそ笑かせ」
なんて師匠から教わった。
「向かい風やったんです」と
言い訳をしクリアーになった事がある。

季節はどんな遅刻の言い訳で
納得させてくれるのだろう?

そんな事を思いながら
雪の降る空を帰りに眺めた。。。

面白い言い訳やったらええのにと願った。

2009年3月 2日 (月)

おくりびと

連日「おくりびと」の話題で持ち切りである。

獲得したとあって、映画も大入り満員だそうだ。

だが、僕は、まだ見ていない。
見ていないが、今回は映画の感想を書こうと思う。
失礼ながら妄想での感想だ。

アカデミーを獲得したと聞いてから見たのでは
スクリーンの前にどうも、外人が居座るのだ。
ここのシーン外人には、わかったんかな?
ここのシーン外人は、泣くんかな?
モックンが、ハリウッドから
オファーきたら何にでるんやろ?
広末涼子はチャーリーエンジェルとかに
でるんやろか?
なんて雑音がいっぱいだ。
で、見終わってから、
やっぱええもんは、世界共通やな。
後、日本もサムライとか以外に
ようやく認めてきよったな!
なんて思うものだ。

お客さんも米国のアカデミーには弱いもんだ。
ロシアのロカルノなんちゃら賞受賞では
こんなに話題にも満員にならない。
そんなアカデミー獲得作品後の
おくりびとを観ようと映画館の前の並んでる人を
僕は、見送る、おくりびとであった。

このブームが去ってから観ようと思う。

2009年3月 1日 (日)

ありがとう

飯島愛ちゃんのお別れ会があった。
僕はそこにはいけなかったが
夜にニュースでその模様を見て物思った。

愛ちゃんとの思い出は実は僕にもいろいろある。
東京のバラエテイーに出演した時期が同じくらいなのだ。

中でも個人的に印象的だった彼女との思い出は
その昔、中目黒のカラオケ屋で
別の部屋で歌ってた僕をみつけ
わざわざ顔をだしてくれ
「何!男ばっかで寂しくカラオケやってんの?」
とつっこんでくてた。
それで十分嬉しかったが
後日、テレビ放送で、
「中目黒のカラオケでぜんじろうさんうろうろしてるよ。」
と名前をふっとだしてくれのだ。
その時くらいから、僕はメデイアから遠ざかっていたのである。
僕は彼女のやさしさを感じたのだった。

その後も、
何かでちょっとあったら、
「ぜんちん!」と来てくれ、必ず話が弾む。
僕の弱さをきちんと知ってくれてて
「ぱーっといこうよ」と言ってくれていた。

普段、僕がへこむたびに、
どこからか、彼女の声がいつもしていた。
「ぜんちん!何へこんでんだよ!ぱーっといきなよ!」

まだ彼女がこの世から去った
実感はないが、現実はあちらの世にいかれたのだ。

紳助さんもおっしゃっていたが、
いずれ我々も遠かれ早かれいずれ行くのである。

あちらの世界で
何も束縛されずに平安に暮らしていただきたい。

愛ちゃんの笑顔の記憶に照らされながら
僕はまだまだこの世で生きていきます。

愛ちゃん
おつかれさまでした。
ありがとう。
さようなら。

ご冥福をお祈りいたします。

2009年2月28日 (土)

所詮探し

キム兄と久々楽屋でお会いした。

キム兄は僕に接してくれる時は非常に
やさしくかつユーモラスな会話を静かにしていただける。

今日は
「過去にへこんだ出来事はどこにもっていくのか?」
ってのがテーマであった。

キム兄曰く
何事も「所詮」って思う事にしてるのであるという。

本来、所詮は、「所詮あいつは、、」と
悪く使われがちであるが
自分に降り掛かるマイナスの
出来事について「所詮」なんだそうだ。
キム兄はもっと言うと、
自分の事はすべて「所詮」と日々思っているらしい。

自我の強い僕にはなかなか
自分の事を所詮とは思えない。
「自分探し」ではなく「所詮探し」なのだ。

お坊さんですね
って言うと
「憧れやな」とおっしゃっていた。

キム兄は僕にとってはお坊さんに近いまさしく
兄貴的存在の方である。

2009年2月27日 (金)

マイナス思考の行く先

マイナス思考の後輩がいる。
食事を食べにいった際に
例えば
「店長お奨めの一品」
って書いてたら
店長以外は全員反対してるかもしれませんよね。
「今日のおすすめ」
って書いてたら
今日残ったからすすめとけかもしれないじゃないですか!
「当店で一番人気」 
って書いてたら
あほに指示されてるって事ですよ。
なんて言う奴がいる。

僕もよく似たところがある。
ので彼とは、馬が会う。
僕も何かとマイナス思考なのである。

「カロリー控えめ」なんてのっていても
農薬は増量であったり、
新鮮度は薄かったりするんちゃうやろな。
もっといったら、カロリー控えてて健康になった瞬間
事故したらカロリーって何やったんや!って事になるで
と,マイナス思考の最後は、死まで辿り着く。
ここまで、粉々になるなで
マイナスに考えたところで、
で、結局何を注文するか?
何でもオッケイになるのである。
なると、
結局は店長のおすすめであったり
カロリー控えめにしてくれてるもん頼もう!となる。

粉々になるまで最悪の事を想定してるもんだから
それでまずくても、何があっても
しゃーない。それでいいのだー!って事になる。

結局、後輩も僕も
そんな入り口はマイナスでも
出口はきっちりプラスなのである。

世の中でマイナス思考やプラス思考っていってる
のは、入り口の問題で、肝心なのは出口である。

2009年2月26日 (木)

なんやったかな

三日に一回は思い出す事がある。
たわいもない事なのだが、
小学校の高学年くらいのときに
近所の映画館に目的の映画を観に行った時
二本立ての一本の映画のワンシーン。

お風呂の中で巨人軍の二軍の選手が
歌ってるシーンに子供ながら映画館で
涙したシーンがある。

なぜ、二軍なのか?
なぜ、歌ったのか?
物語はどんなものだったか?

30年経った今でも三日に一回は思い出す。

初めて感動した映画の話題で
この話を持ち出すと、
あまりにもの情報の少なさに
無視される事も何十回と経験なのだ。

今日も思い出した。

2009年2月25日 (水)

平和だなー

ルミネでコント。

合間に後輩達とお食事に。
舞台でよく「僧侶」や「お墓」
など宗教ネタが多い後輩芸人と一緒であった。
なぜ、そんな宗教ネタをするのか訳を聞いたら
「母親が特定の宗教団体にはいってて
 見てて滑稽でしたので」との事。
母親がどんなに滑稽なのかは見てないが、
彼のやるネタは、芸人の中でも滑稽である。
母親も息子の滑稽ネタがうまくいくように
滑稽にも祈ってるだろう。

その後、トークナンバーワンの打ち上げに。

おいおい教の教祖と言う
宗教のパロデイーをする
ワハハ本舗の芸人とお話する。

彼は普段から全身裸に白塗りをして
「オイオイ!」といいながらのぼりを立てて歩いている。

以前、そんな格好で生活してたら不憫はないか?と
聞くと「幾度か、、、」と苦労話を聞いて大変だなーと思った。

が、今回は小洒落た私服であった。
「がっかりやで」と言うと教祖は
「すいません。今日は別件があったので」と平謝り。

このような事で笑かしてるとは不謹慎な!
とのお叱りの声もないらしい。
笑ってるのは、お客さんである。

本当に平和なんだなー
この国は、いいなーと感じる。

2009年2月24日 (火)

part2の魅力

3月5日に行うトーク道場「一人噺」の打ち合わせがあった。

次回のテーマは「ひとり遊び part,2」なのだ。

part 2なんていうのは
part 1があたってこそ
望まれてやるもんだが
あたってもなけりゃ〜
望まれてもないのにやる。

映画によくpart 2は存在する。
ロッキー2
ターミネーター2
レッドクリフ 2
バックトウーザフューチャー2
part 1を見てたらなおさら面白かったり
part 1が当たった事でpart 2が
グレードアップされてたりするのだが、
中でも「ベイブ2」は、変であった。
中身が全然変わっていて、
内容も全然変わっていた。
part1を見てなくてもよかったし
グレードもアップされてない。
けど、面白かった。
はっきりいって豚ちゃんがでてる事で
part 2っていってるだけであった。

よくpart2もんはこけると言われているが
僕はそんな心配はない。
そもそも僕のライブはそもそも立っていない。
転んでいる。
ので、こけようがないのが利点なのだ。
前の反省点があるとするなら
体調を整えるだけ〜。
話したい分だけ話す予定。
いろいろ書いたが、単に、やりたいから
part2をやるのである。

ベイブ2より変な感じである。

お時間ある方は是非!

「ぜんじろうの一人噺 Vol 29 〜ひとり遊び Vol,2〜」
日時:2009年3月5日(木)+今回は木曜日です。
開場18:30/開演19:00( 約1時間 )
料金:2,000円(1ドリンクとプレゼント付 )
★開場の一時間前より受付にて整理券の配付開始
出演: ぜんじろう
場所 渋谷アップリンクファクトリ〜
問い合わせ:uplink factory03-6825-5502

2009年2月23日 (月)

上半身のおつきあい

何ヶ月に一回プラーベートで
トークのみ落ち合う方がいる。
しかもファミレスといった場所で
漫画家のタナカカツキさんである。

この方とはもうかれこれ
7年くらいの付き合いになるだろうか?
会ってはトークをする。

もし僕が女なら確実にやられているだろう。
そして体に飽きられて、ポイなんてされて
二度と会わないなんて事になってただろう。

が、そこは男同士の仲。
下半身を絡めないだけあって
上半身のおつきあい。
下半身を絡めない愛は
長く続くもんである。

カツキさんはたぐいまれなる才能がある。
「新しいバカドリル」や
超高画質ブルーレイ「ALTOVISION」の
新しい作品を見るたびにうきうきする。
才能ある方と会って話すと6時間は一緒にいる。
お互いの近況報告を話し合い、ボヤキ合い、
最後は僕の芸風の風向きまで調節をしてくださる
まさしく東京の親父なのだ。

カツキさんは僕の
「リアル」な心境の話が大好きだ。
華やかな芸能界に不向きな
地味な僕が、いばらの道とわかっていながら
芸能界に挑み、へこみ、悩み、しょげる。。。
そこが、かわいいといってくださるのである。

僕はその「かわいさ」のエキスが
なんなのか自分ではわからない。
わかってやるとこれはかわいさがなくなる。
世間がみんなカツキ化すればいいのに、、、
なんていつも思う。

「ぜんじろう君のリアルな話を絵本にしようや!
 おもろいやん。大人の絵本。挿絵書くで」

いってくださるだけでありがたい。
そういっていただけるのは今んとこ
東京の親父、カツキ親父だけである。

今日は7時間いた。

2009年2月22日 (日)

畑仕事

体は畑仕事だなーとつくづく思う。
ジムに通いはじめて
もう10年以上になる。

いつも行く前がすごく億劫だ。
でも行ってみると行く前の億劫だったのが
嘘のようにトレーニングが快適で、
気分がそちらの方に前向きになり、
体が前向きになってみて
ジム帰りには、
頭で考えてこんがらがってた事が
クリアーになる。

人間の頭でたてる予定
なんていいかげんなものだといつも痛感する。

ジムの会員になるということは、
そこに軽い強制力が働くもので、
そう休むわけにはいかないという思いも発生する。
休むと体の方が行きたくなる感じになってくる。
それに何日かあくと体が固くなり、
次のトレーニングのとき筋肉が痛い。
ある程度規則正しく通ってこその
トレーニングで、体調も乗ってくる。

改めてジムで下半身のマシーンを
カチャカチャやってると
何だか畑仕事みたいなのだ。

畑にあれこれ
手を入れてないと野菜も育たないし、
すぐに草ぼうぼうの荒野になる。
若い頃なら体ならぬ、
土がしっかりしてるので、
草をむしって手入れをすると
みるみる回復してたが、
歳をとるうちに体ならぬ、
土も枯れてきてすぐに、
畑がだめになる。

体って畑だ。

と思っていたら
トレーナーの方が畑さんであった。

ちゃんちゃん。。。

2009年2月21日 (土)

失格

「ぜんタネ」の放送が終わるのが
夜中の二時である。

トークを二時間終えた後、
そこから楽屋で弁当とお酒を
飲みながらまたトークが展開される。

これを我々は「裏ぜんタネ」と言っている。
トークのアフターなのだ。
どんなけトークが好きやねんってな話だ。

そこの話は、だいたいが、下の話になる。
夜中二時からのテーマとしては正常な方向である。

今回のテーマは変態について。
これもまた正常な方向である。

性に基本や常識はない。

さてここで問題なのが、
何を持って変態なのか?である。
わかりやすいのが多数決である。
自分のやってる事は正常と思っても
多数決で少ないとその場では異常なのだ。

「これはオッケイ?」
と出し合った。。。
ここでは書けないお話である。

「この話いけるで!」
とプロデューサーが突然言い放った。

これを携帯小説にしよう!と言うお話で盛り上がる。
これは得意ですわ!と僕も
乗る気になっていた矢先である。

ただ、女子に興味がいかないといけないと
携帯小説は人気がでない。。と言うお話になる。

女子の興味ある事がわかっていれば
僕はもっと人気あるはずだし
もっとモテモテなのであるが、
この様だ。
「女子って何が気に入るんやろ??」
ええ年こいたおっさん連中が
女子に気に入られるために
「変態」の話を持ち出す。

この時点で4時である。
これ自体が女子には失格だ(笑)

2009年2月20日 (金)

毒舌?

「ぜんじろうさん!いつもの毒舌よろしく!」
とコメントを頼まれた。

僕って他人からすると
いつも毒舌をはいてるように映ってるんだと思った。

自分では「やさしさ」「いたわり」が
売りだと思っていたのだが(うそ)
僕が意識しないで笑かそうと思い話す中身には
知らず知らず毒がまじってるのだろう。
僕にとっては天然の毒なのだ。

なので意識せずに普段通りコメントすれば
天然の毒も混じるだろうと思いコメントするが
いまいちパッとした毒がでてない感じなのだ。
僕にとっては天然もんなんで
自分では何が毒かわからないからやりようがない。

そもそも毒舌って何だろう???

そんな事が頭をよぎったが、
そうもえっちらおっちらしてられずに
毒舌とやらを誇張し
「あほか!シネ!」的な発言を目をひんむいてやったら
オッケイが出た。

毒ってこれなのか?

終わりにメイクさんに
「僕って毒あります?」
と聞くと、
眉間のシワと顔の作りが
毒を言って似合う顔だと言われた。。。

なるほど、
でも今回はあえて吐いた
養殖の毒だった。

これからは、あまり毒といったものに
こだわらずに、今までの通り
「やさしさ」「いたわり」だと思い
話した先に毒といった天然もんが
効いてる感じにしよう。
自分に言い聞かす
が、
毒舌って何だろう???

2009年2月19日 (木)

先輩からの道しるべ

「40代、どうでした?と尋ねてくれたよね。」
とメールが届いた。

嘉門さんの誕生パーテイーの時に
ひさびさお会いさせていただいた
がっしゃんに僕がちょっと聞ききした
事についてのメールであった。

がっしゃんは、
大阪時代からお世話になっていて 
嘉門さんと同じくヤングタウンのラジオを
共にさせていただいた
現在50歳になる先輩だ。
構成作家、脚本家、ミュージシャン、役者
と、ジャンルを問わずに活躍されてる方だ。

メールには

「20代の思いは,40代ではなかなか理想通りに
 うまくいきませんが,50,60代にはきっと花開きます」
「50代くらいから本当に自分らしい
 建築をつくり始める時,いいスタートを切れるかどうか,
 あるいは若い頃に掲げた理想を持ち続けられるかは,
 20代30代の頃の興味のもち方と
 力の蓄え方にかかっているのではないかと思います」
安藤忠雄さんの言葉です。
ボクはこれを信じて、40代を乗り切って来た。
何かの力になればと思います。

とメールをいただいた。

がっしゃんのお言葉はいつも心の励みになる。
僕の道しるべをしてくださる先輩だ。

僕もそんな事が引き継げる先輩になっていけるように
地に足つけて一歩一歩歩いていこうと思った。

2009年2月18日 (水)

睡眠学習

最近、どうも眠りが浅い。

おっさんとしては普通な事だ。

かといって、起きてようと
言う体力は、ない。

こんな時は無理に眠らず、
無理に起きずに、
ベットで目だけつぶって
脳内で遊ぶ事にしている。

最近凝ってるのが、
記憶を呼び起こそうゲーム。

ルールは簡単。
目をつぶって
過去の記憶をどんどん呼び起こすのである。

今日は六年生の時の思い出。

思い出した中身の大きな出来事は、
「睡眠学習枕」

眠りながら学習できると言った
非常にうさんくさい枕であった。
中学校を私学にいかせたかった親は
小学生の僕に3万円もする
この枕を買ってくれた。
広告に載っていた
「中間テストの成績が上がりました」
に、まんまと僕は、騙された。。。

この枕には、再生ボタンだけがついていて
カセットに覚えたい単語なり項目を
別の機材で録音し
怪しい音楽のテープを聞いてから
自分のどうしよもない
しゃがれた声で「いい国つくろう源頼朝」なんて
録音したテープと取り替えて再生しながら寝る
といったややこしい枕であった。
考えたらほとんど自給自足。
普通に起きて勉強したほうが早いのだ。
その上枕が堅いのだ。
枕としての機能性も悪い。
ので、このややこしい
機械を録音するわけでもなく
枕にするわけでもなく
単なる物体になっていた。

後、「ノーベルバンド」という
つけただけで頭が
よくなると言うものを買った。
これはもっとうさんくさく
額にアイスノンみたいなものを
ペタンと貼るだけ。。
また汗が出てきてすぐあせもがでる。

一度親父が夜にテレビ見ながら
こそっと装着してるのには笑った。

できるだけ楽をして
効果を得ようとした事が逆にしんどい
思いをするのは、僕の昔からの性分のようだ。

 

2009年2月17日 (火)

テンてこ???

今日友人と渋谷で待ち合わせ。
なかなか現場にあらわれない。
30分ほどまってたら電話が鳴った。

「今、仕事で、てんてこ舞い」だと言うのだ。

確かに、声は舞い上がってるような
一オクターブ高い感じの声であった。
「また今度にしようか」
と、電話を切った後、
「てんてこ」って????
と、頭をよぎった。
なんだろう?

「てんてこ」

言葉は知っているのに
実体を知らないもの
「あすなろ」
「まほろば」
「たまゆら」
「がらがらぽん」

なんだろう???
頭の中でその文字から連想する
歪な生き物が頭に住んでいる。

2009年2月16日 (月)

世間様とおいら様

面白ろムービーの撮影。

考えたらもうこんな仕事を初めて20数年がたつ。
大阪のミナミのジャンボトロンに
ボケ映像を写しにつっこむとか、
こんな事を今までは発注があってから
商品を作る事が多かったのだが、
今回のはひとりフジテレビ。
発注するのはおいら。
作るのもおいら。

さ、ここで問題が勃発。

見せるのは世間様になのだが、
最終チェックは
今まではデイレクターであったが、
今回は、おいらなのだ。

おいらがおいらの顔色を伺っていかないといけない。
何の顔色を伺うのかは、おいらの魂に顔色を伺うのだ。

不思議なもんで、おいらの魂は、
長年デイレクター様のお伺いを
たてつづけてたせいか、
ちっちゃく退化してる事に気づいた。

また世間様のお伺いもデイレクター様にお任せ
してた事でまったくの方向音痴になっている。

帰りにTUTAYAによって
世間様のお気に入りとおいらの魂のお気に入り
を借りる。

世間様のお気に入りと
おいらの魂のお気に入りが一致してればいいのだが、

世間様のお気に入り「ハンコック」
魂のお気に入りヤン・シュヴァンクマイエル 「ジャバウォッキー」
を借りる。

世間とおいらの魂はまったくずれていた(笑)

2009年2月15日 (日)

結婚式

嘉門さんの結婚式。

「結婚なんかする奴はアホや!」
と豪語されてた方がスピード婚。

嘉門さんとはヤングタウン火曜日で
公私とものお世話になったラジオの師匠。

目黒の八方園で豪華な披露宴。

明石家さんまさん、久本雅美さん
南こうせつさん、つのだひろさん
笑福亭笑瓶さん、北野誠さん、スタレビュの根本要さん
その他もろもろの豪華な方々が出席

僕の席もまたいい席をご用意していただいた。
やさしい先輩にじーんと来た。

諸先輩方のスピーチや出し物も
それぞれ神業のようだ。
経験をつむってなんてすごい事なんだろう。
また友情への愛ってなんてすごい事なんだろう。
これにもジーンと来た。

昔から弟のように
お世話になった先輩がこんなに祝福されてるなんて
僕はスピーチで不覚にも号泣してしまった。

さんまさんから「お前泣くなアホ!」と突っ込まれ
われに変える。

その後、
笑瓶さん、誠さん、要さんの反省会に出席。
反省会って。。。。
先輩に失礼だが、かわいいなー。

二次会、三次会にまでいさせていただいた。

末永くお幸せに。

2009年2月14日 (土)

「大人の男」とは呼ばれない

今日は、お昼間は、
ぽっかぽかの日。

部屋の窓をあけて
風通しを良くして
ダンボールにはいってある本を整理。

中に「物まね入門」
といった小学校六年生の頃に購入した本がでてきた。

西城秀樹の物まねの仕方や
郷ひろみの物まねの仕方が載っていた。
最後のほうは掃除機の物まねの仕方なんてのっていた。

それに何故か赤線を引いていた俺。

40過ぎても、何故か小学校の時と同じく
掃除機に食いついた。

とりあえず、書いてある通り掃除機をやってみた。

その後、朝食と昼食を会わせた食事を作る。

目玉焼きの黄身の皮を少しだけ
絞って醤油を1滴垂らしてほじって食べる。

カステラにバターを塗る。
紅茶にべったりつけて食べる。

このようなことを止めないかぎり
永遠に「大人の男」とは呼ばれない。

2009年2月13日 (金)

はくしょん!!

「はくしょん!」

来た!
花粉症の季節がやって来た。

僕は以前まで花粉症をバカにしていたが、
東京に上京してきてからと言うものの
突如、プチ花粉症で
バカにできなくなった。

くしゃみの出方が自分では面白い。
突如、「はくしょん!はくしょん!」
と体が何かにあやつられてる感じなのだ。
意識と体がまったく別もんになる唯一の瞬間だ。

はくしょん大魔王の魔法にでも
かけられた感じなのだ。

外人も花粉症になるのだろうか?
知人のアメリカ人がアメリカに帰ると治ると言う。
ひどいときはアメリカでJALの飛行機に
乗ったとたんに発症するという。

何か精神的なことじゃないのか?
いや違う、と強く否定する。 
精神的な事では左右されたくないのだろうか?

でも自分が似たような症状になってみると、
やはり精神的な影響はちょっとあると思う。
精神的というとオーバーだが、
心理的といった方がいいだろうか。 

花粉症が到来の文字を見ただけで
鼻がちょっとむずむずして来た今日このゴロだ。

2009年2月12日 (木)

GNH

GNHって言葉を耳にした事があるだろうか?
GNPは 耳にした事があるだろう。
GNPはGross National Product で
国民総生産の意味だ。

今日はyossyと赤坂で韓国料理を
食べつつ、もろもろのお話をした。
近況報告に始まり
芸能界事情になり
彼女事情のお話になり
最後は、GNHについてお話をした。
料理は辛めの料理につられてか
我々の発言もちょっぴり辛め。

GNHは
「Gross National Happiness=国民総幸福量」
のこと。
ブータンの国王が
「GNHの方がGNPより大事」と
1970年代より実際に実行してると言う。
なんとも大胆な国である。

さ!やっかいなのが「幸せ」を具体的に
どうはかるかである。

「幸せは自分の心が決める」と
あいだみつお氏も言ってるように
幸せの概念は主観的なものである。

他人から一律の尺度では数値化できないが
が、ブータンでは
1990年代からそれをしようとしてるらしい。

非常に興味深い。

聞きかじりで申し訳ないが
9個の要素で判断してるそうだ。
1基本的な生活 
2文化の多様性 
3感情の豊かさ 
4健康 
5教育 
6時間の使い方 
7自然環境 
8コミュニティの活力 
9良い統治だそうだ。

あくまで基本的な生活である。
その基本が莫大なところに基準を置くとやっかいにも
日々不幸である。

これは国なのだが、
個人の人間として置き換えても同じ事が言える。

確定申告が始まったが
幸せ確定申告ってもんがあって
幸せの税務署みたいなものを毎年申告する
ってなったら、
案外幸せを実感できるかもしれない。

案外、みなさん点数高いんですよね。
Yossyは70点っていっていた。

僕は、ぶっちゃけて
低いのである。
はっきりいって、理想が高いのである。
欲の塊やなー。。。

あなたは、個人幸せ度
100点で何点ですか?

2009年2月11日 (水)

体育会系の笑い

今日は舞台で掛け合いコント。

ほとんどがアドリブのコント。

ほとんどがアドリブの
掛け合いのコントの基本は体力がいる。
特に瞬発力がいるのだ。

僕はこれを体育会系の笑いと言っている。

頭の中でこう言おうと思ってから
口から台詞がでたらもう遅い。
なので頭で考えた事と口から出る言葉が
同時進行しなければいけない。

僕のお笑いは
じっくり落ち着いて
中身をトークで伝えようとする。
頭の中でこう言おうとあらかじめ
決めておいた事を論理で
じっくり伝える作業だ。
ある種、老人でも出来るお笑いである。
大人数のアドリブ中心の
爆笑をおこす舞台では
そのような笑いは御法度である。

体育会系の笑いは
体育と一緒で体力がいる。
なので若いって事が勝負になる。
体力勝負の笑いは見てて気持ちがいい。
華麗なスポーツを見てるようだ。
また体育会系の笑いは
お客さんの笑い声にもなりやすい。
笑い声があると
後で冷静になって考えて
つまらない事でも
その場は、盛り上がった気になる。
テレビ番組ではその手法を取り入れている。
笑い声をSEで入れて視聴者を騙す。

ただ、最近、その嘘の笑い声に
飽き飽きしたなーと思うときがある。

やっぱり生の空気感を
SEで作り上げるほど
空気は安いもんではない。

それとは相反して
僕が今個人的に見たいのは、
ごりんごりんの文科系の笑い

言わば、頭で考えた事を
見てる方だけが、
頭の中だけでくすっとくるような
笑いは見て見たいと思う。

こんなに体育会系ばかりの笑いがあるのだから
その相反する文科系の笑いもそろそろ
幅を利かす時期にはいってきたと思うのだが。

つうか、わしがやったらええがなって話だが。

体育会系の団体のコントでは、
老体に鞭打ってなんとか若い子についていった。

2009年2月10日 (火)

不況のあおり

4月からテレビ業界が
えらい事になるそうだ。

不況のあおりを受けて
豪華絢爛なテレビ番組は
ばったばったと終わるそうだ。

楽屋では芸人さん達は
その話題でもちきりだ。

僕個人は豪華絢爛なテレビ番組には
寄せていただいてないので
関係ないと言えば関係ない。

不況は、僕にとっては
今に始まった事ではない。
テレビ業界は今から始まるそうだ。

テレビ業界も高いギャラを払ってまで
豪華に見せる余裕もなく、
低予算で数字を
稼ぐほうがいいのである。

考えたら本来テレビ番組は
CMを見さして
購買を上げるための
盛り上げ役にすぎないのだ。

以前の日本では
「まあ、まあ余ったお金で
 自由にやってください」
と太っ腹であったが、
今やそうも言って
られなくなったのだ。

資本主義の本家の米国では
視聴率に伴いギャラは
変動制になったり、
Payチャンネルなどでも
番組で加入者が増えたら
そのパーセンテージをいただく
といった契約がある。
単純に考えてそのほうが、
資本主義の本来の形である。

が、お金が主役な感じでどうも味気ない。
僕個人は以前の日本型の
「お金あるんですから、好きにしなはれや。。。」
が、大好きだ。
そうもいってられなくなった。
お金様に負けたのである。

景気が戻ればいのだが
日本ではテレビ局の人間が誰より
偉かったのだが、今後はそうもいかない。
テレビ業界はライブハウスのような
単なる箱貸しになるのだろうか?

だが、失礼にも
僕は、そんな不景気の時が大好きである。
世間も、うかれず、
浮かれた芸能界自体もうかれない。

そんな状況こそ
遊び、うかれてやろうと思う。
お金が大切なのはもちろんであるが、
それ以前の遊び心が
今から試される時期に突入である。

2009年2月 9日 (月)

ジャミラ

今日は新宿で
今後、作るおもしろ映像について
スタッフと打ち合わせ。

西武と言う喫茶店に行こうとなるが、
アイスコーヒー1杯600円。
高いなーって事になって変更。
自然食野菜の店でランチを。
ここもいろいろ食ったり
アイスコーヒー飲んだりで
結局高くつく。

席に使用済み使い捨て
カイロが落ちており「誰のやねん?」と
眉をひそめるけど、
考えたらむろん自分のだ。

打ち合わせの最中、
松嶋菜々子がどうも
ジャミラに見えると聞いた後、
頭の片隅には、
ジャミラが住みつく。
途中で反町がはいってきて
ジャミラと手をつなぐ。。。

これを書いてる今もまだ住み着く。。

当分は飼おうと決意。。

2009年2月 8日 (日)

アナグラム

今日の夕方から
イベントの為の下準備。
映画お奨めベスト5の素材チェック。

なのに頭が勝手に
アニーホール→ホニーアール
→ルニーアーホ→ニホールーア→……
と、アナグラムを延々こしらえて止まらない。

そろえてる最中にDVDで
『釣りバカ日誌 Vol12』を見る。
もうこれで17回目ぐらい。

やっぱ好きな事を好きなだけ話すのは
面白い。。。

僕が、、

あ、

お客さんがどう感じたかは知りません。

良かった事を祈ります。

2009年2月 7日 (土)

W時差ぼけ

まだ時差ぼけ。
時差ぼけには、
時差ツッコミを!
と言う持論を持っている。

方法は簡単。
真っ昼間なのに眠いとき
「なんでやねん」と
自分に声だして自分にツッコム。

年のせいかこの方法では
まったく時差ぼけには、効かずに
最近は時差ノリツッコミを展開していた。
「そうそう、今太陽が出てるのに
 夜やんなー!ってオイ!」

これでも最近は効かない。
ので、最新の対処方法は、
ボケにボケを
かぶせるようにしている。
いわゆるWボケ。
方法は、
昼なのに眠い。
そうそう寝よ。。。
そのまま、昼なのに夜中の勢いで堂々と寝る(笑)

夕方目が覚め、
夜は「ぜんタネ」生放送。。。

誕生日のプレゼント届いていた。

ありがとう!

2009年2月 6日 (金)

映画お奨め!ベスト5の巻

明日は自主的にやってる
Doppling宇宙といった
中野駅近くの小さなBarでやってるイベントの日。

今回のテーマは、
「映画お奨め!ベスト5の巻」 

映画を「好き」「嫌い」や
「おもろかった」「おもろなかった」や
「売れた」「売れなかった」とかの
二元論だけで判断する程
つまらないあほなことはない。
特にたいした経験も知識も
才能もない奴が二元論で勝手に
判断するのは愚かな事だ。

「好き」「嫌い」の間には
「わ!すごいな」「ええやん」
といったあやふやな感情がいっぱいあり
少しの努力と発想の
転換し自分をコントロール
すれば楽しめるのである。

僕はどんな映画にだって
あやふやな感情をコントロールし
肯定的に感動するようにしている。

時に、監督の心境になり、
時に、主人公の心境になり
時に、ドラマの筋に関係のない
人間に感情移入したりする。

漫才をやり始めた20歳の頃
キングオブコメデイーのラストで
「もし、漫才であかんかったら、
 俺は誘拐でもして、売れたろ!」
とか「ゾンビ」ではラストシーンで
俺はゾンビになっていた。

そうだ。映画を見るって言うのは、
何よりもの無我の境地に
入れる夢の世界への旅なのだ。

明日のイベントでは
「面白かった」「面白くなかった」の間に存在する
なぜこの映画にどう感動したのか?をトークし
みなさんを夢の世界へ、
また宇宙の世界へつれていくつもりです。
最後は宣伝。

「Doppling宇宙Vol,15 〜映画鑑賞会!
 お奨めシーン!ベスト5の巻!〜」
日時:2009年2月8日(日)
開場18:30/開演19:00( 約2時間 )
料金:3,500円(1ドリンク付き )#食事サービスあり
出演: ぜんじろう 種浦マサオ
場所:Bar up beat
   (中野ブロードウエイ商店街の
    ユニクロの筋を右にまがって
    ちょっといった左にあります) 

お席まだ余裕あります。

2009年2月 5日 (木)

やった!完成!

ようやくショートフィルム完成!

中身は約4分。

邦題「家族と生きては見たけれど」
洋題「Delirious」

初めて脚本が他人の監督だけってのを体験した。
小津風の映画っていわれてたのに
おづはおづでもオヅの魔法使い風なクレイジー映画になった。

他人に中身を聞かれて答えるのに一苦労。
そういや化膿しまい
誤変換です。
加納姉妹を外人に説明するのに苦労する感じ。

納品は他人にまかせて
今日は一日、人間失格の日。
だらけて何もせず、よだれ垂らしてビール。
皿洗わずテレビ。
世界絶叫計画やってるやん!と思いきや
よくみたら
「スクリーム2」であった。
気づくのに10分程かかった。

酔っています!

この映画またどこで見れるかは
また告知します!

2009年2月 4日 (水)

日本到着

飛行機で爆睡
「ラーメン屋のカウンターに
 座っているうちにうたた寝し、
 ハッと気づいたら胸によだれが垂れている」
という夢を見て、
 目が覚めたら胸によだれが垂れている。

これすらも予知夢?

いやっほー!
日本到着

家についたら留守番電話の表示が、
「95月95日 相手先 表示できません」 
宇宙からのメッセージだと思ってたら

おかん。

その後、外出してトンカツを食べにいく。

日本を味で感じた!

2009年2月 3日 (火)

変集?

フランスの夜では
ほとんど、日本とPCで
ショートフィルムの編集の具合のやりとり。
日本の映像を通信で海外で
同時間に見れるってのはなんとも便利になった。

メールしてた最中に誤変換の数々

「腐乱す(フランス)」
「変集してね(へんしゅう)」
「また廓(くるわ)」

日本に帰ってから最後の詰めをやる事になった。。。

「癒し系」の反対語は何だろう???

たぶんそれが自分の今回の作品である。

また狂ってる作品が一個出来上がりそうだ!!!

タイトルは「家族と生きてはみたけれど」
英語表記は「Delirious 」意味は、覚醒されたと言う意味だ。

2009年2月 2日 (月)

大仁田厚と西洋画

ルーブルの感想
最後は西洋画について書く。
西洋画。
特にクリスチャン系の絵は血が多い。
イエス様が釘にさされて血が
どばーっ的な事になっている。
一瞬ぎょっとする。

大仁田厚さんのプロレスを
観に行ったときにも同じ事を思った。
電流爆破で血まみれになった時
ぎょっと思ったがその後
マイクパフォーマンスでぐっときた。
古くはブッチャーもそうだ。
ブッチャーも額の血でひきつけられた。

西洋画もそうなのか血の絵の数々は、
プロレスなのだと思ったらうきうきしてきた。
あの後、クリスチャンの方の演説を聞いたら
確実に僕はイエッスさま〜になっているだろう

ルーブル美術館は疲れた。
午後だけちょこっと見ただけなのにもう疲れた。
全部見ると、気が狂うだろう。
体が疲れてた事もあるが、
それだけではなくなんか疲れる。
静かな絵の中からの自己主張の
演説を聞いてるみたいなのだろうか?

この疲れる謎は、また別の機会に。。。
じっくり考えよう。

2009年2月 1日 (日)

モナリザの爆笑

後、ルーブルでは
「モナリザの微笑み」も見た。

小さい頃にニュースで
モナリザの微笑みが
東京に上陸した時
混雑したという記憶がある。

時が経った今
ここの前には誰もいなかった。

モナリザは今でも微笑んでいた。
当たり前である。

というより、気づいたのだが、
他の絵がなかなか
微笑んでる被写体がないのだ。
考えられる理由としては
その1モデルさんが書かれてる間
   ずっと微笑むのはしんどい。
その2昔はあまり笑ってなかった。
その3笑ってる被写体を書くのはヨゴレ!

正解はどれかはわからない。

が、理由が、その3だとしたら、
レオナルドダビンチは、
当時、ヨゴレといわれた事を
あえてやってのけた方なのだろうか?
科学や土木も兼用する方だったから
趣味的に書いたのかなんなのか?
昔はほとんどが宗教画だったのだが、
経済や流行や宗教に振り回される前の
遊び的な感覚がこの絵にあったように思った。

あくまで、僕がえらそうにも勝手に思ったのだ。

案外、ダビンチがモナリザの前で
全裸で顔に落書きなんかして
写生して、微笑んでたりして。

2009年1月31日 (土)

ミロのビーナスのあそこ

フランスと言えばエッフェル塔に
セーヌ河にムーランルージュに
ルーブル美術館にと
フランス料理のコースのような
観光コースがあるが、
そん豪華なコースをいただく時間はなく、
なんやかんや朝からカンファランスやら
デモやらで、ばったばっただったのだが、
今日は、昼すぎから明日の夕方まであいたので、
ルーブル美術館に誘われたので行って来た。

フランス料理の一品をつまむといった感じである。
ルーブル美術館に実際行ってみたら
めっちゃでかいのだ。
どうも、午後にちょこっと行って
見て回れるそんなおつまみなもんではない。
この豪華な一品をどう味わおうか。。。

脳の中をぎゅっと絞ってまわる事に決めた!!!

ルーブルでは、
まずミロのビーナスを観に行った。
はっきりいってこれしか知らないからである。

両腕がもげたミロのビーナス。

大きな像の前でしげしげと
下半身にかかるスカーフがずり落ちろ!
と念力をかけんばかりに
おっさん連中が眺めていた。

中には、像の前に立って、
腕の位置をあわせて
像の後ろから写真を撮って
腕があるみたいに写真をとってる方もいた。

見ながら、もしここに手がついていたら
なんの価値もないのだろうなーと思った。
日本ではこういった欠けたものを鑑賞する
「侘び寂び」といった言葉があるのだが、
フランス語にはそんな言葉はない。
いや、世界広しといえど
そんな言葉は日本にしかない。

日本では、わざと、欠けさす、いがます
わざと古びるってな事をするのである。

でもミロのビーナスは、仕方なく欠けたのである。
欠けたからこそ価値がでたのを展示してる。
これは、侘び寂びだ。
「侘び寂び」といった言葉を
作った日本ってすごいなーと思った。

みんな前から鑑賞するが、後ろにはいかない。
後ろから見ると、なんともミロのビーナスの
ステージの裏から見てる
同業者みたいになった気分である。

前に群がっていたおっさん連中は、
ほとんどがぺちゃくちゃ話す中国人。
経済の発展に伴って
芸術鑑賞も発展するのだろうか
あのぺちゃくちゃ話していた話の中身を
勝手にアフレコもしながら見た。

2009年1月30日 (金)

誕生日の思い出

僕は小学校の頃、脱腸になった。
関西弁で言うと「だっちょ!」
ダチョウみたいな名前である。

金タマが異様に腫れた感じになったのを見て
母親が「あんた!そんなにでっかかったか?」と
聞いて来た。
僕は大人になる証しだと思っていたが
どうも違った。

病へいくと案の定「脱腸」

即入院。

麻酔をし30分ほどで手術は終わったが、
3日間ほど入院した。

その時ちょうど僕は誕生日であった。
兄貴が僕の誕生日と退院祝いをやってくれた。
手作りのくす玉にクラッカーなど。
くす玉をひっぱったら、ひもが抜け落ちて
くす玉が腹にどん!と落ちて来た。
なんともついてない誕生日。
でも、落ちて来たくす玉は
そう痛くはなかった。
僕は誕生祝いをされた事に
涙がでそうになったが、
へたれの僕は、傷口が痛い事を
理由に転換し泣いた。

後にも先にも誕生日の思い出はこれっきりで
誕生日だからといって祝っていただいた事や
パーテイーなんてのもない。
ましてやこの年になると
「誕生日でんねん」なんて言うのもこっぱずかしい

でも、
コメントの欄には
きちんと知っていただいてて
「おめでとー!」のメールが何通か来た。

本当の事を言うと、
来た中のほとんどが、
登録されたサイトからの自動送信メールである

おフランスで、ひとりでホテルの部屋にて
「ハッピバースデイー トー ミー シュブルプレ〜!

2009年1月29日 (木)

占い

海外に携帯電話とPCを持っていった。
プライベート旅行なら
絶対持っていかないのだが、
ただいま、日本から
データをやりとりせんといけなくなり
仕方なく持っていった。
大変便利な時代になったなーと
関心してたのに、そのデーターのやり取り以外には、
日本から一本も誰からも、
メールもなけりゃー、電話もない。

携帯がたんなる物体になっている。

寂しいもんだ。

なので、携帯電話についている
占いサイトを日々見ていた。

今週の水瓶座の運勢。

「全ての良いことには終わりがあります……
 悪いことも同様です。
 でも、悪いことが起こっているように見えても、
 その実は良いことが終わりを
 告げているだけに過ぎないかもしれません! 
 良いことが終わろうとしている時は、
 それを無理に阻止しないに限ります。
 そうしたら良いことが悪いことに
 すり替わる恐れはありません。」

で、結局どうなんやろ?

この占いの作家は
占いなどまったく信じない
ええかげんな
僕の知り合いのお笑い作家がやっている。

占いばんざーい!

ボンジュール!

2009年1月28日 (水)

お仏ざま〜す

おちごとで
お仏(フランス)へ行ってきたざま〜す。

僕のおフランスの印象と言えば、
エマニエル夫人だ。
小学校の頃、
夜11時くらいに
親父が、部屋で音をちいちゃくしながら、
「だんばだばだんばだ〜」の音楽に
なんともエロい日本語の吹き替えの声。
扉の隙間からはエマニエルのド!裸〜!
きゃー!!!

そんなドエロいおねーさまのいる
お国にまさか僕みたいな田舎もんがいく事は、
どう転んでもないと思っていたのだが、
行ってきたざまーす!

ま、実際にはそんな
ドエロいおねーさまがゴロゴロ
いるわけではない。
出会ったお仏の尼さんは
愛想めっちゃ悪い上、
性格も悪いアテンダントのおばはんに
幾度と行きの飛行機で
足をひろげすぎるなとか
注意されてへこんだ。

パリの空港には、なに人か
わからん人種のるつぼ。

イスラムの全身ド!真っ黒な
女性の衣装の軍団に出会い
思わず「ギャー」と声をあげてしまったり、

ドゴール空港について、
ドトールコーヒーを思い出し
無性にコーヒーが飲みたくなったので
コーヒーを飲みにカフェにいった。
カフェがこれまた外観は小奇麗だが、
中は、きったない。
席の横にいた黒人のおねえちゃんが、
ほら!あの!あの人に顔がそっくりであった。
鈴木宗男の秘書の、、、
ほら!
あの!

ま、ええわ。

またフランスがよりによって
漢字で書くと仏なのか???
フランスのフをとって
ちょっと汚ったない感じの
「腐」が似合ってるのでは?
僕はこれからフランスの漢字は
「腐」にする事に決定!

ずっと頭にこびってた
あのほら!がでてきた!
「ムルワカ」であった。

2009年1月27日 (火)

また来週!

今日から一週間ブログをちょっとお休みです!!
また来週=!

2009年1月26日 (月)

浅草

浅草花月の出番があったので
出演の合間に浅草寺に
お参りにいってきた。
観光客でごったがえしていた。
お賽銭を入れるメインのところで
列があった。
お賽銭をいれて拝むのに
並んでいる列である。
拝む為にきっちり行列が
できるのも東京ならではの風景。

僕の前に7歳くらいの男の子と
僕の年齢くらいのお父さん親子が拝んでいた。
「パパー。ここも叩くの?」
「ここはお寺だから手叩かなくていいよ」
「なんで?」
言われたお父さんは一瞬止まった。
なんて返すのだろう?
一瞬間はあいたものの
「お寺はね、寝てる方いるの」
「へー」
なんともほがらかな答えであった。

確かに、神社は二礼、二拍 最後に一礼だ。
お寺は静かに手をあわすだけ。
似てるが違う。
なぜかは僕も知らない。

建物もよく似ている。
一瞬ここはお寺か
神社かと迷う事がある。
鳥居のあるのが神社と昔
親から教わった。

そんな事思ってると
後ろの80歳近いご老人2人が
「キスまでどうやってこぎつくかが問題だね」
と雑談が聞こえてきた。
後ろのご老人は「キスできますように」
と願うのだろうか?

そんな事を思っていると
自分の順番が来て
お賽銭いれて合掌。

頭の片隅には
ご老人。。。

霊験新たかな気持ちになった。

2009年1月25日 (日)

まずカット

今日、以前撮ったショートフィルムの
編集打ち合わせがあった。

編集が好きと言う
監督さんがいるが、
僕はどちらかと言うと
邪魔臭いほうである。

まず、全部撮ったのを見る作業、
これをラッシュという。
ラッシュが終わり、
後は、山ほどあるカットのどこを
どうつなげるか?

「ここのカットはこれでオッケイ!」とか
「もっとここのばして」
なんて一個一個決定しなければいけない事が多い。
優柔不断の僕は
なかなか「これで、オッケイです!」とはいえない。
後、逆に「ここいらないカット!」
なんてのも気が小さいので
役者さんにあんなけやっていただいたのに
なんて考えるとなかなか言えない。

なので、「これでオッケイかな〜〜?」
「ここのカットはいらんかな?いや、まって!
 いる!いや、まって、いらんかな〜?」
とやっていって荒くつないでみたら、
5分の尺が、15分にもなった。
さ!3分の1ほど、カットしなければいけない。

映像する前に
僕の優柔不断と気の小さい性格を
まずカットしないといけない。

2009年1月24日 (土)

楽屋内県民ショー

吉本興業と言えば、
大阪芸人ばかりと思ったら大間違いであった。
楽屋には地方から出て来た
大阪以外の面々が多くなって来た。
今日の楽屋にも
北海道、沖縄、九州、
四国、東北、広島、名古屋と
全国各地出身の芸人が多くなって来た。
地方を売りにする芸人もいれば
言葉を標準語に直し
東京芸人になりすましてる方もいる。
「いや〜僕達、実は北海道なんすよ。
 北海道って壮大なイメージありますけど、
 案外、住んでた感想は、
 小さくいやらしい人間が、多いですね。」
なんていったり、
沖縄出身芸人なんかも、
「沖縄ってほがらかなイメージありますか?
 全然、沖縄県民はみーんな案外暗いっすよ」
なんていったり、
中でもかわいそうであったのは、
埼玉出身の芸人。
関西人から見ると、東京も一緒なのだが、
関東では、埼玉は
「ダサイタマ」なんて言われてるらしい。
また、埼玉県人の若者は親が東京出身で、
一戸建て買うのに、埼玉に住んだ、
埼玉第一世の子供らしく
親は東京のメンタリテイーだが
子供は埼玉。なので家の中でも
東京にコンプレックスを持っているらしい。
「埼玉を早くでて、
 東京の子と結婚し、東京に住みたい」
「同じ埼玉出身は東京で一目でわかる」
「何事もななめから見る」
といった事をいっていた。
肝心の大阪出身は、
おおらかなもんで、
以前、秋田県知事が大阪を
痰壷のような街といったのに
対して、「ええたとえしよんな」
と、バカと言われたら怒るが、
痰壷を例えたのに対して評価するといった
笑いに寛大だなーといった
楽屋内県民ショーの一日であった。

2009年1月23日 (金)

VHS早送り世代

劇場の出番の合間には
家に帰る事もしばしば。

1時間ほどビデオを見ようと
VHSビデオをセットしたら
あれ?
早送り機能が故障だ。

今日のブログは入り口はド!エロだが、
引かないで最後まで読んでいただきたい。

見ようとしてたのは、
アダルトビデオである。
僕の世代は、
AV、VHS世代と言われる
(そんな事は誰もいわないが)
世代である。
VHSで早送り再生しながら
見るのに慣れてる世代である

だが、早送りが故障
とあっては困ったもんだ。
修理にだそうかと思ったが、やめた。
なぜなら、ホテルに
ついているアダルトのように
早送りできなくて
しんぼうしないといけない
その先に発見できるよさってもんがある。

新たな発見は、何ごともしんぼうなのだ。
しんぼうしてみるしかない。
しんぼうしない奴は損をする。

そう思い新しく買って来たアダルトを
早送りなしで見た。

案外、ドラマがしっかりしてあった。

故障はなおさず、
壊れたビデオデッキをこれから
「しんぼう」と呼ぶ事に決めた。

2009年1月22日 (木)

赤面

今日、楽屋でブラックマヨネーズ君達から
告げられた事がある。

僕はブラックマヨネーズ君の
漫才のファンである。

今の漫才の主流は
二人漫談みたいに
お互いが前むいて
お話するのだが、
彼らの場合は、お互いが
互いに向き合い、
会話をしながら笑いをとると
いった難しいスタイルをやる。
後、ボケももちろん面白いが、
ツッコミの小杉君が、
ネガテイブな妄想ボケに
単につっこむだけではなく、
「ほんなら、鈴つけて、つりせえや!」
って、きちんと話を前に進める。

この高貴な技術に
マニアックにもぐっとくる。

そんな大ファンの彼らに告げられたのは、
「お客さんがおもろい思うのは
 自分達が面白いと思った
 2年後くらいやと思うから
 と、言われたので
 あの妄想のネタを
 やり続けたらその通りでした」
と、3年前に僕が言ったそうだ。

だがである。
だが、僕の記憶では、言った覚えはない。

自分では記憶はないが
他人の脳に保存されてる事が多々ある。

そんな事を喋っていると、
へびいちごの高橋君が、
「兄さん、昔、大輔(宮川大輔)に
 銭湯で、まわりのおっさんびっくりさそうぜって
 あそこをいじらせてホモごっこしてましたよね」

これも、まったく記憶にない。

多分、僕は、僕の分身が一人いる。
そう思う事にした。

そうでも思わないと、赤面して
目が飛び出しそうであった。

2009年1月21日 (水)

手続き帝国


 

今日舞台の空き時間に国会図書館に
調べものをしにいった。

国会図書館にはいるには、
手続きをいっぱいしないといけない。
まず入り口にある
用紙に住所、職業などを記入。
その紙と引き換えに磁気カードをもらい
駅の改札のようなところを通り
観覧申告用紙をだす。
端末で検索して用紙に番号を記入し
カウンターに提出。
目指す資料にたどり着くまで
「手続き帝国」の段取りを
クリアーしなければいけない。

3冊くらい借りたかったのだが、
3冊手元にくるまでに、
小一時間は待たないといけない。

待ってる間に退屈しのぎで、
本でも読みたいのだが、
こんな時に限って、
本を持ち合わせていない。

こんなに本が山ほどある中で本が読めない。
これはつらい。。。

なので、記入したカードを
ぺらぺらめくったり
自分の前にどんな方が
何を借りにきたのかを検索機で
見たりした。

ここではさすがに、Fridayなど
コンビニで読めるような雑誌は誰も借りない。
僕の前の方は、
「墨汁の歴史」「墨汁と炭」
といった本を借りていた。
と言う事は、墨汁を作ってる職人さんか、
はたまた、書道の達人。。
でもそんなような
渋めの方は周りにいなかった。
あれ?
じゃーあの主婦のような方?
いや、あの女子学生?
あの外国人?
誰だろう?

妄想してる間に名前を呼ばれた。。。

そんな事より
あ、僕の借りた本は、
「世界昆虫図鑑」「世界の珍昆虫」の本だ。

まさか、こんな本を借りたのは、
お笑い芸人だと
思ってないだろう。。。

2009年1月20日 (火)

物件選び

今日、楽屋で後輩の芸人から相談を受けた。

「兄さん、今度東京に
 引っ越そうと思うのですが
 東京のどの場所がいいですか?」

「独身でしたら、便利を選んで。
 新宿まで電車で一本。
 タクシーなら2000円以内
 しかも、安いとあって中野なんてどうや?」

僕はこのような事を答える
不動産屋さんではない。

多分後輩芸人は、家賃、交通の便などは
不動産屋さんに聞いた上、
それでも決められない何かがあって、
僕に聞いてきた事であろう。
僕流にお答えした。神のつく街、寺のつく街をお奨めした。
神谷町 神楽坂 神保町  弁天町 神楽河岸
祐天寺 国分寺など。。。
なぜなら、パワースポットな感じがするのだ。
以前僕の住んでたところは恵比寿である。
七福神の商売繁盛の神である恵比寿が街の名前
これだけで、パワースポットな感じである。
ま、実際には女性にふられ泣き崩れたり(笑)
などと、いい事ばかりではなかったのだが、
それもまた、よし!パワーパワー!なんて
すぐ立ち直れたのものだ。
去年の引っ越しでは、神が楽しむ坂とあって、
神楽坂か芸能の神である弁天さんの名前のつく
弁天町が、良かったのだがいい物件がなかった。

「兄さん!じゃー今どこですの?」
「ん?新宿」
「神と寺はいってませんやん!」
「ほんまや!!!!」

話はここで終わった。

物件選びは、こんな事いいながら選んでるときが、楽しい。

2009年1月19日 (月)

んな!あほな!です。

今日、昼食でスタッフにこんな話をした。

「日本の首相はコンビはいかがでしょうね。
 自民がボケで民主がツッコミ。
 世界初のコンビ首相!!」

話していたスタッフの目は笑ってなく、
「それは駄目でしょ。。。」
なんてあっさり言われて終わった。

僕はこのようなマジなのかなーと思いつつ
実は洒落で「んな!あほな!」
のお話が多い。

このブログでも常識をななめから見たような
お話を書く事がある。
でもそれはすべて「んな!あほな!」なのだ。
何もまじでいってるわけではない。
笑かそうと思ってるだけである。
欲を言えば、「んな!あほな!」だが、
案外芯をついているな〜
なんて思っていただければ
と願うが、そこに至るには
なかなか難しい。

例えば、
漢字のお話で
「傘」について
なんで中に、人が40人って書くねん!
人が一人でええがな。
学校の先生も、もし人って中に一個
書いた奴がおったら○やな。
なんて言ったら、
「いや、それは×でしょ!
 漢字は歴史あるんだからきちんと書かないと」
と、マジでうけとめられ、
お叱りをうける事もあった。

このブログやデジゼンといった音声を聞いて
僕のホームページのメールにいただく
メールは、マジにとられた方からの
ほとんどお叱りのメールである。

僕をそこまでえらく見ていただいてるのか
なんなのか、「んな!あほな!ちゃんちゃん!」
でいいのだが、相手の真面目な
ご機嫌を損ねたのだろう。
そんなド!真面目ちゃんはおいといて、、、

といきたいところだが、
ここは自己反省とお互い歩み寄りである。
僕も、もうちょっと、
「んな!あほな!」エキスを
増やそうと思っている。
「首相はコンビでしょ!」
ここで終わらずに、
「なんなら、ゴレンジャーみたいに
 戦隊もんの首相。5人そろって、首相レンジャー!
 共産は赤レンジャーか、、、主役やん。」
くらいまでいかないと、
冗談だと思われないのかも。

ま、
僕も歩み寄るので
これを読んでるみなさんは、
出来るだけ、センスを持って
僕のお話には、「んな!あほな!」
とつっこみながら見ていただきたい。

あほか!ふざけるな!と言われたら、

「職業だも〜〜ん」なんて言おうっと!

今回のも「んな!あほな!」のお話である。

2009年1月18日 (日)

小津風と言うより

今日は朝から昨日に続き
 ショートフィルム
「家族と生きては見たけれど」本編の撮影。

エドはるみさん、テントさんその他
贅沢な出演者に出演していただいた。

僕の撮影の仕方は
絵コンテを先に細かく書き
それを丁寧に撮っていく、
ある種、塗り絵をするような段取りである。
絵コンテも台本もなく
半分アドリブで進める方がいるが
僕の技術力では不安なので
下準備である絵コンテを
きちんと書くようにしている。

出演者のテントさんから
「どんな作品になりそうなん?」
と聞かれ
「小津風な感じに僕流を足した感じですかね」
って言うと、
撮影の展開を見てたテントさんから
「小津風というよりオズの魔法使い風」
と言われた。

小津は小津でもオヅであったらしい。

無声映画の仕上がりなのだが、
奇声映画になっている。
またもや、クレイジーな作風になっている。

僕の性格なのか、、、
クレイジーなのが、またもや
にじみ出て来た。。。

仕上がりが楽しみである。


 
 

2009年1月17日 (土)

この年になって

朝からショートフィルム
「家族と生きては見たけれど」の
撮影の為のロケに。

「光が丘」に撮影にいった。
外観などを小津映画風に
新興住宅街を撮影しにいった。
なぜ小津風かと言うと、
脚本に小津映画のような冒頭のシーンと
書かれてあったので、
小津風に見よう見まねで撮影した。

この為に小津の映画を何本か見た。
「東京物語」や「秋刀魚の味」
といった映画を見た。
若い頃、背伸びをして見てたのだが、
あまり良さはわからなかった。
が、「見よう見まねをしよう」を
頭に置いてみると
なんともすごいなと感じた。
小津の映画は
あまり物語が展開していかないといった
物語なのだ。
そんな物語はつまらないと思うのだが
めっちゃ面白いのだ。
そこが小津の技と言われるとこなのかと
この年になって感動した。

我々の作品も
あまり物語の展開はない。
かといって、小津になるかというと
そんな背伸びはしない事に心がけている。

なによりよかったのは、
今日はピーカン!と言われる晴天。
天気ばかりは交渉はできない。
御天道様に
協力していただいたような一日であった。

2009年1月16日 (金)

ずっといっぱい

このところ新年会続きである。
今日は「てっぺん集合」
といったメールが届いた。
要するに夜中12時を
回ってから始めるといったものだ。
僕は遊びの誘いはできるだけ
断らないようにしている。
なぜなら何の為に働いてるか?
遊ぶ為なのだ。
その遊びを仕事で断るのは、
本末転倒になる。
やむを得なく仕事が
はいってたら遅れてでも
いくようにしている。

今回は、
きちんとその時間には空いていた。
お酒を飲むので
電車で新宿に出かけたら
終電で家に帰る人々が
新宿駅にうようよしていた。
不思議な街である。

もっと不思議なのは、我々のほうだ。
みんなが家に帰る頃から新年会である。
若手とあって、
みんなお酒をアホほど飲む。
カラオケでスマップの曲で
「ゲッチュ」の部分を歌ったら一気!
などといった飲み方は若手ならではである。

帰りはもちろん始発。
だが、始発も新宿は人がいっぱいであった。

この街は、ずっと人がいっぱいだ。

2009年1月15日 (木)

数字更新

今日はライブであった。
一人噺を始めてもう28回目である。
我ながらこんなに回数が
続いたライブは過去ない。

一人噺は 
テーマをひとつがつんと決め、
一時間マイク一本で一人でトークだけ
といったシンプルなものである。

このライブが他の演芸ライブと違うのは
細かい事だが、このライブは、声を貼らない。
これははっきりいって笑い声になりにくいが
内容をじっくり伝えれる。
だから笑い声によって面白いと認識する方には
つまらなく感じるだろう。
後、椅子に座って話すのである。
これも笑いになりにくいのだ。
動きがそうないので、
ビジュアル効果はゼロなのだ。
後、タイミング的な言葉のやりとりを排除し
できるだけ、語りに近い形で
一気呵成にお話をする。
こうなると、集中力もいる。
集中すると笑う行為を失う。
が、じっくり聞くには
もってこいなのだ。

初めた頃はお客さんが
いっぱいになるだろうと言う事で
やっていたが、なかなか増えない。

つまんないからね!!
と言われれば
終わってしまうのだが、
なんせ、好きだからといった事で
28回もやってしまった。

これからもこの数字は更新していく
つもりである。

2009年1月14日 (水)

技術の数々

明日やるトークライブのネタの詰めをやっていた。
今回のテーマは「ひとり遊び」なのだ。
ご招待メールを知り合いに送ると
知り合いから
「今度公開される映画で
 『007/慰めの報酬』というのがあるんですが
 このタイトルを聞くたびに、
 オナニー鑑賞代、と思ってしまいます。」
とのメールが来た。
このような映画の邦題で中身を頭の中で
物語をつけるといった事を僕もよくやる。

洋画の邦題は本当にめちゃくちゃな時がある。
特に007はそうである。
『007 サンダーボール作戦」ってのがあったが、
洋題は、サンダーボールだけである。
ここ何年か、007は洋題のままつけていた。
『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』 
『007 ダイ・アナザー・デイ』 
なんの意味がわからないし、言いにくい。
評判が悪かったのか、今回は邦題にした。
それがよりによって、「 慰めの報酬」とは。。。

その他のとんまな邦題をいくつかあげる。
「アリスは大統領」と言う映画、
洋題はElected(選出)なのだが、
オチをタイトルでいってしまっていた。
「存在の耐えられない軽さ」
意味がもうひとつわからない。
「女と女と井戸の中」
変にやらしい。
「ラスベガスをやっつけろ」
土地をやっつける???
このタイトルから中身をふんだんに想像する。

ひとり遊びは、 
大人になると、友達と時間が
合わないので疎遠になる。
ので、仕方なしに一人になる。
かといって、一人は寂しい
といった複雑な状況になるのだ。
寂しさを楽しさに変換するには、
もうここは技術なのだ。
そんな事でこのような
タイトルから中身を想像して
オリジナル作品より
すばらしいのに脳の中でする。

そんな技術の数々を明日、話す。

2009年1月13日 (火)

おもろい方向に

「はぐろ漁船に乗り込んで。」
「え?はぐろ?まぐろでしょ!
 かんでますやん!!」

この一場面は今日舞台上でおこったパプニングだ。
お客さんも間違いに気づき爆笑である。

カムとは言葉を間違った時の芸人の隠語だ。

その後は何事もなかったかのように
台本通りに舞台は進行される。

僕は間違えた事より偶然にも
間違った言葉のできばえに興味がわく。
偶然出来上がった「歯黒漁船」
舞台でその事が頭にひっかかったまま
進行する物語をやっていた。
頭をふってもふっても
この「歯黒漁船」のドラマが展開される。
今時、お歯黒の漁民がいるだろうか?
いや、この漁師協会の方々の
決まり事はお歯黒なんだ。
いけないいけない。舞台に集中!

昔から僕はそうであった。
例えば、算数の授業での問題
「山田君が500円を持って
 果物屋さんにいきました。
 一個52円のみかんを
 10個買うのにいくら足りないでしょう」
のような質問の時、答えより、
山田君が気になって仕方がなかった。
山田君は9個にしたらええのにとか、
山田君は御使いでみかんだけを
買いにきたのだたら、親は何をしてるのであろう?
頭の中で山田家のドラマが展開される。
そうこうしてる間に時間はすぎていった。

多分、僕の人生もそうであろう。。。
人間の誰が決めたか知らない
勝手な決めごとを偶然にも間違えたり、
関係のないところに興味がわき
そもそもの決まり事なんてどうでもいい。
おもろい方向に流れていく。
そんな人生をこれからも送りたい。

ただ、間違えようのない事。
絶対の真理は、0=0って事である。

2009年1月12日 (月)

0円遊び

今日、昼から
ご招待いただいた国立美術館によって帰って来た。

美術館の展示されてる見方が未だにわからない。
というより、いいのか悪いのかわからない。
予備知識がないもんだから、わからないのだが、
予備知識をどこで得ていいものかもわかならい。
知り合いの芸術家に美術館の見方を
聞いたら「心動くまま見るのです」
などと言われた時には、
しおしおになりかけた。
心すら動かないので聞いたのに。。。

こんな調子だから、面白くない。
かといって、すらすら素通りでは
失礼である。

だから僕は失礼ながら、一個一個の絵に
値段をつける事にしている。
芸術に値段をつけるとは何ごとか!
と怒られそうだが、仕方ない。
「もしもこの個展のオーナーになったら?」
と言う設定で値段をつける。
するとどうだろう。
どれが売れ行きがいいのか?
など細かくチェックできて面白い。

そう、こんな遊びは0円で出来る。

空港の待ち合い場でパブリックのテレビに
バスケットの試合が流れている。
乗車まで後30分。
喫茶店にいくには、時間がない。
本を買うにも、もったいない。
かといってバスケットを見たいわけでもない。
こんな状況。
こんな時、僕はテレビをこう見るようにしている。
バスケットの選手の中に
関係のない方が一人混じってる。
するとどうだろう。その関係のない方が
ちょろちょろするのにうきうきし
また、ばれないだろうかとドキドキする。

そんな0円で出来る
遊びの数々のトークをてんこ盛り今週の木曜日に
いつものようにしこたまやろうと思っている。

「ひとり遊び」が、テーマのトーク。

ご興味ある方はぜし!

「ぜんじろうの一人噺 Vol 28 〜ひとり遊び〜」
日時:2009年1月15日(木)+今回は木曜日です。
開場18:30/開演19:00( 約1時間 )
料金:2,000円(1ドリンクとプレゼント付 )
★開場の一時間前より受付にて整理券の配付開始
出演: ぜんじろう
場所 渋谷アップリンクファクトリ〜
問い合わせ:uplink factory03-6825-5502

2009年1月11日 (日)

サイレント

今日、沖縄映画祭に出展する
「ノンバーバルフィルム」と言って
台詞のない
ショートサイレントフィルムの
うち合わせがあった。

その資料をだそうと、部屋の物置場を
ごっそごそしてたら、
昔のFilmが出て来た。
海外時代に自分で撮った
もろもろのFilmである。

海外時代は
時間があったら
何かしらこまめに動いていた。
エージェントに
売り込んだりはもちろんだが、
ほぼ遊びでショートサイレントフィルムを
目的なく撮影していた。
なぜショートサイレントだったのかと言うと
Mrビーンが英国から
米国の映画界に進出した頃で、
その制作会社の方とお会いした時、
「イギリスだけでは儲けが悪い。
 ヨーロッパに売りたいが、
 言語が多様ってのが問題なので
 サイレントにした」
と非常にきな臭い
ビジネスのお話を論理的に話していただいた。
だから、僕も。。。
と、かっこうよくいきたいとこだが、
実は僕は、
音声さんを雇うお金がない理由は、もちろん、
ほぼ一人で撮影し、
出演するといった0円撮影。
その上、英語しゃべれませーんとあっては
必然的にサイレントに
ならざるをえない状況だったのだ。

その映像が、ゴロゴロ編集されたまま、眠っていた。。。

そんなサイレント映画を撮る事になったのだが、
ネットが発達した現代では、サイレントコメデイーは
今からかもしれない。

僕は、よく人からやる事が早いと言われる。
自分ではそう思った事はない。
単なる世間とずれているだけである。
そんな僕が今ぐっとくるのは、
ストーリーの展開しないものにぐっとくる。
笑いに関してもそうである。
フリがあってオチがあるなどには興味はない。
何も展開もしないお話や、
何も意味もない、物語もない笑いにぐっとくる。
言葉では説明しにくいのであるが、
そんな事を今後ちょっと試してもいいかな?
とも思っている。
もし僕がやる事が早いのなら、
いずれそんなものが、流行るかもしれない。
流行らないかも(笑)

2009年1月10日 (土)

嘉門達夫さんが結婚

嘉門達夫さんが結婚する。
今日、家に招待状が届いた。
嘉門達夫さんには、
僕が20歳の頃、
MBSヤングタウンで数年お世話になった
ある種、ラジオの師匠のような方である。
ヤングタウンというラジオは特別な番組であった。
プライベートまでご一緒させていただくといった
番組で、ソープランドに連れて行っていただいたり
家で鍋をごちそうになったり、
未だに、食事など何度か誘っていただいている。
去年まで
「結婚する奴は、作品が作れへん奴のする事や!」
などとおっしゃっていたが、
結婚の記事を今年ネットで見て絶句。
知り合って、数ヶ月のスピード婚だそうだ。
思わず、早速電話をして、
「ちょっと、ええかげんにしてください!」
とつっこむと
「独身の作品は終了や。
 今後は結婚をしたからこそわかる作品を」
と屁理屈を言われていた。
電話の最後には、
「お前もはよ結婚せえよ」
と、小説教があった。
そんな事も長い年月のおつきあいで
笑える先輩である。
末永くお幸せになってください。

2009年1月 9日 (金)

福袋って言葉の響き

今日、朝 ホテルで起床。
チェックアウト。

ホテルのコースについてあった
予約しておいたアロママッサージへ。
素っ裸でお尻までアロマオイルを
塗られてアジアンオイルマッサージ。
ちょっと、やらしかった。

その後、朝食と昼食を兼ねた
村上ショージさん推薦の
しゅうまいの一芳亭へ。
しゅまい定食を食べた。
うまい!
思わず25個入りのおみやげを買う。

さてその後
買物の為にデパートへ。
福袋タイムが、あった。
僕はこの福袋に弱い。
いや、日本人は、福袋に弱い。
なんせ、この為に並んでる方々がたくさんいた。
福袋の中身はわからないのだが、
値段は通常より格段に安くて
お得だって事だけは確かだ。
その為だけにこんなに群がる。
僕もその一員である。
だが、
中身はお得なのだが、
絶対しない紫のマフラーに
オレンジのパンツに
黄色のベルトなどが、はいっていた。
福袋への期待も大きいが、
後悔と怒りも大きい。
毎年騙されるのだが、
「福袋」っていう名前にやられてしまうのである。

飛行機で東京へ。

夕方着。

東京は雨。

2009年1月 8日 (木)

上岡一門新年会

今日は大阪で上岡龍太郎一門の
新年会であった。
某ホテルの中華料理屋で
兄弟子のテントさんから、
この世界から足を洗った
兄弟子さん、弟弟子、またその家族
師匠の奥さんと勢揃い。

他の一門はどうか知らないが、
うちの一門は和気あいあいだ。

師匠が
「若手のお笑いで誰がおもろい?」
との話。
現役のテントさんや僕は
中堅の漫才師の方が好きで
師匠はといえば
ハイキングウオーキングが
今一番お気に入りみたいだ。
理由はかわいいからだそうだ。
師匠夫婦は今お笑い
レッドカーペッドに夢中みたいだ。
M−1についても
今回は僕が審査員なら該当者なしやな。
とか、審査員はモニターを
見ながらやったらどうやろ?
会場の雰囲気に騙されるからな。。
など、ああだこうだ。
失礼ながら師匠も引退して
素人にもなると
えらそうな意見が多くなる(笑)

こんな意見がざっくばらんに
聞けるのもうちの一門の新年会は面白い。

また、もうひとつの
僕の一門会の楽しみは、
一門が揃うと
不思議と僕は弟子入りした
18歳の頃に戻れる。
あの痩せ目ギョロの頃の血気盛んだったが
師匠の前では何も喋れずに緊張して。。
真っ白な感じになれる。。

いや、真っ白だったのは、
師匠の髪の毛であった。

2009年1月 7日 (水)

小さく冷静に

楽屋にて。。。

今日、楽屋にて
後輩の芸人が子供と一緒に映った写真を見せてきた。

「かわいいやん!帽子被ってるやん!」
っていったら、
「それ、僕です」
と小さく冷静に言われた。

勇気を出してボケた僕。

もっといきのいいツッコミを期待してたのに。。

日本の芸能界を牛耳る芸人達の集まる楽屋の出来事。

2009年1月 6日 (火)

あの部屋の明かり

午後前起床。

朝食と昼食を兼ねたお食事。
近所のそば屋に。

昼から今月に撮影するショートフィルムの
誓約書やら契約書を整え
打ち合わせの為。新宿の現場へ。
夜まで打ち合わせ。

さて夜である

昨日まで実家に帰っていたが、
田舎は、夜が早いのだ。
夜9時になると
もう一日終わった感じになる。
街全体も眠るのだが、
都会では街も人も夜通し起きている。

夜に部屋にて作業をやっていると、
窓から見える遠い先のマンションの一室の
窓も明かりが点いている。
夜中になっても点いている。
多分、家で何か作業をしている
僕みたいな職種の方だろうか。

中学校の頃も同じような事を思った。
高校受験の為
徹夜をしようとがんばってた
冬の夜中の窓から外を見ると
街自体が眠っているのに、
窓に明かりがポツンと
点いている家が一軒だけあった。
学校のかわいこちゃんの
家の方向だったので
勝手に「あの子もがんばってるなー」
と思ったりした。
一度、交信を送った事があった。
電気を2回消して点けるといった事をすると、
消えて、点いたのだ。
向こうもこっち見てる!!!!
なんて思ってどきどきしたもんだ。

ま、その交信は一回だけであったが。。。

そんな事を思い出し、
今日、部屋の電気を2回消して点けてみた。
そして窓から見える遠い先の
マンションの一室をみた。

変化はなかった。。

おっさんになった今も
あの部屋の明かりは
どこかのかわいこちゃんに
違いないと思っている。

2009年1月 5日 (月)

近畿の年寄りのデイズニーランド

実家によった帰りの道中
近畿のデイズニーランド
年寄りのデイズニーランド
高野山に寄って来た。

世界遺産指定都市だけあって
極楽橋という駅から山に上る
ケーブルカーは外国人か
おじいちゃんと
おばあちゃんが多かった。

それにしても外国人の
数の多さにはびっくりした。

高野山に到着。
デイズニーランドの
案内パンフレットを見て
移動するかのように
高野山の案内パンフレットを
見ると、
宗教スタンダードコース 
美術めぐりコース
ファミリーコース 
車での山内観光コースなど
コースにわかれていた。
高野山はエンターテイメント化されていた。

宗教の事はあまりわからないので
美術めぐりコースに従っていくと
米国人の3人組のおねえちゃんが
同じコースで回っていた。
あれやこれやと質問してきたので
一緒に回る事にした。
米国人はなんともリアクションがいい。
「ワオ!ビューテイホー!」
僕のお奨めは、不動明王である。
不動明王を見るなり
「ワオ!クール!」
米国人の女性の目には
不動明王はクールなのだ。

デイズニーランドに初めて行って見た
エレクトリカルパレードのような
華やかさはないものの
愛染明王や不動明王のオンパレード
には
霊験新たかな気持ちになった。

高野山は
大人のデイズニー
魔法の国だった!

2009年1月 4日 (日)

実家

やっとこさ実家へ。

帰るや否やおやじとおかんが
車を用意して待っていた。
「あんた遅かったな!
 何してたん!はよ,ごはんいくで!」
うちの家系はせっかちである。
予約しておいたのだろう。
車で約30分もかかる
旅館みたいなとこで食事なのだ。

旅館は、正月にかこつけて
ここぞとばかりに金をもぎとる。
たいした料理でもないのに
「正月料理」と名前をつけては、
料金が馬鹿だかである。

後、混んでいる。

ちょと待たされた。
その間に旅館にゲームみたいな
ものがあったので
一人抜けてはこっそり
昔懐かしパックマンをやった。

ちょうど三面目に
さしかかったところで、
おかん登場
「あんた、何してんの?料理でてくんで!」
パックマンを食べにくる悪より
速いスピードでおかんは呼びに来た。
まだ終わってないパックマンを終え

食事。

食事の間中に親戚の結婚話。
「あのおばちゃんとこの娘さん、
 結婚して子供できてんて!」
「へ〜!」

おかんの話に落ちはない。

「後、あのほら、ほら、
 あのおっちゃんのあれ!」
おかんの話は、あの!ほら!あれ!が多い。

食べ終わったら、あっさり
「はよ帰ろ」

せわしない両親である。

夜も9時になったら、両親は寝る。

ずっと頭の中では
パックマンのあの「ごわごわごわ。。」
の音楽が流れていた。
実家の夜は長い。
もたなくなり、近所のバッテイングセンターと
ゲームと岩盤浴が一緒になった
この町一番のエンターテイメント施設で
パックマンをしようと思ったが、
パックマンは、なかった。
ので、ゲームの体感スノーボードをやってきた。

正月だ。

2009年1月 3日 (土)

正月は実家

正月は実家に帰って
家族と食事と決まっている。
決めたわけではなく、決まっている。

家族とはそういった
面倒くさいもんで、
「今年はやめとくわ!」
では、すまされない。
幸いな事に僕は両親が好きだから
一緒なのは、そう苦ではない。

そんな矢先に僕は風邪が長引いている。
親父が今通院してるもんだから
風邪を移すと親父の体に良くないので
今年は実家に帰ろうか
帰ろまいかどうしようかと
思った矢先に
案の定、おかんが
「あんたはよ!帰ってきいや!」
の電話。
「風邪やねん!おとうに
 移したらあかんやろ。。。」
即返事が
「ほら!風邪きいつけいうたやろ!あんたは!」
小説教が始まった。
「ちょっとお父さんに聞いてみるわ」

電話口でおやじとおかんのちょっとした会議が。
食事を予約したとこを
キャンセルできるかどうかの会議だ。

キャンセルできるとの事だったので
東京で療養する事に。。。

「あんた今日は、よう寝て、
 明日、帰ってこれたら帰ってきいや!
 あんたは風邪ひいて、あほやな!」

風邪をひくと昔から怒られた。
40を超えても、こんな調子である。

電話を切って東京で療養と思った矢先に
鼻がすーっと通ったような気がした。
小学校の時、学校いくの嫌だった感じなのかな?
そんなに実家は嫌ではないのに。。。

電話を切った後、
元気になったのか
ゴルフの打ちっぱなしにでかけた。

2009年1月 2日 (金)

星の儀式

昼起床。

晴天。

遅めの朝食と昼食を
兼ねたのを後輩と食べにいく。
場所は渋谷の松涛の食堂へ。
ハムかつ定食を食べた。

その後BS11の新春特番へ。

むか〜しお世話になった
阿藤海さんとご一緒させていただいた。
阿藤海さんをご存知だろうか?
俳優さんである。

今から十数年前に
NHKの朝の連続ドラマ「ええにょぼ」で
初めてご一緒させていただいた時
あの強烈な顔面に度肝を抜かれた。
3日で慣れたものの、
別の星からやってこられた方だと
ずっと思っていた。

あれから年月が経ち、
またご一緒させていただいた
楽屋での再会はいきなり首を絞めてこられた。
僕は攻撃をされたと思った。
阿藤さんの星では
いきなり首を絞めるのが
新年の挨拶だと思う事にした。

打ち上げの席で
「お前さ、がんばれよ」と
励ましのお言葉をいただいた。

そんな阿藤海さんの今の活動は、
全国のお塩をおもしろおかしく語るといった
お仕事の依頼が多いそうだ。

俳優といった肩書きを超えて、
趣味的な活動が仕事になっている阿藤さん。
肩書きが俳優の枠を超えてもはや
「阿藤海」といったジャンルなのだ。

僕もそんな枠からはみ出した
自分の名前がジャンルに
なる生き方をしたいなーと思った。
ちっぽけな肩書きに縛られない
自由な活動。

阿藤海さんは、打ち上げを先に帰られたが、
帰りしなは、「ぜんじろう!がんばれよ」
と、股間を握りしめてきた。

この方が住まれる星の儀式は
予想不可能だ。

2009年1月 1日 (木)

今年もよろしく〜!

今年もよろしくね!

昼起床。

お屠蘇と
注文しておいた
おせち料理をちょこっとつまむ。

正月は必ず見る事にしてる
借りて来た寅さんのDVDを
おせちをつまみながら見る。

寅さんやっぱおもろいなー。
ゴクミの出演してるのを見た。
かわいい!
寅さんがゴクミを年甲斐もなく
狙うストーリー。
あっさり、ふられてしょんぼり〜。
あんなあほ〜なおっさになりたいと思う。

元日からよしもとインターネット放送の生放送。

年末に打ち合わせがあって、
「あまり人が見ていないかも
 知れませんがすいません」
なんて気を使っていただいたが、
僕は逆に大勢のほうが苦手なので
「こじんまり大歓迎です!」
と言わせていただいた。

僕は誰がこんな枠、見るねん。。
などの、状況でやるのが大好きだ。
それは、絶対見てない、
絶対流行らないとわかっていながら
流行に流されないお客さんのほうに
興味があるのだ。

もちろん、みんなが見てる前でやるのは、
気持ちがいい。
が、よりによって、なぜこんな場所にと
こられた方自体に興味がある。

それに反して本番は
想像以上に見ていただいた。

番組へのメッセージが

「M-1優勝おめでとう!」
などと書かれた中3の女の子などのメッセージ。

番組欄には
M-1で優勝したノンスタイル君達の写真が。

彼らへのメッセージであった(笑)

彼らのファンの方々。
ごめんね。

2008年12月30日 (火)

ダンボール

以前に僕の幼なじみの友人からダンボールが送られて来た。

中を開けるとアメリカングッズの数々が入っていた。
ネット内で販売をやり始めたので使って感想を聞きたいというのだ。

まるで実家のおかんからたまに送られてくるダンボールな感じのものであった。
おかんからのダンボールの中身には近所のスーパーで買っただっさいシャツ。
レンジでチンして食べるご飯。
後、どこのメーカーかわからんゼリーなどがはいっている。
後、目には見えないものも入っている。
それは、物と物の隙間に「オカン」といった妖気が漂ってそれを嗅ぐとジ〜ンと涙がでそうになるもんだ。

送られて来た幼なじみからのダンボールの中には、ちょっと違う妖気が漂っていた。
昔遊んだ風景や語り明かした言葉の数々といった
「僕、今、がんばってますよ!!」といった感じの妖気が漂っている。
僕もがんばらんとな〜なんて思わす感じなのだ。

彼とは保育園からの仲で今は、住んでる場所は九州で職種も違うのであるが、おもしろセンスが好きなので、映像を作ってもらったりしている。
それをPCといったツールでやりとりしている。
もう35年も繋がっているのは、運命的としか言葉ではいえないのかな??
後はお互いの技術だ。
ネットの普及で繋がりを持たせてくれている。

がんばっている彼のご商売
商品を買うならここ!。。。

何か買ってあげてね!!!

2008年12月29日 (月)

なんじゃこりゃ!

今日いつも書くブログ用の下書きのに、
キーボードに何かのアクシデントで
ランダムに押されたのか?

こんな文字の配列が。

21
121333131111111111
21
3
333211111111111111111

11111111111111111111111

11111111111111111111111111

11111111111111111111111111111111111111

11111111111111111111111111111111111111111111111111111111111

11111111111111111111111111111111111111111111111111111111111

11111111111111111111111111111111111111111111111111111111111

11111111111111111111100000000022000000000222222222222222222

2222222222222222222122222

今日はこれを載せてみました。

年末なのに、
風邪気味で
喉いったい、頭いったい。

葛根湯飲んで寝ますね。。。

今日は、ここで一句!

「葛根湯 飲んだすぐ後 酒を飲む」

今日はこれでしまい!!!!

2008年12月28日 (日)

運命 VS 労働

40代になると
若い女子との、下半身中心の恋愛もいいが、
上半身の恋愛。しかも、男性と。がいい。
これはセックスなどといった
動物的なものは絡めず
ある種、アーテイスト同士の
人間の才能を見て
興奮するといった事なのだ。

ぜんタネでご一緒してる種浦君が
「ぴあのだけ」と言うCDを発売した。
その記念ライブみたいなのがあった。

これはいかないといけない。

帰りの打ち上げでその発売した
CDをいただいた。
今回のアルバムは秋田真治君といった
ジャズピアニストの方と作った
ピアノだけで仕上がった作品である。

音楽の事を褒める才能が僕にはない
ので別の事を書かせていただく。

このCDに僕がぐっとくるのは、
この2人は、仲がいい。
CD作って、売るってな事は、
はっきり言ってビジネスである。
普通はレコード会社なりがお金を用意し
作り、売るのだが、
種浦君がレコード会社の役回りで
作り、売る。
また、ビジネスなのだから
仲がいいなどといった事は関係なくなる。
売れて、お金を儲けて、仲が続けれる。
結果がすべてである。
となるのだが、彼らの場合は、
まず、仲がいいがあって、趣味が合って、
次にビジネスに発展する。
ビジネスは3の次なのだ。
より趣味よりの感じなのだ。

以前このブログで、
さまあ〜ずの面白さについても
この「仲がいい」が原因だって事は
書かせていただいた。
一昔前なら
仲がいいだけではやっていけん!
「子供のままごと」であったが
食うにそう困らない時代に生まれた僕ら。
趣味も多様化された中で育った僕ら。
大人から見たら
「子供のままごと」に見える趣味的な事が、
我慢してやる大人の労働と同格に
いや、上回る時代なのだ。

ただ「仲がいい」は
上辺で気を使い合うような
そんな不抜けたものではない。
ある種、幼なじみであるとか兄弟とか
同級生とか、人間の力では努力しようのない
「運命的」なものが、必要になると思っている。

んじゃー運命的なものがない方は、
どうすればいいか?
ここは、努力と技術しかない。

後、運命を生かすも殺すも人間なのだ。
実は、運命と技術が伴ってこその
ややこしい時代になったかもしれない。
三の次とはいえ、ビジネスである。
ビジネスに運命は関係ない。
大人の作業である。
子供のままごとをきちんと大人が労働しないと
いけない時代なのかもしれない。
そう思うと僕は労働が
足りないなーなんて思ったりした。

僕は、そんな深い事を思い
朝、仕事に出かける前に
コーヒーを飲みながら
恋人からのクリスマスプレゼントとは
また違った意味で、
わくわくし、CDを聞いた。

めっちゃCDの内容は、めっちゃ暗かった(笑)

もし買われた方は、夜、
寝る前に、しんみりしたい時
聞く事をお奨めする。

決して、仕事に行く前や
スポーツの前に聞かないでいただきたい(笑)

ライブ会場のみで売ってるそうだ。

2008年12月27日 (土)

米国産

「すしぶらざーず」と
言うのをご存知だろうか?
いや「スシブラザーズ」
いや「寿司ブラザーズ」
見た事も聞いた事もない方の為に
お教えすると
僕が去年まで外人とユニットで
漫才をやっていたコンビ名である。

相方の名前はマイケル。
米国人である。

国際派と生きごんで
漫才をやってみたものの
国際どころか高田馬場の
ライブハウス以外にはあまり出ず
まったくと言って火はつかなった。
ので、みなさんが知らないのは当然である。

短い時間であったが、
なかなか楽しい経験を
させていただいた。

実はこのコンビは、
去年から活動はしていない。
なぜなら、彼は48歳にして
アメリカのハリウッドにチャレンジをしに
日本の嫁と子供をつれて
カリフォルニアに移住した
というか米国に戻っていった。

その彼がたまたま日本に仕事の関係上
戻って来てたのでお食事会を開いた。

なんとも大胆と言うか、
無謀な人生設計である。
48歳にしてなんのコネもなく
ハリウッドにチャレンジする。
20代の独身ならまだしも、
48歳の上、嫁もいる。
また子供も一人いる上、
なんと、今、嫁は妊娠中だそうだ。
「なんでやねん。ゴムしてちょうだい」
と思わず、彼につっこんだ。

「これからハリウッド大丈夫なん?」
と聞くと 「大丈夫。なんとかなる」
と言った。

彼の口ぐせである。

日本で漫才をやってる頃から
よく聞いた言葉だ。
でも現実は、切羽詰まって
「なんとかなる」ってより
「なるようにしかならん」
ってな具合に落ち着く。
そんな彼だが
彼はいい意味でも悪い意味でも
典型的なアメリカ人だ。
具体的に言うと、駄目であっても、
最後は明るいのだ。
底抜けに性格が明るい。
いや、底が抜け落ちて、
明るくなるといった具合だ。
いわゆるあほなのだ(愛情です)
あほあほパワーはこんなにすごい事か!
と思い知らされた。
資源の少ない御天道様信仰の
か細い日本人とは、ほど遠い
大陸の資源豊富な余裕と明るさを持っている。
日本人特有のどんよりしたのを
からっとさせたい時は
どうするか?

マイケルを見てると
その対処方法が自然とわかった。
まず、寝る。
で、次は、口で「大丈夫」って言う。
誰も聞いてなくても言う。

今回もハリウッドで
チャレンジの様子を聞いたが
オウデイションやワークショップに
今通っているそうだが、
何よりびっくりしたのは、
彼の目標は
来年スターだそうだ。

そんなあほな米国人の
明るさとあほあほパワーに
思わず心救われるときがある。

人がチャレンジするのを
見るのはいい事だが
僕は典型的な、か細い、
小心者の、慎重派の日本人である。
そんな自分が大好きなのだが、
たまに、か細い自分が
ペキっと折れるときがある。
そんな時は米国産のマイケルを
輸入し補おうと思った。

2008年12月26日 (金)

Z賞

今日、打ち上げで若手芸人と盛り上がる
と言う理由で年末に引き受けた
仕事があった。

Z-1グランプリVol2といったイベント。

分かりやすく言うと
M-1の丸パクリなライブだ。

厳密に言うとZ-1グランプリは
M-1の万分の一、規模が小さい上
僕の独断と偏見のみで
一位を決めるといった
へなちょこグランプリである。
それだけなら、僕を認めてない
観客の方々が見に来てたり
芸人さんが出てたら
「お前ごときが
 何を選びくさっとんねん」
ってな具合に なってもいいのだが
びびりの僕は一応
観客賞といった民主制で決定する
賞も設ける事にしてる。

今回でこのイベントは
第二回目である。
第一回目の観客賞は
ジョイマンであった。
Z賞はエクステンション
って言うコンビであった。

僕が与える賞は決して
「世間」や「売れる」と
直結してるわけではない。
僕は、芸人の立場から見た能力を重視する
ある種の身体能力の高さや
ネタ作りのシステムの新しさがネタに
組み込まれているか?を見る事にしている。
なので、「世間は、わかってくれない。。。」
と、卑屈になっている人には
もってこいの場である。
ので、僕狙いで笑いを
とりに来てもいいのだ 

まずは世間の方を
めがけて笑いをとりにいき、
それで笑いがとれたら御の字である。
でもみんながみんな
そんなうまい事いくはずがない。
不器用なので、なかなかうけない。
それでも面白い事を
したいと魂に嘘をつけない
芸人のそんな魂だけを僕は見たくて
開催させていただいている。

今回は観客賞はなかった。
Z賞もないと言えばなかったのだが、
ワンドロップと言う芸人に
決めさせていただいた。

肝心の打ち上げが目的の僕は
みんなの魂を言葉に
したのが聞きたかった。
聞いてびっくりした。
笑いをとるだのなんだのの前に
今のご時世でも、
みんな「売れる」「テレビにでたい」
との思いが、強いのにはびっくりした。
なので、肝心の打ち上げでは
みなさんに「売れたいなら売れよう」
とアドバイスをした。
僕の期待してた打ち上げは
魂ネタ。
後半は下ねたになった。
それでよし!

僕は、賞金をお支払いし
打ち上げ代もお支払いする。
大きな、大きな、赤字である(笑)
わかりにくいあほである。
そんな僕は実は自分に
Z賞だと思っている。

2008年12月25日 (木)

楽屋にて

のりおコントスペシャル終わりに
「ッツちゃうまい」で
ご一緒させていただいてる
Yossyと男だけのクリスマス食事会の為、
早く着替えて準備していた楽屋。
そこは、芸人さん達でいっぱいである。
着替える途中、
ちょこっと打ち合わせをしに
楽屋を出て、隣の打ち合わせ室で
打ち合わせをして帰ってくると
もうみなさん着替えを終えて
楽屋は、からっぽ。

数分前まであの賑やかだった
楽屋とは、うってかわって
シーンとした楽屋になる。

そんなシーンとした楽屋で
早く着替えなければいけないが、
このシーンとした楽屋は
どことなく奇妙な空間になる。

よく楽屋にはお化け的なものを
見ただの聞いただのが言われるが、
僕はそんなのにはまったく興味はない。

奇妙といったのは、
ワイワイがやがやがの
「残り香」みたいな空気がある。
その空気が大好きである。
急いでるのにも関わらず、
ゆったり座って一服吸い、
しないでいいのに
軽く机の上を片付けたり、
物思いにふけったりして、
そんな事を思うと
ふと自分が誰なのか?
何故こんなとこにいるのか
わからなくなる瞬間がある。
宇宙人にでもなったみたいな。。
なんとも楽しい瞬間だ、

スタッフの方が後片付けにはいってきた。
はやくもの思いにふけっているパンツ一丁の
40のおっさんは着替えなければと思い
着替えて、食事会へ。

2008年12月24日 (水)

桂派か笑福亭派か

今日はのりおコントスペシャル。
楽屋ではご一緒させていただいてる
桂楽珍さんとトーク三昧。

演芸を無理矢理2つにわけるとするなら
桂派と笑福亭派にわけられる。

笑福亭といって僕は、
まっさきに思い出すのは、
笑福亭松鶴師匠である。
あのだみ声での「高津の富」は最高だ。
子供の頃、親父が
正月テレビで見ていた落語に
思わず「ジョンジョロリーン」と
おしっこの描写で笑った記憶がある。
うけたらなんでもよし!の
エンターテイメント性の強い
笑福亭派。
仁鶴さんも鶴光さんも鶴瓶さんも
まさしく笑福亭の流れである。

桂と言えば、なんといっても米朝師匠。
「地獄八景」はいつ聞いても
またあのお上品な語り口に
ちょっとドキドキする。
天神さんのネタでの
「またその道中の賑やかな事!」
なんていわれると江戸時代に
タイムスリップしたみたいになる。
と、どこか古典芸能の雰囲気も残しつつの
気品さを感じられる。
枝雀さん、ざこばさん、南光さんは
桂の流れである。

そんな桂の流れに
楽珍さんと言う文珍門下の
48歳のおじさま落語家さん。

ダッチワイフと暮らしてるとか
自己破産をした後すぐに
ファッションマッサージにいったとか
下の方向の逸話の多い方だが、
そこは桂の気品を残しつつなので
嫌な下品さはない。
僕との楽屋トークは、
そんなお話もはさみつつ
落語にまつわるお話を楽屋で
いっぱい聞かせていただいている。

「やっぱネタは慣れやで」
長年やってこられた方だから重みのある言葉。

僕は桂派だろうか?笑福亭派だろうか?

2008年12月23日 (火)

なんとか

僕は未だに自分に才能が
あるのかないのかないのかがない。
自分でもあるかないのかが
わからないのだから
他人にわかるはずがない。

芸歴20年を超えて
なんとかここまで一歩一歩
来れたって感じだ。
自分で進む方向もそうきっちり決めては
ずれたり、時には風に流されたり
なんとか航海し続けてるって感じなのだ。

僕の肩書きは自分では
「スタンダップコメデイアン」って名乗っている。
吉本興業は僕の肩書きをタレントと書く。
時には漫談家やお笑いタレント
なんて書かれるときもある。

やってきた仕事も数々ある。
こんな僕でも歌を歌って
CDを発売したり
お笑いビデオも撮ったりしたり
映画監督の経験もある。漫才もする。
人間の枠を超えて
ロボットや映像なんかとも
漫才をする。
レポーターなんかや
司会に本の執筆や
時に大学で講義なんかもする。
なんでも屋さんである。

そんななんでも屋の僕に
よりによって、ちょっとした

ショートフィルムの監督のオファーを

うけるとは思わなかった。
しかも、いつもやってるような
アイデアの設計から始まり
完成に至るまで、
自分ひとりでするわけではない。
脚本は他人である。
僕は撮って演出して編集。
なのでアイデアや
感覚より技術が求められる仕事である。
アイデアや感覚も大事だが
それ以上に技術は努力や経験が物を言う。

冒頭でも言ったが
才能があるかないかは
自分ではわからない。
が、他人がなんとか
認めてくれた事だ。
断る理由はない。

ここは建築家のように、
自分のやりたい事より
相手の求める図面を丁寧に
作り上げるつもりだ。

また進む方向より
横道に旋回する
仕事が舞い込んだ。
と言うより、
進む方向なんて
本当の事をいうと
実は決めてはいない。
追っても追っても遠ざかる
笑いの地平線を目指して
一歩一歩の一歩が今回の仕事になる。

がんばろう。

2008年12月22日 (月)

盗み聞き

今日、渋谷で打ち合わせがあった。
ファミレスでの打ち合わせであった。

隣に状況してきて
何年目かの女子大生と
田舎から出て来ただろう
母親がトークをしていた。

僕は人の会話が好きだ。
話すのも好きだが
話されるのも好きだ。
もっと好きなのは他人の会話。
いわゆる盗み聞きって奴である。

本来「盗む」と言う行為は犯罪である。
盗み撮りも犯罪だが、盗み聞き。
ただ、マナーの問題があるが、
隣であまりにも
真剣に大きな声で話していたせいか、
耳に勝手にはいってきたのだから
これは仕方ないと自分に言い聞かせ、
思わず聞き入った。

「な、正月に帰るけど、あの人(多分お父さん)
 まだ怒ってんの?
「もう忘れてるんちゃうの?
 あ、このカツおいしいわ。」
「帰ったらあっこの中華食べたいわ」
「あんた冷めるではよ食べや」
「最近あっし太ってん。。お腹めっちゃでてるで。
 ずぼんはいへんもん」
「あんた風邪とかひいてへんの?」
「前引いた」

ここからちょっと無言

「な、たっくんとこのお母さんおるやろ。
 浮気してえらい事なったんやって」
「えー!誰と?」
「誰か知らんわ」
「まじでー?あ、ほんまやうまいわ!このカツ」

僕はお姉ちゃんも妹も
女子の兄弟のいない家庭で育った。
母と娘の女同士の会話を聞いた事がないので
なんとも不思議な会話に聞こえた。

おかげ様で打ち合わせの半分も覚えていない。

2008年12月21日 (日)

ハンガーラックプレート25mm

「すいません。えーっと
 洋服棚の中の棒をささえるあのー
 丸い穴みたいな。。。」
「なんでしょう?
 持って来ていただけますか?」

と、ホームセンターの店員と電話でやりとり。
洋服入れの中の棒に掛ける服が
あまりにも重かったので
そのものが壊れた。

その後東急ハンズへと向かい
そのものを見せると
結局その名前は
「ハンガーラックプレート25mm」
であった。

40年も生きて来て
世の中にあるあやゆるものの
名前を知らないものが多い。

台所にある壁に、ぺたんと
はりつけるフックみたいなのも知らない。

健康診断などで視力を測るときに
片目ずつ目を押さえる
お玉のようなものも知らない。

かぜを引いたときにのどの奥を
見るために口の中に入れられる、
細長いアイスクリームの
さじのような金属の板も知らない。

耳かきのさじ状になった個所の
反対側にふわふわの房のようなもの。
これは以前知った。
「梵天(ぼんてん)」だそうだ。
「梵天」はバラモン教の最高神で、
 仏教では正法護持の神様だそうだ。
それで、耳の中を掃除している。

座布団の端っこの
毛みたいなのも名前を知らない。
僕は昔座布団を枕に寝っころがって
あの毛みたいなのを
指でくるんくるんしながら
テレビみるのが好きだった。
それと指とまとわりつくとなんか安心する。

マフラーの恥じっこの蛇腹になったところ、
最近は僕はあれを勝手に「ニグと呼んでいて
あそこが顔の口の下あたりにきたら
安心し、落ち着く。
最近、僕の大親友なのだ。

名前を知らないものの数々が多い。

2008年12月20日 (土)

今住んでる家から駅に
向かうまでの近道の
細い道でいつも合う猫がいる。

その猫はブロック塀のほっそい塀の上で
ちょこんと座ってじっとしている。

ちょうど僕の顔の高さくらいのところでだ。

目がよく合う。会っても逃げない。
僕はそう動物とかが好きなタイプではない。

いつも思うが、ひょっとしたら、
この猫が、神様かも
なんて思うことがある。

時間があったので、
今日、ちょっと猫に話しかけてみた。

ひょっとしたら、人間の言葉を話し
予言なんて言うかも?
もし、変な予言でもしたらどうしよう?
なんて怖くなりながら
おそるおそる話しかけてみた。

「神様ですか?」

猫は、ぱちりと目を閉じて
軽く無視。

いきなり挨拶もなしにそんな質問は
失礼かなと思い、
「おはようございます」

その猫は、
なんと、
「おはよう」
「よく私が神様と気づいたね。
 ぜんじろう君。いいかい。よく聞きなさい。
 2009年の1月にあなたね。
 一気に勝負しなさい」

なんて返事は、ない。
軽く無視をされ、猫は、きょろきょろ。

話すわけないわな。。。
と、われにかえったものの、
心の片隅では、どこかで
「ひょっとしたら。。。」

と、淡い期待もなくはない。

駅へと向かった。
今日は冬なのに、暖かい。

2008年12月19日 (金)

銭洗い?

今日、江島神社にある
炎を背たらって仁王立ちの
不動明王だけを観に行った。
その帰りに
鎌倉の銭洗弁天に寄った。

銭洗弁天と言うのをご存知だろうか?
ここの弁財天には伝説がある。
源頼朝が夢枕に現れた老人のお告げで
岩から湧き出る霊水を発見し
社を建てて宇賀福神を祀ったというのだ。
この霊水でお金を洗う と
10倍にも100倍にも増えるといわれる。

んなあほな!!
ってな事なのだが、

僕は、んなあほ!な事が大好きだ。

なんとも現金な願いを
叶えにいく場所というか
面白い場所だ。

こんな場所は世界のどこにもない。
ある種の心の公営ギャンブル場だ。

日本人ほどお金に執着し欲が深い反面
お金自体をセコく大切に扱う国はない。

例えば財布に、
はいったお金についてもそうだ。

外国でびっくりしたのは
財布にはカードを入れるだけ。
お札は裸でクリップに挟んで
ポケットに持つ
ってな具合なのだが、
日本人はきちんとした
財布に顔までそろえて
しかも千円、五千円、一万円
など整理していれる。
中にはお札に書かれた顔を
財布の奥にいれる。
つまり顔を下向きに入れると
お金が出て行かなくて
いいなんて言われる方もいる。
そんな事をする民族はこの国だけである。

お金を使うの嫌!!!!
けど、増やしたい。

どんなけ欲深いねん(笑)

なら、米国のようにお金を投資やら
ギャンブルに使えばいいのだが、
そこは、どうも、もったいない。
欲が深い上に、始末の悪いケチなのだ。
そんなメンタリテイーが
日本の財布には詰まってて面白いもんだ。

僕もそんな始末の悪い代表の
メンタリテイーの持ち主だ。
財布は、きちんといいものを持っている。
なんなら、硬貨と
お札の入れ物は別にしている。
そんなにお札も
入っていないのに別なのだ。
もちろんお札の顔の向きは同じく
千円、五千円と並べていれる。
そう持っていないのに並べている。
霊水で持ってる少ない額を
奇麗に洗ってきた。
また100倍になりますように
なんてご利益を願ってきた。

隣でご商売をやられてる方だろうか?
レジごと持って来て
いっぱいのお札や硬貨を丁寧に洗って
ハンカチで拭いて
おられた方々がおられた。
定休日なのだろうか?従業員の方全員でこられてた。

その隣で西洋の方が
日本円とドルを一緒に洗っていた。
一神教の方も不況のこのご時世は
宇賀福の神に祈るのだろうか?

ここではいろんな方の
なんともかわいい光景を見た。

今後、不況に突入なんて言われている。

お金を何百倍にも増やす行為の前に
今持ってるお金を奇麗に洗う。
大切にする。
洗った大切なお金を
何に使うか?
お金でお金をただ増やすだけに使う?
また増えたのを洗わないと。。。
いやいや。
もっと何かいい使い道はないかな?

なんて考えながら洗ってきた。

2008年12月18日 (木)

夜に。。

今日
夜に新大久保辺りを
運転してたら
生まれて初めて
警察官に車を止められて
職務質問をうけた。

パトカーからは
2人組の中堅の警官。
ドラマにありそうな
懐中電灯を顔にあてられ
「免許書見せてください」
と言われた。

「ハイ」と言って見せた後
「ご職業は何されていますか?」
と質問された。

さ、さ、さ、こっからである。
相手が僕をお笑いの芸人だと知らない。
以前、家に警察官が住人確認だと言って
訪ねて来て、根掘り葉掘り聞かれたとき
「芸人です」って言って「名前は?」
なんて言われて「ぜんじろう」
なんて言ったら「知らないね。売れてるの?」
「お前知ってる?」と一緒にいた警察官同士
うすら笑われた。
こんなド!失礼な事をされ
ドッキリカメラかな?なんて思った。
心がペっきり折れて、盗んだバイクで走り出そうかな?
行く先もわからぬまま(尾崎豊風)
なんて思った事があったから
「職業は?」の質問に
「マスコミ関係です」
って言ったら
「名刺見せて」
って言われた。
我々は顔が名刺である。
名刺なんてない。
「いや、、ないです」
なんて言ったら、
「ちょっと降りて」
って言われて根掘り葉掘り
車の中にあるもの一式調べられた。
「薬なんてやってない?」
なんて言われた。
おちょくって、
ろれつがまわらない口調で
「やってまひぇんでえ〜」
って言おうかと思ったがやめた。

僕が「なんでいっぱい車が通る中
 僕を選んで職務質問したんですか?」
って聞いたら
「そんなの答える必要ないでしょ」
なんて言われた。

頭の中ではいつものように
妄想劇を繰り広げた。
上岡龍太郎風な口調で、
「いや答える必要ありますよ。
 それは法律上適切な答えではないですね。
 日本国の憲法にのっとった上で
 きちんとした国家公務員の一員として
 接していただきますか?」
と、言って警察官をぐいぐい壁に追い込んで行く。
警察は、汗だらっだら。。。
なんて妄想。。。。

妄想してたら、
免許書を返された。

その時思った。
この警官の方々は才能がない。
我々も外回りのロケでは、
素人の方にインタビューするとき、
誰が答えてくれそうか
経験と感覚でわかるもんだが、
経験も感覚もないのであろう。。
単に気が向いたからだろう。
「答える必要ない」といったのは、
「答えなんてない」からだろう。
あれは正式には
「答えがないっす。だって、気分でやってまんねん」
だろう。
気分で仕事をするのは
本当に才能がない証拠である。

最後にびっくるする事を言われた。
「安全運転で帰ってください。ぜんじろうさん」

あれ??
ばれてた。。。
遊ばれてたのか?

なら、あの方々に映る僕の芸風は
薬でもやってるように見えたのか?

それはそれでショックだ(笑)

2008年12月17日 (水)

サンタの町

 今日、来週のクリスマスに向け
ちょっと遅めではあるが
クリスマスツリーを買おうかと
ホームセンターに行った。

本当の事を言うと
小さい小さいサンタさんの町全体が欲しい。
大きさは縦30cm横20cmくらいがいい。
そこには、小さな人形やら人々やトナカイがいる。
サンタさん達がクリスマスの準備をしている。
中には遅刻して謝ってるサンタ。
しゅんとしたサンタ。
後輩に説教してるサンタ。
ウンチしているトナカイ。
狂トナカイ。
町に小さなもみの木があって飾り付けをしてる。
夜になると町は暗くなり家に明かりがともる。

手に入ったらどこに置こう。
縁起物としてリビングのど真ん中がいいかな?
寝室がいいかな?
枕元に置いて飽かず眺めているのがいい。
目覚めたらサンタの町。ノースポール。
冬だけではなく春も夏も秋も置きたい。
春先にはサンタが仕事を終え私服でバーで酔う。
夏はトナカイを調教。

用途やお好みに合わせて

サイズやら種類もあったほうがいい。

着せ替えサンタの町。
サンタの服から家の間取りなど取り替えれる。

おしゃべりサンタの町。
家とかにボタンがついてて押せばトークが聞こえる。

危険地帯サンタの町
テロが勃発したりする、本当に小さく爆破がある。

食用サンタの町
町の土が食パン。人やトナカイや家がおかしになってて、
がぶりと食べれる。食べるこっちの側は宇宙人的な感じ。

そんなものはないかと見渡したが
ない。

当たり前だ。

小さめのもみの木と飾りを買って帰った。。

どこかで売っていないかな?
小さな小さなサンタの町。

2008年12月16日 (火)

惑星から来たおばはん

今日、届け物があったので
郵便局の窓口に並んでいた。

僕が郵便物を
出そうと思って
カウンターの上に置こうとした瞬間
荷物の前にすっと自分の手紙を置く人がいた。
ピンクのトレーナーを着た年配の女性である。

僕の視線に気づいていないのかどうなのか
平然と前を前を見て立っている。

この場合考えられる可能性は三つ。

1その方は最初から
 僕の前に並んでいた。
2その方は列に並ぶ習慣のない
 お国の方か惑星の方
3単なる割り込み。

1、2は仕方がないとして、3だ。
この場合には僕がとるべき行為として

1何も言わない。
時が過ぎるのを待つ。
揉めたとて、
また相手を謝らせたとて、
こんな事で不愉快な思いに
一瞬たりともなるのが嫌なのだ。

2抗議する。
戦後日本において一個人の権利を
守られた法治国家
その権利を侵害されたのだから
しかるべき行為をとる。
自由民主主義を守り
人権を尊重するためにも
人権団体を呼んででも、
法の場へでてでも
抗議をし、謝罪をさせる。
謝罪したとて
「態度で示せ」としつこく言い、
晴れ晴れとした気持ちで
この場を後にする。

さ、2の場合である。

僕は本来、海の砂より
しらすの卵より、
気が小さい男なのだ。
3年前に中国で釣り銭を
ごまかされた事を未だに覚えてるといった
度量の小さい男だ。
菩薩のような心ゼロゼロ人間なのだ。
その上、心配性100点満点の男なのだ。

ので、2の攻撃にでたとしよう。
「すいません。僕が先に並んでたんですが」
「あら!ごめんなさい」
といった素直なタイプならいいが、

「なんじゃい!やんのか、われ」

といった凶悪な人格である可能性もなくはない。
そうなると、僕は、おばはんに胸ぐらをつかまれ、
カウンターにじりじり追いつめられる。
おばはんはカウンターの上にある
ハサミやホッチキスを手にし
奇声をあげて突き刺してくる。
僕はなんとかよけて
つかんだ胸ぐらをほどき
じりじりとカウンターを
背面にしてた体をくるりと交わし、
僕もカウンターの上にある
ペンをつかみ攻撃。

すると突然、何故か、場面は変わって、
両手を後ろにぐるぐる巻きになれた
二人が、中世のコロッセム的な
中央で大観衆の見守る中、勝負となる。

「速達ですか?お客さん」
と、局員がいった。
おばはんはもういなかった。

僕は「はい」
といって、お金を手渡した。

多分、あのおばはんは、
僕にしか見えない
どこかの惑星からいたずらに
来た方だたに違いない。

つうか、
局員が順番
注意したらええのに。。

2008年12月15日 (月)

歴史は繰り返すのか?

共産党を指示する若者が
急増してるらしい。

今日はBSの大人の自由時間の収録
僕は、オバマの映像と漫才をやった。

本日の番組の
ゲストは共産党のこくた恵二さん。
共産党を指示する若者が
急増しているとの事だ。

え?と思った。
メデイアに映る自民、民主両党が
ふがいない政治に映るのだろうか?
どこの党も指示できない。
なら、共産党に!
といった具合なのだろうか?

でも意表を突かれた。
今の時代は若者が政治に関心を持たない風潮も
どんどん進んでいる一方
関心を持った若者は共産にいくのだ。
要するに格差社会ということで、
若者たちに身に染みるところがあるという。

きっかけは、蟹工船の本や
連日の政治ニュースの報道がきっかけだろう。
きっかけだけで波は起らない。
やはり水面下の力の溜まりがあったのだ。

その昔「階級」という言葉を耳にした。
いまはその代りに「格差」という言葉が広まり
格差社会といわれる。
左翼とか右翼とかという思想の色が抜けて
いろいろなことが均一になってはきたけれど
所得の格差だけは変らない、ということだ。

昔はそういう不満を束ねた運動とか
反発する闘争というものがあったが
そんなことになる雰囲気はない。
せいぜいネットで、ほざくくらいのもんだ。
昔の闘争も始末が悪かったらしい。
覆面をし自分を隠し責任を逃れるといった
無責任な闘争の結果は何もかわらなかったらしい。
それがネットになった今も結局一緒。
同じく無責任さが横行している。

僕が、かろうじて見てきた共産主義は、
その到達点であるはずのソ連やその他の国々が、
ことごとく制度的に腐って崩壊してしまった 
そんな共産主義が崩壊し
今、アメリカ型の資本主義も崩壊しつつある。
じゃー次は新しい主義になるのかと思いきや
また共産に戻っている。

そんな今、格差だけはますます大きく
いまやごく少数の金持と
大多数の貧乏人との格差は、
ほとんど天文学的数字と
なって伸びつづけている。

今こそ僕は束ねた闘争などではなく
個人個人の品格ではないかと思っている。

モラルや品格が崩壊している今の世の中
根本からモラルや品格を人に植えるものは
ないのだろうか?

えらそうに書いた
僕自身もモラルと品格を持とうと思うのだが、
今のところ何がいいのか
具体的に見当たっていない。

2008年12月14日 (日)

笑いと瞬発力

「わ!あの選手の瞬発力すごいな」と
楽屋でサッカーのテレビを見ながら
芸人達が言った。

今日は団体コントに出演させていただいた。

スポーツに瞬発力があるように
笑いにも瞬発力ってのがある。
アドリブ的な要素の多いトークや
団体で何かひとつの笑いを作るときには
「瞬発力」を必要とされる。

特にテレビがそうだ。
そうリハーサルがあるわけでもない
誰に指示されるわけでもなく
会話の流れに添って素早く短く
発言し笑いをとる。
誰かに言われた後
ゆったり、じっくり長くお話などは
御法度である。
瞬発力ばかりの演芸は見ていて迫力がある。
特に若い方が瞬発力を
競い合うのって気持ちがいい。

僕は昔からこの形式が
あまり得意ではない。
競い合うのが苦手な上
周りに気を使う性格である。
が、逆に自分の時に邪魔されるのも
嫌だといった複雑な性格だ。
また子供の頃から
「きっちりしい」なのだ。
そうなると、了見が狭くなるのだ。

そんな僕の生まれ持った性格も事もある上、
年のせいでどんどん瞬発力が
なくなっていっている。

どん詰まりである(笑)

ここでへこむような僕ではない(笑)
「転んでもただでは起きない」がモットーの僕。

スポーツにも瞬発力だけを
問われるものばかりではない。
マラソンのように持久力や
武道のように道を問われるのもある。
また経験と頭を問われるのも存在する。
ただ、地味である。人気がない。
およそ若い巨乳のかわいこちゃんの
女子がやって結果を残すとかしない
限り人気はでない。

考えたら昔から僕は
自分の狭い世界の中でひっそりやってきた。
年を重ねていよいよ瞬発力がないのが
くっきりわかってきて
持久力や経験で
道を地味だが見せる時期に突入なのだ。

今日のコントでは
物を使って、一発ギャグを
どんどんやっていくコーナーの中
瞬発力のない僕は流れに
添ってやったつもりであるが
案の定、いい結果はでない。
笑えるくらい駄目なのだ。

ただ、一発ギャグを
やった事でここで書いてるみたいな事が
頭にくっきりすらすら浮かぶといった事になる。

そろそろ今後は僕も地味ではあるが
このような瞬発力ではない
ゆったり、じっくり長くお話を
堂々とする時期で世を渡る時期に
はいってきたと思っている。
またそろそろそれを望む時代だって事も
僕は知っている。

2008年12月13日 (土)

忘年会と言う響き

三度の飯よりお酒が好き!!!!
と言う訳ではない僕は
「飲みにいく」と言う時
何かと言い訳なる
理由が欲しいもんだ。

今日は、軽く「忘年会」だった。

吉本興業の年配の
芸人さんから若い芸人さんまで
ちょこっとした人数が
集まりわいわい飲む会があった。

僕は忘年会が大好きだ。
忘年会と銘打ってお酒が飲める。
また忘年会は年を忘れる会とあり
僕にとてはありがたい会だ。
なぜなら僕はひとつの事に
執着しがちで忘れると言う行為は
なかなか難しい。
しかも嫌な思い出ばかりが
記憶に蓄積されるといった
やっかいな人間の本能も
僕は人一倍強いからだ。

はじめのうちは
お互いそうしらない芸人同士
いろいろたわいもない質問からはいるが
酒もはいってくると
案の定、下ねただらけになる。

その次の段階は
どうも女性が恋しくなる。
芸人用語で言うところの
「タレ」が恋しいのである。
誰かが
「タレおらんのかいな〜」
と言うと後輩芸人が走るといった具合になる。

かといって、女性がきたところで
女性中心の会話になったりしない。
女性そっちのけで
芸人同士ふざけ合うのがいいところ。
来られた女性の方々も芸人さんの裏側の
子供じみた悪ふざけに
うんざりして帰るってな感じである。

いずれにせよ忘年会は楽しかった。

2008年12月12日 (金)

ドトールと座禅

朝から打ち合わせの為
銀座へ。
ちょっと早くに家を出た為
銀座界隈に早く着く。

ちょっと時間あったので
外で待つのも寒いと思い
ドトールコーヒーにはいる事にした。

朝のドトールコーヒーは
サラリーマンのおっさんで満員だ。
しかもみなさん一人で来て
苦虫潰した顔でモーニングを食べている。
おっさん年少組の私も
モーニングを頼み壁側の席へ。
壁側の席が好きだ。
外を見ながらもいいが
壁を見ながらの席は気が散らない。

座った席には
右隣には僕より10個上くらいのおっさん。
左隣には僕より15個上くらいのやっぱおっさん。
ドトールは席が固定されてるので
おっさんと席を離して座る
なんて事はできない。
およそ30分いたのだが、
この時間がなんとも面白く感じれた。
まず、ドトールには、よけいな欲を
満たす煩悩的なものはない。
週間大衆やフライデーもない。
両隣おっさん、定員もおばさまなので、
煩悩的なものは、ばっさり消される。
なので自分の世界にいやがおうでも
入らされる。
自分の世界に集中せざるをえないので
打ち合わせで必要なアイデアを考えた。
自分の顔は他の方と同じく
苦虫を潰した顔になっているだろう。

あの朝のドトールの空間は
煩悩がぱっつり切れる空間。

現代はドトールの中こそ
お寺で座禅をし
心を静寂に整えるより
雑念が消える空間なのだ。


 

2008年12月11日 (木)

みんなちゅうちゅう!

ちゅーちゅーってご存知だろうか?

正式名称は何かしらない。
凍らせてアイスにして食べた。
あのちゅーちゅー。
飲んだ記憶はあまりない。

ルミネで新作コント二日目。
楽屋でひさびさ差し入れの
ちゅーちゅーをいただいた。

いつの頃からかあのちゅーちゅーには
真ん中にくびれがある。
なんだろう?
ペキッと真ん中から
折ってふたつにして食べるためだろうか?

僕の記憶では子供の頃は真ん中に
くびれはなかったように思う。
なので、ちゅーちゅーの片一方の突起物の
ところを歯かはさみで切って
中身を絞りだしていたが
最後は味がなくなって氷だけになって
しかも手もべちょべちょになっていた。

食べにくいとクレームがはいったのか
社員からのアイデアなのか
真ん中にくびれがある。

ある種、ちゅーちゅーの
流行のダイエットなのかともとれる。

ただ、真ん中でペキって割るには
キンキンに凍らせてないと割ったとき
中のジュースが飛び散る。
ので、そんな時は、片一方の突起物を
はさみなりで切って真ん中のくびれを持って
ちゅーちゅー吸う。

あまりキンキンに凍ってなかったので
片一方の突起物を
はさみなりで切って
子供のようにちゅーちゅー吸った。
またこのちゅーちゅーって響きが好きだ。
どんなおっさんでも
ちゅーちゅー吸わないと食べれない。
時に赤ちゃんがママの
おっぱいを吸ってるみたいになる。

麻生総理も小沢首相も
これを手にしたらちゅーちゅーいくだろう。
国会で休憩中にちゅーちゅー配ったて
ちゅーちゅーいったら
変だろうな〜なんて思った。

そんな細かいこのような事は楽屋で話してないが。

楽屋でみんな無言でちゅーちゅー。
みーんな赤ちゃんになっていた。

2008年12月10日 (水)

プリテイーウーマン

頭の中で急に「プリテイーウーマン」の
イントロが流れてきた。
しかも舞台の稽古の最中。

今日はルミネで新作のコント。
朝から舞台稽古をして午後から本番である。

舞台稽古をしてる最中、頭に
「ジャッジャジャジャ」とイントロが。
僕は別にこの曲が好きな訳ではないし
プリテイーウーマンもすごく好きな映画ではない。
なのに、何故か、頭の中は
「ジャッジャジャジャ」と「プリテイーウーマン」
の、イントロが流れた。

コントの設定は「戦争」と
シリアスなところから始まる。
なのに頭の中は「プリテイーウーマン」
頭をふっても、何しても頭に音楽がなっている。

こんなときは一日中頭の中で
鳴っているときがある。

こんな時には別の音楽を頭で鳴らし
今頭でなってる音楽を消すなんて事をする事がある。
が、今回の場合は、なかなか消えない。
以前は「ピンキーちょうだい」のCMソングが
頭からずっと離れないときがあった。

頭ではこの音楽が鳴ってるのに
行動と言えば
「おい!命を落とすな」
とシリアスな台詞を言っていたりする。
やっかいな話だ。
幾度か頭をふってみるものの
「ジャッジャジャジャ」と「プリテイーウーマン」
の、イントロは勢いをつけて、ループする。

リハーサル終わりの昼食の時、
ちょっと軽く乗ってなんちゃって歌詞をつけて
歌ってみた。

止まった。

頭の中でのちょっとしたノリツッコミ成功!

頭の中の音楽。
次はどの曲が選曲されて
脳内でボタンが押されて
何が鳴ってくるかわからない。

2008年12月 9日 (火)

はへはへ

9時:00 朝起きて鞄を見たら財布がない!!!
9時:00 あれ?
9時:00   こんな時全身の毛が
    どんどん開いて「はへはへ」ってなる。
9時:01 昨日着てたジャンバーに
    はいってないか見てみる。
9時:01 ない。「はへはへ」ってなる。
9時:01 財布を最後に使ったときを思い出す。
9時:01 昨日最後にラーメン屋さんに
    その時お金を払った事を思い出す。
    そのレジの時から財布は見ていない。
9時:02 レジのお兄さんが盗んだ犯人だと思う。
9時:02 いやレジで忘れたなら
    置いもらってると願う。
9時:02 カードなどを止めないとと思う。
9時:02 もし盗まれてるならカードを
    使われていないかと心配になる
9時:02 ひょっとしたら車の中に
    落としてないかと思う
9時:03 服を着替えるがパニックになってて
    パジャマの上から服を着る
9時:03 着るとき慌ててて
    ズボンがうまくはけずにこけかける
9時:04 外に出る
9時:04 頭の中でもう一度財布を
    最後に見た光景を思いだす。
9時:04 最後に見たのはやっぱりレジだ。
9時:05 なぜかファミリーマートの
    エクレアが食べたくなる。
9時:05 財布がないと買えないなーと思う
9時:06 駐車場の車に到着。
9時:06 ドアを開けて車の前方座席を見る。
9時:06 ない
9時:06 後部座席を確認
9時:06 ない
9時:06 財布がない。。。
9時:06 神様ーなんてこんな勝手な時に思う。
9時:06 とおもった矢先車の座席の下に
    財布らしき形の物体がある。
    くっきり見えてくる。
9時:06 全身の力抜ける。。。
9時:06 やった!と声がでる。

    あった!

9時:07 レジのお兄さんを犯人だと
    思った自分に大反省する。

9時:08 この事はすぐ忘れる。

2008年12月 8日 (月)

下っ腹と頭

本来の笑いってもんは
下っ腹が痛くなる程笑えるのがいい。

昨日はDoppling宇宙という
中野の地下でのマニアックなイベントの日。
このイベントはひとつのテーマにそって深く
追求するイベントである。

今回は
「〜はたしてこの現代日本において
 ユーモアは存在するのかに関する考察〜」
といったお堅いテーマで行った。
ここでお話する中身は
論理的なお話を頭で笑うお話だ。

子供の頃教室でシーンとした時
誰かがおならをブーってして
下っ腹から笑った経験がある。
関西の小学生で育った
小学生なら経験は一度はある話だ。

大人になった今、
おならで笑いをとったりする事はない。
頭でネタを考え、
頭で笑う笑いをやっている。
その頭で笑ってるのを
下っ腹で笑えるまで到着させた時
最高の喜びになるのだ。

ユーモアのそもそもの語源は
ギリシャ時代に遡ると医学用語だ。
「体液」といった意味で
体液には4つの要素からなりたっており
その4つのバランスをとる
潤滑油みたな液が
「ユーモア」といわれている。

これをイギリス人が
言葉と体と社会と個人とバランスの潤滑油や
怒りや悲しみや
哀れみの潤滑油に「ユーモア」と言う
概念に使い今や日常会話で必要不可欠となった。

このイギリス産のユーモアの言葉は
明治時代に夏目漱石や坪内逍遥が留学をした時に
日本に輸入をしてきたそうだ。
当時の日本には、イギリス人みたいなユーモアは
なかったそうで、びっくりしたらしい。
漱石は「可笑し味」と訳し、
逍遥は「諧謔(かいぎゃく)や俳趣」と訳してたが、
どうもしっくりこず、
ユーモアと外来語のまま使っていったそうだ。

漱石や坪内逍遥が留学したときに
びっくりしたユーモアと言う化け物。
それは、はたして今の日本には存在するのか?

結論を言うと、
僕は「日本語」自体が
実はユーモアたっぷりの言葉であると
言わせていただいた。
謙譲語、尊敬語などの
使い方や同音異義語などが
多い日本語自体で実は
潤滑油になるユーモアだ。
もう一度僕は日本語を
見つめなおす時期に来たと思っている

子供の頃のあのシーンとした時の
笑いの潤滑油はおならであったが、
大人になった今は言葉である。

あの子供の頃の
おならの笑いに
勝てる笑いはないかと
日々悩んでいる。

2008年12月 7日 (日)

楽屋文化

「今から出前注文するけど誰か食べる人?」

村上ショージさんが楽屋にいる
スタッフや芸人に問いかけた。

今日は浅草花月で舞台があった。

浅草花月は他の劇場とはちょっと違う。
楽屋って言う文化が存在する劇場だ。
大師匠がいて、師匠がいて、先輩がいて、
新人が雑多に楽屋でいる空間がある。
そこで学ぶ事は大きい。
僕はぎりぎり楽屋文化で育った芸人だ。
僕より下になると、いきなり個室の楽屋か
同じ年齢くらいの芸人とのある種
学校のクラブみたいな場所になる。

楽屋文化の中でどっぷり育ったショージさんは
自分だけで食事しない。
後輩やスタッフにまず気を使い
みんなで食事をしようとする
なんなら自分はあまりいいものを食べなくても
周りにいいものを食べさそうとする。

この文化を初めてみた時
びっくりした。
思い返せば
僕がこの世界で初めてみた芸人さんは
「さんま」さんだ。
17歳の時、実は僕はNSCと言う
芸能学院の説明を吉本興業に
受けにいっていた時
さんまさんがリハの為に登場。
「お好み焼きいる人?」と
そこにいる方全員に聞いて
財布から2万円ほど
取り出してジミー大西さんが
買い出しにいったのを目の当たりにした。

もうそんな楽屋は今は存在しない。
そんな文化はない。

そんな文化の中で育った
ショージさんは舞台上でも
「誰か笑いいる人?」といわんばかりに
笑いを後輩やスタッフと分け合うのだ。

僕も改めてそんな芸人になっていきたいし
そんな文化を伝えたいと思った。

こんな裏話な事を書くと
「裏を話して夢を潰すな」と
おしかりのメールがあった。
そんな方は申し訳ないが
僕のブログを見ないでいただきたいと願う。
僕はこういった事を知った事で
逆に夢がもっと広がり
ショージさんが、舞台であほな事をした時
もっと心に響き笑える話だと思っている。

2008年12月 6日 (土)

うるさい自分

今日は台本覚えから
イベントで話すネタの整理から
一気に3つくらい
しないといけない事なのに
非常に切羽詰まった。

台本の中に、
「あるあるネタで爆笑をとる」
と書いてある。

「腕時計を見るとき必ず、手がグーになる」
「贔屓のチームがホームランを打たれたら
 俺がたまたまテレビみたから
 ホームランうたれたって思う」
「コンビニのあるある
 おでんに浮いてる白いはんぺんを
 見るといつもにくまん浮いてるって思う。。。」

ん〜どれがええかなー。

今日の夜にリハーサルである。

内容を決定しないと
いけない時期が迫ったのに
こういう時にかぎって頭の片隅で
もう一人の自分が難解な
会議の議題をふってくる。

「あるあるネタって何?」
こんな難解な事を考えるより
ネタが先決なのに。
あるあるネタは
お笑いのファンからすると
レベルが低いとされている。
「もしもの世界」SF的なほうが
レベルが高いとされているが、
はたしてどうなんだろう?
僕は実はあるあるネタって大好きなのだ。
「あるある!」なんて
お互いの共通項を探し合って一緒になれる。
年代や性別を超えて共有できるなんて
なんとすばらしいい事
なんだと思うから大好きである。
逆に「そんなんあるか?」なんて笑いは
共感を得れないし
自分よがりになるので嫌いだ。

僕はそんなレベルとかどうでもええわ!
低かろうが、高かろうが、安くとも会場が
どっと笑うネタネタ。。と思うと、

またある議題が浮かぶ、
「レベルが高いって事は
 レベルの低い人に
 指示されないって事やから
 笑う人が少ないほうがレベル高いのか?
 いや、でもそれは、結果
 すべってるって事になるのでは?」

レベルが高いなんて言われてるのは
「もしもの世界」である。
が、「もしも」も
所詮、「あるある」が基盤で
その延長の「ありそう」でなければ
共感を得れない。
SF作品でも今の常識の範囲内の情報を基盤に
書かれたものが、共感を得ている。
じゃーレベルが高いって事を目標にすると
誰もわからないって事になって笑いがゼロになる
ならレベルが高いだの言ってる人間からも
結局すべってると判断される。

ややこしい話が頭を巡り、
共感を避け、
もしもの世界を
物理学まで持っていき
レベルを高く高くして
自分によがって
考えていくとどんどんこの地球から
離れて、宇宙空間にまで行く。

急に怖くなって
台本をぱたんと閉じて
ついでに自分の頭の中のスイッチも
パチンと切って
仮眠して、リハへと向かった。

レベル低いとされてる
老若男女が共感できる
共通項を探す作業も
自分よがりが強い、
僕には実は難しい作業だと思う。

2008年12月 5日 (金)

一人旅

今日は朝から浅草にて
「ッツチャうまい」の総集編のロケ。

夜までロケが続くと思いきや
あっさり昼すぎに終える。

ぽっかり予定が空いたときに。。
さ!どうするか?
家に帰ってネット見て時間が
たってお酒のんで酔って寝る
ってなのも時にいいのだが、
40を過ぎた僕。
出不精になってしまう中、
ここはちょっぴり
アグレッシブ的な行動と思い
出演者の方々と浅草寺に行って
みなさんとお別れしてから
ちょこっと電車に乗って
プチ一人旅にでようと試みる。

頭の中で小説のような
シュールなストーリーを自分で描く。
「僕は突然、海がみたくなり
 ひとりで電車に飛び乗った。
 その道中に出くわした無人駅。
 突然降りたくなり降りてみた」

ただ、突然降りてみたものの、
なーんか寂しくなり
また突然電車に乗って、
携帯電話の町ナビなんぞみながら
計画をたてる。
えーっと、15時に千葉の幕張駅について、
なんかうまいもん食ーべよ。。。
えーっと、グルナビで調べて。。。
「わ!駄目じゃん!
 一人旅失格じゃん!」
と言われてしまうが、
すいません。
こんな僕なんです(笑)

一人旅グランプリがあったら
確実に一回戦負けである。

なんか、一生僕は一人旅の
醍醐味がわかないだろう
と思うと切なくなって来た。

幕張の海は案外奇麗で穏やかであった。

2008年12月 4日 (木)

裸の天使

今日、治りかけの風邪を最後しとめるため
ご近所のお医者さんへ。
総合病院もいいが
風邪などは近所の小さなお医者さんがいい。

今回の風邪は、やたらくしゃみがでた。
くしゃみって変なもんで
自分である程度セイブできるのだが
セイブできずに
はくしょん!!!なんてやってしまう。
この時の感覚が大好きだ。
意識がぷっつりと途切れて
何か体だけが、
何かに操られてる感じがたまらない。
その「何か」だが、あほみたいな話
僕は羽の生えた小さな天使の
いたずらだと思う事にしている。
この天使は僕と同居している。

例えば、夜中炊事場で
がたんって音がする時がある。
壁に吊しているお玉が落ちただけなのだが、
僕は天使が眠くなって
飛んでる最中にひっかけたと思う事にしている。

白い服を着てカレーうどんを
食べて飛び散らないように用心してたのに
服を見るとうっすらはねてるときにも
あ、いたずらか。。。

シャンプーをしてて
リンスの容器のシュポシュポを押した
つもりがまたシャンプーの
シュポシュポでまた髪の毛を泡立てた時
あ、また、奴の仕業。。。
なんて思ったりする。

くしゃみも天使が僕の体内にはいり
横隔膜をこそばしたに違いない。
いや、そもそも天使は裸である。
風邪をひいてるのは天使で
その風邪がうつったのか?

まもなく風邪はなおる予定。

2008年12月 3日 (水)

空と言う文字を見ると「そら」と読むが
僕は「くう」と真っ先に読む。

今日は村上ショージさんと
ワンコインライブにてM-1の報告会があった。
が、村上ショージさんが欠席といった会になった。
急遽何らかのアクシデント(お仕事)で
来れなくなったので
急遽村上ショージさんにゆかりのある
芸人ばかりで村上ショージさんについて
ああだこうだとお話する会になった。

当然、お客さんは寝耳に水。

なんとか、納得してもらう為に悪戦苦闘。
司会者がなんともナイスな
フォローをいれた。
「いないと言う事が逆に
 普段よりくっきりいると
 いった形にしてみせます」

空(くう)の概念で笑いを誘った。

さ、この空(くう)である。

般若心経には幾度と出てくる文字である。
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色

僕が初めて般若心経にふれたのは
小学校の時
レインボーマンのドラマの中であった。
「阿耨多羅三藐三菩提
(あのくたらさんみゃくさんぼーだい)」と
やまとたけしがレインボーマンに変身
する時のフレーズ。
子供ながらに、これを唱えたら
本当にレインボーマンに変身できると思っていた。

やがて大人になり、改めて聞いた般若心経。
「阿耨多羅三藐三菩提」のフレーズのところで
レインボーマンを思い出しぐっときたのだが、
やはり後半の「ギャーテーギャーテー」にぐっとくる。

あのサンスクリット語。

ここの部分は訳されていない謎の真言。
いや、呪文。
このフレーズ聞いたとき、
格好良すぎて、まさしく僕は頭の中が
空(くう)になった。

そんな事を思いながら
「ギャーテーギャーテー」
ならぬ、みなさんに笑いの真言をと
無我夢中でお話をした。

会場に来ていた
村上ショージさんファンは

やっぱ

怒っていた。

空(そら)怒るわな。。

 

2008年12月 2日 (火)

この感じ。。。

それまで気にも留めなかった事が
突然どうしようもなく
変に思える瞬間がある。

今日は夏に撮影した映像の字幕を
朝からずっと入れる編集をやっていた。

口と文字の入れるタイミングを合わそう
とやると何回も同じところを繰り返し
見ると言った作業になる。
同じ文字を何回も見てたら、
突然、「人間」と言う字が何故か、
「人」と「間」に別れて
「人」がいきなり
ハングル文字っぽく思えてくる。
この感覚ってわかるだろうか?
そうなると、「別」「回」「語」も
ハングルになる。
なったと思いきや
次に訪れるのは、ハングルぽく見えた
「口」が、
次は、何かの記号みたいになって
見れば見るほど変になってくる。

この感じは、
今日始まったばかりではない。

小学校のとき
漢字練習帳で「変」と言う字を
ノートに何回も書いていたら
「変」と言う字が
バッタの顔に見えて来て
ノートいっぱいのバッタの顔になって
こわ〜〜〜!なんて事があった。

そんな事を一回思うと、
まったく物質が別のものに
見えてくるといった現象になる。

昔は、おかんの存在である。
小学校の時の担任がおかんっぽかった。
あれは絶対おかんが変装して
学校に来てるのだと思った。
家に帰ってご飯を作るおかんを見て
あれは担任なんだと思った。
なので、一度、学校にいってきます!
といって出て行って
忘れ物をしたふりをして
帰ってみると
おかんが着替えていたのを見て
やっぱり!!!なんて思ってぞっとした。
そうなると自分は
全然他人の家の子になって
地球上に産み落とされた僕ひとりぼっち。。
なんて思う事があった(笑)

大人になった今、
そういった事はほとんどなくなったが、
この現世にある物質と僕との感覚の
意味がぶつぶつ切れて僕は宇宙空間から
この世の物質を見てるかのような感覚になる。

この感じは嫌いではない。

2008年12月 1日 (月)

ユーモアって。。。

以前こんなアンケート結果を見て
へーと思った事があり気になっていた。

米国と英国や日本などの女性に
「恋人または夫になる男性に
 あなたが一番望むものは?」
と質問したところ
日本では「優しさ」だったのに対し、
西洋のほとんどは
「ユーモアのセンス」であった。
西洋の女性が男性に望むのは、
「お金」じゃないのかな?
なんて思ったが、
案外「お金」と答えたランクは低かった。
またびっくりした事に
「優しさ」なんて答えは
のっていなかった。

日本人の僕は「優しさ」と
書いた女性の気持ちが
なんとなーくわかるのである。 
でも「優しさ」は国際社会からしたら
変なのである。
じゃー優しさって何か?と言われると
びしっとは言いにくい。
案外「優しさ」は突き詰めると
「都合の良さ」かもしれないし、
逆に「厳しさ」であったりかもしれない。

今回書きたいのは、優しさのほうではなく、
「ユーモアのセンス」のほうである。

西洋の方々がそんな一位になる程
重要なユーモアにめっちゃ興味があった。

日本でいったら「面白い人」なのだろうが、
どうも面白い人と「ユーモアのセンス」とでは
ニュアンスが違うように思うのだ。

なんだろう?
このユーモアのセンス??? 

確かに西洋ではスピーチなどでも
ちょっとウイットにとんだ笑いをとる
って事をどの方でもやったりする。

逆に言うと、そんなに求めないと
いけないほどのものは、
案外、西洋人ってユーモアが
実は、ないのでは?
なんて頭の中でぐるんって反転して思ったり。

じゃー日本人は「ユーモア」なんぞを求めなくても
備わってるのか?

いやはたまたそんなユーモアって
概念自体この国にないのか?

ユーモアは明治時代に輸入された概念であった。
日本語に訳されてないのもおかしい話だ。

ここ一ヶ月くらい
それに関する考察をやってきた。

そのイベントが今週日曜日にある。

ご興味ある方は是非。。

Doppling宇宙Vol,14〜はたしてこの現代日本において
          ユーモアは存在するのかに関する考察〜」
日時:2008年12月7日(日)
開場18:30/開演19:00( 約2時間 )
料金:3,500円(1ドリンク付き )#食事サービスあり
出演: ぜんじろう 種浦マサオ
★先着15名様限定で、現在7名の予約がはいっています。
場所:live@taneura.comまでメールで予約ください。
当選者はメールで返信させていただきます。

2008年11月30日 (日)

楽茶碗

楽茶碗の体験入学にいってきた。

なぜそんな事になったのか
ちょっと長い説明がいる。

とある雑誌で人類学の中沢新一さんの
記事を読んだからだ。

この方曰く
今の時代は、昔みたいに食うには
そう困らないが
心がなんとも貧困の時代だと言う。

この打開策に釈迦が愛読したと言う
神話を解説されていた。
この神話の主人公は、
俗世間に生きながら肉も食い
セックスもしていく中で
真理を説き心が豊になっていかれた
人物だと言うのだ。

今こそあの精神が
必要だと書いてあった。

間違えがちなのは
「欲を削ぐ」っていうと
持ってるものを捨て、俗世間から
ひっそり離れる事だと思いがちである。
今の世では、家族もいる。会社もある。
そんなものをみんなが
捨てたらえらい事になる
そんな事は案外簡単だと書かれていた。
それより俗世間のど真ん中
欲があふれる中
自分も欲を満たしながら
真理を追求し心豊にするためには
より強い精神が
必要だと書かれてあった。
その上、その為には何が必要か
まで書かれてあった。

これは、豪華絢爛の秀吉を前に
商売人でありながら、
茶の湯を体系づけた
千利休。
彼の挑んだ「侘び寂び」の精神が
必要だと書いておられた。

これは僕で言うなら、
芸能界や吉本興業といった
ド!資本主義である。
儲かれど売れれどポッカリ
心に穴が空くと
言われる憧れの先輩方も少なくない。
これは時代的に仕方のない世代で
育たれた方々だ。
そんなメッセージを
いただいた我々の世代は、
次は、金銭的にももちろん、
心も裕福になっていく世代である。

「心が裕福」とは何か?
は、数字や論理では表せない。
でも、そこをきちんと理屈で
知りたいし、理屈で言いたいと思って
千利休的生き方を調べていくうちに、
禅の魅力、美の魅力、侘び寂びの魅力を
紐解く面白さにブチ当たった。
楽茶碗はまさしく千利休である。
利休は禅の文化を茶の湯に
取り入れ体系づけた人物である。

そんな楽茶碗の体験入学。

生徒は、おばさま、
おじさま、いっぱいであった。
外からみたら、茶碗作りは、
なんとも地味な作業であった。

ま、物は試しに
短いコースを予約しようと思っている。
何か面白い事が発見できる期待を持ちつつ。。

2008年11月29日 (土)

科学の子と笑いの子

「デリカテッセン」や
「ロストチャイルド」を撮った
仏出身の映画監督マルク・キャロが撮影した
ロボットに関するドキュメンタリーの放送に
ついてのメールが届いた。
僕はロボットとの漫才を収録してもらった。

まもなく放送予定だそうだ。

このドキュメンタリー作品の
興味深いところは、
主人公が鉄腕アトムである。

アトム目線で今の
日本のロボット産業に関わる
幾つかの取材をするといった内容だ。

アトムは手塚治虫さんの
描いた漫画の主人公である。
今も全世界で指示をされている作品だ。
作品の中では、アトムは、
2003年に生まれた事になっている。
今の世は2008年であるが
アトムらしき、
正義と勇気たっぷりの
「科学の子」は、誕生していない。
どちらかと言うと、
今は、精一杯働き人員削減を促す
「経済の子」のロボットは誕生した。

僕はアトム目線も興味深いが、
手塚目線なら、いかがなもんだろう?
手塚さんが生きていたら、
今のロボット業界を
どう思っているのだろう?

僕の世代はあまりアトムで
がっつり感動した世代ではない。
どちらかと言うと
ロボコンやドラえもんである。
中でもロボコンは強烈であった。
中でもロボパーが好きであった。
ショックのパーといってぶっ壊れる。
言わば、正義も勇気もない、
なんにも持っていない。
持ってるのは、アホ。
そう、アホロボなのだ。
「科学の子」というより
「非科学の子」といった感じなのか?

僕もロボットと漫才をするシーンを収録し
インタビューにも答えた。
一応インタビューはアトムといった設定。
まさか、アトムと絡むとは思ってもみなかった。

トークとユーモアに満ちあふれた
「笑いの子」パペじろう君。

どこまで採用されたかは
わからないが、出来上がりが
楽しみである。

 

2008年11月28日 (金)

ユダヤ人

東京の電車と言うのは殺人的に混む。
もう満員だと言うのに人は乗ってくる。
朝や終電ならわかるが、
帰宅時間の夜7時すぎ
そんなに急いで帰って
何をいい事があるんだろう?

混みあいだすと
昔見たユダヤ人が
アウシュピッツの収容所に
輸送される映像が頭をよぎり
ユダヤ人になる。

ユダヤ人になった僕は
心がける事がある。
体のバランスを保つ為、
つり革の近くに行く。
でも、通路付近で動かないおっさん。
そこが原因で混む合い
つり革もない混んでる
ど真ん中に来た場合、
神経を集中さすのは、
足の裏である。
日頃の電車の込み具合に
慣れていない僕は
電車が傾くと、どどどどと、
倒れ込み迷惑をかけてしまうので
足の裏のどの部分に
力をいれるかに集中さす。

後、とんまな方が乗っている場合がいる。
今日は駅に着く度ごとに、
「プッシュー」と口で電車音を発する
普通のサラリーマンのおっさんがいた。
笑ってはいけない。

各駅停車なんかに乗ったら
どんどん入り口付近が混む。

いつも思うが
電車もエレベーター
みたいに体重制限があって、
満員になったら、ビーって鳴る
そんなシステムにすると、
恥をかくのがいやな
恥ずかしがりやの日本人は
きちんと次の電車を待つだろう。

サラリーマンの方は
混んでる電車も仕事のひとつで大変だなーと思った。

2008年11月27日 (木)

鼻詰まり

朝目覚めると喉がからんからん。

来た。
風邪。
鼻水ずるずる。
そうも言ってられずに
本日のライブの準備。

車で行こうと車に乗り込むと、
英語の表示でFaltやらなんやら、
電気系統が故障。

車も体も故障。

ライブの日はなにかとナーバスになる。
客入りは大丈夫だろうか?
ネタはきちんと話せるか?
そこへもってきて、
ついてない事が大きく2つもあると
全体が、どんよりする。

一人噺は、
「嬉しさ余ってやる」と言うのが
そもそもの基本なのだが、
やる気が一瞬なくなりかけた。

が、そこは、
「嬉しさ余って。嬉しさ余って」
なんて呪文のように念ずる。

毎回風邪をひく度に、体が資本だと思う。

そして本番。

今回のテーマは『LOVE論」

マイク一本で1時間30分も、
話してる最中に
鼻からたらんと鼻水が幾度となく
たれ、照明できらんと光ってたそうな。。。

鼻詰まりは面白いもんで、
嗅覚を失う。
嗅覚を奪われると食事もうまくない。
健康な時には気づかない。

笑いの嗅覚ってなんであろう?
面白そうなネタに
なりそうな事を探す感覚だろう。
この笑いの嗅覚は失われないように
しないとと思った。
ただ、売れてくるとネタなんてどうでもいいやと
笑いの鼻づまりになる。

明日病院に行こう。

2008年11月26日 (水)

がまん

生きていく中で一番大事なのは
我慢である。
我慢が出来ない人は
損をするのである。

今日は、T-1選手権。
なべやかん君主催の
「トークナンバーワン決定戦」
ここに出てくる出演者は
本当にいつも奇妙である。
タウンページにそんな肩書きの職業は
のっていない方々ばかりである。

元警察官の物まねタレント
元サラリーマンよろず怪しげ解説 
社長令嬢の30歳を超えたお笑い女芸人
主婦をしながらアーテイスト
打ち上げでこんな方々の席にまじり
お話をした。

みなさん30歳を超えたいい年齢である。
しかし、警察官や令嬢や主婦では満足を得ない
「もっと何か」を求めに生き方を変えた
方々ばかりだ。

さ、この「もっと何か」である。
この何は、物理的な
お金といった「もっと」ではなく
心の「もっと」である。

食うに困る時代ではない。
こんな事を書くと、
石原都知事から
「俺たちの子供時代は
 食うに必死だったから、甘えんな。
 今の若いのは辛抱足らないんだ。
 だから駄目なんだ。」
と、おしかりをうけるであろう。
ごもっともである。

ひとつの芋を食うために我慢をし、
なんとか働いて、
買ったときの感動は
そらいいなーと思う。

でも、時代が違うんだもん(笑)
芋やっすいんだもん(笑)

困った事に技術の進歩と
物がありあふれてる事が
人間の大切な我慢から遠ざけてしまったー!

科学や物理は時に人間を便利にする。
が、我慢を剥奪し、心を不便にするといった
なんともやっかいな事をしてしまったともいえる。

そこで最近はみんなどうするか?

心の裕福を求め、
ボランテイアにいく方もいる。
宗教にどっぷりなんて方もいる。
が、芸の道へと来る方もいる。

芸の道は、なんともやっかいなもんだ。
がんばったからといって、
結果が直結する世界ではない。

なんせ、方法論もそれぞれ
答えもそれぞれなのだ。

売れる売れないといった
基準値のはっきりしないものもある。

今日、感動させたからといって
同じもので、
明日感動させれるわけではない。

感動さす便利な科学や物理もない。
お金をつめば感動されるものでもない。
なら、お金を配ったほうがよかったりする。

逆に言うと、
そう努力しなくてもひょいと売れたりして
ちやほやもされたりするが、長続きしない。
続いたところで、感動はない。

そこで、
ここは、我慢なのだ。
売れる?為に我慢だ。
いい芸をする為に年月をかける我慢だ。
人間にお金をつける奴達の卑劣な扱いに我慢だ。
誹謗中傷に我慢だ。
妬み嫉みに我慢だ。

こんな理不尽な事に我慢が必要なのだ。
この我慢をした後の結果は
なんとも、快感を得れるのである。

我慢させられる時代ではなく、
我慢を進んで趣味でしていく時代なのだ。

なんなら、笑うのもちょっと我慢してみても
もっと快感を得れるかもしれない。

これからは我慢を趣味でやっていこうと思った。

2008年11月25日 (火)

自慢大会

のりおコントスペシャルの本番。

楽屋では僕くらいの年齢になると
自慢大会が始まる。
なんの自慢かと言うと
それは病気自慢大会である。

お金自慢やモテモテ自慢や喧嘩自慢は
聞いててうっとしいが、
病気の自慢は面白い。

まずは、尾籠な話だが、尿のお話。
みなさん尿の切れが悪くなると言う。
夜中には必ず2、3回起きて尿をするのだが、
一回終わったと思ったら、尿がジャー。。。
「あるある」とこういった具合になるのだ。

後は痛風。
「あー痛いわ。足の親指」
と、楽屋で飛び交う。
出演者は痛風気味の方々ばかりである。
痛風はその昔贅沢病と言われた病気である。
そう贅沢もしてそうにない芸人さんが
ほとんど痛風。
贅沢な時代である。

腎臓、肝臓、
中には、胆嚢(たんのう)?
などといった聞いた事もないようなところも
劣化してる方もいる。

身振り手振りで
おもしろおかしく病気自慢をお話をする。

なんだろう?

この自慢な感じ?

学生時代にけんか自慢をやった。
自分がどれだけ素行が悪いか自慢をしたが
年がかさむと、体が悪い自慢である。
この手の話は面白い。
高齢化社会になっていっている。
どんどんお話が面白い方がふえるであろう。

2008年11月24日 (月)

謝りっぱなし

今日はのりおコントスペシャルの
新作のリハーサルがあった。

団体でのお芝居的なものは
一人芸でずっとやってきた
僕にはなんとも新鮮である。
また学生時代も卓球部といった
一対一の形式のスポーツ経験者なので
団体プレーは、僕には新鮮である。
団体プレーで大切なのは、和である。
僕は和を乱すのは得意なのだが(笑)
和を保つのは不得意だ。
それは、僕は我が強いタイプだからだ。
その反面
僕は、すぐ謝るといったややこしい性格だ。

もちろんこっちが悪いとき
謝らなければいけない時は、
きちんと謝るが、
悪くない時も、結果、謝ったりする。
それは、まず人と揉める
自体の空気が嫌なのだ。

これは恋愛でもそうだ。
けんかしてこそ仲がいいとかいうが、
僕はそれが苦手なのだ。
好きな人に嫌われるのが怖い。
それで、別れてもう合えないという
寂しさも怖い。
だからなんかあったら、もうすぐ謝る。
一生懸命謝る。
正しいとか正しいくないより
好きでいる事のほうが重要なのだ。
自分ひとりでやってきた事は何もない。
こっちが好きになった人に少しでも
気に入られようと生きて来た。
なので、邪魔なのは、自分の我である。

あ、話は戻って、
新鮮な団体コント。

リハでは、もう出演者のみなさんに
謝りっぱなしである(笑)

2008年11月23日 (日)

立って笑う

大阪にてライブスタンドと言う
大型施設でのお笑いの
ライブイベントが行われた。
そこに参加をさせていただいた。

興味深いのは
お客さんの数と
後、立ってお笑いを見るといったものだ。
一万人の前でのお笑いライブである。

お笑いのライブはせいぜい
400人弱までだと言う方もいる。
理由は、仕草なんかがきちんと客席から
肉眼で見れる距離。
後お客さんの密室な空気である。
これは 論理では言いにくいものだが
そこへもってきて
1万人のスタンでイングの
お客さんの前で演芸である。

その昔落語で初めて大きなホールで
落語をやられた方がいる。
桂米朝さんである。
100人そこそこの演芸場ではなく
何千人も入るコンサートホールでの
落語にその昔チャレンジされたそうだ。
動きもなく正座して話す落語。
顔だけの仕草などは客席の後ろには届くか? 
との不安があったそうだが、
技術の進歩はすごいとおっしゃられてた。
マイクの性能のおかげで
ホールの舞台では小さな劇場と
同じようにやった事でも
ホールの三階の一番後ろの
お客さんにも十分笑いは届いたそうだ。

今や落語をホールでやるのは
当たり前になった。

一万人のお客さんの前である。
技術もホールより進歩してジャンボの画面があり
後ろからは、顔の表情までなんならアップで見れる。
スピーカーもあるので音量もまったく問題なしなのだ。

さて、さて、立って見るって事である。
スタンデイングである。

スタンデイングで乗れるお笑い。
スタンデイングで乗れる音楽はあっても、
スタンデイングで乗れるお笑いはない。
これが面白い面白くないのお話は置いといて。

客席には、やっぱり若いお客さんだ。
しかも女性の方々が多い。
ここは若手の勢いとテンポある笑いがいいもんだ。

僕の笑いは楽な姿勢になっていただいて、
一人でじっくりこもって聞くってな具合のもんだ。

「立って乗せる笑いのネタ」をちょっと考えて見ても
面白いかなと思った。

今ちょっと考えたが浮かばなかった(笑)

2008年11月22日 (土)

仲がいい時代

今日はルミネ劇場にて漫才。
他の芸人さんの漫才を舞台の袖から見る。
袖から見る漫才は客席からでもない
独特な空気で面白い。

その中で「しょうしょう」と言う芸人がいる。
僕と同じ年くらいの漫才師。
「由起子 たかし」と言う大御所の
漫才師さんの息子さんである。

面白い事もさることながら
漫才を見てて気持ちいいのだ。

このコンビは、仲がいい。

漫才コンビは普段は、
仲が悪いとか言われてるが
仕事を一緒にすると
仲などといった事は関係なくなる。
仕事でのコンビは、
ネタをやって笑いを
とってお金を儲けて仲が続けれる
となるのだが、
しょうしょうの場合は、
まず、仲がいいがあって、
笑いの趣味が合って、次にネタがある。
ので、仕事でやってるって
より趣味よりの感じなのだ。

これは時代がそうだ。
食うに困る時代ではない。
仕事をあくせくしないと
生きていけない時代でもない。
そうなると、趣味を大切にする時代なのだ。
生きてる事すら趣味の時代。
ので、笑いを作る側もより趣味的なのだ。
なので、仕事の為に笑いをってな事は
今や古いかもとすら思える。

で、一緒にご飯に行って聞いてみた。
「仲いいよね」
すると
「もう相方に直して
ほしいとこは、あきらめた」と言うのだ。
これは、自分が相手に期待する
理想像をあきらめるって事で
ある種、長年つれそった夫婦みたいなもんだ。
もちろん、他にはわかならい
もっと苦労などはあるだろうと思う。
年月を積み重ね、相手への勝手な期待を捨てると
仲が良くなるもんである。
この「仲のいい」は、上辺でものではない。
上辺のもっと中に入ったところの
仲がいいといったものだ。

そう思うと、
新人の漫才師が一攫千金を狙って仕事として
笑いをやるなんてのは、案外古くて、
長年連れ添って、生活の為ではない
趣味の延長線上、いや、余生でやられてる
ベテランの方のほうが、
僕には、今、新しくて、面白い。

2008年11月21日 (金)

テレビを見ない一日

テレビを見ない一日。

いつの頃からか、テレビをまったく見ない
一日と言う日が、珍しくない。

昔だったら、あの番組を
是が非でも見たいと思って
その番組の為に早く帰宅したり
またあの番組を録画しようと、
録画セットなどしてたものだが
そんな情報はネットから
得ようと思うのと
年齢がいったって事もあってか
テレビを見ない。

もっと言うとテレビのスイッチを
いれもしない日がある事に気づいた。
中身がつまらなくなったと
ネガテイブな事を言う
人がいるが、そうなのかな?
ひょとしたら、テレビの画面の操作などの
ハード自体に飽きたのかもしれない。
この究明は今後の課題である。

そんな中、今日たまたま深夜にテレビを見た。
通販の番組オンパレードであった。

その合間に流れる
CMについて、最近気づいた変なものだ。

胃腸薬のCM。胃袋がcgで書かれていて胃薬が
荒れた胃の粘膜に浸透していく
のが画面に映し出されるが、最後のほうは、
奇麗にさっぱりつるつるにならない。
クレーマーを避けたやり方なのか?
正直、つるつるにならないのか?

後、夫婦設定のCMも変である。
本当の夫婦ではなく、
関根勉さんと菊池桃子さんが夫婦役であったり
どうも、不倫をにおわす
CMは何の狙いなのか?
本当の夫婦がでたら、やっかみを飼うのか?

なんだろう?

最近テレビが面白く
なくなったと嘆かれる昨今
僕はテレビの中身は探せば
自分のツボがあると思っている。
一人テレビのツボを
ちょこちょこテレビを見ながらやっていこう
と思った。

2008年11月20日 (木)

寂聴

今日はルミネでショージさんとの
「ややウケちょいウケ」の漫才。

M-1に出場する為にユニットで組んだのだ。
結果は三回戦負けであったものの
気に入ってくださり続行させていただいてる
といった具合なのだ。

ネタの中に
「つきあうとするならロングヘアー派か
 ショートヘアー派かどっち派?」
「俺、、寂聴さん好きやからな、、、」
「あれは、丸坊主やん!」
と言うネタがある。

会場もそこで笑いがある。

実は、僕は
ネタでやっている
瀬戸内寂聴と言う方を
実は、あまり知らない。

ので、ちょっとどんな方か
ちょっと知っておこうと思った。

女性のお坊さんである。
天台宗の方だ。

寂聴さんはええ事ばかり言われる。
本も何冊も出されている。
その本の中にこんな事を書かれてた。

仏教では
人間に生まれた事をまず喜び、欲望を制御し
他人の不幸に手を貸す事の余裕を持ち
万物の流転を認め、その中で覚悟して
生きていく事が大切だと言われてる。

これをちょっと自分なりに
検討してみよう。

まず、「人間に生まれた事をまず喜び」
そんな事は考えた事もなかった。
当たり前の事だったから。
次に「欲望を制御し」
僕は、欲望だらけである。
「他人の不幸に手を貸す事の余裕を持ち」
自分の幸に精一杯なあまり
他人の不幸が見えていない。
というより見えた他人の不幸は
ネタにばかりしている。
「万物の流転を認め」
これも難しい。
認めたら今の自分のちっぽけさに
押しつぶされそうになる。
「その中で覚悟して生きていく事」
覚悟ー???????
覚悟なんて僕は一回もした事がないー!!!!

あのネタに出てくる寂聴さんは、
なんとも厳しい事を言われる方だ。

客から笑いがおこった後
追い打ちをかけるように、
ショージさんは、
「あの方の説法を聞いたら
 死と言うものが怖くなくなる」
「話が、重いわ!」
と続き、笑いを誘うのだ。

考えたら、
覚悟できていないのは
究極のところ、
いつか死ぬって事を
覚悟できていないのだと思う。

例えば僕は
ネタに関しても常に
不安なのだ。
なぜなら、
ネタをやるそして
「スベル」イコール
「おもろない」イコール
「おろされる」イコール
「食っていけない」イコール
「死ぬ」ってな図式の不安。

やっぱりそこは、考えたら怖い。
出来れば、避けて通りたい。

が、寂聴さんは、
覚悟しろと書いている。

そこには、やっぱ自分が主人公として
華々しい自分の事ばかり
考えている自分がいる。

やっぱ自分、自分の自分中心の自分ばかりだからだ。

本当は
「重いわ!」とつっこんだ後、
「覚悟しなさい」と、心に
ツッコミを自分にいれ
自分の欲望を超えて
他人の事も考えて
すべて覚悟した上で
感謝して生きていく事を
そろそろやっていかないと
いけないのかも知れない。

ロングヘアーかショートヘアーかどっちがいいか?
「俺、、寂聴さん好きやからな」と
言うショージさんは案外ネタのようで、
そんな髪の毛が長い短いにとわられて生きるなんて
ちっぽけな人生。

あのネタは、案外芯をついている。

2008年11月19日 (水)

見学

若手の芸人の飲み会に参加した。

「若手」っていうのは
なんともいい響きである。

もう中堅の
いや、何の結果も残せないまま
いたずらに芸歴だけ過ぎた小御所の僕。

たまには社会見学と思い
いや、民俗流行学のお勉強と思い
いや、単なるコンパ。

集まった芸人の子達や女の子達も若い。

カラオケ屋さんに行ったのだが、
僕は若者が歌う曲を知らない。
全くと言っていいほど選曲が違う。
曲名なのか歌手の名前なのか
わからない曲を歌う。
みんな合掌する。
僕はまったく知らない。
みんな元気いっぱいである。
まさか次の番で僕の好きな
さだまさしの
「お父さんの一番長い日」は歌えない。
ぎりぎり僕の歌うサザンは、
若者でも聞き入れてくそうだ。

若いっていうのは、本当にいいもんだ。
何をやっても許される。
昔の若かりし日の自分の過去を思い出し
「俺らも若い頃はこんなんやったわ」と
許せるもんだ。

若者が次々とうっすら隣り合わせで
アベック。。(古っ)
いや、カップルが成立する姿を
おっさんはどうすればいいのだろう?

年老いたおっさんの僕が
まさかそこで若い女の子に気に入られようと
本気でくどくなんて事をしたり
若手に負けじとダンスなんてやろうもんなら
木っ端微塵(こっぱもじん)に自分が
やられてしまうのが落ちである。

ましてや年老いたおっさんからの
説教くさいトークや深ーい話なんて
もっての他である。
そんなものは、居酒屋WATAMIで
おっさんばっかりで
傷口舐め合いごっこを
やったほうが気持ちいいし
迷惑かからない。

ここは、黙って口を閉じ
そっと見守ってやる。

愛と下半身は別物だ!
と悟りに近い境地で
にこにこ楽勝をきどる事だ。

20代で、下半身の愛を
愛だと信じたあの頃を卒業したら
30代は、上半身の愛である。
他人に期待する事を
間違いと感じ、それも卒業したら
40代は、自分への愛。
自己愛を楽しむそんな時期に突入だ。

よし!カラオケの曲に
昔の昭和の懐かしのナンバーだ。

そして歌うときは、思いっきり自己陶酔だ。

「古ー」なんて案の定、笑われる。。。

そんな笑われても、自己陶酔する
気持ちよさそうやなーと思わず
笑みが周りにもこぼれるくらい陶酔する。

これがこれからの人生を酔いしれる基本なのだ。

見学終了。

2008年11月18日 (火)

LOVE

とうとう次回このテーマでライブを
やる事になってしまった。

「LOVE」がテーマである。

今日は今月の27日に行う
ぜんじろう一人噺Vol「Love 論」に
ついての打ち合わせがあった。

先月も打ち合わせがあって、
この事についてブログに書いた。
その時にも書いたが
なんともハードルの高いテーマを
自分で設定してしまった。

「Love」なんて僕にとっては
ハリウッド映画の中の役者がほざく台詞か
カラオケで歌う歌詞の中のものであった。

が、実際米国の女子と本場のLOVEの経験も
いっちまえにしたりした。
「LOVE」をお笑いのトークにのせて
行うとは思っても見なかった。

Loveを日本語に訳すと愛である。
愛にもいろいろある。
自己愛。恋愛の愛、家族愛。親子愛。
日本の愛と西洋のLOVEの概念は全然違う。

日本の学校では「愛」の授業なんてなかった。
というより高校時代には
恋愛は禁止すらされていた。
今から思えば
恋愛禁止って言う名前の
「さかり禁止」であった。

恋も愛も生きていく上ではすごく大切な事である。
おっさんになった今も
愛に悩み、愛に傷つき、愛に助けられ、
愛の中で生きている。

「愛」と「さかり」が隣り合わせだから
やっかいなもんだ。

これは女子には言うと
嫌われるから絶対言わないが

「男の人って愛がなくても平気で、できるんだ」
なんて女の子からの問いに
「いいや、愛してる人としかできひんよ」
そんなのは真っ赤な嘘。
男ってもんは、愛なくてもセックスができる
動物以下になる時もある。
また逆に
「愛してる」なんて
本当は体目的なのに
愛をセックスの武器に使う事もある。
これも人間として最低の嘘である。
またとあるインタビューで
あなたにとって笑いとは何ですか?
「えーっと。愛ですね」
なんてわかったような事も言う時もある。
聞いたほうも「なるほど」とうなずいてくれる。

じゃー愛って何なのか?

この辺りの
論理ではいえない
もやもやしたものを
ぴしっと論理でいってやろうじゃないかと
今回も打ち合わせしたが、
やっぱどうもしっくりいかない。

難産なのだ。

愛ってなんだろう??
LOVEってなんだろう?

答えは、ライブでたっぷり
論理で言わせていただく。

理屈好きの方はどうぞ!

「ぜんじろうの一人噺 Vol  27 〜Love論〜
    日時:2008年11月27日(木)+今回は木曜日です。
    開場18:30/開演19:00( 約1時間 )
    料金:2,000円(1ドリンクとプレゼント付 )
    ★開場の一時間前より受付にて整理券の配付開始
    出演: ぜんじろう
    場所 渋谷アップリンクファクトリ〜
    問い合わせ:uplink factory03-6825-5502

2008年11月17日 (月)

ナカタニさん

今日ネットで注文した自転車が届いた。
具体的に言ったら
注文して届いた自転車が不良品だったので
交換してもらった自転車がまた届いた。

買ったのは折りたたみ式のミニ自転車。

不良品であったのは折りたたみ式の
蝶番の部分が、カチャって、はまらない。
お客様センターに電話をすると
なんとも丁寧な対応で
取り替えていただく事になった
ま、ここまでは普通のお話。

お電話の対応は良かったのだが、
僕の本名は「金谷」と書いて
「カナタニ」と言う。
これがなんとも関東では
きちんと言われた事がない。
関東には「金谷」と書いて
「カナヤ」って名前が多いせいか、
「カナヤさん」と言われて
「いえ、カナタニです」
って言うと「カネタニさん」って言われて
「カナタニです」って
言うとようやく伝わるが、
そのうち、また忘れて「カナヤさん」
って言われて、訂正してってな具合になる。

今回の丁寧な電話対応の方も
丁寧にこの順序で間違えていた。
今日、届いたダンボールの宛名が
「仲谷(ナカタニ)」になっていた。

届いたかどうかの
確認の電話も丁寧にいただいた。
しかも「ナカタニさん」で。
丁寧な電話の方に、僕は気を使って
「はい。ナカタニです」
と答えた。。

あの自転車屋さんでは
僕は「ナカタニ」である。

2008年11月16日 (日)

赤影

以前に安売りしてあった
仮面の忍者赤影 金目教篇のDVDを
朝早くから一日かけて見た。

食事と飲み物をスーパーで買い込み
お酒をちびちび飲みながら
トイレと煙草を吸う以外は、ほとんどTVの前。

チャッチャラチャッチャチャッチャー!!!!
のオープニングテーマを何回も聞き
今頭の中でがんがん鳴り響いている。

仮面の忍者赤影にでてくる
金目教と言う宗教をご存知だろうか?

ちょっと説明させていただくと、
『豊臣秀吉』がまだ『木下藤吉郎』だったころ,
琵琶湖の南に金目教という
妖しい宗教がはやっていた。
それを信じない者は
恐ろしいたたりに見舞われるという。
『金目教』の正体はなにか?
ということで『藤吉郎』は
『金目教』の秘密を探るため,
飛騨から『仮面の忍者』を呼んだー
赤影参上!!!
ってな具合だ。

余談であるが、
これからは、
宗教の勧誘を受けたときには、
必ず、「僕は、金目教なんで」
って言う事にしようと思う。

で、このDVDの中盤からは、
時代劇でありながらも
特撮シーンが出てくる。
ある種のファンタジーというか、
ええ大人が、
よっしゃ怖がらせたれ!的な精神が満載だ。

僕がこの作品を食い入ってみるのには、
大人がド!真面目に作ってるからである。

子供向けの時代劇なのに
大人が意気揚々と大人を
感動させにかかっている。

大人になった今、
ええ大人が、そこまでやるかと思い、
涙がでそうになった。

そう。そう。そう。

今の時代は
「ええ大人やのに」の
大人がいない気がする。

今は、大人の番組と偽って実は
子供から数字を巻き上げる番組がある。
ええ大人がする事ではない。
これは、悪い大人がする事である。

本来ならこのブログで
朝から晩まで見たなんて書くと、
単なるオタクやんけ!なんて
思われて終わるのである。
ましてやコンパで女子に
赤影のお話はうざがられるのは
十分承知である。

でも、違うと思った。

大反省である。

人間にとって、
本当に大切なものが詰まっている。

金目教に呪われないよう
ええ大人になるために、
今回は書いた。

2008年11月15日 (土)

日本語

今日は「ぜんタネ」
収録が終わるのが夜の2時。

そこから、約2〜3時間ほど
楽屋にて食事とビールをたしなみながら
本番トークをしたのに、またトークをする。
またこの番組終わりの無駄に見える
トークこそ大切な本番への裏打ちになる。

そこで「日本語」のお話になった。
トークを生業にさせてもらってる
我々には、大切なお話である。

話は遠回りになるが、
以前NHKで爆笑問題さんの
番組をちらっと見た。
言語学者の方と対談であった。
面白かったので食い入って見てしまった。
教授曰く、今の日本語は
例えばキスひとつとっても、
接吻、口吸い、口づけ、チューなど、
いっぱいある。
ある種、豊かでいいのだが、
自然の木と一緒で整理されてなく
ぼーぼー状態だと言うのである。
そうなると、全体が枯れて
いくと言っておられた。
大げさであるが、
日本語も今その状態みたいだ。

我々も、この番組では、2時間、
がっつりトークをやっている。
あまり食いつきはよくない。
我々も整理されてない部分もあり
聞く側もそうなってはうんざりなのだ。

全体をまたしげしげ育てる為には、
いらないのはカットを
していかなければいけない。
ある種、整理が必要だと言っておられた。

トークもぼーぼー状態ではきついのだ。

じゃーどれをカットするんや?
と言う問題である。
この短い文で解決できる程の事は
書けないが、
番組の田中Pが、日本語は
解放言語なのだと言うのだ。
昔からどんどん外来語をとりいれていって
変化していくと言うのだ。
ので、締めとしては
漠然としてるが、
新しいのは取り入れる。
が、新しいのをいれても揺るぎない言葉は
残す。中途半端な言葉は
排除ってな具合なのだろうか?

こんな事で盛り上がる年齢になった。
なにより面白い。

2008年11月14日 (金)

M-1の三回戦

新宿ルミネにてM-1の三回戦があった。

村上ショージさんとユニットコンビで出場。

今回のネタは
一回戦と二回戦を
アレンジしたものであった。

我々のネタの作り方は、
ショージさんが口で
もごもごネタを言う。
それを作家が筆記し
出来上がった台本を元にネタをする。
練習も
「あ、、ぜんじろう。そこちゃう」
「そのつっこみ。ちゃうで」
違うところを細かく指摘していただく。

僕の場合は、いつも一人でやっている。
ので、ある種、自由なのだが、
答えが毎回変わる笑いの世界では、
かえって迷いが生じ、
不自由になったりする。
今回の漫才の場合は
台本があり不自由であるが、
逆にいうと、その中に自由があるので、
僕にとっては新鮮でありがたい。

大会の勝敗にも興味があるが、
ロボットと漫才の経験上、
ショージさんとのネタの作り方。
作っていくシステムにも興味がある。

ショージさんの笑いは
通常の笑いを
ちょっとズラして笑いをとるところにある。
具体的に言うと
わざと落ちをはずす。
わざと、どもる。わざと、噛む。
わざと、忘れた振りをする。
わざと、すべる。
これは逆に言ったら
きっちり通常の笑いが
わかった上での「わざと」である。
練習でもそうしているのだから面白い。

通常は練習をし、掛け合いを
うまくするのだが
練習するたびに
下手に下手にしようとする。
これはなかなか難しい作業だ。
練習するたびに、掛け合いが
うまくなるからやっかいだ。
また、わざと
下手にすべってやっても
「わざと」が見えると面白くない。
よくわかってない方には
本気ですべってると思われる。
見る側にもレベルがいる。

笑いと言うのは
面白いもんだ。
二回戦の時にも書いたが
お笑いの審査は
お客さんの入りや笑い声の量も
込みでの作品になる。
この辺りのいわゆる
「空気」といわれる非論理なものを
今後、論理的に解明したいと思っている。

こんなえらそうな事をぐだぐだ書いたが、
結果は敗退であった。

ルールあっての大会だ。
何の不満もない。

僕の中では昔からファンであったショージさんと
漫才できた事が何より嬉しかった。

敗退の後わざわざお電話にて
「ま、来年またがんばろうや。しゃーないで。
 二ヶ月でようやったほうやで」

来年も続く予定である。

2008年11月13日 (木)

マニア

「ぜんじろうさんってマニアックですよね」

なんてよく言われるが
僕は気づいている。

本当のマニアはもっと存在する。
僕なんてマニアには、いたらない。

岡山でのロケにて商店街にある
映画専門店に立ち寄った。
地方には珍しい
サブカルチャー専門のお店である。

このお店は映画のパンフレットはもちろん
漫画、特撮もののフィギアがずらりと並ぶ
中野ブロードウエイの地方版だ。

またこのお店では
物の価値が他とは違う。

大友克洋のインタビューが
載ってる廃刊になった
400円もの雑誌が5000円もするのだ。
逆に当時1万円ほどした
ビデオがここでは200円だったり
「安っー」「高っー」と
思わず声が出る。
この安っーは世間からしたら
高いかもしれないが
マニアには、安いのだ。
また、古ければ古いほど
手に入らなければ入らない程
値段が高くなる。
この絶対数が増えて、価値が上がると
作品のマニアではなく
お金マニアが将来値段が
高くなるからといった
投資目的に変わる。

そういや、
僕が20代の時に作った
「怒りのZEN」と言うビデオは
tutayaではカルト映画のコーナーにあって、
徳川セックス禁止令の横に
なんとも、カルトファンには
申し訳ないなーと思ったが、
他人から見たらカルトなんだ。

もちろんこの店には
僕が30代前半に主演させていただいた
漫才師の映画「PP兄弟」のチラシがあった。

僕が作ったものは、あまり世間では
喜ばれたためしは、実感としてないが、
こうやって、マニアの方が
楽しんでくださると思うと
裏切れないと思った。

2008年11月12日 (水)

親孝行

親孝行をやってますか?
なんでしょう。
親孝行って。

母親がひさびさにテレビに出演した。
「ッツチャうまい」と言う
僕のやってるレギュラー番組のロケが
「生まれ故郷にロケにいこう」企画が
姫路であったので
おでん屋さんに行った。

スタッフがわざわざ仕込んでくれてて
軽〜くドッキリを仕掛けられた。

カウンターの奥に座っておでんを食べている女性。

母親であった。

以前は、さんまのまんまに電話出演とか
大阪で自分の持ってる番組で漫才
なんかも一緒にしたもんだ。

以前は電話でかなり母親の
台詞を仕込んだもんだが
今回はまったくなし。

そこからするとブランクあったのだが
実力はついていた。(別にいらない実力だが)
なんとか、カメラに映ろう映ろうとする
姿勢は若手芸人の精神であった。

ロケが終わり、次の日は岡山なのだが
スタッフのご好意で姫路の実家に泊まってもよいとの事。

夜は、「ひめじおでん普及委員会」の方々とお会いして
ごちそうになり、
夜遅く帰ったら、まだ母親は起きていた。

「あんた。これ着いや」
とダイエーかなんかで買ってきた
やっすいジャージ上下を

「あんた風邪引いたらいかんで」

まるで中学二年生扱い。
孝行は、中学二年生になる事かもしれないと思い、
小腹すいたわ。。。
と言うと、
「ちゃんと食べてんのか?」
と台所に向かう母親の背中は
嬉しそうだったが、
いっそう、小さく、丸くなっていた。

2008年11月11日 (火)

飛び込み営業

「ッツチャうまい」と言う
僕のやってるレギュラー番組のロケが
「生まれ故郷にロケにいこう」企画が
姫路であった

ロケの合間の昼食に
僕の高校時代にたまに通った
喫茶ブラジルに昼食を食べにいった。

食べてると
カウンターで背広を着て
「よろしくお願いします」
といいながら何やらパンフレットを持って
アルバイトの女子に頭を下げ、
店長に会って何やら説明した後、
なーんか、断られたようで
それでも笑顔で「ありがとうございました」
と挨拶をし、帰っていった。

多分、飛び込み営業だろう。

口にほうばってるナポリタンを止め
見入ってしまった。

考えたら僕なんかの仕事も
飛び込み営業であった。
若手の頃は、
のこのこネタ見せと言う
飛び込み営業をしにいき、
苦虫潰した顔のえらいさんの前で
ネタをする。
終わったら、駄目だしをくらい、
それでも何度も何度もネタを見せに行く。
やっとの思いでステージに上がって
お客さんの前でネタを披露。
すべっても、笑顔で
「ありがとうございました」
終わった後に、また駄目だしをくらい
しょぼしょぼ帰る。
これは若かりし出来事でもなんでもなく
今もそうなのだ。
今は、さすがに、駄目だしは
くらわないのだが、
しこしこ作ったネタをお客さんに販売する。
笑っていただいて、また来ていただくといった
作業なのだ。

でも僕らは、まだ、
狙いもはっきりしてる。
が、一般の方の飛び込み営業は
本当に飛び込まなければいけない。
僕なんか小心者で
「人前に出るのいつになったら、
 なれるんやろ???」
なんて思いながら
毎回、舞台やメデイアなんかに
清水の舞台から飛ぶくらいの
気持ちが僕にはいる。
オーバーだが(笑)

みなさんも大変だなーと思い
ナポリタンを食べた。。。

2008年11月10日 (月)

政治用語とおっぱい

今日は「大人の自由時間」
ネタは新しくニュース
パロデイーネタをやった。

「なんちゃってニュースの時間です」
ってなな具合だ。

この番組にいれていただいてから
政治に関するアンテナが自分の中で
たつようになった。

日本には西洋みたいなあまり政治を
ド!パロデイーするような
ニュース番組はない。
政治がらみはタブーなのか
なんなのかとりあえずない。

原因は一個ではないだろうが、
ひとつには、日本の政治は
難しいというのもある。
ネタにしにくいし笑えない。

西洋は、
特に米国の政治家は、出来るだけ
簡単な言葉で簡単に話をする。
他民族国家なので他民族でも
わかりやすく話をする上
政治の仕組みもわかりやすい。
これは米国のほうがいい
といってるのではなく
両方プラスマイナスがもちろんある。
日本の政治には
わかりにくい言葉
いや逆に言うと
頭のいい言葉がいっぱいある。
最近では麻生首相が
頻繁(ひんぱん)→はんざつ
踏襲(とうしゅう)→ふしゅう
と読んでいると報道された。
難しい言葉を使おうとした結果、
逆に自分で自分の首を絞める。
ってな具合になる。

新聞などでも、文字だけ見てると幾何会な
政治用語がある。
「みなし否決」
これは
衆議院からの法案について、
参議院が60日以内に議決しない場合、
否決したとみなすこと。

名前だけみたら、
孤児(みなしご)の方が反対したから
否決されたのかと思う。

そう思うと日本語の中には、
文字だけみたら変なのがいっぱいある。

例えば、
「赤ん坊」
知ってるから、この言葉は、かわいいが、
まったく知らない言葉で
あったらどうだろう?
赤い生き物のような気がする。
夜行性でつのが生えてて、
緑の液体をはく。
「腕っ節」
これも、腕に節のようなのができる奇病なのか?
「野球拳」
これは、酔拳なる新しい拳法。
闘いの時にはユニフォームを着てグランドで闘う。

最近は気になる言葉は「爆乳」である。
なんとも、エロい、怖いネーミングである。
爆発し、こっちまで被害にあいそうだ。
僕は、胸のネーミングとしては
ボインでもなく、乳でもない。
「おっぱい」がいい。。

なんの話や。。。

おわり。

2008年11月 9日 (日)

テーマパーク

浅草花月という劇場に
ひさびさ出演せていただいた。
演芸の出番は、
11時40分が一回目
1時50分が二回目
4時20分が三回目
とこんな具合である。

ので合間の時間の使い方が大変である。
観光に行くほど時間もない。
かといって楽屋が個室ではないので
だらだらいると邪魔になる。

ここはいっちょ
普段絶対行かないような店にちょこっと行く
って事を結構した。

考えたら普段絶対いかない店は五万とある。
そんな中絶対に絶対に
いかない店に絞りいく事にした。

ある種、テーマパークとして鑑賞用に
回ってみた。

商店街の婦人服屋さん。
なんとも、アニマル柄の服が多い。
後服に光ってるビーズみたいなのが
ちりばめられて。。

骨董品屋さん
値段をそれぞれ見てびっくり、
ちっちゃーい大黒天の木彫りのが3万円.

祭り着専門店
ハッピにねじり鉢巻など祭りの時

他にもこんな感じのところを
回ってたらあっという間に時間はつぶれた。

2008年11月 8日 (土)

2%

I have recently created a comedy sketch show
We are at present in the process of
making a pilot comedy show with the BBC in UK.

こんな依頼のメールがホームページに
載せている僕のアドレスに届いた。

英国のお笑いのPからである。
ごくごくたまにこんな依頼が
なんの間違いなのか
海外から僕の元にある。

海外で活動してた頃なら
エージェントからの依頼って事で
わからんでもないが、
今、僕は日本だし
そんなエージェントもない。

僕の半分講話に近い一人トークや
芸能界での今のポジションならびに
吉本興業での扱いの実態
日本での僕の今を知ったなら、
絶対依頼は、されないだろう。

今はインターネットで世界各国から
映像や情報を見れる。

何かで僕のロボットと漫才とか
英語で漫談とか、
へんてこりんな活動を
知って依頼してきたのか?

日本のきちんとした
お笑いが欲しかったら
ビッグ3やダウンタウンさん
などに依頼するのだが、
お金の事情なのかなんなか、
相手のpの紹介をよく見ると、
「BANZAI」といった
数年前に英国でやっていた
テレビバラエテイーのPで、
アジア人が出演する
テレビバラエテイーをやられていた。
その中で日本系英国人の
おじさんが出演していた。
このおじさんは、
まったく日本では有名ではない。
が、主役なのだ。
英国のPもやるもんだ。
日本の笑かす方なら、
ビッグ3かダウンタウンさんだ。 
98%の人間はそうである。
でも2%はいる。
世界にも、へんてこりん好きな
マニアックな方はいるもんだ。
2%は、それを望んでいる。
僕も98%になりたくて日々精進しているが
2%よりの人間だと言う事を実感した。
2%は2%の生き方がある。
2%をきちんとやっていくうちに、
きちんとした自分のポジションが
確立する日を願う。

まだ中身はこれからであろうが、
僕の基本は日本で2%の事をする事である。

2008年11月 7日 (金)

 丼?

今日、昼食をとっていたら
口の中でゴロンと音がした。

奥歯のかぶせた歯が取れた。

なんだかわからなかったが、
食事の中に岩が入ってる!!!
なんて頭によぎったが、
歯のかぶせたものであった。

速攻、自由が丘にある
お世話になってる
歯医者さんにお電話をし
みてもらう事に。。。

その道中にあるとある路地の一軒家の
坪井さんの表札が

「坪丼」

になっていた。

誰がいたずらしたんだろう?
いや、ひょっとしたら、
坪丼さんかもしれない。

治療中
坪丼さんなら
こんな事が巻き起こるやろなー
なんて考えてにやにやしてしまった。

多分気持ち悪がられてたに違いない。

2008年11月 6日 (木)

ゲバコンドル

11月後半に行う
のりおさんとのコントに向け
演じなければいけない
ライダーアクションの為
仮面ライダーのビデオを借りて来た。

まずびっくりしたのは、
子供の頃ずっと見てたのに
全然覚えてない。

なので、新鮮に見れた。

見たのは「殺人ヤモゲラス」と
「怪人カマキリ男」と
「吸血怪人ゲバコンドル」

ヤモゲラスと言う怪人は地震を
引き起こすといった悪事を働こうとする
なんとも恐ろしい怪人で
カマキリ怪人は人類滅亡を狙うといった
大掛かりな計画なのだが、
ヤマコンドルは若い女の生き血を吸う
理由は、若いから。。
といった、先輩OLみたいなセコい技なのだ。

子供の頃はライダーベルトが欲しかったのに
大人になった今
怪人側の美人なお姉さんに気を引かれる
といった始末。

アクションを見ようと思ったのに
怪人のちょっと笑える攻撃や
美人のお姉さんに食い入って見てしまった。

闘いのシーンは
なんかあったら、ライダーが「トー」
とごまかしているが、
今から30年も前にこんなよく出来た
ヒーロー特撮があった事になんて
すごいなーと思った。

2008年11月 5日 (水)

 あっと言う間の

パペット落語をご存知だろうか?
落語の座布団の上で
物についた人形を身にまとい
さるかに合戦など演目を演じるものだ。
落語であるのに言葉はあまりない。
世界各国で公演を行っている。

それをやってるのは
笑福亭鶴笑さんである。

今日はルミネ劇場。
出番であった鶴笑さんと
合間に喫茶店でトークを。

鶴笑さんは僕と同じ時期に
海外に出て行った方である。
かねがね海外移住の
お噂はお聞きしていた。
どこかの海外のお笑いフェステイバルで
お会いするのかと期待していたが、
実現はなかった。
ここ日本の東京で実現した。

喫茶店での
雑談のテーマはほとんど
「海外と日本のもろもろの違い」

鶴笑さんは僕と違って
路上からスタートをした
芸人さんであった。

我々の共通なのは、
勉強の為にやったわけでもなく、
お洒落でやったわけでもなく、
チャレンジでやったわけでもない。
生活の為、生きる為にやった場所が
たまたま海外だったって感じだ。

じゃ、違いはって言うと
僕なんぞは、COMEDY CLUBといった
そもそも舞台があって
お客さんからお金いただいた後に
ネタをさせていただく環境にあった。

鶴笑さんは、それをもって、天国だと(笑)

鶴笑さんのスタートは路上。
路上は、まず、お客さんの足を止める作業。
そして見てもらう作業。
その後、お金をいただく作業。
また見に来てもらう作業。
といった、4段階の作業がいるらしく、
一人劇場みたいな作業がいる。

あの経験を思うとどんな劇場であれ、
どんなお客さんであれ、人数が何人であれ、
こんなありがたい世界はないとの事。

このあたりの感謝って
理屈ではわかってても
なかなか感覚まで届かないので
わかってないのと一緒。
こんこんと感覚に染みわたるまで
お話していただいた。

今後のご予定をお聞きすると、
はっきりしたプランは、ないらしい。
が、世界に出向いた
次は、世界を日本に招く作業であったり
気持悪いいい方であるが、宇宙へと。。。
あまりおかしな方向に
向かっても仕方ないが(笑)
それは、米国がどうとか、英国がどう、
アフリカがどうなどといった場所に
出向く事ではなく、
今度は逆に内へむけて
目の前の方の中に潜む
世界観や宇宙観に向けて
やる事なのかなー
なんてお話をさせていただいた。

3時間ほど
あっと言う間に時間は、すぎた。

2008年11月 4日 (火)

B-1?

「M-1ってK-1のパロデイーなんやろ?」

と聞くと、いやいや、
K-1自体が、F-1のパロデイーなのだと言いたくなる。

そんな「〜1」の流行する中、B-1ってご存知だろうか?
B級グルメ選手権っていうのが、
どうやら久留米市で行われたそうだ。

ホームページはここ

この選手権は、
全国各地のB級グルメの
代表を競うといった企画で
僕の生まれた兵庫県からは、
姫路市の姫路おでんといった
おでんをショウガ醤油で食べるといったもの。

で、その企画のひとつとして
ご当地ソングっていうのがあって、
姫路おでんの歌を
実は一昨年「ぜんタネ」で一緒にしてる
種浦君と遊びで
作った曲が2曲も収録されている。

もう一昨年も前に
遊びで作った曲なので
なーんかピンとこないといった
この前ノーベル賞をとられた益川敏英さん
みたいな心境なのだ。
ノーベル賞受賞者と僕と並べるのは失礼あるが、
「身内の方に褒めていただくのが一番嬉しい」
とおっしゃられてた意味がわかった。

我々も遊びで作ったときには、
作り合った我々がまず爆笑し会い、
それを耳にした方が喜び、
のちに姫路のおでんの店舗の方に
喜んでいただける。

そう。
何より我々の職業は褒めていただくのが
嬉しいのだ。

で、結果、商品になって、
お金になる。

万歳!!!(マンセー!)

時間が経ち。
改めて他人事のように聞いてみたら、
なんともナンセンスな出来具合になっていた。

聞きたい方はここ

聞いたら、子供を褒めるように
褒めてね。

2008年11月 3日 (月)

7人の。。。

40を超えて
なんとも情けない
瞬間に出くわす事がある。

例えば若いタイプの
女の子と飲み会。
お話をしてて
何を勘違いしたのか、 
酔いにまかせて
「次いつ会える?」
なんて誘ってみたら
微妙な雰囲気で断られ
それでもひつこく
メールなんてしたら
完璧に無視され

とほほのほ。。。

若いスタッフに
ずさんに扱われたあげく
注意なんてされて
先輩の面目まる潰れ!!
肩を落として下を見つめながら
今までの自分の人生を振り返り
「俺はこんな格好悪い姿に
 なるために生きてんちゃうのになー」
思えば思うほど悲しくなる(笑)

なんて事もあったり。

そんな時は、昔ならば
頭の中にeye of the tigerが流れ
ロッキー3のビデオを見ては、
ぐっと来ていた。

海辺でたたずむロッキー。
嫁のエイドリアンが叫ぶ
「あなたのプライドってそんなもの?」
奮い立ったロッキーが砂浜を走る。

本来ならエイドリアンの兄貴のような
口ばっかりのぐだぐだのタイプの
ほうの人間なのだが、
そんな事はそっちのけ、
ストイックなロッキーの姿を見て
なんとか、回復していたのに
その映画の特効薬は効かなくなってきた。

というより、
エイドリアンの兄貴に感情移入するように
なってきた(笑)

最近はといえば、
黒沢明の「7人の侍」を見る事にしている。
農民を野武士から守るために
生死をかけて闘う7人の男達の物語。

若い頃はこのシーンが許せなかった。
途中、勝四郎という男が
闘いのさなか
農民の娘と恋に落ちるシーンがある。
自分の中に存在する同じ境遇が許せなかったが
今や僕もおっさん。
ま、そんな事もあるやろ。若いから。。。
なんて思えてきて。。。

ぐだぐだな事もありつつ、
やる事はやる!
7人の侍は、昔描いた自分に立ち向かう
まさしく自分の中に潜む
多様性の武士達の物語である。

2008年11月 2日 (日)

M-1の2回戦

実は前日のルミネのイベントで
ショージさんと
M-1の二回戦の作戦会議を行った。

作戦会議といっても、
舞台の上でトークしながらネタを作る。
また作ったネタをお客さんに試し、
笑いがあった部分を何個かチョイスし
M-1用のネタにし本番に望むといった
工場の見学のようなイベントであった。

日本の笑いの現場は不思議なもんで、
その場の雰囲気が非常に大事である。
これを「空気」というが、じゃー空気って何か?
って言われると、正直びしっと答えれない。

多分これは、一生の僕の課題だろう。

雰囲気は舞台に立つ芸人が作るのだが
お客さんの入り具合やテンションが判断する。

お客さんの入りが少なく
テンションが低い時と
お客さんの入りが多くて
テンションが高い時とでは
まったく同じネタを
やったとしても
笑いの反応が違うし
また、お客さんも少なく
反応が少なかった事で
どことなく面白くないと感じてしまう。

なのでよくテレビなのでは
笑い声を映像に足したりする事で
テレビの前の見てる側が面白いと
感じるといった事がある。

これは面白い出来事で
面白いと感じてるのではなく
単なる笑い声のSEに面白いと感じる
ある種パブロフの犬状態である。

M-1の審査も笑い声の
多いのがよしとされる場合と
お客さんの笑い声より
審査の方のセンスで決められる場合と
二種類ある。
これは、難しい言い方であるが、
直接民主制と間接民主制あるいは独裁制
みたいな感じである。

作家の筒井康隆さんは、
「笑いの力」って本の中で
文学のSF新人賞の審査をされる時
の基準を3つあげている。
ひとつは、SFとしてのリアリズムがある。
もうひとつは、笑いがきちんとある。
最後は、文学として
実験性がないといけないとの事。

また筒井さん曰く
本当に面白い笑いは、
一人か二人かだけが
笑うものだと書いてあった。

M-1を審査される方の基準は
何かは知らないが
そこは、お客さんも
審査の方も信じて
精一杯やるしかない。

さ!我々である。

村上ショージさんは、
イベントにてお客さんの反応は、
もちろん見るが
参考程度で
やはり自分の面白いと
思ったセンスをネタにだいたい作る。

いつも作ってて思うのだが、
僕が心底面白いと思う
ショージさんの言葉選びは
本番ではお客さんの笑い声にならない。
一人か二人が笑っているだけ。

でもショージさんは
リハのネタのほうがはるかに面白いが
本番ではレベルを下げて言葉選びをする。

ぐだぐだややこしい事を書いたが、

このあたりの空気に
関する事は今後の課題である。
なんとかぴしっと論理にしたい。

で、

結果は、二回戦突破。

三回戦に向けてまた明日から練習である。
練習でも全力のショージさん。
僕にとっては、
ショージさんと会ってるとき
すべてが本番である。

2008年11月 1日 (土)

寝る努力?

今日、起きる時間を間違えた。

今日は夜からイベントであったので
昼まで寝ておこうと思ったが
朝の6時になぜか目が覚めた。

若い頃はこういった失敗をよくやって、
いかんいかんと思い
ふとんに再度入ったが
寝れないってな具合が多々あった。

これがなかなか寝れない。。。

起きる努力もつらいが
寝る努力ほど
しんどいもんはないと思った。

起きる努力と寝る努力は、
真逆の作業である。

起きる努力は本当に努力がいる。
力がいる。

が、寝る努力って
力をいれずに、
力を抜く作業になるので
努力しないといった努力が必要になる。

書いていてもややこしいのだから、
やるのは難しい。

が、僕ももう40歳だ。
バカボンのパパの年齢なのだ。
鼻から毛もばふんと出てくる。
朝6時に目が覚めて
しばらくは、ネットをやったり
ご飯作ったりしてると
なんと自然と
うっすら睡魔が。。。。

おっさんのなせる技である。

というより
常日頃から、眠むい。。

寝ても寝ても、眠い。。。。
うっすらしんどい。。。

朝9時にまたふとんに入ると
すっぽり寝れた。

へへへ!!!

ざまあみろ!
俺の若かった不眠症の頃めー!

 

2008年10月31日 (金)

ポニョとやくざ

ま、僕は見んでもええか。
ってな具合であったが、
今更ながら
みんな見てるものを観に行った。

ポニョである。

こんな事は昔から山のようにある。
小学校時代流行っていた宇宙戦艦ヤマトも
みんながおもろいなーってなった時には
ま、みんな見てるんやったら
僕は、みんでもええか、、、
と、みんなのリアクション屋さんになった。

最近ならレンタルビデオ店に並ぶ、
LOSTやPrison breakなどの
アメリカンドラマもそうだ。

みんな見てるんやったら
見んでもええわ。
ってな具合になる。

メジャーな作品には
ちょっとした僕の偏見であるが、
恐怖になってしまう。
なぜなら
「これを知らないなら人間失格でっせ」的な
威圧感に腰が引けてしまう。。。
「これを見ておもろい
 思わなかったらあほでっせ」的な
暑苦しさに負けてしまう。。

「自分はとくべつだと思ってるんですか?」
と言われた事があるが、
そんな思いはさらさらない。

逆に、みなさんの感想などが先に耳にはいり
中途半端に知ってしまうというか、
知った気になるというマイナス要素もある。

ポニョもそうであった。
見た気になっていた。

人魚みたいな物語であると聞いた。

ただ、ポニョの僕の周りの感想は、
「意味わからへんかった」
「難しい」
との声があった。

僕もよく言われる台詞だ。
「意味わからへん」「難しい」

宮崎監督のレベルは
僕みたいなもんとは
格段に違うだろうが、
今世間では簡単なものを好むなか、
宮崎監督はあえて難解な物語を
かわいいアニメといった服をまとい
感動をかっさらう
やくざ的な感じが好きだ。

今回のポニョも
もののけや千と千尋にも
増してよりやくざであった。

奇形の子供を受け入れるといった
裏の意味があるそうだ。
子供を持つ母親は感動絶対するそうだ。
僕は子供もいないのに、
宮崎監督の描く海の水の美しさの映像に
ぼこぼこにされファンタジーな物語に
しゃぶ中にされた。

そんなやくざな宮崎監督の作品は
全部好きである。

2008年10月30日 (木)

思い切って書く

今日はハロウイン。

思い切って書くが
ハロウインが何なのか
僕はちゃんと知らない。

この季節になると、
ショウウインドウには
オレンジのカボチャの
マスクなどで飾られるようになる。
が、ハロウインのきちんとした
物語を知らない。

厳密にいうと
「ま、知らんでもええか」
ってな具合である。
知らなくても今のとこ
何の不便もないので
知らないままだ。

もっと厳密に言うと、
「どっかで調べたらわかるし、
 別に知らんでもええか」
ってな具合になる。
多分、クリスチャンがらみの祭りなのか、
風習なのか、そのあたりだろう。

もっと思い切って書くが、
クリスマスも何なのか
きちんと知らない。
いやもちろん、
日程やだいたいの事はわかるが
サンタさんが砂漠のイスラエル
あたりの生まれのはずなのに
なぜノースポールの
寒い国になってるのか?
このあたりのクリスマスの
物語の水面下のキリストの
どろどろした事なのだろうか?
あまり知らないし、知りたくもない。

今やネットの発達で検索すれば
簡単に意味や内容などはわかる。
その安心感もあって、
よけいに、「そのうちに。。」
ってな具合になる。

ネットで検索してもでてこないものって
何だろう?
感覚的な事なのだろうか?
それはやっぱ体感しないとと思い、
近所のアイリッシュパブに行った。
確かに変装した外人さんなどが
大声でお酒を飲んでいた。

「ハロウインって何?」
って飲んでいた外人さんに聞いた答えが、 

Halloween only make money for company.

たんなる金儲けですって。。。

マントを羽織りながら言われたので
その外人さんが、悪魔の使いに見えた。
これも知らなくてもよかった。

2008年10月29日 (水)

小泉

ゴルフに芸能人と言えば
大橋巨泉である。

古っ。。。

オフの日にはカナダやハワイで
たけちゃんつれて、ゴルフ三昧。

これは一昔前の大物の
芸能人のあるべき姿。

平日を狙って、安めのところで、
気のあった仲間と学生気分でゴルフ。

今日は、気のあったメンバー
東野幸治君。新喜劇の大山英雄君。
リンカーンのスタッフと千葉にゴルフにいった。

ゴルフのルールは守りつつ、
別に、ウーロン茶も握らずに、
昼食をはさみ、スコアもそう気にせず
わいわいトークざんまいでもない。
「気持ちええなー」などといった
普通ににこにこ。だんまりな時もあって。
なんとも、癒しのゴルフなのだ。

OBをたたいても、
「ボールもったいないなー
 探そ!!!」
とか
「あ!ボールこんなとこに落ちてた。。
 持って帰ろ」
なんていったり
大橋巨泉さんと一緒だったら
「いいかげんにしろくそガキ」
なんておこられそうなゴルフである。

その昔、大橋巨泉さんは、
ゴルフをテレビで
やったり麻雀をテレビでやったり
遊びの延長をテレビ番組にした方である。
いろんな事を言う方がいるが、
僕は大好きでうらやましい限りだ。

我々の遊びは「ボールもったいないなー
 探そ!!!」とか
「あ!ボールこんなとこに落ちてた。。
 持って帰ろ」
なんて中学校2年生なみの学生気分。

こんなのを文化にしてこそ
これからのヤング巨泉いや小泉かもしれない。

2008年10月28日 (火)

これぞ日本人!!!

金沢と言えば、
城下町だ。

そんな城下町で今日はロケ。

一風変わったお茶屋さんに
お邪魔させていただいた。

「和をもって世界を制す」がコンセプト。
パテイシエの方のプロデュースする
スイーツと玉露が堪能できる茶室。

玉露の味わい方って面白いもんで、
何段階かにわけて飲むんですね。

茶葉にお湯を入れた後、
お湯をがばっと注がずに、
露のように何滴かたらして、
その雫をまず飲む。。。

Lこそ命の米国人は、自国の文化
コカコーラをそんな風には飲みません。

その後、また、もうちょっと、
苦みのでた雫を飲み、

その後、お湯をたっぷり入れ飲む。

ここからが、また面白くて、
その茶葉を捨てずに、
お醤油をつけて食べる。

えーーーーー!!!!!

贅沢したいんやら、
節約したいんやら、
もったいないんやら、
なにゃら。。

お金使い荒いけど、貧乏性みたいなね。

ここは今後の僕の課題。

いや〜これぞ、日本人!

2008年10月27日 (月)

機内で9CH

機内では、ヘッドホンをつけ、
ドリンクサービスまでの間に
9CHそう演芸のチャンネルをつけ
落語を聞くのが、習慣である。

いい風に書いたが、
実は、柳屋なんとかさんとか、
三遊亭なんとかさんが話す
江戸の古典落語を聞きながら、
その語り口の心地よさで
江戸まで連れて行っていただいて
到着までぐっすり
寝るといった具合なのだ。

J-popやビルボードチャートなどといった
目がぱちくり開いて、
思わず、ダンスしたくなって
キャビンアテンダントに声かけたい!!
なんて思わすフェロモンのでてる
小じゃれたものは聞かないようにしている。

そんな中、9CHで
ダイマルラケットさんの漫才をやっていた。
今から53年前に録音された
「僕の夢 君の夢」って漫才であった。
ぐっすり寝ようと思ってた矢先

「一緒や一緒!」「知らんかっとってん」
ダイマルさんのギャグに
目がぱちくりんこ
脳内にドーパミンがとろけ出た上、
大声で笑ってしまった。

恥ずかしい〜!!

いかんいかん。口をおさえないと、

「そうやがなそうやがなそうやがな」
手で口を抑えてるのに、
漏れるとうにこぼれる笑い。
活字で書くと、
普通の言葉であるが、
ダイマルラケットさんの
漫才の中での何気ない
ギャグの中では、これが、爆笑になり
寝てる場合ではなくなる。

僕の勘違いなのかもしれないが、
飛行機がめっちゃ揺れた。
まさか、操縦席の方が
聞いていて
落ちのところで笑って
操縦が乱れる。。。
ってな具合ではない事を願うが

やっぱ飛行機で安眠するには、
9CHは、
東京の古典落語にしておいてほしい。

今回は、爆笑しすぎて
寝れなかった、まま、
小松空港。

今日から金沢ロケである。

2008年10月26日 (日)

自分らしく

今日は、姫路へ。

少年刑務所を解放して行われる
バザー会に呼ばれ
トークをしに行って来た。

刑務所職員のHさんの熱意で
呼んでいただいた。
職員の中には、
他の方は僕をまったく
知らない人もいる。
「昔みたなーこのおっさん」
ってな具合の方もいる。
温度差は様々だが、
今の僕を呼ぶには、なにかしらの
熱がいる事は確かである。
ので、こっちも、
熱を持ってやらなければいけない。

僕がやる事といえば、
その場をトークなりで
盛り上げると言った事だ。

具体的には、
「大学入試の時ね
 35分ほど遅刻しましてん!!」
など、経験談を膨らませて話すといった作業だ。

落ちを細切れにいって
笑かす漫才でもなけりゃー、
見た目わかりやすい大道芸でもない。
ましてやいっぱしのアイドルのような
出て行っただけで「ぎゃー!!!」
ってな具合ではない。
ふんわりでていって、熱くトークだ。

でもそこには
お客さんの熱さを要求しないと
いけないと言った具合なので、
冷めた方やひやかしの方は
まったく楽しませれない
といった欠点がある。

僕は、そんな足腰の弱〜い芸風なのだ。

僕は、足腰の弱さとは反して、
実は、自分に、すごい自信を持っている。

これは、過信も多少入ってるが、
なぜ、こんな事が臆面も
なくいえるかというと、
最近は、無理せずに、
自分らしい事しかしていない。
若い頃は、無理して、他人のようにも
振る舞い、足腰を強くも見せたが、
結果は無惨であった。
なので、ある時からあきらめる事にした。
いやこれは、自分を
あきらめたのではなく
他人のふりをする事を
あきらめたのである。

世間から見たら足腰が弱い僕だが、
世間にも同じ境遇の方がいる。
そんな方と同じ感覚を
共有できる事で、笑いも自然におき
長く話せ心にも残ると
いった事ができるようになった。

あきらめた事が
かえって逆に自信に繋がったのだ。 

ただ、それを
エンターテイメントとして
もっと多くの世間を巻き込むってなると、
そこには、メデイアの露出で
あったりの力は必要だし、
僕も後一押しの足腰の(笑)
パワーがいると思った。

このブログを見て来て
いただいた方も何人かいて
お声をかけていただいた。
そんな方が、一千万人くらいに
なったらいいが、
そうは、問屋がすぐおろしてくれない。

毎日、愚痴のような長い文を
読んでいただいてるとあって
僕へのお声の掛け方もすばらしいもんだ。

級友の女子の方からお花をいただいたりした。

地元の期待を背負って生きる。
わがまま勝手自分だけの
為に生きて来た僕は、
そろそろ、みなさんの為に、
「ぜんじろう」と言った
形態のキャラをきちんと
動かす事もしないとなーなんて
帰りのタクシーの中で、
少年刑務所の壁を見ながら思った。

2008年10月25日 (土)

東寺

ちょっと前に国立美術館で
鑑賞した仏像展。

大きな大きな不動明王は、
小さい頃近所の姫路遊園地でやってた
ウルトラマン展で飾られてあった
ウルトラマンを眺めた時のような
子供にさせてくれた。

今日は、移動の日。

京都に用事があったので寄った帰りに
またまた子供になろうと東寺に向かった。

あまり詳しくしらないが、
東寺は、空海の真言密教の根本道場として
栄えたとこらしい。

講堂に入ると、
立体曼荼羅といって
絵の「曼荼羅(まんだら)」を、
より体感できるよう
「立体表現」した仏像の世界があった。

まるで、不動明王は、まるでプロレスラー。
筋骨隆々の仁王さんがどん!!!
後ろには、火が燃えてる
畳いわしみたいなのを背負って。。。

もう、アメリカ産の
子供騙しのテーマパークでは
ぐっとこない年齢である。

この立体曼荼羅を眺めて、
まるで口がぽかんと開いた。

めっちゃあさはかな憶測であるが、
難しい理屈の教義だけではなく、
いっぱつで、体感さす。
そして、度肝ぬく。

芸術の本質をこの講堂で見た気がした。

この感動のまま、
新幹線に乗り込み、

夜に姫路着。。。

すっと実家によればいいのだが、
前からずっと行きたかった
姫路駅前のモノレール下の
ありがたやのけんかラーメンを食べた。

ここはうまかった!

実家に帰ったら、
母親が食事作ってた。。。

げげ。。。

2008年10月24日 (金)

ぶるぶる

今日、東京方面に
向かうため電車に乗った。

大江戸線。

混んでたが
代々木駅で僕が
立ってた前の席が空いた。

誰も座らない。

これは立ってた方が
迷惑になるかなーなんて思って、
座った
その直後に異変に気づいた。

隣の男子サラリーマン20代後半が
頭を下げてなにやら
ぶるぶるふるえている。

わ!わ!
なんや!昼間っから酔ってるのか?
しゃぶ中?か?

いややな。。。

今から立って避けるわけにいかない。
やたらぶるぶる。腕が震えてる。

無視して、寝たフリなんて思ってた矢先
その男の手元から
大仏の頭みたいな
ごつごつの
メロンパンがビヨーン
満員の足下に。。

鞄の中で
メロンパンの封を
破ってたのが
やっと破けて
外にぼんとでただけだった。

多分、セブンイレブンの
焼きたて直行便のメロンパンだと思う。
あれはしっかり封してある。

今日の最大の出来事はこれ!

2008年10月23日 (木)

諸行無常と梅田花月

諸行無常とは、よく言ったもんだ。
形あるものは、姿を一刻一刻変え
やがて無くなる。常は無い。

聞いた事ある言葉。

今日は、梅田花月と言う演芸場が
閉館になると言う事で
大阪の番組のコメント撮りをした。

僕にとっての梅田花月の思い出は、
なんといっても
「テレビのツボ」だ。

「テレビのツボ」って番組は
うめだ花月が生放送のスタジオであった。
しかも毎日。
また放送局も毎日放送。

テレビのツボのメイン司会に
抜擢していただいたのは、
さんまさんに似てたのと
「暇な芸人」って事だけだった。

低予算、マニアックなどと
いわれスタートした。
3ヶ月で終わるだろう。。
なんて言われスタートした。

番組は予想に反して人気が出た。
大阪の番組らしく、
オープニングは
おまかせフリートーク。
スタッフも出演する。
出演者が素人
といった
大阪らしくを超えた番組であった。

内容も
テレビ好きが送る
テレビの面白いところ(ツボ)
をネタに放送するニュース風番組。

当時八方さんが見てて
「なんやねん。
 芸をコツコツやってるのがあほらしなる」
と言われた。

あの番組にあやかって
素人に毛のはえたようなこの僕が、
いっちょまえに人にも知れるようになった。

あの番組が終わった今でも
僕は、面白かったっていい方を
「ツボやな」なんて言っている。

僕はあの番組で学ばせていただいたのは、
今でも大きく残っている。

「面白くなければテレビじゃない」
でもなく
「ほんまに面白い事をテレビでしよう」
でもない。

テレビのツボは、
「面白がったからこそ、面白い」
の精神をこの番組から教えていただいた。

粉々になるつつあるエンターテイメント業界では
これからこの精神こそ必要なのではないかと
最近つくづく思う。

テレビ業界は、
数字が落ちて来ただの、
スポンサーがつかないだの
ネットにやられてるだの
面白くなくなっただのと
ネガテイブな事を言う方々がいるが、
自分のツボを探せば、きちんと面白いのだ。

今こそテレビのツボである。

毎晩のように一緒に過ごした
西原マネージャー(現西脇)。
妊娠した夜。
妊娠検査薬におしっこをかけて、
「生まれてるわ」とおしっこついた棒を見せて来た。
チャンネル君達。
「ぜんじろうさん500円貸してください」
なんて言って来て仰天!!
大桃さん。
いつも女性についての相談にのっていただいて
藤岡さん(現、オーストリア在住)
たまにメールいただけます!見てますか!!!
数々の思い出。

あの番組がなかったら
今の僕はない。

劇場は実際には、無くなる。
常は無い。

ただ、無くなった事で逆に
よみがえる事と言えば
思い出であったり、魂である。
その形のない思い出や
テレビのツボの魂はこれからも
燦々と心の中で、以前にもまして輝くだろう。

と、言うようなコメントはしていない。

なんせ、テレビなんで、
2分なんで。。。(笑)

ひょろく、へらへら
ありきたりのコメントをした。

ここもまたツボだ。

2008年10月22日 (水)

日曜日

今週の日曜日の26日に
地元の姫路市でトークショウに
出演する事になっている。

場所は姫路少年刑務所である。

刑務所にいる少年達に
お話なのかなーと思っていたら
そうではなく、
場所を地元の住民方々に解放して
何やら盛り上がるみたいな
感じの日に顔を出すって感じなのだ。

なので、一般の方向けであった。

少年刑務所の本田さんと
言う方からの熱いお誘いに
ひきうける事になった。

僕の名前だけで
客寄せになり
盛り上がるかどうかは
不安なのだが、引き受けた以上
精一杯やらせて
いただければと思っている。

今日、台本みたいなのが
送られてきた。
本田さんは、僕の経歴を
いっぱい調べてくれてて
なんなら、僕より僕の過去を
知ってはったのには驚いた。

台本を見て思ったが
芸歴20年の僕は振り返れば
本当にいろいろな事があった。

20代は、
弟子時代。漫才時代。
天然素材時代。テレビのツボ時代。
30代は、
東京時代。海外時代。
ロボット時代(今も続行中)

で、40代になった僕。

自分でも何に興味が行き、
どうなっていくか楽しみであるが、
同じく不安もある。

そんな思い出や現在の心境の
お話は、あまりにもありすぎて
時間がない。
のでちょこっと
できたらいいなーと思っている。

ただ、
地元にて「ぜんじろう」として
何かをするのは、本当に照れるもんだ。
なんせ、金谷善二郎といった本名の僕は
18歳までいた場所なので。。

当日、高校生であった自分に
出会えるかもと、楽しみであるが
照れもある。

もうひとつの楽しみは、
このブログをこそっと見てる何人かの
級友などに合えたら
いいなーなんて思っている。

もう級友とは20年〜30年も
あってないので
もしお声をかけていただいて、
あれ??ってな具合でも
おこらないでくださいね。

「お笑いトークショー」
出演希望日:2008年10月26日(日)
場所:姫路少年刑務所(姫路市岩端町438)
出演:ぜんじろう
料金:無料
出演時間等:(一回目)12時50分〜 
      (二回目)1時40分〜
問い合わせ:姫路少年刑務所 
      統括矯正処遇官(職業訓練担当)
看守長 本田 芳久 
電話:079−293−4133

2008年10月21日 (火)

ニコニコ

今日は、ひょんな事から
平和島の競艇場にいく事になった。
目的は賭け事ではなく、
考察とお食事である。

平日とはいえ
この秋の気持ちいい季節に
しかも夕方になると競艇場には、
いっぱいのお客さんがいた。

新聞を片手に軽く
つまみをたべながら
真剣に新聞を見つめる。
お金と即直結だから、
こんなに新聞を
端から端まで見るのは、
記者みよりにつきる
だろうなーなんて思う。
新聞を見ているというより
分析し、検討し、迷い、
最後は決断するといった
と言った手順を短時間でやり遂げる
表情が伺える。

今の競艇場は、
僕の描いていたおっさん好みの
競艇場とはちょっと違って
牛丼屋さん、レストランがあって
なんとも華やかなのだ。

夕方の秋晴れの日には、
鉛筆を耳にかけて、片手にビールに
カレーを食べるなんてのが気持ちいい。

レストランに招いていただいたが、
そこは、いっちょ、
片手にビール、耳に鉛筆を指し、
焼きそばと唐揚げを手に、
椅子に座り食べる。
焼きそばと唐揚げとビールが、
最高にうまい空間だ。

その勢いで、慣れていないのに
最終レースだけ洒落で
ちょこっと賭け事を試みた。

新聞を片手に煙草をふかしながら
予想した。

当たれと念じながら試みた。
みんながみんな念じてるだろう。
素人の僕だけの念じるのも届かず、

はずれ〜!

レースが終わると、
すっからかんになって、
肩を落とす方。
ニコニコする方。
ニコニコされてるのは、
もちろん当たったからだろう。
換金所に、へし合い押し合いになるが、
そこは、当たった方だ。
いらいらせずに、ニコニコ。

こんな笑顔がわかりやすい場所は
他にないニコニコ。


 

2008年10月20日 (月)

 LOVE(愛)論

今日は打ち合わせ以上雑談未満のトーク。
といいつつ、ほとんど雑談。
次回の一人噺でのテーマは
LOVE(愛)論に挑戦。

考えたら僕の高校は、
恋愛禁止であった。
もし、デートするなら先生に
行き先とやる事を書いて提出しなければ
いけなかった。

あの時から恋愛ってなんで禁止なんやろ?
ってのがぼんやりあった。
高校時代に先生に聞いたら
ちょっとおこった感じで、
「勉強の妨げになるから」が理由だった。

学校に愛の授業は、なかった。
愛の授業があったら
禁止もされていないだろう。
愛とは?なんて学習もしないまま、
育った僕は、大人になって
「愛」で一番悩み、
迷う大人になってしまった。

「笑いには愛が必要やで」
なんていわれたり
「本当に私の事愛してるの?」
なんていわれたり
「最近、愛がないわ」
なんていわれたり

「愛」って何かも
しらないまま育ったなー
なんて雑談をした。

また面白かったのは、
男女の愛の違い。
男子は、愛を下半身と上半身に分けている。
いわば、男子は、合体ロボのように
上半身と下半身は合体してるが
時に、下半身ロボが、勝手に動きだす。
これは愛で動いてるのか???
なんて聞かれたら、ノーなのだ。
女性の前では嫌われるから絶対口にはしない。
動物にも劣る生き物が男性の下半身である。
じゃー上半身で考える愛は?
外人がLOVEなんて言う事を口にするが
日本人は、愛なんて
言葉は恥ずかしくて言えない。

なせだろう?

このもやんもやんとした
教科書にものっていない
ましてや聖書にものっていない
愛を実体験を元に
理屈にして語ってやる!

雑談は6時間にも及んだが、
案外、全部、下ねたであった。

まだまだ時間がある。
じっくり考えよう!

2008年10月19日 (日)

休日に迫ってくる。。

我々の職業は休日や
平日なんて関係ないのに
日曜日はどことなく
日曜日の感じになる。

オフィスビルの多い
僕の住んでる地域では
働く方々がお休みだって事で
なんとなく街からの雑音が
部屋に届かずに
静かなのが
休日を感じさす
原因のひとつだろうか?

今日は休日。

休日の時に限って、
家での用事が
あれこれ浮かんでくる。

まず洗濯、掃除。
また日頃、買おうと思っていた、
サプリや掃除道具などを
ドラッグストアに買いにいって
借りていたレンタルビデオを返しにいって
あ、、
知り合いからダンボールが
届いていたので開けて、
知り合いにいただいた
酸素の吸入器の開けて、
郵便局に住所変更の更新をして、
録画しておいた宮崎監督の
ドキュメンタリー見て。。

休もう休もうと思えば
思うほど湯水のように
やらなければいけない事が
頭に浮かんできて
休んでる場合ではない。

まずは、洗濯。。
洗濯機をまわしてる最中に、
掃除機をかけ、
床がフローリングなので
ペーパーで拭き取り。
洗濯物を乾燥機に入れて。。。

この時点で邪魔臭くなり
表へ出る。

江東区でやっていた
江戸の祭りを観に行った。

火事の時のはしごに乗って
ひらひらする棒を持って踊るの。。

あれって、なんか、燃えろーって
感じに見えるのは私だけだろうか???

2008年10月18日 (土)

今日、髪の毛を切りにいく。
「毛」って言うより「髪」
「髪」って言うより「髪の毛」
って被っていったほうがしっくりくる。

年がいくにつれ、年々髪型を変えない。
若い頃は多少いろいろ髪型を
変えて気分をかえたりしたが、
そんな事では気分も
変わらない事に気づく年頃である。
もっといったら、邪魔臭い上
そう量も多くなくなる。

そんなこんなで、
美容室はいつものところ
髪型は、なされるがママ。

案の定、今回も
無言のまま、切られているのだが、
頭の中では、めっちゃ気になる事がある。

美容室には、切られた
髪の毛が床に落ちていく。
わっさわっさ落ちる。
床に溜まると、モップのようなもので
美容室のはじになる穴みたいなところに
集め入れている。

あの髪の毛はあの後どうなるのであろう?

あの穴には、何があるんだろう?

あの穴は、なんて名前がついてるんだろう?

あの穴に入ってみたい。

案外あの穴の中で髪の毛は束になってひとつの生命体を作り
土に帰っていったりしているのか?

なんて考えてたら、出来上がり!

今回はいつもより短めの髪型であった。

2008年10月17日 (金)

M-1の一回戦

シ「持ち時間2分?
  2分で笑かせって、、、
  俺なんか芸能生活30年で
  笑いとった時間合わせたら2分やで」
ぜ「少ないな。もうちょっとあるでしょ」
シ「2分で何がわかんねん。
  そんな大会やめちまえ!」
ぜ「ほんなら出るな!」

とうとう、決戦の日がやって来た。
M-1の一回戦。
昼の2時からの出番であった。

村上ショージさんとコンビで出場した。
名前は「ややうけ*ちょいうけ」
ショージさんがややうけで僕がちょいうけ。
二回戦から名前を変える予定である。

上に書いたのは、
一回戦でやったつかみのネタである。

上に書いたネタは案外芯をついている。
2分で人の面白さがわかる訳ではないが、
そんな事言ってたら大会は成立しない。

そもそもM-1は
オートバックスさんがスポンサーで
テレビ朝日さんの
主催する漫才のイベントだ。
1位になったら賞金を
総取りするといった大会だ。

よく公平な審査と言われるが、
厳密に言うと「公平」なんて言うのは
人間の決める優劣には不可能だ。

なので、ある程度のラインで見切りを付け
その中で公平を保たなければいけない。

僕も以前、敗退したときは、
審査のせいにしたものだが
それはそれで仕方ない。

審査に文句があるなら
自分が大会を開いて
より自分が納得する
審査の大会を開けばいい。
嫌なら出るな。
そして見るなって思っている。

僕は憧れであったさんまファミリーの
村上ショージさんと
漫才が出来る事に興味がある。

またショージさんがM-1の大会を
どうとらえどう攻めて
いかれるかにも興味がある。
そのシステムに興味があるのである。

今回のネタは
「2分で何がわかんねん」
と言ったネタを
2分きっちり漫才をして
わからすといったネタであった。

このような大会で勝つ事で
面白さを決めつける風潮に対する
サタイヤ(皮肉)を効かした
ネタであった。
日本では皮肉はあまりうけないが
そこはショージさん流。
培って来た技でソフトになる。
また僕がここまで分析したような
考えをショージさんは悪気があって
皮肉ってる訳ではない。

今回は、
練習通り、2分きっかりで
ネタが終わった。

ネタ終わりで、ショージさんが僕に
「いやいや。奇麗に終わりすぎたな。。。
 いかんいかん」
と言っておられた。

ショージさんにしてみれば、
芸歴30年の芸人と20年の芸人が
時間オーバーし、
1回戦で敗退も大きな
面白いネタの材料であるのだ。
なんせ「生きてるだけで丸儲け」なのだから
いい結果、悪い結果、
すべてオッケイなのだ。

で、結果は、
1回戦は、突破である。

結果を電話でショージさんに報告した。

「ま、結果はどうあれ、
 またネタ作ろうぜ。
 お前も舞台では遠慮せんと、突っ込めよ」
と言葉をいただいた。

2回戦は11月だ。
これでまだまだショージさんと
漫才の空間を共有できる。
まだまだ「笑いの作り方」を体感できる。
嬉しい。

PS
お客さんの笑い声も審査の対象となる。

さてさて、このお客さんであるが、
村上ショージとぜんじろうは
その辺りの無名な方よりは
知られた存在だ。
舞台に出たとき、どうなるか?
西洋なら
「さ!おもろいのはわかってるが、
 今回はどうしてくれる?」
と、ハードルがあがるのに対して
日本は
「わー!面白い方だ。」と
安心が生まれハードルが
下がり有利になる。

論理的に言えば
西洋な感じになるのが当たり前であるが、
現状、まだまだコマーシャルや情報に
やられている日本である。

2008年10月16日 (木)

都会の一員

「こんな昼間っから
 若い奴いっぱいごろごろして
 夢破れて路頭に迷てる奴らばっかりやろ」
と、新宿の街で西川のりおさんがつぶやいた。

今日はルミネで
「のりおコントスペシャル」に出演。
一回目と二回目の間に
お蕎麦につれていっていただいた。

お食事の最中に
のりおさん曰く
東京の不思議なところは、
「この都市は
 隣の人間何やってるかわからんやろ。
 後、路頭に迷ても、
 田舎にも帰れへんし、案外ここいてたら
 居心地ええんちゃう?
 大阪は都会の機能持ってるけど
 住んでる人間は田舎やから
 NYでもないやろ。
 はっきり金の為だけに
 一攫千金狙ってきてないからな。」

「なるほどね」

と、笑顔で人ごとのように相づちうったが、
人ごとではない。僕も東京の居心地のいい
へらへらした一員なのだ。

確かに、都会は居心地がいい。
やいやい言う親元を離れ、
また白い目で見るような
近所がないから居心地がいい。
また、都会は、引きこもっても、
表へ出れば人はわんさかいる。
その上、誰からも何も言われない。
なんと都合のいい街であろう。
ホームレスの方も金持ちの数も多い街だ。

でも、東京と言う街は
たしかに不思議な都市だ。

のりおさんと話し合ったのは
「大阪に比べて車のクラクションの
 鳴らす数が異様に少ない」
「電車のホームでみんなきちんと並ぶ」

のりおさんは大阪在住なので
引いて東京を見られている。

僕は東京になれたせいか
自分もそうしている。
クラクションなんて鳴らさない。
本人の中では、クラクションを
鳴らしたい気分であるが
鳴らさないのは、何かにおびえてるのだ。
電車でも並んでるが
「はよせえや」なんて心で思っているが
口にはださない。
いろんな思いは顔や態度に
見えないが心ではいろんな事を思ている。
見えない何かにおびえたり
見えない何かに、不安になっている。

逆に言うと、見えない楽しい事で
心を支えたりもしている。

前にもちょこちょこ
都会をテーマに書かせていただいている。

都会の代表東京は
標準語といった言葉を標準化さすといった
田舎からでてきてもばれないでいれる。
ばれないひとつに、偏った流行がある。

どこかで、東京をテーマに一人噺で
紐解きたいと思っている。

2008年10月15日 (水)

M−1への道 part3

今日は、漫才の舞台、3席。

このシリーズを書くにあたって、
この事を書くのを忘れてた。

基本的な漫才とコントの違いである。

桂米朝師匠曰く
「笑いに定義なんてない。
  漫才も、、ま、ないな」
と言っておられたので、落語のような形を
継承していくものではないので、書く事もないが、
とある方から漫才とコントの違いって何ですか?
と聞かれた。我々の世界では当たり前であるが、
一般の方からするとわからない方もいて当然だ。
なので
おおまかな違いを無理矢理書く。

コントはあるシチュエーションがあり
演者が医者や患者などのキャラクターを演じる。
漫才は素のままの演者が
面白い事を喋る。
ってな具合だ。

なので、漫才の場合は、 
コントで言うところのシチュエーションに
かわるネタの主題が大切になる
またボケツッコミといった
わかりやすいポジションや技法も大切だ。

後、ここからが説明が難しいのだが、
いわゆる「呼吸」といったものが大切になる。
話の呼吸。

呼吸って字で書くと、変である。
呼って何だろうと思う。
息なら、吐くや吸うで吐吸なのだが、
呼吸のこは、呼である。

辞書で調べたが、よくわからなかった。
ま、この辺りはおいといて、

呼吸を
お互いの話すリズム、テンポ、間だとしたら
兄弟であったり、幼なじみであったり
高校の同級生だったりは、呼吸が合いやすい。

我々の場合、兄弟でもなければ、
幼なじみでもない。
一回り離れた先輩後輩である。
ただ、通常と違うのは、
その辺りの見知らぬ
おっさん2人の先輩後輩ではない。
僕は子供の頃から
ショージさんのファンでずっと見てるし
ショージさんも僕を多少知っている。
またお互い他で活動してる2人だ。
会社でいったら
1から立ち上げて企業するのではなく
共同経営って感じだ。
なのでお互い他で長年活動してるので、
その呼吸は、知れわたった
安心安全な呼吸である。

以前に書かせていただいたが、
「慣れ」が必要だとも書いた。
まさしその通りで、舞台の数につれ、
ぼんやりしてたものが、
固まってくるのが、
一回一回舞台をますごとにわかってくる。
共同経営ってこんな感じで
面白いのかなんて思う。

まもなく一回戦である。

ショージさんは、
「一回戦が大切やからな。
 それ超えたら、もう決勝やな」
楽屋でそう話していただいた。
「飛び過ぎでしょ」
僕は楽屋でもつっこんだ。

2008年10月14日 (火)

時間割

6:20 起床
6:21   アイスコーヒー飲みながら煙草。
6:40 シャワーを浴びて身支度
7:20 家を出る
7:40 羽田行きのバスに乗る
8:40 羽田着 Yossyとルミと合流。松山行きの飛行機
10:50 愛媛県 松山市到着
11:00 新しいスタッフと合流
11:30 朝食と昼食を兼ねた昼飯。うどん屋さんへ
12:30 ロケ開始
13:00 道後温泉前でオープニング撮影
    その流れで商店街買物ロケ
    t−シャツ2枚本気で買う。
14:00  一件目の食ロケ
    小さな居酒屋「おかえりなさい」にて
    じゃこカツやらをいただく。
16:30  有機野菜の店「青空食堂」で
    地元で採れた野菜をいただく。
17:00 次の店の道間違い、帰りの便が不安になる
         車内にてトーク撮影
17:45 バリの店 到着
18:00  広大な敷地にバリ風の建物。びっくり。
    なしごれんいただく。
18:30 急いで空港へ
18:50 帰りの便に間に合う。
21:00 東京着 東京は雨
21:10 羽田から新宿行きのバスに乗る
22:00 新宿周辺のホテル着
22:05 自宅着
22:30  お風呂はいる。
    お風呂はいりながら
    買っておいた本を読む
   「箱の夫」と言う短編小説を読む。
    面白かった。
23:30  ビール飲みながら、借りていたビデオ
    「スライデイング:ドア」見る。
    めっちゃおもろかったので 
    目が冴え,ビールもう一本。
01:30   寝る

2008年10月13日 (月)

一日の歌

一週間の歌をご存知だろうか?
ロシア民謡である。

日曜日に市場に出かけ
糸と麻を買ってきた
月曜日にお風呂をたいて
火曜日にお風呂に入り
水曜日に友達が来て
木曜日に送っていった
金曜日は糸巻きもせず
土曜日はおしゃべりばかり
恋人よこれが私の一週間の仕事です

どんな、仕事や!と昔よく突っ込んだもんだが、

僕の今日の一日は、
朝にお風呂に入り
昼に近所の中華を食べて
その後、公園ぶらぶら散歩をしながら本読んで
夜にジムにいって
帰りにハンバーグ屋さんで夜ご飯を食べて
ちょこっと、打ち合わせをして
帰って酒飲んで寝た。

これが私の一日です。
ってな具合である。
他人からすると、どんな一日や。
ってなもんだが、
自分の中では、充実した日であったし、
読んだ本が「笑いの力」とあって
頭の中ではちょっとした
哲学的自問自答には
最適な日であった。
それを、
わざわざ人に伝えるには
ちょっと難しかったりする。
ので、ロシア民謡の
月曜日にお風呂をたいて
火曜日にお風呂に入り
のこの風呂をたいてから入るまでに
案外このロシア人は
いろんな事を考えていたに違いない。
と思った今日この頃。

2008年10月12日 (日)

解熱剤

ほぼ毎月恒例の
中野のBARでのイベントに。
今回のイベントのテーマはナンセンス。

このイベントは食事を
ふるまったりお酒も飲めたり
通常はBAR営業なところを
無理矢理イベント会場にし
テーマに添って
どっぷりトークするイベントである。

ナンセンスと言うテーマ。

社会ではお金にならない事は
すべてナンセンスとされる。
平日は「00商事大豆課買い付け主任」の鬼と
呼ばれる上司がいたとします。
その方は会社が終わると
夜にはおっぱいパブに行って
おっぱいをちゅーちゅー吸う男だとしましょう。
おっぱいの前では鬼主任の肩書きはナンセンスだ。

でも、この世から亡くなった方や
動物、昆虫は、
人間の社会やお金自体もナンセンスだ。

社会は、「人格」の仮面をまとい、
商売の成否や出世争いといった
お金のゲームが展開さる。

会社も一種の「お金」といった
ナンセンスなゲームだと思った瞬間から
「やな奴」「威張ってる奴」「悪の強い奴」が
鑑賞する楽しみに変わる。

今回のナンセンスなタイトルは
社会の意味で
がんじがらめになってる方には
よく利く解熱剤に
なったらいいなーと行ったが、

社会からするとわざわざそんなタイトルを
大層につけなくても
すでにこのイベント自体がナンセンスである。

が、何事も「超」のところにもっと旨味が存在する

ナンセンスも極めれば
現実から非現実にがっつり
トリップするくらいの世界にいけるのではと思い
超ナンセンスワールドをお送りした。

具体的には、来られたお客さんに
紙に自由な単語を何枚も書いていただいて、
箱にいれて、我々が箱の中の紙を
ランダムに取って即興で
トークしたり歌を作ったり
単語と単語を組み合わせて
出来上がった偶然の新単語
例えば「肩」と「パンツ」で「パンツ肩」
なんて言う言葉で歌詞を作り歌う。

不思議だったのは、
そうやって、即興で行ったとき、
偶然にも単語が「空」の次「太陽」
とでてきたりして。。。
最後は何があっても、全部
オー!の連続なんですね。

実は僕が一番解熱剤になった一日でした。

2008年10月11日 (土)

SL

「SL」と言えば何を連想するか?

鉄道?

僕はセカンドライフだ。

ご存知だろうか?
セカンドライフ?
鳴り物入りで始まった
ネットの中での仮想現実
(バーチャルワールド)空間だ。

正直鳴り物入りで始まったが
どうも流行ってる感じがない。

人にお奨めすると、
「どんな事ができるの?」
「何がおもしろいの?」
などと聞かれる。

では、今回は、
その問いにお答えしよう。

実は僕も同じく
そんな事を思いながら
やっていたひとりなのだ。

「どんな事ができるの?」の問いの
答えは一言で言うと
「パソコンの中で、なんでも出来る」って事だ。

あまりにもシンプルすぎて
もっと説明がいるはめになった。

説明しよう。

3Dの町並みの空間に
自分の分身(アバター)を使って
パソコンのキーボードで操作をし、
会話をしたり、家作ったり、
また空を飛べたり海に潜ったりもできる。
もちろんセックスもできる。
その上、死なない。 

夢のような空間である。

が、土地も無限に広がる、
不老不死であるがゆえに、
ゲームのようなシステムに
従うのになれてる方には、
つまらなく感じる。
もっといったら、
自ら楽しもうと言う目的がない方には
「何がおもろいねん」ってなお話である。

僕はそこで何をやってるか?
トークなのだ。
空を飛べたり、海に潜れたり
セックスもできるのに、
トークをしてる。
仮想現実でも現実でもトーク。

僕はトークが好きな証拠である。

何人かにセカンドライフを推薦したが、
結局みなさんの答えは
「何がおもろいの?」
「ようわからん」
で終わる。

「何がおもろいねん」の問いに答えよう。

これは、
現実の人生のようなもんで、
「おもろく生きるからおもろいのであって、
 おもろい事があったからおもろいのではない」
と哲学的な答えをするしかない。

仮想現実の中での
自由に何でも可能な世界での
面白い事の答えは、
「自ら進んで面白がったから面白い」
としかいいようがない。

逆に言えば
人間は現実では
やらされ仕事が好きなのである。
結局、誰かに縛られ、やらされて、
おもろくないなーと、文句言う事が
好きなのだ。

特に日本では
セカンドライフは
流行っていないそうだ。

このような仮想現実の中、
自由と平和と夢のような世界
で生きる事は案外難しいのだ。

なので、現実でも自由と
平和を求めていってるが、
難しい世界に突入し自分で
自分の首を絞めてるのと同じである。

不自由を与えられ、
争い、何かにすがり、従わされた上で
不平不満を言う事のほうは
実は簡単な生き方ではないかと思う。

なので、セカンドライフをやってみたら、
自分が現実に本当に何がやりたいのかわかる。

何にもやりたくなかったら、
現実でも何もしたくないのだろう。
そんな方は、与えられた仕事を
不平不満いいながらやる事が幸せなのだ。

お金儲けがしたい方は、
仮想現実で一度商売を試してみるのもいいだろう。

日本でセカンドライフが流行るなら、
仮想現実も、
仕事と言った、現実にリンクした
縛りが絡まないと
無理かもしれないと
最近思っている。

誰も頼まれもしないのに、
宣伝をし、
こんな愚痴になってしまった。

いずれにせよ、
ここでログインすると、
僕のトークが毎週土曜日の深夜12時〜
2時間ほど聞ける。

裏技であるが、
ぜんタネの生放送もこれで聞ける。

もちろん入会は無料である!

ここで毎週、僕の分身が、
土曜日にトークをしている。

ぜんタネで検索をかければ我々の島がある。
そこで会おうぜ!

2008年10月10日 (金)

日々是反省

「ま、あんまりきっちりせんと喜楽にいこや」
と楽屋でショージさんが衣装を着替えた後
僕につぶやいた。

今日はルミネ劇場通常の出番に初めて
村上ショージさんとの漫才ユニット
「ややすべり、ちょいすべり」で
出演させていただいた。

以前まではイベントの中のひとつとして
漫才を行ったが、
今回は他の漫才コンビと
同格の位置での出番である。

何が違うかと言うと
イベントのひとつとしての漫才は
なぜ漫才をやってるかの説明ができるが
今回の出演はそれができない。
見てる方の中で我々を
知らない人がいるとするなら
40歳と50歳の二人が
長年やってるコンビだと
思ってる方もいるかもしれない。

通常のコンビの良さっていうのは
ひとつの方向の笑いを役割分担をし
丁寧に作り上げて行く。

ユニットのコンビの良さは
お互い別の活動をしてる2人なので
2つの方向からぶつかり合うので
作り上げるより壊し合うって感じので
結果は、ひとつではなく多様される。

僕はどちらかと言うと
ひとつの台本で練習を
重ねてくタイプである。
ショージさんは練習せずに
常に日常でも本番なので
重ねるより毎回違う事を
されるタイプである。

そんな僕のきっちりやる
性格をわかっておられて
「ま、喜楽にいこや」

さ、ここからである。

喜楽にいこやといって
うまくいった時はいいが
うまくいかなかった時どうするか?

ショージさんの場合は

それもまたよしなのだ。

うまくいくとかいかないとかは、
そもそもこっちが
勝手に目標をたててしまうから
ずれたら、うまくいかなかったと
思うだけである。

笑いで言ったら、
お客さんに、自分の描いた爆笑をとると
いった高い目標をたてるから、
結果その目標の笑いが
なかった時、勝手に落ち込むのである。

ショージさんは
「笑いがないのもまたよし」

舞台でネタをするだけでオッケイなのだ。

さんまさんの「生きてるだけで丸儲け」
ならぬ「しゃべってるだけで丸儲け」の世界だ。

これは、笑いに限った事ではなく
大げさに言ったら人生も
そうなのかなーと思った。

そんな昨日の
結果は僕が勝手に決めた目標より
はるかに笑いがあった。

僕の場合の生き方は
ここで満足せずに、自己反省が求められる。

日々是反省。。。

他人から見たらしんどそうに見えるかも
しれない生き方だが、
自分には楽であり
好きである。

2008年10月 9日 (木)

気にしいの性格

僕は何かにつけ気になる。
誰かと話をし、別れた後、
「なんか傷つけた事いわんかったかなー」
と気になる。
ま、これは、いいとして

もっと細かな
どうでもいい事が気になる。

あの方の顔のほくろってボタンになってて
押すとめっちゃ早口で話す。

このような事が気になると、
その世界からどんどん物語が広がって
全体が見えなくなる。

これは今に始まった事ではない。

小学生の頃、
僕は、
トラックのタイヤの
後輪についてるばっさばさのあのナイロンが
気になって仕方なかった。
暖簾(のれん)みたいなあのばっさばさ。
僕は勝手にトラックの運ちゃんが
毎晩、タイヤの後輪で
「ごめんよ!」と
暖簾くぐり練習をやっている
と思ってほくそ笑んでいた。

もうこれは子供の頃からの
性格なのでなおしようがない。

大人になった今でもそうだ。
最近はパジャマの
ポケットが何故あるのか?
気になるところだ。
必要なのか?
今こうやって書いているときに
着てるパジャマにもついている。
コンドームを隠すためなのだろうか?
さっと、名刺のように胸からだして
ぴっと切って使うとかっこいいのか?

後、寝てるときの
枕の中の音も気になる。
僕の枕の中は砂なのか、そば粉なのか?
ざざざ〜って言う音がする。
右に傾いたら
ざざざー
左に傾いたら
ざざざー
まるで波のように聞こえる。
ちょっと動いただけでも
ざざ
っざ。

日本兵が砂浜で歩伏前進してくる映像を
頭に浮かべてみたら、案外楽しくなる。

そんな事から僕はよく、戦争の夢を見る。

ちなみに
今日、見た夢は、
ウミガメが何やら歌を歌っていた。
戦争とは関係なかった。

2008年10月 8日 (水)

創作料理

日曜日のイベント用の
料理の試作を自宅で作った。
今回はテーマがナンセンスって事なので
テーマに添った料理をと思ったが、
ナンセンスな料理といっても
ちょっと困る。

無意味な料理?
これはちょっと創造してみる事にした。

ソーメンの麺でスパゲテイーを作った。
ソーメンを湯で上げ、
パスタ用のトマトソースとハムにチーズ
ちょっと炒めてみた。
見た目はうまそうだった。
口に入れた。
ゲ!
まずかった(笑)

素人がテーマなくフリートーク
に挑むような事はやめようと思い
あっさりカレーにする事にした。

以前にこのブログでカレーと神仏習合
なんて書いた。
カレーはインドで発祥し日本にたどり着いて
米と仲良く合う。
カレーが仏教なら米は神道なんて
勝手に解釈して書いた。

反応は薄かった(笑)

が、インドはゼロを生んだ国。
ナンセンスのナンは
ゼロと言う意味なので
カレーに決定!

無理矢理な理由。

カレーはその家によって味が違う。
案外、
人のうちのカレーって
なーんか食べるのを躊躇するのは
僕だけだろうか?
カップルの仲でも
作ったカレーをおいしいなーと思ってこそ
ルーのようにとけ込んだ仲のように
感じる。。

と、ちょっと格好つけてみたが。。。

僕のカレーは簡単だ。
4人前だと思ってみていただきたい。

1たまねぎを3個炒める。めっちゃ炒める。
 黒くしなってなるまで炒める。
2人参、ジャガイモを炒める。
3炒めた野菜を煮る。
4その間にお肉炒める。
5茹でた野菜をミキサーで潰す。
6お肉と野菜をミキサーにかけたのと
 カレーのルーの固形一個で煮る。
7リンゴまるまる一個をすって入れる。
8にんにくも半個すっていれる。
9ただひたすら煮る。
10お肉がぱっさぱさになりかけたら、
  ゴールデンカレーの中辛とこくまろの中辛を
  お好みで半々にしながらとろみを出す。
11そして最後は、おたふくソースを一回ばふって
  握って入れて出て出来上がり!

食べた。

うまい!

決定!

今日から四食分はカレーだ。

「Doppling宇宙Vol,13〜ナンセンス〜」
    日時:2008年10月12日(日)
    開場18:30/開演19:00( 約2時間 )
    料金:3,500円(1ドリンク付き )#食事サービスあり
    出演: ぜんじろう 種浦マサオ
    ★先着15名様限定です。(ただいま予約は8名です)
    場所:中野のとあるBar
 live@taneura.comまでメールで予約ください。
    当選者はメールで返信させていただきます。

2008年10月 7日 (火)

 ひっさびさの飲み

今日は深夜までひさびさに
友達と飲んだ。

新宿の自宅の近所の
お好み焼き屋さんで
やきそばと豚たまなどを
食べながら明け方まで飲んだ。

この年になると
ひさびさの友達との会話は
まずおっさんになった自慢になる。

「夜が眠い」
「徹夜はもうしんどい」
「老眼っぽいねん」

など
それが終わると
親の状態報告会になり

「この前入院したわ」
「ぼけが始まった」
「親孝行せんといかんなー」

などである。

親元を離れてるので
現実の親の問題には
打撃をうけない。
勝手な心配をしてはしみじみする。
勝手なもんだ(笑)

その後はエロ話に。。。。

「嫁とセックスしてる?」
とか
「最近どのAVが気持ちいい?」
とか
「年いって、興奮するとこが
 変わってきたよな」
など中学生の会話にも
劣る会話である。。。

年がいくにつれ
そういった中学生みたいな
純粋な友達は出来にくくなる。

行動範囲が仕事中心になり
仕事場で知り合う方々とは
お金が絡むので
社会的な立場の付き合いになり
個人的なエロ告白などで
馬鹿笑いなんてのは
なかなかできない。

かといって異性とは、
いいと思うと好きになる。
好きになると恋愛が始まる。
それからは、お互いの束縛が始まる。
燃え上がり、冷めたあげく
別れが来る。
二度と合えなくなる。

じゃー恋愛抜きの
異性の友達がいるかっていうと
男性家系の僕はどうも女性を
異性としか見れないといった
動物にも劣る人間なのだ。

じゃー趣味を共有できる方が
いればいいが
これといった趣味がない僕。
しいて言えば「仕事」が趣味の僕。

そんなややこしい僕なので
結婚でもせん限り
一人で生きていく覚悟はいるが、
そんな覚悟はできていないと
いったややこしい自分なのである。

なので、
昔からの同性の友達はいいもんだ。

ただ、昔からの友達も
時折会っていないと
仕事場で人格が形成されて
昔を共有できなくなる。。

昨日飲んだ彼とは
大阪時代の20歳から
知り合って、20年間
仕事もずっと一緒にやってきた。
なので、友達以上、
仕事仲間未満だったのが
気づいたら
たんなる仕事仲間になっていた。

で、
去年仕事を一緒にしなくなったとたんに
以前彼とお茶に言ったら
仕事以外のお話が出来ずに
間が持たなかった。
友達でもなくなっていた。

寂しかった。

が、昨日、
久々に会って、飲んで
仕事のお話抜きに
長時間話し合えて嬉しかった。

その長い時間お話したのはエロ話。

エロは友達に戻してくれる。

やっぱりエロはいい! 
エロ崇拝の2人な夜であった。

2008年10月 6日 (月)

現代はこうでなくっちゃ!

小沢代表と漫才をした。
いやいや
正式に言うと
小沢一郎さんのフラッシュ映像に
こっちが勝手に
アフレコつけた映像と漫才をした。

これだけなら
僕のよくやる漫才の手法である。

が、今日は何が特別かと言うと
側近の民主党の山岡氏の
真横にいらっしゃった。

非常にやりにくい。
なぜなら
ネタがよろしくない。
おこられるのではないかとドキドキした。

今日、BSののりおの自由時間のTV収録。

詳しく書くと、
小沢代表の口をフラッシュ映像で
ぱくぱくさせアフレコで
「わしはただ首相に
 ただ一回なりたいだけや!」
「人相悪いのはほっとけ!」
なんて僕が事前に吹き込み
勝手に映像でボケさせて
僕が生でその映像に
ツッコムとういったもの。

西洋風の皮肉がしたい
なんてここでよく
書いてるような高級な
ネタではなく、
単なる小3の悪ふざけに近いネタ。

山岡氏は平然と漫才を
みてらっしゃった。
小沢さんは
「人相悪いなー」のところでは
うっすら笑いをうかべておられた。

ネタ終わりで、
「君、いいかげんにしなさい。」
なんて言われるかと思ったら
なぜか、
握手をしてくださった。

なんで握手やねんと思ったが
握手こそ政治家だ。

終わりで司会ののりおさんと
中華料理をご一緒
させていただいた。

番組で3時間フルトークを
したにも関わらず
そこでも、2時間フルトークを
していただいた。

中身は暴露みたいに
なるので言わないが、
すごいなーといつも思うのは
政治のお話から息子に彼女できひんなー
なんて半径2Mのお話まで、
MTVのMusicクリップの
ような展開と編集みたく
お話をしていただく。
ミュージシャン風にいったら
It's ロックンロールってなもんだ。

57 歳になられたのりおさん。

この方もトークの星からやってきた
トーク星人。
僕と同じ生命体の先輩なのだ。

お会計の前には
トーク星人ののりおさんも
人間界になじむ為に
錠剤の薬を何個か飲まれていた。

伝説の毒舌コメデイアンの
レニーブルースがドラックなら
のりおさんは医者から
処方された血圧とかの薬を投与される。

現代は、こうでなくっちゃ!

僕も帰りにウコンを買ってぐいっと飲んだ。

2008年10月 5日 (日)

ナンセ〜ンス!

考えたら子供時代には
よくやってた事を
大人になってからは
とんとやらなくなっている事がある。

例えば
アイスクリームの蓋の裏を下で舐める
扇風機の前で「あ〜」と声をだす。
下で唾液の風船を作って
ふってとばしどこまで飛ぶか?
などだ。

中でも鮮明に覚えてるのは
小学校4年生の時
砂糖と塩を両方舐めて
味を0にするといった試み。
同時に口に放り込んでみる。

無惨な結果であった。
0にはならなかった。

大人になって
やってたら
「あほちゃう!」
で、終わりそうな出来事だ。

タイムイズマネーの大人から言わせると、
何の得にもならない。
そんな事しても0円どころか、
そんな事に時間を費やして
すでにマイナスですよ。。。
なんていわれるだろう。
そんな事する時間があったら
何か儲かる事をしろと言われそうだ。

大人になると
こういった事は無意味なのだ。

まったくその通りである。

たまに喫煙所にて
サラリーマンの方が休憩の時
タバコを吸って、
煙で輪っかを作って
楽しんでるのを見ると
あの輪っかの下にいって「天使」なんて
やったげたくなる。
案外あの輪っかが、奇麗に出来上がったとき
異次元に一瞬だけ
行った気になり嬉しくなるもんだ。

タイムイズマネーの世界が
ノータイムノーマネーの
世界になる瞬間である。

ノータイムノーマネーの世界。

そんな無意味なナンセンスな世界を
紐解くイベントを今週日曜日にやる。

無意味な世界が時に
何故必要なのか?
などのアカデミックなお話から
ナンセンスワールドを
体感していただくコーナーなど。

日常の意味ある世界を
リフレッシュしていただこうと思っている。

お時間ある方は
是非。

「Doppling宇宙Vol,13〜ナンセンス〜」
日時:2008年10月12日(日)
開場18:30/開演19:00( 約2時間 )
料金:3,500円(1ドリンク付き )#食事サービスあり
出演: ぜんじろう 種浦マサオ
★先着15名様限定です。
場所:東京の中野のとあるBar
live@taneura.comまでメールで予約ください。
当選者はメールで返信させていただきます。


2008年10月 4日 (土)

生きてる辞書

今、知り合いのよしみで
ちょっとした和訳チェックを頼まれて
今英語を和訳したのをチェックしている。

語学力が足りないので
辞書を引いている。

海外時代は
とにかく辞書をひいては
訳してと辞書が
体の一部のようになっていたもんだ。

実は、その頃から気になっていた事があった。

辞書は実は生きていると言う事だ。

そんなあほなと思う前に読んでいただきたい。

辞書によって性格が違う。

いやこれは人間に例えたので
わかりいくくなった。

辞書によって単語の説明が違うのだ。
「wedding」って単語ひとつとっても、
「婚礼, 結婚式, 結婚記念日, …婚式」と
訳だけのってるものや
the silver wedding anniversary 銀婚式
one's wedding night 結婚初夜 と
使い方の例えがのってるものや、
聞いてもないのに英米式の結婚の仕方が
コラムのように書いてあるのもある。
ある種、おせっかいな性格の辞書。

僕と相性のいい辞書は
「リーダーズ英和辞典」
研究社さんが出してる辞書だ。
これはまさしく、おせっかいな辞書で
Kingってひくと王様の意味はもちろん
ドンキングって人名を
写真入りで説明なんてのもしてくれている。
まさしく読み物にも
もってこいの辞書である。
脱線トーク型辞書だ。

今はネットで翻訳機能なんてあって、
語彙を入力してボタンを
押せばポンと意味だけがでてくる
そんな結果を急ぐ時代に
余分な事がかかれてて
しかも分厚い辞書。

多分、僕と相性がいいのは、
僕もひとつの質問に対して
あれやこれやと横道それて、
聞かれてもない事を重点に答え
要点がふっとぶ。
ってな事がある。
そんな僕の性格に
あってるのかもしれない。

電子辞書で音声が
でる辞書があるらしいが、
脱線ばかりを話す
辞書はないだろうか?
そんなのがあったら、
漫才を試みてもいいかもと思う。

相方は電子辞書。

またこんな事書いたから
今回のブログの要点も
横道にそれた。

今和訳をしてるが、
そんな相性のいい辞書のおかげで
なかなか進まない(笑)

2008年10月 3日 (金)

金や物があふれてるのに不況?

今日
用事で
新宿から渋谷にタクシーにのった。

流れているラジオを聴いていたら
「要するにいまは金や
 物があふれているんですよ」
というコメントがあった。

いまは世の中に
あふれた金や物が
多過ぎるということだ。

ええええ???本当か?

僕のまわりにはあふれてない。

この発言だけなら
わざわざブログに書く事もなかったが、
ついた現場でテレビを見た。
夕方のニュースショウ。
ラジオの発言とは逆に
コメンテーターが
「今、世の中不況ですね」との発言を。

これはもうちょっと思案してみようと
思った。

どっちなんだろう?

金や物があふれてるのに不況?

なんじゃこりゃ?

生活に必要なのは物である。
その物を得るために金がいる。
が、
その金自体があふれてしまっている?
だったら物はなくなってもよさそうだが
買っても、買っても、
ものがあふれかえっている?

要するに、何でもかんでも
あふれかえってるって事か?

例えば
空気中には必要な酸素や窒素があるが、
たとえば必要以上に
酸素や窒素が過剰になってあふれていたら、
結果、環境破壊になっているって構造か?

「そんなことない!
 自分はぜんぜん
 儲かっていないし物もない。」
そう思う人が大半だろう。

これは自分の話ではなく
偏った一部の人間が
儲けすぎたり、蓄えすぎたりしている。
結果として全体環境が
破壊されている具合なのか?

その一部は世界から見たら
日本は一部の一員なのだろうか?

うろ覚えだが
イスラム社会てところは
金が金を生んでは
いけないという戒律があるらしい。
つまり利子というものがないらしい。
働いた収入だけの生活らしい。
イスラムを推薦するつもりはないが
このような当たり前の戒律は
新鮮に思う。

そうか、今の社会は
当たり前ではないのだ。

当たり前の事を
当たり前にやる事が
案外新鮮な世の中に
なってる今は、
劣化した社会だって事なのだろうか?

2008年10月 2日 (木)

笑いの作り方

「えー。。。犬ってあほやろ!
 どこでも腰ふってからに。。。
 えーと。ほんなら、ぜんじろうが
 猫もどこでも喘ぎ
 声だしてるじゃないですか!。。。
 えーっと」
と、テープレコーダーを
前に目をつぶりながら
一人で落語のようにネタを
作る村上ショージさん。

今日は「M-1への道」Part 3の
イベントがあった。

昼から本社でネタ合わせ。
ネタ合わせをした後
ほっかほかで舞台で本番に挑むといった
ドキュメンタリーな作り方。

ショージさんは、いり時間より
はるかにはやく入っていて
坊さんのように目をつぶりながら
作家を3人前に置いて
テープレコーダーをまわさせて
ぶつぶついいながらネタを作る。

僕は「笑い」自体が好きなのだが、
「笑いの作り方」にも興味がある。
ロボットと漫才なんてやってるもんだから
笑かすシステム的なものに興味が行く。

人それぞれネタの作り方が違う。
ショージさんの場合は
特殊で
笑かすシステムが
笑かしたけど
笑いがなかった事でおこる
笑いのシステムをくむ。
なので、きちんと「うけない」事が
わかっている。
逆に言うと「うける」事も
わかっているのだ。

ので、頭の中ではいわゆる
ノーマルな漫才の台本が
まず出来上がっていて
その次にそれを壊しながらずらして
滑らせていくといったシステムをくむ。
単に素人が必死にやって笑いがなく
すべってるのとは、はるかに違う。

今日やったネタは「犬派か猫派か」
「眼鏡派かコンタクト派か」といった新ネタだ。

漫才の始まりは
ぜ 最近ペットブームですよね。
シ お前どっち派?
ぜ は?(間がある)
シ 犬か猫どっち派や?言うてんねん。
ぜ なんですの?その派閥。。

と進んでいく。

練習ではこんな具合なのに
本番でさらにこの台本を壊していく。

ぜ 最近ペットブームですよね。
シ ほんまやな。最近ペットボトルやな。
ぜ は?

この時点で僕は
何がおこったかわからなく、自然と間がおきる。
台本ではなく自分の経験に頼る。

シ 最近ペットボトルやんか。。
ぜ ペットボトルに最近も最前もないでしょ。

ショージさんとの漫才は、
既存の漫才のシステムを
壊していく笑いの体力と
反射神経が問われる。

ショージさんの笑いは
体育会系なのだ。
僕はどちらかと言うと文化系より。
もうこれは、基礎体力をつけるしかない。
基礎体力をあげるには経験しかない。
一緒にいかに多くやらせていただくしかない。

M-1の1回戦の日程は10/17である。

それまでにまた何回かイベントがある。
Mー1の1回戦に向けて舞台でネタを作る。
といったドキュメンタリーイベント。

どうせならフィルムまわしてればよかったといつも思う。

また報告します。

2008年10月 1日 (水)

びくびく ぶるぶる

ネットが普及するまでというのは
海外にいってると
日本で何がおこったかってのが
気になって仕方なかった。

誰々の芸能人が結婚したとか
死亡したとか

日本に到着したら
まっさきに新聞などで確認!!!
ってな具合だった。

今はネットがあるので
世界各国瞬時に
情報がゲットできるので
そんな心配はご無用だ。

僕はただでさえ何事に関しても
心配性である。

将来の人生の不安はもちろん
ちょっとした日常の出来事の
細かな事まで不安がりである。

例を出して書けば
クイズ番組が来たとき用に
なぜかいつも難し目の漢字
例えば、憂鬱の鬱の
漢字はかけるようになんて
練習したりする癖がある。
他の簡単な漢字が書けなかったり
読めなかったりするのに、
クイズ番組用に練習したりする。

これには家系が関係している。
母親がとにかく心配性である。
前にも書いたが
テレビでクイズ番組なんてやってると
食事の最中
「あんた!これ覚えときや!
 大学入試の時ひょっとでたら
 あ、、あん時覚えとったらよかったのに。
 なんて後悔するで」
なんてよく言われた。

世間は心配性を嫌う。
心配性は煙たがられる、
現代人として失格である。
何がなんでも安心、自信が好きだ。

自分もそうしなければと若い頃は
心配性を取り払う訓練をした。

今でもはっきり覚えてるのは、
とある本に
心配になった時には
ゆったりとした気持ちで
成功したときの自分を
具体的にイメージしろとの事。

頭の中で成功した自分をイメージしたが
さらにイメージが広がり
成功した裏でねたむ友人が悪口言う。
蹴落とそうとする。
そんなイメージもどんどんわいてくる。
結局最後は心配してしまう結果になる。

これはもう重傷だと思い
有効利用しかないと誓い
年を重ねるにつれ
心配性な自分を楽しむようにしている。

個人的に細かな事を
心配するのは、なんとも気持ちいい。
突如、ベビースターラーメンを
食べたくなる時ように
コーラとベビースターラーメンは
台所に何個も準備されていたりする
何個も積まれたベビースターラーメンを
見ては、よしよしと思ったりする。

でも、これは個人的なお話の楽しさで
社会に一歩出たとき
決断を迫られる立場に置かれたら
心配性うぃお楽しんでては
他人に迷惑になる。

心配になった時には
あの本と逆で
ド失敗したときの自分を
イメージするようにしている。
頭の中で失敗した自分。
恥をかきぼろぼろになる。
老け込む。しわしわになる。
その後、犬に噛まれる。
噛まれたついでに日本が沈没。
地球が爆破される。無になる。
もうどんどん
四苦八苦がやってくる。
これ以上ないという心配をし
いつも最後は
笑えるくらいの
どうしようもない四苦八苦を描き、
最後は、ま、ええか。しゃーないかと。
開きなおるってな具合。
なので、案外、
自信家な方より竹を割ったように決断し
自信たっぷりに振る舞って
世間なんて関係ないわい!と
我道いってるように
思われてるが内心はびくびくぶるぶるなのだ。

心配は心を配ると書くだけあって
心をきちんと配れる
実はいい事だと
僕だけだがそう思っている。

2008年9月30日 (火)

ただいまー

日本に到着。。
成田に到着してまずやる事は、
1時計を日本の時間に合わす。
2携帯の電源をいれる。
3留守電チェック!
4荷物を取る。
5税関を通るとき
 なぜかめっちゃ
 さわやかな笑顔を振りまく。
6表へでる。
7その後、速攻、タバコを吸いにいく。
8その前に、缶のアイスコーヒーを飲む。
ここで一気に日本に帰って来たー。と実感。
その後である。
東京時間に自分の体を合わすために
食事を取るようにしている。
今回は夕方着だったので、
日本食を食べて
体を東京になじませていく事にした。

車で成田までいってたので、
贅沢にも
成田近郊の日帰り銭湯に寄った。

銭湯までの道のりで牛丼屋があったので
入る事に決定!

注文は、
生卵がけご飯と牛皿とみそ汁。

この生卵がけご飯。
海外では卵を生で食べるなどと言うと、
げげげ!!日本人は狂ってる!!
なんて言われるが、
僕は大好きだ。

醤油をかけて、MY箸で
カツカツまわす。
しかも右回りに。。。
この時に、あーー日本ってええなー。

ご飯に穴を開けてとろーんとかけて
がっざーと食べる。

みそ汁を飲んで
「あ〜〜」と声をちょっとだす。

この瞬間、またまた
日本ってええなーと思う。

その後銭湯で湯船に浸かって
「あ〜〜〜」と声を出す。
またまたまた日本ってほんまにええなーと思う。

この「あ〜〜」が
思わずでるものが日本には多い。

日本酒もそうだ。
ワインはあくまで飲んだ後、
理屈を言って楽しむが、
日本酒は「あ〜」で事が住む。
言葉などいらない。

理屈の星からやってきた
べらべらぜんじろうも
理屈ではない「あ〜〜」
がこぼれる瞬間が大好きである。

理屈から解き放たれる瞬間である。
って事を理屈で書いてみました。

ただいま〜〜〜!
っと!

2008年9月29日 (月)

理屈の星からやってきた

日本はだから〜いかんねん
米国はだから〜いかんねん

ネガテイブな事を
書かないと誓ったのに

書くはめになった。

国単位のお話は
こうなる性質にあるのか?

出来るだけ「そこが逆におもろいねん」と
思いながら読んでいただきたい。

僕が西洋でお笑いをやりだした頃から
頭の中でついやってしまう癖ができてしまった。

日本のお笑いを見てると
あ、、これは海外でうけるかな???

とか
逆に西洋のお笑いを見ると
あ、、これは日本ではうけるかな?

と、勝手に頭の中で
輸出入をしてしまう癖である。

ここからは、
そんな半ノイローゼ状態の
僕が勝手に思う事を書く。

今回のNY
で改めて思った!!!!!
日本に「コメデイー」は
存在しない。
日本は「お笑い」って言葉が似合う。

米国では、コメデイアンが
ボーリング大会をアイドルとやって
罰ゲームなんてやる番組はない。
アナウンサーも
へらへらしらじらしいボケをしない。
やっても誰も喜ばない。
米国には、そういった
バラエテイーなんて番組はない。
ニュースをわかりやすく
お送りするなんてない。

逆に日本に、
人種別の徹底的に
皮肉ったお笑い番組なんてない。
しらじらしい台本に
しらじらしい笑い声をいれた 
お笑いドラマは日本にはない。
笑いを武器に相手を罵倒したような
政治のお笑い番組もない。

さ!どっちがいんだ?
と言う問題。

僕は両方大好きであるし
どっちもええってなもんだ。

これらを支えてるのは両方
民衆である。

お笑いは
その国の民衆の鏡である。

どっちがレベル高い?
なんて話によくなり
日本人は日本のほうが
レベルが高いなんていうし
アメリカ人はアメリカのほうが
レベル高いなんて言う。

僕も実際日本のほうがレベルが高いなんて
思っているが、証明は難しい。

が、あえて自国の笑いの高さを認めた上で
あえて批判的にいうなら
最近は、本当に幼稚化されてきてる。

日本は皮肉をもういわなくてもいい社会である。
平和、無宗教、無主義、裕福なのだから。
このあたりのテーマは今後の課題。
ならお笑いにも芸術性を求めても
いいと思うのだが、幼稚化するとは。。

幼稚化してほしいのは、西洋のほうだ。
論理的な皮肉ばかりでは、どうもつかれる。

日本は
芸術性を高めると同時に
真逆な意見であるが、
もう少し論理的に皮肉をいれてもいいのではないかとも思う。
権力者に皮肉をいれるのではなく、
無思想、無宗教、無権力へのちょっとした皮肉。
具体的には。。
なんでしょう?
今後の課題だ。
あまりにも幼稚化されてないかなーと
頭の中で変換して思う。

今後の僕は、
日本にも、ちょっとした
理屈の皮肉の笑いを取り入れたいと確信した。

理屈の星からやってきた
理屈の国の論理市屁理屈町出身
理屈っぽいべらべら喋るぜんじろう。

それは単に悪くいうのではない。
愛してるからこその
ちょっとした「ツッコミ」だと思っている。


 

2008年9月28日 (日)

ざっと記録

`その国にあったファッションをしてみる’

米国にいくと何故かキャップを
被ってだぶだぶのTーシャツ
と黒人ファッションをしてみたくなる。
日本ではあまりキャップを被らない。
被って脱いだら猫っ毛の僕は髪の毛ぺったんこの
骨川筋衛門になるからだ。

でもNYではちょっとヒップホップなファッション
をしてみた。

朝からSOHOのオープンカフェで茶をしばいた。
すると道にはツーリスト日本人観光客がぞろぞろ。
「わっちゃー」なんて思ったが、
鏡に映った僕のファッションはどう見ても
ガリガリの帽子被ったおっさん日本人。
お互い様。
昼からはセントラルパークで
ゴロンと昼寝なんて思ってたら
ぐっすり寝込んでしまい、真っ黒けっけ!
本当の黒人に変身。というか、ベトナミアンに。
その余波でベトナム料理を食べにいく。
僕そっくりなおじさんがいてお互いにやにや。
NY美術館に立ち寄る。
めっちゃ広い。
4時以降はNY近代美術館(MOMA)の
入場料が無料?
0円?
裸の彫刻に僕の頭の中で
吹き出しを作って大喜利大会!
股間がくっきり
ほられてあるのには、いつも赤面。
その後Exvijonの会場で
頭イタくなるくらいの
説明をうけ今日の任務終了。
食事会に出席し、笑顔ふりまいて
その後のパーテイーはぶっちかます!
夜はオフブロードウエイを観に行く。
昔、海外時代にカナダの
just for Laughsと言うフェスの路上で
えらい人気だった一人で早変わりに
何回も変装しながらやていくショウが
今、NYのオフブロードウエイに
進出してると聞いたので観に行く。
小さい劇場ながら満員。
あんな路上からここまで這い上がってきたかと
思うと石の上にも三年。継続は力だ。
その後、スケベショップでスケベグッズを見て
Timeoutマガジンに載ってる
マニアックななんかイベントはないかと模索。
あった!
夜中にWarretteっていうライブハウスへ
黒人ばっかり。。。
ポエトリーのイベントをやっていて
詩を朗読しながらラップに
なっていくといったイベント。
タクシーを拾う前に
そのライブハウスの前に
インド人が行列。
なんやろと思ってはいった。
なんおこっちゃないインド人のクラブ。
インド風のハウスミュージックで女の子ががんがん
踊っている。腰をふりふりこっちにやってきた。
もうこれは踊るしかない。
ヒンドウーダンス!
手を仏像のようにくねくね。。。
めちゃくちゃダンスをしたが、おかまいなし。
インド人になりすまし、踊る。
カレー食いたくなった。
帰ったのは夜中3時。。。

明日。朝早い。

2008年9月27日 (土)

僕のアイドル

エリックアイドル!

と聞いて「あ!あの方ね!」
と思う方が何人いるだろうか?

今回のフェスの目玉のゲスト
そうあの英国の伝説の
コメデイー集団
モンテイーパイソンの一員
エリックアイドルの
スタンダップ(漫談)
があった。

モンテイーパイソンと聞いても
ぴんとくるだろうか?
イギリスのBBCで1970年代に放送された
テレビシリーズの名前だ。
メンバーがコメデイアン以外に
映画監督やアニメーション作家も
テレビに出るといった
画期的なコメデイー集団の番組だ。

その一員のエリックが今回、
スタンダップ(漫談)をするとあって
これは見ないといけないと
劇場で待機。

しわしわの顔。白髪の髪。
ちょっとしたシャツにスラックスと
日本でいったら堺正章風のファッションで登場し
スタンダップを1時間30分もした。

終止お客さんは笑いっぱなし。

中身も別にモンテイーパイソンに
ついてのお話はそうせず
自分の息子が浮気した話や
家の近所のスーパーのおっさんが
牛乳の腐ってるの売ってるだの
半径5M以内のお話から
米国の政治のお話まで、幅広く話す。

若い頃、モンテイーパイソンの
ビデオを見たもんだ。
軍隊姿になった5人組を
エリックアイドルが
生魚でほっぺたをたたき
海辺から海に投げるといったネタ。
正直田舎もんの僕には
英国のおっさん達の笑いが
おもろいのか
おもろないのか
わからなかった。
が、おもろいと自分に言い聞かせ
背伸びして無理矢理
おもろいと思い込んでインテリぶっていた。

日本にもファンがいるが
おもろいなーと思ってるのは、
およそインテリ文化人くらいのもんだろう。

英語でコメデイーをやるようになって
ようやくおもしろさが、
脳からお腹に伝わった時には
自分で嬉しかった。

日本のインテリが
持ち上げて説明するレベルの
コメデイーでもなかった。

イギリスでは
日本から見た
インテリに見えるコメデイーは
大衆娯楽なのだ。

改めてすごいと思うのは
モンテイーパイソンって、
コメデイーといった枠を超えて
名前が職業になったところだ。

老人になった今でも
映画監督や映画俳優や脚本家と
活躍し70歳も近いエリックは
まだまだ流暢に
がんがん論理的なスタンダップをやっている。

僕がもしイギリスで生まれていたら
この人の弟子になっていたに違いない。

20代の頃、僕を背伸びさせてくれた。
海外のコメデイーの先輩が
どうコメデイアンとして生きていくのか。

西洋風に
スタンダップコメデイアンと名乗る僕。
日本の「わかりやすく短く早く」
の笑いの流行にはまったく興味がないが

この方の人生にはまったく興味がある。

2008年9月26日 (金)

今回の感じ

NYと言って
思い出すのは
「エデイーマーフィーの
 星の王子NYへ行く」の映画だ。

アフリカのとある国の王子が
NYのクイーンズといった汚ったない
柄の悪い街に住み嫁を
探すといった物語の映画。

20代前半だった僕にはNYは
あの映画みたいに
柄は悪いがエキサイテイングで
夢たっぷりの街だった。
大空にエデイーマーフィーみたいに
「ファッキュー」と
叫んでみたい気分。

30代前半のNYは
僕は現実NYでお笑いを挑戦するといった
無謀な賭けをする街になった。
それもこれも
「ウッデイーアレンのマンハッタン」
を見たからだ。

ウッデイーアレン扮する
コメデイアンが若い女の子に
恋をし別れるといった
ほろ苦い大人の物語。

設定が、僕と似てたせいか
(というか、感化されたからだ)
僕は視力がいいのに
眼鏡をかけ
精神病に悩んでもないのに悩み
ユダヤ系のウッデイーを気取ったりして
NYの女性と恋も
いっちょまえにやったりもした。

物語の結末通り、
僕の現実もほろ苦いどころか
めっちゃ苦くふられて終わり。

ふられた後の後遺症をどうするかは、
マンハッタンの映画では、やっていない。
マンハッタン2の映画も公開されず。。。

で、もう僕も40歳である。
米国を以前経験して
ビンラデインくらい
反米になった僕の(嘘です)
今回のNYの気分の映画は...

テイファニーで朝食を?みたいな感じで?

いやいや。
朝食はマクドで十分だ。

あ、そうそう
「ロストイントランズレイション」
の気分が、いいと思った。

その気分で、NYの街角を歩いてみた。

この映画の物語は、NYではない、東京だが、
あの気分で今回の旅を過ごすのだ。

別にNY在住の日本の女子学生とは
一瞬の恋などには落ちないが
なんとも寂しい気持ちが別の国の
都会でよぎる。そんな主人公を気取ると
気持ちいいもんかな?
詩的なナレーションを
自分で勝手に自分でつけながら
歩くのもいい。
「なんともいえない
 寂しさなのか不安なのかが
 突如僕を魔法のように
 呪文をかけ、忘れかけた日本語も」
なんて。。。

僕に、そんな詩的な感じで
夜の街を徘徊する事が
できるはずがない。

NYのコメデイアン連中と
飲みにいくはめになった。

中に2年前年に大阪で英語を教えてた
しかもノバでといった
ヤングアメリカンの
コメデイアンの女子がいた。
「ほんまかいな」「あほちゃう?」
などの言葉を覚えていた。
「じぶん、吉本?」なんて聞かれた。
お好み焼きと焼酎が何より好きだと言う。

夜のグリニッジビレッジの
オープンバーで飲んだ。

「うそやん!なんでやねん」
と関西出身の留学生なのかなんなのか。。。
帽子を横にかぶり派手な
格好をした5人組くらいの関西人留学生が
バーの前の道をよぎった。
「アンニョハセ!YO!」と
カフェからからかう若い黒人。
彼女は、黒人に
「あの人らは、日本人やで!」
と、ツッコム。
「あんたらは アジアをひとくくりにする
 典型的なおっさんか?」と
言わんばかりの西洋のジョークでツッコム。
馬鹿笑いする黒人。

だが、そんな彼女は、
ジャッキーチェンの話を僕に
がんがんしかけてくる。
最後は僕に金正日の真似を見せてくれた。
僕も負けじと北朝鮮の
パレードの軍人の真似をしてやった。

40歳の僕が今回感じたNYの感じの映画は
「裸のがんを持つ男」の
映画な感じがぴったしだと思った。

レスリーニールセン 
ばんざい!

2008年9月25日 (木)

都会の孤独感

ひっさびさのNY。
思いだせば、中学時代
“アン アップル”のことを
「ア ナッポー」
と発音でもしようもんなら、
クラス中から
「何、おまえ、カッコつけとんねん!」
と、つっこまれたもんだ。
今なら確実に「欧米か!」と、ツッ込まれるところだ。
自分があてられたら
教室では「アン アップル」と読むように
注意をはらった。

クラス中の誰もが将来
アメリカなどに行くこともないし、
ましてやアメリカ人などと
会話する機会など絶対にないと思っていた。
アメリカ人にまず
びっくりしたのは、教室で出回った
無修正モノのポルノ雑誌に
のってたペニスのでかさだった。

なんちゅう奴のすんでる国や。。。

そんなアメリカでお笑いをやるとは
夢にも思わず、また住んで
またアメリカの女性と同棲までして
「アン アップル」と言うと逆に笑われ
「ア ナッポー」となんの気のてらいもなく
言えるようになった。

改めて行ったNYはやっぱ都会だ。
「NYにいくねん」と言うと
「へーええなー」と言われるが
東京も世界有数の負けず劣らずの都会である。

東京はNYと違って
田舎から出て来ても
都会になじめる
便利なものがいっぱいある。

その中でもすごいのは、
標準語だ。
なんせ、平均語だからだ。
これを使用すれば
田舎もんである事もばれず、
なんとかなじめる。
自己主張の反対の無己主張だ。

が、NYでは英語という共通語を使って
なんとか話しても顔の色が違う。
見た目で出身地がばれるより
もっと根深いルーツがばれる。

ので、それなら、
堂々とルーツの文化で勝負だ!
と訛りも変えず髪型も服装も
独自の文化で自己主張する。

でも
これはあくまで個人の世界の話。

会社など社会では人種で分けたりすると
差別になったりする。

東京では
ブームが存在する。
NYにブームはない。厳密に言うとあるが
日本のようなみんな一斉に流行るってなもんがない。
米国には、
日本みたいに社会が、
個人の趣味まで入り込んで
馬鹿にするような事はない。

これはどっちが悪いとか
いいといってるのではない。
日本は流行といった
流れが早い川のようなもんで
自分も流れ着くチャンスはある。
NYは湖のようなもんで時に濁って
汚染もされる。
両方いいとこもあれば悪いとこもある。

が、共通してるのは、
NYも東京も大都会だ。

都会での個人の中の孤独感は同じである。

外では社会的な仮面を被ってるが、
個人の内面の心では
NY生まれであろうが
アイダホ生まれの田舎白人だろうが、
中国国籍米国育ちであろうが、
複雑に存在する。
都会での孤独感の数値は
世界各国みな同じではないかなと思った。

出会った大学の助教授が
宗教を信じているにもかかわらず
セラピストに毎週通ていると聞いて驚いた。
コメデイアン連中もセラピストに通っている。

じゃー。。。
都会で複雑な
孤独感を排除するには???

もうこの寂しさは味わうしかない。
「都会は、そこが逆におもろいねん」と
言って生きていくしかない。
都会では、その言葉の呪術をかけながら
不自然な都会で自然に生きるためには
仕事をきちんとするしかない。

孤独に何かを
チャレンジする場所こそ都会だと思った。

そう思うと、東京もNYも変わりない
と改めて思った。

2008年9月24日 (水)

初心を取り戻すキャンペーン

贅沢ながらも
飛行機で
長時間も椅子に座った状態で
十何時間もいるのは本当に疲れる。
厳密に言うと老ける。
10歳は確実に老ける。

ビジネスクラスならまだいいのだろうが
エコノミーとなると狭い!
また、症候群なんて
怖い症状もでてくるかもと
不安もよぎる。

またこっちの席からビジネスクラスが
ちらっと見れる席を取ってしまった為に
区切ってあるカーテンの奥を想像し
苛立つ。
中では、よほどの
パーテイーみたいなのをしてるのか?
はたまたアデンダント様の
マッサージサービスなんて
されてるのかな?と思うと
これまたひがみ根性むき出しになる。

乗り始めた頃は「空の旅や!」ってだけで
子供のようにうきうきしたが
慣れは恐ろしい。
いろんな粗も目立ってきて、
恋愛に似ている。
飛行機と倦怠期状態。

空の旅どころか
こっちが、荷物感覚で輸送って感じだ。

よし!
今回は、もう一度始めに戻って
空の旅を満喫しようと一人で試みた作戦がある。

初心を取り戻すキャンペーン!

といってもやる事は、大層な事ではない。
いつも
友人に言われる
「頭おかしんちゃいますか?」
って感じの
脳内知能指数0ミリグラムの妄想だ。

この妄想キャンペーンは
機内食と機内映画にポイントを置く。

まずは、機内食を満喫作戦実行!

機内食って当たり前だが、
飛行機に乗ってこそ機内食だ。
赤坂の高級料亭でも機内食は
食べれない。
ので、成田に向かう道中から
セキュリテーイーチェックから
なにから何まで、
「機内食レストランの為の儀式」
としてとらえた。
アテンダントの愛想の悪い
おばさん白人も
違う星からやってきた
宇宙人ウエイトレスだと思う事にした。

次は機内映画満喫作戦!
今の国際線は一席に
ひとつモニターがついていて
インタラクテイブで
映画やゲームや音楽が聞ける。
これも機内シアターだと思い、
日頃見ないベタな
ハリウッド映画でも見よう。
面白い事にハイジャックや
飛行機墜落を扱ったような
苦を全面に置いた上での
楽しさを味わうような映画はない。
地上では見ない軽い映画
バットマンを見ようと決意。

ただ
満喫キャンペーンはもろとも崩れた。

隣の席が、
がっつり太った中国人のおっさん。
肘掛けは占領されるわ
トイレ言ってる間に友人が座ってるわ。
肘掛け侵略の
僕の席大虐殺だ。

そんなせいもあってか
後半は、寝る事にした。
これがまた寝すぎて二食目の
朝食のようなものを食いそびれた
その上に足がジーン。。。

でも、中国人のおっさんの
はげの頭ごしの窓の
空から見たNYの町並みは
奇麗であった。

まもなくNY

2008年9月23日 (火)

KYではなくNY

今日から一週間ほど
ブログを休暇させていただきます。
ちょっと海外遠征にいってきます。

場所はNY。KYではない。

KYは
「空気読めない」
ではない。

NYだ。
「Nは内容
 Yは読めない旅」になる事希望。

何年ぶりだろうか?
NY。

若かったあの頃
日本を捨て
ヤングアメリカンになるつもりで
日系人になるつもりで
レイニーブルースのような
コメデイアンになるつもりで
NYに乗り込んだ。
英語もまったくからっきしなのに。

「米国は実力主義らしいで
 ユーモアもあるし
 日本は、そんなんないやろ。
 だからいかんねん」

と、よく昔会話を仲間としていた。
厳密にいったら僕一人していた。

「日本は、いらんとこで
 謙虚すぎんねん」

なんて
47都道府県の人間を
歴史のあるこの国を
一億もいるこの国を、
ひとつとして、
自分は、蚊帳の外の角度から
上からの視点で
話してた。

今からかんがえたら
恥ずかしいというか
若かったというか。。。

あほだった。

ぞっと背筋の寒くなる会話である。

今回は、以前のような気負いもなく
日本をひとくくりにする事もなく
米国だけが正解でもなく
日本だけが正解でもない事に気づいた。
正解は一個ではないなんて事も気づいた。

日本にもいいとこは五万とある。
悪いとこも五万とある。
米国もまた同じである。

「だから日本はあかんねん」とか
「だから米国はあかんねん」などと
ネガテイブな事を言って
楽しむ遠征は、もう卒業だ。

これからは、
どんな国であれ
どんな人種であれ
どんな状況であれ
「だから逆におもろいねん」
と魔法をかけて
いかなる状況でもパラダイスに
してしまおうと思っている。

ぜんじろうとして
米国のNYにお笑いのコンペやら
デジタルのイベントに出場する。

このブログでは、そこで巻き起こった
また僕が感じたを
だから逆におもろいねんって
書こうと思っている。

できれば、読んでるみなさんに
おみやげのひとつでも
買ってきたいとこだが、
それはできないので
おみやげ話がいいな。

NYって今、こんなでってのは、
単純におみやげ話になる。
またその時こう思った。
なぜそう思ったか?
その上みなさんまで
幸せな気分になったら
御の字だ。
いや、ちょっとおこがましいかな?

2008年9月22日 (月)

よくわかってない。

「ぜんじろうさん。
   選挙にでませんか?」と
電話をかけて来たのは
とある党の政治家さんである。

音楽PのYossyの紹介で
広島のM口さんとお知り合いになり
これがご縁でお知り合いにならせて
いただいた。

あくまで洒落のお誘いだが
いろいろ質問をうけた。
「うちの党にたり
  ないのは何?何が駄目?」
「選挙の日って地味でしょ!キャンギャルに
 ヤクルト配らせてくださいよ!
 お祭りにしましょうよ!」
なんて洒落半分でも答えた。

実は僕は
国会の仕組みというのが
いまひとつわかってない。

あんぽんたんだ。

みなさんはわかってますか?

解散小選挙っていうのも、
解散するしないは
首相の権限なのか?
評判が悪くなると
世間からのプレッシャーが高まって
やむなく解散?なのか?

もうすぐ、
解散総選挙が
あるといわれているが
その前に与党の自民党の
総裁選びをやっている。
麻生さんになった。
新しい総裁が決って
解散総選挙になるかというと
そう決っているわけではない。

よくわからない事が多い。

よくわからない事は
政治だけではない。

テレビ番組のレギュラーの
仕組みよくわからない。
特にいいともの
準レギュラー枠の仕組み。
一度レギュラーはずされたら
二度とレギュラーは
こなかったりする。

スポーツの選手交代の
仕組みもよくわからない。
サッカーや野球はいちど
引っ込めた選手は
もう二度と出せないようだ。 
バレーはオッケイだ。
またサッカーは
イエローカード的なものがある。
野球はバッターの頭に
当てる危険球を投げたら
ピッチャーは即退場、レッドカードだ。
でもサッカーみたいに
イエローカードが
次の試合まで
累積していくということはない。

世間の言ってる事もよくわからない。
政治の場合
前の首相の福田さんの時
指示率が悪くて
やめろやめろと言われてたのに
やめたらやめたで世間からは
「責任ない」
「何もやらんかった」といわれる。

テレビ番組の場合
見てもない番組なのに
番組が終わったりしたら
「あの番組好きだったのに」
なんて言ったり、

タレントさんがなくなったら、
普段使ってもないのに
「惜しい方をなくしました」
なんて言う。

我々世間側もよくわからない事を言っている。

そこは、はっきりしてほしい!
という気持はあるが、
よくわからん事があって
そこは、ぼやかしながら
それでうまくいってたら、
まあそれはそれでええかなー。。。
とも最近思う。

案外、人間関係も
そうかもしれない。
相手のよくわからないところは
つきつめてはっきりささずに、
ぼやかしておく。。。
それでうまくいく。
なんて思ったりしている。

でも、それは個人のお話で
政治はそれじゃー
いかんなーなんて思ったり。

この僕のブログの結論もようわからない(笑)

政治家のSさんは
そんなよくわからない事だらけの
僕にでも耳を傾けた。

えらいなー。。。

2008年9月21日 (日)

お助けマン

「ぜんじろうさんでっか!
 弟子にしてください!」
と、声をかけてきたおじさん。

「え!!!!!」
「弟子にしておくんなはれ。うちの息子」

と、親父さんの影からにょきっと
出て来た息子の清水君。
当時まだ20歳そこそこ。

「僕、教える事なんてないし。。。
 NSCって吉本の学校あるからそこに行き!
 先輩後輩の仲がええで」

その後、彼はNSCへ。

あの時から
もう何年がたつだろう?

そんな清水君も、
もういまや、お父さん。

今日その清水君と
奥さんと1才半になる
娘のゆーりちゃんと
奥さんのお腹の中にいる
赤ちゃんと
3人と9ヶ月と
しゃぶしゃぶを食べに行った。

家でしか見せない
清水君の顔を見せてもらった。
昭和の親父の顔だった。
奥さんは2人目をお腹に持っている。

奥さんも僕と話すときにはお嬢さんだが、
子供をしかるときには
「こら!言ったでしょ!」
と怒る。
おかんの風格すらある。

娘のゆーりちゃんを見る僕は
まるで、孫を見るような
おじいちゃんだった。

ぜんじいちゃんである。

ゆーりちゃんは、
僕が「だっこしてあげよっか!」
なんて言うと、
ナンパを避ける女子かのように
わざわざ回り込んで逃げていた。

一才半でも女の子だった。

弟子入りの時
「ところで、なんで僕を選んだん?」
「助けてあげたいと思って」
なんとも、はっちゃけた清水君の
意見であった。

「助けてあげたい」の言葉通り
彼にはあれ以来
いっぱい助けてもらっている。

引っ越しの時。
海外の帰りの空港お出迎え。
家探し。
客席での笑い屋さん
などなど。。

清水君が僕に
「ぜんじろうさんは結婚しないんですか?」
僕は「相手がおらんがな」

嫁探しを助けてくれるのかと思ったら
清水君が
「それは、仕方ないですね」

沈黙

人生のパートナー選びは
自分でしよう。。。

えへへ。。。

2008年9月20日 (土)

ぴーひゃらどんどん!

ぴーひゃら
ぴーひゃらどんどん

家の近所から
祭り囃子が聞こえてきた。
新宿に引っ越しをして約一年。

去年のこの時期に物件を見回った。
祭りで賑わってたこの街。

一人暮らしの独身なので条件は、
「ぜんじろう?今何してる?すぐこいや」と
夜中3時にでも言われたら
24時間すぐでていける場所。
打ち上げで盛り上がって酒飲んで
ゴロンと転がったくらいに家がある場所
そう、「便利」を選んだ先が

新宿から一駅の場所。

ただこの街の
異変に気づいたのは
祭りが終わった後
住む事を決めた後の出来事。
祭りが終わると
ゴーストタウンなのだ。
住んでどんどん異変が襲って来た。
近所の商店街の
クリーニング屋さんにいったとき、
まずドアが自動のガラス戸なのに
手動であけないといけない。
紙に手書きで、
字が書いてある。
「エコを応援します!
 あなたの手で開けください」

単に壊れてるだけである。

また、そこのおばさんが殴られたのか
青たんが顔にある。
クリーニングなのに汚い。
値段が高い。

商店街の他の店もそんな調子だ。
まんじゅう屋さんが
「伝統を守る店。
 創業100年
 味は絶対変えません!」
なんて張り紙が。
客 がらんがらん。
味。変えたらいいのに。。

まずこの商店街には人がいない。
客が、はいってる感じがない。
ずっと、しまってる店もある。

その上、柄の悪い事件が多い。
一年の間に耳にした近所の事件は多い。
バット殺人。
麻薬常習犯が捕まった。

浮浪者が夜中大声で
叫んでるので睨むと切れられた。

開発地区に指定され
まもなく取り壊しされるのであるが、
断固と退かない方々が居座る街だ。

開発地区共同組合ってのがあって
そこの部屋には老人がわんさかいる。
移転の時に東京都から
お金をどうとってやろうか
思案中なのか?

住めば都と言う言葉がある。
が、都の「み」の字も浮かんでこない。

そんな街なので
帰りの道中は酔わなくても
気分が悪くなる。
置いてる自転車を倒したくなる。
ピンポンダッシュしたくなる。

僕は失礼な話だが
この街をゴーストタウンと名付け
住んでる方々をゾンビだと思っている。

そんなゾンビの街に
年に一回の祭りである。

これが意外や意外!

めっちゃ盛り上がってるのだ。

普段ゾンビの方が、
ハッピを着てねじり鉢巻き。

親子も多い。
母親のハッピにねじり鉢巻きは
ぐっとくる。
江戸っ子の女性は粋がいい!!
なんなら老人がカッコイイ。

昭和初期のにぎわった江戸っ子に変身!

祭り囃子で神輿を担ぎ練り歩く。

マイケルジャクソンの「スリラー」の
PVのゾンビがダンスをしてるのを見たときの
ようなあの衝撃。

ぴーひゃら、ぴーひゃら。

もうこうなったら、僕も参加だ!

江戸っ子ゾンビの方々と
ぴーひゃらぴーひゃら
の祭り囃子につられて
僕もゾンビになりすまし練り歩いた。

2008年9月19日 (金)

おならとボケ

高校の時にテストの時
シーンってなると
必ずおならをして
笑いをとる奴がいた。

シーンってすればする程
爆笑度の笑いは高まった。

「お前へーこくなや!」
「じゃかましゃい!」

関西の学校によくある光景だ。

またそいつはやった後の
リアクションがいい!
わ!やりよった!って顔をされた後
なんとも無邪気な笑顔を浮かべる。

昔から僕はおならが外でできない。
なんなら、大便も休み時間できなかった。

彼がうらやましかった。

もちろん大人になった今でもそうだ。
おならは人前ではできない。
大便もそうだ。

ましてや彼女の前
なんて御法度だが、
一緒にいると
ついでてしまう事がある。
知らをきってもいいが
そこは二人きり。
「わ!」なんて言われて
精一杯照れた。
こんな僕を彼女に笑ってもらった時から
彼女の前でおならが解禁になる
と同時に心も解禁になった。

ところで、村上ショージさんは
おならをよくする。
どこでもよくする。
なんなら、2人きりでもやる。
いや、舞台上でもする。

やりなれてるのか、
平然としている。
え???って顔をすると
なんやねん!ってなもんだ。

今日も漫才の練習の最中に一発!

さらっと、
「俺最低やな」
とだけ言って、次にすすめる。

男前だ。

関西のボケの基本は、おならだ。
おならができるかどうか?

またその後のリアクション。
ここにかわいさが凝縮される。

僕も世間の前でおならをし
平然と照れてかわいい〜なんて
思われたらいいのだが、
まだまだそこまで圧巻できてない。

つっこみ側の人間なんだと
おならをがまんしてる時に思う。

2008年9月18日 (木)

子供に戻る魔法

スポーツジムのシャンプーが変わった。
香りでわかった。

その香りは小学校の当時15円だった
ちゅーちゅー棒の
レモンの味の香りであった。

香りに誘われというか
何かきっかけで魔法をかけられて
自分が一瞬子供に戻る。

夏なんかは、汗だくになると、
自分の肌の香りから
小学生に一瞬変身する。

どんどん焼きの駄菓子を食べると
変身。

新宿方面に引っ越した
家の近所に小学校がある。

学校の校内の放送や
朝礼の挨拶みたいのが、
朝早くから聞こえてくる。

びっくりなのは、
昔と進歩がない事だ。
しかもここは関東なのに。

「えーみなさんが一等賞です」
とか
「帰るまでが運動会ですよ」
なんて言っている。

後、下校時の子供の会話にもびっくりだ。

「お前のかーちゃんでーべーそ!」
「パンツー丸見え!」
「せーんせに言うタロー」
「何時何分何秒???」

えええええ!!
東京の子供も言うんや!!!!

しかも今もいうんや!!!
今流にアレンジされてない。
例えば

「お前のかーちゃんプチ整形」
「勝負パンツー」
「ネットに書き込んだろ」
「来世呪ったろ!」
ではない。

ともうひとつびっくりなのは、
「馬鹿が見ーるー豚のけーつー」
だ。
関西は「あほが見ーるーぶたのけーつー」だが
アホと馬鹿の言葉は違えど、リズムは同じ。

学校で教えるのだろうか?
いや、自然発生だったら、
子供はこんな事を言うのは
神様が子供に言わせてる
としかいいようがない。

こんな会話を近所で聞くたびに、
僕も見えない縦笛で
ドナドナを引きながら
帰る小学校の自分に変身だ。

思い出させるアイテム。
かわってないのは、
人間だけではない。
朝の鳩の鳴き声。。

ふーふ ふっふっふー!
なのか、
ふーふー っふふー!
(聞こえ方が二種類ある)
変わってない。

でも子供に変身した瞬間
あ、、宿題せな!!!
なんて朝にトラウマがよぎる。。。

子供に戻る
魔法も痛し痒しである。

2008年9月17日 (水)

新種の人種

最近名刺の欄に聞き慣れない
肩書きが存在する。

Self cerching consarutant,
Subsection Adviser,
DPO counter
etc
名刺をいただいて
この役職はなんですか?
説明を聞いてもよくわからない。

まだこれらは西洋からの
輸入された肩書きであろう。

さて。。
これら。
ラブホテルプロデューサー
マイケルJ研究家
鉄道アイドル
性転換した現役女子医大生。
日本一のエロ本研究家。

こんな肩書きの方々が登場する
トークナンバーワン決定戦
Vo,l12に今日出場した。
僕の肩書きは
Stand up Comedianだ。

僕の肩書きは西洋での概念である。
日本では漫談家であるが
僕はあえて
ええ格好をし
西洋風を名乗っている。

マイケルJ研究家ってなんであろう?
鉄道アイドルってなんであろう?

本人が勝手につけたらなんでもええねや!!
と言われそうだ。

が、その通りなのである。

本人が勝手につけ料金をいただいた時点で
そこは燦々と輝くプロの肩書きに変身する。

その昔、民俗学者なんていうのも
明治初期には下劣な肩書きであったそうだ。
でも、のちのちなにがしかで認められ
今では民俗学は立派な学問になった。

こんな地球上には存在しないジャンルを作り
背負って生きていく。
これだけで、僕は、頭が下がる。
ええ格好しいの僕には根性なくてできない。

その新種の人種が話すトーク。
中身なんてなくていい。
存在し切々とアピールし
続ける事が仕事なのだ。

僕も肩書きは他人がいろいろつけてくれている。
タレント。漫談家など。
僕は、他人がどうつけようが、
どう思おうが、なんでもいいと思っている。

本心は、ええ格好すると、
肩書きは「ぜんじろう」っていきたいとこだ。

でも、寒い。。。。

僕の肩書きはぜんじろうです。
言われた事を想像すると
寒い。。。

後、わかりにくいし
そんな事にこだわるのも相手に迷惑な話だ。

肩書きどうしましょう?
なんて聞かれない限り
なんでもご自由に!のスタンスである。

聞かれたら「スタンダップコメデイアン」と
一応、西洋でコメデイアンをやったのを取り入れ、
和洋折衷のの肩書き、スタンダップコメデイアンと
答えている。

前に一緒にやってる
種浦君から「雑談家」
なんていかがですか?
と言われた事がある。
これもまた鉄道アイドルと同じ
この地球上にない肩書きなので、
いいなーと思ったが、
それで世間をわたる根性はない。

でも、彼とやる時には
「雑談家」といった
新種の人種になれる!

採用!!!
なんて思った。

そんな新種の人種の肩書きの方々と
ひっさびさ打ち上げで朝まで飲んで
始発で帰った。

ひさびさに。酔った。

 

2008年9月16日 (火)

透明人間

1よく人に足をふまれる。
2髪型を変えたのに
 誰も気づいてくれない
3昼食の時服を着替えたのに
 誰も気づいてくれない
4球技では自分のところに
 めったに球が飛んでこなかった
5みんなで食事に言った際に
 自分だけはぐれたのに気づかれなかった。

このうちのひとつでも丸がはいるなら、
透明人間になれる素質がある。
全部丸ならもう透明人間になってるので
治療の余地なしである。

今日はルミネ劇場にて毎月恒例のコント。

若手が群がる楽屋では、
上のような事が多発する。
上に書いた以上の事も多発する
彼らにとっては僕は透明人間なのだ(笑)

いつからこうなったんだろう?
と考えてみた。
あれは確か小学校四年生の時
クラスの演奏会にて
僕はトランペットをふきたくて
親にわがっまを言って
買ってもらったトランペット。

担任の先生が縦笛がもっと
うまくなったらふかせてやる
と言っったので放課後に
担任の先生に自ら見せにいった。
でもいざ演奏会ではそんな事も
忘れられててトパンペットは
別の奴。揉めるのが嫌で黙っていた。
僕は案の定縦笛の役。
よく練習を休んだが
誰にも気づかれなかった。

透明人間になっていた。
透明人間になる才能は昔からあった。

最近はよしこの才能を
プラスにいかせないものかと
日々考えている。

透明人間の良さは、
他人から見えないって事なので、
なんでも出来る。

他人が見せたくない部分を
堂々と垣間みれる。

楽屋での後輩の楽屋話。
僕は透明なのでがっつり聞く。
悪口に妬みに嫉みなど
なんとも面白いもんだ。

今後もっと透明人間になった
威力を発揮できないか思案中だ。

2008年9月15日 (月)

うまくしゃべる

「どうやったらぜんじろうさん
 みたいにうまくしゃべれるんですか?」
と、聞かれた。

実は、この質問は

僕にとっては、嬉しい
が、本音をいうと
痛し痒しだ。

「どうやったらお腹にいい具合で
 肉がつくんですか?」
「どうやったらそのような
 小じわがいくんですか?」
と、よくにた感じなのか???

全然褒め言葉になっていないって事だ。

僕は、うまくしゃべれる事を
よしとしていない。
おもしろくしゃべりたいだけである。
が、おもしろい事を
細かくもっともっと面白く
伝えようとすればする程、
しゃべりの技術があがるのである。
技術があがればあがる程、
おもしろさは蒸発し、
うまさが残るといった
特性を持っているからやっかいだ。

昔喫茶店で初めてあった女の子に
面白いと思われようと2時間くらい、
目を血走らせて話し
逆に「話長い人」の感想で
終わった事がある。
また反省のポイントは、
相手の事をリサーチもしないで
相手にとって興味ない話を
一方的に話を長々とやってる事が
駄目だったのに、
「話がおもんなかったからや」と
今日話した話を
ノートに整理した事がある。

また喫茶店で2人かわいい
女子の方々とお話してて
僕より盛り上げてる素人の
男子のお話を恨み、
あいつより俺のほうが、
絶対おもろいと
悔しくて寝れなかった事もある。

うまく喋るこつは、
わかってもらいたいと
いう執念がものを言う。

そこには自己愛も含め
相手への愛も必要だ。

技術的な事を書こう。

僕は、しゃべりを
誰に習ったわけでもない。
型のない、型なしだったのが、
なんとか、ぜんじろう流の型が
20年もこの世界でやってきて
いびつながら出来て
来たと思っている。
さ!こっからである。
型に、はまってくると、
おもしろさも蒸発するが
うまさも蒸発し、
「退屈」が浮き出てくる。

こんな時は型破りが必要だ。
今の僕は、
自分の作った型を自分で壊す。
出来るだけ、下手にしゃべろうと
する事を心がけないといけない。

今回は、
僕の話ではない。。。

横道にそれた。。。

うまく喋る技術。。。
聞かれた相手に、こう答えた。
「あたなは、型がまだないのですから、
 誰か自分の好きな方のしゃべりの
 リズムとテンポを真似
 しはったらいかがですか?」

最後にこれとは、
相反するまとめであるが、
技術に勝るのは、
実は、執念だと思ってる。
「何を誰にどんな気持ちで伝えたいか?」

失礼な書き方だが、
言葉が話せない聾唖者の方々でも
執念の思いで話すと、僕は完敗だ。

2008年9月14日 (日)

実家の話題

「ぜんちゃん。昔よういってた
 あそこのスーパー。。
 もうつぶれたんやで」
この世の終わりかのようないい方で
僕にとってはどうでもいい
めっちゃ小さい情報をくれる母親。

今日、撮影現場から、東京までの
帰り道だったので
姫路市の実家にちょっと寄った。

親父が今入院してるものもあって、
見舞いがてら、実家に寄った。

母親は僕の運転する車の助手席で
「あそこのおばちゃん、
 この前なくなったそうやで」
「あそこの銀行のほら!
 看板、あたらしくなったで」
「ここの寺の住職の方、
 ようパチンコいきよんやで」

実家の母親の情報は、
僕にとっては本当に小さい。

だが、母親にとってはとても大きい。

「あそこのなんやったかな。。
 名前。。。
 ほら。。。」

思い出せない。

なら、飛ばして話せばいいものを、
「あの。。ニノミヤむせんかいな」
思い出した。
けど、中身を忘れてた。

素である。

病院に行くまでの道中、
昔と変わったガイドをしてくれる。
こっちは、なぜかわったのか?
今後はかわっていくべきか?
今後のこの街の経済は?
住職がパチンコは、なぜいけないのか?
など濃いいお話をすると、
黙りこくる。

話題が、また
「あそこのまんじゅうやさんの
 おばさんぼけたらしいで
 買うていこか!」
と、話題はここに来る。

これが実家である。

後、母親は、
厄年の僕を中学三年のように心配する。

曲がり角ごとに、
「あんた!あぶないで、
 あの自転車急にこっちに
 飛び込んで来るかもやで」

向かいの自転車は
アクロバットのプロでも無理な距離である。 

そして病院へ。
暇そうにしてる親父。

親父とおかんが合体すると
心配事は、
僕の結婚問題と芸風へ。

父「お前結婚しいや!」
母「ほんまや!あんた病気したら介護いるで」

僕の結婚相手は、僕が将来病気になった時
介護してくれる子がいいそうだ。

それがひとしきり終わると
次は僕の芸風である。

父「お前、相方はどうするん?」
母「お父さんこの子漫才師ちゃうで」
父「相方いるやろ」
母「今の若い子みたいに
  あほやるタイプちゃうわ、この子は」

ほっとけっちゅうねん。

街のどうでもええ情報から
僕の将来のどうでも
よくない話までわんさか喋る。

普段おしゃべりの僕が
唯一話したのは、

「ようしゃべるな」

先祖代々、おせっかい焼きの
心配性のおしゃべりだったのだろう。

2008年9月13日 (土)

最後は輸入

「やっぱ米国人やの〜〜」
と、米国時代の悪夢を思い出したのは
撮影準備が始まってから
2分の出来事であった。

今日は米国人のJの
ショートフィルム撮影。
岡山へ。
彼とはとある大学の
先生の紹介で知り合った。

日本で撮るショートフィルムの
映画撮影に協力してくれないかと頼まれて、
台本を書くはめになった。
また出演もちょこっとするはめになった。

ひさびさの米国人との作品作り。
準備が始まった2分後、
米国時代に経験した
アメリカ病が襲って来た。

米国人をひとくくりにするのは、
はなはだ間違いである。
が、今回は無謀にもひとくくりにして
いわせていただく。

アメリカ病とは、
おまかにいうと、
米国人は
楽観主義者が多い。
その上自信家だ。
でもそれは才能があって資本もあって、
計画性も伴っての時は効果は抜群である。
ただ、そうでないものは、
そのつけは溜まる。
溜まるとどんどんテンパる(緊張する)
結果、こっちが、迷惑を被る。
迷惑を被ると、
もう一度、真珠湾攻撃したくなる!
戦艦大和に乗りたくなる。
マクドナルドの人形に落書きしたくなる。
デイズニーランドのミッキーに
「中にいるんおっさんやろ」
なんていいたくなる。
英語の教科書に
ファッキューなんて書き込みたくなる。

これがアメリカ病。

といった出来事を幾度となく経験してる。

撮影開始の2分後、
自分の自慢話が延々始まった。
計画まるつぶれからスタート。
休憩は、めいいっぱいとる。
最後は、始めのつけを取り戻すために
急ピッチで鬼のように強行撮影に挑む。
結果、明日の朝から
追撮のはめになった。

この事態に慣れてるので
こっちも自己主張は米国で覚えた。
「はやくやれ!」「聞いてない」
「何時まで?」
日本人なら怒るかもしれない主張を
米国人はきちんと冷静に聞き、
論理的に答える。
別れ際は、握手か、ハグをしてくる。

日本人なら雰囲気がどんよりする。
が、米国人はしない。
最終的も、楽観的で自信家なのだ。

やる過程は日本人のように
細かく計画をもってがいい。

最後は、米国人のように、ハグや握手。
これで全部ちゃらになる。

ここはもう一度、輸入したい。

2008年9月12日 (金)

若返った日

今日、とある番組の
オーデイションに行ってきた。
ロボと漫才をやって来た。
まだ合否がでるわけでもない。
ので、詳しくは書けない。

オーデイションなんて
何年ぶりだろう?

若い頃は、
選ばれたら
やったーと有頂天になり
落とされたら
この世の終わりかのように
へこんだもんだ。
「もっとこうしなさい」
なんてアドバイスをいただいてるのに
噛み付いたりもした事もある。

時を経て、
僕は、逆にオーデイションを
する側も経験している。
人を選ぶ側に立ったとき
わかった事があった。

選ばれなくても
へこまなくていんだ。
って事を。

たまたま今回は、
その企画にそぐわないだけであって
違う企画なら即合格やのにー
なんて事をいっぱい思ったりもした。
このオウデイションに惑わされずに
突っ走れよ!!!!
落ちてへこむ選ばれなかった方々に
心で念を送っていた。

そんな経験も経てるので
今回、うきうき
オーデイションに行ってきた。
落とされるもの、またよしである。

ロボとの漫才は、
どう番組にそぐわないか?
どう今の浮き世の世間とずれてるのか?
考えれる絶好のチャンスだ。

関係者の方も
ロボットとの漫才なんて
前代未聞の事をどうテレビ的に出すか?
頭を抱えていただけた。

なんとも嬉しい瞬間である。

正直なところ
ロボはまだまだ
世間に浸透していない。

僕は今までロボ関係者の前で
がんがん漫才やってきて
当たり前になってるが、
世間の方々は、
ロボがめっちゃ喋る事がまず
最大の見せ場である。

もっというなら、
世間に出たとき、
ロボにもお笑いにも
もちろんぜんじろうにも
興味のない方に
興味を持っていただくのは
何か?

こんな課題をもらえたのは、
新人依頼である。

若返らせていただけた一日だった(笑)

2008年9月11日 (木)

ちょっとだけわかった気がした

「お客さんが一番のブレーンやで」
弟子の時師匠の上岡が
ぼそっとつぶやいた。
20歳の僕は、
意味がわからず、保留していた。

あれから20年の間に
この言葉が頭をよぎる事が何度かあった。

でも「そうか???客は客やで」と
半信半疑であった。

だが、今日、ちょっとだけ
師匠の言葉が、わかった気がした。

今日は、
ほぼ毎月恒例のぜんじろう一人噺Vol26

今回は、ベストセレクションと題して
過去25回やってきた中でベストなのを
チョイスしてやった。

前にも書いたが、僕にとっては
毎回ベストのつもりでやってるので、
僕にとってのベストは全部だ。

ので、お客さんにとって
ベストなのをする事にしたので
お客さんにネタを選んでもらう事にした。
しかもネタを選んでもらう方は、
常連さん、業界人の方々。
ある種、「世間 以上 身内 未満」
って感じの方々。

また、ネタを選んだ理由がおもしろかった。
男女で大きく理由が違ってた。

男子は、「選んだネタはこ
              のライブの趣旨を物語っている」
と、客観的な感想で
ライブのプロデュース的であるのに対して
女子は、「ぜんじろうさんがかわいく見えた」
と、個人的な感想で
母親のような見方をしてもらっていた。

後、目からウロコだったのは、
常連さんに選んでもらうと、人気が偏らない。
「私はこれがいい」「俺はこれがいい」
と、人それぞれ、結局、ばらんばらん。

僕はこうだ!と一色で色を放ってるつもりが、
他人には、十人十色に映ってる。

なんとも面白い。

前にも書いたが、
自分と言うものは、
他人の中にいるとつくづく思う。

自分は明るくて
活発でって思ってても
他人には、暗くて、
邪魔臭がりなんて
映っていたりする。

若い頃には
「いやいや!俺は明るいって!」
なんて他人を否定したが、
今はその結果を認めて、
明るくみられたいなら、
自分を否定し、
その方に、明るくみられたいのなら
明るくふるまうようにしている。

なので、今回のライブは、
人にセレクションをしてもらって、
ぜんじろうってのを構成していただいた。

案の定、
終わってから、26回目にして
「今日、おもしろかったです」
なんて、初めていわれた。

僕のような我の強い、
世間に背を向けて生きる人間は
自分を見ないといけない。
その見なければいけない自分は
他人の中にいる自分。

「お客さんが一番のブレーンやで」
と、師匠が、言ったあの言葉、
今日、ちょっとだけわかった気がした。 


2008年9月10日 (水)

今後も我がままを採用

晴天だ。
秋晴れだ。
いや、まだまだ夏を感じたい。

と言う事で
今日、午後すぎまで
多摩で用事があった。
帰りに、道を間違えたついでに
ふらっと、よみうりランドプールに行った。

理由は、なんや気が向いたから。

ここ何年か、
「なんや気が向いたから」とっ言っては
何かをする。
「我がままな」行動をとっている。

小難しくいうなら〜(笑)
我がままは、他人といる時に
我をだした時に、言われる言葉である。

一人でいる時は、
我がままとは言わない。

一人は、何かと行動が
億劫になりがちなのだが、
ここ何年かは
「なんや気が向いた」
って事に
ラッキーなんて
思って、我一人で
気がむいたら
即行動する事にしている。

水着も会場で買い、
タオルも会場で買った。

平日のプールはちょっと
空いていて気持ちいいもんだ。
波のプールでプッカプカ!

ただ、、
3時30分にはいって、
5時閉館であった。
ま、これも我一人なので
「これもまたよし!」

帰って
明日のライブの時に配る
お客さん用のプレゼントのDVDを
焼こうと思ったが、

でたところに、
ゴルフの打ちっぱなし場があったので
ちょろっと打った。

ちょろっと打ち終え、
帰ろうかと思ったが
プールご来場のお客さんに限り
お風呂割引なんて
書いてあったので、
「また、なんや気が向いたから」
お風呂へ入ったら、
げげげ!!!
混んでたので、
20分程ささっと入った。

帰り道、
うまそうなラーメン屋発見。
もちろん寄る。

社会において
なんや気が向いてやる行動は良くない。
個人の気分でうろうろすると
他人に迷惑がかかる。
やる事にはすべて意味がいる。
計画表、企画書、報告書。

個人でいるときには
計画表も企画書もいらない。
やる事にできるだけ
意味がないほうがいい。
その時の気分のままがいい。

「なんや気が向いたから」

今後もばんばん採用!!!
な!俺!ぜんちゃん!

2008年9月 9日 (火)

頭ん中サファリ

横山のやっさんが飛行機の
パンダの映像に向かって
「おい!スッチャーデス!
 プロ野球つけんかえ!
 あほんだら!
 こんなん食うたら
   うまいんかえ!」

今、明後日行う一人噺の
最終のネタの詰めをやっている

なのに、なぜか、同時進行で、
頭にはパンダの鼻の
部分の材質が気になって仕方ない。

あのゴムのようなプラスチックのような
黒い部分。

なんの材質だろう?
ゴムと仮定すると、やわらかーい。
プニュンプニュンだ。

プラスチックと仮定しよう。
カッチコッチである。

頭では、同時進行しながらネタの事も。。。

今年の正月にスーツで
帰ったらうちのオカンが
「あんた!今普通に働いてんの?」
いやいや!

同時進行で、パンダは散髪せえへんな。。
みんなスポーツ刈りやな。
パンダのパンチパーマ。。

なんでこんなにも
同時進行で2つも考えれるんだろう?
パンダのモヒカンの髪型は
全然今必要ない。
集中。集中と思えば思うほど、
頭の中が、パンダに集中する。

よし!こうなったら

パンダばっかり考えてやれと思ったら
パンダが頭からいなくなった。
逃げやがったな。。。

いやいや。逃げてええねん!

ネタネタ。

そんなこんなで、
まだパンダが頭の片隅に住みつきつつ、

なんとか、
全体がまとまった。

今回のライブは
過去26回やった中のベストセレクション。
しかも、常連さんや、
業界の方の選ぶベストセレクション。

一個発見があったのは、
常連さんや業界さんに
ネタを選んでもらうと、
人気が偏らずに、ばらばらであった。

ベストセレクションで
人気順位をつけたい場合は
まったくの他人で
素人の意見がいい事がわかった。

もしお時間ある方は是非!

「ぜんじろうの一人噺 Vol 26
  〜ベストネタセレクション 総集編〜」
日時:2008年9月11日(木)+今回は木曜日です。
開場19:00/開演19:30( 約1時間 )
料金:2,000円(1ドリンクとプレゼント付 )
出演: ぜんじろう
場所:渋谷アップリンクファクトリ〜
問い合わせ:uplink factory03-6825-5502

頭の中に次は
コアラがでてきた。
そのコアラは鼻の
ボタンを押すたびに笑っている。

頭ん中にいろんなもんが住み着いてる(笑)

頭ん中サファリだ!

2008年9月 8日 (月)

革新な審査方法

決戦の審査をするのは
決勝戦に進んだ8組の芸人
口頭で「面白かった方のコンビ名」を発表する。

今年から開催される
コントの大会。
キングオブコントの
審査方法にはびっくりした。

文化は
スポーツのような
あるルールの元に
得点や時間の早さなど
競い絶対の優劣を
決めれるのではない。

文化は絶対ではない。
人それぞれに相対的だけに
絶対の得点方法が難しい。

それだけに文化に
絶対を決める
決め方に
興味がある。

M-1やR-1といった漫才や一人芸の大会は
最終審査は、テレビ局が選んで来られた
その道の諸先輩方が決める
といった手法を用いてる。

審査員の方の中にも
観客の笑いの量を重視さす方と
自分の思想を重視さす方に分かれる。

どちらがいいかの問題だ。

観客の笑いの量ばかり重視さすと
弊害は、その観客が幼稚な方々ばかりだったら
幼稚が正解ってなる。
多数決の民主制のひずみだ。

自分の思想を重視さす方ばかりを
重視さすと弊害は、
エンターテイメントはなりたたない。
思想教育になる。
思想主義のひずみである。

どっちがいいか?

どちらもあっての文化なのだ。

数年前、M-1が終了した後
松本さんと同席させていただいた時、
「ほんまはM-1も審査員いらんねんな。
 出てる奴が自分で今日は勝った
 負けたは、わかるんやけどな」
と、非常に上品な事をいっておられた。

実際に出場する側として、
わかるもんだ。

ただ、そこには、
出場した芸人の品格が問われる。
あまりうけをとってないのに、
「俺が一番や」ってなりがちなのだが、
そこは世間を前に、
堂々と公言しなければいけない。
ので、自分に厳しく
正直でなければいけない。

松本さん自身がそうやって
自分に厳しく正直な方だ。
それが実際に開催された。

これは、出場者が
己の中の審査基準に問うといった
画期的な審査方法だ。

映画祭では、アートに偏らず、
エンターテイメントに偏らずなので、
それぞれの賞が設けられる。
観客が選べる
観客賞っていうのがある。
客が幼稚な方ばかり
だろうがなんだろうが
多数決で決める。
が、実際観客賞に
選ばれたのを見たら面白い。
世間を好きになる瞬間だ。

じゃー偏った思想の審査員の選ぶ、
監督賞や脚本賞ってのを見ると
これも面白い。
思想教育を好きになる瞬間だ。

なので、
お笑いの大会も観客賞、
審査員賞、台本賞、
ツッコミ賞などあったら
おもしろいと思うが、
お笑いの今の大会は、
一位を決めて
賞金をそう取りするイベントなので
そんな僕の理想は、
自分が松本さんのようになって
主催すればいい話なのだ。

また、文化は人それぞれっていうのならば
この大会もそれぞれのひとつ。
気に入らない方は見なけりゃいい。

とにかく、
僕は今回のこのキングオブコントの
コントには興味がある。
誰が一位か?だけには興味はない。
どうやって勝ったのか?
ここの間にはすごく興味がある。

この革新な審査方法の
イベントに目が離せない。

2008年9月 7日 (日)

一体感

「さ!お客さん!コンビの名前何がええ?」
「すべりそう!!!!」
「ラーメンのただ券あげるわ!」

今日村上ショージさんと
M-1への道Part2の
ライブがルミネであった。

お客さんはほぼ満員。

満員のお客さんに
支配人から
「もっとこのライブは
 少なくていいですよね。
 客席と目の合うくらい
 カスカスのほうが。。
 次回から限定にします」

なんとも客入れにも洒落心が。

今回のライブのテーマは
僕と村上ショージさんとのコンビ名を
ライブ中に決めるというもの。

しかも見に来たお客さんから募集。

今日ここで決まった名前が
我々エントリーする
名前になる。

「さ!何かいいのある人?」

って言うと客席から
ばんばんコンビ名が炸裂。

「どうーんじろう」
「たてすべりよこすべり」
「すべすべ」
「村じろう」

東京の客席にて
恥かしさを抑えて
ばんばん発言される
お客さんもめずらしい。

しかも主婦から子供までみなさん狙って
「すべりそう」
なんて、いわゆる、かましてくる。

村上ショージさんの空気がそうさせる。

お客さんの恥ずかしさを
捨てさせ参加をさせ
出演者と一体にさす。

ここになるまでにいろんな経験や
露出での配慮がいる。

結局決まったのは

次回のライブで発表である。
10月2日の木曜日
17時45分から。

そこでM-1一回戦用のネタも披露し
お客さんにまず判定してもらってから
挑むといった
ドキュメンタリーなライブである。

2008年9月 6日 (土)

青春と一人

「今日、一人で犬吠埼に
 電車でいってきました。
 青春十八切符で!」

「せせせせせ!
 青春じゅじゅじゅじゅ十八切符!!!
 お前今年前厄やろ!」

「いいじゃないですか!」

土曜日恒例の「ぜんタネ」の番組内
での種浦君との会話。

「青春十八切符って、お前いくつやねん!」
と、僕は、つっこんだんだものの、
この切符を買った事情は
金銭面の事情なのか、
ちょっと深くツッコメないが、
「青春」と「一人旅」と言う事でいうと
実は、僕もまだまだ
「青春」という病み?闇?の中である。

今でもサザンオールスターズの
新しいアルバムは必ず買う。
カーステで松田聖子ベストは必ず聞く。
吉川晃司も聞く。
NOKKOも聞く。
杉山清彦も聞く。

思えば、
青春まっただ中の
十八歳の時は、
夢いっぱいの反面
不安もいっぱいであった。

気持ちよくもあり
気持ち悪くもあった。

高校三年の夏休み
僕は予備校にいくと親にいい
姫路予備校に申し込んだが、
休んで毎日
一人で姫路の白浜の海にいき、
意味もなくウオークマンで
松田聖子や吉川のカセットや
前日録音したヤングタウン、
オールナイトニッポンを聞いて
一人で海を眺めていた。

昔からビビリの性格の僕は
こんなに休んだらあかんと思い
社会の授業に出た。
授業をうけて気づいた。
現代国語だった。

へこんだ。

現代国語と社会の区別もつかんくらい
あほになっていた。

その足でまた海辺へ。
一人で。。

めいいっぱい体を焼いた。

工場の油でぎとぎとの海。
誰いない浜辺

でも頭の中では
もしかしたら
ここにビキニの
かわいい子が表れると
かすかな期待があった。

案の定、女子はこなかった。

たまに来た女子は、
工場のおばさんが海辺で
ゴミを捨てるくらいのもんだった。

真っ黒に焼けた僕は
二学期になって、
大学受験や就職で
頭がいっぱいのテンション低い
青白い顔ばかりのクラスの中、
小麦色の僕はサーファーを
気取りテンション高かった。

女子からは影で陽気なインド人って
いわれ気持ち悪がられた。

やがて冬になり、
みんな就職も決まり
大学も合格をし、
大人になって行く中、
僕だけまだまだ
夏気分であり続けたい
このまま高校生でいたいと思い
真冬に夏の曲を聞き続けた。

サザンの「いなせなロコモーション」
松田聖子の「小麦色のマーメイド」
杉山清隆の「ふたりの夏物語り」
吉川晃司の「さよならは八月のララバイ!」

こんな曲を聞いて
まだまだ青春をしてたかった。

厄年を迎えた今も、
僕は、今だに実は
高校生の頃の
青春してたいのである。

あほである。

青春とは、夢と不安だ。
それ以外の余分なものはいらない。

夢と不安
その相反するものを
抱える事自体が、
トリップして気持ちいいのである。

そして、
やっぱ青春は
夏なのだ。

冬は地味だ。
おじいの季節だ。
暗い。
冬は唯一クリスマスがある。
が、なんかしくりこない

自分の年齢を
季節に例えたら
もう秋になっている。

秋はいいよな〜と
自分に毎日言い聞かせてる。
秋の良さも頭でなんとか理解し
体にしみ込ませようとするが
夏の発作が
下半身からにじみでてくる。

絶対こない
海辺にビキニの
かわいい子が表れたらと思い
どきどきしたあの感覚の
切なさが大好きなのだ。

ぜんタネが終わり
帰ったのは朝4時すぎ、

ひさしぶりに、家で杉山清隆の
「ふたりの夏物語り」を聞いた。

本気であほである(笑)

でも、こんなあほな自分が大好きだ(笑)

2008年9月 5日 (金)

個人的な楽しみ

僕はうまいものが好きだ。
みなさんもそうでしょう。

腹を割って言ったら
うまくて高いものが好きだ。

渾身の一杯なんて言われたら
もうそれだけで口の中がとろけそうになる。

今日は、朝から「ッツチャうまいっ」のロケ。

テーマは
「福井にいながら
 全国各地の料理を食べよう Part2。」

博多のラーメン、名古屋のみそかつ、
広島のお好み焼きにつけ麺。

ロケでは、渾身の一杯をいいただける。

見た目も美しい上に

なんとも、うまい!

うまい!って口にすると
もっとうまくなる。

これとは相反して
個人的に食べる
渾身のぐだぐだの料理も好きだ。

例えば、
ごはんの残りにみそ汁を
かけて、ががーってすする。

鰹節のパックに
醤油をふりかけ
ご飯に載せてた食べる。

チキンラーメンのスープを
冷たいごはんにかけて
ががーってすする。

レトルトパックのカレーを温めて
ルーにポテトチップスをつけて食べる。
またレトルトについたほうに
まずつけて食べる。

アイスクリームの蓋の部分を
ネンって舌でなめる。

お弁当の蓋についたソースをなめる。

シュークリームのクリームだけ
まずずいーって吸う。

ただし、これは、
美しくない。

ので、こんなのはロケでは無理なお話。

あくまで個人でひっそりやるもんだ。

家に帰ったら
まったくもって
一人なので、こっそりやろう!!!!

高くてうまい料理をいただいた後の
ひそかな個人的な楽しみである。

2008年9月 4日 (木)

22時02分から24時36分まで

22時02分 福井市内のホテル着 
       明日からロケの為前乗り
22時10分 チェックインする
22時30分 ルミ酒乱。。
       あれ?
      (漢字変換でシュランを
       変換すると酒乱がでてきた)
       番組内のコーナー
       ルミシュラン撮影
22時51分 部屋に戻りテレビをつける。
       BSで黒沢明の
       ドキュメンタリーをやっている。
22時55分 シャワーを浴びる。
       シャワーの最中に
       突然頭の中で
       田原俊彦の「シャワーしようよ」
       が、何故か、流れる。
       しかもうろ覚えで、
       さびの部分だけがリピートされる。
23時25分 髪の毛を乾かすときもずっと
       頭から「シャワーしようよ」の
       さびの部分が離れない。
       頭の中の映像で、
       俊ちゃん、めっちゃ足上げて踊ってる。
23時26分 テレビで黒澤明の
       自殺未遂の真相が語られている。
       そうたいそうな理由ではない。
       田原俊ちゃんの曲がぱったり消える。
       自殺未遂の後の映画
       「どですかでん」のオープニングの台詞
       「どですかでん!どですかでん!」が
       頭にこびりつく。
23時40分 コンビニに買い出しにいく。
       道中、頭では
      「どですかでん!どですかでん!」
       と、主人公が汽車の走る音を
       真似た台詞が流れる。
23時50分 ビールやおつまみ、
       アイスコーヒーを買いこみレジへ。
23時51分 レジで商品いれるナイロン袋を見て、
       これ作ってる会社って
       どんなんやろと思う。
       創業者の方はどんな気持ちで
       どんな思いでナイロン袋を作ったのか?
       想像した。帰る道中ずっと想像。
       創業者の顔は、なぜか、
       寅さんにでてきるたこ社長であった。
23時54分 ホテルの部屋に戻る。
23時55分 ビールを飲みながら、テレビを見る。
       黒澤明監督の
       ドキュメンタリーは終わってて
       CNNのニュースが流れてる。
       アメリカ大統領選挙、
       共和党のマケイン氏の演説聞く。
       おもしろい。まるでネタである。
       サラ・ペイリンの演説聞く。
       エロかった。
24時30分 歯を磨く。ホテルの歯磨き粉の小さい
       容器のチューブは、
       なんとも小さいなーと思う。
       工場を連想し、みんな前かがみになって、
       蓋を閉じてるのを想像し、
       工場は大変やなーと思う。
24時35分 そんな事を考えている自分は、
       あほであると改めて感じ、ベッドへ。
24時36分 夢への導入の物語を自分を頭で描く。
       中身は、ハワイのプールで
       浮き輪に浮かんでいる映像。。。
       プールサイドでハワイアンのおばさんが、
       めっちゃ早いフラダンスをいつの間にか、
       いつの間にか、眠ってた。

 

2008年9月 3日 (水)

そこがまたええねん!

「彼女からPCに届いたメールを
 彼女の声で読む事できます」
「読んで」
「わい。。今渋谷についたで!」
「おっさんやん!」
「すいません。ボケました」

今日、ひさびさ
ロボットのパペじろう君と漫才をした。

「メディアをめぐる、7つの話」
というのがあった。

上に書いたネタは
「留守番」と言うコントネタ。
もしも将来ロボットが家で
留守番をしたときにおこりうりだろう
珍事件をネタにしたものだ。

ひさびさだったので、
僕はネタを忘れまくった。

にもかかわらず、取り乱さずに
しっかり待ってくれるパペじろう。
ロボットなので当たり前である。

ただし空気読んでネタを
飛ばしてはくれない。
当たり前である。

人間が相方なら
楽屋に帰って
攻められてるところだが、
ロボは黙って辛抱してくれる。
なので自己反省。
当たり前である。

毎回ロボッと漫才をさせてもらって
毎回我にかえる事がある。
わ!人間やない!!
ロボットや!
当たり前である。

最近では村上ショージさんと漫才を
させていただいている。
ロボットとショージさんを比べるなんていうのは
おこがましい話であるが、
相方がショージさんだからいい事。悪い事。
相方がロボットだからいい事。悪い事が
ロボットと漫才をやって
くっきり浮き彫りになる。

でも全部わかったわけではない。

ロボットと人間の違いなんて
難しい事が、ロボットと
漫才をやった後、頭に残る。。。

人間の良さって何やろ?
おもろいってなんやろ?
じゃーロボットは?

あまりにもでっかいテーマだけに
押しつぶされそうになる時がある。

そんな時
僕は
自己処理としてこんな事をする。

「そこが、またええねん!」

と、口にする。
すると、
でっかいテーマが小さくなり
軽くなり楽になる。

不思議である(笑)

みなさんも試作してみてください(笑)

未だかつて誰もやってない事なので
どこに向かっいくかも
自分では、わからない。

「そこが、またええねん!」

と、自分で自分にツッコミをいれて、
ロボットと漫才した後には
もう一人の自分との漫才が頭で始まる。

余談だが、

漫才の後終わってからトークをやった。
質疑応答も内容の充実したものであった。

「将来、ロボットの人権というか 
 ロボ権みたいなものって
 企業としてはどう考えていますか?」
と、こんな質問が。。。

自立をし動くのをロボットというなら
少なからず事故など、弊害もでてくるであろう。

NECのFさんが
「企業としてはそのあたりに関心は持っています。
 考えてなかったですはすまされないですから。
 でもまだまだ先の話で
 今やらなければいけない事があります。」

このような未来の発言を聞くたびに
大きい課題に取り組んでるなーと思う。

そこが、またええねんけどね(笑)

2008年9月 2日 (火)

ゴリラが//

教室いっぱいの大きさほどの
ゴリラが教室の机に座り込んで
縦笛でドナドナを
うる覚えで吹いている。
外の僕はなかなか教室に入れない。
どうしよ。。。
どきどきした。
その時ゴリラと目が合った!
わー!

目が覚めた。。。

最近の夢はなぜか
こんな非現実的な
シュールであほなのが多い。
しかもカラーでだ。

以前までは現実的な
ものが多かったが
最近また非現実的な
ものを見るようになった。

よく世間では、
夢判断などある。
僕はあまり好きではない。
なぜなら判断する側が
判断下すとき
何の根拠もないのに
決めてかかる。
その時必ずえらそうに言う。
その上たいがいマイナス点を言う。

ええ事なしである。

根拠のない
占いや夢判断などのたぐいは
こっちが、
褒めてもらって
気持ちよくなって
なんぼである。

ややこしいお話だが
じゃー科学的な根拠ばかりのが
好きかというとそうでもない。
なぜなら根拠ばかりは
つまらない。

ややこしくてごめんなさい。

なので結論は
そこに笑いがつくと
根拠あろうがなかろうが
大好きになる。

僕はブログでは
夢のお話はあまり
書いていなかった。

なぜなら今までは現実に
近い夢だったので書いても
面白くなかったからだ。

でも最近は非現実的な
夢をラッキーにも見る。
でも書くのは、戸惑っていた。
それは、話したほうが
面白かったりする
しかも、あたかも現実かのように
鬼気迫る感じで!

ゴリラが、教室にやで、
わいのやで 机にやで、
がーん。すわっとーんねん。
まじで!まじで!
ほったら、こっち、
ギインロ〜ンむっきょんねん。
目おおてんて。まじで まじで !
めっさ!金玉きゅいーんってなってん!

現実にあってん!などと話したら
うそやろ!で、終わる話だが、
夢の事だから、ほんまも嘘も関係ない。
逆に思いっきりの嘘を現実にあったかの
ように語ったほうが面白いという
特性を持つ。

ただ、文章にする時に
現実のように書いても
どうも話す時のアホ度の鮮度が薄れる。
理路整然と書けば書く程
笑いの鮮度は薄れてつまらなくなる
と思ていたが、

「明恵 夢を生きる」と言う鎌倉時代の高僧が
19歳〜60歳まで書いた夢日記を
河合隼雄さんが翻訳されてる本を読んで、
書こうと思った。

おもろないかもしれないが
あほな夢が実は未来の。。なんて
予知夢かもしれない。

いや、現実にゴリラが教室にいても
びっくりせずにいられる
訓練になるかも知れない

後、書いてるうちに
話すよりおもろい事になるかもしれない。

結局は、ここ!

へんてこりんな夢見たら真剣にここで
書きますね。

ひとりでもただ笑っていただく為に

2008年9月 1日 (月)

一人大喜利

ペネトレ「人間は何の為に生きてると思う?」
人間  「そんな難しい事考えたことないよ」
ペネトレ「結局は遊ぶためさ。その手段が仕事だろ!」
人間  「そうだね」
ペメトレ「その仕事が遊びになるって事はいい事さ」
人間  「本当????」

人間と動物の会話である。

宮崎駿監督がヴェネチア国際映画祭で
「崖の上のポニョ」のテーマは
異種婚礼譚だそうだ。

初めて聞いた言葉である。

これは
調べたところ
動物が人間と話したり
セックスしたりって事が
日本の神話や説話では
いっぱい書かれてたらしい。

その日本の神話をPOPに現代流に
映像化された作品だそうだ。

今日は、ポニョを観に行こうと
思ったが、昼間晴れてたので公園で
ゆったり本を読んだ。

異種婚礼譚の本である。

「子供の為の哲学対話」永井均著
と言う子供の為の本である。

ペネトレと言う猫と人間の
会話形式にして哲学を語る本だ。

子供の為の〜
と、名前がついてるが
40のおっさんの
僕にぴったり
しっくりくる本であった(笑)
中には難しいのもあった

動物と人間の会話にするとなんとも
すっと入ってくる上
嫌みがなくなる。。。
なんともおもしろい。

最後のほうで
「哲学ごっこ」と言うコーナーがあった。

この「ごっこ」って言葉は
大人になってからのほうが
ぐっとくる。

今こそやってみたい
お医者さんごっこ。

すいません。その方向の話ではなく。。。

どんな「哲学ごっこ」かは?

例題がのってある。

ペネトレ「哲学とはなんだと思う?」
人間  「なんでか?考える事?」
ペネトレ「そう、でも、問題は自分で作るし、
     答えも自分で解く。で、正解がないんだ。」
人間  「え?正解ないの?」
ペネトレ「でも、細かくいったらあるかな?」
人間  「正解が?」
ペネトレ「正解がないって正解があるんだけど。。。」
人間  「なんだよ!」

こんな具合にしてやればいんだよ。。
と書いてある。

子供がするだろうかと疑問だが。。。

カントやのプラトンだのの
ややこしいのを勉強しただけでは
哲学ではないって事になる。

例えば
象って幸せなんかな〜?
とか
やぎってあれ白髪ちゃう?
とかって
あほな事でも、
とにかく考え
自分で答えだして
「ウ〜〜ンええ事いうな!俺!」
のほうが、プラトン読むより
よっぽど哲学だって事が
書いてあった。

2年ほど前
とある方とのラジオで
ちょっとかじった
禅の哲学。

禅が究極、言いたかった事は何か?

長い長い文章と
理屈をこねまくった結論
なんともびっくりした。。。

それは、

禅「下手な考え休むに似たり。。。
  人生は理屈や言葉ではない!」

えー!

えらい落ちだった(笑)

理屈と言葉だらけの最後の落ちが
理屈や言葉ではないってのを
理屈や言葉で言っている。

この天然具合に笑った。

哲学って言うと難しいが、
一人大喜利である。(笑)

2008年8月31日 (日)

調子と言うロケットに乗る!!! 

今日は、
おっさん2人が
もっとおっさんの武田鉄矢について
熱く語るといった武田オタクの会
Doppling宇宙の会であった。

考えたら僕はおしゃべりが大好きだ。
でも、だんまりな時も多い。
でもだんまりは顔だけで、
頭ん中では、すごい話をしている。

やっかいなのが、
お話をしてる最中でも
別の事を考えてる事もある。

「この人の鼻がのびたらなー」

「ここの天井に実はおっさんが潜んで
 盗み聞きしてる。」

あまりその空間に関係ない事が
頭に浮かんできた時は
相手に失礼なので
すぐ頭で削除する。

一緒にイベントをやった
種浦君とトークしてる最中に
いっぱい関係のない事が
舞い込んで来た。

「あの方は実は
 武田鉄矢さんのスパイで見に来た」
すぐ削除。

「種浦君は実は武田鉄矢と前世で兄弟」
そう思うとおもろいが、話がずれるので削除。

「ここのBarの壁の素材実はちくわ」
速攻削除。

「こんなんでえんやろかー」
これはライブの最後のほうになると
よくよぎってしまう。
この削除は、なかなか出来ない

のように、不安になった後は
もっと盛り上げようとしお話する。

十分受けてたら、浮かれてしまい
お話しようとする。

結局、長くなる(笑)

哲学者のデカルトが
「笑いはこの世が寂しいからこそ
 人間が生み出した行為である」

その通り!
僕も寂しいから
笑いが好きなのだ。

だが、
職業病で
視聴率といった
数字社会に浸かっている性で
好きではすまされない。

もっともっと!まだまだ!
それではおもんないで!
と言われ続けてる性がでる。

それとは相反して 
本番の最中に種浦君から
「よう喋るな」「もおいいでしょ」
「はよ終わろ」と、頻繁に突っ込まれる。
ここで、笑いがおきる。

そんな時
僕は、調子に乗り話す!(笑)

テレビ番組のような数字にとらわれてない
イベントである。

デイレクターからの指示で
「もっともっと盛り上げて。。
 もっとおもろい事話して」と求められて
ヘトヘトになり、数字社会をやってる僕にとって
「よう喋るな」「もおいいでしょ」「はよ終わろ」
のツッコミで喜んでもらえる。

僕にとっては、調子と言うロケットで
宇宙に飛んでいけるのである。

 

2008年8月30日 (土)

魂って何か

「ドカテイーがレースに不利なのに
    なんで勝負しはるんですか?」
「それが魂です」
「来年是非、その魂とやらを
 見にいかせていただきます」

と、広島の溝口さんと
お約束させていただいてから
約一年がたった。

今日は栃木県茂木レース場で
7時間耐久のバイクレース。

天気は大雨洪水警報だ。
落雷も多発。

「バイクレースこんな中大丈夫かな?
 スリップして故障せえへんやろか。。」

と車に乗り込んだ時、
プッシュン〜。
僕の車がまず故障した。
人の心配してる場合ではない。

知り合いの車屋さんに
点検してもらい
応急手当をしていただいて
大雨の中、栃木県茂木市へ。

栃木全土に
大雨警報が、だされていたのに
なぜか茂木だけこの日は晴れていた。

奇跡である。

レース場でのバイクレースを
見るのは生まれて初めてだ。

テレビでは何度か
夜中にレースの模様を見るが
テレビでは感じとれないものが存在している。

まずあの爆音。
エンジンの音が半端な音量ではない。
次にあの香り。
エンジンの焼けるあの香りだ。
次にあの広大な自然。

レースは生で見てみるもんだ。

失礼ながらも僕は、
ピットにいかせていただいた。

が、レース会場が初めての僕は酔いが来た。

原因はふたつ
とてつもないスピードで走る
バイクの数々を目線で追うのに
視点が定まらずに酔った。

後、なんだろう???

何よりもレーサーの方々の生死をかけた
ピットでの雰囲気にも酔った。

それが魂であろうか。。。
魂はマジかで見ると怖い。。。

後、
何よりもすごいのは、
この大会は全員
趣味なのだ。

みんな0円で、
いや赤字というか、
お金をつぎ込んで参戦する。

なんで危険でしんどい思いをしてまで
参加をし走るのか???

好きだから?

そんな言葉では片付けられない
何かがある。
それが魂だろうか?

溝口さんのチームは
惜しくも途中転倒し順位は良くなかった。

転倒し脱力感いっぱいでへこんでいる。
受験や就職試験や交渉失敗で
おっこちてへこむ
といったたぐいのもんではない。

魂、魂、とここで書いたが
本当は僕は魂が何であるかもわかっていない。

でもこの趣味で全国から集まった
大人の魂が
栃木全土天気図では大雨警報だったのに
茂木のレース場だけ晴れさせたのかもしれない。

おそるべし魂。。。

2008年8月29日 (金)

ベストセレクション

へー
そこが好きやったんや。

と、自分が思いも
よらないとこを好きと
好きと言われて
自分の良さを再確認した事はあるか?

あ、今回は、ネタのお話です。

実は
次回のぜんじろう一人噺Vol26は
ベストセレクションと題して
過去25回やってきた中でベストなのを
チョイスしてやろうと思っている。

が、ここで問題なのは
誰にとって
どうベストなのか?

僕にとっては
毎回ベストのつもりでやってる。
なので、僕にとってのベストは全部だ。
僕が選ぶベストってなると

なので、お客さんにとって
ベストなのにする事にした。

こんな時は不特定多数に
リクエストをいただいて
多いもの順にするのだが、
多数決の論理は
あまり好きではない
と言うか、僕の場合はそんな
不特定多数の方々が
見に来られてない。

自己弁護。

だったらどうするか?

なんらかで信用させていただいた方に
リクエストをいただくのがいい。

幸い何名かに
リスエストをさせていただくと
丁寧にも
なぜあのネタが聞きたいのか?
と言う理由付きで
返事をいただいた。

僕の信用する方々は
言うまでもなく理由を書いてくれる。
また理由が面白いから
もうこのこと事自体がネタになる。

詳しくはライブでお話するが
まず男女で大きく理由が違うのには
びっくりした。

もうひとつの発見は
全員意見が違うのだ。

なんとも面白い。

だが統一してるのは、
僕が思う自分のベストネタでは
なかったところだ。

最近つくづく
自分が思う
自分は
自分ではないと思っている(笑)

他人の中にこそ
自分はいる。

それは、案外自分が
嫌いな自分であったりするが
人はそんな自分を
好いてくれたりしている。

こう生きないと!なんて
我をはるのがあほらしくなる。

そんなこんなで
次回のライブでは
僕の信用する方が選ぶ
ベストセレクションをやる。


「ぜんじろうの一人噺 Vol 26 〜今までのベストセレクション〜」
日時:2008年9月11日(木)+今回は木曜日です。
開場18:30/開演19:00( 約1時間 )
料金:2,000円(1ドリンクとプレゼント付 )
★開場の一時間前より受付にて整理券の配付開始
出演: ぜんじろう
場所 渋谷アップリンクファクトリ〜
問い合わせ:uplink factory03-6825-5502

2008年8月28日 (木)

怒りと慣れ

え?結局?
ゆうパックのほうが
安いんですか?
ほんなら、
なんでそれをすすめないんですか?

すいません。

なんで、
高いのを勧めたんですか?

すいません。

謝らんでええから。。。
理由を言ってください。

すいません。

おえ!
なんでやねん。

と、
今日郵便局にて一悶着あった。
今回は郵便局のようわからんサービスが
どうのこうののお話ではない。

自分自身がいらっとしたときの
態度についてだ。

最近の子が切れやすくなったと
責めるが、
自分も同じような行動をとるので
最近の子を責めれない。

ちょっと
ここを考えてみた。

僕はいらっとした後、
切れた感じになるのは
何故だろうと考えてみた。

いらっとしたが、それを冷静に抑え
交渉する事に慣れていない上
そのやり方をしらない。

みなさんは、いかがだろうか?

そもそも僕は平和主義だ。
もめたりする事は大嫌いだ。
だからいつも感情を
抑えて生きている。
僕さえ抑えていればそれで
和が保てるなら抑えている。

「和を持って」の典型的な日本人のつもりだ。
だが、僕みたいな方ばかりではない。
抑えてるのをいい事に
我が我がと和を乱すものもいる。
それでもがまんする。
でもそのがまんが溜まり
一定の量えを超えると、
論理的な思考が崩れ、
爆発する。

ここには、やっぱ慣れが必要だ。
普段からそういった
多少のいざこざなど、
いらっと来た時に
怒りの感情を抑え
言葉で言う。
その後、怒りの感情を消すといった
慣れが必要だ。

そこに、笑いがあったら
一番ええのになー。
なんて思う。

僕は去年から
頭に「鶴瓶変換機」を
持とうと決めたのに
まだ慣れていない。

鶴瓶変換機とは、
その昔
鶴瓶さんとタクシーに乗させていただいた時
運転手さんが、無愛想な上、道を知らなくて
時間もオーバー。
料金オーバーといった事態があった。

鶴瓶さんは、笑顔で運転手さんに
「ええ、長いドライブさせていただいてますなー。
 ドライブもうよろしいわ。」
と皮肉を言っておられた。
運転手さんは、その時、初めて重い口を開き
「すいません。料金止めさせていただきます」

このような感じになれないのか?

笑いを
職業にしてる僕が
日常で使うべき笑いに慣れていない。。

笑いを忘れ、言葉を忘れ、爆発するとは。。。

やった後
人一倍反省。。。

右脳の感情を抑え、
左脳で瞬時に判断し
笑顔をし、
論理で言う。

その左脳の論理の作業が僕には
今。。
足りない。。。

多少のいらいらは
これから
どんとこい!

ははは!

まずは、笑顔です。。。

2008年8月27日 (水)

しゃーないやん。。。

「飛行機ってなんで飛ぶと思う?」
「飛行機が滑走路に走っていくわ!
 どんどん滑走路なくなるやんけ。
 飛行機、飛ばんとしゃーないやろ」

この会話でおもしろいなー
と思った方は先を読んでください。
あれ?って思った方は
この後の文はなんのこっちゃになると思います。

実はこの会話は
僕が一番好きな
今から約25年前の
紳助竜介さんのの漫才のネタである。

今日何〜んにもない日だったので
家の書物を整理した。

すると20代前半に
書いた先輩方のおもしろかった
ネタなどのノートが
出て来たので読みふけっていた。

「飛ばなしゃーない」は
今でも僕の好きな
ナンバーワンのネタである。

このどの部分が好きかと言うと、
理由は2つある。
一つ目は「なぜ飛ぶか?」の
「なぜ」の問いに
独自の理由で答えて笑いにする。
これが風力と物体の関係で答えたら
物理学になるが
紳助さんならではの
理屈で笑いに持っていく。
この学問似た手法の笑いが好きだ。

もう一つの理由は
「飛ばなしゃーないやん」の理屈である。
この「しゃーないやん」
「しゃーないやん」を標準語にすると
「仕方ない」である。
「やりようがない」と言う意味だ。

これは紳助さんという方の生き方を
一言で表す最高の言葉である。

その昔、紳助さんと
お仕事をご一緒させて
いただいた事があるが、
よくこの言葉を口にされていた。
「しゃーないやん」。
番組の数字が悪くなって来たときや、
テレビ局の意向で無理矢理な企画をふられたときに、
「しゃーないな」と言っておられた。

これは、
あの手この手を自力でやったが
もう自分の手ではやりようがない。。。
もっと言うと
人間様の手ではどうする事もできない。
と言う意味だろう。
普通はあきらめたり
祈るだけだったりするが、
違う。
それでも周りに状況も考え
続けるために
自分の我を真っ先に捨て
この言葉を言って
やる。

「しゃーないな。やろか」と。

実は僕が米国でスタンダップ(漫談)を
やったときに
このネタを英語になおしやってみた。
(すいません。パクりです)
「飛行機なんで飛ぶと思う?(省略)
 飛ばんとしゃーないやろ」

客席はシーンであった。

米国の作家に聞いてみた。
「しゃあーない」は、理由にならないと言う。

作家にネタを書いてもらうと
「飛行機なんで飛ぶか?」の
理由ネタは「落ちるためにね!」とか
「説明しようか。。4時間ほど」とか
「飛行機だから」とか。。

どれもこれもしっくりこなかった。

あの時は、しょーもな!で終わっていたが、
今日じっくり考えてみた。

西洋では、
しゃーないって事の理由は許されない。
あくまで自力でやりとげないといけない。
自力を助けるのは、
絶対の神だ。
神に祈りなせばなるのである。
それでもできない事は、
ない!と神は言う。
日本では、
最後は、他力にまかせれる。

他力ってなんだろう?
自然なのか?
よくわからない霊なのか?
御天道様なのか?
神なのか?
人間以上のもので
この辺りは、
曖昧なほうがおちつくのだ。

西洋では、ここまでがんばってんやから、
しゃーないなー!ははははは!と笑って、
今までの事は捨て、
他力にまかせて
自分を変化させていくのは
いけないのだ。
なんせ、西洋では「不変」が
いいとされるのだから。

この西洋の「しゃーないなー」
の笑いが、わからない事に愕然とした。

でも、今はっきり言える。
僕は紳助さんのように、
がんばりぬいた後、
最後は何事も
「しゃーないな」と笑いとばし、
自分のやりたい事(自我)を捨て、
求められる事や出来る事を
優先できる人間になりたいと思っている。

そんな事をネタ帳を見ながら今日思った。

紳助さんのあのネタには
そんな紳助さんの生き方が含まれていた。

何事も、
ま、しゃーない!しゃーない!
と言った理由で
笑い飛ばし
飛行機のように大空高く
飛んでいこうと思う。

2008年8月26日 (火)

武田鉄矢オタク

みなさんは金八といったら
シリーズ何でしょう?

僕はPart2だ。

見たときに
ドラマの生徒と同じく
中学生だった。
ので感情移入は生徒に
なるかと思ったが違った。

僕の中学には
ドラマに出てくる
不良よりもっと
すごい不良がいた。
のでドラマは
リアルではなかった。
中学生ながら
金八先生に感情移入していた。

その感情移入が
次は役を演じる
武田鉄矢に移った。

武田鉄矢に感情移入してから
メデイアで見る
武田のトークのすごさも発見した。
語り口調から
考え方から
金八とは真逆の
お堅い
くそ真面目な
インテリ以上
ド!下品未満の
スケベ親父である。
がなんともかわいい
キャラに仕上がっている。
(芸能界の先輩に失礼ですが)

ある種、武田は僕にとって
裏金八先生
夜の先生ってとこだ。

そんな今
毎週月曜日に
インタネーットで更新される
「武田鉄矢の今朝の三枚おろし」
というラジオ放送が
なによりの楽しみだ。

武田が一週間の間に
読んだ「哲学書」
「エッセイ」「小説」などを
武田流に解説するといった
現代の講釈師的トークのラジオだ。

時に「空海と密教」なんて
喉から血が出る
ほどの勢いで活き活き語る。

そんな濃い中身を
朝から文化放送で
毎日10分づつやっている。
朝からだ(笑)
これがまず笑える。

インターネットは便利なもんで
毎日ラジオを聞かなくても
一週間まとめてアップされている。
ので、夜にじっくり聞ける。

ありがたい。

好きさあまって
イベントまでやる事になった。

あ、、今日は
なんだかんだ
ごたくを並べてるが
告知です。

テーマは武田鉄矢
のイベントだ。

種浦君と僕。
そろそろおっさん2人が
ド!おっさんの武田鉄矢について
熱く語るといった武田オタクの会。

オタクならガンダムとか
エバンゲリオンとか
のテーマだろうが、
武田鉄矢について
熱くトークしようと思っている。

誰が見に来るんだろう?(笑)

栃木の街ではありえないイベントだ。
(なんで栃木?)
東京ならではの
アンダーグラウンドな
マニアックなイベント。

これを見に来て
何か得る物は?

はっきりいってない(笑)




おもろしろい事だけは保証する。

お時間ある方は是非。

限定15名しか入れないイベントなのに
今。。予約は5人。。。。。

後10人は余裕ではいれる。

僕らも人気はないが、
そんな事は棚にあげて
「武田鉄矢って人気ないよなー」
と、武田のせいにしている。

そんないじられ方も
武田鉄矢さんは
似合ってて、いとおかし。

「Doppling 宇宙Vol 12 テーマ〜武田鉄矢〜」
    日時:2008年8月31日(日)
    開場:18:30/開演19:00(約2時間 )
    入場料金:3,500円(ワンドリンク付き) 
    ★先着15名様限定です。
 live@taneura.comまで
メールで予約ください。
当選者はメールで返信させていただきます。

出演: ぜんじろう 種浦マサオ
場所:中野のBar 当選された方に
  こっそりメールでお教えいたします  

2008年8月25日 (月)

ひとり電通

そろそろ自叙伝なのか
私小説なのか
エッセイなのか
とにかく
売れるための本を
書こうかと準備に入っている。

そう売れる本だ(笑)

でも
世間がいいと思うものと
僕のいいと思うものは
そうとうのずれがある為
今回の本は出版元が
決まっている為
内容もほとんど決められてる為
はずすわけにはいかない。

ので、まずは一人電通をやっている。
そう。。。リサーチから入っている。
今までリサーチなどやった事なかった
やるような奴は自分の
やりたい事のない魂のない奴め!!
と馬鹿にしていた。
が売れる側からしたら
馬鹿は僕である(笑)

今回は魂をハウスと落ち着かせ
お金の匂いを嗅ぎ取りに本屋へ。

どんなリサーチをするかというと
そう大層な事ではない。
とりあえず
売れてる本を買ってきて読んでみる
といった広告代理店の
おっさんがやってるような事だ。

今、売れてる本は
「血液型説明なんちゃら。。」とか
特定の新興宗教団体の本とか

なんじゃこりゃ(笑)

金を嗅ぎ取る鼻がもげそうになった。

今やこんなとこに
お金の匂いがついている。

そんな金の匂いとは
ちょっと違う匂いのする
芥川賞関連の3冊の本を買い読んだ。

1955年の受賞作 遠藤周作「白い人」
1980年の受賞作 尾辻克彦「父が消えた」
2007年の受賞作家 
川上 未映子「 わたくし率イン歯ー、または世界 」

古いのから新しいのと
どんな流れになっとるんやと。

後、恥ずかしい話であるが、
文章は「〜です」がいいのか
「〜だ」がいいのか
僕は基本的な事も実はわかっていない。

しかし川上 未映子さんの小説にはびっくりした。
文章が大阪弁丸出しの上に
「いっこもなんも意味わかってへんから
 こっち百パー意味わかってへんから。
 ってゆうか、あんたおかしいやろ?」
としゃべり言葉むき出しで書かれてある。
文章の事はよくわからないが
文が歌のようにリズムで読める。
近年になればなるほど、
文章に音がはいったり
おもしろい。

僕もこのブログを
実は
「〜です」
から
「〜だ」に変えた。
なぜなら「〜です」にしたら
長くなるからだ。

でも本にする時そんな事に
とらわれない文を書こう。

というか、
いやいやいや
芥川賞なんか
無理やし!
何調子こいとんねん(真似です)

結局「〜だ」にしても
長くなっている。

それなら僕の言葉が伝わる
喋り口調に戻そうと
気が向いたら
思っている。

ただいまリサーチのまっただ中だ。

2008年8月24日 (日)

オンシン不通

携帯電話のアドレスの欄には
あ〜わまで
いっぱいの名前が連なる。
中にはこれ誰やったかな?
って方が何人もいる。
確かに電話番号を入力
したのだから
一回は会った事になる。

でも、誰か
思い出せない。

わざわざ確認の為に
電話はできない。
かといって消せるかというと
そんな根性はない。

根性をだして
間違い電話を装って
メールしたが
音信不通状態
ってな経験はあるだろうか?

今日
3年間も
音信不通だった
香港系オーストラリア人の
ジョセフ:ウオン監督から
一週間程前に
僕が以前出演した映画が完成したので
日本で試写すると
連絡があったので
横浜まで試写会にいってきた。

映画のタイトルも
「オンシン不通」と
ようできたタイトルだ。

実は3年前に
オーストラリアで撮影し
僕も出演させていただいた作品。

中身はオルタナテイブコメデイー映画。

日本のホラー映画の撮影
ドキュメンタリーTV番組の
パロデイー作品。

ジョセフ監督から
メールをいただいた時には
オーストラリアでの撮影の
事もすっかり忘れていた。

今日初めて完成を
見せていただいたが、
なんとも編集に凝っていて
映画オタクにはぐっと来る
新感覚な仕上がりになっていた。

僕は新感覚なのが
何事も好きだ。

しかし、
3年も編集や
もろもろに
時間を要する執念たるや
すごい事だ。

独立系の映画の世界は
配給の問題など会わせて
ざっとこれくらい時間が
かかるらしい。
というか、
独立なのだから
時間をかけるそうだ。

3年前の自分の台詞や演技は
すっかり忘れてて
試写を見ながら

「わー俺や!」

と、新鮮な気持ちになった。

この年になると年々
目に見えて老けるので
スクリーンの自分を
「若いなー」
と、すら思った。

見ていくうちに
撮影現場の事を思い出すかと
思ったが、
思い出せないものばかりで
びっくりした。
が、逆に自分を他人事のように
新鮮に見れた。

演技してる自分を見て
「ええやん!こいつ」
なんて、かわいく思った。

自分大好きなのを再確認した。

後の役者の方々はこの3年で
オーストラリアから
ハリウッド映画に出演したり
スピルバーグ監督の作品にでたり
と、化けたものもいる。

後は、この作品が化ける事を願う。

僕自身は、
化けるより老けたってとこだ(笑)

2008年8月23日 (土)

ダンエイクロイド的狂い

1980年代初頭に
若くしてこの世を去った。
しかもドラッグで。。。
伝説の米国のコメデイアン。
ジョンベルーシー。

今日は四谷で
USコメデイー映画際があった。

映画祭とは名ばかりの
放送作家のTさんが開催する
BARで自分の選ぶ
外国産のお笑い映画を
持って来て
ああだこうだ言う
ヘンテコリンな会。

僕は若い頃
米国のお笑いに
浸かった時期があった。

その中でも
ブルースブラザーズの
ジョンベルーシーの存在は
強烈だった。 
破天荒な生き方に伴った
破天荒な狂気の演技。

でも忘れてはいけないのが
相方のダンエイクロイドだ。

そんな破天荒な相方を横に
堅実に生き、真面目で
ちょっと地味な存在だったが
今や性格俳優だ。

世間はジョンベルーシーの
破天荒な
生き方を賛美する。
が、そこには、
若い死があってさらに
カリスマ度は高まる。

が、死に損ねた
ダンエイクロイド
年を重ね
お腹もでてきて
頭もうっすら禿げ。
ドラッグもしなけりゃ
タバコも吸わない。
ジムにいって
嫁と子供と仲良くってな具合。
演技もいい味を
いい出汁をだしながら
昔の破天荒な栄光は一切捨て、
作品ごとに変化をし
音楽や脚本もこなし
趣味でバイクや
UFOなど超自然現象
にも興味を持っている。

実は僕は、
こっちのほうが
実はわかりにくいが
狂気が存在してる
のではないかと思う。

ハリウッドのような
お金まみれの狂った中で
狂ってしまったジョンは
逆に素直な子供に思えてくる。
ダンエイクロイドのほうが
そんなものに狂わされずに
自分をコントロールしやっていく
冷ややかな大人の狂気を感じられる

そんなダンエイクロイド
のかっこよさを
スタンダップで話した。

来てた方はもうすっかり30を超えた
40も超えてる
破天荒なんてのには賛美しない
死に損ねカリスマになれなかった
これからダンエイクロイド
のような生き方を
する地味だけど狂気あふれる
輩ばかりであった。

なぜならこんな地味な会で
盛り上がるのは確実に狂っている!!!

2008年8月22日 (金)

ようは中身なのか?

「店のデザインが
 お洒落じゃないと
 お客さんはいらないんです。
 でも銀行が
 お金貸してくれなくて
 新しいお店作れないんです」
と、スコットランドの
日本人経営のラーメン屋さんが
僕に嘆いてたのを思い出した。

今日も福井で「ッツチャうまいのロケ」

最近はお店が奇麗だ。
ちょっと汚れてるが
カウンターのみ
お父さん一人で
やってるなんて店が減った。

でも、そんな店こそ
行列ができおいしかったりする。

が、経営的な事もあってか
最近はそんな店が減った。

ただし
汚いのと
味があるのは別だ。

店は始めは新しいが
年を重ねる事に劣化はする。
劣化は修復すればいいのだが、
そこには事情がある。
修復の代金だ。
流行ってるのに修復しないのは、
流行ってるのにもかかわらず
そう儲かっていない。
と言う事は、安いって事も
売りのひとつだ。
そこには、
「そう儲けなくてもいい」
と、謙虚な意気込みのお店。

お店の方々と同様
お店も年齢を重ねる。
それは時によって
ぱっと見ただけでは
汚くもうつる。

味がある店と
汚い店の違いは、
何軒か通うと
鼻が利くようになり区別がつく。

が、僕も最近
鼻がきかなくなってる。

西洋人のお鼻になったのか?

現在新しいお店も
将来は劣化する。

が、どんどん鼻が
きかなくなる人間が増えて
新しい感じイコール
おいしいって事になったら
劣化を修復、
人間で言うところの整形やら
ドモフォルンリンクルなど飲み
続けなければいけない。

ようは中身より
ようは外見って事になるのか?

僕もそろそろ見た目が劣化する時期だ。

ようは中身で勝負!との店を
中心にはいって
やっぱ中身やなと実感したい。

2008年8月21日 (木)

地方の地方料理

今回のテーマは
「福井にいながらにして
 全国各地の料理を堪能しよう」
というもの。

中でも沖縄料理の店は圧巻だった。

料理はもちろん、
まるまま沖縄が福井の街角に
ある沖縄料理の店。
開けてびっくりいきなり
読売村の食堂の雰囲気に。。。。。

それは、料理はもちろんだが、
働いてる方々が
三線を弾く、音楽を流すなど
文化もひっついている。

お店の方とお話をすると、
やはり沖縄出身であった。

東京にいると
世界各国の料理を堪能できる。
アフリカからチリから
ロシアから
飯のまずい英国料理まで。。。
もちろん日本では、
北海道から沖縄。
食に乏しい僕の出身の
姫路のおでん屋や
カレー鍋まである。

首都東京の良さである。

裏返せば東京には
何もないって事もいえる。
あるのは一攫千金。
お金。

都会だ。

ただ、福井にある他府県のお店は、
一攫千金目指して
福井に乗り込んできたのではない。

ご主人が福井の方と結婚されて来たとか、
お嫁さんが他府県出身とか。
お金の事情ではない
地元との融合された何かがある。
また融合されてはない何かもある。

東京では味わえない
またその地方では味わえない
地方で他府県のご当地の味
を堪能できたロケだった。

2008年8月20日 (水)

ふたつの感動

今日は感動した事が
2つもあった。

朝から福井テレビ
「ッッチャうまい」のロケ
で、パシフィコ横浜で
開催された居酒屋甲子園
という全国の居酒屋の
頂点を決めるイベントへ
撮影にお邪魔した。

甲子園と名前が
つくだけあって
まだまだやり始めて間もない
居酒屋が店の
サービスを競い合う。
居酒屋の骨組みは、
体育会系だ。

声大きく
礼儀はぴっちり。

中には
なんでこんな事
せんといかんねん
なんて定員の方も
いるでしょうが
とにかく
そんなこと思ってても
実際やるのだから
気持ちいい。

米国や欧州の
日本食屋さんで
あんな日本の体育会系の
サービスがあったら
日本は和服で静かに。。。
なんて外人のイメージ変わって
気持ちいいねやろなーと。

日本のあらゆる成功の骨組みは
体育会系だと思った。

日本は体育の国でした!!!

夜はお世話になってる
GOTOさんの誕生会。
GOTOさんが知り合いを
呼んでのライブ形式みたいな
飲み会。またご両親を九州から
呼ぶといった文字で書いたら
なんのこっちゃ。

要点はこれではなく。

お父さんは昔
中学校の国語教師だった
そうだ。

70歳になるお父さんと
お話をさせていただいた。
お得意の「重いお話」を
させていただいた。

定年を迎えられて
「教育とは?」っていうのを
聞いた。
息子の誕生会なのに(笑)
重い話(笑)
教育の基本は、
とことん人間を信じる事だそうだ。
「人生は?」
なんて聞いたら
「すべてを肯定したうえで、
 それでいいのだ!」
とおっしゃられて。

うっすら、
後藤さん一家が、
バカボン一家のように見えた今日
この頃。

ならGOTOさんはバカボンです(笑)

明日朝早いので
早めに帰ろうと思ったが、
帰ったら12時を回ってしまった。

PS
そんな矢先に
GOTOさんのお父さんから
GOTOさんのMIXIを通じて
こんな洒落たメッセージが。

昨日は、楽しい時間をありがとうございました。沢山の読書をなされている事に感心しています。なお、昨夜思い出さなかった作家とその作品は、三浦哲朗の「忍ぶ川」でした。最近は、認知症の傾向が強くなり、小さな事もすぐに思い出さなくなりました。いよいよ「それでいいのだ」です。伸二が結婚するまでは、生きていたいと思いますが、それは、神さまの思し召しですから、今更思案しても仕方がありません。賞味期限の切れかかっている伸二ですが、今後ともよろしくお願いします。  GOTO父より

2008年8月19日 (火)

褒められたい。。

「僕ほめられてのびる
 タイプなんですよねー」
と、後輩のA君が僕に言った。

今日は雑談以上
打ち合わせ未満の案件が2件。

「褒められる」
これは僕は、大好物だ。
というより、人生これにつきる。
小さい頃から
この為だけにやってきた。
かといって
いざ褒められると
「いえいえ」なんて
いうもんだから
相手は遠慮して
褒めるのを
やめてしまう。
もう一押しよろしくー!
といいたいが
そんな勇気もない。

最近は、
よくて当たり前
駄目なら無視され
ポイ捨てといった
年齢にもなってきた。

だからこそ
「褒められる」って行為は
お金と同様
嬉しい目に見えない
現物支給だ。

でも褒めれる前に
褒めていただきたい相手を
褒める事も大切だ
という事が最近わかった。
僕は最近
世間から褒められたいのだ。
世間という顔のみえない方々である。
自分が世間に褒められたいなら
世間を褒めるとこから
スタートしなければいけない。

男女の関係はどうだろう?
始めのうちは、セックスしたい為に
褒めちぎるが、やがてセックスに飽き
褒めなくなりお互い
がまん大会にはいってくる。

ので、セックス抜きでの
才能の褒め合いの関係
しかも男性同士は、永遠に続く。

褒めた後
後輩が
「僕ほめられてのびる
 タイプなんですよねー」
といったが、
実は、僕も褒めて
もらいたかったが、
僕への褒めは、
なかった(笑)

2008年8月18日 (月)

減点パパ

人間に点数があるとすれば
減点になる時がある。

例えば蝿が顔に止まった時。
これはマイナス10点くらい。

誰かが散歩してる犬に
「よしよし」としにこうと思ったら
やたら吠えられた時。
これはマイナス5点。

さっき食べた
焼きおにぎりの米粒が
顔にずっとつきながら
真面目な会話をしてた。
これはマイナス15点くらい

今日はBS11で
「のりおの自由時間」の収録。
幼なじみのきよし君の作品の
福田首相のFlash映像と漫才を。

僕のキャラは
西川小のりおといったキャラで
福田首相の幾何会な映像に
つっこむといったもの。

なので髪の毛白髪
顔にはシワを書く変装を。

ネタが終わり
楽屋に帰り
用意してあった
シャンプーとリンスとタオルを持って
シャワー室へ。

裸になりシャワー室を開けた時
気づいた。

普通の更衣室で
そこにいたおばさんにギロ見された。

真っ裸の僕。
一気にマイナス50点。

マイナス100点ではないのは、
更衣室のおばさんは
ニコニコしながら
「あらま!」
なんて喜んでくれたからだ。

2008年8月17日 (日)

秋が顔をだす

今日秋がひょこり
日本列島に立ち寄った。

お盆休みの最終日
昼から、打ち合わせ。
夕食込みの
ネット映画祭の
概要の説明などを終え
気づいたらもうてっぺん。。。

駅へ急ぐ。

夜12時を回った新宿駅の西口には、
帰りたくないのか
このまま時間が止まれと願うのか?
愛を確かめ合う若者の
カップルの数の多さにびっくりした。

若ければ何をやっても
許されるとはこの事だ。]
愛を確かめ合う事も
人目をはばからずに
接吻行為も。

若い時は恋人と離れるのが
もうこの世の終わりかのようにも思う。
夏の終わりも寂しく感じ
涼しげな空気が二人の愛の火を消すのでは
と不安にもなったりする。

でも、もう
わいはおっさんだ。
夜12時回ると眠くなる。
他人と愛を確かめ合うのではなく
自己愛を確かめたくなる。
夏の終わりはほっとする。
涼しげな空気は心軽やかになる。

若い頃にはわかならかった秋の良さ。

そんな秋が
「ちょっと早かった?」
といわんばかりに、
ちょっと顔をだしてくれた。

食欲の秋
読書の秋
八代亜紀
八代英太。。

「それだれですのん!」

村上ショージさんが
今日言ったボケの言葉。

八代亜紀まではわかったが
八代英太はわからなかった。

おっさんになると、
こんなベタなネタも笑いながら
できるようになる。。。

僕の年齢は
そろそろ秋にさしかかろうとしている
今日がちょうど
僕の年齢の日かもしれないと思った。

2008年8月16日 (土)

サッカーと野球

連日オリンピックを見ている。
それにしても
日本のサッカーは弱い。

サッカーが弱くて実は僕は嬉しい。
サッカーファンの方
怒らないでいただきたい。

僕の尊敬する
梅原猛さんの論によると
日本がサッカーが弱いのは
日本は「足」を使う日本語が
あまりいい意味では
使われないからと言っていた。
足があがる。足がつく。
足を切る。足を洗う。
この言葉が体にしみ込んでいて
どこか悪い事をしてるのではと
体が反応して弱いのではと。

後、ゴール間際になると服を
ひっぱたり審判が見てなかったら
なんでんもオッケイ!のサッカー。
日本は御天道様が見ている。
御天道様信仰があって
どこかそんな事を思ってて
あまり服をひっぱたり
卑怯な事をしないので
弱いとの説を言ってたのには
卑怯な事をして
勝つくらいなら
弱くていいやんなんて思った。

その点、
野球は誰もが公平に一回は
チャンスが与えられる。
また野球は時間制ではなく
9回といった回数のゲームだ。
またバッターもスリーアウトと
カウントも数字だ。
心理学者の河合隼雄さんは、
野球を資本主義と民主主義が
作り上げた最高のゲームと言う。
社会主義国のキューバが強いのも皮肉な話だ。
なので、ヨーロッパのような
王族社会と絶対の神様の下で闘い
ばれなければオッケイとされる欧州社会では
だんぜんサッカーは強いらしい。

日本のサッカーは
ゴール前であえて反則を自己申告する
もっといったら
負けても
内容は勝ってた!と喜ぶ日本。

そんな異様な国になったらええなー。。。

ならんな(笑)

 

2008年8月15日 (金)

お先失礼しますが決まるとき

「お先失礼します。
 おつかれさまでした。」が
びしっとスーツを着る
かのように決まった事がない。

盛り上がって雰囲気の時
打ち上げでの現場などで
お先に帰るって案外大変だ。

今日、打ち合わせで
東京の毎日放送に行った。

村上ショージさんとの
M-1へ向け漫才の練習のために
ネタの詰めにはいったところだ。

そうこうしてると
ラジオ収録のさんまさんが
楽屋入りされた。
楽屋ではデイレクターさんや
その他お仕事の関係の方々と
雑談が始まった。

そんな中失礼にも空気を
遮り僕の押し売り挨拶を
してる場合ではない。
まず挨拶の
タイミングを失った。

トイレに行って
帰って来たとき
スタジオ入りする
さんまさんショージさん御一行と
ばったり。。。

「おはようございます。。。」

「おう!見ていくんか??」

と、
歩きながら言葉をかけていただいた。
僕はおもむろに
「は、、い」

本番が始まったが、
この後実はジムにいく予定をしてたが、
休憩の間にスタジオで雑談してる先輩に
「お先失礼します」と入るのもなんやし
かといって何も言わずに
フェードアウトするのも違う。

僕はそんな時には、
最後までいる事にしている。

打ち上げでもなんでも
よっぽどの用事や
仕事でないかぎり
最後までいて損は無い。

放送が終わり
ばったり会った感じを装い
挨拶を。

「おつかれさまでした。」

すると、最後に言われた
「お前。なんでおんねん」

これでいいのだー!

2008年8月14日 (木)

私のお墓の前で泣かないでください????

「私のお墓の前で〜!
 泣かないでください〜!
 そこに私はいません〜!」
初めてこの歌を耳にしたとき、
お墓屋さんから文句が
でないのかと心配がよぎった。

どこかの新興宗教の
宣伝の歌だと思ったが、実際は違った。

今日はお盆。

各地でお盆の日や
過ごし方は違うみたいだが
故人が現世に帰ってくる日らしい。
昔はお墓まで出迎えにいったらしいが、
「お墓にいません〜〜〜!」と
歌が流行ってからは
墓参りの数は減ったのだろうか?

ここでポイントになってくるのは
先祖さんは、墓に
実際にいるかいないか?

師匠の上岡龍太郎なら
「いるなら実際見せてみなさい!」
なんていいそうだが

ちょっとこんな話を
去年だったか
両親と墓参りにひさびさ行った。
すると不思議な事に
墓参りの時だけ雨が降った。
車の中で待ってたがいっこうに
病みそうにないのでお花だけ添えて
帰る事にした。
するとさっきまでの
雨が嘘のように晴れた。

実は亡くなった
祖父祖母と父との関係が
よくなかったそうだ。

帰りに立ち寄った焼き肉屋さんで
親父は
「おじいちゃんが
 お前なんか来るなっていったんかな?」
っとぼそっと言った。
僕は
「いやいや、来てくれて
 嬉しかって空が泣いたんちゃう?」

そんな会話をふとかわした。
そこから大げさな話はしなかった。

ちょっとした不思議な話だ。

テレビなどでやる
数字稼ぎの心霊ものや
お金を取って商売している
インチキ霊能者などは
大嫌いだが、
このような不思議な出来事は
僕は大事にしたい。

墓の前にいるかいないか?
お盆に帰って来るか来ないか?

僕はえらそうにも、
すべては心の中に
いると思っている。
心は物理的には見えない。
なので心の中を見せろ
などと論じるのは
ナンセンスだと思っている。

僕は「我思う故に我なり」の言葉が好きだ。

無宗教、無思想の僕は
そんな事をお盆に思い
お墓の前で合掌をし
ご先祖に話しかけた。

2008年8月13日 (水)

やりすぎがいい。

今更いうのもなんだが
西川のりおさんはやっぱり面白い。
まず顔がおもしろい。
その要因として顔が異様にでかい。
最近白髪も混じって顔にしわもできて
渋みと言う深みも面白さに加わっている。
僕は昔から顔にコンプレックスを持っていた。
たいした男前でもない。
なら笑える顔かというとそうでない。
顔は大事だ。人は心だっていうけど
心は見えないのでわかりにくい。
だから見える顔は大切である。
その上のりおさんはよく話す。
話す中身はお金目線のお話が多い。
男のしゃべりはみっともないと
世間ではいうがしゃべりすぎは
みっともないを超えて面白い。
これも僕はコンプレックスを持っていた。
僕もよく話をするほうだがしゃべりすぎない。
ので時に好きな小難しい話とかをした後
「まじめですね」って
言われておわる事がある。
やりすぎないとおもしろいと
思われるまでたどり着かない。
後、のりおさんが自己分析をしてたのが
自分は分裂症だとおっしゃっていた。
破滅型と分裂型にわけるなら
のりおさんは分裂型だそうだ。
さっきまで政治のお話をしてたのに
急にエロのお話になり
その後ラッタッターとギャグを言う。
この分裂が自分の才能とおっしゃる。
その上しつこいようだが
顔が異様にでかいのでおもしろい。
そろそろ僕も40歳。
最近寝顔が魚の死骸に似てると言われる(笑)
頭もそろそろ禿げてくるだろう。
神様が笑えるいい感じに改造してくださる。
後はしゃべりすぎる事。
ド!真面目からエロから
時にナンセンスな話まで
話をしすぎるのがいい。
そう思うと僕に
最近たりないのはナンセンスの部分。
ここを強化するいい時期かもしれないと思った。
そう思ったのでルミネ劇場終わりに
後輩とカラオケに行って替歌にして
いろんなヒットソングを歌った。
歌詞は「うんこと鼻くそ」の歌詞を
ふんだんに入れ歌った。

2008年8月12日 (火)

天候も早く短くわかりやすい

ブログをラフブロのサイトに変えてから
短くわかりやすくおもしろく書こうと思ったが
性格なのかどうも長く小難しくなってしまっている。
時代は短く早くわかりやすくを求める。
僕もこんな事を書いていて
人の長くて堅くてわかりにくいものは捨ててしまう。
時に長くて堅くてわかりにくいものでも
一歩踏み混めば早く短いのより
のめり込む事がある。
一人でも僕みたいにのめりこんでいただく事を
信じて長く書いてしまうのを自己弁護する。
「そもそも」「紐解いて見たら」
「ちょっと考えてみた」などが多い僕のブログ。
今のご時世「深いよねー」と言われて却下。
この言葉は「深い」ではなく「不快よね」に聞こえる。
今回もわかってながら
「僕のブログは長くなってしまっている」
っていうのを
長く小難しく堅くなってしまった。
今日は、このあたりで
終わったほうが良さそうだが
これをどうしても書きたかったので
もうちょっと書いてみる。

今日の夜、ルミネ劇場で
コント終わり新宿に雨が降った。
渋谷では降ってなかったそうだ。
最近の雨は局地的に降っている。
雨まで格差社会のようだ。
しかも短時間一気に集中して降る傾向にある。
天気も早く短く早くわかりやすくなっている。
なにも天候までそうならなくてもと思うのだが。
そのうち米国みたいにハリケーンのような
わかりやすい災害にならないようにと思う。
日本の雨は長く小難しいくらいに
しとしとまんべんなく
降ったほうが風情があるのか?
風情なんていう単語を使うと
また深いなーと不快に思われそうだ。

2008年8月11日 (月)

いい先輩と思われたいと思うとき

僕はたまに
「いい先輩と思われたい」と
思うときがある。
それは、きまって、
はめをはずした時、
熱くなりすぎて、
ド!論破した時、
ド説教をした時
などの後に
「いい先輩と思われたい」
それはやってくる。。。。。

今日もキングオブコントの司会。

有象無象の何百組と
言われる新人が
次から次へと
舞台にあがる横で
「おはようございます」
なんて礼儀正しく
挨拶をするものや
舞台に集中するあまり
挨拶をわすれるもの。

ま舞台に集中するあまり
挨拶をしない。
これは仕方ない。

中には
「あ、このおっさん
 昔、見たな。ヨゴレやなー」
なんて思ってる奴もいるだろう(笑)
確認してないのでわからないが
僕が勝手に思うという事は、
僕の中にはそんな風に人を見る
嫌な自分も存在する。

でも確かに
僕は、
芸人を22年ほどやったとて
恥ずかしい話だが、
はっきりした結果はだしていない。

視聴率30%突破とか
高額納税者とか
ミリオンセラーとか
芸能人と結婚とか

まったくない。

なので
そう思われても仕方ない。

だったら芸を
コツコツやってるかというと
落語家でもなけりゃー、
漫才師でもない。
形も無い上
結果も無い。

ないないづくしの、
「ようわからん
 うさんくさい先輩」だ。

こんな時は、
最後の抵抗で
先輩づらし
威圧すると
いった事をやってきた(笑)

が、これも、なーんか
かっこうわるい。

無邪気を
モットーに
流れに添って
自分の呼吸で
ただただ
泳ぐ事になれたらと
思っている。

流れに添って
泳いでいると、
川の表面に浮いている
材木にコツンとあたるように
仕事が流れてくる。

それはどんな仕事であれ、
断らないようにしている。

結果も出してない
どんなジャンルにも入らない
それでも自分のジャンルを
確立さそうと
結果もでないまま
続けると言う結果をだした
僕のような人種は、
どんな仕事でも断らない(断れない)
といった事情がある。

それは「食う」
といった事情だ。

「食えない」と死を表す。

そんな死に
あえて向かって
若い頃は
泳いでいった。
危険を承知で
自分の中から吹き出る
魂を大切にしてきた
人種だった。

何かを期待して
発注してくれる方から
いただける。
どんな仕事も、
若手がヨゴレやんと思う仕事も
年を重ねるにつれ、
ありがたくできるように
死に向かう結果でていない
人種はめっちゃ丈夫になったのだ。

またそこで儲けさせて
いただいたお金で
また死に向かう方向に
魂を泳がす事もまだやる。

あほである。

ただ、

この魂が時に、はめを外す。

鬼になってでてくる。

いい先輩に
なるって事は、いい事だ。
なんなら
いい先輩でいたい。
嫌な先輩でいる事は
かなりのリスクだ。

が、
若い頃
僕の中の鬼が暴れ、
才能ある後輩を見て
「敵のままでいよう」と告げたり、
テレビ局でだらだらやってる後輩を
おっかけまわしたり、
先輩の芸人さんに
「ネズミ男の物まねで」
たてついて「殴るぞ」
なんて言われたり
客席にインド人と
パキスタン人を仕込んで
喧嘩させたり。。。

いい先輩になる?

もう手遅れだ(笑)

手遅れだが「いい先輩に思われたい」
たまに鬼が暴れだし
「挨拶せえよ!」と
ヘッドロックをしながら
言う事もあるが(笑)
言った後に
凡人の僕は、
気が小さいので
時々、「いい先輩に思われたい」
そんな事を思う。

2008年8月10日 (日)

パクリについて

今日キングオブコントの
一回戦予選の司会を
させていただいた。

一回戦なので
プロとアマの入り乱れる中

今のお笑いを目指す方は
本当におもしろい。
これはいつから
だろうとちょっと考えた。

ダウンタウンさんの
出現以降であろう。

僕もダウンタウンさんを見て以来
ここ何十年ダウンタウンさんの
笑いは尊敬してやまない。

ダウンタウンさんが、
その昔全国展開をし
ゴールデンと言われる
地上波のテレビ番組らしからぬ
レベルの高い笑いを提供し
また視聴率もかせぐといった
スター性もあってか、
それ以降、実にお茶の間の
日本のお笑いが変わった。
笑いが変わるイコール日本人が
変わったといっても過言ではない。

今やお笑いブームがまだ続く。
今の若手は
まさくしダウンタウンさんを
思春期に見てきた世代のお笑いだ。

脳が吸収力バツグンの時に
あんな芸術的なお笑いを見れて
うらやましく思う。

中には、もろパクリって
コンビもいた(笑)
うまくアレンジしてるのもいた。
でもすべては若い頃、
ダウンタウンさんの
栄養素で育ったせいか
笑いの骨がダウンタウンさんで
出来てて頑丈なのだ。

ただ、
もろ影響を受けるって事は
下手したらパクってる
ってな具合にもなる。
もちろんパクリはいけない。
相手が一生懸命編み出したのを
盗むといった行為は泥棒だ。

ただそれがひとつではなく
多々いろんな方の影響を受け
無意識の棚におさめられた在庫が
知らずと自分の中で化学反応を
おこして新たな
オリジナルといった
変な、いびつなものに
仕上がっていく
これが正常な状態。

ここにはセンスがいるのだが。

各先人の天才達も
どこかから少なからず
影響をうけているはず。

僕なんぞの年は
もう他人に
影響を与えなくては
いけない年だ。
なので、同じ土壌で
影響をうけてる場合ではない。
もっと多方面、お笑い以外から
影響をうけるように心がけている。
そのひとつとして
自分と同じ事を
やってるような方のを
見ないという事をしている。
おもしろいと思うと
影響をうけるからだ。
ので、
同じ土壌でない
素人の友達であったり
後輩のミュージシャンであったり
大学の先生であったり
海外のコメデイーであったり
から影響をうけようと
心がけている。

いずれにせよ
若手の方もお客さんも
影響をもろ受けるのはいいが、
重要なのは、
誰々さんの
一神教ではいけない。
宗教でも一神教になると
人を救うためのものが
自分達の信仰以外のものは、
殺すといった
本末転倒になる習性を
持つので危険だ。
実は、そんな危険な匂いが
無い事はないんだが。

多神教のこの国の良さから
学ぶならいっぱいの方からの
パクリをするべきだ。

お客さんも願わくば、
そうしていただきたい。

ただ、影響を受けさせて
いただいた方へは、
成功したときに
恩は何かで返すべきだと
思っている。
インタビューで言うとか。。。。

でも影響を与えた方が
一番嬉しいのは
「敵になりその方の技法を裏切り、闘う」
といった事なのかもしれない。

話はややこしくなった。

でも、若い頃は、パクれ!

よかった!
タウンダウン!!!!

ちなみにタウンダウンは
女子中学生だった。

2008年8月 9日 (土)

コメントにコメント

今回は
最近書いて
いただいてる
コメントの欄から
抜粋して
コメントさせて
いただきます。

これからは
直接コメントを
書き込んで
いただいた欄に
書き込ませて
いただきます。
心ある書き込みを
してください。

「現実にあってほしい
 夢をコントロールして見る
 ことが出来たらいい
 のになぁ~なんて☆」
投稿: yako |

Yakoさんへ
現実も夢のように
生き方が出来るように
コントロールできたらいいですね。
そっちのほうが
楽しいでしょうねー。
夢がありますように!

「嫌な夢をみた…」
投稿: たんぽぽ |

たんぽぽさんへ
嫌な夢を現実で反省すると
現実では過ちを繰り返さない
と言われます。
また嫌な夢は現実にいい事が
はじまる前兆とも言われます。

「今何してはるんですか?
 昔ゼンさん、tvで見かけた
 のに今はみて無いです。」
投稿: YOU 

YOUさんへ
良くこういった
事を言われます。
TVに出てないわけ
ではありません。
僕は今自分なりに
前よりも前進した
活動をしてると
思っています。
僕はこういった事は
言われても
もうへちゃらですが
親も僕のように
こういった事を言われてる
と思うとベタにTVで活躍と
いった活動してあげて
安心させてあげないとなー
と思っています。

またこれについては
ガッツリブログで
書きますね。

「ちなみに桃さんの
 ことは大っ嫌いです。
 もうテレビには
 出たくないですか?」
投稿: テレビの壺デスよ~ |

テレビの壺デスよ~さんへ
以前のLOVEROGの
サイトでブログをやってた時
このようなシャレなコメントは
無条件で消していました。
ネットは無記名で
名前は明かしたくないが
言いたい事はいいたい
といった下品な事に
なりがちになります。
名前を明かさないから
言える事。
それは面と向かって
名前明かしていうには
恥ずかしい「愛」とかじゃ
ないでしょうか?。
もしくは、
お上の隠蔽ごとなどでしょう。

みなさん今後このような
シャレは書かないで
いただきたいです。

嫌なら見ないで
いただきたいです。

きちんとされた方が
無料で見れ交流できる
場です。

2008年8月 8日 (金)

下半身からのボンノウ

福井発 羽田行きのANA
の整備不良が告げられ
福井の空港で1時間半の
遅れを余儀なくされた。
と同時に不安がよぎった。

”整備不良?
   今日落ちるかも”

ビビリ男の僕は
ドキドキしていた。

まだまだやりたい事は
いっぱいある。
恩を返さないといけない方も
いっぱいいる。

そんな心配とは真逆に
整備が整い飛行機に
乗り込む時
「もし落ちたらどの
 スチュワーデス
 と抱き合おう。。」
と、あほなボンノウがでてきた。

生死の危機を思ってる時なのに
この下半身のほうのボンノウは
なんとかならないものか?

なんや?このボンノウって。。。

この世に悟りはない。
いや悟りなどないと
言う事を悟るために
このようなボンノウと闘い
悩み生きなければいけないのかも。

「ぜんじろうさんですよね」
そんな事を考えてたら機内で
小さくお声をかけてきた
スチュワーデスさん。

奇麗な方。
「この人に決定!!!」
なんて思ってたら、
そのスチュワーデスさんが小さい事で

「大人のおもちゃ見てました」

大人のおもちゃ???
子供のおもちゃというアニメに
ぜんじろう先生として
出演してたのと間違えたのだろう。

こっちが勝手に
やらしいおもちゃを
落下の最中に使ってる映像を
想像し赤面。

よく間違えられるフレーズだ。

でもシンクロニシテイーというか、
僕の頭の中が伝わったのか?と
勝手に思うと嬉しくなった。

さ、
飛行機は飛び立った。

あまりにも快適な空に
安堵感で寝てしまい
夢でスチュワーデスと
。。。。。。。。。。。
なんて思ったが、
実際見た夢は
ご一緒の
yossyが席をまたいで
歩き回るといった夢だった。

起きたら羽田であった。

僕にはまだまだ修行だ必要だ。

2008年8月 7日 (木)

教える事ができない大切な事

「My箸持って
 ますんで」
「ありがとうございます」
と言う掛け合いが
福井のお店では
恒例になってきた。

今日は
「ッツヤうまい」
収録の為
福井へ!!!

夜にふらっと
焼き肉屋さんに入った。
ひとりなので
いつもは伏し目がちに
ひっそり食べるのだが、
My箸持参の僕に
大将が、笑顔で
「わー!ぜんじろうさん!
 普段もMy箸使ってるんですね。
 番組見せていただいています。」
と明るく声を
かけていただいたので
柄にもなく
カウンター越しに
会話をさせていただいた。

そんな中、
店の大将がアルバイトの方に
「お札そろえていれて」
なんて注意をしていた。
アルバイトの方が深夜になり
「オサキシツレイシマス」
と片言の日本語で
挨拶をし帰っていった。

そう中国の留学生の
アルバイトの方。
中国の一人っ子政策の子らしい。
頭も良く
言わなくても
察知して先先やる。
申し分ないそうだ。
が、
が、
頭を抱えるのは
これ以外の
話らしい。
例えば、
レジのお札に
描かれた顔をそろえる
とか、盛りつけ具合の
ちょっとした美的センス。
常連のお客さんとの
喜ぶ会話など。
いわゆる教えられない
部分の事が
まったく駄目らしい。

堅くいったら心。

具体的には
芸術性であったり
ユーモアであったり
愛であったり
道徳であったり

物質的以外の事が
駄目らしい。

ややこしいのは
これはどう教えていいものか?
教えようがない。
だから頭を抱えるとの事。

例えば
チャンジャの上に
ネギをふんわりかけて。。。
と教えると、
教わった通り
素早く、ネギを節約し
ふんわりかけるそうだ。
が、ふんわり具合が
どうも
奇麗くないそうだ。

ふんわり具合に
正解などない。
感覚的なもんだ。
やる側に美的な
感覚がないと
無理である。

また教わる側が
真似しようと思わない限り
センスは磨かれていかない。

哲学者のニーチェが、
「美的センスは
 細かさである」
といった。
その細かさの
美的感覚や
目に見えない愛は
結局、目に見える物質を
通して細かくでてくる。
そういった性質を持っている。

と、えらそうに書いたが、
これはなんか自分に
言われてる
みたいであった。

僕もこんな事を書きながら
僕も中国のアルバイトの
方を攻めれない。
食べ方や箸の持ち方を
生活の中で美や細かさを
重要視するのか?

恥ずかしくなった。

最後に大将が言った。
「これは国籍関係なく
 人間性の問題でしょうね」

もっと、ぐさっときた。

中国のアルバイトの方への苦言は
僕に痛くつきささった。

2008年8月 6日 (水)

食っていく基本。

「この歴代受賞
 監督の中で今映画で
 飯食えてる方って
 いるんですか?」
と客席の映画人を
志す半分酔った意見が
飛び交った。

今日は昨日に続いて
インデイーズ
ムービーフェステイバルの
授賞式の司会。

この映画祭は
始まってから10回続いてる。
過去10人の
グランプリ監督が舞台に上がり
この映画祭についての
思い出を語りあってる中
「おたくら賞貰ったけど
 飯食えてまんのか?」
との声が。。。。

酔ってたせいも
あったので、
一人の監督と
「その口の聞き方は何や?」
と、喧嘩になりそうにも
なるといった
70年代の学生紛争のような
熱い雰囲気に。。。

で、実際は、
ほとんどの監督さんは
映画だけでは
食えていない。
他テレビ制作や
CM撮影などをやったり。

映画一本で食えてるのは、
第一回グランプリの
北村龍平監督だけ。
しかもビバリーヒルズに
住み高級車2台を乗りといった
アメリカンドリームを
わしはゲットや!
どや!格好ええでっしゃろ!
と、客席に檄を飛ばしていた。

北村龍平監督は
またその客席に
「貧乏臭い事聞くな!!ボケ!」
と先輩受賞者として叱っていた。
ま、食えるプラスアルファ
よりアルファなものを
ゲットした方だから
迫力満点パパ!

人間食っていくのは基本だ。
なのでこれは
非常に大きい問題だ。

確かに貧乏臭い
きな臭い
臭ーい話だ。
だが、臭いものには
蓋をしてはいけない。
僕は、ちょっと、
この辺りを掃除をしてみた。

現実、
映画監督だけで
食っていくのは
ハリウッドの監督以外は
大変だそうだ。
ハリウッドで成功したら、
食っていくどころか、
食えて食えて、
血管つまって
トムクルーズのお奨めの
新興宗教にもはいる
くらいのおつりもくる(笑)

今、
映画界は、
めっさ食える。
食えてギリギリの
2極化らしい。

厳密には、
その下に食えないって
いう3極化だ。

また、自分のやりたい
映画だけで食っていく
などと言い出すと
話は、ややこしい。
だから「自分のやりたい」などと言う
文化にたずさわる我々の職業は、
どうしようもない(笑)

が、今回はきちんと掃除しよう。
まず、
自分のやいたいか
やりたくないかの問題から。

これは、自分の中の問題だ。
僕も若い頃は、
居酒屋なんぞで
「やりたくない事を
 やって食っていくのは
 格好悪いぜ」
なんて言ってる口だったが、
今は、僕も、もう大人。
答えはでている。
そんなのは
己の器を大きくして
やりたない事を
やりたい事にすれば良い話。
やりたくない事を
やるなんてのは、
周りに失礼な話。
「やりたくない事を
 やって食っていくのは
 格好悪いぜ」
ではなく、
「やりたくない事を
 やって食っていくのは
 一緒にやってる方に
 とって失礼な話」って事。
これはクリアー。

じゃー。映画一本で
食うのがいいのか?
映画以外の事も
やって食っていくのがいいのか?
この問題。

この問題を簡単にいったら、

映画の為に
食っていくのか?

食っていくために
映画をやるのか?

僕の尊敬する岡本太郎さんなら
「食うために映画をやる?あほか!
 例え認められなくても
 映画をやるために食え。
 それで食えなかったら
 死んでやろうくらいの気持ちでいけ」
というだろう。

ま、今の時代、
ホームレスが痛風になるこの国で
「餓死はない」

日本に生まれてきた
自分の前世に感謝。

ので、映画人と名乗るなら
映画の為に食っていってほしい。
何で食うのか?
そら、映画ででしょ!

その報酬で、
ビバリーヒルズに
住み高級車2台を乗りといった
アメリカンドリームがよかったら
やればいい。

僕は、
ビバリーヒルズより
高い位置にある
どこだろう???
浄土あたりに
きちんと住みたいなー(笑)

ま、いつか
死んだらいけるっか(笑)

じゃー生きてる間は
地上ならどこでもええか!
おもろいとこがいい!
友達の近くがいいな。
愛する人と
密着度の高いとこがいいな。
なら狭いとこがいい。
新しいもんが
いっぱいあるとこがいい。

場所は、東京で問題なし!

後、めしは
おいしく食おう! 
その為に健康と、
「笑顔」が
あったほうがいい!

ってな具合ですかね(笑)

なので、
結論は、
映画人を志す方は、
映画の為に映画をやって
食っていってほしいです。

やっぱ貧乏臭くなったな(笑)

2008年8月 5日 (火)

メジャーとインデイーズ

「レコード会社どこ?」
「インデイーズです」
「あ、、インデイーズね」
なんていう会話は
音楽業界では
聞き慣れたお話。

今回は映画のお話。

映画にも
インデイーズと
いわれるのが
存在する。

今日インデイーズ
ムービーフェステイバルという
映画祭の司会をやった。

この映画祭は今や 
北村龍平監督を
はじめ数々の映画人の
登竜門になっている
映画祭だ。

普通はメジャーは
マジョリテイー(多数)の略。
その反対はマイナー。
マイノリテイー(少数)の略。
メジャーとマイナーに分けるのだが
映画界も音楽界同様、
メジャーとインデイーズ
の世界にわけられる。

この違いを説明しよう。
メジャーとは
配給できる所を日本全国に持ってる会社
インデイーズとは
メジャーから資本的に独立している会社

なので、インデイーズは
マイナー(少数)ではない。
「独立」なのだ。

この「独立」の意味は大きい。

大多数の応募者は
インデイーズ(独立)映画祭に出品しながら
マイナーで落ち着いてる方がいっぱいいる。

僕も芸人のはしくれとして
ちょっとえらそうに
言わせていただくと、
僕は人からいわせれば、
マイナーと言う言葉が
ぴったりなのかもしれない。

それは、知名度なのか
メデイアへの露出の度合いなのか

いつか、マイナーな僕が、
インデイーズ(独立)の精神で、
メジャーを逆転させてやろうと
常に思っている。

メジャーに毒を注入し
メジャーに毒が周り
どんどんこっちよりに
なったらええのに
なんて思っている。

のでインデイーズ
ムービーフェステイバル(独立系映画祭)
に出品する映画は、
メジャーを爆破するような
毒のある勢いある
独立した作品を期待する。
メジャーにあがりたいのにあがれない
から端っこで内向きにやってるのは、
独立ではない。
それこそマイナー映画祭になってしまう。

明日も司会だ。
明日審査発表の日。

メジャーに毒を
そそぐような
メジャーを爆破するような
作品を期待。

2008年8月 4日 (月)

恐るべし縄文人

今日は、昼から
こんなコースのスケジュール。

中野ブロードウエイでフィギアを見て
その後秋葉原でエロショップの
最新のダッチワイフを見て
最後は上野の国立博物館で「土偶」見る。

現代の土偶みたいな
フィギア拝見から
過去の土偶拝見と
一日にして
最新から
何万年前に
タイムスリップする旅に出た。

博物館に展示してある横に
書かれた土偶の説明(キャプション)を読み、
僕の
「土偶は!縄文時代のダッチワイフ!」
この仮説は、もろとも崩れた。
(どんな仮説や!!!!)

目の前にある土偶をよく見ると
女性だが
お腹がパッカリ割れている。
これは妊婦を表しているらしい。

キャプションをもっと読むと
土偶には呪が
込められてあるそうだ。
縄文人は呪術(じゅじゅつ)中心の
生活だったそうだ。
宗教もない時代に
火を焚いて呪いをかけ
神霊や魂など超自然の力を
コントロールする。
生活の始めは、
そこからスタートした
そうだ。

それは何のためか?
生活の安定を
はかる為だったそうだ。

縄文時代は、
今のような近代化学や
経済や
食物を輸出入
ましてや宗教や
芸術なんて
概念や言葉もない時代に、

より芸術な
より宗教な
より科学を
大切にする生活をしていた。

ので、
土偶は生活の
安定の為の芸術品。

そう思うと
生活が安定さす為なら
フィギアも今の時代の土偶なのか?

そこには
超自然の神霊や魂が
はいっているだろうか?

4万円で魂は買えるのか?

おそるべし
縄文時代。

その頃の笑いや遊びは
どんなのだったんだろう?
40代始めにして
またえらいもんに
興味を持ってしまった。

そこを探ると
未来が見えるかも
しれない。

そんなタイムスリップの一日だった。

2008年8月 3日 (日)

若かりし日の師匠。。。

今日は朝から
真夏日の中
福井ぺんたワイワイ祭りへ。

福井で出演させて
いただいてる
「ッチャうまい」の
番組の宣伝と
番組でお世話になってる
御箸の「兵左衛門」さんが
出店している出店で番組収録も
かねて販売のお手伝いを
させていただいた。

無料の野外の吹き抜けの
イベントに行くと
世間の反応の矢がぐさぐさ
心に突き刺さる。

僕が東京でやってるような
濃いじっくり聞くような
トークは禁物だ。
だが、私は、人が群がるような
人気があるわけでもない。

同じ出演者のルミ夫と
Yossyのお助けで
なんとか、盛り上がった。

そんなステージ上で
子供の頃の
こんな光景を思い出した。

「芸は一流、
 人気は二流
 ギャラは三流恵まれない天才
 上岡龍太郎です。」
と口上し
「そもそも阪神は、、」
と、姫路の浴衣祭りで
立て板に水の漫談をする
上岡龍太郎を
子供の頃目撃した。

姫路の家族連れのお客さんは
うちわパタパタ。

しら〜〜〜!

でも、物怖じもせず
上岡は語っていた。

子供ながらに
「難しいなー」と思った。

次にでてきた
まだ新人だった
鶴瓶さんに
みんな湧いたし
僕も喜んだ。

そんな上岡龍太郎にまさか
将来弟子入り
するとは思わなかった。

その時の師匠に
今回の舞台で会った気がした。

あの時の師匠も
物怖じしてなかった
わけではないだろう。

弟子についた時
野外イベントに
行った返り、
「今後、かわいさが
 俺には必要やな」
なんてつぶやいてた。

こんな思いをする事は、
なかなかない。
できれば、避けて通りたい。
でも通らなければいけない。

「今日からの原動力にせんかいな!」

あの時の師匠が僕に
そとつぶやいた気がした。

2008年8月 2日 (土)

東京の女神

「あんた最近何にしてんの?」
「え。。。」
「大阪戻ってきいや!」
「え。。」
「心配せんでも誰もあんたの事なんか
 もう誰も知らんで」

と、大阪で若い頃
お世話になった
韓国の鉄板焼き屋さんに
来ていたおばさんの
お客さんがが僕に言って来た。

今日は、ぜんタネの公開録画の為
ひさびさ大阪に。。。

「がんばってな」と大阪から
東京に乗り込んでいった28歳の夏。
大阪で結果をだし東京へという
大阪出身芸人の出世コースのレールを
歩いていきやー!
と見送っていただいたのか、
追い出されたのか(笑)

そのレールからは見事はずれ(笑)
米国でお笑いといった
未開の地に誰も望んでいない事を。

僕のイメージした米国は
20歳前半に見た
「星の王子NYへ行く」の
エデイーマーフィーのあの世界。
僕が主人公なら
「関西の痩せでっぱNYへ行く」だ。
柄にもなく
アメリカンドリームをゲットだぜ!
なんて日本系米国人に
なるつもりで行った。

が、結果、今は
関西系東京人。

今は東京にいる。

米国でお笑いをして
目にしたのは、
ド!資本主義
ド!合理主義
ド!論理
ド!宗教
ド!差別。
このド!のつく世界。

自由の女神はNYの内側にいる僕に
微笑んでいなかった。
よく見たら東京に向かって
女神は微笑んでた。

高校生の頃、姫路南高校の
近くのポルノ映画館で見た
「東京エマニエル夫人」を
米国で思い出した。

年上のエロい女性が
田舎から出てきたガキを
エロでパラダイスに
するといった映画。

実際には、東京で
そんな夫人に会った事はない。
が、本当に
そんなエマニエルが
実際存在し
パラダイスに
してくれるのでは
ないかと思うと、

40になった今でも
東京では、
ガキのような気分になり、
また謙虚になれる。

本当の女神が微笑んでる場所は
東京ではないかと
今も思っている。

ひさびさ帰った
実家のような大阪では
おかんみたいな女性が、
「あんたの事なんか
 もう誰も知らんで」
といった愛情なのか嫌みなのか。

このおばはんを女神と
呼ぶには、
僕は、まだまだ若い。

東京で
エマニエルな女神に
微笑んでいただくために
東京でがんばろうと
大阪の鉄板焼きやで思った。

2008年8月 1日 (金)

クーラー

今日渋谷で会議のあと
和食屋で食事した。

冷房が効きすぎていて
倒れそうになった。

みんなどう思って
たんだろう。
あれが世間は
常温と思うと
寒がりな自分に
寒気がしてきた。

ちょっと酔って
帰った。
部屋は暑い。

けど

「クーラーは体に悪い」
と母親から子供の頃に
叩き込まれたので、
クーラーつけると
下痢になるといった
パブロフの犬状態に
今でもなるので
できるだけクーラーは
つけない。

が、暑い。

窓を全開にし
風通しよくするが、
湿気が多いせいか

暑い。

そんな時
寒くなるように
たまにやる事がある。

ちょっと前のギャグを
いってみる。
今なら「どんだけ〜」
あたりがよさそうだ。
おかまっぽくやる。
ちょっと
「冷や〜〜〜!」

後、財布を隠す。
で忘れた頃に
鞄を開けると、
ちょっと
「冷や〜〜〜!」

何年か前の
ヘアヌード写真集を見てみる。
ジャガー横田あたり。。
「冷や〜〜!!」

でも、暑い。

やっぱ
クーラーつけた。

母親が
「大人になったら
 つけたらええねん」
なんて
声が聞こえた
感じがした。。。

2008年7月31日 (木)

モナとウルリカ

日刊現代の記事で
こんなのを見た。

「モナとウルリカ」
山本モナの不倫騒動を
擁護している記事だ。

ウルリカとは
英国BBCのアナウンサーで
離婚、不倫をしても
番組を降板しなかったそうだ。

日刊現代の記事にはこう続く。

「日本では
 非難の空気ができると、
 一斉に追放に流れる。
 モナがやったことが
 いいとは思わないが、
 あまりに大人げない対応や
 一方的なバッシングは
 いかがなものか。」

と、書いてある。

日本では、この「空気」
というのが本当に
やっかいなもんだ。

この「一斉に流れる」
風潮は日本では
今にはじまった事ではない。

が、最近は、
このいじめまがいの膿みが
腫れて化膿して
きているような感じだ。

弱い物だけを取り上げ、
バッシングをする
それを取り上げるのが
ジャーナリストのつとめなのに、
ジャーナリストが、
弱い物だけを
取り上げ、バッシングをする

いじめをして喜んでるのは、
メデイアである。

メデイアが、なぜかビビる
大手のプロダクションの
不祥事や大手のスポンサーの
不祥事を見逃してるやんけ!

と、ここまでは、
僕もこんな事を言い合って
酒場でいい気になってた。

が、ちょっと
この先を考えていこう。

メデイアの方も
あほではないので、
それは十分承知の上だと思う。

ならなぜやるのか?

これは僕は、
資本主義、民主主義の
本格的な化膿だと思っている。

特にテレビ界は
趣味が多様してきたので
昨今、視聴率が良くない。
経営的にも先が不安なのだろう。
生活があるから
事なかれでいきたい。

今人気のあるプロダクションから
「うちのタレントだしません」
なんて言われたらややこしいし、
大手スポンサーから
あなたの局には一切お金だしません
なんていわれたら身も蓋もない。
ので
とる処置は、あたらずさわらずだ。

これを世間では
かしこい大人の対応と言う。
今、僕も局の人間だったら
そうすると思う。

これは、もう
手術が必要の化膿。
ある種、老化現象だ。

そう思うとテレビ界も
かわいそうな側面もある。

生活に重荷のない
若い人や若いメデイアに
期待するしかない。

これをふまえた上で
まだ先を考えてみた。

資本主義、民主主義は、
数と金が命だ。

それを支えるのは
「民衆」だ。

その民衆とは
これをみてるあなたも私もだ。

化膿し老化したテレビ界が
恐れるのは
人気を支える民衆だ。

その民衆の「多数」が
正しいとなると怖い。

例えば「人殺し賛成」が、
過半数を超えたら、それが正解になる。
民主主義のひずみだ。
そこまで民衆はあほではないが、
多数をよしとするなら
今後は民衆の多い中国が主役になる。
その主役は洗脳されてきた方々だ。

話は、それたが、、

じゃー誰が、
民衆の多数を正しく見張るのか?

神様が見張るといっても
「は?」ってな話だ。

法律で縛るのが早いが、
「以前賛成したものは逮捕」
そんな法律も、どうかなーって具合だ。

こうなったら、
少数の民衆が
民衆の多数を見張るしかない。

かといって、
今の日本の共産党のような
なんでもかんでも
人のやる事を反対するのではない。

理想ではあるが、
まずは自分の中の多数な意見に偏る
自分を見張るといった
奇麗ごとを言いたい。

モナをだすな!と、抗議する?

いやいや、
モナを出すなと言う奴を
抗議は、できないのだろうか?

もっというと、
モナを出すなと思う自分に
まず抗議を
自分が自分にしたらどうか?

ここからは、
僕の個人的な意見を言う。

一般の方が、
芸能人にモラルを求めるのは
はなはだ間違いだと思う。

モラルと芸能は別だ。

そもそも芸能界は、
一般では生活できない
どうしようもない不良のはいる場所だ。
どうしようもないが、
魂だけは、嘘をついてない人種である。

逆にいうと、芸能人は、
一般の方の代表でもない。
モラルの象徴、尊敬なんてのも
されなくてもいいと思ってる。

ので、一般の方は、
モラルのない山本モナを
「エロいなー。
 好きやなー」
と、笑ってればいいと思う。

芸能にモラルを求めて
モラルといった
その時々でころころ
変わる風潮を押しつけ、
おもしろくなくするのは間違いだ。

と、
こんな事を
えらそうにも書いてみた。

えらそうに書いただけで何も
できない自分だ。

が、最近、
自分なりに何か仕掛けよう
と思っている。
日本のメデイアや民衆がそこまで
あほではない、
光のある方々だという事を信じている。

2008年7月30日 (水)

明恵 夢を生きる

「呪の思想」
「梅原猛の授業 道徳」
「縄文文化の謎」
「蝦夷文化」
「空海と思想」
「瀬戸内寂聴」
気づいたら本棚に
こんな本が並ぶようになってきた。
ベタなおっさんに
なってきたーとしみじみ思う。

もちろん「おはズボ!」や
「ぬれぬれパンパン」のAVも本棚にある。
立派な人間になるために
合間に挟むように心がけている。
この心がけは
絶対忘れてはいけない(笑)

今回は、心がけている
AVの話ではなく
そんな本棚の中の
今日はじっくり
前から読みたかった
「明恵 夢を生きる」
を読む。

この本は、心理学者の
故河合隼雄氏書かれた本だ。

題材は「夢」について

鎌倉時代の僧が
19歳〜60歳に見た夢を
記録した文を翻訳し
それについて
河合隼雄氏が
コメントしてるといった本だ。

西洋のユングやフロイトが
中世に夢判断を心理学に
持ち込む前の夢判断の本。
世界でも
貴重な記録らしい。

読んでみて大変興味深かったのは、
夢の中の出来事は、
わけがわかならい事が多い。
現実の世界でも理不尽な事が
まれにおこるが
夢をしっかり受け止めると
現実で巻き起こる理不尽な事で
うろたえないとの事。

この僧は、
夢の中のほうを現実に
現実を夢のように処理できる
天才だ。

私のような凡人には
とうてい無理だ。
あまり夢を
軽はずみに覚えていると
くるくるパーに
なるらしいと昔聞いた。

だが、この僧も夢の中で
生きているとは書いたが
実際には
現実とはきっちり切り離し
現実は現実として
厳しく生きていらっしゃる。

僕も芸人といった
他人が夢を抱くような
夢のような世界で生きている。

現実は夢のような事ばかりではない。

過ぎゆく現実におこった
理不尽な出来事を夢で
あったかのように
忘れる。。。。

それを処理出来る人間

できるようになりたい(笑)

2008年7月29日 (火)

ロボ落語

正座をし師匠を前に
弟子がネタを披露。
お互い向き合って正座。
「間がなっていな」
なんて注意される。

落語家の師匠と弟子
のとある風景。

今日はNECさんに
ロボットパペじろう君
の初めての落語ネタを
チェックしに行く。

とうとうロボットを
独り立ちさしてみる
時期に来た。

ロボットを前に
師匠のようのように
ふんぞり返り
漫談をさせてみた。

改めて思ったが、
ひとりで話して
笑いまでもっていく
って行為は難しい。

いつもここで
書いているが、
難しささの最大
の原因は、日本語。
話し言葉では日本語では
主語をつけない。

「昨日、行ったんや。
 ファミレスに」

ここには、雰囲気で話す
って事が要求される。
雰囲気とは、
リズム感、勢い、大声、
身振り手振りなどだ。

ロボットに勢い、大声
身ぶり手ぶりを要求して
も、やってくれない。

この雰囲気も論理的に
システムに
いれなければいけない。

雰囲気ってなんぞや?を
論理的に解決できると思えば
やってて燃え上がる作業だ。

後、
作ったとて
R-1にも出場できないし、
舞台にロボット一体で
出してもらえる場所もない。

理解してもらえない
だろうが、
こんな未開な事に
魅力を感じている。


2008年7月28日 (月)

大人になってよかった事。

大人になってよかった
事のひとつに落語を
味わえるというのがある。

今日、
落語を観に行った。

僕の好きな
落語ベスト3を
あげろっていわれたら、
一位が「こんにゃく問答」
二位が「粗忽長屋」
三位が「あくび指南」だ。

なぜこれらが
好きかと言われたら
これら全部落語なら
ではのネタである。

今や映画に
ドラマなど映像で
見せる手法があるが、
これらは
一人で正座して
演じるほうが
おもしろいからだ。

と生意気にも
落語つうぶってみた。

「こんにゃく問答」は
とある素人が
お坊さんに禅問答を仕掛けられ
適当に答えたら
案外ツボをついてて
坊さんが逃げて
帰ったというお話。
ただ生きてるだけで
うまくいくといった
ナンセンス落語。

「粗忽長屋」は、
死体を持ってくるお話。
死体を見て自分の
友人だと思った男と
自分は死んだと
思ってる本人の
ブラックなナンセンス落語。

「あくび指南」は
あくびの稽古を
しようというもの。

あまり面白くないと
思われるが僕は好きだ。

なぜ面白いかを
面白くなく解説する。

生まれてきて
誰からも教わらないが
やってる事って多々ある。
息する。
脈打つ。
くしゃみする。
あくびする。
寝る。
これら生理現象は、
教わらなくてもできる。
でも、
どうやって飯食うか。
どうやって寝るか。
ここに「どうやって」がつくと、
道徳や文化になる。

が、どうやって
あくびするかなんていう
生理現象の権化なのは
世界広しといえど
教わったりはない。

あくびの稽古???
こんなのを教えるほうも
習うほうも
考えたら間抜けな世界。

映画にもドラマにも
ならんような
フ抜けた世界。

落語って、こんな
どうにもならん
すっとんきょうな
おもしろい世界なのだ。

若い頃は、このおもしろさが
わからなかった。

こんなのが
おもろいと
感じるたびに、
つくづく
年をとってよかったと思う。

2008年7月27日 (日)

名前

はんだごて溶け朗つけ朗
猫でここ
ずん
腐った果実。

これ何かわかるでしょうか?

最近のお笑いコンビ名だ。

キングオブコント2008。
オロナミンC主催のコント日本一を
決めるイベントの一回戦の司会に。

今日だけで150組の
プロアマ経歴を問わない
コンビが出場。
残ったのは、この中で26組。

このルールのイベントは
M-1しかりP−1しかり
一番を決める。
わかりやすいのでおもしろい。

このルールでのやり方を
ぐずぐず言う方もいるが、
一回戦から最大の配慮がなされてて
プロの現場を裏で見た。

ぐずぐず言うと書いたが、
実は、ぐずぐず言ってるのは
この僕で、相反する事も思う。
審査方法やルール設定などについて
意義もある。

ぐずぐずだけ
言ってるのは筋違いだ。
それなら
僕が先陣をきって
今後やっていこうと思ってる。

今回とりあげたいのは、
コンビの名前である。

名は体を表すとはよくいったもんだ。

名前は自分では決められない。
親につけてもらうもんだ。
が、コンビ名は自分でつける。
自分が親であり子でもある。

今、活躍してる方にも
慣れただけで、おかしな名前がある。

名前のように生きていく運命なのか?
生きていった後に名前がついてくるのか?

「ぜんじろう」

僕は師匠につけていただいた。
実は、本名でもある。
金谷善二郎の「ぜんじろう」

名前のように生きていく運命なら、
善は2番目にやる男ととるなら
善い事は2番目にして、笑いを優先するべき男。

漸次をやる男ととるなら、
ゆったり生きる運命にある。
a step at a timeだ。

善が痔瘻ととるなら
痔に注意な人生になるのだが。。。。。

話はそれたが、
このイベントに出演された方へ。

勝っても負けてもすべてを
人生のプラスに考えていただきたいと願う。

2008年7月26日 (土)

27時間テレビ

停学をくらって
部屋にこもりっきりに
させられた高校2年の夏。
テレビやラジオから
さんまさんのテレビの中で
動くギャグを見て依頼。
「この人みたいになりたい!」
と思った。

高校時代、オナニーしかしてなかった自分。
「人生は生きてるだけで丸儲け」と
さんまさんが何げなく
ラジオでいう言葉に
励まされ生きて来た。

さんまさんは、
「落語のできない落語家」
とデビュー当時いわれたが
「芸人は裸で生まれ、
 着物着せてもらって死んでいく。
 全員勝ちや。
 その間おもろく生きて何が悪いねん」
そんな、親鸞上人のような
淫乱な、真意をついて
生きていく
さんまさんの言葉に救われた。

停学開けにおもしろいと思い
学生服を反対に着て
登校した高校時代、
入試の面接で
漫談をした大学入試。
弟子時代に平気で
遅刻しギャグを言った。

こんなシャレのように生きて来たのも
さんまさんのようになるためだった。

だが、さんまさんは、
そんな僕を蹴散らすかのように
芸能界という荒波を
いとも簡単に泳ぐ。
離婚もギャグにし
借金もギャグにし
無くなる番組も
人ごとのようにギャグにする。

さんまさんのように生きていって
いい気になってる自分が
どんなにちっぽけだったか。

僕はある日、気づいた事があった。
さんまさんには、慣れない。
種類が違う。
あーあ。。。

でも、それと同時に
こう思う事にした。
「こんな僕でも僕」

そう思ってから
とにかく、
地味で真面目な僕に
できる事をやった。
ただ目の前の人に
楽しんでもらう為に
認めてもらう為に、
ベタな事も真似てやったり
テレビと漫才やったり、
外人前に英語でネタやったり
ロボットいじったり
なんとか、僕なりにやった。

で、振り返ったら、
「こんな僕」になってた。
その間もさんまさんがテレビから放つ
エキスには、やられぱなしだった。

「おもろく生きようぜ」と
呪文のように
さんまさんの言葉は鳴り響く。

こんな僕もメデイアに
出演させてもらって、
さんまさんと同じスタッフとも
仕事をさせていただくように
なった30代前半。

新幹線の食堂で
二人きりになった事があった。

僕は、神様と会うくらい
緊張したので
何をしゃべったか覚えてない。
それくらい緊張した。
が、僕のつまらない質問に
いっぱい答えてくださった。
「ぜんじろー!」と
名前を覚えていただいたのにも、
失神しそうになった。
その上
「お前もいろいろ
 あほな事やっとんなー」
こんな神からの言葉に
失神を通り越して
死にそうになった。

僕なんかが、
神に近づき切り返すには
まだまだ1000年早い話だ。

50歳を超えた
さんまさんが
今回は、27時間も生で見れる。
しかも、
テーマは、
「笑顔」
一切、涙なし、ええ話なし、内容なしの
「笑い」のみ!

噂では、飛ばしまくるらしい。

ひさびさ
テレビの録画をセットし、
停学くらった高校生の時みたいに、
釘付けになり、
僕もさんまさんと
一緒に、テレビの前で
起きておこう!と思った。

テレビからは、まだまだ
さんまエキスは放たれていた。

番組の中で、「生きてるだけで丸儲け」
幾度となく、その言葉が出て来た。

最後のBEGINの歌う曲の歌詞にも
「生きてるだけで丸儲け」は、でてきた。

BEGINとは昔、
僕はラジオで
ご一緒してた時期がある。
人生を語り合った同じ年の仲だ。
BEGINも「生きてるだけで丸儲け」
の言葉にどう思ったのか?

人生ってなんと、面白く、
パプニングに満ちて、すばらしいんだ。
そんな事を27時間を見て思った。

僕にとっては、
聖書より、歎異抄より、コーランより
何より心に響いた27時間テレビであった。

40歳になった今
また誓った。

こんな僕でも
自分なりに、やっぱり
おもろく生きていこう!

2008年7月25日 (金)

禅サーファー 

「兄さんサーフィンするんですか?」
「うん!」
「今度一緒にいきましょうよ!」
と、サーファーならではの
さわやかな会話を
仕掛けてきたのは
芸人の井上マー君。

今日
日が開ける前から千葉の海へ。

僕はサーフィンが好きといっても
そんじょそこらの
サーファーとはちょっと違う。

まず、波が怖い。
海の底が怖い。
地震が来たらと思うと怖い。
クラゲが苦手。
サーファーの群れが苦手。
サーファーのさわやかなノリが苦手。

昔は、こんなのを丘サーファーと言った。
が、丘サーファーの目的は、
町中をサーフボードを車の上に乗せ
女子にもてよう!といったコンセプト。

僕はそんなコンセプトは
ちゃんちゃら持っていない。

単に海でぱしゃぱしゃするのが
好きなだけだ。

そこにちょっとした、
危険もあって、
サーファーが
無視する波にちょこっと乗り
乗れずこけ、
そこでビビリ(笑)
すぐあがって
物思いにふけったり(笑)

今日も高速で行ったが、
あー空いてたんやったら、
下走ってたほうがよかったなー
なんて、後悔し、
海に入る前に
もうちょっと寝てたら、
体万全やのにーと後悔し
人が混んできたら、
場所を変えて
変えた先が、
よけいに人が混んでて、
前のほうが良かったなー
なんて後悔し
結局空いてる
テトラポットの近くになり、
あれに頭ぶつけたら死ぬでなんて
思ったら、最後。
すぐあがって、
また場所変えて、
お日様が上って、
暑くなってきた時には、
食事に行き、
2時間トーク。

サーファーからは、
へたれとか
ネガテイブなんて
見下されそうだが、
僕は、目一杯楽しい。

波に乗る事が目的ではなく、
自由に気持ちよさを
体感する事が好きだ。
温泉気分

そういった意味で
海で一人遊びをする
僕は、自分で、
「禅サーフィン」なんて思っている。

2008年7月24日 (木)

村上ショージさんと初めての漫才

「能書き言わんとやんねん!ドウーン!
 な、うけへんやろ!」
と、舞台上で
村上ショージさんのおなじみのギャグ。

黒柳徹子さんは、これを滑り芸と呼ぶ。

昨日、ワンコインライブっていう
村上ショージさんのライブに
漫才ゲストで出演させていただいた。

このイベントは変わってて
きっちり決めた漫才ネタを
練習して披露するのではない。
舞台上でトークしつつ
お客さんとも相談しながら
漫才のネタをM-1に向けて
作っていくといった
大変変わったイベントだ。

とにかくショージさんが、面白い。
ショージさんも僕もひとり芸の人間だが、
性質が違う。
ぼくの場合はそうとう
気が小さくその上、臆病だが
プライドが人一倍高いから
何をやるにもあれこれ考えてしまう。
ショージさんの場合は、
あえて、スベリに行く。
あえて、考えないで舞台に出る。
あえて、はずす。
なんと自由だろう
芸術だ。
 
僕も舞台でギャグをふられて
やってみたが、
目は泳ぐ、イメージした動きができない。
その上、すべる。
まだまだ、あえてすべったり、
あえて、目が泳いだりといった
このあえてマイナスにいくには、
余裕がいる。
その為には、
耳から入った指令を
頭を通過しないで、体に指令がいくまで
つべこべいわず、やるしかない。
その上で慣れるしかない。

ショージさんの口からはこんな言葉をいただく。
「頭使うな」「能書きいうな」
「気にするな」「やらんとしゃーない」
「とりあえずやってみよ」

僕には本当に耳が痛い言葉だが、
いただいたこんな機会は有り難い。
芸人とはこういうものだという感じで、
格闘技の道場にいった気分だった。
でも、やはり、やはり疲れる。
普段使っていない、
体の部分の笑かすなにがしかを
使ったからだろう。
でもショージさんに甘えさせていただき
なんとかできた。

M-1までこのイベントは隔週レベルである。
またこれも、思いついたらやっていくそうだ。

とにかくショージさんは
面白かったが緊張した。

2008年7月23日 (水)

ひく

「客ひいてたな」
「ひいたひいた」
この意味は、芸人用語で
落ちやギャグを言った後に、
お客さんがシーンとした事をさして言う。

今日は、ルミネ劇場。
のりおコントスペシャル出番。

例えば、芸人が舞台で
下ねたを芸人が言う。

ひく。

なんでも笑ってるように見えて
雰囲気で笑ってるように見えて
実は違う。

この察知能力の早さは
いつも思うが、不思議だ。

実は、とある事情で
今「笑いの構造」といった
笑いについて哲学者の
梅原猛氏が30年前くらいに
書かれた論文の本を読んでいる。
厳密にいうと、読みかけたが、
読んで三行目で難解さに
それこそ、ひいてしまった。

その中に
「ひく」について書かれてあった。
が、読んでも、ほぼ理解不能。
これにもひいた。

この本は学術的に
笑いについて書かれてる。

おおまかにいうと
「ひく」は、この本では
かかわり合いもちたくない。
聞かなかったふり。
だそうだ。
演芸場でも多発している。

だが、ひかさない方法
ひかない方法
などはのっていない。

若い頃から僕はこんな
小難しい本が好きだった。
「笑いのレトリック」
「解体笑学」
など哲学書。
買ったが、
読みきった記憶はない。

ひょっとしたら、
笑いの摂理や真理の
糸口があるかもしれない。
そんな夢を持って買ったのだろう。。。

若い頃、楽屋で読んでいたら、
ある先輩が、
「そんなん読む暇あったら、
 一個ネタ考えたほうがまし」
とアドバイスをいただいた。
ので、楽屋ではそんな本を
読むのは御法度にした。

アドバイスどおり、
そのほうがよっかった。
が、逆に買っててよかった
と相反する事も思う。

今になって思うが、
笑いをここまで論理的に
書きすぎるくらい書く。
これはこれでおもしろい。

また、梅原猛さんが、
こんな事書いた上で
実際には、おもろくなかったら、
逆にまたおもしろかったりする。

また、この本は始めに
「不完全な本だ!」と
言って宣言している。
これもまたおもしろい。

僕は、この言葉が好きだ。
「おもしろかったから、
 笑ったのではなく、
 笑ったから、おもしろい」

ま、いってみれば
視点をかえれば
なんでもおもしろいって事だ。

こんな本を読んでるから、
書いてる文も難しくなった。

2008年7月21日 (月)

風刺と愛

福田康夫ちゃん支持率をあげようゲーム!
このゲームは画面に
いろんな問題がおこるから
手元のボタンで
福田康夫ちゃんを操作して
支持率のあがる事をしてね。
支持率がかがらないと、
どんどん彼は
オラウータンになって
いってしまうよ!

今日は、世間が休日のさなか、
真っ昼間から自宅でネタ作り。
画面をゲームじたてにして
生の僕が演じるネタ。

次回のBSでの風刺のコーナーの
ゲームのパロデイーのネタを作った。

日本の首相をネタにするといった
風刺ネタにしては、
ド!ストレートな題材だ。

が、福田首相は、なかなかネタになりにくい。
外国のメデイアから「顔が見えない」と
いわれていた事がネタ作りをして共感した。

昔なら田中角栄さんなど「悪」の強いほうが
ネタにはしやすい。

後、その方のほころびを
いじらせていただく
上で、やはりそこに愛みたいな見えない
なにがしかのものがないと、
単に悪口になってしまうといった
習性がある。

ので、ここ何日かは、
福田首相を愛そう!キャンペーンを
自分の中でやってみた。

が、愛は、頭でそうやって考えて
湧きでてくるものではない。
本来は、感覚から湧き出てくるものだ。
そうもいってられない。
もっと頭をひねらないと、
せっぱつまって、
やったのが、
失礼ではあるが、国民の指示を得ないと
どんどん彼はオラウータンに
なっていってしまってる
って方だとと思うと、にんまりした。

そんなこんなで、そのまま、
それを、ゲーム形式にしてネタにした。

見た方はちょっと愛していただける事を願う。

後は、幼なじみのきよし君に、
映像の妙をがんばっていただこう!

2008年7月20日 (日)

試合放棄のパンツ

勝負パンツなんて
いまも言ってるのだろうか?
下着を見せ合った時点で勝負は
ついてるかと思うのだが、
女性の場合は、
下着を見せ合った後からが
勝負なのか?
そんな中、
試合放棄のパンツ。
Panntu





僕にとっては、
一番履き心地のいいパンツ。
穴がめっちゃ空いている。
ゴムのとこびよんびよん
勝負したなら完敗!
だが、めちゃ履き心地がいい。

カルバンクラインのボクサータイプの
パンツが出た当初に買ったものだ。
未だにはいている。
貧乏性も、はなはだしい(笑)
が、はいてて気持ちいい。

とはいいつつ、
今日、夏も暑いので
寝苦しい夜の為の寝具。
タオルケットとベットパットを
買いに行ったついでに
パンツも買った。

どれもこれも、お洒落で
ズボンの上から見えても
よさそうなデザインに
体にもしっかり
フィットする感じ。
出た当初より
かなり改造されてる。

買ってもはくのが
もったいないと思うくらい。
見せたいって思うくらい。
追いつめられた試合に
ここ一発のパンチ
くらわすくらいのパンツ。

だが、やっぱ、穴空きの
ゆるんゆるんの洗った後の
生地がゆるんだパンツがいい。

そんなパンツは売ってないし、
売ってたとしても
誰かはいた後のパンツはいやだ。

おっしゃれなのを買った。
よし
はこうと思ったが、
もったいなくてタンスにしまい、

試合放棄のパンツを
洗濯機に入れた。。。。

穴空きのパンツは、
まだまだこれからが、本番と思っている。

試合に勝つより
心地よさを優先する年齢になってきた(笑)

買ったパンツも
何年後かが、気持ちいいと思う。

2008年7月19日 (土)

「Give me a Chewing gum」

「Give me a Chewing gum」
戦後に日本の子供が
米兵の進駐軍に言って
ガムを貰ったなんて話を
誰からともなく聞き
覚えている。

今日、
NECのSさんの送別会に
渋谷の焼き肉屋
げんかやさんにいった。

激辛ホルモンが
めっちゃおいしい。

後があったので、
先に帰った。
会計はしないものの
カウンターにいって
「ガムいただけますか?」
定員さんは
「は?」
僕が
「先に帰るので、
 ガムいただけますか?」
定員さんは、はっと気づき
「飴でしたらありますが」
飴をいただいて
お先に失礼した。

焼き肉屋さんといえば、
帰りに無料で
ガムをいただける。
食べた後の匂いを防止する
お店からのサービスだ。

大人になって自分のお金で
焼き肉を食べにいった帰り
ガムをいただいた時嬉しかった。

チューインガムが流行したのは、
やっぱ戦後。
米兵の進駐軍がガムを配って
喜ばすのに
あやかったのか?
焼き肉屋さんのガムサービスも
戦後からだそうだ。
本場の韓国も焼き肉屋さんでも、
ガムを配る。
これも朝鮮戦争以降の事らしい。

げんかやさんでは、飴だった。
フリスクは、粒が小さいので
配るところはない。

この前、行った韓国では、
焼き肉屋さんでは
ガムより飴が主流だった。

戦後に米国から輸入されたガム。

今後、焼き肉屋さんでは
抹茶のあま菓子か
いや、べっこう飴になるのか?
クラブのトイレに置いてある
口臭予防の為の
うがい液になるのか?

いずれにせよ、
米国離れは、こんなとこにも来ている。

ガムくらいで大げさな話です。

2008年7月18日 (金)

利休Day!

ドラッグストアに並ぶ
数々の男性化粧品。
「ヘアワックス」も多種類ある。
自由自在に
髪型を変形させる。
最近の男子としては、
当たり前の身だしなみ。

そんな現代。

朝、目が覚めると、
めっちゃ寝癖ー

Neguse ギョエー







寝てる時、暑かったせいか、
寝相が悪かったのか?
いつになく、はねてる。。。

その昔、
千利休が、
欠けた茶碗をそのままにし、
偶然の産物の
欠け具合を楽しむといった
侘び寂びの世界を
作り出す。

「ありのままの姿」
「偶然と言う世界」

欠けた茶碗を芸術にまでした男。

普通なら速攻シャワーを浴びて
ワックスってな感じですが、
このなんでしょう。
偶然のウエービー具合な
寝癖を見て
そんな大層な事を思ったのも
これまた偶然の産物。

よし!

今日は、勝手に俺の中で、
利休Day!

頭、侘び寂び!
頭、利休!
頭、禅!

頭の寝癖をそのままにし、
着替えて
朝と昼兼用のめしを買いに
コンビニに行くと、

定員から客から
中年以降の方々、
結構、頭 
侘び寂びな方がいました。

そんな中に混じると
単に、寝癖。。。
単に、だらしない
おっさん。。。

帰って、やっぱ、
シャワーを浴びて
髪の毛洗いました。

2008年7月17日 (木)

図書館とおしっこ

シーンとした図書館。
本の香り。。。
なーんか
おしっこがしたくなる。

シーンとしてるのに
なーんか
そわそわする。

今日とある調べものの為
初めて東京国立図書館に
いってきた。

まず、
びっくりなのは
図書館がでかい。
人もいっぱい。
しかも、おっさんがいっぱい。
普通のおっさんがいっぱい。
当たり前だが、本もいっぱい。

作家が魂込めて書いた本が
いっぱいあるせいか、
読んでくれと
作家の怨念が浮遊してるのか
びびってしまい
おしっこしたいになると
勝手に解釈。。。

昼前にいって
昼食を上の階で食べて
一日中いた。

食堂で
弁当持参の方々がけっこういた。
常連なのか?
今風に言ったら
図書館難民なんて
言われるのだろうか?

漫画喫茶は
2時間くらいが限界だが、
図書館は住めると思うくらいだ。
漫画喫茶を図書館喫茶にしたら
回転率悪くなると思った。

静かなだけに
いろんな事を思う。

あ、、、
調べものは
縄文時代のもろもろ。
土偶あたりについて。
我々の先祖の縄文人。
土偶って
案外エロい
グロい

分厚い図鑑に
土偶のおっぱいのドアップ写真。

まるでエロ本みたいに見た。

昼間の図書館は
静かだけど
脳の中がうるさくなる場所だ。

ちなみにトイレに
5回は、いった。

2008年7月16日 (水)

えま。。。

新宿駅から家へ帰り道
徒歩で帰る時は
神社の中を通ったほうが早いので
いつも神社の中をとおる。

そこで
こんなの発見。
P1010731_2
神様にこんな事をお願い。
1性病が治りますように
2ちんちんの長さが
長くなりますように
3童貞卒業できますように



童貞なのに、性病になるか?
こんなふざけた願い

こんなんなことは神様じゃない
私にも疑問に思う。

神様への
願いごとは世相を反映する。

不景気な年は金が欲しいと願い
日照りの日が続くと豊作を願う
景気もよく豊作にもなり
なーんも、願いのない人は
何を願うのか?

多神教のこの国。
神様方は、願いのないふざけた願いを
かなえてくれるのだろうか?

のりのいい神様は、
ちんちんの長さを異様なほど
長くするといった
願いをかなえるのだろうか?

平和と暑さのダブルボケ!

神様の怒りのツッコミがはいりそう。。。

2008年7月15日 (火)

ハンバーグ

“ハンバーグ”を頼もうと
20代の始めに
初めていったハワイの
レストランで
「ハンバーグ」と
発音して注文したら
ハンバーグではなく
パンにはさまれた
日本じゃありえない
大きさの「ハンバーガー」がでてきた。

今日も福井で「ッチャうまい」ロケ。
テーマは「ハンバーグ」だ。

今までハンバーグって
米国発信だとおもっていたが、
ドイツ発信らしい。
ドイツから米国に渡った時は
高級品だったそうだが、
マクドナルドなどの会社が
パンにはさんで
「ハンバーグ」が、
「ハンバーガー」になって
安もん、
お手軽になって
しまったんだとか。

でも今回のロケは、
ハンバーガーではない。
ハンバーグだ。
やっぱハンバーグは
高級感がないと!
味も見た目も。

ローラースケートはきながら
歩きながら、
片手に持って、
書類をみながら、
食べるなんて
アメリカンな
ハンバーガーではなく、
がっつりとした椅子に座って
スープやサラダで
お腹を潤わせて
鉄板から出る「ジュー!!!!!」
の出囃子に乗ってやってきて
背筋のばしていただく
日本流のおいしいハンバーグ。

ハワイの方にも
「ハンバーグ」って
今の江戸はるみのように
「グー」に力を
いれていえば、
パンにはさまれないように
でてきたのか?

英語では「ハンバーグ」は
「パテイー」って言うそうだ。
ハンバーグは米国には存在しないらしい
根本的に僕が間違ってたなー

と、ロケをしながら
そんな事を思い出した。

2008年7月14日 (月)

眼鏡ビル

「眼鏡かけてるやん!
 博士やん」
子供の頃、眼鏡に憧れるといった
あほな子供だった。
というより、
眼鏡かけたら頭がよくなると
思ってた。
やっぱりあほだった。

福井テレビに出演させてもらってる
「ッチャうまい」のロケへ。

町中に、こんな看板がいたるところに
ビルが眼鏡をかけている。

実は福井県鯖江市は眼鏡の名産地だ。

Megane








ぱっと見た目は、
ロボビル。
しかも眼鏡ロボビル。
目の悪いロボ?
目の悪いビル?

実は、ここは眼鏡会館。

何するとこなんだろう?
全国の人を視力低下さし
眼鏡をかけさせようと目論む
秘密基地なのか?

例えば、
街の看板の字を小さく書く!
文字が見えないように街を暗くする!
近くのものを見さす
寝て文字を読ます。
などを話あってるんだろうか?

いや、大阪万博の太陽の塔みたいに
このビルが鯖江をにらんでるのか?

会館に、はいっていく人は、
あまり眼鏡をかけてなかった。

ま、
眼鏡だけに
あまり、このビルを
色眼鏡でみないようにしないと。(笑)

そんな(どんなやねん)
鯖江市に
とんでもない
格式高い、心意気のはいった
お店があり、びっくりの
それこそ
魔法の眼鏡でのぞいたような
ロケだった。

2008年7月13日 (日)

なぜに!

撮影の入り時間より
早くついたので
集合場所近くに
お寺に立ち寄った。

「しょ、しょ、しょじょじ、
 しょじょじの庭は」
の歌で有名な証城寺だ。

思春期の頃、
「処、処、処女」と思って、
なんとやらしい歌やなーと
思ってたのだが、
「しょしょしょじょじ」の
「しょじょ」は
「証城寺(しょじょじ)」の
「証城(しょじょ)」だった。

わかってよかった。
証城寺には狸の置物が
いっぱいいた。
Tanuki1







実家の玄関に親父が
このような狸の置物を
何個も何個も飾っている。

商売繁盛、お金のご利益の為だろう。

でも、子供ながらに思ったのが、

なんと、金ん玉がでかい。

異様にでかい。

金ん玉の上に狸が
のっているといってもいい。

本当の狸はこんなに
でっかいのだろうか?
この疑問は40歳の今でも
解決されない。

歌の由来や狸の伝説のお話が
このお寺に書かれてあった。

が、「でか金」の由来ついては、
書かれていない。

知りたい。

この事が頭に残ったまま、
撮影に挑んだ。

2008年7月12日 (土)

おかんからダンボール

「あんた、ちゃんと食べてんのか?」
 といわんばかりに
 田舎のおかんからダンボールが届いた。

 愛媛出身でもないのに、愛媛みかんのダンボール

Okan  開けてびっくりだ。

 中を開けると
 リンゴや炊きたてごはん。
 佃煮の煮たやつ。 
 カレーせんべい。
 そして何よりも困ったものは
 流行ではない、
 タンクトップ。

 “佃煮はチンして食べや” 
 オカンの手紙入り。

 もう僕は、40歳なのに(笑)

 抜けるアダルトDVDなどの
 シャレは一切入ってない!

 「あ、、届いたで。。。」と
 電話一本かける。
 「あんたお盆どないするん?」
 「帰れたら帰るわ」
 照れるので、
 そっけなく言うものの
 めっちゃくちゃ帰りたい。

 親元をはなれてはや20年。
 こんなダンボールが届き開けるたびに、
 目に見えない。
 なんでしょう。
 耳に聞こえない。
 なんでしょう。
 母さんの歌が聞こえ、
 泣きたくなるような
 自分の子供な部分に
 いらだちを感じるような

 故郷のおかんのなにがしかが、
 「オカン」と言う
 魔物が包装されています。。。。

 おかんの愛情は、やっぱ
 あかん。。。。

 。。。。

 ええ話したのに。。。

 こんなシャレで終わります。

 

2008年7月11日 (金)

差し入れ

ライブを見に来られた方から
差し入れをいただいた。

Sasiire

差し入れ。。

人のライブに呼ばれたとき、
差し入れを何にしようかと困る事がある。

一度栄養ドリンクを持っていって
他人とかぶった事があった。

一度劇場近くのプリン屋さんで
プリンを買ったが、
これまた、楽屋にはいっぱい。
そこの店のプリンの包装紙があって
またまたかぶった事があった。

こっ恥ずかしい思い出だ。

いただいた中で、
びっくりしたのは、
松方弘樹さん。
劇場の近くの
料亭からの出前。
豪華なお弁当をスタッフも含め
差し入れしていただくと
いった男前な事をしていただいた事がある。
なんともビッグな芸能人。
差し入れもビッグだ。
けど、お礼には本当に困った。

なんにせよ、どんなものであれ、
いただいた差し入れは
本当にありがたい。

とはいいつつ、
次回からは手ぶらで
来ていただきたいと願います。

僕じゃ食べきれないので
みなさんどうぞ!
と、いったスタッフもいない
地味なライブ。

全部、持って帰り、
中に入ってた手紙
を読みながら、
いただいた方を頭に描きながら
ひとりで食べさせていただいた。

特に堂島ロールのケーキは、
贅沢にも太巻きのように、
無言で(ひとりやから、しゃべったら怖い)
丸かぶりさせていただいた。

2008年7月10日 (木)

僕の問題

月に、ほぼ一回,
恒例の「ひとり噺Vol,25」を行う。

もう考えたらもう25回もやっている。

人からはこのライブを「説法」なんて言われてる。
来た方に「あかん、、洗脳されそうになる」
なんて言われて(笑)

そんな気はさらさらありません。

 

今回のテーマは「ビール3、4本くらいちょうだい」
言いたかった事は
「そんなあやふやな人っておもろいなー」って事。
でも、そこで終わらず、
「なんでおもろいか?」まで話をします。
あくまで、ふざけたお話。

流行の早く、おもしろく、わかりやすく、
とは、確実に真逆である。

そんなんで、お客さんは増えません。
なんなら、確実に減っています(笑)

時代が悪い。世間が悪い。
なんていいません(笑)
僕の問題です。

なので「これも、勉強、勉強」
なんて言い聞かせていますが、
学生ではありません。
宣伝も含め、中身も説法や洗脳に見え(笑)
ふざけたように見えてないのは、
僕のやり方が

確実に

間違っています。

なので、次回からちょっと変更!
一人噺なのに、ギャグ100連発!!!!
なんて180度転換したら、
みんな、こけるでしょうね。

次回が、楽しみ。

次回は、9月11日の予定。
911のテロ事件にちなむか
ちなまないか。
似たところで、
「トロ」にでもしよっかな?

ベタですいません。

2008年7月 9日 (水)

父親役

今日、「デメキング」という特撮の映画に
父親役として出演させていただきました。
僕も考えたら、16歳の父親の役を
やる年齢になったのかと思うと
鏡に映るたよりない自分に愕然(笑)

で、ロケの為に千葉の木更津に。。。

監督さんとは初対面だったのですが、
実は、監督さんは、
僕の遠い親戚にあたるそうなんです。
「ぜんじろうさんのご家庭は、
 兵庫県佐用郡の金谷っていう名前でしょ。
 僕のほうも、実は、」
と、おっしゃってくださって、
で、監督さんは、僕と同じ大阪芸術大学出身。
ま、僕は、ほとんど大学に行ってなくやめたので、
同じとはいえないのですが、
偶然のこの重なりに、
何よりびっくりした日でした。
そういや、
昔、親父の弟の娘さんが、
宝塚歌劇団にはいったとかで、
梅田花月に会いに来てくれたり。。。
ちょっとした、芸能家系。。
ここは「前世は、、、」といった物語でも
ひっぱりださないと、心落ち着かないので、
自分の中で、物語を作って、落ち着けて。。。。

下手くそながら、親父の役をなんとか演じてきて、
スタッフのみなさん朝から夜まで撮影大変ですね。
がんばってください。

撮影終わったのは、夜の11時。
アクアラインの高速で帰ったのですが。
海蛍の休憩所に立ち寄る。
がらがらなので、ちょっろ、怖い(笑)

あまりにも、気候がよかったので、
ぼーっと夜の空を見ながら、
物思いにふけってた今日この頃。

2008年7月 8日 (火)

数字菌

西川のりおさんの大人自由時間に
ネタで出演させていただいた。
今回は、日本の英語教育
についての風刺ネタ。

ゲストは、政治家の加藤紘一さんと
拉致被害者家族会の増元照明さん。

今日は、ちょっとド!真面目なお話。

この番組の見所は、
生放送というところだ。
生放送と録画の違いは編集である。
特に録画は出演者が伝えたい事が
編集によって、よくも悪くもなる。
最後は編集にコントロールされるところだ。
今、特に地上派のテレビは、
よくわからない大衆といったものを
視聴率といった形ではじき出し、
それに振り回されてやっている。
すべては数字の為ある。
その数字の先には、
スポンサーからのお金である。
エンターテイメントは、まだいいとして、
報道の世界は、数字に
振り回されてはいけないと思う。
が、そうもいってられないらしい。
またテレビの世界は、演出もくわわってくる。
視聴者を楽しませつつ真実もってなると
相反する事を同時進行させないといけない。
例えば、
政治討論の番組で、静かに真実を話すより
嘘であっても、
喧嘩まがいの吠え合いのほうが、
視聴者にとってはおもしろいと判断
そう演出し、また編集する。
今や地上派のテレビは、
報道までエンターテイメント化している。
僕は、これを数字菌と言っている。
地上派の独特の数字菌が、
あちこちでむずむずと動いて発熱する。
発熱すると、病む。
これはテレビの持病のようなもので、
冷やせば治るといっても、
そばに金があるとどうしても発熱する。
が、BSなどの番組は、そこまで
数字といった菌が発熱していない。
ある種、正常な状態で見れるので、
数字菌に犯された
演出がないといった演出なので、
番組に出た出演者も思わずぼろが出たり、
逆に真実を静かに語れ
なるほどと思ったリもする。
ま、もっとも、そんな数字菌が、
今、世間で大きな力を持っている。
報道といわれるものが、
追求しないといけないのは、
メデイアにはびこる数字菌といった
菌を退治することかも。。。
BSのこの番組は、菌におかされていない。
あくまで、真実を見抜こうと
されている番組である。
この国の方々は、数字菌に
おかされた方の過剰な演出を好むほど、
あほではないと僕は、実は思っている。

2008年7月 6日 (日)

年に一回

今日は、月に一回の
「Doppling宇宙」という
もう11回も続いてる
というより続けてる
アンダーグラウンドな
楽しいイベントでした。
このイベントはメデイアでは、
今、世間では、重い、長い、深いなどの理由で
取り上げないようなテーマを扱って
ひっそりやっています。
今回は「音楽」でした。
我々が音符になったらええがな!の結論。
そんなイベントを終え、
食事しながら帰る夜の空が曇りである。。
そう今日は、一年に一回の七夕。
実は、この物語ってご存知でした???
平安時代に中国から伝わった話。
説話なんですよね。
簡単に書くと、
めでたく夫婦となった織姫と
彦星が夫婦生活が楽しくて
織姫は機を織らなくなり、
夏彦は牛を追わなくなった。
このため天が怒って2人を
天の川を隔てて引き離したが、
年に1度、7月7日だけ
天が、会うことをゆるし
会うことができたってお話なんですね。
天が許してくれてってのが、説話ですね。
説話は、説教話なんですよねー。
なので、晴れてたら、夫婦は、良かったなー。
年に一回あえて、我々は怠けんように
いっつも一緒にいれるようにいこなー
なんていってたんでしょうか?
雨が降ると、
織姫が悲しくて泣いた。
って事になるんですが、
今回は、曇りなので、
彦星が何か天にしたんでしょうか?
織姫がふてくされてる感じがして。。。
この事をイベントでお話してたら
よかったなーなんて思いつつ。
あ、、こんな話するそんな会なんで、
ほぼ月一回やっています(笑)

2008年7月 5日 (土)

食い合わせ

今日は、「ぜんタネ」
いつもは種浦君と2人で
がっつり2時間トークなんですが、
珍しくゲスト2組。
Dreams come turu と一緒に
やってはったファンクザピーナッツの方
と猫ひろし君。
この食い合わせ(笑)
「ぜんタネ」のおもしろさは、
やっぱトークがフリー。
しかも、時間が長いのもあってか、
「それは何故なのか?」や
「それはいつからや?」や
「それは何の為や?」なんてことまで話せる。
今地上派が切って捨てるが、
実は、うまい味の部分。
言わば、ホルモンみたいな番組なんですね。
こうなると、ラジオっぽいですね。
なんていわれるが、AMラジオでも、実際
「それは何故?」や「何の為?」
など哲学な感じはやっていません。
猫君にも、
「一発ギャグのすごいとこはどこなのか?」

「スベッタ後は?」
などを話せます。
また、ファンクザピーナッツの方も
今、ミュージカルをやられてて、
「何故やったのか?」
「何故ミュージカルは存在するのか?」
答えのない答えというか、
言い切った事が全部正解の答えをお話しました。
食い合わせがいい悪いは、
中身の栄養素によるもんですね。

2008年7月 4日 (金)

練習

今日、ゴルフの打ちっぱなしに行った。
ちょこちょこ時間を見ては
いってたんですが、
先日、全米オープン女子を
見た事で、再燃した。
上田桃子がアプローチの
為の練習してた、
右の片足を後ろの
籠にのっけて打つっていうのを
やったが、案外まっすぐ飛んで気持いい。
郊外のうちっぱなし場というのは、
都会のビルの屋上であるとか、
スペースの余ったところで
仕方なくやっているという
感じがなく、結構、広い。
ので、ドライバーを練習するには
もってこいの場所だ。
レッスンプロにレッスンを
お願いするには、値段が、高そうなので、
自分で自分をコーチして、
力は抜いて、と自分に
言い聞かせて打っている。
まっすぐ、飛ぶと、気持いい。
この調子と思って調子に乗ると、
すぐ野心が出て崩れる。
プロだって、解説で
そんな事をいわれてる。
今度、平日の遅い時間、
ビデオを持っていって、
自分を撮影しようと思う。
昔は、自分のプレーなんて見れなかったのだが、
今は、デジカムで、
自分のちょっと過去を確認できる。
自分で自分が確認できるといった、
多分、初めて、自分の声を
録音機で聞いたときみたいに、
へこむんでしょうねー。
僕は、
未だに、自分の出演したのを
自分で見て、へこむんですからね。
そう思うと、飛躍するためには、
へこむってとこから、
ジャンプしないとですね。
よくできています。

2008年7月 3日 (木)

プロって。。

うちのマンションの上なのか、
下なのかで工事が始まった。
内装の工事なんでしょうか。。
そういや、何週間か前に工事の方が
家に挨拶に来た。
忘れてたその挨拶の工事が始まった。
うるさいんだろうなと思ったのですが
技術もあってか、わりと静かなんですね。
音だけを聞いていると、
大きいのですが、苦にならない。
たんたんと動いて、9時くらいから始まって、
10時、昼、3時にはきちんと休み、
私語も聞こえてこない。
不思議と、気に障るということがないんですね。
たとえば電車の中でイヤホンから
「シャカ、シャカ、シャカ……」と
聴こえるあの音漏れ、
あれは音量としては
小さなものだけど、めっちゃ気に障るんですよね。
 プロが段取りよく仕事をしているっていうのは、
気に障らないもんですね。
また衣装も地下足袋にニッカポッカというスタイル。
これをプロっていうんだなと思った。。。
でも、工事の音だけで
プロなのには、びっくりですね。ポロって

2008年7月 1日 (火)

ビール3、4本くらい

「ビール3、4本くらいちょうだい」
グアムに言ったとき、居酒屋で、
思わず、口からでたこの言葉。
この事が頭の中を浮遊霊のように巡ってて、
この事について整理し、成仏するために、
次回のライブのテーマをこれに決めた。
でも考えたら、変な日本語ですね。
「ビール、3、4本くらいちょうだい」
3、4本で、曖昧なのですが、
その上、くらいをつけて、
店員さんも、日本人だったので、
「はい」って言う。
英語でなら、
Can we have about 3 ,,,4,, beers
っていったら、
絶対、Which?(どっち?)って
つっこまれるでしょうね。
4本なら、多い。でも、3本なら少ない。
いや、5本くらいかもしれない。
でも5本は、確実に多いが、
後で確実にたのむだろう。
そこで、まず口からでるのは、
「とりあえず」今のとこはって事です。
その後、3、4本って言って、
最後の「くらい」は、
自分では決められません。って事です。
というより、あなた決めて!
って事なのかも。
この後、4本持ってきても、文句いわない。
時間とともに、3、4本くらいが、
4本に固まっていく。
これは、なんなのか?

「俺なんでもええし、、、」
大勢で注文する時に、
「何食べたい?」って聞かれて、
「俺なんでもええし」っていいながら、
「中華は?」
って聞かれて、「それは、ないなー」
なんて、言ってしまう事って僕よくあるんです。
じゃー、何食いたいんや?
っていわれると、浮かばない。
いや、心の奥底には、
寿司なんていうのが、あるかもしれないが、
自己主張をするのは、どうも、、、
かといって、食いたくないものは、
食いたくない。
あげく、「俺なんでもええし」
この心の奥底にあるのは?

そんな日常に潜む、ささいな変な事柄。。
「あるある」では終わらない。
なぜあるのか?まで、考えてみて、
発見して、成仏さす!
といった、今回のお話。

ま、どうでもええ話ですが、
ちょっとだけ笑えるようになっています。

お時間ある方は、是非。

「ぜんじろうの一人噺 Vol 25
 〜ビール3、4本くらいちょうだい〜」
日時:2008年7月10日(木)+今回は木曜日です。
開場18:30/開演19:00( 約1時間 )
料金:2,000円(1ドリンクとプレゼント付 )
★開場の一時間前より受付にて整理券の配付開始
出演: ぜんじろう
場所 渋谷アップリンクファクトリ〜
問い合わせ:uplink factory03-6825-5502

 

2008年6月30日 (月)

都会を散歩

銀座を散歩した。
理由は、天気がよかったから。
普通は、公園などにいくのですが、
今回は、ちょと違うとこに
いってみようと思った、
せっかくなら、銀座といった
まったく緑のない自然のない
ところも、おもろいかなーと。

考えたら、いままで銀座をちゃんと
散歩したことはないような気がする。
銀座には行くのだ。
待合せで行ったり、仕事で行ったり、
何かに「行く」途中で
ぶらぶら歩くのが
ちょっとした散歩だったりするが、
用もなく,目的をはじめから銀座に散歩などは、
したことなかった。
銀座には、「銀ブラ」といわれてるだけあって、
正しい散歩があったようですが、
今時は、そんな正しい散歩なんてない。
なので、自由に歩く事にした。

改めて行った銀座地域は
ファッションブランドの進出が凄い。
地球に隕石が落下して
キンキラの破片が光ってる
パニック映画があったが、
あんな感じだなーと思った。
ファッションブランドの店にとりあえず、はいった。
値段を見ると、もう、めまいがする感じである。
パニック映画の中で右往左往する感じである。

歩き方を変えようと思った。
アラブの大富豪になった気持ちで歩く事にした。
値段をいったん無視して歩くってやり方だ。
すると、値段はわからないが、
いいなーと思うのが多かった。
とはいいつつ、やっぱり値段が気になったり、
店員の視線がきになる。
小心者やなー(笑)
いや、ひょっとしたら
何かとんでもない金持かもしれないと、
そう思われている可能性もあるのではないか(笑)
鏡にうつった自分は、いや、いや、貧相だったので(笑)
店員は、なんて思ってるんだろう?
とにかくいろいろな事が頭を巡り、大変だった。
それこそ、僕の頭がパニックになった。
でも、ただ、ぶらぶら歩くっていうのは、
こういった考えながら歩くって事なんでしょうか?
僕の正しい銀ブラです。

2008年6月28日 (土)

どないなっとんねん!

曇りのち晴れ。
今日、こんな事があった。
事実を書いてから感想を書きます。
長いですがじっくり読んでみてください。

道の駐車スペースに車を止めて、
携帯電話のメールを見てたら、
僕の後ろのスペースに
縦列駐車しようとした車と、
そのまた後ろの駐車してた
タクシーのヘッドの部分に
コッツンコしたみたいだ。

何かもめている様子。

なので、おりて
「大丈夫ですか?」っていったら、
当てた方は、
「大丈夫です。ちょっと当てたんで」
なんていってましたが、
当てられた年の頃なら50代後半の
タクシーの運転手さんが、僕に、
「あんた関係ないだろ!!」と一喝。
若い頃なら、すぐカチンと来て、
言い返すところですが、
「はい」っていって戻りかけて、
時間がたって、カチンときた(笑)
体同様、かちんとくるのも、
鈍くなったなーなんて思いながら
「いや、目撃したんで」
っていったら、
「関係ねえだろ!何、因縁つけにきたんだよ」
と、また一喝。
次は、さすがに、腹がすぐたった。
何に腹がたったかというと、
まず、話方である。
いくら年上とはいえ、慇懃無礼である。
と、関係なくはない。
と、何も因縁などつけてないし、
因縁つけても何の得もない。
この運転手に何か後ろめたい
気持ちがあるのだろうか、
以前に同じような状況で
自分が因縁をつけたのだろうか、 
それはそうと、タクシーの運転手である。
修羅場を生きてる人間ならいざ知らず、
客商売の人間だ。
こんな時僕は相手と態度を会わす事にしている。
「何の因縁やねん」
同じ態度をとられて、びっくりしたのか、
「因縁だろ。お前誰だよ」
ここはもう一発同じ態度で。
「お前が誰やねん」
(書いてみると、僕も僕ですね(笑))
相手も腹がたったのだろう。
「お前年上に向かって
 その口の聞き方はないだろ!」
この期におよんで、年上をだすか。。。
ほんなら、
「お前客に向かって
 なんちゅう口の聞き方しとねん」
別に客ではないけど。。
すると運転手は、
「警察呼ぶよ」と警察に電話。
当てた方は
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
と言われたので、帰ろうとしたら
運転手が、
「待てよ。警察くるから。逃げんなよ」
えー?なんで?
俺は、、待たんと行かんか?
「なんでまたんといかんねん!」
と言うと、
「だから、関係ないのに、
 お前が因縁つけてきただろ。
 貴様。許さねえよ」
逆に運転手が僕に因縁です。
当てた方は見るに見かねて、
「オタクが因縁ですよ」
とそこへ、警察官が。
すると運転手は警察に
「彼です。因縁をつけてきたのは!」
おいおい!
事故どうなってん(笑)
事故すっとばして、
僕の因縁の話になっている(笑)
当てた方が
「いえ、あなたです。因縁をつけたのは」
と警察へ。運転手が
「いや、こいつが関係ないのに
 因縁をつけてきたんだよ!」
と言うと、警察官は
「僕みてないですからなんともいえないです」
僕は
「いや、因縁より先事故みはったほうがいいですよ」
警察官が「あ、事故ですか?」
どないなっとんねん(笑)
と、ここまでのいきさつを運転手が説明。
「関係ないのに、因縁をつけてきた」と主張。
僕が、
「この方の言う通り関係ないのでしたら、
 じゃー、もう行っていいですか?」
って言うと、
警察官が
「すいません。
 お名前と住所と年齢などをお聞かせください」
っていってきたので、
「なんでですか?」
って聞いたら
「目撃者の方には、 
 後でこの方々に何かあった時のために、聞かないと」
えー!いや因縁をつけたって事を因縁つけられたのに、
僕、警察の勝手な解釈で
事故の目撃者になってもうてるやん。
運転車は、僕の事、関係ないっていったやん。
「え?僕は関係あるんですか?」
って聞くと
「いや、私見てないから」と警察が主張。
ま一応、警察に、名前と住所とか言って、
警察官に
「これって、法律上、絶対教えないといけないんですか?」
って聞くと、
警察官は、
「ま、教えていただいたほうがありがたいんですが、
 教えたくなかったら教えなくていいです」
ですって。
えー!なんじゃそりゃ。
じゃ、なんで、始めに教えたいかどうか、
選択肢くれへんねん。
「やっぱ教えたくないので、消してください。」
っていったら、
「誰にもいわないので」
えー!当たり前やし!!!
誰にもいわへんって、どんな理由やねん!!
それでも、消してって言い張ったら、
えー!僕の名前のとこに、×いれてました。
消えてないしー!
誰が気持ち消せっていうたんや!
最後に、当てた方が、
「この方は、因縁はつけてません。
 帰してあげてください。」
と、当てた方が因縁話の目撃者になって(笑)
そもそも当てられた被害者の方が
因縁よばわりした加害者になっって(笑)
僕が因縁の加害者よばわりされて被害者になって。
後、警察の方の対応もぐだぐだ。
本当にこの国は、法治国家か???ってね。
こんな事があるたびに、
かかわり合いもたんのが一番、
無視無視って思いますね。
後、タクシーの運転手のような
えらそうなおっさん見るたびに
こんな大人が存在すんねや。。
って悲しくなります。
唯一、救われたのは、
当てた若者の方がええ人やった。。
っておかしないか???
世知辛い世の中やなー。
平和のこの国は、いよいよ狂ってますね。。。

因縁をつける
    主に無法者が用いる「言いがかりをつける」こと。 
因縁話(いんねんばなし)
    前世の因縁を説く物語。 
 いきさつが複雑に絡み合った場合に用いる。

今回のは、因縁話です。

2008年6月27日 (金)

病院へ。。

曇り ちょっと寒い。
朝から喉の調子がなおりかけてきたので、
医者に堂々と行く。
大きな病院ではなく、完璧な町医者。
待ち合い室には、ヨッボヨボのご老人が数人。
はいるなり、「何しに来ました?」
とばかりにギロって見られる。
待つ事、一分。
診察室に入ると、これまた、
先生が90歳くらいのご老人。
まりでドリフのコントのよう。
実際年を聞くと、80歳。
「どうされました?」
の質問に
「喉がいたいんです」
っていうと、
「あーして」って言って、
喉を一回外から触っておしまい。
「どうですか?」

「こんな事で医者にきたらいかんな」
と言われる(笑)
要するに、大丈夫ってわけです。
そっからまさかの雑談に(笑)
「先生長生きの秘訣はなんですか?」
っていうと、
「今日が最高やと思う事ですね」
と切り出して、僕がえらい食いつくと
「後、食べ物やね」
「例えば。。。」って聞くと
「自分で狩りして食べられへんもんは、たべなさんなや!」
「例えば」
「わたしらは、牛はよう狩りできないからね。」
へ〜〜!
またユニークな回答です。
自分で捕まえたり採取できそうなものを食べる。
言わば、人間も動物って事ですね。
「それが、長生きの秘訣ですね。
っていうと、
「長生きが脳じゃないよ。健康がいいんだ」
「健康ってどんな状態ですか?」
と聞くと
「あんた、若いのに、何聞いてんだ。健康ってのは健康を考えない事。
と、後は、下半身が元気かどうか。
思わず、笑わせていただく。
最後に、
「先生、僕、今40歳ですけど、
 何か気をつけないかん事ってありますか?」
顔をじっとみて、
「うーん。あんたは海藻とカルシウムとりなさい。」
との事。
「と、毎日、今日が最高と思いなさい」
と、答えがかぶってましたが、
確かに、今日は最高でした。

2008年6月26日 (木)

もろもろ

雨 模様。
昼はファミレスにて、
買っておいた本の数々を斜め読み。
哲学家の梅原猛の「道徳の授業」「空海と最澄」の2冊。
梅原猛さんが、中学に行って、講義をしたもの。
道徳っていうのは?
中学生に語るくらいが
ちょうど僕でもわかった。
戦後、日本では日教組が道徳の授業を廃止したとか。。
道徳って、ええ事ばっかり言ってておもしろいんですね。
道徳が道徳に反して
エンターテイメントビジネスになる日も近そうです。
後、横尾忠則 
「今生きる秘訣」「見えるものと見えないもの」この2冊。
黒沢明監督や宗教学者など、全部、対談ものでして、
ある種、本の上での文字漫才です。
すらしら読めました。
中でも、岡本太郎さんとの対談はやっぱおもしろかった。
「絵はむしろ売れないほうがいい。
 売れない絵を書いて、食えなくて、
 死んでやろうという気持ちが大切」
といった、このレトリックが、
未だに売れない若い芸術家のハートをつかんでるですね(笑)
昼過ぎのファミレスは、がらんがらんなので、
ゆったりいれます。
「空海と最澄」は、難しそうだったので、また次回に。
夕方から
代官山のFrench Mobile  film 展へ。
携帯の画像で撮ったムービーの展覧会へ。
フランス人は日本人同様、
論理的ではなくて、めちゃくちゃで
おもろいですね。
中でも、携帯を携帯で写したムービーが
アイデア効いてておもしろかたです。
日本の方々も負けず劣らずめちゃくちゃな作品を。
こんな展覧会が見れるのも、やっぱ東京のいいところ。
改めて、東京って土地は、世界に劣らずに、
こんな新しい事を
チャレンジするところだなーと思いました。

今日はいろんな情報いれすぎて、疲れた〜〜。

2008年6月25日 (水)

ブログ移転しました!

ブログ移転しました。
理由は、所属事務所のよしもとエージェンシーの
運営するサイトでやらせていただけるので
KDDIの運営するラブログってところから、移転です。

なので、名前も一新、ポジゼンから
ラフゼンって名前にさせていただきます。
ラフゼンの中に、モジゼンとブイゼンってのに
わけさせていただいて、
文字で書くのと、映像をのっけるのと、
平行してやらせていただこうかなーと。

今回、移転にあたって、
もう一度、ブログの意味というか、
自分自身の心構えのために、
何のために書いてるか、はっきりさせたいなーと。

ブログを書き始めてはや4年くらいたつんですね。
はじめは、将来、本にするために!
なんて思っていたのですが、
本にするには、コメントが多いか、
見ていただく方が多くないと、
出版社の方も、売れ行きが見えないので、
本にはしていただけません。
見ていただくために人のところに
コメント残したりしたん時期もあるんですが、
しんどくなって、挫折(笑)

じゃー何のために書いてるか??
って事ですね。
以前に、とあるブログを書いてた社長さんが、
ブログを何のために書くのか?
これ書いて、儲かるのか?とか、
誰も見てないのに書く意義あんのか?
と、やめられた方がいます。

僕も、誰も頼まれもしないのに、
儲からないのに、
あまり見てないのに(笑)
それでも書いています。(笑)
その社長さんだったら、
何のために?
時間もったいないと解かれるでしょう。

書きたいから書くでいいのですが、
もっと違う屁理屈な理由のほうがいいですね。

ちょっとええ格好して書きますが、
何のために書くのか?
「書くために書いています」(笑)

は?って感じですね。

ちょっと遠回りして説明せていただきますね。
断腸亭日乗って方をご存知でしょうか?
明治〜昭和にかけて活躍された
小説家、永井荷風の日記の屋号なんです。
永井荷風が、37歳から亡くなる
前日の81歳まで毎日綴った日記。
断腸亭日常って日記があります。
日記の中身は、
関東大震災や東京大空襲のなどに
ついても書かれてたり、
時に、今日は風邪。。だけのもあります。
この本の醍醐味は、永井荷風が、日々書いたって事です。

僕は実は、この本を手本にさせていただいています。
日記は、本来、人に見せないのですが、
荷風は、人に見られてもいいように書いています。
ので、「今日、何をした」だけではなく、
「それがどうだった」まで気が向いたときは
長く書かれています。
今みたいに、瞬時にネットで誰も見る事ができませんが、
将来、誰かに見てもらおうと言う
意気込みが感じられます。

みなさんのブログも、見てみますと、
いろんな使い方をされてます。

弁当の中身を公表し、情報交換させたり、
今日は何した!と記録をのこされてたり
中でもおもしろいのが、
有名な方でなくとも、例えば、こんな方。
岐阜に住む30歳で結婚した夫がサラリーマンの主婦。
子持ち。趣味は、なし。
ってな方が、
「旦那と喧嘩した。理由は帰りが遅い。
 理由を嘘ついた。キャバクラにいっていたのに、
 同僚と飲んだっていった。なぜ男は嘘をつくのか?
 それは、、、」
などの日記は、
その方の顔っていうか、
どういった方が、わかればわかるほど
おもしろいもんです。
また、ネットで偶然そんな方の
ブログに出会ったときには嬉しくもなるもんです。

また、僕は、ブログを書くのを、
自分への対話って事でもあります。
自分の意識の中のもうひとりの自分への報告。
これで浄化されてるところもあるのです。
欲をいうなら、荷風のように、
数百年後、ひょっとしたら、
日本語が消滅してるかもしれないし、
日本語が全世界の共通語かもしれない。
でも、今の時代を、
自分の孫の孫の代のために、
ただ、書く事が財産になります。
目的は、ただ正直にただただ書く。

何のためか?
理由は一つではなく、
理由は多々あり、論理的にいえない何がしかの、、、
なので、なぜ書くのか?
の答えは、論理的ではなく、「書くために書く」
ってな具合です。

今回もただ書くためにぐだぐだ理屈こねて
書きました(笑)

これからもよろしく!

2008年6月22日 (日)

RI


朝から雨。
今日、CS275CHでやってる
「ぜんタネ」の収録。
ゲストは、公私ともに
お世話になってる、
なべやかん君。
7月1、2日に下北沢の空間リバテイーにて
独演会をやる告知に。
なべやかん君は、
僕と同じくピン芸人から
派生したタレントです。
怪獣オタクや筋肉オタクなどの
多様でタレント性もありますが、
今回は、なべやかん君の
芸人の隠れた魅力について
語らせていただきます。
今回は、お笑いのえらいマニアックな
お話なので
お時間あられる時に読んでください。

なべやかん君の漫談を
ご覧になった事はあるでしょうか?
僕は、西洋にあやかって、
スタンダップコメデイアン
なんて名乗ってるんですが、
僕なんかより非常に
西洋的な漫談をするんです。
これはビートたけしさんの影響なんでしょうが、
ビートたけしさんも最近は、
漫談をしないんです。
なぜならば、簡単にいうと、
体力がいるんです(笑)
日本語を西洋風のお笑いの論理に、
頭で組み立た上で、
口からその論理を出す。
これは、年いくと、頭では組み立てられても、
体が、おいつなかいんですね。
ちょと、ややこしいお話になってきました(笑)
具体的に言っていきます。
日本では、漫才のような会話形式、
しかも、ボケとツッコミといった、
簡単なシステムにわけて行う笑いか、
コントのようなシチュエーションを
決めて行う寸劇のほうが、やりやすいし、
また、みやすいです。
じゃーなぜ日本語を論理的に、
ひとりで操るのが難しいのか?
これは日本語が難しいのです。
日本語は、口語表現と
文語表現とに分かれています。
話言葉では、書き言葉みたいに、
「私は、あなたが好きです」
とはいいません。
「好きやねん。俺。。。自分が、、」
で、伝えます。
その上、謙譲語、丁寧語、
尊敬語などにも分かれてて、
しかも、日本語自体が、
漢字にカタカナにひらがなといった、
書き言葉にしたら
非常に、ビジュアル的な言葉なんです。
こんなビジュアル的な
芸術的な日本語、しかも複雑な日本語は、
書いたほうが、伝わります。
書き言葉を話のリズムやトーンで
話言葉風に違和感なくするってなると、
かなりの技術がいります。
かといって、落語のように、演じずに、
論理的に西洋風に文脈で、
しかも、皮肉といった
謎解きをする笑い。
料理でいったら、肉を使わずに、野菜だけで、
肉料理風に、しかも、
栄養も肉料理に匹敵するといった技法なんですね。
僕は、西洋風の論理だてた皮肉の笑いと
日本の論理だってない
ナンセンスな笑いがミックスできないかと
日々、試行錯誤してるんですが、
やかん君のは、がっつり西洋よりの
小気味のいい皮肉的な漫談。
長く長く書きましたが、
日本では、論理だってない
ナンセンスな笑いに傾きすぎの中、
今、このような、論理だてていく、
ある種、答えのある数学のような
漫談を、国際派をきどる、
会社員や経済を重視される方は聞き、
真似るべきだと思っています。
KYなどといった、
「空気読めよ」などといったのが流行る昨今、
空気って、じゃー何?って言われると、
誰も答えられません。
僕はあんなのより、
社会は、「論理的に言えよ」
「RI」てのが、流行っていただきたい(笑)
英国人との会食で、日本で
流行ってるギャグの
「3であほになる奴」をやった後、
「なんで3であほになった?」
って聞かれて、きちんと、理由で笑いとる。
ナンセンスの意味は、やはりセンスがいります。
そんなセンスのある
やかん君のライブに是非いってみてください。

2008年6月21日 (土)

嗜好のお店


今日も福井ロケ。
番組の今回のコンセプトは
「大人の嗜好をくすぐる店」
って事で、
福井の老舗のうなぎ屋さんに。
昭和の一桁の生まれの70代の
おかあさんがおかみさんなんですが、
三姉妹でお店をやられています。
全部で6人兄弟らしいのですが、
その中の女性3人の姉妹の方が
仲良くご商売をされてる。
これって、少子化になっていってる昨今
これからは、ありえない光景です。
それこそ、良き昭和の光景です。
うなぎの味ももちろんいのですが、
三姉妹の方々の生き様というか、
空気が詰まったお店。
なので、味が、なんとも懐かしいんですね。
なんでしょうね。
味が懐かしいって。
昔ながらの調理方法って事では片付けられない
味なんです。
つくづくお店を回らせていただいて
料理は、人間の作るもんだなー
と体感させていただけています。

2008年6月20日 (金)

My箸プロジェクト


曇りのち雨。
今日から福井です。
その前にクライアントさんのお箸のメーカーの
兵左衛門さんの東京支店にロケに。
今、番組でMy箸プロジェクト
っていうのをやっています。
My箸を番組から全国に広めようという企画です。
僕もMy箸を使ってから何ヶ月がたつでしょう。
My箸でお食事をすると、ご飯がおいしいんです。
割り箸ではもう味がまずくて食べれません。
割り箸には、防腐剤とか、薬だらけなのです。
My箸っていうと、
エコってのが今、先攻しています。
流行なんですがね(笑)
「エコなんて気にしてもしゃーないで」
ってよりは、いい風潮なんですが(笑)
僕はエコについてはよくわからないんですが、
単純に、My箸をきちんと、使ったら、
健康になるんです(笑)
細かく書けばいいんですが、
長くなるので、
手短かに。
箸を正しく持つには、
姿勢を正す。
姿勢を正すと食通がよくなる、飯うまくなる
となると、健康になる
ってな具合なんです。
このような、論理で解いていくより
この番組の企画のような楽しい事から
みなさんがMy箸を持つのが
当たり前になっていったら
いいなーと。
そんなこんなで、
今、番組でMy箸を作っていって
って企画を行っていますー!

2008年6月19日 (木)

グアム気分


ルミネ劇場にてのりお師匠とコント。
顔が日焼けで真っ黒の僕。
楽屋でみんなから「ぜん兄どうしましたん?」
「こわー」
など、いじられまくる。
肩の皮がむけたとこをみられ
「脱皮ですやん」
「何のぬいぐるみ着てますのん?」
まるで